4 買い物
俺達はまず全国大手服屋の白黒に向かった。
そこでこれからの事を考えた服を購入するつもりだ。
そのため女性二人には選ぶ服を限定してもらい、丈夫な生地を指定しスカートは却下させてもらった。
今後も俺と一緒に行動するならこれから戦いに向かうことも増えるのでこれは仕方がない。
もし、余裕ができてまだ店が存続しているようならその時に買いに来ればいいだろう。
まあ、現在最大の問題はアヤネが下着を着けていないことなのだが。
「ユウさん下がスース―します。」
「ならそれだけ先に買ってくるといいよ。」
なんだかアヤネは言わなくていいことまで言ってくるので、俺でなければ勘違いして誘っていると思われそうだ。
これが天然という奴なのかもしれないが今までの人生では周りに居なかったタイプになる。
これから一緒に暮らしていくことになるので俺自身も注意しなければならないだろう。
家に帰ってから話し合いを行い共同生活をするうえで必要なルールを決めることにしよう。
「はい、すぐに行ってきます。」
「転ばないように注意しろよ。」
「もう~!子供じゃないのですから大丈夫ですよ。・・・きゃ!」
「おっと!」
そして言った傍から何も無い所でコケそうになったので手を伸ばして咄嗟に受け止めることになった。
その時に胸の感触が伝わってきたが今後のことも考えて顔には出さず、心の中で手を合わせるだけで流しておく。
しかし一時の感情に流されて家に住む事を許可してしまったが、これから苦労が絶えなさそうだ・・・。
「フ~、だから気を付けろと言ったろ。」
「ヘヘへ・・・ごめんなさい。」
そしてアヤネは恥ずかしそうに頷くと今度は慌てないようにして店へと向かっていった。
その後、急いでいるはずだが少し時間を掛けて選んだ下着を持ってトイレへと向かっていく。
これで彼女も安心して動き回ることができるだろう。
そして俺の方はアヤネが帰って来るまでに探りを入れる為に店員へと声を掛けた。
営業はいつも通りに行われているようだが、以前に休みを取って買い物に来た時よりも少しだけ変化がある。
なんとかカバーできているようだが、それでも店員は忙しそうに動き回り人数が足りていないように見える。
「今日は店員が少ないね。」
「あ、はい。急に来られなくなったり辞めたり連絡が付かなくなる人が続出しまして。お客様にはご迷惑をおかけしております。」
どうやら一部では既に影響が出始めているようで人の流れが滞っているようだ。
いまだにテレビでは何も言っていないが、人身事故により公共交通機関で遅れや停止が出ていると緊急速報がされていた。
もしかすると大きく取り上げていないのは報道規制でもされているからかもしれない。
俺は今後のことを考え今のうちに近所で付き合いのある仲が良い友達にメールを入れておくことにした。
『魔物が出たが大丈夫だったか?』
「アイツならこれで十分だな。」
普通なら馬鹿にされるか笑われそうな内容だがアイツなら大丈夫だ。
こういう冗談は言わないことを相手も知っているし、あちらも魔物を見ていれば信じるしかない。
そして少しするとアヤネが戻ってきたのでライラと自分の服を買うように伝え財布をお金だけが入っている財布を渡す。
ここに来るまでにお金は殆ど持っていないと言っていたのでこちらで出しておけば問題は無いだろう。
アヤネは最初は「そんな紐みたいなことできません。」と言っていたが先立つ物が少ない彼女は最終的に俺の提案を受け入れた。
それに22歳だと大学を卒業したならまだ1年も経っていないので年頃の彼女が貯金をしっかりしているとは思えない。
ただ俺には金があるが、それは偶然の産物なので俺自身も微妙なところだろう。
そして彼女達は下はジーパンで統一し色違いのコートを選んで持って来た。
上は色違いのシャツやパーカー、プルオーバーにしたようだ。
それに2人とも状況的には良いとは言えないが買い物は楽しいらしく、十分な気分転換になっている。
少し離れた所から見ていたが、今朝に比べれば笑顔が増えて楽しそうな声も聞けるようになった。
そして次に行ったのは白黒の近くにある大手デパートのアイ・ミー・タウンだ。
ここで彼女たちの靴と追加の下着を購入する。
そのため、まずは一階にある靴屋へと向かうことにした。
ここでは外を歩く靴を購入するが、できれば登山か現場作業用の丈夫なブーツが欲しい。
ただそういった専門的な物はここでは買えないので、上の階にある作業道具屋で購入することにしている。
「あの、これで良いですか?」
「ああ、悪いが今は女性らしい物は我慢してくれ。」
「分かってます。それに買ってもらえるだけでも嬉しいです。」
そう言ってアヤネは澄んだ笑みを浮かべると支払いをするためにレジへと向かっていった。
すると、この場に残っているライラが子供みたいな笑みを浮かべ声を掛けてくる。
「ユウは意外とお金を持ってるのね。てっきりケチの守銭奴かと思ったわ。」
「その認識は正しいぞ。ただ、必要な物だから買ってるだけだ。それともこれから寒くなるのにずっとその服1枚だけで過ごす気か?」
この辺は北方のように寒さが厳しいわけではないが、雪も降るし今みたいに薄い恰好では凍えて風邪を引いてしまう。
するとライラは自分の服装を眺めて納得したように頷くと顔を上げてこちらに視線を戻した。
「それもそうね。それなら・・その・・・ありがとう。」
「最初からそう言ってくれればこちらとしても素直に受け取れるんだけどな。」
それにしてもライラがどんな環境で育ったのか知らないが、見た目よりも幼い印象を受ける。
計算もできるようだし物覚えも良いが、彼女の世界とこちらとを比べると人間性に大きな違いがあるのかもしれない。
そして彼女達は互いに選んだ靴を購入すると、俺はその荷物を車に置いて来ると言って駐車場に歩き出した。
しかしその途端に後ろから「え~!」という残念そうな声が聞こえてくる。
だが二人とも普通にしてれば美人さんなので周りで見ている男性のきつい視線と女性からの笑い交じりの視線が痛い。
なので俺は逃げるようにその場を離れ車へと向かっていった。
何故なら次に行く店は決まっていて男である俺が同行するにはハードルが雲よりも高い場所にあるからだ。
すると後ろから
「勝負下着を買いに行くわよ。」
「勝負下着?」
という声が聞こえてきたが、いったいいつ誰に使うのやら。
俺は聞こえないフリをしてその場を歩き去るとエスカレーターを使って地下の駐車場へと降りて行った。
そして少ししてから合流すると今度は上の階に移動して別の靴を見る。
そこには俺が求めていた工事現場の人が使っているような鉄板入りの丈夫なショートブーツが置いてある。
丈夫で防御力も高くゴブリンぐらいが相手なら蹴り殺すことも可能だろう。
それに足や指は戦いの基本なのでしっかりガードしておきたい。
「できれば脚甲も欲しいな。」
そんなことをポツリと呟くと棚を面白そうに眺めていたライラに聞こえたようで俺の傍に来ると足を見て答えた。
「私が作ってあげようか。デザインは単純になるけど。私のスキルは魔法と製作に特化してるから材料さえあれば作れるわ。」
「それなら人数分頼むか。こちらだとそういうのは特殊で簡単に買い揃えるのが難しいんだ。」
どうやらライラの得意分野のようなので、それなら遠慮なく頼んでしまうことにした。
俺の方はしばらく戦闘向きなスキルを取って行くつもりなので製作関係のスキルは諦めていたので助かる。
それをライラが補ってくれるなら家に住まわせた価値がグンと上がりそうだ。
通販で購入は可能だが、今の世界だといつ届くかも分からないからな。
しかし、俺にはスキルで作ると言われても詳しいことは何も分からないので幾つかの確認を行うことにした。
「俺とお前とアヤネの分が必要だな。いつ頃できそうだ?」
「スキルで作るからすぐに出来るわよ。」
「家には鍛冶屋みたいな場所は無いが金属でも可能なのか?」
「任せて。私のやり方は鍛冶みたいに金属を溶かして作る方法ではないから大丈夫よ。それに金属だけじゃなくて石でも革でも作れるから安心して。」
(それなら父さんの知り合いに金属回収業者がいたな。そこに聞いて譲ってもらえるか聞いてみるか。)
俺はすぐに連絡先を確認すると目的の回収業者へと電話を掛けた。
すると相手はすぐに電話に出てくれて俺のことも覚えていてくれた。
「分かった。回収したチタン屑でいいなら少し回せるよ。10キロもあればいいかな?」
「ありがとうございます。それでお値段の方は?」
「そうだね。色を付けてもらえると嬉しいけどね。」
「ならキロ1万円でどうですか?」
「そ、そんなに出してくれるのかい?」
「ええ本当はキロ200円しないとか国内の価格が下落傾向で相場の50倍以上だとかそういうのはこの際無しで行きましょう。その代わり……。」
「ははは、良く調べてるんだね。分かったよ。今後も必要な金属は言ってくれれば回そうじゃないか。」
「商談成立ですね。夕方にでも持ってきてもらってもいいですか?」
「分かったよ。お金は現金でかな?」
「ええ。その方が互いに困らないでしょ。」
「助かるよ。」
そして俺は電話を切ってライラに金属の当てがついたことを伝えた。
しかし、何故か向けられている視線はジトっとしていて呆れているように見える。
「どうかしたのか?」
「ユウ・・・。色々と言い難いのだけど、さっき悪人の顔をしていたわよ。」
「ハッハッハ。何を言っているのか分からないな。俺は知り合いの業者と健全な取引をしただけだぞ。」
ホントに何を言ってるのやら。
たとえこれが犯罪だろうとそれを罰する者にバレなければ良いのだ。
それにこれでかなり防具の強化が出来る。
金や法律よりも今は命が優先だ。
そして昼を過ぎて一旦荷物を置きに家に帰ると家の中ではホロが俺達の帰りを待ってくれていた。
いつもは自分のベッドで寝ているのに駆け出してくる足音が聞こえなかったので玄関マットの上で横になっていたようだ。
扉を開けると甘えるような声を出しながら体を押し付けてくるので寂しかったのだろう
「ワンワン、キュ~ン。」
「よしよし、ただいまホロ。良い子にしてたか。」
「キュ~ン。」
そして俺は荷物を抱えて中に入るとテーブルに下ろして床へと腰を下ろす。
すると待ってましたと言った感じにホロは足の上に飛び乗り、体を捻って座りの良い位置を探る。
そして場所が決まったようで動きを止めると次の指示を出すようにこちらを見上げてきた。
「よしよし。覚悟しろよ。」
「ハッハ!ガウ!ガウ!」
俺はホロの合図と同時に本格的に撫で始めると、興奮と嬉しさで撫でている手にジャレつき息を荒くして暴れ始める。
しかし、足の上から落ちる気配はなく絶妙な位置取りでしばらく遊び続けた。
「ム~・・・ホロにユウさんを取られました。」
「でもホロと遊んでいる時のユウは子供みたいで可愛いわよ。」
「・・・それもそうですね。」
二人がヒソヒソと何かを話しているが、きっと男が立ち入ってはいけない内容なんだろう。
それに今はホロの相手で忙しいので用件があっても後回しにさせて貰う。
そして遊び終わった頃合いを見計らったかのように先ほどメールした友達から電話が掛かってきた。
「よう、元気してたか?」
「一応な。それでメールの内容はマジか?昨日は夜勤で働いてたから何も知らねーんだ。」
どうやら夜勤明けで寝ていたらしく、返信が遅れたのもそれが理由のようだ。
奥さんが居るのに危ないことだが、世界が融合してまだ1日も過ぎていないので大半の人間はこんな感じだろう。
白黒で働いていた店員も忙しそうではあっても不安そうにはしていなかったからな。
それにこの周囲に居たゴブリンは俺が一掃しているので少しの間は安全かもしれない。
そして俺は話があると言ってそいつを家に呼ぶことにする。
まだ半信半疑だろうがそいつは50メートルほど離れた家から駆けつけてくれた。
数秒後には家のベルが鳴り少し息を荒くしながら扉を開けて家に入ってくる。
それに俺たちの仲なので玄関に出迎える必要はなく、あちらも形式的にベルを鳴らすだけだ。
そして勝手知ったる他人の家という感じで俺の待つ居間へと入ってきた。
「来たぞ~て何で女が二人もいるんだ。しかもこんな綺麗な子をどうしたんだ。まさか、お前とうとう犯罪を・・・。」
そんな冗談をほざいて震える手で携帯を取り出しているコイツの名前は碇 良太。
小学生の頃からの付き合いで親友は誰ですかと聞かれれば最初にコイツの顔を思い浮かべるだろう。
俺がこの町で唯一助けておきたいと思える相手でもある。
傍から見れば少ない、とか寂しい奴、と言われそうだが他の奴はすぐには会えないほどの遠くに散っていて連絡も取りづらい。
そのため、今はこの一人を最優先するだけで友達が少ないわけではない。
それにリョウタは趣味を色々と持っていて情報の拡散に長けている。
だからこいつに話して情報を渡しておけば後は勝手に動いてくれる。
いわゆる、丸投げという奴だな。
しかし、こいつがそっち関係をしている間に俺はこの周囲の警戒に当たることができる。
なので適材適所の役割分担と言った方が正しいだろう。
そして、俺は昨夜に録画した映像をビデオカメラで再生するとそれをリョウタへと渡した。
「これを見てくれ。」
「何だこれ・・・おい!マジかよ!」
当然アヤネのことを考慮して途中で止めるがそれでも十分なインパクトがあったようだ。
それに俺は既に一部を編集して問題の無い範囲の映像を作り上げている。
後はこいつに渡しておけばチューブか何かに投稿してくれるだろう。
そうすればそれを期に話題が一気に拡散するはずだ。
もしかしたら既にいくつかは別の奴が投稿しているかもしれない。
そして俺は映像の記録されたメモリーを渡すと更にステータスや色々なことを伝えておく。
魔物を殺したりなどキツイこともあるが、コイツは小学生から中学まで剣道部に在籍していたので体付きも良い。
きっと躊躇わなければ俺よりも簡単にゴブリンを倒せるだろう。
そして話すことを終えると、リョウタは挨拶もそこそこに急いで家に帰っていった。
奴は愛妻家なので家に一人で残してきた奥さんが心配になったのだろう。
そして入れ替わるように昼間電話を掛けた所から金属が届いたようで作業着を着た人が訪ねてきた。
俺は扉を開けて玄関に入ってもらうと男性は背負っていた荷物を下ろして苦笑を向けてくる。
「これが約束のチタンね。少し気が引けるから量を30キロにしておいたよ。さすがにね・・・ははは~。」
「ありがとうございます。それじゃあこれを。」
俺は準備しておいたお金の入っている封筒を取り出すと笑顔で男性へと差し出した。
男性も中身を確認すると笑顔を浮かべ軽く会釈をして帰っていく。
そして俺は受け取った金属を持って家に入りそれをライラに見せてみる。
「これで作ってもらいたいんだが大丈夫か?」
「見てみるわね。」
するとライラは金属を手に取りそれを手の平に乗せると真剣な顔で睨み始めた。
その顔はまるで職人のようで背後にはオーラを放っているように見える。
そして確認が終わり一度頷くと顔を上げてこちらへと笑顔を向けてくれる。
「大丈夫よ。油で汚れてるけど錬成の過程で綺麗に出来るから。それで欲しいのは脚甲だけなの?」
俺も最初はそのつもりだったが予想以上に多く貰えたので他の注文も付けることにした。
せっかくなので安全を優先して欲しかった物を作ってもらうことにする。
「それなら、手甲と胸当ても頼めるか鎖帷子も欲しいんだが。」
通常チタンはとても固いので加工には専用の設備が必要になる。
そのため、無理なら諦めようと思ったのだが今は常識に囚われて諦めるよりもライラを信じて頼んでみることにした。
「分かったわ。すぐに始めるわね。」
そう言ってライラは軽い感じで了承するとスキルを発動して作業を開始した。
するとチタンの屑が光に包まれて宙を舞い始め、形を変え一つになっていく。
しかも熱を掛けていないのに液体のような動きを見せると糸のように細くなった先端がまるで3Dプリンターのように形を整え始めた。
そして数分で作業を終えると金属の光沢を放つ3人分の装備へと変わってしまった。
それに俺が言ったように脚甲、手甲、胸当て、鎖帷子が並んでいて出来栄えも文句の付けようがない。
しかも鎖帷子は一つ一つに繋ぎ目はなく、まるで小さな指輪でできているような素晴らしい出来だ。
さらに全てがチタンの特性として軽く、金属でできているとは思えないほどだ。
「凄いな。これならここに居候しなくてもいくらでも食っていけそうだぞ。」
「え!?」
しかし途端にライラは不安そうな顔を俺に向けさっきまでの職人の気配さえ消え去ってしまう。
俺はそれに気付き苦笑を浮かべるとライラの頭をポンポン優しく叩くと言葉を続けた。
「別に出て行きたくないなら居れば良いだろ。俺は一度した約束は相手が裏切るまでは守る主義だ。」
ライラはホッと胸を撫で下ろし、再び笑顔を浮かべて胸を張った。
こういう所が子供っぽいけど今のは俺が無神経だったので仕方ないだろう。
ライラもここに来たばかりで右も左も分からず、頼る者が俺しか居ないのだから出て行けるはずが無いのだ。
「それならいいのよ。それでどう。これなら使えるでしょ。」
「ああ、十分な出来だ。俺はもともと実用的なデザインが好きだからな。これなら俺の趣味にもぴったりだ。今日はお礼に朝とは別の肉を食わせてやるから期待しろよ。」
するとライラは目を輝かせて俺を見るとホロの許に駆けて行き「お肉~お肉~」と歌い出した。
ホロも肉という単語に反応し尻尾を振って興奮し口から涎を垂らしながらその場で回り始める。
それを見て俺は期待に応えるために豚を冷凍庫から取り出し自然解凍を始めた。
(レンジで解凍しても良いがそれだと味が落ちるんだよなー。)
すると再びライラが俺の横に来て凍った肉に目を落とした。
「これを生に戻すの?」
「ああ、道具を使えば早いんだがそれだと味が悪くなるんだ。」
「それなら任せて。生活魔法に解凍って魔法があるからそれを使えば味は落ちないわ。」
(なに!それはホントか!?これは早く生活魔法を極めねばならん!)
そんなことを考えているとライラは魔法を使い豚肉を綺麗に解凍してくれた。
これならいつでも食べられそうなので、今日の献立を考えて鍋にすることに決めた。
入れる野菜で白菜にネギ、キノコ類は購入済みだ。
そう言えば空間魔法で収納の魔法があったな。
いわゆるアイテムボックスという奴だが正確な性能が分からないので
「ライラ、収納の魔法はレベル10まで行くとどうなるんだ?」
「収納はレベルが上がると入る量が増えていくけど、最後は無限収納になって時間が停止できるようになるわよ。あっちの世界だと商人が真っ先に手を出すスキルね。」
それを聞いて俺は早くレベル上げをする必要性を感じた。
今のうちに食料を多く買い集めることができれば何かあっても安心できる。
それに今でも既に予定よりも2人も同居人が増えてしまった。
食べる人数が増えて計画が崩れてしまったのでその分を買い足しておかなければならない。
しかし、食料も問題だがやはり戦闘スキルも重要だ。
護りたい者を護るためにどうしても力は必要になる。
今はまだ平和な状態だが、これがいつ何時崩れるかは誰にも予想できない。
俺は明日以降のことを考えながら鍋に水を張り昆布で出汁を取り少しの塩を加える。
今日はシンプルに水炊きにしてタレはゴマダレ、ポン酢、後は橙を絞って醤油で味を調えた物を並べる。
橙は人によって好みはあるが、食べ慣れると搾りたての酸味にフレッシュな味と爽やかな風味が最高だ。
通販すれば年中購入できるが、この魅力を知っている人は少ないだろうな。
そして鍋を卓上コンロに移すと野菜、豆腐、を入れ肉は最後の方で入れる事にする。
早く入れすぎると煮えすぎて味が抜けてしまうからな。
そしてしばし煮えるのを待ちながらテレビを見てみると、やはり魔物についてのニュースはやっていない。
もしかしたら政府もこの状況で対応に困っているのかもしれないな。
それでなくても最近は支持率が微妙な政党ばかりで大胆な行動がとれない風潮がある。
ここで下手な行動をとると一気に政権交代となってもおかしくはないだろう。
そして鍋が煮えたので皆を呼んで席に座り、蓋を開けてそれぞれに好きなタレで食べ始める。
俺はいつもと同じようにゴマダレからだ。
その後ポン酢、橙と味を変えていって楽しむようにしている。
ライラとアヤネも俺に習って食べるようで自分の前にゴマダレを置いている。
そして期待に満ちた顔でライラが豚肉を口に入れた瞬間。
「おいっしーーーー!」
すると、どこぞのテレビ番組の司会者のような声で叫び大喜びで肉を食べ始めた。
その横ではホロも専用に作っておいた蒸した豚肉を大喜びで食べている。
しかし、肉だけでは栄養が偏るので後でドッグフードと牛の肝も食べさせないとな。
そしてアヤネも美味しそうに箸を動かし鍋を突いて堪能している。
そう言えばアヤネはアパートに一人暮らしをしていたと言っていた。
なのでこうやって鍋を囲んで食べるのも久しぶりなのだろう。
1人で食べる飯はかなり寂しく、人によっては食への興味が薄れるほどだと聞いたことがある。
こうして一緒に居られる間はなるべく皆で揃って食べられるように心がけよう。
そして俺はふと疑問に感じたことをアヤネに問いかけた。
「そう言えば俺の仕事は臨時休業だがアヤネはどうなってるんだ?」
「私は住んでいたアパートが火事にあったと伝えて休みをいただきました。」
しかし、そう言ったアヤネに顔には一瞬だが影が差したように見えた。
きっと元から表情に出やすい性格なんだろう。
(これは何か隠してるな。)
もしアヤネがこの家に住む前ならこのまま放置して気付かないフリを貫き通しただろう。
しかし、これから一緒に生活するならこの手の隠し事をされていると困る。
俺ももうじき無職になる可能性が高いので出来ればここは腹を割って話をしておきたい。
「そうか。俺はもうじき今の仕事を辞めるつもりなんだ。工場は魔物が侵入して破壊したらしいからいつ再開できるかも分からないしな。」
「え?」
するとアヤネの目に光が宿り俺の顔をジッと見てくる。
どうやらこちらが先に現状を伝えた事で心に変化が有ったみたいだ。
俺はそのタイミングで話を続けアヤネにも話すように促してみる。
「だからアヤネも本当のことを言ってみろ。こうして一緒の鍋を食べる仲になったんだ。借金取りに追われているとかでなければちゃんと聞いてやる。」
するとアヤネは次第に目に涙を浮かべて泣き出してしまった。
どうやら思っていた通り何かを隠していたらしく、それが心を締め付けていたらしい。
それに初めて会った時も会社の悪口を叫んでいたのを思い出した。
「うっ、ひっく。休みを下さいってお願いしたらクビにされてしまって・・・ひっく。それで昨日はヤケ酒を・・うっ。いつもはあんなになるまで飲まないけど・・ひっく。止められなくて・・・。」
どうやら酒に呑まれたのにはそれなりの理由があったようだ。
それに彼女は本当に火事で全てを失ってしまったんだな。
しかもそんな中で俺が助けなければ命まで失うところだった。
それにこれは家族でもなかなか話せないことなのでずっと不安を押し殺していたんだろう。
ただその会社のことは置いておくとして今はアヤネのことだ。
彼女は話せて心が軽くなったのかスッキリした顔でホロを抱っこして首元を撫でている。
今のホロはライラが体を綺麗にする魔法を掛けてくれているので毛はフサフサで最高の撫で心地となっており、これも一種のアニマルセラピーと言えるだろう。
きっとしばらくすれば会社のことなんてどうでもよくなるに違いない。
そして俺は今後のことを考えてお腹が膨らみ満足しているライラに話を振った。
「ライラは何か良いアイデアは無いか?例えば結界石を作るとか。」
「そうね。いくつかのスキルをレベル6にすれば可能よ。やる気があるなら私も協力するからレベルさえ上げれば大丈夫。」
「どのスキルなんだ?あ、そろそろ締めの雑炊にでもするか。」
「雑炊!」
すると雑炊が好物なのか意外と立ち直りの早かったアヤネが食い付いてきた。
俺は話を続けながら冷蔵庫に向かい、準備しておいた洗ったご飯と卵を取り出してテーブルの上に置いて準備をしていく。
「魔法陣を書かないといけないからまずはその練習ね。後はさっき私が見せた錬金。後は魔道具作成のスキルが要るわ。どうアヤネ。項目はある?」
アヤネはライラに言われ、ステータスを開いてスキル表を確認する。
するとその顔に嬉しそうな笑みが浮かびそれだけで何も聞かなくても予想ができる。
そして、隣に座っているライラの手を握ると生き生きとした声で返事を返した。
「あ、あります!」
「それなら、これから一緒に頑張りましょ。」
「はい。よろしくお願いします!」
そしてアヤネは元気な声を上げると新しい将来への道に一歩を踏み出した。
先生はライラがしてくれることになったので俺が協力できることはレベル上げを手伝うくらいだ。
しばらくは危険な戦いもあるため戦闘系のスキルも取らないといけないだろうが問題は無いだろう。
(そう言えば世界が融合してどう変わったんだろうか?)
陸は?海は?人は?
しかし情報化社会と言っても情報が出回っていなければ知る方法がない。
それに、もしかしたらこうして向こうの人間とのコミュニケーションが成功している者は少ないかもしれない。
国によっては俺と同じように病気を警戒して隔離したり、飛躍になるが捕まえて研究室に送ってモルモットにしている可能性もある。
ライラも目などが普通とは異なるので気を付ける必要があるかもしれない。
「アヤネはしばらくライラから結界石の作り方を習ってくれ。別に家一軒分でも作れるようになればいいからな。」
ライラは半径500メートルと言っていたが実際はそんな大きなものは街中で必要ない。
今の段階では家が囲めるレベルなら十分で必要になってから作れば良いだろう。。
するとライラが先ほどのことを修正するように説明を付け加えた。
「それで良ければレベル3もあれば十分よ。」
「それなら規模に応じて互いに作る範囲を変えるか。」
「それがいいわね。私が施設関係の広い物を担当してアヤネは家庭用の小規模な物を作るようにしようか。」
「分かりました。それならレベルを幾つか上げれば作れるようになりますね。」
確かにそれなら難易度もかなり下げることができる。
レベル3まではスキルポイントの消費は1なのでレベルを1上げれば問題ない。
後は何か道具が要るなら聞いておいて準備しておけば良いだろう。
「それで何か道具は要るのか?」
「道具と言っても紙に魔法陣を書いてそれをスキルで刻印するだけだからこちらでも簡単に手に入るわ。大事なのはスキルだから紙もインクも関係ないの。ただ最後に燃料の魔石が必要なくらいね。私の魔法陣は燃費と効率がいいからゴブリンの魔石でも1日は大丈夫よ。」
流石は自分を大魔導士と言うだけはあるな。
その実力を比較する対象がいないのが残念だがゴブリンのような弱い魔物の魔石で1日も結界を維持できるなら大したものだ。
しかし、そうなるとパソコンで魔法陣を記録しておけば後々便利そうだな。
この手のことはリョウタが得意なので結界石を餌に頼んでおこう。
その後、俺達は締めの雑炊を食べて食事を終え後片付けを行った。