49 防衛都市ガルクニル②
現在は食事を取り小休止をしている。
総理はライラと一緒に明日のダンジョンで子供たちに使わせる武器を製作中だ。
その間に俺とアキトたち自衛隊メンバーは奴隷商館の調査に向かう。
宿には総理を含めイソさんも残しているので心配は無いだろう。
子供たちに関しては疲れていたのか既に眠りに就いている。
食事の際に泣きながら食べていたのでお腹もかなり空いていたのだろう。
移動中にも食べ物は食べたと言っていたがやはり暖かいご飯は別の様でこの世界の奴隷の扱いが窺える。
そしてアキト達は密かにこの町の奴隷商館についての噂を収集していた。
立ち寄ったのが武器屋と防具屋でそれなりに冒険者がおり、小銭で簡単に聞き出せたそうだ。
そしてこの町にある二つの奴隷商館のオーナーは互いに仲が悪いと分かった。
一言で言えば経営方針に違いによる衝突の様で奴隷に対する扱いが全く違う。
一方のオーナーはヘザーというお婆さんが経営しており、彼女は奴隷の質を上げて販売する事を信条とし客も選ぶ。
そのため女性からはかなりの支持を集めており、奴隷落ちするならあそこと言われているそうだ。
もう一方は30歳くらいの男のオーナーで名前はダウナー。
こちらは典型的な悪徳奴隷商らしい。
犯罪奴隷を多く取り扱い、売れるなら何でもするタイプだ。
値段は安いが質が悪いと有名なのに貴族からの覚えがよく繁盛している。
しかし、時々屋敷からは火葬場の様な匂いが漂っているそうで余程お金に困っていなければあの近辺の宿には誰も泊らないそうだ。
さらにゴーストという魔物を見たという噂もあり周辺には人があまり住んでいないらしい。
ちなみにゴーストは人が苦しみの果てに死ぬと稀に発生する魔物だ。
実体が無いため物理攻撃を無効化し、魔法か魔力を込めた攻撃しかダメージを与えられない。
そのため厄介な魔物で、更に麻痺や呪い、憑依と言ったスキルを持っている。
その特性のため冒険者ではCランクの依頼となっており、一般人にはキツイ相手だ。
そんなモノの噂があれば周囲から人が逃げ出したとしても納得できる。
そして、俺達は可能性の低いヘザーの商館から調査する事にした。
調査と言っても行くのは俺だけだ。
スキルが進化して気配遮断になったため安全に潜入できる。
それに一人なら何かあっても逃げきる事は出来るだろう。
「それじゃあ行って来る。」
「気を付けろよ。こっちは本業じゃあないんだからな。」
(いや、戦闘も本業じゃあないぞ。)
そして俺は商館の周囲にある壁を飛び越えて侵入を果たした。
まずは館の外周を一周し、その様子を確認する。
すると表からは見えなかったが裏の庭には畑があり、一部の食材を自給自足で賄っているようだ。
植えられているのは美味しそうな野菜たちで家の畑と同様にしっかりと手入れされている。
どれも村で見た事がある物ばかりで俺のアイテムボックスの中にも大量に入っている物だ。
結界石との物々交換で手に入れた物なのでそろそろ何処かで消費しないと食べきれないかもしれない。
そして抜け穴や隠し通路などが無いのは既に確認済みなので館に近づき空いている場所が無いかを確認した。
しかし、開いている窓も扉も見当たらない。
しっかりと内側から施錠されており、何処かのカギを破って入るしかなさそうだ。
仕方なく俺は鍵開けのスキルを習得する事にした。
このスキルを習得するとアンロックのという魔法を使えるようになる。
対策をされていたり、複雑な物は開けられないがこの商館のカギは単純に留め金で閉めているようなので楽に開けられそうだ。
(なんだか最近、盗賊みたいなスキルばかり取っているな。)
そして俺は窓の一つを開け中へと入った。
以前の隠密だとこの時点で気配に鋭い者にはバレていたかもしれない。
しかし、気配遮断だと魔力も一緒に遮断してくれるので安心して魔法も使える。
そして中に入るとそこは食堂の様で、それなりに広いが清潔に掃除もされている。
厨房に行けば保管庫には多くの食材が置かれておりこれだけあればここで生活している奴隷が飢える事は無いだろう。
裏の畑で取れた物も含まれているようで市場で見た野菜よりも鮮度の良い物が幾つかある。
こうして自給自足をする事で経費も削減しているのだろう。
次に廊下に出るとそこには花が活けられた花瓶や子供が書いた様な絵が飾ってある。
絵はおそらくここで生活する子供が書いたのだろう。
ヘザーと思われる優しそうなお婆さんの絵が多い。
以前に老人ホームへ言った事があるがそこに似ており、なんだか暖かい印象を受ける。
そして俺は奴隷たちの部屋に入り一人一人の状態を確認して回った。
奴隷として売れるのを待つ人たちは既に眠っているらしく部屋からは寝息以外の音は聞こえて来ない。
そして彼らの顔はどれも健康そうでやつれていたり病気の者は確認できなかった。
清潔な部屋にベット、今朝の子供達と違い普通の服。
どうやら噂通り奴隷の質は高そうだで町を歩いていても奴隷紋さえ隠していれば見分けは出来ないだろう。
その他にも教室の様な部屋に図書室等も発見できた。
一応地下室もあるのでそこも確認しておく事にする。
するとそこにはワインセラーがあり多くの瓶入りのワインが並んでいた。
この世界の銘柄は知らないので手を付けないが年代物なのか埃やカビを被っている。
触ると手の跡が付いて侵入がバレそうだ。
すると、どうやら誰かがこの部屋に向かっているようで危険察知のスキルが僅かに反応している。
マップで確認するとこの館の主であるヘザーであると判明した。
しかし既に彼女はこの地下室に下りる階段まで来ている。
そしてここから出るにはあそこを通るしか道は無いので俺は急いでスキルを強化し棚の影に身を隠した。
『コツ、コツ、コツ。』
階段をゆっくりと下りて来る靴の音が部屋に響く。
俺は緊張と鼓動を押さえ込みながら棚の影から様子を窺った。
彼女は部屋に入ると周囲を見回し、傍の棚に手を伸ばすとワインの瓶を手に取ってアイテムボックスへと仕舞う。
そしてこちらに背を向けると怪しんだ様子もなく階段を上って行った。
俺は緊張から息を吐き出し、立ち上がると地下から出るために階段へと向かう。
もうここで調べる所と言えばヘザーの部屋位だが、彼女は今も起きているので調査は不可能だろう。
「あら、もう帰ってしまうのかい?」
しかし、俺の背後から突然声が聞こえて来た。
その声は若い女性の物なのに老成した老婆の印象を受ける。
俺は即座に縮地で前に出るとマップを確認した。
すると俺の傍にいる者の名前にヘザーと表示されている。
しかもその反応は再び俺の後ろにある。
俺は驚きながらも瞬動・縮地・立体駆動を使い天井を足場にして再度移動した。
その間にもヘザーが俺の後ろを取った手段を考察する。
可能性としては俺の縮地レベル5を上回るレベルで縮地を所持しているのか?
しかし、それなら俺の五感強化か先見に反応があるはずだ。
ならば他の可能性を考える。
俺は先ほど後ろを取られら時の位置を確認しその周囲を観察する。
そしてある事に気が付いた。
「影移動か!?」
この部屋は灯りで周囲を照らす魔道具により薄く照らされている。
それによりいたる所へ影が出来ているが彼女がいるのは常にその影の中だ。
俺は地面に降り立つとともにヘザーに尋問スキルを使った言葉を投げつけた。
「あらもう気付かれちゃった?・・・ウフフ、油断したわね。尋問のスキルまで持ってるなんて今回の暗殺者さんは優秀なのかしら。」
どうやら一発で俺のスキルを見破られたようだ。
ちなみに影移動は影から影に転移の様に移動できるスキルだ。
短距離しか出来ないので使う時は限られるがこういう限定空間ではかなり使えるスキルだろう。
しかしこれは確か、かなりのレアスキルだったはず。
俺は取得可能だが持っている人間は少ない。
だがそれは人間の話で種族特性として持っている種族もいる。
もしかするとヘザーの正体は・・・。
しかし、暗殺者とはどういう事だろうか。
どうもヘザーは俺の知らない事で誤解をしているようだ。
まずはその誤解を解く必要がある。
「待ってくれ。何か誤解をしていると思うんだが少し話し合わないか。」
俺の言葉を聞くとヘザーは冷笑を浮かべた。
どうやら俺にとっての誤解は彼女にとっての確信に変わっている様だ。
「ウフフ、あなたは人の家に無断で入って来た害虫を優しくもてなすの?」
「・・・駆除するな。」
そう言われるとこちらも困る。
俺なら確実に殺したうえで焼却処分する。
しかし、それは害虫ならであって人なら多少はもてなす・・・かもしれない。
しかも勝手に家に侵入し歩き回ったと知っていれば絶対に寄者はしないだろう。
(あ~・・・ブーメランになってこっちに帰って来てるな。)
だが、その対応は人によってそれぞれなので何とも言えない。
そして俺が悩んでいるとヘザーは次の行動に移り、その手の爪を伸ばし飛び掛かって来た。
それはまるでシラヒメの様であり、彼女が魔物である可能性を示している。
その時点で俺はイソさんの時の事を思い出した。
彼は魔道具を使いその姿を偽装していた。
ならば彼女もその可能性が高い。
俺はヘザーの爪を躱しながら看破のスキルレベルを上昇させた。
その間にも鋭い攻撃により俺の先見のスキルレベルが3から6に上昇する。
そして看破を1から5に上げた所で相手の正体が判明した。
その正体はバンパイアで種族特性に変身、吸血、隷属、影移動を持つ強力な魔物だ。
見たのは初めてだが数が極端に少ないと言う事でこんな所で会えるとは思わなかった。
「アンタの正体が分かった。まさかバンパイアだったとはな。」
「私の正体を見破った!これはどうしても逃がせなくなったわね。」
するとヘザーは警戒を強めると攻撃を止めて大きく後ろに飛んだ。
そして警戒した目を俺に向けると笑顔を崩し表情を歪めて睨んで来た。
しかし警戒は強まってしまったが攻撃は止んだ。
俺はこの間に彼女の誤解を解かなければならないので更ある対話ぞ続ける。
「ちゃんと言っておくが俺は刺客じゃない。」
「だから私がそれを信じるとでも?」
「まあ聞け。この町に来る途中に盗賊から子供を助けた。その子たちが言うには奴隷商館で無理やり奴隷にされたらしい。その調査の為にここに来ただけだ。問題が無いようなら俺は帰る。あんたの命よりも、残っているもう一つの奴隷商館の調査の方が問題だ。」
するとヘザーは暗い笑みを浮かべ鼻で笑った。
その顔には焦燥が浮かび見た目に反して年老いているように見える。
「それなら先に教えておいてあげる。あっちが黒よ。私はそんな事は絶対にしないわ。でも私の正体を知ったあなたを生かして帰すとでも思うの?人なんて魔物と言うだけで迫害するのよ。ここまでの生活を手に入れる為にどれだけ苦労したかあなたに分かる?」
「そう言われても俺は人間だからお前の気持ちは分からん。でも俺の仲間にはドラゴニュートに天使。マーメイドとウェアウルフがいる。バンパイアだからと言って危険でないなら手出しはしない。」
やっとここに来て会話らしい会話が出来ようになった。
しかし、ヘザーの顔からは今も疑いの色が消えていない。
攻撃が止まっただけマシだがさてどうなるか。
「・・なら・・・。それなら証拠を見せて。あなたの仲間と会って、あなたの言ってる事が真実なら少しは信じてあげる。」
俺はどうするか悩んだがここは直接聞いてみるのが一番だろう。
「分かった。お前を連れて行ってもいいか確認するから少し待ってくれ。」
そう言って俺はライラに電話を掛け問題が無いかの確認を取る事にした。
もしライラがダメだと言うならヘザーには悪いが死なない程度に痛い目を見てもらう。
殺すつもりは無いので止めは刺さないが、それも相手の実力次第なので何処まで手加減が出来るのかは分からない。
「確認って、誰もいないのにどうやって確認するのよ。時間稼ぎじゃないでしょうね。」
「電話っていうので確認してるんだ。少し待ってろ。問題なければ歩きながら説明する。」
そしてライラは俺からのコールに気付きすぐに電話に出てくれた。
まだ寝ていなくて良かった。
「ライラ、すまないが俺の目の前にバンパイアが居るんだが話の流れで俺を信じてもらうのに皆に会いたいらしい。連れて行っても大丈夫か?」
『え!バンパイアが居るの?別に良いけどまた珍しい魔物に会ったのね。皆もまだ起きてるから大丈夫よ。それよりもテイムしてないでしょうね。』
「いや、テイムってさすがにそれは無いだろう。少しは信用してくれても良いと思うんだけどな。」
『・・・・・・。』
「あの・・・ライラさん。無言は辛いんですけど。」
『そう思うんなら行動を振り返って改めると良いわよ。それじゃ、皆で待ってるからね。』
そして、ライラに電話を切られ、俺は自分の胸に手を当ててみる。
しかし、改めるべき事が何も浮かんで来ない。
首を傾げ途方に暮れていると前方から声が聞こえて来た。
「それで、どうなの?」
俺は完全に本題を忘れて立ち尽くしていたためヘザーがすぐ傍まで寄ってきているのに気付く事が出来なかった。
普通に考えれば致命的と言って良い隙を晒していたがヘザーの顔には先ほどまで無かったこちらを心配しているような表情が浮かんでいる。
すると彼女から予想外の言葉が飛び出した。
「もしかしてあなた・・・尻に敷かれてるの?」
すると何故かその言葉に俺の心は大きく動揺した。
最近を振り返ってみると次第に外堀は埋められ、遠慮も無くなって来た。
言いようによってはも馴染んで来たとも言うが、なんだか少し違う気がする。
もしかして俺はいつの間にかヘザーが言うような状況に陥っているのではないだろうか?
すると彼女は俺の肩に手を置き優しく声を掛けて来る。
それはまるで憐れんでいる様で人生の大先輩と言った風格を醸し出している。
言うなれば長い時間を使って熟成させたワインの様に深い信頼と味わいを感じさせる。
「私もそれなりに長く生きてるから身近な人に相談できない事があったら聞いてあげるわよ。こう見えてその手の事は得意なの。」
確かに彼女は人気の奴隷商人だ。
おそらく、奴隷を含め多くの人の悩みを聞いて来たのだろう。
周囲の情報からも分かるように面倒見も良さそうだ。
しかし、信頼を得るための会話で先に同情を得られるとは思わなかった。
少し複雑だが例え同情だろうと警戒心よりはマシと思っておこう。
(あれ、目が少しぼやけるな。)
そして、イレギュラーはあったが俺はヘザーを連れて外に出た。
アキトたちには館から出る前に連絡をしておいたので外の門前で待ってくれている。
何か呆れているように見えるがそれは仕方ない事と受け入れる事にした。
宿にも連絡はしておいたのでメノウ辺りが準備をしてくれているだろう。
そして俺達は合流するとそのまま宿へと向かって行った。




