40 エルフの追手
その日の夜、ライラは宴を楽しんでいた。
こちらの世界であまり良い思い出の無い彼女としては新鮮な感覚だ。
しかし、それもユウの傍でその心を癒したからこうして楽しむ事が出来る
その事に感謝しながらライラはユウを探していた。
しかし、その姿は何処にもなく、よく見れば自衛隊である5人と総理の姿も無い。
ライラはそれに気付くとメノウの許に向かった。
「メノウ、ユウ達は何処かに行ったの?」
するとメノウは食事の手を止めるとライラに視線を向ける。
その顔には笑顔が浮かんでいるが、出てきた言葉はあまり平和的な物ではなかった。
「ユウさんなら海岸で待ち伏せしていた者達が追って来たので話をしに行きましたよ。」
しかしそれを聞いたライラは納得すると呆気なく宴へと戻って行った。
彼女の胸には不安や心配などの感情はなく信頼のみで満たされている。
それを感じたメノウは同じように再び食事に戻って行った。
そしてここは村から少し離れた街道である。
そこではユウと総理、そしてアキトが道の真ん中で追手を待っていた。
その他の者はバックアップに回るため近くの茂みや木の裏に潜伏し、何時でも攻撃可能な体勢になっている。
そして暫くすると前方から20人の覆面を付けたエルフが現れた。
「お前ら止まれ!」
俺は威圧を放つとこちらに向かって来た奴等の足を止めさせる。
そして威圧を受けた彼らは体を硬直させ完全にその場で立ち尽くして動かなくなった。
それにより周囲への注意が散漫になりこちらだけに視線が集中する。
俺は威圧を弱めながら今度は挑発を使い敵の意識を自分から離れられなくした。
そんな中で総理は一人で前に出ると彼らに向かって声を掛けた。
今なら最初に比べて威圧も弱まっているので会話が可能なはずだ。
「君たちの目的は何か教えてくれないか?」
しかし、覆面を付けた者達の反応は返って来ない。
すると総理は一人で返事が返って来ないと知りながらも話を進めた。
「君たちの行動を見るに狙いはアリシアさんの命かな。彼女の兄か姉から命令でも受けたのだろう。」
すると真ん中に立つ男の目元がピクリと反応する。
総理には見えないがそれを見逃す俺とアキトではない。
すると覆面の中から一人が前に出て初めて声を出した。
「そうだと言ったらどうなる。それにあの村になぜ結界が張られている。あれはあの程度の村にあって良い物ではない。何処で手に入れた。」
「どうするも何も帰って来いと手紙を寄こしたのはそちらだろう。それを邪魔する者は叩いて潰す。ちなみに我が国には結界石の製造が可能な人材がいるとだけ言っておこう。」
すると男はニヤリと目を細めた。
どうやらその人材に心当たりがあるようだ。
「そうか、どこかで見た事があると思っていたがお前達の中にいた女。アイツは結界石の件で懸賞金を掛けていた女だな。ここ数年、目撃情報が無かったから死んだと思っていたが生きていたのか。」
そしてここで総理に変わり俺が前に出た。
しかし今は顔に笑みを張り付けているがその心中は既に爆発寸前になっている。
どうやら、さっきしたばかりの覚悟がさっそく役に立つ時が来たようだ。
「ライラの事を知っているようだな。」
『尋問を習得しました。』
『尋問のレベルがに2に上昇しました。』
『尋問のレベルがに3に上昇しました。』
『尋問のレベルがに4に上昇しました。』
『尋問のレベルがに5に上昇しました。』
「当然だ。我らはもう少しで奴を捕らえる寸前まで行ったんだからな。捕らえた後は結界石の情報以外の知識も全て聞き出す予定だった。あの女には利用価値があるからな。」
「利用価値だと・・・。」
「その通りだ。薬、拷問、隷属。何を使ったとしても廃人になるまで情報を吐かせるつもりだった。あの時は期待していた拷問官も残念がっていたよ。」
すると俺の後ろに居た総理はヤレヤレと首を振り、アキトは怒りに目を細めている。
しかし、一番心穏やかでないのは今も俺と話している男の方だろう。
その心中は「何故俺はこんなにペラペラ喋っているんだ」と思っているはずだ。
「そうか。それで、お前らはこれからどうするんだ。」
「こ、これから村に向かい・・、アリシア王女を殺して死体を回収する。ライラという女は連れ帰り城の地下にある我ら暗部の本部で拷問を行う手筈だ。村は結界石を回収後に皆殺しだ。第一王子セドリアス様もお許しになるだろう。」
どうやらその第一王子セドリアスとかいう奴が今回の件の黒幕と見て間違いないだろう。
その周りにもゴミやクズ共が集まっている様だが、これは大掃除が大変そうだ。
それにこれだけ聞けばもうこの男達には用はない。
次は黒幕に直接聞けば良いのだからな。
言っておくが家の恨みと俺の家族に手を出した罪は重いと知れ!
そして俺が下がると同時に銃撃音が轟いた。
その瞬間、覆面の男達の中で4人の体が砕かれミンチへと変わる。
「な、何が起きた。」
「分りません。状況から敵の攻撃としか。」
「全員密集隊形。攻撃に備えろ。」
しかし、その判断は大きく間違っている。
大口径での攻撃は貫通力があるのでそれを知っていれば逆に分散するのが正解だ。
しかし、この世界では逆で密集すれば白魔法にある障壁を複数枚重ねて強力な壁を作り出すことが出来る。
しかし、それは攻撃に耐えられればの話でその戦法を取る事も既に計算に含まれている。
そして彼らに向けて構えられている対戦車ライフルからすれば紙にも等しい障害にしかならない。
そして次の発砲により10人がミンチに変えられた。
それを見ていた者が初めて何かによる狙撃だと気付く。
「隊長、狙撃の可能性があります。攻撃手段は分かりませんが何かが飛んで来ている様です。」
「クソ、密集陣形が裏目に出たか。矢避けの加護を張れ。」
すると後ろにいた残りの5人の内の一人が風の精霊を召喚し矢避けの加護を展開した。
しかし次の瞬間、精霊を召喚した男は胴体の半分を砕かれて絶命し地面に倒れた。
「な、なぜ加護が効かない!?」
男は加護が効いていないと勘違いしているが実際に加護は効いている。
その証拠に他の者は体の中心に命中して完全に上半身を砕かれているのにこの男だけは半身で済んでいる。
それでも逸らしきれなかった銃弾に半身を砕かれているが。
すると命令を出していた覆面の男が俺に目を向けると声を荒げた。
「卑怯者め。お前も戦士なら正面から戦え。」
「は?殺し合いの最中にお前は何を言ってるんだ?」
この言葉はあまりにも一方的な言いがかりに過ぎない。
それにコイツ等の様子から日頃から毒殺、暗殺、騙し討ちなど、そういった手段を好んで使っているのだろう
そんな奴等がここで騎士道を訴えても、笑いしか浮かんで来ない。
しかし、そんな奴の言葉でも俺は応える為に刀を抜いた。
但し、応えるべき相手はコイツではなく俺が護りたい者達。
そして、俺が抱いている感情と覚悟に対してだ。
「なら掛かって来い。」
すると俺の言葉に覆面の男たちは決死の覚悟を目に宿して剣を抜いた。
しかし、彼らの生き残りは既に5人まで減っていて、ここまで走り体にも疲労が溜まっている。
もしここを生き残る手段があるなら目の前の俺を殺し、その後ろに居る総理を人質に取らなければならないだろう。
すると奴等の一人が手元に暗器の一つである毒針を握り込んだ。
その男は風の魔法を使いまるでニードルガンの様に毒針を打ち出して飛ばして来る。
それを受けた俺は腕にチクリと痛みが走った。
そして腕を確認するとそこは紫色に腫れあがり、それは次第に広がって体を侵食している。
「ハハハ!掛ったな。その毒は我らが開発した特殊な毒だ。耐性スキルも魔法も効かず我らが開発した解毒薬でしか治らん。助かりたければ我々を見逃せ。」
俺はそれを聞くと男に冷たい目を向けた。
騙されたのはまだ仕方ない。
それは自分の甘さが招いた事だ。
しかし、この薬を開発するためにどれだけの命を犠牲にしたのか。
そう思うだけで俺の中に怒りが湧き怒って来るのを感じる。
『毒耐性のレベルが9に上昇しました。』
『毒耐性のレベルが10に上昇しました。』
『毒耐性は毒無効に進化しました。無効スキルなため、レベルはありません。』
その瞬間、毒に侵されていた腕が元に戻り正常な状態へと回復する。
それを見て覆面の男は驚愕し冷や汗を流した。
「き、貴様。それは何だ。なぜ毒が効かん。お、お前は何者だ!?」
俺は表情を消して剣を手にゆっくりと男達に近寄って行く。
そして剣を構えると静かに言葉を口にした。
「只の一般市民だよ。ただ、お前らよりも強いだけだ。」
その言葉と同時に俺の刀は魔装に覆われた。
ハッキリ言ってここまでは必要が無いのは分かっているが、コイツ等には全力の攻撃を放たなければ気が済まない。
『魔装のレベルが6に上昇しました。』
『魔装のレベルが7に上昇しました。』
『魔装のレベルが8に上昇しました。』
『魔装のレベルが9に上昇しました。』
『魔装のレベルが10に上昇しました。』
そして魔装により刀身を伸ばすとそれを全力で一閃した。
『身体強化・改のレベルが4に上昇しました。』
『身体強化・改のレベルが5に上昇しました。』
『身体強化・改のレベルが6に上昇しました。』
『身体強化・改のレベルが7に上昇しました。』
その結果、彼らは死んだ事に気付く事無く首から上を切り離されて絶命した。
俺はこの時に初めて人を殺したがまるで実感が無く、気分としてはゴブリンを殺した時と大差ない。
これならコボルトを殺した時の方がまだ罪悪感が大きいだろう。
ただ俺にとっては奴等がその程度の存在だったと言う事だろう。
それを見てアキトは何も言わず総理はこんな俺を見ても満足そうに頷いている。
しかし、おそらく俺が動かなければアキトが代わりに始末していただろう。
狙われていたのが俺の家族だから譲ってくれたが、そうでなければこちらの出る幕は無かった。
そして俺達は目的を達成しそのまま村に向かい歩き出した。
少し先に行けばヒムロたちがハマーに乗り既に待機している。
そして車に乗り込むと揃って村へと帰って行った。
そして村に帰るとそこにはライラとアリシアが並んで俺の帰りを待ってくれていた。
どうやら先ほどの銃声はここまで聞こえていたようだ。
「お帰りなさい。大丈夫?」
「・・・ごめんな、『パチン!』痛!」
そしてライラは心配そうに声を掛けて来たがアリシアは開口一番に謝罪を口にしようとした。
しかし、最後までは言わせずにデコピンを炸裂させる。
それでアリシアは言葉を止め、涙目で額を押さえながら俺の顔を見上げた。
「・・・痛いです。」
「そうか。でも、謝らないぞ。」
俺は別に今の状況を誤って欲しいと思った事は一度もない。
だから別の期待を目に宿して見詰めるとアリシアはそれを感じ取り言葉を変えて言い直してくれた。
「その・・・お帰りなさい。それと・・・ありがとうございます。」
俺は聞きたかった言葉を聞くとアリシアの頭を撫でながら優しく微笑んだ。
それを見て間違っていたのは自分だと分かってくれた様で笑顔を浮かべて胸に顔を埋めて来る。
「今回の戦いはもうお前だけの物じゃない。だから俺の事はあまり気にするな。」
「はい。なら最後まで責任を取ってください。」
すると撫でていた手がピタリと止まるが、アリシアは逃がさないために背中に腕を回してきた。
そして幼い顔に妖艶な笑みを浮かべると念を押す様に言葉を繰り返した。
「取ってくださいね。」
そして力強く問いかけるアリシアに俺は視線を逸らしライラに顔を向ける。
しかし、彼女はヤレヤレと首を横に振ると村に戻って行ってしまい助けてくれないようだ。
そして周りを見れば既に他の皆も歩き出し俺達を置き去りにして行ってしまった。
すると遠くを歩くフウカとミズキの声が強化された耳へと聞こえて来る。
「今夜はやけに熱いですね。このリア充め!」
「馬に蹴られない内に早く日本に帰らないとね。ケッ、リア充爆発しろ!」
そう言い残し誰も振り返らないまま見えなくなった。
そして胸の中には今も不動を貫きニコニコしているアリシアの姿がある。
しかし、俺はここ最近の事を思い出し、観念して首を縦に振って答えた。
「お前も俺の家族になるか?」
「はい!喜んで!」
その瞬間、アリシアの喜びは最高潮に達し、夜なのに顔に光が差した様に見えた。
どうやら誰かがライトの魔法で上から照らしているようだ。
よく見ると草の影に何時も目にするメイド服が覗いている。
どうやら言質を取られた上、証人まで作られてしまったようだ。
そしてアリシアは長い戦いを終えて俺という城を陥落させた事への喜びに打ち震えている。
しかし、俺の戦いはこれからなので気を引き締めないといけないだろう。
(まあ、結婚を約束した訳じゃないから死亡フラグにはならないかな?)
それに今回は婚約を飛び越えて既に家族となっている。
指輪などは交わしていないが、そんな物が無くても心だけは深く繋がった気がする。
しかし、ここは結界内と言っても村の外で道のド真ん中なのでそろそろ中に入る為にアリシアを胸から引き剥がした。
「あ・・・。」
すると彼女の口から寂しそうな声が洩れて耳に聞こえて来る。
その顔もなんだか迷子の子供みたいになっているので本当に泣き出さない内に片腕を差し出した。
それにアリシアは嬉しそうに抱き付くとさっきまでの表情が嘘のように消えて笑顔が戻って来る。
「実は以前からハルがイソさんの腕を取っているのが羨ましかったんです。」
「そうか。それじゃ中に戻るまで繋いでようか。」
「はい!」
そう言って歩き出すと俺は隠れて居るメノウにも声を掛ける。
さすがにこのまま築かないフリをして放置するのはかわいそうだろう。
それにああやってあからさまな痕跡を見せていると言う事は、適当な所で声を掛けて欲しいからに違いない。
「メノウもふざけてないで戻るぞ。明日は早いからな。」
「畏まりました。ダ・ン・ナ・サ・マ!」
しかし、俺の心遣いはメノウの余計な一言によって完全に粉砕された。
そしてその何処か強調された言葉に俺は溜息をつくとアリシアへと視線を落とす。
しかし、彼女の幸せそうな顔を見ると俺も覚悟を決めるしかなく苦笑を浮かべる。
そして明日に備えるために宿へと帰って行った。
ちなみに、このまま部屋に一緒に入ると肉食獣に襲われそうなのでちゃんと部屋には送り届けたが廊下で別れている。
別れ際にちょっと舌打ちが聞こえた気がしたが、流石に先に付き合っていたライラを差し置いてそこまで行くと愛想を尽かされてしまいそうだ。
それでも今のアリシアにはさっきまでの沈んだ様子はなく、家で畑仕事をしていた時の様な活力が伝わって来る。
そう言えばこれからアリシアの実家に帰るなら挨拶をする必要があるのではないだろうか。
母親とは死別したとは聞いているが父親は国王らしいので生きているだろう。
もしかするとアリシアもお姫様なら既に許嫁や婚約者が居るかもしれない。
少し前まではなるべく触れないで置いたのに今ではそれが裏目に出てしまった。
もしアリシアを賭けて決闘になったら・・・。
その時は相手の男をぶっ飛ばしてアリシアを連れて帰ろう。
そして俺はこの国に来た目的を増やすと安住の地である男部屋へと戻って行った。




