54 風よりも早く
ここは王城の地下室。
そこで第一王子セドリアスは2人の精霊に向かい怒声を上げていた。
「貴様等、精霊の分際で俺の言う事が聞けないのか!?」
セドリアスの前には土と火の精霊王が召喚されている。
しかし、二人の精霊はセドリアスの言う事を聞こうとはしない。
それもそのはず。
彼の言っているのはアリシアを殺せと言う物だったからだ。
それに今のセドリアスは、精霊王を呪いに組み込む事はせず、直接命令している。
しかし、王家と精霊王の契約とはあくまで対等のものなので精霊が気に入らなければ拒否する事ができる。
そのためこうなる事は当然の事だった。
しかも。
「あなたは水の精霊王に対して非道な行いをしましたね。彼女と共に風の精霊王も王家との契約を破棄する事を決めました。」
そう言ったのは火の精霊王である。
彼女は炎が人の姿を取った姿で宙に浮いており、その見た目とは裏腹に穏やかな声でセドリアスへと告げている。
「な、なにを勝手な事を言っているのだ。貴様らは王家に仕える精霊だろ。下僕が主に従うのは当然ではないか!」
すると横にいる土の精霊は悲しそうに眼を細めるがあえて何も言わない。
しかし、次の瞬間にはその姿は消えていった。
「まて、何を勝手に帰っているんだ。おい、命令だ。戻って来い。」
すると火の精霊王は溜息をついてセドリアスを見つめると言葉をかけた。
そこには多分に哀れみが含まれているが怒りに呑まれているセドリアスには気付く余裕はない。
「土の精霊王から契約を破棄する意思を受け取りました。それが何故だかあなたに分かりますか?」
その問いかけにセドリアスは頭を掻きむしりながら血走った目を向けて精霊王を怒鳴りつけた。
「分かるはずないだろ。どいつもこいつも私を苛つかせる。なぜ私の思い通りにならないのだ。」
火の精霊王はそんなセドリアスに再び大きな溜息をこぼした。
彼女は精霊王の中では最も穏やかな者と言われている。
何故なら自身の属性が火であるため、怒りによって行動すれば空や大地を炎で焼き尽くしてしまうからだ。
(これは救いようがありませんね。もし改心するなら救ってあげても良かったのですが・・・。)
「それならば最後に1つだけあなたを手伝ってあげましょう。それを最後に私も王家との契約を破棄します。」
「・・・何をするというのだ?」
精霊王と会話するセドリアスには、既に昔の面影はない。
顔には影が差し、髪も乱れてしまいまるで何かに憑りつかれているような顔になっている。
たった数か月前までは凛々しいその姿に国中から期待を込めた目を向けられていたというのに酷い変わり様である。
そんな彼に対して精霊王は哀れみを向けながら口を開いた。
「アリシア姫をここに連れて来ましょう。でも私がするのはそこまでです。その後は全てあなた達で対処しなさい。その結果どうなろうと私は関知しません。良いですね。」
するとセドリアスは歯を食い縛り、納得していない顔を向けながらも頷きを返した。
「良かろう。アリシアさえここに来れば殺すのは簡単だ。ならば早く連れて来い。」
そしてセドリアスはそんな精霊王に感謝の言葉すら送らず最後まで尊大な態度で接し続けた。
すると火の精霊王はそんなセドリックに背中を向けると何も残さず姿を消した。
「クソ。全てアイツの・・・。アリシアのせいだ。奴が俺の計画通りに死んでいればこうはならなかったのだ。アイツが、アイツが死んでいれば。」
そう言ってセドリアスは薄暗い部屋の中で呪詛の様にアリシアの事を呟き続ける。
そしてその後ろで彼と精霊王のやり取りを見ていた暗部の側近はすぐに行動を起こした。
彼は現在この地下に残る暗部の者達を全て招集し火の精霊王がアリシアを連れて来るのを待ち構えた。
彼らとて既に破滅に向かっている事には気付いているだろう。
多くの仲間たちの死に加え、王家の証たる精霊王との契約破棄。
もし、今が上手くいったとしても王家の威信は地に落ちてしまう。
最悪、この国の崩壊もあり得るが、坂を転がりだした石の様に彼らには既に立ち止まる選択肢が存在しない。
それだけの事を既に行ってしまい、その多くの原因が自分達にあると理解しているのだ。
そして、破滅への序曲が次第にスピードを増していく中で影にも蠢く何かが潜んでいた。
ここはユウ達が泊っている宿の一室。
彼らはスフィアを救い、次の行動を起こそうとしていた。
しかしその瞬間、隣の部屋から巨大な気配が湧き起こり、それと同時にアリシアの悲鳴が響き渡った。
「きゃーーー!」
俺はその悲鳴に反応しマップを確認する。
そして壁の傍に誰もいないのを確認すると壁を斬り裂いて隣の部屋に飛び込んだ。
するとそこには炎の様な赤い瞳と赤い髪を持った女性がアリシアをその手に拘束しこちらに視線を向けていた。
「ユウさん気を付けてください!この方は火の精霊王です!油断すると危険です!」
すると精霊王はアリシアの耳元で何やら囁きその口を閉じさせた。
何を言ったのかは分からないが精霊王はこちらにも声を掛けてくる。
「今からこの子を城の地下まで連れて行きます。助けたければ急ぎなさい。それとあなた達が助けた少女の両親だけどまだ生きてますよ。でも急いだ方が良いですね。もうじき廃棄処分されるそうですから。」
それだけ一方的に言うと彼女はアリシアと共に炎に包まれ消えていった。
しかし、炎が燃え上がったというのに部屋には焦げ目一つない。
俺自身にも熱風が来なかったのでおそらくアリシアは大丈夫だろう。
そして精霊王が言っていた言葉を思いだしながら行動に移る。
千里眼のスキルで城の地下を見ればそこには先ほどまでここにいたアリシアと精霊王の姿がある。
「まさか転移か!?」
「精霊王クラスなら人を一人くらい連れて転移も可能です。ユウさんは早く城に向かってください。」
俺の呟きを拾い、メノウが説明と共に背中を押してくれる。
そして俺は頷きを返すとそのまま窓から夜の闇に飛び出した。
それを追う様にアキトと何故か総理も続いて来る。
俺は全てのスキルを全力使用し町の中を走り抜けた。
時刻は既に深夜であるため歩いている人間は誰もいない。
そして俺は門を通る時間も欲しいため、そのまま天歩で飛び上がり一気に空へと上昇した。
『天歩のレベルが2に上昇しました。』
『天歩のレベルが3に上昇しました。』
『天歩のレベルが4に上昇しました。』
俺は門を飛び越え地面に足をつくとそのまま全力で走り始める。
車を出してもこの街灯すらない暗闇の中でヘッドライトだけを頼りに走るのは危険だ。
それでも俺がいかに速く走ったとしても限界はある。
ここから王都迄は車で4時間の距離にあるので直線距離でも200キロはあるはずだ
この速度ではアリシアを助けるのに時間が掛かりすぎる。
その為俺は更に縮地と瞬動を連発し速度を稼いだ。
『縮地のレベルが6に上昇しました。』
『縮地のレベルが7に上昇しました。』
『縮地のレベルが8に上昇しました。』
『縮地のレベルが9に上昇しました。』
『縮地のレベルが10に上昇しました。』
『瞬動のレベルが8に上昇しました。』
『瞬動のレベルが9に上昇しました。』
『瞬動のレベルが10に上昇しました。』
それにより更に速度が増し今では時速にして140km/hは出ているだろう。
しかし、それではまだ足りない。
俺は足にさらに力を籠めた。
『身体強化・改のレベルが8に上昇しました。』
『身体強化・改のレベルが9に上昇しました。』
『身体強化・改のレベルが10に上昇しました。』
『限界突破のレベルが7に上昇しました。』
『限界突破のレベルが8に上昇しました。』
『限界突破のレベルが9に上昇しました。』
『限界突破のレベルが10に上昇しました。』
この時点で速度は200km/hと大きく跳ね上がる。
しかし、それでもまだ足りない。
俺の目にはアリシアが敵に囲まれている姿が映し出されていた。
このまま走っていても1時間先では彼女が殺されてしまう。
それに王都までは平地だけではない。
山に森も存在するのだ。
このまま走って間に合うとは思えない。
すると俺の中で何者かの声が聞こえた。
『大丈夫です。必ず間に合わせて見せます。』
『スキル天歩を天翔へと進化させます。』
『スキル縮地を縮地・改へと進化させます。』
『スキルポイントを使い天翔をレベル10へ』
『スキルポイントを使い縮地・改をレベル10へ』
『高速思考のレベルが6に上昇しました。』
『高速思考のレベルが7に上昇しました。』
『高速思考のレベルが8に上昇しました。』
『高速思考のレベルが9に上昇しました。』
『高速思考のレベルが10に上昇しました。』
俺は突然話しかけられた事に驚いたがスキルを使用し近くまで迫っていた森を回避するために上空へと飛び上がった。
そしてスキルが変化した事で空間を蹴る動作と減速が消える。
更に高速移動と縮地による相乗効果で速度は400km/hを越えた。
それでも到着するにはまだ30分掛かる。
それなりに移動はしたがそれでも25分は掛かってしまう。
『立体駆動のレベルが6に上昇しました。』
『立体駆動のレベルが7に上昇しました。』
『立体駆動のレベルが8に上昇しました。』
『立体駆動のレベルが9に上昇しました。』
『立体駆動のレベルが10に上昇しました。』
『風の精霊王の加護により風の抵抗を無効化します。』
『更に風の精霊王からの願いを受信しました。加護が強化され寵愛に進化しました。効果により能力の向上を検知。ステータスに反映します。』
その途端に俺の速度が急激に加速する。
どうやら風の精霊王には白魔法で言う所の強化の特性があるようだ。
これならあと10分もしない内に到着できる。
しかも俺の目にはアリシアの前に揃う4人の精霊が映し出されていた。
彼らはそれぞれの能力でアリシアを敵から守ってくれている。
これなら俺が到着するまでは持ちこたえられそうだ。
そして時間は少し遡り、ここは城の地下にある一室。
そこではセドリアスを含め暗部の全ての戦闘員が集結していた。
彼らは既に剣を構え火の精霊王が帰って来るのを待っている。
すると彼らの前に一際大きな火柱が上がりそこには精霊王に拘束されたアリシアが現れた。
それを見てセドリアスは念願が叶ったように歪な笑顔を浮かべる。
「よくやった火の精霊。約束は守った様だな。さあ、アリシアをこちらに渡せ。」
しかし、火の精霊王は顔を歪めるとその前に立ちはだかった。
それに周囲は首を傾げセドリアスは憎々し気な視線をアリシアへと向ける。
「私は火の精霊王。そんな事も忘れたか愚か者め。私が約束したのは連れて来るまでだ。もうお前の指図は受けん。」
そして火の精霊王はアリシアの手を取ると軽く口付けをした。
それに一瞬驚いたがすぐに表情を引き締めて真剣な顔で精霊王を見詰める。
「私の名前はフレア。お前を友とし契約を交わそう。受けてくれるか?」
アリシアはフレアの言葉に頷くと自信と威厳の籠った声で返事を返した。
「喜んでお受けします。」
そしてその手の平には赤い3つ目の印が浮き上がりアリシアの魔力が上昇する。
すると今度はその横にもう一人の精霊王が現れた。
「私は土の精霊王。私とも契約を結ぶ気はありますか?」
彼女はあの時、セドリアスから姿を消しただけだった。
もし帰っていたのなら水の精霊王であるアクアの様に彼女がいた形跡である砂を残すはずだからだ。
しかし、怒りに狂ったセドリアスはそれを見逃し彼女が帰ったと勘違いしていた。
彼女は密かにこの部屋に残り気配を消してこの時を待っていたのだ。
「私でよろしいのなら。」
「ならばアナタと契約を結びましょう。私の名前はテラ。仲良くしてくださいね。」
そしてテラもフレアと同じように手の甲に口づけをする、
すると再びアリシアの手に印が刻まれ全ての精霊王の印が揃った。
この4つの印はこの国の初代だけが持っていたとされる幻の刻印である。
それを知る者はアリシアを見て慄き、恐怖に一歩下がった。
しかし、セドリアスはそんなアリシアにも怒りを覚えて怒声をあげる。
「なぜ貴様がその様な物を持っている。それは私の様な高貴な者にこそ相応しい証だぞ。貴様ら何をしている。奴を殺しあの印を私に献上しろ。あれがあれば私はこの国の王になれる。」
その命令を聞いた周りの者たちは無駄な事が分かっていながら感情を殺して魔法を放った。
それに剣や槍等の近接武器も持っていたが火の精霊王には危険すぎる。
彼女の炎に巻かれれば骨すら残さず灰にされてしまうからだ。
その為、この時に選ばれたのは水と風の魔法だった。
しかし、それは次の瞬間には無意味な物へと変わる。
「我が声に答えお力をお貸しください。風の精霊王シルフィー、水の精霊王アクア。」
すると二人の精霊王は放たれた魔法すら吸収しながら風は渦を巻き、水柱が吹きあがる。
すると彼らの前には4人の精霊王が居並び、その存在感に圧倒された。
「やっとこいつらに仕返しできるときが来たって感じかな。」
「私の怒りを直接晴らす機会を与えてくれてありがとうございます。今日の私は少し冷たいですよ。」
そして現れたシルフィーとアクアは暗部に視線を送る。
すると傍にいたフレアとテラは二人に声を掛けた。
「あなた達まで来たのですね。こうして揃うのは何百年ぶりでしょうか?」
「確か初代が私に願って安らかに土へ帰ったのが1000年くらい前ではなかったですか?」
「もうそんなに経つのね。エルフでも腐るには十分な長さと言う事ですか。次からは血筋ではなく試練により契約者を決めましょう。この様な愚か者が我らと契約できない様に。」
そう言って精霊王たちは侮蔑の目をセドリアスに向ける。
そして彼女たちは攻撃を加えようとした瞬間、上に視線を向けた。
しかしテラだけは自身の属性として防壁を張りアリシアを守る。
すると天井が爆ぜ、そこから一人の男が姿を現した。
男は床に降り立つとアリシアに駆け寄りその体を抱きしめる。
「間に合って良かった。」
「ユ、ユウさん。もう来たのですか!いったいどうやって?」
俺はその体を離し怪我が無い事を確認すると笑顔を返した。
すると最初は驚いていたアリシアも安心した様に笑顔を返してくれる。
もしこれが映画のワンシーンであればキスの一つもするところだが、ここは敵の本拠地であり、俺自身にもそこまでの余裕はない。
「少し助けてもらって早く来る事が出来た。それよりも話は後だ。状況を説明してくれ。」
「は、はい!」
俺はここに来るまでにある程度の状況は見ていた。
しかし、それは見ていただけで会話までは聞いていない。
状況から大まかな検討は付いているが確認は必要だった。
特に火の精霊王はこの状況を作った張本人なので警戒してし過ぎる事は無い。
そしてアリシアから簡単な説明を受けると納得して頷きを返した。
「なら精霊王は全て仲間なんだな。」
「はい。私が宿から消える時には既に火の精霊王からこうすると聞いていました。何も言わなくてすみません。」
そう言ってアリシアはシュンと顔を俯けてしまった。
しかし、あの僅かな時間では説明をされても中途半端で終わっていただろう。
そうなればどうせここまで来る事になっていたはずだ。
「気にするな。今は過程よりも結果が大事だ。アリシアが無傷でいたならそれで良い。それとフレアはスフィアの両親の事を知っていたな。場所も知っているのか?」
「ええ知っています。さっき言った通りに死にかけていますが。」
「それならアクア。その人たちの治療をお願い。フレアは案内をお願いできる?」
「分かりました。すぐに向かいましょう。」
「案内はしますが終わったら戻って来ますよ。私は守りには向かないのですから。そう言う事はテラが得意です。」
「分かりました。それなら私も場所を知っています。私が案内しましょう。」
そう言ってアクアとテラはこの場から消えていったので恐らくは転移を使ったのだろう。
アクアは回復に特化した精霊なのできっと大丈夫だ。
死なない程度に回復させる事さえできればその後の治療はこちらでも出来る。
「それじゃあ、お礼参りと行くか。」
「でもセドリアスはアクアの為に取っておいてね。あの子すっごく怒ってたから横取りすると後で宥めるのが大変だよ。」
どうやらセドリアス本人は既にアクアが予約済みの様だ。
ならば俺達がするのはその露払いだろう。
俺は拳を握り締めて前に出ると口元を歪めた。
(さあ、仕上げと行こうか。)




