43 ナギルタ
ここは第一王子セドリアスの自室。
ここで彼は暗部より先日差し向けた刺客が全滅したという報告を受けていた。
「何だそれは!」
セドリアスは怒りのままに大声をあげると手に持つ酒杯を目の前の男に投げつけた。
男は避ける事無くそれを受け、頭からかぶった酒を床に垂らしている。
しかし男は慣れているのか、眉一つ動かす事なく言葉を続けた。
「それで殿下。どうされますか?」
セドリアスは苛立ちと共に爪を噛みながら考え始める。
そして何かを思いついたのか暗い笑みを浮かべた。
「オーク以上の魔石を100以上用意しろ。それと奴隷もだ。こちらは5人もいれば大丈夫だろう。」
「で、殿下。もしかしてあれをされるのですか?」
セドリアスの命令を聞いた男は先ほどまでの落ち着いた雰囲気が消え去り、焦りの感情をその顔に浮かべる。
それを見たセドリアスは鼻で笑うと男に言い放った。
「何を怯えている。精霊など我らにとっては道具の様な物ではないか。どう扱おうと私の勝手だ。ああ、良い事を思いついたぞ。あのガキも使おう。そろそろ遊びに使うのも限界だろう。使い捨てにするには丁度いい。ハハハハハハハ!」
そして、その日の内に儀式は行われ一人の少女が城から秘密裏に運び出された。
その向かう先はユウ達のいる町の方向である。
だが、セドリアスたちは気付いていなかった。
こうしている間にも不幸の影がその背に手を伸ばしている事に。
場所は変わりここはギルドの一階食堂。
そこには今、アスカを含めた全員が集合しており、その中には総理に呼ばれゼロビアも含まれている。
彼女は少し困惑しながらも席に着き周りを見回していた。
そんな中で総理が中心となり話を切り出していく。
「君には儂の孫がとても世話になったそうだな。もし君がよければ我が国に来ないかね?」
その急な申し出にゼロビアは時を止めたような顔になり総理に目を向けた。
疑う訳ではないがこの世界にも上手い話には裏があるとよく言われている。
そのため簡単に付いて行った先で無理やり奴隷にされる可能性もゼロではなかった。
「それはどういう?あなたは何処かの王族なのですか?」
その問いに総理は苦笑し首を横に振った。
「我が国に王族は居ない。私は国民に選ばれた王の代理といった所だ。すでのここのギルド長とは話が付いている。数人なら引き抜いても構わないそうだ。」
ゼロビアは総理の言葉を聞き自分が売られたのではないかと想像した。
その心境はまるで、工場に運ばれる子牛である。
そしてゼロビアはアスカに縋る様な顔を向けると視線で助けを求めた。
「諦めた方が良い。お爺ちゃんは既に根回しを終えてから話してる。絶対逃げられないよ。」
するとゼロビアは諦めた様に窓の外を見て遠い目を浮かべた。
その先には昨日まで無かった結界の幕がうっすらと見えている。
この世界ではとても貴重で手に入れる手段は少なく、こんな所にあっていい様な物ではない。
「あの結界がそれですか?」
しかし、彼女の呟きには誰からも返事はない。
肯定も否定も無いがゼロビアには何処となく、これが肯定であると感じられた。
そして彼女は諦めたように肩を落とすと首を縦に振り一つしか許されていない返事を行った。。
「分かりました。それで連れて行くのは私だけですか?」
「1人は君に任せようと思う。もう一人は辺境の村で出会ったクラクを指名している。もうじき替えの人員が向かう事になるだろう。静かな村だが多少は引継ぎもあるだろうからな。」
すると先程までとは反応が異なりクラクと聞いてその耳をピクリと動かした。
どうやら近い事もあり知り合いの様だが微妙に反応がおかしい。
その顔には僅かだが朱が差し、まるで恋する乙女の様だ。
「クラクが来るんですか?そうですか。そうですか。ニャハハ、それは急いで準備しないと。」
何だが言葉まで怪しくなってきたゼロビアだが、浮かれたように立ち上がると準備の為に席を立った。
それを見て横に座っていたアスカが補足を入れてくれる。
「クラクさんは去年、移動になったゼロビアの恋人です。今も互いに無理を通して年に数回ですがあってるみたいですよ。あの村にはあまり人が行き来しないので苦労していたみたいです。」
すると今度は総理に目元がピクリと動いた。
そしてアスカに目を向けると鬼瓦の様な顔で口を開く。
「お前にはまだ良い相手は見つからないのか?」
するとアスカは苦笑し溜息をついた。
どうやら居ないようだが、それは無駄な血を見ないで済む事と同義だ。
総理の顔を見ればその相手とやらが居れば腕試しと称した真剣での殺し合いになると嫌でも分かる。
「怪我をする前はいっぱい言い寄られたけど、怪我をしてからは仲が良かったのはゼロビアぐらいだよ。この世界はそれなりに厳しいから。」
「お前の婿は儂が査定するからな。それなりに実力が無い奴は全員追い返す。お前もそれが嫌なら早く儂よりも強くなれ。」
すると総理の顔が若干緩んだので無駄な死人を出さずに済みそうだ。
しかし、その言葉にアスカ以外は一斉に冷たい視線を総理へと送る。
ただアスカだけはいつもの事なのか諦めたように苦笑いを浮かべていた。
話が終わると俺達は受付に向かった。
朝も少し過ぎて依頼を受ける為に並んでいた人も居なくなったからだ。
そして俺達の前には運がいいのか悪いのか、昨日俺達の対応をしたリディアが可愛らしくチョコンと座っていた。
しかし、受付の花であるその笑顔は俺達が近寄るにつれ枯れていき、今では怯えて涙目となっている。
これでは花ではなく、まるで生まれたての小鹿の様だ。
総理は邪悪にも見える笑みでニヤリと笑うとリディアに死刑宣告を突き付けた。
「お前も連れて行こうかの。数日中には迎えに来るから旅の準備をしておくように。」
「ホェ~~~~~~~!」
そしてギルドの中に可愛らしい雄叫びが響き渡った事は言うまでもなかった。
しかし、彼女は日本に渡って以降、数十年はこの大陸に戻って来た記録はない。
その間、日本で何をしていたかというのはまだ先の話である。
その後、俺達は車に乗り込むと次の町へと向かい車を走らせる。
ただ次の目的地の間には幾つか村があったが軽く立ち寄っただけだ。
通常はそれらの村に宿泊しながら移動するのだが馬車よりも早い移動速度は数日の距離を1日で走破してくれる。
そして村では薬草があればそれと結界石を交換し、無ければ野菜や肉などと交換した。
料理法はメノウが知っているので任せれば交渉も順調に出来てとても助かる。
しかも天使と言う事を証明すればこの世界の人は無条件でメノウを信用してくれた。
どうやらこの世界では天使の信頼がかなり高いようだ。
そして専門的な知識がライラとアリシアなら一般的な知識はメノウが一番になる。
そのため初めて訪れた土地であっても問題らしい事は何も起こらず、穏やかな旅が出来ている。
そして俺達は夕方までには次の町に到着し門番に身分証を見せた。
ちなみに俺達のランクは総理だけがその実力を認められ飛び級でCランクまで上がっている。
俺達はまだ試験を受けていないので全員がFだ。
しかし前の町でゼロビアがこの町の近くに国が定めた高ランクダンジョンがあると言っていた。
だからここなら試験官が何人も常駐しているので必ず試験が受けられるだろうと教えてくれた。
その証拠に周りには冒険者と思われる武装した男達が何人も歩いている。
町も更に大きくなりここは直径で3キロ以上はありそうだ。
人も賑わっており客引きや値段交渉の声がそこら中で飛び交っていて活気がある。
俺達はヘリクスと同様に門の横の支部を通り過ぎて本部へと向かった。
しかし支部を使うのはランクの低い者が殆どの様で時間帯のせいかとても込み合っている。
逆に中央には人は少ないが高ランクの者達が集中しているようだ。
それにレベルも高い様で全員が20を超えている。
一番高い者で35もあるのでかなりの実力者なのだろう。
ここまで人がいると魔物はどうしたのだろうかと思って見ていると発生した直後に町の人たちから袋叩きにされている。
逞しいというか何と言うか。
確かに雑魚の魔物ならあれでも良さそうだ。
そして精霊は人の少ない場所を重点的に警備しているようでマップには裏道などにその反応がある。
それから俺達は人を掻き分けながら進み冒険者ギルド本部に到着した。
そして中に入ると威圧の籠った鋭い視線が集中して飛んで来る。
恐らくこれは一種の洗礼と言うか挨拶の様な物だろう。
この威圧に耐えられない様なら支部に行けと言う事のようだ。
しかし、俺達にはこの程度の威圧に耐えられない者は居ない。
逆にこちらから彼ら以上の威圧を返して圧倒する。
特に総理の威圧が途轍もなく強力で本気の威圧を放つと建物が揺れている様な錯覚を感じた。
そして他の冒険者は誰も目を合わせようとしなくなり歩くだけで道が出来ている。
おそらくこれが前から感じていたスキルを使いこなすと言う事なのだろう。
ただ受付の女の子も怯えているのでもう少し弱めにして欲しかった。
そして俺達がカウンターに到着すると並んでいた冒険者も全員がその場から離れて行った。
別に順番は守る・・・守るよね?
つもりだったので、そこまで怖がらなくても良いだろうに。
しかし、誰も戻って来ないので仕方なくそのまま受付嬢に声を掛けると、彼女は「ひゃい」と舌を噛んでしまった。
きっと空気を和ませるためにワザとやったに違いない。
目は涙目で肩を震わせ、周りの子達は避難する様に席を離れているがきっとそうだ。
そして俺達の前には生贄、じゃなかった。
良心的で真面目な子が取り残された。
彼女は緑の髪に赤い瞳をしたまだ幼さの残る少女だ。
今にも泣きだしそうな顔をしているが必死に俺達の対応をしようと声を掛けて来る。
「よ・・ようこそ。いらっしゃいまひた。ダンジョンの・・町・ナギルタ・・・ギ・ギルド本部へ。今日は・ど・・どう言ったご用件ですか?私は受付の・トリニア・・です。」
凄い噛み噛みだがそれはしょうがないだろう。
威圧を消してもしばらくは影響が体に残るので普通の人ならこれが普通だ。
逆にあの中で意識を保っていた事に称賛を送りたいほどなので後で飴ちゃんでもあげよう。
しかし、さすが高ランクダンジョンがある町のギルド本部の受付嬢だな。
そんな彼女に総理は表情を崩すと好々爺というような顔で返事を返した。
「すまないね~お嬢さん。少し驚かせてしまったようだ。これをあげるから少し落ち着くといい。」
そう言って総理は市販の菓子折りを出した。
入っているのはスタンダードにクッキーやゼリーにパンケーキだ。
総理は箱を開けるとクッキーの袋も開け、それをトリニアに差し出した。
彼女はそれを受け取ると軽く匂いを嗅いで肩の力を抜いた。
「あ、甘い匂いがする。」
そう言ってパクリと少し齧るとその顔に花の様な笑顔が戻りリスの様に食べ始めた。
それを見て総理はもう一つ袋を開けると食べ終わると同時に再び差し出す。
それを何度か繰り返していると他の女性スタッフ達も興味を持ったのか総理の前に集まり始めた。
どうやら俺の飴ちゃん作戦はやる前から総理に崩されてしまった様だ。
「あの、私達も頂いても良いですか?」
「遠慮することは無い。これを渡しておくからみんなで食べなさい。クッキーにはこの蜂蜜も合うから試してみるといい。我が国で取れたハニービーの蜂蜜だ。」
そう言って総理は更に幾つもの菓子折りとそれと共に蜂蜜も取り出して彼女達に渡した。
するとハニービーと聞いて目の色が変わり、それらを食べると至福の表情を浮かべ始めた。
(流石は総理。人の心を掴むのが上手いな。)
その後、落ち着いたスタッフにより業務は滞りなく進められた。
しかし、俺達がギルドカードを出した時に問題が発生してしまう。
「え、Fランク?皆さんギルドに加入したばかりなんですか?」
「ああ、そうなんだ。それで模擬戦をしてランクを変更したいんだけど・・・。」
そう言って俺が周りに目を向けると誰も視線を合わせてくれない。
このままでは模擬戦の相手を見つけるのは不可能だろう。
どうやらこの町では試験官は現役の冒険者に募集を掛ける為、専属でする者はいないそうだ。
このままではFランクのままになってしまう。
そう思っていると上の階から男が一人下りて来た。
「それならこうしよう。ここの高ランクダンジョンに入る許可を出すから何処まで行けるかでランクを決めようじゃないか。」
男は階段を下りきると俺達の前まで来てそれぞれを観察する様に見回して来る。
すると周りの冒険者達は助かったと言った顔になり落ち着きを取り戻しつつある。
「アナタは?」
「私はこの町でギルドマスターをしているトレスだ。通常ダンジョンに入れるのはDランクからだがここにいる連中は全員Cランクはありそうだ。しかし、冒険者は誰もが自己責任で行動している。死んでも後悔するなよ。」
そう言ってギルマスのトレスは俺達に釘を刺しながら受付へと向かって行く。
そしてカウンターの横の扉を潜ると俺達に視線を戻した。
「特別措置だから許可書の発行に少し時間が掛かる。明日までには準備しておくから朝にもう一度ここに来てくれ。細かい事はそこの元Sランク冒険者のアスカにでも聞けば分かるな。」
そう言ってトレスは背中を向けると奥へと消えて行った。
その言葉に反応し周りの冒険者たちがアスカに視線を向けるがすぐに総理からの睨みを貰い視線を逸らす。
どうやら総理のディフェンスは鉄壁と言っていい程に硬いようだ。
俺達はアスカに顔を向けると彼女は「ハハハー」と頭を掻きながら口を開いた。
「まあ、まずは宿に向かいましょうか。話はそこでします。」
そして俺達はアスカの案内で一軒の宿に入った。
たた、ここは異世界の宿というよりは何処となく日本の旅館に近い。
靴は入り口で脱いで入り、横に待機していたスタッフがクリーンの魔法を掛けてくれる。
そして中に入ると廊下は板張りで、フロントには受付の男性が立っていた。
「お久しぶりですねアスカさん。もう来られないかと思ってましたよ。」
「傷が癒えたのよ。それよりもいつもの部屋は空いてる?」
「はい、大丈夫ですよ。それに今日は珍しく団体さんですね。幾つ用意しますか?」
するとアスカは振り向いて周りを見回すと悩む様に口元に指を当てた。
しかし、こういう所では悩まない性格なのか数秒で決断すると部屋割りを告げる。
「幾つがいいかな?・・・それなら男性で一部屋。女性で2部屋かな。それと大浴場は使える?」
「いつでも使えますよ。」
「ここに来てやっぱり正解だったわね。料金はギルドに付けておいて明日ダンジョンに入るから支払いはその後で良い?」
「では、そのようにしておきます。」
そしてアスカは鍵を受け取ると俺達を引き連れて上の階に上がって行った。
既に館内の構造も分かっている様で迷いの無い足取りで部屋へと案内してくれる。
ただ、ここは日本でいう所の高級宿の様な気がする。
ここに来るまでに多少のお金は稼いでいるが、それ以外に持っているのは売るつもりの無い物と食材だけだ。
もし支払い分の料金が稼げなかったらどうするつもりなんだ?
「付けにしても大丈夫なのか?」
「明日はダンジョンの下層までは行く気なんでしょ。それなら大丈夫よ。ここの宿代なら中層の魔物一匹の魔石で一人分だから。それに下層までのマップは私が持ってるから一気に進めるわ。それと早く部屋に入りましょ。ここのダンジョンの説明をするわ。」
俺が気になった事を問いかけるとアスカからは苦笑を返された。
それに何も言っていないのに思っていた事を言い当てられたので考え無しではなさそうだ。
しかし俺達はアスカに案内された部屋に入ると部屋の作りを見て驚きに目を見開いた。
その部屋は床が全て畳になっており本当に日本にある普通の旅館の様だ。
それに面積もかなり広く奥行きは4メートルはあり、横に関しては10メートルはありそうだ。
「ここが男部屋で一番大きな部屋にしたわ。布団は押し入れにあるから寝る時は自分で出すようにしてね。」
男は俺を含めて6人居るのでこれだけ広ければ余裕をもって寝られるだろう。
そんな中でアキトは足元の畳を手で撫でて確認を行っている。
おれも目で見るだけでなく触ってみるが、家にある畳との違いは無い様に思える。
「それにしても驚いたな。まさかこちらに畳があるとは。」
「何でもこの宿を作った先代が考案したらしいわよ。もしかしたら私と同じようにこの世界に来た日本人だったのかもね。お風呂も日本式だから入る時のマナーも同じよ。まあ、それより説明を始めるから座って。」
そして俺達は部屋の隅に積み上げられていた座布団を敷くとアスカの前に腰を下ろす。
それを見てアスカは明日に向かうダンジョンの説明を始めた。




