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42 祖父と孫

アスカは死んだような目をして試験官用の待機室で椅子に座っていた。

目を瞑ると今でもあの裏切られた日の事が鮮明に思い出せる。


それはダンジョン下層での事。

仲間だと思っていたメンバーからの裏切りによりアスカは地面に膝を付いていた。

左足首は毒により紫色に腫れ上がり、スキルによる耐性も意味をなしていない。

仕方なく彼女は膝の上を縛り止血すると毒が回る前にその足を切り落とした。


「あーーーー!」


アスカは自らの小太刀で足を切り離すと涙と鼻水を流しながらも鬼の様な怒りの形相で仲間たちを睨みつける。

そこには睨まれる直前までは下卑た笑みを向けていた男たちが武器を構えていた。


「殺す!例え私がここで死んだとしても私を裏切ったお前らは絶対に殺す!」


すると裏切った仲間4人はそんなアスカに恐怖を感じ一歩下がった。

恐らくは今の彼女が相手だとしても4人の力を合わせても遠く及ばない。

なぜなら彼らは今までアスカに寄生する形で生き残って来たからだ。

しかし、彼らはいつからかそれでは足りなくなっていた。

そして彼らは団結し、寄生するのではなくアスカを従えたいと思うようになっていた。

その為、裏のルートで手に入れた毒を使いアスカを脅し奴隷の契約をさせるはずだったのだ。

そうしなければ彼らは自分たちだけでここから帰る事も出来ない。

しかし、その野望は予想外のアスカの行動により崩壊した。

そして、周囲からは血の匂いを嗅ぎつけた魔物がそこまで近づいて来ている。

それはもうすぐそこまで・・・。


そう、彼らのすぐ後ろまで来ていたのだ。

そして裏切り者4人は後ろから来た魔物に気付く事無くその命を刈り取られ暗いダンジョンの奥に飲み込まれて消えて行った。

しかしそれを見たアスカは剣を杖にして立ち上がると我武者羅に走る。

切り落とした足を囮として放置し、地上を目指して上層へと駆け抜けた。


「ハァ、ハァ、ハァ。死んでたまるか!絶対に地上に戻ってやる!」


そしてその執念が天に通じたのか彼女は地上に帰り着いた。

体はいたる所を魔物に抉られ、足を失った状態だったが出口に待機していたギルド職員の素早い対応のおかげで命を取り留めた。

しかし、治療費は膨大に掛ったため彼女は貯金は使い果たしてしまう。

再び冒険者として活動しようにも足を失い、体に受けた傷が原因で自由が効かない。

恐らくは今の実力はランクB程度だろう。

しかし、ギルドは今までの彼女の貢献と実力から試験官としての道を示した。

これで彼女は一応の生活資金を稼ぐことが出来る様になる。


そこでアスカは目を開けた。

額には玉の汗を流し、目には涙が浮かんでいる。

黒く長い髪を背中に垂らし、美しいであろうその顔には痛々しい傷が残っていた。

そして視力を失った片目には虚しくも虚空を映し出し、そこからは悲しみの涙しか流れていない。

しかし、その虚空の先には常に懐かしい故郷の姿が映し出され、それが更に涙を誘っている。


そんな時、扉をノックする音が聞こえた。

怪我の後遺症により左右で聞こえ方は違うが彼女はノックに対して返事を返す。


「仕事ですか?」


すると扉が開き一人の女性が入って来た。

彼女はアスカがダンジョンから出た時に助けたスタッフの一人だ。

そのためアスカも彼女に対しては信頼を寄せ優しい目を向けている。


「ええ。お願い出来る?」

「大丈夫よゼロビア。給料分は働かないとね。」

「無理はしないのよ。」

「分かってる。」


そしてアスカは立ち上がるとゆっくりと歩き出した。

それを見たゼロビアは扉を開けてゆっくりと歩きながら案内を始める。

もう何度も一緒に歩いているがアスカの容態が改善する兆しはない。

このままだとそう遠くない内にこの仕事も失う事になるだろう。

そうなれば彼女に生きる道はない。

その事がわかっていても彼女に出来るのはアスカをここで雇うように申請する所までだ。

それ以降は上層部が決める事だがギルドは慈善団体ではない。

役に立たない者は時に容赦なく切り捨てられる。

そして訓練場に到着するとまだリディアは来ていないようだ。


「まだ来ていないみたいね。少ししたら来ると思うから待ってましょうか。アスカは座らなくても大丈夫?」


アスカは足を失ってからは義足とは名ばかりの木の棒を足に固定して体を支えている。

しかし厳密に言えば彼女の傷を治す術はあるのだ。

だが、その為の薬はエルフにしか使われる事は無い。

更に言えばそれが使われるのはこの国でも王族と貴族くらいで一般人に使われることは無いのだ。

そして待つ事数分、建物の方から異常とも言える気配が近づいて来た。

これ程の気配はSランクの冒険者ですら放てる者はそういないだろう。

まるで目の前に深層の魔物が群れで現れた様だ。

それを感じたゼロビアは額から汗を流しアスカに目を向けた。


するとアスカはゼロビア以上に冷や汗を流し、目は見開かれ体を震わせている。

その異常な反応に声を掛けようとするとアスカの口から声が洩れた。


源十郎ゲンジュウロウ・・・お爺ちゃん。」


その言葉にゼロビアは前に視線を戻すとそこには不思議な服を着た老人を先頭に先ほど見た者達が練習場に入って来た。

そしてリディアはその更に後ろの優男の後ろに隠れ、震えながら付いて来ている。

だが、それを見てゼロビアは彼女を咎める気にはなれなかった。

これだけの気当たりなのでああやって案内しているだけでも逆に褒めたい位だ。


彼らはこちらまで来ると先頭の老人がアスカに話しかけた。


「アスカよ。儂が誰か分かるな。」

「お爺ちゃ・・・。」


アスカが声を出すと総理は小太刀を叩いた。

その目は鋭く相手を射貫き口ごたえが出来る雰囲気は一瞬もない。


「し、師匠。」

「良し。それで、そのみっともない姿は何じゃ。儂の教えを言ってみろ。」

「常に気を張り周りを欺き、常在戦場の心を持て。」


アスカは今にも枯れそうな声を絞り出し苦しそうに声を漏らした。

その顔も声と同じ様に歪んでいて傷と合わさりとても痛々しく見える。

しかし、師としてのゲンジュウロウは厳しく、叱責は言葉だけでは終わらなかった。


「ならば剣を取れ。まずはその腐った心から叩き直してやろう。」


そう言って総理は真剣を抜き放つとアスカは何も言わず同じように剣を抜いた。

しかし、その顔には恐怖が浮かび歯はカチカチと鳴っている。

それを見てゼロビアは手を広げてアスカの前に立った。


「待ってください。彼女は怪我の後遺症で真剣勝負が出来る様な状態ではありません。どうか剣を引いてください。」


しかし、総理はそんなことお構いなしと前に踏み出した。

するとその体はかすれ、次の瞬間にはゼロビアの後ろでアスカに剣を振り下ろしていた。


「な、何時の間に!」

「秘剣・朧月。それは霞む月の如く。」


しかしその一撃を読んでいたのかアスカは寸前で受け止める事に成功した。

だがその不安定な体はバランスを崩し後ろへと吹き飛んで行く。


「秘剣・射抜き。その長さ槍の如く。」


総理が剣で突きを放つと、間合いの外にいるはずのアスカの肩に刺し傷が生まれ血を吹き出した。

しかし、寸前で体を捻ったので肩で済んだが、そうでなければ心臓を射貫かれていただろう。

既にこれは試合ではなく命懸けの死合へと切り替わっていた。


「縮地・その一歩の前には距離は0になる。」


総理は一瞬で肉薄すると更に攻撃を加える。

その攻撃は鋭さと重さを兼ね備え、今のアスカでは対応しきれず体に傷を刻まれて行く。


「秘剣・桜花。その剣撃は無数の花弁の如く。」


そして今度は無数の剣戟が両手の小太刀から放たれ、その速度は俺の目でも捉えるのがやっとだ。

しかしそんな中でもアスカは戦う意思を目に宿し始め動きが変わって行く。

それは生への執着か、それともやぶれかぶれの開きなおりか。

しかし、そこに先ほどまでの死んだような目は完全に消え失せていた。


「私だってここで遊んでた訳じゃない。天歩、立体駆動」


彼女は叫ぶと片足で空間を蹴ると総理の周囲を高速で移動し攻撃を加えた。

その動きは片足故にぎこちないが、もし体が万全ならSランクだと言うのも頷ける。


「甘いわアスカ!秘剣・桜花乱舞。我が剣界に防げぬ物なし。」

「まだまだ、影分身。」


するとアスカの数が3人に増え攻撃の速度が3倍に跳ね上がる。

しかし、総理はそれを笑い更なる技を繰り出した。


「少しは成長したな。秘剣・明鏡止水。わが心に捕らえられぬ剣は無し。」


そう言って総理は手を止め目を瞑る。

しかし、アスカの攻撃は総理に届かず、全て躱され逸らされてしまう。

それは先ほどの桜花乱舞に比べればあまりにも静かな攻防だがアスカの表情は次第に悪くなっていった。

恐らく体にかなりの負担を掛けて戦っているのだろう。

するとアスカは最後の攻撃に出るのか分身体と共に空高く飛び上った。


「これが今の私の出せる全力の一撃。奥義・天照。」


彼女は剣に魔力を込めると3体同時に振り下ろした。


「中々いい一撃の様じゃ。しかし、お前にはまだこれを教えておらんかったな。よく見ておれ。これが最終奥義秘剣・素戔嗚スサノオじゃ。その剣戟は怒りを糧とし如何なる攻撃をも打ち砕く!」


すると総理の剣がアスカの白い輝きとは逆に黒い光を放つ。

その大きさは小太刀を大剣に変え周囲に暴風を巻き起こした。


「「はあああーーー!」」


そして二人の剣がぶつかった瞬間、総理の剣は一刀でアスカの剣を打ち砕き、二刀目でアスカの左足大腿部の下を綺麗に切り落とした。


「きゃああああーー!!」


その瞬間、血飛沫が舞いアスカはその場に倒れ込んだ。

そして切られた足を強く握り激しい痛みに涙を流す。


それを見てアリシアは大急ぎで駆け寄るとアイテムボックスからポーションを取り出してアスカに飲ませた。

その瞬間彼女は糸が切れた人形のように動かなくなり意識を失ってしまう。

それを見て総理は背中を向けるとアリシアに小声で「感謝する」とだけ伝えた。

その後、試験官の不在と言う事で試験は中止となりアスカは医務室へと運ばれて行った。



数時間後、ポーションが効いたのかアスカは目を覚ました。

しかし、どこか酷い悪夢から目が覚めた時の様な倦怠感と安堵がその体に圧し掛かっている。

すると自分の横には誰かが座っている事に気が付いた。

それは夕方の陽ざしを浴びて赤く染まる自分の祖父であると気付くのに少しの時間を要した。

しかし、その顔は先ほどまでとは違い優しい微笑みに満ちている。

そして腰に小太刀が無いと言う事は今はあの厳しい師匠ではなく祖父であるゲンジュウロウであると言う事だ。

アスカは毛布で顔を半分隠しながら恐る恐る声を掛ける。


「お爺ちゃんはどうしてここに居るの?」

「それは儂が知りたい事じゃ。お前は儂らの世界で3年前に行方不明になっておる。まさかこんな所に居るとは思ってもみんかった。」

「お爺ちゃんもこの世界に迷い込んだの?」


すると総理は首を横に振りその事を否定した。

どうやらこちらで世界融合は一般に知られていないようだ。


「この世界と儂らの世界が融合してのう。儂は少し用事があってこちらの大陸に渡って来たんじゃ。もしお前が帰りたいならこれから儂らに付いて来るといい。海を渡れば日本に帰れる。」


総理の言葉を聞いたアスカは理解が追いつかず口をポカンと開けて放心した。

しかし、理解が出来て来るとその目には次第に涙が浮かび布団にその顔を隠した。

そして、布団の中からは噛み殺したような泣き声が聞こえ総理は立ち上がるとそっと孫であるアスカの頭を撫でた。

しかし、少しするとアスカは急に飛び起き総理にその目を向けた。


「あ、あれ。目が見えるよお爺ちゃん。」

「そりゃ、目は物を見るためにあるんじゃから当たり前じゃろ。」


それと同時にアスカは片手で顔を撫でた。

そこには少し前まで酷い傷が残っており、治療で片耳が塞がっていた所だ。


「両耳も普通に聞こえるんだけど。」

「そりゃあ耳は音を聞くためにあるからな。」


そして今度は両手で髪を掻き分け聴力が一致している事に驚きの顔を浮かべた。

しかし、アスカの驚きはまだここでは終わらなかった。


「ならなんで私の足が生えてるの?」

「そりゃ両足で大地を踏みしめる為じゃろ。」


するとアスカは両手で摩り、失って久しい左足の感触を確かめる。

そして外の夕日に目を向けると再び涙を流した。


「これは夢?それとも、もしかしてここはもうあの世かな?それならお爺ちゃんがいてもおかしくないよね。」

「そうか。ならばその目を覚まさせてやろう。」

「え・・・あ!待って!」


そしてゲンジュウロウは拳を作るとアスカの頭に容赦なく振り下ろした。

直前で何をされそうなのかは気付けたが、それは既に手遅れであり拳は既に放たれた後であった。


『ゴオン』

「いった~~~~い!何するのお爺ちゃん!」

「夢は覚めたか馬鹿孫よ。」


そう言って彼は再び拳を握ると次の拳骨の準備に入った。

それを見て痛む頭を押さえながらアスカは涙目で訴える。


「わかったから!起きてるから!お爺ちゃんの拳骨は本気で痛いんだからね。きっと普通の子が受けると死んじゃうよそれ。」


そして拳を下ろすとドカッと椅子に座り直し腕を組んでアスカに視線を向けた。

どうやら追加の拳骨は回避できたようだが、頭にはくっきりとたんこぶが出来ている。

それをそっと魔法で回復させていると不機嫌そうな声が掛かった。


「馬鹿な事を言っとらんでしばらくは儂らに着いて来い。それと事情は後で聞くから明日の朝にギルドの一階で待ち合わせじゃ。寝過ごしたら再び儂の拳骨が唸ると思え。」

「う~分かりました。今日の内にお世話になった人へ挨拶に行っておきます。」


そしてアスカは再び頭を押さえると涙目で大きく頷いた。

それを見て総理は立ち上がると忘れていた様に二本の小太刀を取り出してアスカに放り投げる。


「お前の剣は折れてしまったからな。これをお前に渡しておく。もっと精進するんじゃぞ。」


するとその小太刀を見てアスカは目を見開き顔を上げた。

それは、祖父からの初めての送り物であり、師から認められた証でもある。


「これ、私の小太刀の夜影ヤカゲ緋影ヒカゲ持っててくれたの。」

「もしもの時があるからな。儂はお前の生存を疑った事は一度もない。その程度にはお前をちゃんと鍛えておいた。それでも、もしお前が誰かの手により殺されたのなら、そいつは儂がその小太刀で殺すつもりじゃった。だからお前と再び会えて儂は嬉しいぞ。」


そう言って総理は背中を向けると足早に部屋を出て行った。

そして部屋の中からは再び泣き声が聞こえて来たが総理はそのまま歩いて部屋から離れて行く。

しかし、その顔には再び怒りの鬼が宿っていた。

彼はゼロビアからアスカがあの様な状況に陥った経緯を聞いていた。

そしてアスカが眠っていた数時間で全ての線を繋げていたのだ。

総理は密かにユウに打ち込まれていた毒針を回収していた。

そして、アスカが救出された時に彼女の体に残る微量の毒の調査結果との比較から同種の物である事実を既に掴んでいた。

これは生産に特化したライラが居たからこそ判明した事だがその事実に怒らない男ではない。


総理にとってアスカは可愛い孫にして弟子。

そして彼の剣を引き継ぐ貴重で唯一の後継者だった。

恐らく今の彼がスサノオを放てばドラゴンの首すら一撃で切り落とす事だろう。

それ程の怒りが彼の胸中に渦巻いていた。


そしてこの瞬間から彼にとって今回の黒幕は完全に敵と認定された。

どこまでするかはまだ決めてはいないが血を見ずに解決する事は絶対にない。

気まぐれで付いて来た旅だが、ある意味で幸運とも呼べる再会を果たし彼の目的は完全に変更されていた。

そして彼らの下には勇者の運命に導かれるように更なるトラブルが訪れるのだった。

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[一言] 総理の孫が行方不明とかになったら大騒ぎになってそうだけど、主人公知らないのかな?
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