62 防衛都市ガルクニルでの宴会②
狸と狐もとい、総理とトゥルニクスは剣呑な初対面とはうらはらに今は二人で楽しく盃を酌み交わしている。
さすが互いに国を代表する者達だと感心するが何処まで見たままなのかは俺には分からない。
気に入らない相手でも仲良くしている様に見せるのが国を代表する者の勤めの様なものだ。
俺は藪を突いて龍を出したくないので早めにその場を離れた。
そして周りを見れば数カ所で何やら催し物が行われている。
見れば大食い大会と大酒飲み大会だった。
参加者に思い当たるメンバーがいるので覗いてみるとそこにはやはりホロが参加している。
しかもその横にいるのはメノウかと思えばカエデが参加していた。
どうやら彼女はあの見た目でかなりの大食いの様だ。
(天使の体ってどうなってるんだ。)
これは別に卑猥な思いではなく単純な疑問だ。
メノウも食べるのが好きでよく飲み食いしているがホロと同じく幾らでも胃に入るのか満腹になったのを見た事が無い。
もしかしたら彼女たちの胃は四次元空間に通じているのだろうか?
そんな事を考えていると俺は後ろから声を掛けられた。
「ユウさん、また変な事考えてますね。私達は食べた物を魔素に変換できるだけです。別にサイズだけ見れば普通ですよ。」
(読心術か!?)
「そうとも言いますね。ユウさんは隠し事をしない性格なので心の声が清々しい程に駄々洩れです。まあ、顔にも出やすいので変な事を考えてる時は見れば分かりますが。」
(なんとそんな恐ろしい能力を隠し持っていたのか。これは下手な妄想すらできないな。)
「オカズなんて想像しなくても皆誘ってくれるのを待ってますよ。謙虚は美徳ですが我慢は体に良くないです。」
「俺は我慢してるのか?」
俺が首を傾げて問い掛けるとメノウは艶のある笑みを浮かべた。
「我慢しているのは私達です。あんまり待たせてると襲っちゃいますよ。ご飯に何か入れられない様に気を付けてくださいね。」
「フッ、俺には毒無効があるから大丈夫だ。」
すると再びメノウに笑われてしまった。
どうやらスキルを回避する手段が存在する様だ。
「媚薬は毒ではなく薬なのでスキルが発動しませんよ。まあ、気を付けてくださいね。」
「おい、それってマジで言ってるのか?」
「さあどうでしょうね。帰ってからのご飯を楽しみにしていてください。」
そう言ってメノウは軽く手を振りながらその場から去って行った。
ちなみに彼女の手には大量の食べ物が握られている。
今日の食材は俺達が提供しているので全て無料で配られているはずだ。
メノウは町を回って屋台の料理を食べ歩いているのだろう。
しかし、媚薬は薬扱いか。
何か対策はあるだろうか?
こんな時こそあの声に頼る時だろう。
あれは俺よりもスキルについて詳しそうだ。
(お~い、何か良いスキル知らないか~?)
『・・・・・』
(あれ?返事がない。もう時間切れか。それともやっぱり俺の幻聴だったのか?お~い。)
『・・・・・私はお~いではありません。・・・名前はありませんが・・・。』
すると答えが返って来たがそれと同時に何かを求める感情も伝わって来た。
そして言葉から何を要求しているのかも簡単に想像がつく。
(しかし、名前と言われても姿も形も分らないからな。いったいどうしたものか。)
すると今度は言葉ではなく何かイメージの様なものが頭に流れ込んでくる。
それは朧気だが、見えるのは一本の苗木とそれを抱える少女の姿。
俺はその姿にスピカという言葉が頭を過った。
スピカはおとめ座を構成する星の一つでこの星座の中では最も明るい恒星だ。
おとめ座のモデルはアストライアーという女神らしく手に稲穂と葉を持っているのでイメージ的にも丁度いいだろう。
(ならお前の名前はスピカにしようか?)
俺は思いついた名前を伝えると流れ込んでいた少女のイメージが微笑んだ気がした。
別に感情も流れ込んでいるがこちらは飛び跳ねそうな程喜んでいるのが伝わってくる。
イメージとはえらい違いだ。
それでも喜んでくれているのは分かるので考えた甲斐がある。
そして名前は決めたはいいが俺達は結局、本題であった媚薬対策を完全に忘れてしまった。
これがこの先、いかな結果をもたらすかはまだ先の話である。
そして、俺は次に大酒飲み大会を覗き込んだ。
するとそこにはやはりライラがおり、その横には既に多くの人が酔い潰れている。
どうやら以前の牧場と違い1対1ではなく、一斉に飲み始めて誰が一番飲めるのかを競っているようだ。
その中にはなぜかシラヒメも参加しておりその姿はウェアウルフになっている。
しかし、その腹はボッコリ膨れ既に限界も近そうであった。
その証拠に頭がフラフラしており、いつもは獣のように鋭い目も垂れ下がっている。
(まあ、獣の様にとは言っても今の見た目はまんま獣なんだが。)
そしてその横のライラはその明らかに小さな見た目とは思えない量の酒を飲んでいるはずなのに見た目すら変わっていない。
しかも今も酒を水の様に飲みほしている。
(我が家の女性陣はみんな化け物か?)
そんな事を言ったら、我が家の最後の良識の砦であるアヤネに怒られそうだ。
すると俺の下に一通のメールが届く。
『ま~た何か変な事考えてる顔してるわよ。もう少しポーカーフェイスを学びなさい。』
メールはライラからの物だった。
どうやら彼女はまだまだ余裕があるらしい。
しかし、これは良い事を聞いた。
そう言えば俺の取得可能スキルにポーカーフェイスがあったはず。
あれを取得すれば彼女達から内心を察知されることは無いだろう。
思い立ったが吉日。
俺は早速声を掛けた。
(スピカ、ポーカーフェイススキルを取得してくれ。)
『分かりました。』
スピカは名前を呼ばれたのが嬉しいのか声まで弾んでいる。
『ポーカーフェイスを取得しますかYes/No』
(Yes!)
俺はスピカの問いにイエスと答えた。
しかし・・・。
『ブーブーブー!』
けたたましい音と共に習得に失敗する。
俺は今度はステータスを開いてそこからポーカーフェイスを選択して取得を試みた。
『ブーブーブー!』
俺が首を傾げ何が起きたのか分からないといった行動を取るとスピカからとんでもない答えが返って来た。
(どうやらスキルポイントが足りない様です。残念ですが取得できません。)
俺は驚きと共にスキルポイントを確認する。
俺は今日の戦闘で43までレベルを上げている。
仲間たちもパーティーを組んで結界の傍にいてもらったため同じ位まで伸びているがそれでも153ものスキルポイントがある。
これで足りないとはどういう事だろうか。
俺は最近見る事のなかったスキル取得の必要ポイントを確認してみる。
するとその周囲は全て1なのにそこだけが桁が違った。
(・・・1000ポイント?何かのバグか?)
俺はステータスを一度消しもう一度出して確認する。
しかし、そこにあるの1000の数字。
見間違いではなかったようだ。
(何じゃこりゃ~~~~!!)
俺は声に出さずに叫んだ自分を褒めてやりたい。
しかし、俺には成長力促進のスキルがある。
それをもってしてもこの数字なら常人にこのスキルを取る事は不可能だろう。
すると俺の叫びに答える様にスピカからの声が届いた。
(どうやらこのスキルをあなたが取る事を、世界が拒んでいるようです。残念ですが諦めましょう。)
おい世界ってなんだ、世界って。
もしかして俺は知らない内に世界そのものを敵に回していたのか?
いや、そんな記憶はない。
俺は少し前まで普通の会社員だったはずだ。
ならば何故?
俺が現実に苦悩していると後ろから声を掛ける者が現れた。
その人物は手に小さめの樽を持ち中から黄金色の蜂蜜を掬い取って舐めている。
「お困りの様ね。そう顔に書いてあるわよ。」
(お前もか。このロリっ子精霊め。)
俺の前に現れたその人物とは精霊の母であるオリジンだ。
手には俺から無断で持って行った蜂蜜が握られている。
しかし、この姿で母と言われても犯罪臭しかしない。
しかも手に持つ蜂蜜は俺から無断で持って行った物なので明らかに盗人という犯罪者である。
「他の人にも言ったけど、この姿は仮なの。本当はもっと凛々しくてボン・キュッ・ボンのナイスパディーなのよ勘違いしないで。」
(無いスバディーの間違いなのでは?)
そう考えた瞬間、俺の認識を越えて頭に拳が振り下ろされた。
「痛・・・。」
『打撃耐性のレベルが2に上昇しました。』
『打撃耐性のレベルが3に上昇しました。』
『打撃耐性のレベルが4に上昇しました。』
『打撃耐性のレベルが5に上昇しました。』
さすが自称、精霊の母。
一撃で俺のスキルを上昇させるとは。
それにしてもかなり痛い。
スフィアの夢の中で受けたダメージに比べれば大した事ないが一般人なら死ねる威力だ。
しかし、見た目はロリなのにこの容赦のなさ。
まさに一昔前までの肝っ玉かあちゃ・・・
『ドゴーン』
しかし、俺の思考は拳により強制的に打ち切られた。
俺は頭から打撃による摩擦で煙を上げ地面に顔から激突した。
しかも地面にはその衝撃で地割れが出来ている。。
『打撃耐性のレベルが6に上昇しました。』
『打撃耐性のレベルが7に上昇しました。』
『打撃耐性のレベルが8に上昇しました。』
『打撃耐性のレベルが9に上昇しました。』
『打撃耐性のレベルが10に上昇しました。』
『即死耐性のレベルが9に上昇しました。』
『即死耐性のレベルが10に上昇しました。』
『即死耐性が即死無効に進化しました。無効となったためレベルはありません。』
『気絶耐性を習得しました。』
『気絶耐性のレベルが2に上昇しました。』
『気絶耐性のレベルが3に上昇しました。』
『気絶耐性のレベルが4に上昇しました。』
『気絶耐性のレベルが5に上昇しました。』
俺は一瞬、気を失いスキルの助けを借りて意識を取り戻した。
しかし戦闘以外でここまでスキルが上昇したのは初めてだ。
それだけ今の俺とこいつとの力の差があると言う事だろう。
俺は殴られた頭を摩りながら先程のスピカの言葉を思い出した。
(いや、即死ってやりすぎだろ。しかも今の一撃でスキルが無効に進化したぞ。もしかして無効にならなかったら死んでたのか俺。)
そして俺が起き上がるとオリジンは俺の前に仁王立ちしていた。
後ろからゴゴゴゴゴーーーと擬音が出そうな赤いオーラを纏ってい・・・。
いや、よく見るとそれは本物の炎だった。
見ると密かにフレアが炎を生み出し背景を作り出している。
いつの間に来ていったい何をやっているのかと視線を逸らそうとするとオリジンに頭をしっかりとホールドされてしまった。
しかし、目だけを動かし遠くを見ればトゥルニクスが何やら羨ましそうな顔でこちらを見ている。
俺と目が合うとキッと睨まれたが俺はこんなことされても全く嬉しくない。
逆に羨ましいなら変わってほしいくらいだ。
するとなぜかオリジンの手の力が強まり頭がミシミシ鳴り始めた。
「あの、そろそろ離してもらわないと頭が潰れちゃいます。」
するとオリジンはニコリと笑い手元の樽の中を俺に見せた。
その中には小さいとはいえ2リットルはあったはずの蜂蜜が既に消えていた。
どうやら俺の前に来た時には最後の残りを掬い取って食べていたようだ。
「追加を寄越せば離してあげる。」
(とうとう盗人からヤクザにクラスチェンジですか。)
しかし、そう考えると再び彼女の握力が増した気がする。
どう見てもこれはメノウの様に俺の心を読んでるよね。
しかし困った。
その蜂蜜はそれが最後と言うか一つしかない。
他のはあるがそれで勘弁してくれるだろうか?
「あるなら寄越しなさい。それで許して上げなくもないわ。」
(はい、心を読んでいるのが確定しました。今度何か耐性が無いか探してみよう。別に心を読まれるのが嫌とかではなく、戦闘で相手に行動を読まれると危険だからですからね。勘違いしないでくださいよ。)
俺は言い訳がましく付け加えると蜂蜜を取り出した。
(しかし、甘い物ばかりでお酒は飲まないのだろうか?)
「お酒も飲むけど苦いのは嫌いなの。でもミードは好きよ。この町には無いみたいだけど。」
俺もそろそろ心で会話をするのはやめよう。
つい要らない事を言ってしまいそうだ。
「レシピは簡単なので作ってもいいですよ。」
するとオリジンは今渡した蜂蜜を収めると再び手を出して来た。
「なら作って。それで今回の事は許してあげる。」
どうやらミードの材料はこちらで用意しろとの事らしい。
先程のではまだ足りなかった様だ。
(がめつ『ギロ』・・・。何も言ってませんよ~オリジン様~。)
「言って無いけど思ったでしょ。さあ早く寄越しなさい。」
「少し待ってください。今から作りますから。」
日本では1度以上の酒を無許可で作ると法律で裁かれる事もあるがここは国が違うので大丈夫だろう。
そして俺はどれを材料に使うか考えたが蜜柑の蜂蜜とパイナップルの蜂蜜で2つのミードを作る事にした。
「まずは入れ物を出して滅菌する。その後に蜂蜜を200㏄、魔法で作った無菌の水を600㏄っと。それをかき混ぜて、料理スキルの熟成を使う。」
通常はここで発酵菌に酵母やイースト菌などを使うのだがスキルで代用できるので簡単に作ることが出来る。
しかも今の寒い時期なら2週間はかかる発酵期間が1分で終わるという早業だ。
俺はまずは蜜柑の蜂蜜でミードを完成させてオリジンに差し出した。
「出来ましてございます。」
「うむ、では早速いただこう。」
どうやらノリは良いみたいだ。
それに機嫌も少しは良くなっている。
そしてミードを一度口にすると少し顔を顰めこちらに差し出して来た。
(おかしいな。前に作った時はかなり美味しかったんだが。)
「甘みが足りない。蜂蜜を追加して。」
(おお、忘れていた。ミードは熟成させると甘さが弱まるので好みで蜂蜜を追加しないといけなかった。)
俺は蜂蜜の瓶を持ってオリジンが持つジョッキに傾けて追加していく。
50㏄・・・、100㏄・・・えまだ?
150㏄・・・200㏄・・・どれだけ甘党なんだ。
250㏄・・・いやそろそろいいだろう。
そう思ったところでオリジンはジョッキを持ち上げて刺してあるスティックでかき混ぜて飲み始めた。
「うん、ミードは良いわね。甘くて最高。」
ミードを飲むオリジンは先ほどまでの不機嫌さが何処へやら。
現れた時の無表情を飛び越え笑顔を浮かべている。
出会ってからさっきまで無表情しか見ていなかったので感情があるのか心配だったが、どうやら表に出さないだけで感情が無いわけではなさそうだ。
ただ次回からは地雷を踏まない様に気を付けよう。
俺は今度はパイナップルの蜂蜜でミードを作りながらアイテムボックス内を物色し、更に何かないかを探す。
すると俺も好きなカルーアミルクとイチゴミルクの素が目についた。
(そう言えば牛乳もあったから出してみるか。)
俺はミードを作り終えるとそれらを取り出して別のジョッキも準備する。
そして俺は原液を入れ、更にそこに10倍の牛乳を入れて薄めた。
俺の購入している牛乳は味がかなり濃いいのでしっかりとした味わいにイチゴの甘みが加わりかなり美味しい。
しかし、最も素晴らしいのはこの原液を開発した人たちだろう。
牛乳と混ぜると本物のイチゴミルクの様な味になる。
そしてオリジンはミードを飲み干すと俺の作ったイチゴミルクとカルーアミルクに目を向けた。
「これは何?」
「イチゴミルクとカルーアミルクでございます。まずはこちらからどうぞ。」
俺はまずはカルーアミルクから進める。
こちらはイチゴミルクよりは甘くないが砂糖を追加しているので大丈夫だろう。
今回の俺に抜かりはない。
「それじゃいただくわ。」
そう言って最初は警戒しながら少しずつ。
そして味が分かると子供の様に笑顔を浮かべて飲み始めた。
「美味しいわねこれ。大人の味って感じがするわ。」
かなり甘口に設定したのだがそれでももう一歩及ばなかった様だ。
するとオリジンは次にイチゴミルクに手を伸ばす。
そして今度は警戒せずに飲み始めた。
「何これ。ミードより美味しい。あなた中々やるわね。特別に今回の事は不問にしてあげる。でも次回は無いと思いなさい。」
「ありがたき幸せ。ささもう一杯。」
「気が利くわね。それじゃさっき言ってたスキルについて教えてあげるわ。」
ここでようやく機嫌が戻ったようで振り出しに戻る事が出来た。
それにしても精霊の母オリジン。
ここまでの甘党とは思いもしなかった。




