6 ホブゴブリン
俺はスキル表からスキルを選択して取得するとそのままレベルを10へと一気に上げた。
覚えたスキルは隠密と言って気配を絶ち、他人に気付かれないように行動が可能になるスキルだ。
これを使って眠っているゴブリン共を避けて30秒以内に戻ってくる。
いや、安全を考慮するなら20秒を目指した方がいいだろう。
「ライラ、今からゴブリンを眠らせてくれ。俺が生存者を迎えに行ってくる。」
すると周りで聞いていたアヤネとゴウダは驚いた顔を俺に向ける。
常識的に考えれば今から俺が取ろうとしている行動は猛獣の眠る檻の中に飛び込むのと変わらない。
それに2人も自分の思いが顔に出ていた自覚があるようで焦ったように声を掛けてきた。
「ユウさん危険です!確かに助けたいのは確かですが・・・。」
「そうだぜユウ君。ここはいったん撤退して警察でも呼んでこよう。」
それにこんな状況でも二人は意外と冷静に現状を分析しているようだが助けたい思いは強そうだ。
おそらく俺が撤退すると言えば納得してもらえず逆の意見が出て無駄な時間を消費しただろう。
しかし今は何をするにも素早い行動が必要だ。
それに俺は不可能なら諦めるができるのに助けないのは気分が悪い。
「やばそうならすぐに逃げてくるから安心してくれ。それにこの中で一番危険な魔物はあの一番奥のデカい奴だ。今は単純にホブゴブリンとするけどアイツ以外は雑魚だから心配ない。それじゃ、ライラ頼む。」
俺は間髪容れずにライラに指示を出すと彼女は俺に応えるように魔法を使ってくれた。
「スリープ」
それと同時に部屋の手前まで移動し中を覗き込んで様子を確認する
するとライラの唱えた言葉と共に部屋中のゴブリンたちが深い眠りに落ちていくのが見える。
そして起きて動いていた奴らもその場に倒れ完全に動かなくなるのを確認して俺は隠密スキルを使い部屋の中を駆け抜けた。
それまでに経過した時間は5秒と短いがこれで助けるために掛けられる時間は25秒に短縮されてしまった。
やはり余裕を持って20秒と設定したのは間違いではなかったようだ。
そして格闘スキルのおかげで体のバランスは安定し、隠密スキルのおかげで足音も出ていない。
あえて言えば素早く動いているので風が起きていることくらいだ。
これくらいなら深く眠っているゴブリンたちが起きる要因にはならないだろう。
俺は身体強化のおかげで目的の場所までを5秒で駆け抜けると女の前で足を止め地面へとしゃがみ込んだ。
そして確認するとロープは草を編んで作った物のようで荒い作りだが太さは3センチもある。
ハサミだと切れそうにないので、ナイフを取り出すと縄を輪のように握って力を込めた。
『ブチッ』
しかし、思っていた以上に丈夫なロープからは切れた瞬間に音が出てしまった。
そのため俺は緊張しながら周りに視線を走らせたがゴブリンたちに動く気配はない。
『危険感知を習得しました。』
しかし、俺の頭の中でスキル習得のアナウンスが成り危険な方向が感覚的に伝わってくる。
俺は即座にスキルの感覚に従いホブゴブリンに視線を向けると奴は既に目を開き俺を見下ろす形で睨みつけていた。
そして傍にある剣を手にすると部屋中に響き渡るほどの威嚇の雄叫びを上げた。
「ガアアアアーーー!」
するとその声に反応するように眠っていたゴブリンたちが次々に飛び起き辺りを見回し始める。
その中で俺は即座に女を担ぐとナイフを腰に差し木刀を手に走り出した。
早くこの部屋を出なければ周囲にいるゴブリンに包囲されてしまう。
それだけなら問題は無いが、それでできた隙をホブゴブリンに突かれるのはよろしくない。
俺は走りながら木刀を振るいまだ寝ぼけているゴブリンたちを殴り殺しながら出口へと向かう。
そして俺が部屋から通路に飛び込むと再びホブゴブリンが雄叫びを上げた。
「グオオオオオーーーーー!」
そして女という玩具を奪われた奴も怒り狂った顔でこちらに走り出した。
しかしこのままでも俺だけなら逃げ切ることは可能だろう。
だが奴の速度から考えてゴウダさんとアヤネは無理だ。
ライラに関してはレベルが高そうなので運動は苦手そうだが逃げ切れるはずだ。
そして今の状態で捕まった者がどうなるかはあの部屋を見れば一目瞭然だ。
アヤネはおそらく逃げられないように手足を折られて凌辱の限りを尽くされることになる。
既に牛と豚を食い尽くしていることから、ゴウダさんは奴らの食料にされてしまう。
俺はすぐにライラに視線を向けると彼女はすぐに意味を理解し足止めのために通路へと魔法を放った。
「ファイヤーウォール!」
すると道を塞ぐように炎の壁が出現し通路を覆い尽くした。
しかし、そんな物はお構いなしにホブは怒りに目を血走らせて炎の壁に飛び込み突き抜けてくる。
そして体の表面を炎に炙られながらも軽い火傷だけで突破してきた。
しかしこの方法はホブだから可能な芸当で、普通のゴブリンなら死ぬか重傷を負っているはずだ。
更にホブはそのまま勢いを殺さずに剣を手に向かってくる。
その様子にライラは驚きの表情を浮かべたがそれほど焦っている様子が無いので予想の範疇ではあったようだ。
逆にアヤネとゴウダは恐怖の表情を浮かべて動くこともできなくなっている。
だがこの時点で全ての条件が揃ったのを確信し、俺は女を下ろしながら口角を上げ笑みを浮かべた。
今の俺なら1対1でこのホブゴブリンに勝てるからだ。
俺は木刀を投げ捨てるともう1つの武器である刀に手を伸ばし構えを取った。
そしてそのまま刀を抜くとホブに向かって走り出し正面から向かっていく。
するとホブはそんな俺に向かい手に持つ剣を左から横薙ぎに振るってくる。
しかし、俺は右に飛び上って剣を躱すと壁を蹴って刀を振るった。
『立体駆動を獲得しました。』
俺はスキルを駆使してホブを刀で斬りつけたが感覚が慣れていないため左腕を斬り飛ばすことしかできなかった。
しかし俺は足を止めること無く反対の壁を蹴ってホブの右側から刀を振るう。
ホブはそれを剣で受けようとするがその動きは俺に比べて遅すぎる。
俺はホブの剣が振るわれるよりも早く刀を振るい右腕の骨に届くほどのダメージを与えた。
それによりホブは持っていた剣を手放し丸腰になると初めて怒り以外の感情を目に浮かべた。
しかし、俺は容赦すること無く横薙ぎに剣を振りホブの足を切り裂き移動力を奪った。
そうすればもうこのホブにあらがう術は1つもないない。
俺はホブの腕を完全に斬り飛ばし足を何度も切り裂いて完全に動けなくさせる。
残酷なようだが、完全に安全を確保し皆で経験値を分け合うためだ。
雪山で仲間と遭難した時に人間性が試されると言うけどそれと似たようなものだろう。
そして作業を終えて振り向くと、後ろで見ていたアヤネたちにやり切った顔で笑顔を向けた。
「終わったぞ。後は皆で攻撃して経験値を分けよう。これだけ強い奴だから確実にレベルが上がるだろうからな。」
しかし、俺の顔を見てアヤネとゴウダさんは何故か一歩引いている。
いったいどうしたのだろうかと思っているとゴウダさんは俺に向かって声を漏らした。
「鬼よりも鬼だな。」
「「うん。」」
(失礼な!みんなが攻撃しやすいように相手の行動力を完全に奪っただけだ。その際、ホブが泣こうが叫ぼうが完全に無視していたが、こいつらは人間を食うのだろう。それならこのようにされても文句は言えないはずだ。)
「アヤネ、ゴウダさん! 早く攻撃してくれ。まだ残りのゴブリンがいるんだから急がないと日が暮れるぞ。」
「あ、はい。すぐ行きます。」
「す、すまねえな。わざわざここまでしてもらって。」
「ワウ!ワウ!」
「ワフ~!」
そして全員が攻撃し終わると俺はホブの首を飛ばして始末を終える。
するとそこには通常よりも大きな魔石とホブが使っていた剣が残った。
俺はその魔石と剣を回収するとライラに向かって魔法を解除するように指示を出した。
すると炎の壁は消え去り、その先からゴブリンたちが溢れ出しこちらへと向かってくる。
俺は日本刀を木刀に持ち変えると今度は殺さないようにゴブリンを殴り倒していった。
その後はアヤネたちが順に攻撃を行い、魔物を殺すことに慣れたゴウダさんが最後に止めを刺していく。
これでこの巣穴は完全に制圧したのでこの後のことは警察にお任せしよう。
俺はそう決めて皆に伝え助けた女の下へと向かっていった。
すると女の横ではライラが魔法を掛けているようでこびり付いていた汚れが消えていくのが見える。
すると俺が来たことに気付いたようで何をしていたのかを教えてくれた。
「ゴブリンは他種族の女を孕ませることができるの。だからこうやって白魔法にある浄化を使って体内に残っている魔物の性を消してるのよ。身籠った場合は魔法ではどうしようもないから堕胎剤が使われるけどこの子はまだ大丈夫そうね。」
そして女を見れば先ほどまであった酷い傷もすべて消えていた。
俺たちがゴブリンと戦っている間に治療を進めていてくれたようだ。
しかし、よく見るとこの女は俺達とは大きく違う部分が一つある。
それは特徴的な長い耳で、耳長族かエルフという人種かもしれない。
身長は140センチほどで髪は金髪、スレンダー体型だがかなりの美少女ではある。
あまりジロジロ見るのも失礼なのでライラに言って服でも着せてもらえば良いだろう。
裸の女を連れ帰るようなことは先日のアヤネでお腹一杯だ。
「悪いが服を着せてやってくれないか。俺たちは広間を調べておくから。」
「分かったわ。任せておいて。」
そして部屋を探索すると幾つもの剣に弓。
その他にもナイフや鞄等が出てきた。
恐らくは犠牲になった人の物だろうけど勿体ないので貰っておくことにした。
それにバッグはいわゆるガレージバッグという物で、見た目よりも多くの物が収納できるようだ。
中には俺たちの世界には見かけたことのない金貨や銀貨。
その他にも食べ物や武器などが入っていた。
(ゴブリンがこれらの武器で武装していなかったことが救いだったな。もし武装していればここの制圧はもっと苦労したかもしれない。)
それにしても変わった金属だ。
青銅のように青いのにそれほど重くない。
それに指で弾くと銅と違って硬質な感触がある。
これはもしかするとライラたちの世界にしか無い金属かもしれないな。
そして、部屋の探索を終えて戻ると女は服を着て眠っていた。
最初に見た時よりもかなりマシになったが起きたら反応が面倒そうだ。
ただ、さすがに今回は俺を強姦魔と間違えることは無いだろう。
それに今回も置いて帰る選択肢が無い所が痛い。
実際に世界がどのように融合したのかが分からないため、彼女の帰るべき場所すら分からないからだ。
政府も早く情報を開示してくれないだろうか・・・。
「それじゃ、遺品の回収も終わりましたし帰りましょうか。それと女はどうやって運ぼうか。」
俺が悩みながら声を掛けると皆の視線が何故か俺に突き刺さってくる。
最後はホロとロクも俺を見るので強制的に俺が背中に負ぶって運ぶことになった。
(戦闘でそれなりに疲れてるんだけどな・・・。)
それにハッキリ言えば彼女はスレンダーだし俺は鎖帷子を着ている。
背中に当たる幸せも何も無いのでただ重いだけの荷物を運んでいる気分だ。
これがホロなら何時間だろうと喜んで運ぶんだがな。
そんなことを考えながら歩いて1時間。
外に出ると太陽は頂上から半分ほど西に傾き、時刻は14時を過ぎた頃だった。
俺たちはそのままゴウダさんの家に向かい、今回のことで手に入れた物の分配を決めることになった。
家に着くとゴウダさんは俺たちを部屋に案内すると家の奥へと消えていき、戻ってきた時にはその手に封筒を持って現れた。
「まずはこれを渡しておく。」
ゴウダさんはそう言って俺に封筒に入った百万円を渡してきた。
これは最初に話した結界石の料金だろう。
後でゴウダさんと一緒に設置に行かなければならない。
そして次に俺がアイテムボックスから魔石と今回手に入れた剣やらを取り出した。
するとやはりゴウダさんは魔石の方が気になるようだ。
魔物を倒せば手に入るが同時に危険も発生する。
しかし、今のところは店に売っているわけではないので貴重品でもあった。
俺は彼の顔色を見て言い難そうなので提案を持ちかけることにした。
「ゴウダさん。今回ホブ以外のゴブリンの魔石は譲るので剣などは俺たちが貰ってもいいですか。これだけあれば100日以上は被害を防げるはずです。」
「ん~・・・わかった。こちらもそうしてくれると助かる。ただ物が沢山入る鞄を一つ貰えないか?」
するとゴウダさんは腕を組みながら少し悩むと俺の提案を受け入れてくれた。
しかし、悩んでいた理由は一つではなかったようで洞窟に落ちていたバッグの1つが欲しかったようだ。
恐らくガレージバッグのことだろうが人数分以上の数が回収できているので一つくらい問題はない。
それに俺とライラにはアイテムボックスがあるので困ることも無いだろう。
俺たちもアヤネの分があれば十分なのでしばらくはアイテムボックスの肥やしになっていただろうからな。
「それくらいなら構いませんよ。」
「すまない、恩に着るよ。それにこれから同業者に連絡を入れてアンタらを紹介していかないとな。連絡先に間違いは無いか?」
「大丈夫です。それと結界石が効かない強力な魔物が出た時は自分の命を優先してください。」
「分かっている。あのホブは強かったからな。今の俺だと命が幾つあっても倒せないだろう。もしそんな事態になった時はまた相談させてもらうよ。」
「そうしてください。俺も早く強くなるのでその時は更に役に立ちますよ。」
するとゴウダは首を捻りライラとアヤネを見た。
きっと女性ということで今日の経験から心配になったのだろう。
「そっちの二人はどうするんだ?」
「二人は戦闘員ではなく本当は後方支援に付いてもらう予定なんです。ある程度レベルとスキルが成長したら安全な場所でお仕事をしてもらいます。」
「そうか。お前もちゃんと考えてんだな。良かったな二人とも。」
しかし何故か二人は微妙な表情で俺のことを見てくる。
俺は最初からそのつもりだったのだが二人の思いは違うのだろうか。
今日戦って分かったがやはり前線は危険だ。
本人たちの意見は尊重したいので最終的には任せるが再度話し合った方が良いのかもしれない。
その後、俺たちは結界石を設置して牧場を後にした。
家に帰るとまずは今も目を覚まさない女を居間に準備した布団に寝かせておく。
この場所は寝室と違い畳なのでベッドは無いが起きればすぐに気付くことができる。
それと今回の戦いで再びレベルが上がったので俺はスキルポイントを割り振ることにした。
今日は最後の決戦の前に偶然レベルが上がったから良かったが、今後はスキルポイントは少し余裕を持って残しておいた方が良いだろう。
そのため今回使うポイントは5ポイントのみで残りは今後のために残しておく。
そして、今のスキルレベルはこんな感じで3つがカンストしている。
白魔法 10
黒魔法 1
空間魔法 1
成長力促進 10
探知 2
生活魔法 2
算術 3
剣術 10
言語 2
料理 3
洗濯 3
テイム 2
威圧 4
釣り 2
思考加速 2
気配察知 1
格闘 4
身体強化 5
危険察知 1
立体駆動 1
並列思考 4
現在得ているスキルとレベルはこれだが俺は今日の戦闘で大事なことに気が付いた。
確かに身体能力が向上しているので体は動く。
しかし、思考が追いついてこない。
これはおそらく急に力を得たので脳の処理が追い付いていないのだろう。
今後のことを考えれば改善しておきたいため、今の段階で使うことができる5ポイントを思考加速に使う事にした。
これで思考加速はレベルが7になったので次の戦闘からは思考が肉体の速度に追いつくだろう。
そして現在は夕方の17時になったのでそろそろ夕飯の準備をしないといけない。
(今日はみんな頑張ったから何か良い物を・・・。)
そう考えた時、俺の頭に浮かんだのはステーキだった。
以前に朝に行った精肉店で購入した良い物があるのでそれにしよう。
そうと決めて動き始めた俺は付け合わせとしてブロッコリーと人参を鍋で茹でる。
それとクリームソースとカボチャを合わせてパンプキンスープを作る。
カボチャは蒸してミキサーにかければ簡単にペースト状にすることができる。
ただこれだとトロミと香辛料が足りないので小麦粉を解いた水を少し加え塩とコショウで味を調える。
そしてパンとご飯を準備し追加でキャベツを千切りにしていく。
後は肉を焼いてその時一緒に人参とブロッコリーを軽く焼けば完成だ。
ただし俺を後ろからずっと見守ってくれていたホロには密かに味見をさせてあげるのを忘れない。
しかしホロも分かっているのか周囲を見回して他に誰も居ないことを確認し、差し出された肉を静かに口へと入れている。
もしこれをライラにでも見られれば自分もと言い出すのは目に見えているからだ。
そして準備が整ったので俺は何食わぬ顔でその場を離れると2階に居る二人を食卓に呼んだ。
「ご飯の準備ができたから来てくれー。」
「分かったー。すぐに行く行くわー。」
「今日は牛肉だからな。」
『ドドドドーーーー!ダン!』
「ホント!?」
そして俺が牛肉と言うとライラはもの凄い勢いで部屋から飛び出し3階まで続く吹き抜けから飛び降りて現れた。
しかし家の中でそんなに走ると危ないし、そこは飛び降りる場所ではないのだが、怪我をしたり壊したとしても自前でどうにかできるらしいので問題は無いのだろう。
ただせっかくの上機嫌を小言を言って壊したくないので何も言わないが、頻繁にするようならその時に注意して止めさせよう。
そして部屋に入るとホロは先程のことを忘れたかのようにご飯の時の定位置に陣取り、口から涎を垂らして絨毯に染みを作っていた。
さすが我が家の元祖食いしん坊キャラだけはありこちらも平常運転だ。
そして最後にアヤネがゆっくりとした足取りで上から降りてきて申し訳なさそうに席に着いた。
「すみません。お手伝いもせずに食事だけ頂いてしまって。」
「気にしなくてもいいよ。アヤネも今日でスキルが目標に達しただろ。ライラと一緒に居たみたいだから声を掛けなかったんだ。」
アヤネは居候のような状態なので、準備を手伝わなかったことを気にしているみたいだ。
なのでこちらで気にしなくて良いと優しく伝えてフォローを入れておく。
今後どうするかはまだ話し合ってはいないが、アヤネもライラも遊んでいるわけではないのでご飯の準備くらいは手伝わなくても問題はない。
「あの・・・ありがとうございます。」
「その代わり余裕ができたら言ってくれ。その時は話し合ってどうするか決めよう。」
「はい。その時は必ず声を掛けます!」
ただ、これが居候としては普通の考えのはずなんだけどライラを見ていると溜息が出そうになる。
アレでは横で涎を垂らしているホロとあまり変わらないじゃないか。
最低限、嘘でも良いからアヤネみたいな事を言ってもらいたいところだ・・・。
そしてこの話はここで終わりにして俺は肉を焼き始めた。
早くしないとホロの足元に涎の水溜りができて、ライラのお皿には涎で水が張りそうだ。
俺はまずフライパンを二つ準備すると片方には人間の食べる肉を入れ、もう片方にはホロが食べる肉を入れる。
ホロの肉は表面を強火で焼くだけなので直ぐに出来上がるので一口大に切ってお皿へと入れる。
生でも食べられる肉だが念のためと犬には調味料を使わないので毎回別々に作っている。
その後、俺たちの肉は表面を強火で焼き塩、コショウ、ニンニクを加えると準備していたオーブンに移す。
そこで1分ほど加熱すれば出来上がりだ。
こうすると素人が焼いても肉が固くなりにくく、中まで火が通りやすい。
このやり方を思いつく以前はよく火加減を間違えて中が冷たかったり焼けすぎたりしたものだ。
俺は焼き立てのステーキを温めた皿に乗せると二人の前に並べ、ホロにも肉をを乗せた皿をおいてやる。
そしてみんなで食事を始めたがライラだけは肉を口に入れた途端に目を限界まで見開き天(天井)へ向かって雄叫びを上げた。
「う~ま~い~ぞ~~~!」
するとライラはどこかの王様みたいなことを叫ぶと二口目へと手を伸ばした。
しかしコイツは魔法が得意なのでいつか本当に口から光の柱を出しそうで少し怖い。
頼むから思い出の詰まった大事な家を壊さないでくれよ。
そしてアヤネも嬉しそうに食べているが、どうやらこちらは問題ないようだ。
弟子は師匠に似ると言うが、彼女には今後も変わらずにいてもらいたい。
そんな光景を眺めながら俺も一口食べて味を確認することにした。
(・・・うん、上手く焼けているみたいだな。)
そして食事を始めて少し落ち着いたところで、食べながらではあるが今後のことについてライラとアヤネに相談する。
ただアヤネはあんな目に遭った後なので家で安全に暮らしたいのだと思っていた。
ライラも魔法は得意で知識は豊富だが、その力は生産寄りで戦闘には向いていなさそうに思う。
実際ステータスのレベルが幾らまで上がるのかは分からないが、ライラの口ぶりからすると生産向けのスキルと魔法関係はレベル10まで上げていそうだ。
しかし俺が感じていることが確かならレベルは上がればそれだけ次のレベルアップが難しくなる。
それはすなわち必ず何処かで上げ止まりが発生するはずだ。
それが生産に偏っていれば戦闘を主体にしている者に比べて低くなるのは当然だろう。
今は大丈夫でも今後は危険になるかもしれない。
それにライラはその知識を生かせばこの世界で欲しがる者は幾らでも居るはずだ。
もし、あと少し状態が深刻化すれば知識を売るだけで今後生活に困ることもないだろう。
そんなことは分かっていそうだが俺の所でひっそり生活しているのには何か理由があるのかもしれない。
「それで、今まで聞かなかったけど二人はこれからどうしたいんだ?二人の意見は可能な範囲で受け入れるから素直に教えて欲しい。」
するとライラは肉を食いながら、アヤネは食べるのを止めて俺に顔を向けた。
「ムシャムシャ、私はずっとユウに付いていくわよ。」
「本気で言っているのか?」
「ムシャムシャ・・・。」
そしてライラはなんでもないように答えると再び食事に集中してしまった。
しかし、こちらは真剣に聞いているのだが、今は自分のことよりも食事の方が重要みたいだ。
それとも今の言葉にライラの想いが集約されているのだろうか。
そう考えるとなんだか告白みたいにも聞こえるが、それは俺の願望や妄想の類だろう。
ホロが居るので寂しくはなかったが、こうして皆との食事も楽しいと思えている。
だからライラが口にした「ずっと」という言葉に消えかけている結婚願望が刺激されたに過ぎない。
「私もユウさんに付いていきたいです。ダメですか?」
そしてライラと違ってアヤネの顔には確かな不安が見て取れる。
しかし俺は同居人を籠の鳥にして閉じ込めたりする変態思考の持ち主ではない。
事前に意見は尊重するとも伝えてあるので今の段階では好きにすれば良いだろう。
それにスキルレベルが適正に達したとは言ってもまだまだ低いのでもしもの時に自分の身も守れない。
今後のことを考えれば可能な限りレベルを上げて更に有用なスキルを取得しておいた方が生き残れる可能性も上がるはずだ。
「それならそれで良いと思うよ。俺も二人が一緒の方が心強いし助かるから。だからこれからもよろしく頼む。」
「はい!不束者ですがよろしくお願いしますね。」
するとアヤネは不安な顔から一変して花が咲いたような笑顔を浮かべた。
そして不安が無くなったためか、先程よりも美味しそうにご飯を食べている。
しかし正面を見るとライラは既に肉を食べ終え、今は俺の肉をロックオンしてチャンスがあれば奪い取ろうと狙っていた。
ホロも同じくテーブルの下をサメのようにグルグル回りおこぼれが降ってこないかと狙っている。
なのでライラには追加の肉を焼いてやり、ホロには事前に作って冷蔵庫に入れておいた蒸した鳥のササミを与えた。
するとライラは喜んで食べているがホロは少し首を傾げて不満そうにしている。
もし喋れるなら「これは違うよ」と言ってきそうな顔だ。
しかし、蒸したササミも美味しいので途中からは喜んで食べていた。
その後、俺たちは順番に風呂に入るとそれぞれの部屋へと戻り寝るまでの時間を自由に過ごした。
今日は結局、ゴブリンの巣で拾った女は目を覚まさず居間に敷いた布団で眠っている。
体は回復しているはずだがやはり精神がかなり疲弊しているので目覚めるのがいつになるか分からないとライラが言っていた。
そして明日には目を覚ますだろうと信じて俺たちは眠りに就いた。