58 スタンピード①
ダンジョン。
それは世界各地に存在するパワースポットによって生み出される魔窟である。
しかし、その恩恵は大きく、無限の素材に資源とあらゆる物を手に入れることが出来た。
さらに、魔物がそこに集中するため地上での魔物の発生率が低下し世界が生み出した安全装置とも呼ばれている。
そんな場所だが一つの大きな問題がある。
それは安全装置と言われようとそれには限界があった。
すなわち定期的に魔物を狩らなければいつかは溢れ出してしまうのだ。
そして今、その限界点を示す現象が起きているダンジョンがあった。
それはユウ達が今も宿泊する町、『防衛都市ガルクニル』である。
そこにいる中級冒険者がある情報をもたらした事から事態は動き出した。
しかし、この町がそれを知るのは一部の者のみ。
それ以外の一般の者には秘密とされ、それを伝えた冒険者はギルドからの不自然な指名依頼により遠くの町へと送り出された。
そのため、その現象に気付けた者で町に知らせた者は現れず、密かに気付いた者は静かに逃げ去って行った。
そんな事が行われていたのはユウ達が現れる1週間も前の事である。
そして、次第に減っていく中級以上の冒険者に町の有力者たち。
しかし、町では何も知らない者達によるいつもの変わらない風景が生み出されていた。
そして、それが発覚したのは再びその現象に気付いた冒険者たちが町で叫びながらギルドに駆けこんで来たからだ。
その現象とは下層に下りる階段通路の拡大である。
通常2メートルくらいしかないそれが次第に大きくなり既に3メートルを超えていた。
そしてもうじき4メートルに差し掛かろうと言う時にそれが発覚したのだ。
ここまで現象が進行すれば何時スタンピードが起きてもおかしくはなかった。
しかし、スタンピードなど滅多に起きる物ではない。
定期的に魔物の間引きをしていれば回避できるのだ。
それでもこの町でなぜこのような事が起きたかと言えば大きく上げれば冒険者の意識の低さだろう。
彼らの多くはその日の生活費さえ稼げれば問題の無い者が多い。
しかもダウナーが違法で奴隷を購入する様になってからはその現象が加速した。
そのため表向きはダンジョンに入っていたが本気で魔物を狩る者は少なくなり、現象に気付いた者達が町を去った事で発見も遅れてしまったのだ。
そして、その現象の報告がもたらされたのはユウが王都に向かった直後である。
空は暗くまだ日の出まで時間はあるが既に人は起き出しており、町は動き出す直前だった。
そのため、その冒険者の声を聞いた者達は家を飛び出しパニックを起こし始める。
彼らは冒険者ギルドに殺到し口々に質問を投げつけた。
「冒険者は何をやっているんだ!?」
「もう、スタンピードが起きる直前だと聞いたわよ。」
「ギルマスを出せ。なぜ説明に現れない。」
ギルマスは既にこの町には居ない。
何を隠そう最初の発見者を指名依頼で遠ざけたのはギルマス本人だからだ。
彼は有力者にこの事を知らせると頃合いを見て町から逃げ出している。
そして運が良いのか悪いのか、この情報はダウナーには伝えられなかった。
恐らく何らかの伝達ミスだろう。
彼は最後までこの事を知らぬままこの世を去った。
そして、罵倒や質問は続くがギルドも大きく混乱していた。
その理由はこういう時の戦力であるBランク以上の冒険者と殆ど連絡が取らないからだ。
その焦りから彼らは今も対応に追われ碌な説明も出来ないでいた。
それもそうだろう。
この町を救うための最大戦力である者達が、町の何処にもいないなど誰が言えようか。
言った直後には彼らは暴徒と化しギルドを破壊するだろう。
そしてパニックにより秩序は崩壊し、我先にと逃げ出す波にのまれた多くの者が犠牲になるのは目に見えていた。
しかし、そんな中でも希望の光は存在した。
それが今、彼らの前に現れる。
「どうしたのですか?」
そう問いかけたのはSランク冒険者のアスカである。
しかし、彼女は長いブランクと昨日この町に来たという事実からそれを知る者は少ない。
それでもそれを知る数少ない男がすぐ傍にいた。
それは昨日アスカが鬼の値引きを行った服屋の店長である。
しかし、彼は理性的にアスカに歩み寄ると彼女を群衆から遠ざけ説明を始めた。
もし、ここでアスカの事が知れると救いを求める者達によってパニックになる可能性があるからだ。
店長は近くの飲食店にアスカを連れて行くと誰もいない店内で説明を始めた。
「この町のダンジョンでスタンピードの前兆が発見されたらしいです。しかもいつ起きてもおかしくない状態らしいです。あの人たちは詳しい情報を得るためにギルド前に詰め掛けています。どうも対応の遅れから高ランクの冒険者がいないのではという噂も飛び交っています。」
それを聞いてアスカは軽く頷いた。
その様子は普段通りで、怯えたり慌てた様子は微塵も無い。
その姿に店長は呆気にとられるが、同時に頼もしさも感じていた。
「分かりました。日が出て2時間ほどですから私の仲間もそろそろ起きているでしょう。少しギルドに行って対応を話し合ってみます。」
そう言ってアスカは店を出て宿に戻って行った。
すると店長は昨日と変わらない姿に安心を感じたのか、彼も自分の店に戻って行く。
そして宿に戻ったアスカは急いで自分達が宿泊する階へと走った。
実の所、内心ではかなり焦りを感じていたのだ。
今は最大戦力である自分の祖父とアキト、そしてユウが居ない。
対策を立てるにしても時間が無さ過ぎる。
そしてアスカが最初に向かったのはライラの所である。
もし何かあれば誰に最初に相談するかは既に決めていたからだ。
部屋に入るとライラは既に起きており服も着替えて髪を整えていた。
彼女はアスカに気が付くと髪の手入れが終わったのか振り向いて声を掛ける。
「外が騒がしいけど何かあったの?」
そしてアスカは先程、店長から聞いて来た情報をライラに伝えた。
その結果、一度ギルドに行って話し合う事が決まり下の食堂に全員で集まる事になった。
そこで情報共有が行われると子供たちを宿に残し揃ってギルドへと向かう。
するとそこには先ほどを上回る人だかりができており通る事すら不可能になっていた。
「どうしましょうか?」
アスカが後ろを振り向いて困っているとミズキが手を上げた。
その顔には笑みが浮かんでおり、年長者に対する頼もしさを感じた。
「私に任せて。こういう時の為に良い物があるの。」
そう言って彼女はアイテムボックスから何かの筒を取り出した。
するとそれが何か知る者は揃って苦笑を浮かべ、知らない者は首を傾げる。
「それは何ですか?」
「こんな時の頼もしい味方で音響弾よ。さあ~皆。耳を塞いで~。」
その言葉と共にアスカ達は素直に耳を塞ぐと少し離れた所へと移動した。
そしてミズキは音響弾の安全装置を外し空へと投げ上げると素早く自分の耳を塞いで自分も少し移動して行く。
すると音響弾は頭上で巨大な音を立て、周囲へと無差別に音の雨を降らせる。
しかし、少し上に投げすぎたのか思っていたよりも大きな音は聞こえず周囲の者の意識を向けさせる程度だった。
すると次にライラが彼らの前で巨大な火柱を発生させ熱と視覚で注意を集める。
それを見た民衆はライラ達に視線を集めて先ほどから無秩序に上げていた声を一斉に止めた。
その間にアスカは道を開かせるために声を張り上げる。
「皆さん通してください。私はSランク冒険者のアスカです。今からギルドで対応を話し合います。安心してください。私はこの町を見捨てません。」
すると民衆からどよめきが生じ、それは次第に大きくなっていく。
そしてそれは次第に歓声に変わり彼女達の前に道が出来上がった。
もしこれがユウなら説得ではなく威圧による実力行使になっていただろう。
そして、道が開くとその先からは一人の男が駆け寄って来た。
その者は先ほどまで民衆の罵倒を一身に受けていた男だ。
たった数時間で顔は疲れ果て目に涙も浮かべている。
きっと彼にはアスカ達が救世主に見えているだろう。
そして彼はアスカ達の前に来るとギルド内へと案内していった。
「こちらにどうぞ。詳しい状況を説明します。」
「急いでね。聞いた話だと殆ど時間は残されていないのでしょ。」
そしてギルドに入るとそこには数人の冒険者しかいなかった。
しかも全員がDランク以下の様でスタンピードの時にはほぼ戦力外だ。
たとえ戦闘に参加させても魔物の群れに飲み込まれて死ぬ未来しかない。
どうやら状況は思っていたよりも酷い状況だったらしく、これではギルドが何も言えないのも頷ける。
そしてギルドのスタッフが町中を走り回った結果、見つけることが出来たのは約500人ほど。
多いか少ないかで言えば少なすぎる。
既に半数以上がこの町から逃げ出し居場所が分からないらしい。
しかも残った物は彼女達を除き全てが℃ランク以下であるようだ。
しかもCランクですら50人もいないと言う事なのでまともな戦力はアスカ達だけと言う事だった。
その事を伝えたギルド職員も既にかなり顔色が悪い。
例えSランクのアスカだとしても十数人は自分と同等の戦力が必要になる。
スタンピードとはそれほどのモノでその最も大きな脅威がその数だからだ。
強さだけで見れば余裕だが今のままでは絶対数が足りない。
なにせ、数千。
もしかしたら数万の魔物が一気に溢れ出すのだ。
それに対応するためにはそれだけの人数が必要になる。
すると後ろで何かを考えていたライラがスタッフへと声を掛けた。
「この町の地図はある?」
するとスタッフは一枚の大きな紙を取り出しテーブルに置いた。
それはこの町の詳細な地図で建物の配置まで細かく書き込まれている。
「こちらがこの町の地図です。ダンジョン周辺は直径で100メートル程の空地になっています。その周囲を高い壁で囲み入り口は北と南の二カ所だけです。北はスラムが近く魔物が出ると発見が困難になります。南だとメインストリートに沿って魔物が移動するため被害が大きくなります。」
そしてその地図を見てライラは自衛隊組に視線を向けた。
すると彼らは今ある手札から作戦を立案する。
そしてこういう時に活躍するのは実はチヒロであった。
彼は日頃は縁の下の力持ち的存在だが実はこの隊のサブリーダーでもある。
アキトが不在の時は彼に指揮権があるのだ。
「ライラさんに聞くけどこの城壁を結界で保護する事は可能か?」
「支点の魔道具を設置すれば可能ね。」
そう言ってライラは魔法陣の掛かれた杭を取り出した。
これを使えば結界がそこで形を変えある程度の調整が出来る。
「今のままだと範囲は広いけどその分、結界が弱体化してるから範囲を絞って展開すれば通常の5倍の強度は出せるわよ。」
すなわち通常でも中級デーモンで壊せない結界が上級デーモンの攻撃に耐えうる強度になると言う事である。
「それは助かる。それならメインストリートの方も頼みます。結界をバリケードにして魔物を町の外に誘導する。」
そして次にチヒロはスタッフへと視線を移した。
「おいアンタ。オーク以上の魔石を提供してくれ。ギルドなら保管庫にあるだろう。」
しかし、そう言われたスタッフの顔が陰り驚くべき真実が伝えられた。
「それが・・・。高ランクの魔石が全てギルドマスターと共に消えてしまいまして・・・。当ギルドにあるのは低ランクの魔石しか残っておりません。」
どうやらギルマスは逃げ出す時に魔石を持って逃げてしまった様だ。
あれはギルドがある町ならお金に換える事も容易い。
こちらとしてはお金を持ち逃げしてもらった方がよかったが仕方がないだろう。
それならこちらから提供するしかなさそうである。
前の町で偶然にも総理達がキメラやリザードマンを倒し、それなりの魔石は予備として残してある。
「それならこちらから魔石は提供する。しかし、それはそちらの経費からしっかりと料金を貰う。あんたらも俺達だけに押し付けるよりも形ある物を提供したという事実があった方が良いだろう?」
それを聞いてスタッフは「確かに」と頷き後ろにいる者に言って手続きを指示した。
「魔石の買い取り額には上乗せをさせてもらいます。こちらの事まで気を使っていただきありがとうございます。」
これで大まかな計画は決まった。
そして彼らはいつ起きるとの知れないスタンピードに備えて大急ぎで動き始めた。
まずライラは結界石の調整を行い、アヤネは支点の杭の制作に入る。
アスカを含めた自衛隊組はダンジョン入り口周辺に支点の設置を最優先で行った。
最悪ここがどうにかなれば後は力押しでもどうにかなるからだ。
それ程の装備を今のチヒロ達は支給されている。
そしてハルはギルドの前で歌を歌っており、その横ではイソさんが護衛に付いていた。
この歌には人を落ち着かせる効果があり、呪歌を聞いて精神が安定した人から自然と散って行った。
そして、ダンジョンを囲む防壁出口から真直ぐに伸びるメインストリートにもアヤネが作った杭が設置され、そこにライラが調整した結界が展開されていった。
そしてその頃になりやっとユウ達が帰って来た。
彼らは誰もいない門を抜けると首を傾げながらまたも誰もいないメインストリートを進む。
「なんでこんな所に結界が張られているんだ?」
そして歩いていると遠くからアスカが駆け寄って来た。
その顔は嬉しそうだが、なんだか焦っている様に見える。
もしかすると街の状況と何か関係があるのかもしれない。
「みんなお帰りなさい。詳しい事は歩きながら話すからまずはその人たちを宿に送りましょ。」
アスカはスフィアの両親と思われる二人を見てまずは宿に向かってくれた。
そして移動しながら説明を聞き二人を寝かせると俺達は揃ってギルドへとその足を向ける。
するとそこには既にライラ達が待機しておりこちらを見ると笑顔を向けて駆け寄って来た。
「説明は聞いた?」
「ああ、大丈夫だ。みんなも頑張ったみたいだな。」
そして、俺はこの場に居るメンバーの頭を撫でて労いの言葉を送って行く。
それをライラ達は嬉しそうに受け止めると、終わった所で話が再開された。
「なら後は配置だけね。ユウ達には悪いけど3人には前衛で戦ってもらうわ。もしかしたら万単位の魔物が出てくるかもしれないから気を付けてね。」
ライラは凄くあっさりした説明をしているが通常3人で万単位は不可能だ。
しかし、これも信頼の証だろうと思いそこは誰もがスルーしている。
それに中層までなら実際に問題はなく問題があるのは下層の魔物だ。
まだ見ぬ魔物にはどうしても初手で苦戦する可能性があるので思い切った行動が出来ない。
しかし、それを見越してギルドのスタッフは資料を用意してくれていた。
「皆さんにはここに出る下層の魔物について説明しておきます。」
「情報があるなら有難いな。」
そう言ってスタッフは俺達に紙の資料を配り始める。
それによるとここに出る魔物は。
ワニ型の魔物クロコダイル。
皮が固く得意なのは強靭な顎での噛みつき。
蜥蜴型の魔物バジリスク。
石化の魔眼を持ち戦うなら石化耐性が必要。
また、爪と牙には毒があり高い毒耐性が必要である。
蜥蜴型の魔物レッサードラゴン。
巨大な体と毒の爪と牙を持つ。
外皮が固く鉄の剣程度なら傷もつかない。
鼻が良く数キロ離れた場所からでも匂いを頼りに追って来る。
ドラゴンとあるがブレスはない。
巨人の魔物オーガ。
身長2~3メートルの巨人で強靭な筋肉と外皮を持つ。
再生能力を持ち切り傷程度ならすぐに回復する。
巨人の魔物ハイ・オーガ
身長3~4メートルの巨人で強靭な筋肉と外皮を持つ。
再生能力を持ち切り傷程度ならすぐに回復する。
その他
変異種多数
実際にウェアウルフでさえ変異種となるとその強さが大きく上昇していた。
元は上層の魔物でこれなら下層の魔物だと更に強い事だろう。
しかし、俺達はやっとまともなレベル上げが出来るとその胸を高鳴らせていた。
そしてスタッフの説明では下層の魔物程数が少ないそうだ。
そのため数が多いのは上層の魔物。
主にゴブリンやコボルト、オークなどがメインとなるらしい。
しかし、数が多いので普通の冒険者では歯が立たない。
すると総理とアキトは話し合った結果、チヒロの作戦を採用し近代兵器に頼る事にしたようだ。
しかし、これを扱うには人数が足りない。
そしてこれを使うと急激にレベルが上がる事が予想されるので信用できる者に使わせなければないだろう。
しかし、そんな人間はこの町にいただろうか?
すると1人だけ心当たりがある事に思い至った。
その為に俺はその人物の名を告げ了承を取ってから部屋を出て会いに向かう事にした。




