64 町のケーキ屋さん①
さて、現在俺達は歩きながらのんびりと家に帰っていた。
その大きな理由の1つが我が家に増えた同居人だ。
ここから家に帰るにはデパートに商店街などの主要な施設の傍を通る必要があるので町の案内も兼ねている。
更に生活必需品を購入しなければベットと布団すらない。
このままでは床にそのまま寝るかソファーに寝てもらう事になる。
命が掛かっている訳ではないので明日に回しても問題が無いと言えば無い。
しかし、俺はヘザーの商館内を一度見ているので、そこの奴隷以下の生活を強いるのは流石に心が痛む。
その為、細かな家具は後回しにしても布団などの寝具は購入する必要があった。
ちなみに家に来ることになったメイドの名前はクリスという金髪の女性で身長は160センチ程あり緑の目の綺麗な女性だ。
どうもエルフには美男美女が多いらしい。
トゥルニクスも黙っていれば美青年なのでこちら側の国に来ればさぞウケはいいだろう。
まあ、ここにいない者は置いておいて現在、最も大きな問題は二人の服装である。
クリスは今も当然のようにメイド服を着ている。
こちらでよく見るフリル等の飾りは無く、白いシャツに黒のベスト。
そして長めの黒のスカートという地味な物だ。
スカートの丈が膝ぐらいならファミレスの店員と言った方が分かりやすいかもしれない。
顔は美人なのでこういう服装をさせて連れ歩くとなんだか俺達が虐めている様に思える。彼女には悪いと思うが早急に新しい服を購入してもらう事にした。
そしてヘザーはそれとは反対に黒と赤のゴシックドレスを身に纏っている。
しかし、大きく突き出た胸が零れそうになっており現代の服装としては刺激的で目立ちすぎる。
彼女にも早く替えの服を購入しなければならない。
ただ女性陣はみんな綺麗なので服を地味にしても固まっていると目立つ事に変わりはない。
その証拠に俺達が店に到着するまでに車が何台か危うく事故を起こすところだった。
俺達に向かって来るなら大丈夫だが、もし子供でもいたらどうするのか。
交通マナーを守り、ながら運転や脇見運転は止めて欲しいものだ。
そして周囲の目がかなり痛いのでまずは服から購入しに向かった。
ヘザーは店に入るとティアードロングスカートやギャザーロングスカートを手にとる。
このスカートは歩くと風になびく程薄いスカートだ。
そしてシャツはゆったりとした白のシフォンブラウスを着て肩から赤いストールを掛けるようだ。
「真冬なのに寒くないのか?」
今は12月中旬なので外はかなり寒い。
日中でも10℃行くか行かないかくらいだ。
「大丈夫よ。私達の種族は寒さには強いから。それに我慢できなくなったらユウに温めてもらうわ。」
そう言って擦り寄って来るので俺は傍にあった大きめのダウンジャケットを押し付けて距離を取った。
(油断も隙も無い。一人に許すと皆が来るので特に人前ではしない様に言っておかないとな。日本ではヘザーの様にスキンシップをしていると視線を集めてしまう。しかも彼女は美人なのでなおさらだ。それに恋人でもないのでこんな所をライラやアリシアに見られると怒られてしまう。)
俺は念のためにそっと二人に視線を向けるとそれに気付いた二人は視線を返して笑顔を向けてくれる。
(見られてなかったかな?)
そして俺が視線を戻すとヘザーは少しだけ不機嫌そうに頬を膨らませていた。
なんだか子供みたいな仕草で俺が悪者みたいだ。
「もう意地悪ね。いいわ、今はあなたが選んでくれたこの服だけで勘弁してあげる。でもこちらでは初めての買い物だから付いて来てくれるんでしょ。」
ヘザーは両手に服を持って今は笑顔で問いかけて来る。
そう言われると付いて行かない訳にはいかないので俺は仕方なく頷いた。
「なら、はいこれ。」
そしてヘザーは手に持つ服を俺に押し付けてきた。
どうやら俺に運べと言う事らしい。
「男ならこれくらい気を利かせなさい。あなたって他の娘の時も荷物とか持ってあげてないでしょ。会計するまでは手に持つしかないのだから、その辺はしっかりしなさいよ。それじゃ行くわよ。」
ヘザーはそう言うと俺の横に立ち腕を抱き込んで会計に向かった。
しかも、密着しているので俺の腕には彼女の暖かさと柔らかい感触が伝わってくる
「あ、当たってるぞ。もう少し慎みを持て。」
すると彼女はニヤリと笑い更に体を密着させて来る。
そして、それを見た周りから威圧が籠った視線が飛んできた。
「フフッ、ユウは本当に鈍いわね。これは当たってるんじゃなくて当ててるのよ。これは女性のアピール方法の一つだから覚えておきなさい。」
結局俺達はその態勢のままレジに並ぶと俺は服を置いてやっとヘザーから解放された。
レジには男女の店員が二人一組で対応しているが男性の方は俺に羨ましそうな視線を向け、女性の方はヘザーの一点を見て羨ましそうな顔をしている。
そして会計をする時に女性定員はヘザーがお金を払ったのを見て俺に微妙な顔を向けて来た。
そんな顔をされてもヘザーはただの居候なので俺がお金を出す義理は一切ない。
それどころか家賃が欲しいくらいだ。
俺達は会計を済ませてレジから離れると入れ替わる様にライラ達がレジの前に来た。
「良い服はあったか?」
「彼女は基本的に家で待機だから自由に選んでもらったわ。少しシンプルな感じになったけどまた必要になったら買いに来れば良いでしょ。」
「そうだな。耳さえ隠せば出歩いても騒ぎにはならないだろう。近所なら殆どの人がアリシアを知ってるからエルフでも気にしないだろうし。」
そして周囲を見ればどうも視線を集めている気がする。
それでアリシアを見るとその綺麗な顔を何も妨げていない事に気が付いた。
「あ、アリシア、耳だ耳。そう言えばクリスもか。」
「すみません!最近隠してなかったので忘れてました。」
そう言って彼女はパーカーを着て耳を隠した。
そして横にいるクリスの耳も隠すために急いで会計を済ませると奥の更衣室で着替えに行かせた。
しかし、既に遅かったようでかなりの人だかりが出来ている。
日本ではまだエルフの事は公には発表されていないので存在を知っている人はあまり居ない。
それにしても最近はエルフの国を旅していたので俺もうっかり忘れていた。
まあ、今ある視線は恐れや排他的な物ではなく興味や好奇心なので問題は無いだろう。
俺達は着替えが終わるとすぐにその場から移動して立ち去る事にした。
いつかは彼女たちが街中を歩いても誰も意識しない日が来るだろうか。
しかし、それはずっと先の話になるだろう。
そして、日本人の多くは言葉さえ通じれば見た目を気にしないので馴染みやすいと信じよう。
そして俺達は次にベッド一式を買いに向かった。
そこではヘザーが早速ファミリーサイズのベッドを買おうとしたので急いで止めに入る。
「おい待て。お前はそんな大きなのを一人で使うのか?」
「そんなわけないでしょ。」
そう言って彼女はメンバーを一人づつ指差していく。
そして最後に俺を指差してニコリと笑った。
「ああ、皆で使うとサイズが足りないわね。もう少し大きいの無いかしら。」
「いや、何故そこで俺が入ってるんだ?」
「え?」
俺がヘザーに指摘すると何故か「当然でしょ」という顔をされた。
そしてライラ達の下に向かうとヒソヒソと小声で話し始める。
「あなた達も苦労してるのね。」
「そうよ。ユウはこっちの気持ちに全然気付いてくれないんだから。」
「私もこれまでにどんなに苦労した事か。オリジン様が後押ししてくれなかったら絶対恋人止まりでした。」
「私なんて出会いは一番早いのに、まだ恋人にすらなってません。」
「私はまだペット枠だよ。」
「私は下手したら妹かそれ以下です。先は長そうですね。」
俺は首を傾げて待っていると彼女たちはこちらを見て苦笑か溜息を吐いた。
(一体どうしたというのだろうか?)
そしてヘザーを何とか説得してダブルベッドに妥協させた。
部屋も10畳ほどなのでダブルで限界だろう。
後は化粧などをするためにドレッサーやタンス。
欲しければテレビにパソコンと置いて行けば部屋はすぐにいっぱいになってしまう。
アイテムボックスがあるので一部の家具は不要か毎回仕舞えばいいだろうが部屋の面積には限りがあるので無用に大きい物は置かないに限る。
そして今は移動してベッドに敷くマットを選んでいる。
そこではヘザーは子供の様にはしゃぎ、クリスは真剣な顔で硬さや反発力を確認している。
「これ良いわね!とっても楽しいわ!」
ヘザーはマットで跳ねながらはしゃいでいる様でそれ以上に胸も弾んでいる。
あまりやると店員に怒られそうだと周りを見ればみんなこちらを見て何かに見入っているようだ。
(叱られそうにないのでしばらく放置しておこう。きっと童心に返ったヘザーを見て疲れた心を癒しているのだろう。)
そしてクリスを見れば低反発のマットに体を預けて幸せそうに顔を蕩けさせていた。
「このフィット感が堪りません。これは陛下に献上しないといけませんね。御姉様たちと相談しましょう。」
彼女が言った御姉様たちとは総理に付いて行った6人のメイド達だ。
クリスはあの7人の中で最も若く新参のメイドらしい。
すなわち彼女たちはアリシアにもっとも経験の浅い後輩を宛がい自分たちが総理に付いて行ったと言う事だ。
まあ、情報収集を言われているなら正しいだろうがおそらくトゥルニクスが知りたいのはアリシアの周辺情報ではないだろうか。
あちらはあちらで有益だろうが彼が納得するかが心配だ。
そしてどうやら二人ともスプリングタイプのマットの上に低反発を敷く事にしたようだ。
二人とも凄く幸せそうに買っているので納得が出来る物が見つかったのだろう。
その後枕も見に行ったが二人とも丸洗いと言う言葉に魅了され化学繊維のフワフワ羽触感枕を購入していた。
確かに羽毛枕は定期的に干さないと潰れてしまうのでこの枕は便利そうだ。
その後布団は羽毛にし、シーツと毛布は肌触り重視で選んでいた。
俺もシーツと毛布は安くても肌触り重視で選ぶので理解できる。
二人ともフワフワモコモコの生地に魅了されたのか買う瞬間まで頬擦りをしていた。
その顔に店員が魅了され、いつまでも声を掛けようとしなかったのは余談である。
美人の笑顔は破壊力抜群なので仕方ないだろう。
その後、俺達は幾つかの家具と食器を買いそろえるとデパートを後にした。
そして次に行くのはケーキ屋だ。
そこで迷惑にならない程度にケーキを購入しておく。
話によればメノウとクリスもケーキは作れるそうだがシフォンケーキやマーフィンの様な物なので一度こちらのケーキを見せて勉強させておいた方が良いだろう。
かくいう俺もマーフィンやチーズケーキ、フォンダンショコラやレアチーズケーキは作れるが細工が必要なショートケーキなどは作れない。
彼女達はレストランの様に綺麗な盛り付けも出来るそうなので今後に期待しよう。
そしてケーキ屋の前に立つとメノウとクリスは真剣な顔へと変わっていった。
その顔はまるで戦場に立つ兵士の様で魔物と戦う時よりも視線が鋭くなっている。
「クリス、行きましょう。ここには私達の新しい戦場が待っています。」
「はい、メノウさん。技術も味も全て盗んで見せます。」
二人の意気込みが凄まじい。
だがここは地方のケーキ屋だ。
この周辺では一番美味しい店だがそこまで気合を入れるなら暇な時間を見つけて何処かに旅行にでも行こうか。
それまでには自分たちで勉強して基礎も出来ているだろう。
ライラの詳細な鑑定と高レベルの料理スキルがあれば二人が言うように味を盗むのも可能かもしれない。
俺達は店に入るとショーケースの中のケーキを確認する。
どうやら運のいい事にシュークリームとプリンが大量に余っていた。
「このシュークリームとプリンを下さい。」
「はいよー。」
「それと・・・どれにするか?」
悩んでいる最中も店員は笑顔で俺の注文したものを箱に詰めて行く。
すると店員の女性がふと俺の斜め下に視線を向けた。
「可愛いお嬢ちゃんは何が良いかな。今の時期はこのイチゴのレアチーズとムースがお勧めだよ。」
「それは甘くて美味しいの?」
「とっても美味しいよ。そうだ、今日はもうじき閉店だから一つ上げよう。もし、気に入ったら買って行っておくれ。」
「わ~い、ありがとう。」
そう言って少女はスプーンとケーキを受け取って口に放り込んだ。
「美味し~~~。」
「そうかい。口に合ってよかったよ。最近魔物なんてモノがいるから店も早く閉めないといけないからね。ここもいつまで続けられるか。」
そう言って女性は寂しそうに肩を竦めた。
恐らくは止めたくはないが現状がそれを許さないのだろう。
すると少女は一瞬あどけない笑顔を消すと真剣な顔で呟きをこぼした。
「大丈夫よ。この店に手は出させないから。」
「ん?お嬢ちゃん何か言ったかな?」
しかし、その呟きは店員には聞こえず、少女は店員に気付かれる事無く再び笑顔を浮かべた。
「何も言って無いよ。ねえパパ、これ買って~。ここのケーキ美味しいから気に入っちゃった~。」
しかし、俺はその少女に苦笑いを浮かべで心の中で声を掛けた。
(誰がパパだオリジン。何しに現れた?)
そこにいたのは先日あちらの大陸で別れたばかりのオリジンだった。
彼女は少女の姿で俺の横に立ち可愛らしい笑顔を浮かべている。
しかし、その中身は超甘党の精霊の母だ。
すなわち立派な大人の女性である。
(うるさいわね。いいでしょ少しくらい。それにどっちみち私の為に買ってるんでしょ。なら言う事を聞きなさいよ。)
(・・・ハイハイ。)
(ハイは一回でいいのよ。)
(・・・・・。)
そう言われると逆に買いたくなくなるのだが俺に買わない選択肢は無い。
そんな事をすれば俺は明日の朝日を無事に見る事は出来ないだろう。
今度はいくつスキルレベルが上がるか分からない。
仕方なく俺は店員に声を掛けて追加の注文をした。
「それじゃ、迷惑でなければこれらのケーキを全部下さい。」
「お、パパさんは気前が良いのね。もしかしてスキル持ちかい。噂によれば物を腐らせずに保管するスキルがあるらしいね。でも私は女でこの歳だから魔物を倒してスキルを手に入れる事が出来なくてね。」
するとオリジンはチラリと俺に視線を向けた。
どうやら俺にどうにかしろと言っているようだ。
(その意見には俺も賛成だ。ここは俺のお気に入りの店だからな。潰れてしまうとこの町の甘味レベルが下がってしまう。)
(それは重大な問題ね。分かったわ。私も一肌脱いであげる。一緒に甘味を護りましょう。)
(了解、マム!)
俺達はこの瞬間甘味により心を通わせた同士となった。
そしてまずは彼女にステータスを得てもらう。
「それなら私がお手伝いしましょう。こう見えて今まで多くの人のレベルアップをお手伝いしてきました。あなたのレベルを無事に上げて見せましょう。」
すると彼女は顔の前で手を横に振り苦笑を浮かべる。
「いいんだよ。そんな事しなくても。お客さんに迷惑は掛けれないよ。」
「ええ~、私ここが潰れるの嫌だ~。だからね。頑張ってよ~。」
オリジンはその可愛らしい外見と行動で遠慮するおばちゃんを説得に掛かる。
おばちゃんは困った顔になるが自分のケーキをこんなに好いてくれる少女を見て考えを改めたようだ。
「それなら一度だけ挑戦してみようかね~。パパさん、それじゃお願いしますね。」
その瞬間オリジンはこちらに顔を向けニヤリと笑う。
もしかすると彼女は精霊ではなく人を騙して陥れる悪魔ではないだろうか。
いや、この世界では精霊と悪魔であるデーモンとは全く別物だ。
なら彼女は精霊ではない何かか?
そんなつまらない事をつい考えているとオリジンがこちらに駆けて来て俺の腰に飛び付いた。
「ありがとう。パパ頑張ってね。」
そう言って俺の腰を締め付け背骨がビキビキと悲鳴を上げる。
しかし、顔を崩す訳にはいかず俺は気合で笑顔を貫いた。
『読心耐性のレベルが2に上昇しました。』
『読心耐性のレベルが3に上昇しました。』
『読心耐性のレベルが4に上昇しました。』
『読心耐性のレベルが5に上昇しました。』
『読心耐性のレベルが6に上昇しました。』
『読心耐性のレベルが7に上昇しました。』
『圧力耐性を習得しました。』
『圧力耐性のレベルが2に上昇しました。』
『圧力耐性のレベルが3に上昇しました。』
『圧力耐性のレベルが4に上昇しました。』
『圧力耐性のレベルが5に上昇しました。』
「あ、ああ。娘の為に頑張るのは当然だよ。それよりそろそろ離れてくれないかな。人様の前で恥ずかしいよ。」
「え~~~パパの意地悪~。」
すると俺達の姿におばちゃんは「フフフ」と笑い笑顔を浮かべた。
確かに見た目は微笑ましいかもしれないが、俺の腰は大ピンチだ。
流石に急に腰が折れてU字になるのは拙いだろう。
「親子で仲がいいね。そうだ、今度お礼に生クリームコロネを作ってあげるわね。生地はパンじゃなくてクロワッサン生地にするからサクサクで美味しいわよ。」
オリジンはその言葉を聞いてやっと俺から離れてくれた。
そしておばちゃんに駆け寄るとその腰に抱き笑顔を浮かべる。
流石に俺にしたような事はしないようで安心した
「ありがとう、おばちゃん。うんと甘くしてね。」
「分かったよ。生地の表面に砂糖水と粉砂糖を付けてうんと甘くしようね。」
「わ~い、おばちゃん大好き~」
普通に見ればオリジンは無邪気におばちゃんと会話をしている様に見える。
しかし、俺の看破と魔素スキルには確実にオリジンが何かを行っているのが目に映った。
そしてその横には俺が見た事のない色をした精霊が浮いている。
その後、おばちゃんと時間を決めてこの店で待ち合わせの約束をすると俺達は一度家に帰る事にしておばちゃんと別れた。




