45 初めてのダンジョンアタック
話し合い結果、俺達はダンジョンに入るもゆっくりはせずに、上層である1階から10階を一気に駆け下りる事に決めた。
それにダンジョンマップが無くても俺のマップにはこの階層全体を見渡せるだけの性能がある。
その為、迷ったり逸れたとしても困る事は無く、10階までを駆け足で走り抜けた。
そして俺とアキトと総理が横に並び、他の冒険者を避けながら前に来た魔物は切り捨てて行く。
まるで何処かのロボットアニメに出て来たストリームアタックの横バージョンの様だがこんな所で時間を無駄には出来ない。
そして落ちた魔石は後ろの誰かが回収してくれるので誰も足を止めずに進んでいる。
ちなみに今回はチヒロ・ヒムロ・シラヒメ・イソさん・ハルには地上に残ってもらっている。
彼らはアクアの戦闘には参加していないので周りから警戒されず、今はアキトが準備していたテントで助けた少女の監視と護衛を担当してもらった。
もしかすると暗殺の可能性もあるのでそれなりの実力者と人数を残しているという訳だ。
シラヒメとハルは主が残るのでオマケみたいなものだが今回は様子見なので問題ないだろう。
そして俺達は数分で1階層を走破すると勢いを落とす事なく更に奥まで走り抜けた。
現在は既に中層と言える20階層まで来ており、ここまで来れば倒した魔物の魔石だけでもそれなりの稼ぎになるらしい。
しかし、俺達の足はまだ止まらない。
この辺になるとキマイラやウェアウルフ、リザードマンなどが現れる様になるが、どれも強敵とは呼べず一刀で首を斬り飛ばして進むことが出来る。
ここまで来るとどうやら、アスカが俺達の異常性に気付き始めたみたいだが彼女以外に不審に思う者はこの中には居ない。
そしてさらに5階層ほど進んだ所で後ろからアスカがストップをかけた。
「ちょっと待って。そろそろ帰っても十分な魔石が集まったわ。上でみんな待ってるからいったん帰りましょ。」
「もうそんなになったのか。」
アスカは息も乱さず言っているので別に付いて来れないと言う訳ではないだろう。
恐らく本当に魔石の量が十分集まったようだ。
俺達にはランニングをしていたくらいの気持ちだったので全然気付かなかった。
「それに帰りにも魔物を狩るなら更に多くなるのよ。これだけあれば1週間くらいの宿代になるわ。」
「仕方ないのう。せっかく体も温まって来た所なんだが。」
実際、俺達がダンジョンに入って1時間も経過していない。
ここは下に行くにつれて面積が狭くなるので下りればそれだけ次の階段までの距離が短くなる。
しかもすぐ近くに階段がある事もあるので殲滅力と体力さえあればこの程度は簡単な事だ。
「まあ、助けた子も心配だから帰るしかないか。それに明日もここに来るから今日はこの辺で切り上げるしかないな。それにしてもここの魔物は弱過ぎる。この階層は本当に俺達と同じ位のレベルなのか?」
「この世界の人たちは私達と違って基礎能力値が低いのよ。最初からステータスなんてあるからあまり努力もしないのね。そうじゃないと高校生の私が数か月でSランクに上がれる訳ないし。だからこの世界で本当の実力者はほんの一握りなの。私なんてレベル40あるけどまだおじい・・・師匠に勝てないでしょ。」
アスカは総理から一瞬睨まれてしまい呼び方を変えた。
どうやら刀を持っている時は師匠と呼ばないといけないようだ。
面倒なのでもうお爺ちゃんでいいじゃないかと思うが何か拘りがあるのだろう。
そうやって考えるとこの世界にとって俺達の世界は脅威ではないだろうか?
まあ、脅威に感じてくれれば戦争を吹っ掛ける事も無いので出来れば平和に暮らしたいものだ。
喧嘩を売られれば、買うのは吝かではないが。
そして来た道とは別のルートで他の冒険者と出会わない道を進んだ。
転移ゲートの様な物があれば便利なのだがここには無いらしい。
ここにはと言っている様にある場所もあるとアスカが話していた。
そして俺達は結局、数百の魔物を倒したがレベルは4しか上がらなかった。
しかも上がったのは20階層に入ってからなので今日の旨味は魔石しかない。
しかし、総理は今日だけでレベルが10は上がったと喜んでいた。
恐らく今までかなりレベルが低かったのだろうがそれであの強さだ。
ハッキリ言って本当の化け物は彼なのかもしれない。
そして、俺達が外に出るとそこにはギルマスであるトレスが仁王立ちで待ち構えていた。
そんな体勢で何時帰るか分からない俺達を待つのは疲れないのだろうかとも思ったが、彼は顎をしゃくって「着いて来い」と言うとギルドの所有するテントへと俺達を案内した。
そしてテントの入り口を閉めるとさっそく口を開くと鋭い目で睨んで来る。
「お前らダンジョンより先に報告だろうが!」
そう言って頭を抱える彼に若干の同情はするがこちらにも予定があるのでそれを理解してもらいたい。
この世界では借金を返せない場合は重い罪に問われる。
最悪は奴隷となって売られる事もあるので注意しなければ簡単に人生が崩壊するそうだ。
「宿代くらい稼がないといけないからしょうがないだろ。終わればすぐに行く予定だったんだ。それで聞きたい事は何なんだ?」
するとトレスは溜息をついて視線を上げた。
どうやら納得はしてないが理解は示してくれるようで少しだけ目元が緩くなる。
「話せる事は全部だ。」
「それなら先に聞くがここのギルドは国とはどういう関係なんだ?」
既に説明は受けているが冒険者ギルドは国からは完全に独立した巨大組織だ。
しかし、好き勝手して良い訳では無く、互いに便宜を図る事もある。
助け合いと言えば分かり易いかもしれないが、中には国と癒着して甘い汁を吸っている奴も居るとアスカが言っていた。
ここのギルマスはアスカの知り合いらしいのでそう言った事は無いかもしれないが、今回の事はこの国の王族が関わっている。
確認だけでも取らないと話した所で迷惑にしかならないだろう。
「ギルドは国とは独立した組織だ。氾濫が起きた時の強制参加はあるが戦争への強制参加はない。国からの依頼でダンジョンの管理などはしているが仲違いすれば全ての人員を引き上げる位はするな。」
そして俺は少し悩んだが教えても問題ないだろうと話す事に決めた。
それで裏切って何かして来るなら容赦する必要は無いだろう。
冒険者は自己責任と言われているが、それは職員にも当てはまるはずだ。
他人にだけ責任を押し付けて自分だけが安全な場所に居るなんて事は許されない。
「まず、王族の中で争いが発生しているのは知っているか?」
「噂くらいはな。」
「なら、その争いの標的がここにいるアリシアだ。偶然に助ける事になったが呼び出しを受けて城に向かっている最中だ。」
そう言ってアリシアに視線を向けるとトレスはその顔を確認した。
そして驚いた様に立ち上がると口元を引き攣らせ今まで以上に声を荒げた。
「おい!どうしてここに第5王女のアリシア様がいるんだ。それじゃ、今回の事は王家のお家騒動かよ!?」
それも間違いではない。
しかし、それよりも重要な事は精霊王の一角を呪詛として送り付けて来た事だ。
あの、オリジンという少女が何者なのかは分からないがあの言動から敵でないと思いたい。
俺達からすれば少し常識から外れている気もするがここは文化が違うので誤差の範囲だろう。
それらを説明するとトレスは何故か涙を流し始め、机に額を叩きつけて二つに圧し折った。
しかし、何もなかったかのようにケロリと顔を上げると本心が口から洩らす
「よし、逃げよう。」
しかし何か勇ましい事でも言うのかと思い期待したがトレスは見事にその期待を裏切り逃げる選択をした。
逃げるが勝ちと言うがあまりに思い切りのいい宣言に呆れている者も少なくない。
まあ、敵対するよりはマシな意見だが、そんなトレスに総理は声を掛けた。
「そうか。それは残念だ。」
そう言って総理は肩を落とし溜息をついた。
トレスはその姿に疑問を感じ「何が残念なんだ?」と問いかける。
しかし、それはまさにこの人の罠であり、目に見えない蜘蛛の糸に飛び込む行為でもあった。
「この町にせっかく結界石を置くのに安全地帯から逃げ出す者が居るとはな。まあ、逃げるのは構わんぞ。お前が逃げて職を失おうと儂は困らんからな。」
するとトレスは急に眼の色を変えると椅子に腰を下ろした。
しかもその顔には笑顔を浮かべ先ほどまでの涙は何処へ行ったのかと思う程、晴れやかな顔をしている。
「ははは、何を言ってるんだ。今のは冗談で逃げるならみんな一緒さ。それで、結界石の件は本当かな?実物があるなら見てみたいのだが。」
なんだか清々しいまでの掌返しだが、仕草だけでなく声まで変えているのでちょっと気持ち悪い。
しかし見せない訳には行かないのでライラは嫌そうな顔で前に出ると新しい台と結界石を取り出して置いた。
しかも、これはライラが最近作り上げた新型結界石だ。
その核には先日購入したロックタートルの甲羅が使われており、その効果範囲は何と今までの2倍を実現した。
日にゴブリンの魔石を4つ使用するという燃費だがここにはダンジョンもあるので問題ないだろう。
「まて、そんな高性能の結界石は聞いた事ないぞ。」
そしてトレスはライラの顔をジッと見て再び何かに気付いようだ。
それに辺境の村で仕事をしているクラクでも知っていたのでギルマスが知らないはずは無い。
「あ~~~!お前は確か数年前に国が血眼になって探していた結界石の製造技師か。それで結界石を持っているのか!」
トレスは驚きながらも納得したようで台の上に置かれている結界石に視線を落とす。
そして悩んだ末に、彼が取った行動とは。
「よし、何も聞かなかった事にしよう。結界石は心ある商人から買い取った。今回の事件は新種の魔物の発生と言う事にしておこう。そうした方があんたらも穏便に事が済んで丁度いいだろ。それじゃ、俺は帰るからな。結界石は明日の朝にでもギルドに持ってきてくれ。町の有力者には話を通しておくから。」
そしてトレスは言うだけ言うと素早く退室すると外に止めていた馬車に乗り込んで帰って行った。
かなりいい加減な仕事に見えるが組織のトップが決めた事だ。
それに俺達にも都合が良い采配なので良しとしよう。
そして引き留める者も居なくなったので全員と合流してから町へと帰って行った。
途中、トレスが乗っている馬車を追い抜く一幕はあったがそれはご愛敬だ。
別に町まで競争している訳でも無く、一緒に帰る約束をしている訳では無いのでこのまま先に行かせてもらう。
そして助けた少女だがあれから1時間以上も経つのにまだ目を覚まさない。
体の方は皮膚の爛れの大半が治り、剥されたと思われる爪は生え揃っている。
耳は元に戻りこの時初めてこの少女がエルフであると分かった。
しかし、その幼い少女に対しても奴らは残酷で、女性の尊厳を踏みにじった行いをしたようだ。
今は消えかけているが腹部から内股にかけて酷い跡が残されていた。
恐らく焼き鏝の様な物を使用して集中的に痛めつけたのだろう。
目を覚ましても精神的な面からもう子供を作るのは難しいかもしれない。
その場合はエルフの長い生が彼女の心を癒してくれる事を待つしかないだろう。
そして俺達は町に入ると二手に分かれた。
俺達のグループはそのまま宿に向かい、総理達のグループはギルドへと向かう。
そして宿に到着しすると少女を寝かせ、そのまま待機する事にした。
その理由として町に戻ると追跡する者が現れたからだ。
この事は総理達も気付いており、誰を狙っているのかを確認するための別行動である。
そして狙いはこちらのようで標的がこの少女かアリシアかは不明だが本当に愚かな連中だ。
そしてどうやら追跡者たちは今のところ手を出す気は無いのかこの宿を包囲する形で待機している。
時刻はもうじき16時になるが日が沈むのにあと2時間くらいだろうか。
この世界は日が沈むと人の往来が急激になくなるのでその時を待っているのだろう。
ちなみにこの宿に泊っている客は俺達だけしか居ない。
だが返ってすぐにフロントへ訪ねた時には団体さんの予約が入っていると言っていた。
なのに客が何時まで経っても来ないそうなので俺達を孤立させるために敵が手を回したのかもしれない。
そして更に2時間が経ち日が沈み始め、人々が周囲から消え始めた。
その頃になると少女の傷はほとんど消えており残りは右手にある無数の針の跡だけになっている。
通常は全ての傷が治るはずらしいが何故かエルフの秘薬でもこれだけは治らなかった。
もしかするとこの子は俺が受けた毒の被検体なのかもしれない。
奴等はたしかあの時こう言っていた。
『耐性スキルも魔法も効かず我らが開発した解毒薬でしか治らん!』
と言う事はもしかすると奴らが開発したかったのはエルフの秘薬すら通用しない毒ではないだろうか?
そうなると考えられることは限られるのは暗殺による王位の簒奪くらいだ。
この毒を使えばそれが可能なのかもしれないが実験する相手を間違えたな。
そして内心の怒りを抑え込んでいるとこの部屋をノックする者が現れた。
「アスカです。今帰りました。」
そう言ってアスカは一人で部屋に入って来た。
その顔には笑顔を浮かべ俺と少女を交互に見ている。
そしてアスカが瞬きした瞬間、俺はその首を切り落とした。
「な・・・!」
すると短い言葉だけを残し絶命したアスカの様な物は、魔石と、何かで濡れた針を二本落として絶命した。
この魔物はドッペルゲンガー。
姿を変える事に特化した弱い魔物だ。
俺はマップを常に確認しているので例え知り合いに化けていようと騙されない。
それがたとえライラ達の姿だろうと敵と分かっていれば容赦はしない。
俺の隙を突きたいならコーギーかチワワを連れて来るんだな。
そして毛並みさえよければ1秒、いや10秒・・・いやいや5分くらいは撫でながら騙された振りをしてやったものを・・・。
「大丈夫ですか!?」
そして今度は再びアスカが駆けこんで来たがこちらは本物だ。
既に手には小太刀を握りさっきのアスカよりも危険に見えるが俺は剣を収めて背中を向けた。
「今度は本物みたいだな。」
「偽物はどうしましたか。フロントに行くとついさっき私の姿をした何者かが上がって行ったと聞きましたが!?」
俺はその問に足元の魔石を指差すとアスカは理解したのか小太刀を収めた。
そして俺は針に手を伸ばしそれをアイテムボックスに収納しておく。
俺は毒無効があるので大丈夫だがみんなは違う。
特にアスカはこの毒のせいで足を一度失ったので見るのも嫌だろう。
そして外の様子にも予定を狂わすような大きな変化は無い。
潜伏していた追手のマーカーが一つずつ減っていくが、計画通りにアキト達が敵を殲滅しているだけだ。
恐らく何人かは生きて捕らえて来てくれるだろう。
ただそれに何故か総理も参加しているのが一番の誤算だ。
そして暫くすると俺の所にメールが届いた。
『数人を確保して薬瓶を入手した。』
俺は立ち上がるとそのままライラと一緒に外へと向かった。
そして外に出ると今の時間に歩いている人は本当に疎らだ。
昼間は人が歩いていた通りを土の精霊が歩き警戒をしてくれている。
そのおかげで魔物が湧いてもすぐに討伐されるため心配はない。
しかし、それもあと数日の事だろう。
結界石が無事に作動すれば夜も賑わう町へと変わるはずだ。
俺達はマップに従いアキトたちの下へと向かった。
そしてそこには二人の人間が手足と口を拘束されて座らされている。
更にその前には毘沙門天の様な憤怒の顔をした総理が腕を組んで睨みを効かせていた。
恐らくあれでは拘束されていなくても逃げられないだろう。
アキトはこちらに近寄ると手に持っている薬瓶をライラへと差し出した。
「これが奴らの持っていた物だ。アイテムボックスの中までは確認できないがこの中に解毒薬はあるか?」
「・・・ダメ。全部毒ね。」
ライラは首を横に振ると残念そうに答えを返し薬瓶をアキトへと返した。
するとアキトは男達を睨むと腰のナイフを抜いて急ぎ足で近寄って行く。
恐らくは拷問して1秒でも早く吐かせようというのだろう。
しかし、俺はそんなアキトの肩を掴むと待ったを掛けた。
「少し待ってくれるか。試したいスキルがある。」
俺はスキル項目を開き目的のスキルを取得する。
『略奪を取得しました。』
これは相手のアイテムボックスから物を無理やり引き出すスキルだ。
出来れば一生覚えたくはなかったが今回はこういう状況なので仕方ない。
「ちょっと失礼。・・・おーちゃんと持ってるじゃないか。」
略奪を使うと俺のステータスに相手のアイテムボックスに何が入っているかが表示された。
しかし、どうやらレベルが足りないようで表示はされるが抜き出す事が出来ない。
俺は更にスキルポイントを消費して抜き出せるまでレベルを上げた。
そして項目にある解毒剤を取り出すと男達は驚きの顔を向け塞がれた口で唸り始める。
俺はそれを無視して解毒薬をライラに渡すと「これよ!」と言って駆け出して行った。
どうやら無事にあの少女の注射痕も治す事が出来そうだ。
小さな事かもしれないが本人にとっては大きな事かもしれない。
最低限、コイツ等の様な人間の命に比べれば大きな問題のはずだ
そして俺が彼らを背にしている内に後ろが静かになり、ドサリと何かが倒れる音が聞こえた。
どうやら毘沙門天は彼らの悪業を許す気はなかった様だ。
(俺達がこの後に何人殺す事になるか分からないが、地獄に落ちるならそれまでにこの世界が少しでも良くなるように頑張らないとな。)
そしていつの間にか傍に来ていた総理に胸を叩かれ、揃って宿へと帰った。




