47 盗賊
まず今回は俺達の乗る高機動車であるハマーについて少しだけ説明する。
軍用ハマーであるこの車両は強度が高く、更に敵地に行くと言う事で装甲板などで補強されている。
更に前面も金属のパイプで強化され骨組みに至ってはライラが金属を入れ替えてくれているのでそう簡単に壊れることは無い。
しかし、それでもこの車は普通の範囲を超える物ではない。
そのためボンドカーやバットモービルの様に無茶な使い方をすれば簡単に壊れてしまう。
良くてゴブリンやコボルト、ついでに盗賊を轢き殺すのが限界だ。
ちなみにこちら側の世界には盗賊が居るようで車で走っていると時々襲われる。
殆どは俺達の速さに対応できずに置き去りにされるが稀に対応する者が出る。
それらは車を止めアキトたちが慈悲なく銃弾を撃ち込み始末して焼却処分にしているが気分がよくないので今回の旅では一番の困りごとだ。
そして、町まであと数キロという所で俺達は再び車を止める事になった。
今まで盗賊が木を積み上げて道を塞いでいる事はあったが今回はそれよりも更に最悪だ。
道にはボロ布を纏った子供たちが寝転がっておりその向こうには盗賊と思われる男たちがニヤけた顔で佇んでいる。
どうやら今までで一番質の悪い者達が現れた様だ。
そして盗賊の一人が前に出ると足元の子供に剣を突き付けて大声を出した。
「ここは俺達の道だ。通行税を払いな。」
それを聞きアキトたちは車から下りて前に歩み出た。
その中には当然、総理にイソさん。
そしてシラヒメ達女性陣も含まれている。
「うひょ~。いい女連れてるじゃねえか。まずはそいつらを寄越しな。それと食料と荷物全部だ。命は~~~面倒だから一緒に貰うおうか。」
すると横の茂みに隠れていた盗賊の仲間が10人立ち上がり一斉に矢を放った。
盗賊たちはこれが必勝と思っているのか口元を歪め笑みを浮かべ続けている。
しかし、命中するはずの矢は尽く不自然な軌道を描き外れて行った。。
「お頭、矢避けの加護だ。高位の精霊使いがいやすぜ。」
「クソ、もう一つの馬車か。仕方ねえ、全員で行くぞ。」
そう言って盗賊達は腰から剣やナイフを抜き走り出した。
その際に彼らは足元に居る子供たちを完全に無視し、踏みつけて進もうと足を振り下ろす。
しかしその瞬間に彼らの前には既に総理が立ち塞がっておりその者達の首は呆気なく宙を舞った。
「愚か者どもが。この様な事をしなければ命だけは助けてやったものを。」
総理が言う事はおそらく真実だろう。
盗賊は町に突き出せばそれなりのお金になる。
彼らは犯罪奴隷として奴隷落ちになるが、その時に発生する金額の半分を受け取れる仕組みになっているのだ。
ここから町まではもう少しなので連れて行く手間もそれ程かからない。
素直に子供を避けるか飛び越えて襲ってきていれば生かして捕らえられる道も存在したのだ。
しかし、それは彼らの子供を犠牲にするという行いにより完全に断たれてしまった。
そして彼らの前へと次に飛び込んだのはアキトだ。
その顔には怒りが浮かび、油断なく的確に急所を一突きにしている。
そしてその横にはアスカが並びその剣にはまったく容赦がない。
しかも、その表情はまるで作業をこなしている様に冷めきっており動く事は最後まで無かった。
彼女はこの世界の生活が長いので既に慣れているのだろう。
そして弓兵にはミズキとフウカが銃による発砲を行った。
距離は30メートルとそれなりにあるが一発必中でヘッドショットを決めている。
他のシラユキとヒムロとチヒロは周囲から回り込み逃げようとする盗賊を始末していた。
しかし、もしこの場を逃げられたとしてもシラヒメは鼻が良いのですぐに追いつかれるだろう。
俺も車の中で待機しながら取り零しが居ないかマップで常に確認しているので逃げられる心配はない。
そしてあっという間に頭目の男以外が皆殺しにされ他の盗賊達は血の海に沈んだ。
「な・・・、どうなってんだ!?聞いてたのと違うじゃねえか。こいつらはただの雑魚のはずじゃあなかったのかよ!」
そして頭目は何やら意味ありげな事を言いながら剣を構えて後ろへと後ずさって行く。
既に腰も引けているので戦意も喪失しているのだろう。
恐らく逃げないのはそれをしても無駄だと分かっているからだ。
すると、総理は頭目に歩み寄り素早く小太刀を振るった。
その瞬間『キンッ!』という甲高い音を立て頭目の剣は断ち切られてしまい刀身が5センチ以下になる。
それを見て観念したのか地面に膝を付き縋るような目で総理を見上げた。
「た、頼む。何でもするから命だけは助けてくれ!」
「先程気になる事を言っていたな。誰から儂らの事を聞いた?」
すると総理は小太刀を頭目の喉元に突きつけると止めの威圧を放ち完全に心を圧し折った。
これで少しは口が軽くなっただろうがこの大陸に来て間もない俺達を狙う相手は限られている。
しかし、こんな盗賊を雇う相手が、簡単に素性まで明かすとは思えない。
そして、頭目は命欲しさにペラペラと滑らかな舌を動かし始めた。
「顔も名前も知らねえ。全員、黒い覆面をしてたし今日初めて会ったんだ。前金をたんまり弾んでくれたから頼みを聞いただけだ。」
「何を頼まれた?」
すると頭目は総理から視線を逸らした。
どうやら盗賊たちの行動から分かるように碌な頼みではないのだろう。
それにあんな事をして居たので絶対に人助けではない筈だ。
そして総理は喉元に突き付けた切っ先を動かし頸動脈へ向けて浅い傷を作り更に脅しをかける。
「言えば町の兵士に突き出すだけで許してやろう、言わなければこの場で殺す。」
すると頭目は顔色を更に悪くして喋り始めた。
「ま、まってくれ。話す。話すから。この道を通る2台の緑色をしたゴーレム馬車を襲えって言われたんだ。護衛は居るだろうが弱い奴等ばかりで簡単に倒せるはずだと。女は好きにしていいがエルフがいれば確実に殺せと言われただけだ。」
「そうか。」
「は、話したんだから助けてくれるんだよな!」
話し終えると頭目は必死に総理へと懇願した。
すると小太刀が返されその首元に鋭い一撃を放つと頭目の意識を刈り取った。
「約束は守ってやるがしばらく寝ておれ。」
そして頭目は後ろで控えていたヒムロとチヒロに抱えられると車に連れていかれた。
そして手足を拘束され車の後部スペースへと乱暴に転がされるされる。
ここから町は数分なのでそれまで起きる事は無いだろう。
そして、その間にアキトとアスカは子供たちの確認へ向かっていた。
どうも先ほどから動く気配が無いので心配をしている様だ。
そして子供たちの傍に行くとすぐにその理由が判明した。
彼らの胸には奴隷紋が刻まれており、意識はあるが命令で動く事を禁じられているようだ。
すると子供たちは救いを求める様にアキトとアスカに涙を浮かべた目を向ける。
しかし、アキトにもこれはどうする事も出来ない。
すると横にいたアスカが小太刀を抜いた。
「出来るか試した事はありませんが私がやってみます。」
そう言ってアスカは剣を構え精神を集中させる。
その様子をアキトは隣で、総理は後ろから見守る様に見つめていた。
「裏の秘剣・月読」
そして静かな声と共にアスカは小太刀を振り下ろし一人の少年の胸を斬り裂いた。
斬られた瞬間、少年は恐怖に目を閉じるが痛みのない事に気が付くと恐る恐る目を開ける。
そして斬られたはずの体に傷が無いのを見るとホッと息を吐いた。
しかし胸にあった奴隷紋だけは二つに切り裂かれ霞の様に霧散し消えていく。
それを目の当たりにした少年は驚きに顔を染めるが奴隷紋のあった所を撫でて確認すると自由に動けるようになった体で立ち上がった。
「動ける。・・・動いても痛くない。」
「もう大丈夫よ。アナタのもう奴隷ではないわ。」
すると立ち上がった少年はアスカに顔を向けると必死な表情でしがみ付いて来た。
アスカはそれをうまく受け止めると小太刀が当たって怪我をしない様に遠ざけ困った顔をアキトへと向ける。
「お願いお姉ちゃん。他の子も助けてあげて。僕たち本当は奴隷じゃないんだ。スラムに住んでるけど大人に捕まって無理やり奴隷にされたんだ。」
「それは本当なの?」
「うん!」
する少年の言葉にアスカの目元がピクリと動き少年へと確認を行った。
この世界では隷属スキルは厳重に管理され、悪用すれば重罪になるからだ。
アスカもそれを知っており、少年の言葉に反応したようだ。
するとアスカの後ろで見守っていた総理が近寄ると小太刀を抜きながら声を掛けた。
「ここは儂に任せてお前はその子から話を聞きなさい。それと腕を上げたなアスカ。」
「あ、はい!」
総理に褒められたアスカは一瞬だけ顔を綻ばせるがすぐに表情を引き締め直して小太刀を鞘に納めた。
そして少年に視線を移しと毅然とした態度で声を掛ける。
「君には詳しい話を聞きたいからこっちにおいで。他の子もすぐに開放するから。」
「分かった!助けてもらったんだから何でも話すよ!」
そして歩き出してすぐに後ろから総理の声が聞こえて来た。
それにより他の子も解放され動けるようになるとゆっくりと立ち上がり始める。
するとその様子にアキトは表情を緩ませ総理に問いかけた。
「その技はどんな物なんだ?確か昨日も使っていたな。」
「これは呪いや術を切り裂く技だ。完璧に放てなければ相手も傷付けてしまうがな。あの子も成長している様で安心したわい。どうじゃ、お前も儂に弟子入りしてみるか?」
するとアキトは驚きに目を見開き総理に視線を向けた。
しかし総理の顔は笑っているが、その目は真剣そのものである。
「いいのですか?一子相伝とか門外不出な物なのでは?」
「まあ、こんな時代じゃからな。こうならなければもしかしたらあの子の代で終わっておったかもしれんが今の世には必要な気がしての。それでどうじゃ?」
「・・・分かりました。時間がある時によろしくお願いします。」
そう言ってアキトは深く頭を下げるとその表情が途端に変化する。
そこには悪代官の様な笑みでニヤリと笑う総理が居り、アキトが顔を上げた時には真面目な顔に戻っていた。
ただ、その顔を俺にも向けるのは止めてもらいたい。
技は教えて欲しいとは思うが、俺はいたってドノーマルな人間なのでやり方を教えてもらっても出来る気がしない。
それにアスカを見ていていると分かるが総理の修行は絶対に厳しい。
俺は褒めて伸ばし、褒められて伸びるタイプなので教えてくれる相手が悪すぎる。
そしてアキトが顔を上げた時には元の笑みに戻っていたが、周りの皆にも見られていたので揃って苦笑いを浮かべている。
しかし総理が企んでいた本当の目的はこの少し後に判明する事になる。
その時に自衛隊メンバーにある種の激震が走るがそれはもう少し後の話である。
そしてアスカは今も少年から事情を聴いていた。
「それじゃあ、町にある奴隷商館にはもっとたくさんの違法奴隷が居るの?」
「うん、あの町は親が死んで行き場のない子供が沢山いるんだ。それで時々大人たちがそういった子供を捕まえて売りに行くんだよ。奴隷屋もそれを分かってて買ってるけど町の奴らも治安が良くなるって言って見て向ぬふりさ。」
するとアスカは少年の話を聞きその余りにも酷い惨状に怒りと共に頭痛を感じ始める。
まさか町ぐるみでそんな事をしているとは予想外だったからだ。
この町にはAランクの時に来た事があるが町には活気がありそんな場所だとは考えられなかった。
それに彼女はダンジョンに入る時に奴隷を連れて行った事はなかった。
パーティメンバーからは色々と便利だからと言われていたが彼女は奴隷に無い日本から来た高校生だ。
人を従え強制的に言う事を聞かせる感覚が理解できず、嫌悪感さえ抱いている。
それに冒険者によっては手軽な労働力として連れて行く者もいるが彼女が潜るのは下層なので普通の奴隷では役に立たない。
それどころか魔物が出るたびに守らねばならなくなると足手まといになる。
その為に彼女が奴隷屋に行くことは一度も無かったが、もし行く事があれば子供の多さに疑問を感じたかもしれない。
しかし、そうなると困った問題がある。
それはあの町がどの程度腐っているかと言う事だ。
本当に全てが腐っているのならアスカには手に余る規模である。
それに彼女はもうじき日本に帰る予定なので何かしたとしても改善されたのを見届けることが出来ない。
そして悩んでいるとその肩をアキトにポンと叩かれた。
「アスカさん。今は深く考えずに町に行ってみよう。町の状況を確認してからでも遅くはない。」
「はい。それと私の事はアスカでい良いです。皆さんにもそうお願いしてますから。」
アキトの言葉にアスカは力強く頷くと少しだけ気を取り直したのか笑顔を浮かべた。。
それに向かって今度はアキトが頷きを返し「分った。」と自然に答えた。
その後、彼らは子供を乗せて走り出した。
流石のユウも子供服までは持っていないので彼らの服装はそのままだ。
しかし、もし、少年の話が本当ならあの町に居る限り再び奴隷になる日も遠くは無いだろう。
そう考えると彼らの中で不安を感じない者は一人も居なかった。




