41 エルフの国 町に到着
朝になって目を覚ました俺達は1階に下りて食事を取っている。
メニューはビスケットのような硬いパンと野菜のスープ。
それと新鮮な生野菜だ。
野菜には滅菌の魔法を掛けると食中毒の心配がなくなるので日本でなくても安全に食べる事が出来る。
例え食中毒になっても俺達にはライラがいるのでその場で治す事も可能だ。
最初にライラと会った時は少し心配もあったが俺も染まったものだと実感する。
味はそれなりだがやはり日頃の食事に慣れている俺達には物足りないのは仕方がない。
まるで初めてメノウが作ってくれた朝食に似てはいるがあの時の食事の方が美味しかった。
ただあの時は美味しい肉が沢山入っていたので出汁の問題だろう。
そして食事を終えた俺達はそのまま宿を出て冒険者ギルドへと向かう。
すると中に入りカウンターを見ると既にクラクが座っており俺達を待っていた。
「ギルドカードは出来てますよ。それとこれが皆さんの紹介状です。次の町に行った時に試験を受けてください。」
「分かった。急に来てこの人数の仕事は大変だっただろ。」
「ははは、これも仕事ですから。」
昨日の夜は村を挙げての宴会となったがクラクはここでずっとギルドカードを作る作業をしてくれていた。
途中で色々な人が料理の差し入れをしていたが、アルコール類は一つも飲んでいない。
見た目は軽い感じで不真面目そうだが、仕事は真面目にこなす人物のようだ。
そしてクラクは笑いながら俺達にギルドカードを手渡し、それと同時に紹介状も渡してくれる。
「今はランクFですが試験を受ければCかDまではランクを上げることが出来ます。ただ、BとAは実力があってもダンジョンを使った試験が必要となるので再度試験を受ける事になります。」
この様子だと冒険者ギルドは実力主義の組織なのだろう。
しかし、そのおかげでランク自体はすぐにあげられそうだ。
それに俺達も調査の為に色々な依頼を受けたくてランクを上げたいだけで、最高ランクでありドラゴンとも戦えるSSランクを目指している訳では無い。
ドラゴンはこちら側の世界ではトップクラスの強さを持つ種族らしいので今は流石に敵わないだろう。
「そう言えばギルドはどんな物なら買ってくれるんだ?」
「ギルドでは素材の他にも魔石も買い取っています。ゴブリンやコボルトの魔石は安いですがオークからはそれなりの値段で買い取っていますよ。1つで一人分の宿代にはなるでしょうからもし実力があるようなら討伐してみてください。」
俺はそれを聞いてオークの魔石にそれほどの価値がある事に驚きを感じた。
あんな雑魚でも少しは何かの役に立つのだろうか。
ちなみにその程度の魔石で良いなら俺のアイテムボックスには数百個は入っている。
これならしばらく宿代には困らないだろう。
しかし強敵が居る事を心配していたが、もしかしたらこちらの世界にも高レベルの人間は少ないのかもしれない。
ダンジョンが近くにある町は別かもしれないが少しは安心して進めそうだ。
「分かった。それじゃ俺達は次の町に向かう。世話になったな。」
「いえ、私も驚きましたが良い経験でした。良ければまた会いたいものです。」
するとその言葉に総理がピクリと反応しているので既に引き抜きを考えているのだろう。
帰りに寄るようなら声を掛けてみよう。
そして俺達が外に出ると昨日の様に村人が集まっていた。
するとその中から村長が前に出て来ると代表して挨拶をして来た。
「この度はどうもありがとうございました。」
そう言って頭を下げて来るが俺達にも大きな収穫がある。
精霊石には一つだけ精霊の加護を宿らせることが出来るとアリシアが言っていた。
それで俺は精霊石に矢避けの加護を付与する予定だ。
俺達の世界には長距離の狙撃もあるのでそれだけでもかなり有効な加護になる。
加護の付与は車が移動している時にアリシアがしてくれるそうだ。
出来上がれば皆には配って身に着けてもらう予定だ。
「俺達も今回は良い取引だった。次に会う時があればまた酒でも飲もう。」
「その時は歓迎いたします。」
そして俺達は握手を交わして村を出て行った。
総理も今回の出会いには満足している様で色々と呟いていたので何か考えがあるのだろう。
それにこの村は日本から見ると一番こちら側で近い場所になる。
ここでしか手に入らない物も幾つかあり、海からも近いので最初の交易相手にでもするつもりなんだろう。
そして今日も車を走らせ街道を進み、その間に後ろではアリシアが5つの精霊石を取り出して付与を始めた。
何度か見ているので分かるがまずは精霊を召喚するのだろう。
しかし、なぜかその横には大量の魔石が準備してありいつもと様子が違う。
家でする時は魔石を準備しても1つか2つなのでいったい何を召喚するつもりなんだろうか?
そして周りも同じように感じている中でアリシアは召喚の為に言葉を紡ぎ始めた。
「我は古の血を受け継ぎし者なり。風の精霊王よ、我が声に答え顕現せよ。」
するとアリシアの前に空気が凝縮され始め激しい風が車内を駆け巡る。
それと同時に横にある魔石が消費され輝きを放ちながら消えていった。
そして魔力も急激に消費しているのかその顔には疲労が見え始める。
するとアリシアの前にある空気の塊が光り輝きそこに小さな妖精が現れた。
その姿は背中に羽を生やし背中の開いた緑の服を着ている。
しかし、その身から発せられる気配は今まで感じた何者よりも大きいく、呼びかけに応えて現れたのなら彼女が風の精霊王なのは間違いない。
「私を呼んだのはあなたね。でも、無理をしちゃダメよ。失敗すればその命を失っていたかもしれないのよ。」
「仲間の命が掛かっているのです。これ位はどうって事はありません。」
しかし周りは精霊王が告げた衝撃の言葉に驚いた顔でアリシアを見詰めている。
そしてそれを示す様にアリシアの顔色は悪く息も浅く早い。
目も細められ今にも意識を失いそうな程に弱りきっていた。
ライラはそれを見て魔法で回復させながらポーションの瓶を開けてそれを口元に運んで飲ませている。
魔力自体はそれ程回復しないが、魔力消費による負担で削られた体力は戻って来る。
アリシアは回復させてもらいながらポーションを飲んで一息つくと落ち着いた目を精霊王に向けた。
すると精霊王は周りを見てメノウに視線を止め、更に俺にも視線を向ける
しかしすぐにアリシアに顔を向けると小さく溜息を零した。
「あなたの事情は何処となく理解したわ。従者としてその心意気に免じて加護を与えます。」
「ありがとうございます。」
「でも今回は大サービスよ。もし再び私以外の精霊王クラスを呼ぶならもっと自身を鍛えてからにしなさい。そうしないと本当に死んでしまうわよ。」
「御忠告に感謝します。」
「は~・・・本当に分かってるのかしら。」
そして精霊王はアリシアの手から精霊石を二つだけ受け取ると光へと変え、それがメノウ以外の俺達5人に向かいその身に宿った。
どうやらアイテムではなく、能力として身に付いたようだ
「あなた達には私の加護を与えました。矢避けの加護はもちろん魔法にも補正が掛かります。それとあなたにはこれを。」
そう言って精霊王はアリシアの顔に近寄りその頬にキスをした。
するとアリシアと精霊王との間に光の筋が生まれ、魔力が大幅に膨れ上がった。
「こでれ私との間にパスが繋がったわ。もし再び私を召喚する時は今回よりも楽になるはずよ。それにあなたなら残りの精霊王との契約も可能かもしれなわ。それに我らの母なる最古の精霊ともね。」
「そうなれる様に今後も努力します。」
「そうしてちょうだい。それともし困った事があれば私を呼びなさい。いつでも力になってあげる。」
そう言って現れた時とは違い微風の様に窓から出て何処かへと飛んで行った。
しかし、彼女は帰った訳ではなかく、場所を移動しただけである。
彼女はそのまま後ろを走るアキトの車へと向かい中へと入るとアキトの前に腰を下ろした。
アキトは運転しながら驚愕に目を見開き精霊王を無言で凝視する。
「・・・・・。」
「こちらの勇者は普通ね。」
「お前は何だ?」
「あら、ごめんなさい。私は風の精霊王。アリシアに召喚されて勇者に加護を与えに来たの。上質な精霊石のおかげであなた達にも加護を与えられるけどどうする。加護の内容は矢避けと風の魔法の威力上昇よ。」
アキトは相手の話を聞いて一瞬後ろへと視線を向ける。
今はまだアキトが勇者である事は伏せており、今後も話す機会があるかはまだ分かっていない。
しかし、力があるなら仲間が死ぬ可能性が低くなるのも確かである。
そしてアキトは結論を出して精霊王に頷いた。
「貰えるなら貰っておきたい。俺も仲間には死なれたくないからな。」
「分かったわ。それなら皆にも加護を与えるわね。」
すると精霊王は総理も含めて全員に加護を与えてしまった。
相手の指定はしなかったがまさか総理まで含まれるとは想定外だ。
しかし害になる訳ではないので問題は無いだろう。
皆にはユウ達も含めて後で話をしておこう。
そして気が付くと目の前にいた精霊王の姿は風に吹かれるように消えていた。
その後、俺達は昼まで走った頃に目的の町へと到着したがそこには3メートル程の城壁が築かれ門前には鎧を着た兵士が待機している。
大きさもかなりあるようで町の広さは直径2キロはあるだろう。
入り口は四方へと等間隔に4つあり、俺達はその1つへと向かっている
しかし俺の住んでいる町なら主要な所が丸々入りそうな大きさだ。
俺達は門の前まで移動して車をアイテムボックスに収納すると入り口へと向かって行った。
すると門兵の1人が朗らかな顔でこちらへと声を掛けて来た
「ようこそ。ここは辺境の町、ヘリクスです。身分証を見せてもらえますか?」
その言葉に俺達は手に入れたばかりのギルド証を取り出し提示する。
それを門番は軽く確認すると頷いて俺達の確認を終えた。
どうやらランクは関係ない様で、呆気ない程にすんなりと通る事が出来そうだ。
「確認しました。どうぞお通りください。」
「ありがとう。それでちょっと聞きたいんだが。」
俺はギルド証を受け取るとそれを仕舞って門番に冒険者ギルドの場所が何処なのかを問いかけた。
やはり初めての場所は土地勘が無いので良く知っていそうな人物に尋ねるのが一番だろう。
「冒険者ギルドに行かれるならこの町は各入口のすぐ傍に支部があります。本部は少し遠いですが町の中央付近にありますよ。」
「分かりました。それなら町の中心の本部に行ってみるよ。」
俺は礼を言って丁寧な対応の門番と別れ町へと入って行った。
そしてまずは支部の前を通って様子を目にしたがその規模は小さくて村とそれほど変わらないようだ。
中にいる人間も2人と少ないのでおそらく模擬戦をするには本部まで行かなければならないだろう。
そのため俺達は門番に言ったように支部には寄らず、そのまま本部へと向っている。
場所は俺のスキルが進化した事である程度だが検索が出来る様になっっているのでなんとか発見する事が出来た。
そして俺達は町を歩きながら周りを観察するとここにもやはり結界は1つも張られていない。
そして周りには村と同じように土の精霊が歩き回り町を警備していたのでここでもやはり魔物が湧くようだ。
そして、俺達は目的の場所に到着するとその建物を見上げた。
その大きさは今までの支部の10倍以上はあり比べるのも可哀そうなほどに立派な作りをしている。
悪く言えば今までの支部は木造りで小さすぎた気もするが、この本部は頑丈な石造りで3階建ての豪華な建物だ。
本部というのに相応しい重厚な作りだと感じる。
更に裏には修練場もあるようで大きく開けた空き地が広がっている。
俺達は入り口にある立派な扉を開けて中に入ると周囲を見回した。
入って正面には大きく開いたスペースがあり、その向こうに受付がある。
左手側には飲食店が併設されており、右手側には大きなボードに依頼が張られているようだ。
どうやら昼と言う事もあり飲食店にいるのはギルドのスタッフなのだろう。
みんな同じ様な服装をしており事務員の様な印象を受ける。
そして受付にも女性が待機しているがたった一人で座り人が来るのを待っているようだ。
だが、これは別に押し付けられているとかではなさそうだ。
俺達が大勢で来た事を確認すると何人かの職員は食事を中断して立ち上がりカウンターに向かっている。
恐らく当番制の様にして休憩時間をずらしているのだろう。
俺達がそのままカウンターの女性の前に行くと笑顔で声を掛けて来た。
「ようこそ。ヘリクス・ギルド本部へ。私は受付のリディアです。今日はどのようなご用件でしょうか?」
リディアと名乗った少女の年は10代半ばの姿に髪と目は青色。
身長も140センチ程度と小さく幼い顔立ちだがその耳は長く尖っておりエルフの様だ。
そして俺達はその問いに答える様に紹介状を取り出しカウンターに並べた。
唯一出さなかったのは総理だけだがこの人は俺達とは違う。
それに彼は戦いが本業では無いのでここに参加する意味は無いだろう。
俺達も面白い依頼を受けたいが為にランクを上げようとしているので半分は遊びの様なものだ。
そして取り出した手紙に目を通したリディアは後ろに控えているスタッフに声を掛けた。
「どうやらこちらの方々はランク決めの模擬戦を希望されているようです。今日は誰か試験官が待機していますか?」
聞かれたスタッフは額に手を当て少し考え込むと大きく溜息を吐いた。
その様子からあまり良い試験官では無いのかもしれない。
出来れば世紀末覇王みたいなのだけは勘弁してもらいたい。
「1人居るわ。でもあの子は・・・。」
「あの子?」
そう言ってリディアは、可愛らしく首を傾げて問いかけた。
彼女はここの仕事を始めて日が浅いのか、試験官の事まで把握していないようだ。
「あなたはまだここに入って間もないから知らないのね。元S級冒険者の神楽坂 明日香さんよ。数年前にいきなり現れて一気にS級まで上がったけど仲間の裏切りと事故で片足を失ってそれ以来ここで試験官をしているの。」
するとリディアは今にも泣きそうな目でそのスタッフを見つめた。
どうやら感情移入しやすい子の様だ。
「そんな顔しないのよ。変わり者だけど目は確かだから。一応連れて来るから裏の訓練場で待っていてもらって。」
そう言ってスタッフの女性は奥へと消えて行ったのでその人物を呼びに行ったのだろう。
しかし、この世界にも日本人の様な名前の人が居るんだな。
そしてリディアはカウンターに戻ると声を掛けようとして目の前にもう一つ封筒があるのを発見した。
「あれ、取り忘れかな。」
しかし、それはさっき唯一手紙を出さなかった総理の物だ。
どんな風の吹き回しかは知らないが、試験官の名前を聞いた途端に手紙をカウンターへと出していた。
リディアはそれも回収し、中も確認する事無くユウ達に声を掛けた。
「それでは試験官が来ますのでこちらに来てください。模擬戦は裏の訓練場で行います。」
「ちょいと良いか?」
「はい、何でしょうか?」
すると総理は案内を始めようとしているリディアに声を掛けた。
「すまないが着替えたいので更衣室はあるかな?」
「あ、はい。こちらにどうぞ。」
そしてリディアは総理の服装を見ると納得し更衣室へと案内して行った。
そして中に入ると総理は今まで着ていたスーツを脱ぎ捨て体が露わになるがその肉体は老人の物ではなかった。
今まで細く見えていたのは極限まで筋肉を絞り込んでいたからで無駄な脂肪は1グラムもない。
そしてその体は老人とは思えない程の生気に溢れ今にも爆発しそうである。
総理は甚平に着替えると篭手と脛当てを付け頭には布を巻いた。
そして、腰には小太刀を二本下げて姿を現した。
しかしそこに居るのは俺達が知っている今までの総理ではない。
目は鬼の様に鋭くなり体からは闘気を漲らせている。
その余りの変わりようにリディアは金縛りの様に動けなくなり、自然と喉から「ヒ」と悲鳴が洩れた。
俺はそれを見て前に出るとリディアの視界を背中で遮り自然と漏れ出ていた威圧を防いでやる。
それでリディアは金縛りが解けてその場に座り込んだが体の震えが止まることは無い。
「二刀の小太刀と言う事は二刀流ですか?」
「儂の家は代々、小太刀二刀流の剣術を継承しておる。儂は13代目師範。二刀流スキルのレベルは9だ。」
どうやらこの総理はかなりの実力者だったようだ。
そして、今まで弱そうにしていたのは全てが擬態。
そのため、所々で見せていた鋭い行動こそが彼の本性だったと言う訳か。
この様子だと俺が思っていた以上の狸だったみたいだな。
「それで、本性を出したのは何故ですか?」
「それは見ていれば分る。おそらくアキトは気付いているだろうがな。それよりも今の時点で気付かんとは・・・ユウは儂の名前を知らんな。」
・・・実はその通りであった。
呼ぶ時は総理で通用するし彼が総理を止めた後は面倒なので元総理とでも呼ぼうと考えていた。
興味が無かったのが一番の理由だがこんな事で気付かれるとは俺も予想していなかった。
なのでここは笑ってやり過ごすしかない。
「笑っても無駄じゃ。・・・まあ、最近体が訛っているからな。少し稽古に付き合え。それで勘弁してやる。」
そして震えが収まりやっと立ち上がったリディアはそのまま走り去り、すぐ横にあるトイレへと駆けこんだ。
恐らくあまりの緊張に我慢が出来なくなったのだろう。
トイレの中から「フィエ~~~~」と言う叫びが聞こえるが漏らしたのではない事を祈ろう。
そして少し遅れて俺達は訓練場へと向かう事になった。




