50 ヘザー
私はヘザー。
生まれついてのバンパイアで人からは始祖と恐れられているわ。
なぜ恐れられているかというとそれは私達の繁殖方法に問題があるからよ。
バンパイアが数を増やす手段は主に3つあるの。
1つは私の様に自然発生する方法。
バンパイアも魔物なので魔素から生まれる事がある。
しかし、私達の様な強力な魔物が発生するには強力な魔素だまりが必要となるの。
その為、私達が自然に生まれる可能性は滅多にない。
そして二つ目が女のバンパイアが子供を産む事で増えるわ。
しかし、それには受肉が必要で直ぐには生むことが出来ないの。
生まれてしばらくは体が安定していないので例え大人の姿でも子供を産めるようになるには数十年の時が必要となるわね。
ここまでなら私達が恐れられる理由は何もないわね。
でも問題はもう一つの繁殖方法にこそにあるのよ。
私達も魔物なので食事は必要とはしない。
でも、稀に吸血衝動という飢餓感に似た事が起きる。
そうなると無性に血が吸いたくなるのだけどそれを我慢できる者と出来ない者がいるわ。
ただ血を吸うだけなら問題はないの。
問題なのは血を吸った時にその者に私達バンパイアの血が体内に入るケースがある。
そうなるとその者は体が変化し、ハーフバンパイアとなってしまうのよ。
そして、そうなった人間は急激に寿命が延び、老化も止まる。
しかし、ハーフバンパイアになって得られるのはそれだけではないわ。
人間は欲深く歯止めの効きにくい生き物なのよ。
そのためハーフバンパイアは人の性質から吸血衝動が強く、頻繁に発生するようになってしまう。
過去に永遠の命を求めた国の王はバンパイアを捕らえて自らの意思でハーフバンパイアとなったわ。
その結果、城の者達の血を無作為に吸い、更に多くのハーフバンパイアを生み出したの。
恐らく最も大きな問題はハーフバンパイアから同じようにハーフバンパイアが生まれる事ね。
そうなれば鼠算式に増えて行き、その国はハーフバンパイアで溢れたと言われているわ。
ちなみにその国は周辺国の手により全てのハーフバンパイアが殺されたらしいの。
その際に更なる拡大を防ぐため人間を含めた国民の全てが無条件で殺されたという話よ。
その歴史から私達バンパイアは人間から恐れられ迫害されて来たの。
それは私も例外ではないわ。
生まれてすぐの力も知識もない私は多くの人間から恐れられ、追われ、命を狙われた。
少しずつ知識を得てレベルを上げ、この生活を手に入れるのに100年以上もかかってしまったわ。
そしてそんな時に私の大事な住処に一人の男がやって来た。
私はバンパイアの特性で自分の住処に侵入者があれば感じ取ることが出来る。
気を抜けば気付けなかっただろうけど、最近暗殺者が多いので気を張っていて気づくことが出来たわ。
そして地下に下りた所でその者を確認しに向かった。
稀にお腹をすかせた子の可能性もあるけど、隠密に長けているようなので可能性は薄そうね。
ここにはそうして訪れて助けた子たちも沢山いるけど、その為に鍵も単純な物しか使っていないのよ。
魔物には無理だけど子供でも少し考えれば開けることが出来るように。
そしてある程度大きくなったら借金奴隷としてまともな職を紹介してあげているの。
昔の私と同じで知識も力も無いというだけで虐げられている彼らを少しは助けてあげたい。
自己満足だけど私がここで奴隷商館を営む目的の一つになっているわ。
それにここは冒険者の町なので親を失ったり捨てられた子供が多い。
そんな子達を一人でも多く・・・。
そうしていると人気も出てきて女性も集まって来たわ。
そして今に至ると言う訳よ。
話は逸れたけど問題は目の前の男ね。
見た目はその辺にいる豪商の様に良い服を着てるわ。
武器は特注なのか見た事が無い形をしているわね。
いや、数十年に一人現れるという稀人があの様な物を持っていたかしら?
最近では確かSクラス冒険者が一人、似たような武器を持っていたような気がするわ。
でも、その者は確か女で今は怪我で引退していたはずよね。
なら新たな稀人?
いや、その可能性はないわね。
流石に期間が短すぎる。
私は確認として声を掛けてみる。
後ろから不意打ちして殺す事も考えたけどそれは私の信条に反するわ。
姿を変えておけば私だと分かるはずはないよね。
「あら、もう帰ってしまうのかい?」
あ、いつもの口調が出てしまったわね。
すると男は凄い速度で移動したのでそれなりに出来るみたいね。
これで一般人という線は完全に消えたわ。
でも残念ね。
私はもっと早いのよ。
私は影移動で更に相手の後ろを取った。
これをすれば殆どの暗殺者は逃げるか諦める。
向かって来ても今度は相手の影から不意を突いてお終いよ。
「影移動か!?」
「あらもう気付かれちゃった?」
これはスキルね。
言わなくていい事を言ってしまったわ。
戦う時はスキルを相手に知られないのが重要なのに。
「・・・ウフフ、油断したわ。尋問のスキルまで持ってるのね。今回の暗殺者さんは優秀なのね。」
驚いたわね。
この男、幾つのスキルを持ってるのかしら。
ちょっと油断できなくなってきたわね。
そんな事を考えてると男は話しかけて来たわ。
油断を誘ってるのかしら?
「待ってくれ。何か誤解をしていると思うんだが少し話し合わないか。」
「ウフフ、あなたは人の家に無断で入って来た害虫を優しくもてなすの?」
「・・・駆除するな。」
意外と素直で面白い事を言う男ね。
でもダメよ。
そう言って不意を突かれた事は一度や二度じゃないんだから。
私は爪を伸ばしてこの男を切り刻む事にしたわ。
でも尽く躱されて一撃も当たらない。
剣すら使わず私の攻撃を全て見切って躱すなんて唯者じゃないわ。
すると男が再び口を開いた。
今度は何を言うのかしら。
「アンタの正体が分かった。」
そんな事はあり得ないわ。
私にはダンジョンで手に入れた高位の偽装の髪かざりがあるのだから。
「まさかバンパイアだったとはな。」
な、馬鹿な。
どうして見破られたの!?
今まで一度もバレた事が無いのに。
この男は危険ね。
必ず始末しないといけないわ。
そうしなければ私は再び全てを失い追われる身になってしう。
私は危機感を感じ咄嗟に距離を取る。
いざとなれば仕方ないけど影移動での逃走も視野に入れての事よ。
ここを去ったとしても既に後継者は育ててある。
私の老婆という見た目上、仕方がなかった事とは言えこういう場面では都合が良い。
すると男は再び口を開いた。
どうせ私の正体を知って気でも変わったのでしょ。
「ちゃんと言っておくが俺は刺客じゃない。」
は?まだそんなこと言ってるの?
何なのコイツ?
私はこの男の言葉が理解できなかった。
今までに無い程甘ちゃんなのかそれとも真正の嘘つきか?
「だから私がそれを信じるとでも?」
「まあ聞け。この町に来る途中に盗賊から子供を助けた。その子たちが言うには奴隷商館で無理やり奴隷にされたらしい。その調査の為にここに来ただけだ。問題が無いようなら俺は帰る。あんたの命よりももう一つの奴隷商館の調査の方が問題だ。」
そういう事。
でも私の正体を知ったあなたを生かして置く事は出来ないのよ。
でも冥土の土産にあなたが知りたい事を教えてあげる。
「先に教えておいてあげる。あっちが黒よ。私はそんな事は絶対にしないわ。でも私の正体を知ったあなたを生かして帰すとでも思う?人なんて魔物と言うだけで迫害するのよ。ここまでの生活を手に入れるのにどれだけ苦労したかあなたに分かる?」
もしもの時は捨てる覚悟はあるけど出来れば捨てたくない。
苦労もしたし子供たちの巣立つ姿も見ておきたいの。
「そう言われても俺は人間だからお前の気持ちは分からん。」
ほらね。
人間に私達、魔物の事が理解できるはずないのよ。
「でも俺の仲間にはドラゴニュートに天使。マーメイドとウェアウルフがいる。バンパイアだからと言って危険でないなら手出しはしない。」
そんな・・・。
これは甘い嘘よ!
信じちゃダメ!
きっと後悔するわよ!
でも私の思考とは裏腹に心の声が自然と漏れてしまった。
「・・なら・・・。それなら証拠を見せて。あなたの仲間と会って、あなたの言ってる事が真実なら少しは信じてあげる。」
出来るはずない。
私はそんな人間を見た事ないのだから。
どうせ口から出たまやかしで話を濁して断るに決まってるわ!
「分かった。お前を連れて行ってもいいか確認するから少し待ってくれ。」
え!?まさか本当なの?
すると男は何かゴソゴソし始めた。
ステータスプレートを操作してるのかしら。
もしかして仲間を呼んでる?
「確認って、誰もいないのにどうやって確認するのよ。時間稼ぎじゃないでしょうね。」
「電話っていうので確認してるんだ。少し待ってろ。問題なければ歩きながら説明する。」
何それ。
初めて聞く言葉ね。
でも待っている間に私の冷えた心に僅かな灯が灯ってしまった。
それはずっと忘れていた他者に対する信頼と希望の光。
でも・・・こいつを殺すなら今がチャンスよね。
あーーー!でもどうしてこんなに期待してるよ!。
何で何で何で何で何で何でーーーー!!
「ライラ、すまないが俺の目の前にバンパイアがいるんだが話の流れで俺を信じてもらうのに皆に会いたいらしい。連れて行っても大丈夫か?」
「いや、テイムってさすがにそれは無いだろう。少しは信用してくれてもいいと思うんだけどな。」
「あの、ライラさん。無言は辛いんですけど。」
そして男は私の前でいきなり独り言を言い始めたわ。
これって念話なのかしら?
でも電話って言ってたし。
本当に何なのコイツ。
でもこいつの今の顔に仕草。
もしかして・・・。
「それで、どうなの?」
急に胸に手を当てて黙り込んでしまったから待ちきれずに近寄って声を掛けてしまったわ。
そんなに油断してると心臓を貫いちゃうわよ。
それになんだか見てると確信に変わって来たわ。
「もしかしてあなた、尻に敷かれてるの?」
「・・・!!」
フフッ、その顔は図星の様ね。
私の人生経験を舐めないでよね。
でも私の攻撃を見切れるくらい強いくせにそこは普通の男なのね。
仕方ないから少し話し位は聞いてあげようかしら。
「私もそれなりに長く生きてるから身近な人に相談できない事があったら聞いてあげるわよ。こう見えてその手の事は得意なの。」
あ、泣いちゃった。
よっぽど溜まってるのかしら。
出来る女は辛いわね。
あら、なんで私普通に話してるの?
ん~?分からないけどなんだか楽しいわね。
この男になら付いて行っても大丈夫な気がするわ。
そして私は彼と共に夜の町へと向かって行った。
なんだか暗い道なのにその向こうに明かりが差してるみたいに見える。
これってなていうの・・・?
もしかしてこれが希望?




