57 精霊の母
俺達は笑顔を交わしながら互いに距離を詰める。
そして互いの間合いに入った時に最初に話しかけたのはトゥルニクスだった。
「家の子が世話になったみたいだな小僧。しかし、もう必要ない。大人しく帰るなら見逃してやらん事も無いぞ。」
「ハッハッハーーー!それは大した冗句だよ『お父さん』。自分の身も子供の身も守れない男が今更保護者顔か?寝言は寝て言うもんだぞ。頭湧いてんのか?」
するとトゥルニクスの表情が一気に厳しくなり俺にメンチをきって来る。
そして拳を握ると俺に魔法拳を打ち込んで来た。
属性は当然殺傷能力の高い火の魔法だ。
その様子からこの男もそれなりに耐性を備えているようだ。
しかし俺はそれを鉄拳で覆った手で受け止める。
それを見てトゥルニクスは驚きに目を見開いたが俺の方は余裕を見せてニヤリと笑う。
「小僧、貴様その年で無効スキルを!!!」
「何を驚いてるんだ。だからアリシア一人守れないんだよ。」
俺は拳を握ったまま力を籠めた。
すると手からはミシミシと骨の軋む音が聞こえて来る。
そしてそのままトゥルニクスを壁に向けて放り投げた。
以前の常識なら病み上がりの相手に乱暴ではあるが、この男にそんな気を使う必要は無い。
そしてトゥルニクスは壁に足を付けて衝撃を緩和すると床へと下りて足を付ける。
「それなりにやるようだな。それなら俺も久しぶりに本気を出すか。アクア、テラ、俺に力を貸してくれ。この生意気な小僧を俺の国から追い出してやる。」
しかし、アクアとテラからは冷たい視線を向けられ、同じように冷たい言葉を贈られる。
「何を言っているのでしょうか?既に王家との契約は破棄されています。あなたの頼みを聞く義理はありません。」
「自業自得ね。自分の息子のしでかした事なのだから親が責任を取るのは当然です。」
その言葉を聞きトゥルニクスの表情に初めて焦りの色が浮かぶ。
するとアリシアが彼に対し今まで何が起きたのかを説明した。
「そんな事が・・・。なら二人はなんでここにいるんだ?呼べる者がいないだろう。」
すると二人の精霊王は同時にアリシアへと視線を向ける。
そしてトゥルニクスはその手にある印を発見し更に驚愕に目を見開いた。
「まさか、アリシアが精霊王と真の契約を・・・。し、しかし、それなら王家の威信は守られたも同然だ。あの子に第一王位継承権を与えれば体裁は整う。近いうちにエルフから選んだ婿を取らせれば問題ないだろう。」
するとそれを聞いてアリシアは不安に染まる顔を向けて来た。
しかし、そこに俺はもう居ない。
何故なら既にトゥルニクスの眼前で拳を握っていたからだ。
「娘の人生を好き勝手するんじゃねえよ!」
「え!?な・・・。」
そして俺の拳は見事にトゥルニクスの顔面を捕らえた。
その拳は顎を砕き頬骨に罅を入れる。
死んだら困るのである程度骨は回復させるが感覚神経の集中する筋肉や皮膚は回復させない。
水の精霊王の寵愛のおかげでかなり器用に回復できるようになったな。
その結果トゥルニクスは地獄の苦しみを味わいながら床を転がり回っている。
そして自分で傷を回復すると立ち上がり俺に怒りの視線を向けて来た。
「貴様、先ほどから王に対して無礼だろう。それに何をそんなに怒る必要がある。子供の人生は親が決めるものだろう。それが王族ならなおさらだ。貴様の様な部外者が勝手な理屈を押し付けるな。」
「そうか・・・それなら勝手な理屈って意味を今から教えてやるよ。」
俺は再び拳を握り瞬動で移動してその足を蹴って骨折させる。
「がああーーー。貴様、何をしているのか分かっているのか。」
「ん?教育かな?」
そして今度は一切の回復はしていない。
先程は怒りに任せて顔面を殴ったが今度は冷静に足の骨を折っただけだ。
あれなら死ぬ心配はないので安心して放置できる。
どうも俺の中でこいつだからセドリアスの様な子供が育ったのではという考えが浮かんで来る。
逆に何故このような男からアリシアの様な素直で優しい娘が生まれたのかが不思議だ。
恐らく母親の遺伝子を強く受け継いだのだろう。
俺は密かに、今は亡き彼女の母親の偉大さに感謝を送った。
きっと天国で俺の両親とも仲良くこの光景を見下ろしてくれているだろう。
しかし、俺が教育を行っているのはサンドバックではないので当然のように反撃をしてくる。
しかし、精霊の加護の消えたトゥルニクスにはすでに俺を上回る能力と言えばエルフ特有の魔力の大きさ位だ。
しかし、それだけでは既にどうにもならない程の差が生まれている。
そして、そんな時に俺達の傍へと巨大な気配が発生した。
「この気配はお母さま!」
「まさかこんな所に来るなんて!」
しかしそちらに視線を向ければスフィアを売りに近づいて来た少女が立っていた。
その顔には笑顔が浮かび、その目はこちらを見詰めている。
すると彼女の後を追う様にフレアとシルフィーも姿を現した。
そして少女はトゥルニクスを見ると笑顔を消して目を細める。
「トゥルニクス。」
「は、はい!」
少女の言葉にトゥルニクスは緊張した顔を向ける。
まるでその姿は王に対する臣下の様だ。
「アリシアの結婚相手は既に決めています。私の意見に異存はありませんね?」
「し、しかし、それでは・・・。」
「ありませんね?」
「あ、ありません。ただ一つお教えください。その者とは誰ですか?」
すると少女はその顔に笑顔が戻り俺を指差した。
「この男を選びました。不服はありますか?」
「しかし、この様などこの馬の骨とも分からない者を娘の婿にして王家に加えるなど・・・。」
そう言ってトゥルニクスは言い淀みながらこちらを睨んで来る。
しかし、少女から出た言葉は彼の予想とは違っていた。
「何を勘違いしているのです。彼が婿に来るのではなくアリシアが嫁に行くのです。彼は既に3人の精霊王から寵愛を受けています。そして・・・」
すると少女はテラに視線を向けると彼女がこちらに歩み寄って来る。
そしてテラは俺の頬にそっと口づけをした。
『地の精霊王からの寵愛を受けました。4つの寵愛を受けた事で互いに相乗効果が生まれ効力が高まります。』
どうやら今ので4人の精霊王全員から寵愛が貰えたようだ。
すると途端にトゥルニクスの表情が悔しそうな物へと変化した。
恐らくはこの4つの寵愛にはそれだけの価値があるのだろう。
しかし、この少女は何物なのだろうか?
トゥルニクスは精霊王とすら知り合いの様に話していたのにこの少女に対しては畏敬の念すら感じる。
それに先ほどからこの少女はまるで精霊王すら従えている様に見える。
以前会った時は何処か変わった感じのする少女だという印象しかなかったが。
すると少女はアリシアに顔を向けるとそのままスタスタと歩み寄って行く。
そしてその瞳を合わせるとニコリと笑ってその手に口を付けた。
すると4つの印が一つになり中央を空けて風の緑、水の青、土の茶色、火の赤と並ぶ。
そして中央の空白部分に黒の菱形が浮かび一つの印となった。
それを見たトゥルニクスは目を見張り驚きに体を膠着させた。
「これであなたは4大精霊王と全ての精霊の母である私、オリジンとの契約を完了しました。しかし、契約には責任が付きものです。力の使い方は強制しませんが、もしそれが世界を脅かす場合は速やかにあなたを処分します。それだけは忘れずにいてください。」
そしてオリジンは今度は俺の許へと歩み寄って来る。
「あなたは私の寵愛を望みますか?」
「それはどんな効果があるんだ?」
「全てを消し去る力です。消したい者の記憶も存在すらも全て消し去ります。もしあなたがそこのトゥルニクスを消したいのなら人々からその記憶も存在すらも消し去れるでしょう。それであなたはそれを望みますか?」
俺は悩む事無く首を横に振った。
そんな物はあっても脅威にしかならない。
俺自身が今のままの人間である保証も無いのでそんな物は貰ってもノーサンキューだ。
「要らないが一つお願いを聞いてくれないか?」
「出来る事なら一つだけ叶えましょう。」
「この毒の存在を永遠に消してくれ。これは危険すぎる気がする。」
するとオリジンはフッと笑うとそれを手に取り光に変えた。
俺はアイテムボックスを確認するとその中にも保管していた毒は消えている。
あるのは解毒薬だけだ。
「解毒剤は応用が利きそうなので残しておきました。きっと完成させれば未だこの世界には存在しない万能薬が出来るかもしれません。ですからあなたの恋人に期待しています。彼女達にも精霊王の加護を与える様にしておきます。代償はこの城にある精霊石を使うので問題はありません。それではあなたの今後に期待していますよ。私達はいつもあなた達の傍で見守っていますからね。」
そう言ってオリジン達は姿を消していった。
それにしてもまさかあの時に名乗った名前がそのまま本名とはな。
もう少し偽名を使うとかは考えなかったのだろうか。
やはり少し不思議ちゃんなのかもしれない。
そして一応アイテムボックスの中をざっと確認しておいた。
あれでも間違いで残っているかもしれないからだ。
実際にドジっ子メイドやうっかりさんが許されるのはそういう物語の中だけなのである。
しかし、残っている物は無かったが無くなっている物はあった。
それはハニービーの蜂蜜である。
しかも瓶ではなく樽で貰った物が消えていた。
それも一番量が少なく高級なマスクメロンとマスカットを合わせた蜂蜜だ。
さすが全ての精霊の母オリジンだけにやる事が大きいぜ。
これは次回に会う事があれば代金を請求しないといけないな。
試作品で無料で貰った物だがそんな事はどうでも良い。
何かを手に入れたのならその代償は払う。
等価交換の考えは大切だ。
それと、今度またあの蜂蜜を催促しに行かないといけない。
原材料を持参すれば作ってくれるだろうか?
ホロやみんなの機嫌が悪くならないうちに貰いに向かおう。
今の俺ならあの距離くらいはすぐに行ける。
そして俺達は放心状態のトゥルニクスを放置して部屋を出て行った。
アリシアは先ほどから真剣な顔になったり顔を赤くしたりと百面相を繰り返している。
これだと怪人20面相もビックリするほどだ。
そして不意に俺に視線が写ると小さな声で問いかけて来た。
「ほ、本当に私で良いのですか?私は綺麗な体じゃありませんよ。」
「それは気にしないよ。俺も覚悟は決めたからな。だから、ある程度落ち着いたら結婚式を挙げないとな。あまり知り合いは呼べないけどそこは我慢してくれよな。」
するとアリシアの目に涙が浮かび笑顔で首を横に振る。
「それは良いんです。でもその時は皆で結婚しましょうね。」
俺は皆と聞いて誰の事までをさしているのかが分からなかった。
しかし、何度聞いてもその相手は詳しく教えてくれない。
彼女は何処までを想定しているのだろうか?
疑問は尽きないがスフィアの両親を回収して城から出ると丁度アキトと総理が門前まで来ていた。
俺達は二人と合流して王都から出るとそのまま車を走らせて宿へと戻って行く。
移動はアキトが気を利かせて引き受けてくれた。
俺とアリシアは後部座席に毛布を敷くとその上から毛布を掛けて眠りに付いた。
久しぶりに一緒に寝たアリシアからは前よりも甘い蜂蜜の様な匂いがする。
最近ちょっと蜂蜜を食べ過ぎてるかな?




