39 エルフの国 最初の村
最初の村はあまり大きいとは言えない農村だった。
周りを畑に囲まれその中央に人の住む民家が建ち並んでいる。
しかし、畑に人の姿は殆ど見当たらない。
その代わりアリシアがしていた様に召喚された精霊が歩き回り、畑の世話をしている。
更に妖精のような精霊が飛び回りまさにファンタジーな光景が広がっていた。
「ここは農村の様だな。」
「辺境の村は何処もこんな感じですよ。これだけ小さな村だとギルドの支部も小さそうですね。」
この世界のギルドには幾つかの種類があり、大きなものは主に3つあるそうだ。
1つ目は商業ギルド。
商売関係をまとめ薬・服・鍛冶等のそれぞれのギルドをまとめている。
2つ目は闇ギルド。
盗賊や裏の世界のまとめ役をしており秩序の安定に尽力している。
どんな世界にも必ずはみ出し者は存在しているので、その管理をするのが闇ギルドだ。
その為あまりにも仁義に反した行動を取る者はギルドから指名手配を受けて処分されてしまう。
3つ目は冒険者ギルド。
何でも屋といった印象が強く、どの村や町にも支部がある。
薬草採取から荷物運び、魔物の討伐依頼まで様々な仕事を依頼者から請負うそうだ。
登録後はその強さを模擬戦で測りランクが決められる。
ランクはSSからFまでの8段階。
Fは駆け出し冒険者で戦闘は初心者同然。
Eはコボルトを倒せる程度
Dはオークが倒せる程度
Cはベテラン冒険者
Bは高ランクダンジョンの中層で戦える者。
Aは高ランクダンジョンを踏破した者
Sは一般的な魔物に負けない強さを持つ
SSはドラゴン級、又は勇者の従者
ちなみに高ランクダンジョンとは50階層以上あるダンジョンの事を指す。
ダンジョンはその階層ごとにレベルが1ずつ上がるらしく50階層とはレベルで言えば50以上の魔物がひしめく危険な場所だ。
それから見ればレベルが20前後の俺達はBランク以上となるがライラはともかくアヤネは生産にもスキルポイントを振っているので微妙な所だ。
そして俺達が用のあるのは当然、冒険者ギルドだ。
俺達は村人をエンジン音で驚かせない様に少し手前で車から降り、そこからは歩いて村へと向かって行った。
ただ村の周りは柵で覆われているので入る事が出来るのは今向かっている場所と反対側にあるもう一つの出入り口だけだ。
それにしても魔物が普通に歩き回る世界でどうして結界も張らずにいるのだろうか?
そして俺達が近くまで行くとそこに立っていた門番の男が俺達に近寄って来た。
その男はエルフの戦士で背中には弓を背負い手には槍を持っている。
恐らく魔物には弓を使い俺達の様な人間には槍を使うのだろう。
そんな事を考えていると門番は俺達に声を掛けて来た。
「さっきのはゴーレム馬車か。初めて見たがここにはどういった目的で来たんだ?ここは辺境の農村で大した物は無いぞ。」
「ここには偶然通りかかっただけだが入るのに何か条件はあるか?」
「辺境の村にそんな大層な物は無いな。身分証があれば確認するくらいだ。何か身分を証明するものはあるか?」
そう言われて少し困ったが財布から免許証を取り出してそれを見せてみた。
すると門番は首を傾げなながらも、それを受け取り書かれている事に目を通している。
「これは初めて見るな。絵もまるで空間を切り取ったみたいに綺麗だ。名前はサイジョウユウ。初めて見る文字だな。スキルが高くないと読めないから気を付けろよ。出来れば冒険者ギルドで身分証を作っておくと良い。」
そう言って門番は免許証を返してくれるが流石は元祖スキルがある世界なだけはある。
しかし冗談で出した物で確認が終わるとは思っていなかっただけにかなり拍子抜けだ。
(まあ、辺境だからな。町ではこうはいかないだろう。)
そして俺達は許可を得られたので村に入って行った。
すると村の中では土の精霊が歩き回り子供たちが楽しそうに駆け回っている。
しかしその時、村の真ん中に光が集まり始めたかと思うとそれは次第に形を整え魔物へと姿を変える。
現れたのは2足の魔物、ゴブリンだ。
しかし、ゴブリンが現れた直後に土の精霊が駆け寄りその硬い拳で一撃を加えた。
するとゴブリンはその場に倒れ魔石を残して消えて村には再び平和が戻って来る。
どうやら、周囲を歩く精霊の一部は衛兵の役割をしているようだ。
周りの者達もすでに慣れているのか魔物が現れた事には殆ど反応を示さない。
その様子から、今ぐらいの事はこの村ではいつもの事の様だ。
俺が知る範囲では結界が張られている場所には薄い膜が見えるが、それが無いのでもしやと思ったがこの村には結界石が無いらしい。
そして俺達は周りの人や精霊に場所を聞きながら冒険者ギルドに向かいその建物の前で足を止めた。
しかし辺境の支部だからか、その建物は周囲の民家とそれほど変わらない。
違うとすれば入り口には中が簡単に見える様にスイング式の扉が付いている事と少し建物が大きいくらいだ。
俺達が中に入るとそこには受付だけがり壁には依頼の紙が数枚貼られているだけだ。
そして受付にいるのは人間の男でその耳からエルフでないのが分かる。
すると男は俺達を見ると笑顔を浮かべて声を掛けて来た。
「私はクラクと言います。今日はどういった御用件ですか?見ての通りここは小さな支部です。大きな依頼でしたらここから歩いて数日の所にある町へお願いします。」
「いや、俺達全員でギルドに登録したいんだが可能か?」
俺は確認の意味を込めて問いかけた。
この建物内にはこのクラクしかいないのは分かっている。
その為ランクを決める為の模擬戦が出来そうにない。
目の前の男がすると言うなら止めないが残念ながら彼だと役不足だろう。
「登録ですか。それは可能ですがここではランク決めの模擬戦が出来ません。その為どんなに強い方でもFランクからになります。」
「どんなに強くてもか?」
「はい。見ての通り私はしがないギルド職員ですから。ただし、希望されるようでしたら町に行った時に試験が受けられるよう、紹介状を書きますがどうされますか?」
どうやら町まで行けばランクを決める模擬戦は出来るらしい。
別にFでも身分証を作る為に来ているので問題はないが、もし面白そうな依頼があった場合ランクが低くて受けられないと言う事は回避したい。
依頼は所持するランクまでしか受けられないので高い程良いだろう。
「それなら紹介状を書いてくれないか。今から町にも向かうのでその時にでも試験を受けるよ。」
「分かりました。全員分を用意いたします。その間にこちらの用紙に必要事項を記入してください。」
俺達は受け取った紙に視線を落とした。
そこには名前・種族・主要スキルと幾つかの項目がある。
全員ある程度は言語スキルを成長させている様で問題なく文字を読んで記入できているようだ。
そして書き終わるとそれを提出して確認をして貰う。
しかし、人間は問題なかったがそれ以外の所で少し躓いた。
「種族が犬・・・ですか?」
ホロは頷くと犬の姿に戻る。
するとクラクは納得したのか、そこに(獣人)と書き加えた。
そして次がマーメイドのハルだ。
「マーメイドとは珍しいですね。誰かにテイムはされていますか?」
すると彼女はイソさんの腕を取り笑顔を浮かべた。
「それでしたらこちらのテイム証もお持ちください。滅多にはありませんが間違って攻撃される可能性があります。ギルドでは意思疎通が出来る種族は拒みませんが偏見がある場所もあります。町ではこれを見える所に付けて歩いてください。」
そして次はウェアウルフのシラユキだ。
彼女はホロに倣い既にその姿を変え魔物の姿をしている。
その姿にクラクは額に汗を浮かべ紙に追記を行っている。
最初は『上位種』と書いたがすぐに横線を引き『変異種』と書き換えている。
どうやら彼には魔物を正確に見抜く目があるようだ。
シラユキは口元を歪め鼻息荒くフッと笑うと人の姿に戻り下がって行った。
そして一番問題だったのはやはりメノウだった。
「て、天使ですか?」
その声に答える様にメノウも消していた翼を広げる。
するとそれを見てクラクは驚愕し目を見開いた。
「よろしいのですか?天使の方が組織に所属したという話は聞いた事がありません。悪く言う訳ではありませんが個人主義の方が多くパーティ等は組まないと思っていましたが。」
確かに天使は人を救うが、それは本能の様なものだ。
そんな相手をパーティに入れても振り回されるだけなので命の掛かった冒険者という職業には向かないだろう。
それに組織に入ると言う事はそれだけしがらみが生まれて助けたい者が助けられなくなる。
その為、天使からメノウの様な者が現れなかったのだろう。
しかし、メノウは自分で故障していると言う程の変わり者だ。
そして、今は俺達の大事な仲間で家族の様なものなので問題はない。
「構いません。それと私もユウさんにテイムされているのでテイム証を下さい。」
クラクはメノウの言葉に「は?」と言葉をこぼし俺に視線を向ける。
その目には「何やってんだこいつ?」という思いが宿っているのがありありと伝わって来る。
しかし、細かく説明するのも面倒なので俺は苦笑を浮かべその目をやり過ごした。
「まあ、構いません。これをどうぞ。」
メノウはテイム証を受け取ると嬉しそうに腕に付けた。
すると再びホロが前に出て手を伸ばすので何が言いたいのか俺にはすぐに分かる。
まさに以心伝心という奴だな。
「私もテイムされてるからそれ頂戴。」
するとその目は再び俺に向くがすぐにホロに戻された。
こんな所でも以心伝心になっているがこちらに関してはノーサンキューだ。
「分かりました。テイムした動物が戦いの中であなたの様になる事は珍しいですが無いわけではありません。それとユウさんに言っておきます。」
するとクラクは真剣な目で俺を見て来る。
今迄ののらりくらりと言った感じでは無く、まるで別人と向かい合っている様だ。
もしかすると俺はクラクという男を少し侮り過ぎていたのかもしれない。
「テイムした以上は責任を持って守る様に。彼女たちの様にテイムされた者は基本主人には逆らえません。無理やりにでも手に入れようとする者が必ず現れます。それを忘れないでください。」
それに彼は俺達の事を案じてアドバイスをしてくれているようだ。
俺はクラクの言葉を肝に銘じて強く頷いた。
「分かった。しっかりと覚えておくよ。」
「少しお節介だったみたいですね。それと色々驚かされる登録でしたがこれで完了です。ただギルドカードは登録と発行に少し時間が掛かります。すみませんが明日またお越しください。」
「何時頃に出来る予定だ?」
「朝には間に合わせます。それと宿をお探しならここの隣にありますのでお使いください。」
しかし、まだここで確認をしなければいけない事が残っている。
俺は本題を切り出すべくカウンターの前に立った。
「ところで、この村には結界石は無いのか?」
するとクラクは何か思い当たる事があるのか少し悩んだ後に口を開いた。
「もしかしてあなたはディスニア王国の方ですか?残念ながらあの国以外には結界石は殆ど残っていません。残った結界石も王都に集中していますので辺境の村に回す余裕は無いでしょう。噂によればあの国にいた何者かが結界石を作る事が出来たようです。しかし、各国が懸賞金を掛けて探していますがいまだ見つかっていません。」
「ギルドでは懸賞金を掛けていないのか?」
するとクラクは溜息を吐いて答えた。
その顔はげんなりしていて視線の温度もさっきまでよりも冷たくなっている。
どうやらこの話題について思う所があるようだ。
「何故、あんなバカ騒ぎに協力しなければいけないのですか。もっと助け合えればこの世界も住みやすくなったでしょうに、愚かな事です。それにエルフの領地は精霊が警備に着いているので他の村や町と違い心配はありません。安心してください。」
「そうか。冒険者ギルドの考え方を知れて良かった。」
「ただし、この事に限らず一部の者には気を付けてください。何処にでも馬鹿はいますからね。」
「そんな馬鹿に会ったらこちらで上手く対応しておくよ。」
まあ、相手が誰だろうとそんな奴等に手加減の必要は無いだろう。
それに今の事でライラの事もだが色々な事が分かり総理も十分に納得したようだ。
しかし、宿に泊まろうにも俺達にはこの世界の金はない。
そして売れる物といえば一つしかなかった。
と、言う事にしておいて結界石をカウンターに乗せる。
クラクはそれを見て首を傾げ、次の瞬間にその表情は完全に固まった
「・・・・・!!!!!!な、なんでこんな物を持っているんですかーーー!?もしかして盗んだのですか!?それともあなた達はあの国の貴族ですか!?」
クラクは再起動した途端に俺達に大声でまくし立てて来る一方で、その手は結界石を掴み離そうとしない。
それ程までに驚きと興奮に気が動転しているのだろう。
「落ち着いてくれ。俺達は貴族ではないし、盗んでもいない。それは新品の結界石だ。それをこの村に提供する代わりに今日の宿代をどうにかしてくれ。」
クラクは俺の言葉を聞いて口に手を当て悩み始めた。
そしてカッと目を開くと外に向かって走り去っていく。
どうやら何か考えがあるのかもしれないのでこの場で待つ事になった。
ただし、もしアイツがさっき自分で言っていた馬鹿に該当するならそれ相応の報いは受けてもらおう。
そしてしばらくすると、この建物の前には村中から人が集まって来た。
それ程広くない村なので集まるのが凄く早く、その先頭に立つのは一人のエルフだ。
以前に会ったエルフの村長に感じが似ているので彼も見た目通りの歳では無いのだろうが、エルフは長命で老いないので年齢は分からない。
するとそのエルフが前に出て俺達に話しかけて来た。
「私はこの村の村長のアルバートです。結界石を売ってくれるというのは本当ですか?」
どうやらクラクはこの村で買い取る方向で話を勧めた様だ。
ギルドで買い取るとこの村の為に使うことが出来ず、ここは支部なので本部に送らなければならなくなるだろう。
その為に彼は村中を走り回り人を集めた様だ。
「話が早くて助かる。それであんたらはこれをいくらで買うんだ。」
「それは・・・。」
すると途端に村長の顔色が悪くなった。
考えてみればこんな辺境の村ではお金で買うのは難しいのかも知れない。
「私達が準備出来る金額は少ない。後は作物や工芸品でも構わないだろうか?」
「見せてもらえるか。」
俺がそう言うと村長はまず、工芸品を見せてくれた。
何やら青緑に輝く綺麗で大きな石がはめ込まれているネックレスだ。
細工は素人目から見ても細かくてかなり綺麗でそれが全部で10個ある。
それを村長は自信の無い顔で差し出すと俺達に見せてくれる。
すると総理が俺の隣に立ちそれを見て納得しているので他から見てもかなりの出来栄えのようだ。
そして今度はライラが来てその一つを手に取った。
「これはもしかして精霊石なの?」
「はい。稀に精霊から送られる貴重な物ですが結界石と違い手に入れる事は出来ます。今回の代金としては不十分かもしれませんが。」
するとライラは俺にメールを送ったようでそれを開けると精霊石について書かれていた。
こういう所は流石は俺達の知恵袋だな。
『精霊石はエルフからしか手に入らない貴重な物よ。滅多に出回らないから日本のお金にすると一つで数百万は軽くするわよ。』
しかし俺はそれを読んで悩むように唸り声を上げた。
彼らにとっては結界石は今後の事を考えて絶対に手に入れたい物なのだろう。
しかし、精霊石を全て受け取ると数千万円になり貰い過ぎな気がする。
ならばどうするのが最良なのか?
俺は考えた末にライラに頼み追加の結界石を3つ受け取った。
それを村長の前に置いて俺は説明を始める。
「そのネックレスの価値に俺達は4つの結界石が必要だと判断した。これでそちらに問題が無いなら商談は成立だ。使用方法はここに書いてあるから後で確認してくれ。俺達は明日の朝まで宿にいるから何か問題があったらいつでも声を掛けて欲しい。」
すると村長は慌てて後ろの者に声を掛けて籠を前に出させた。
それにはこの村で取れた野菜が盛られており美味しそうに太陽の光を反射している。
どうやら精霊石で足りない時の事を考えて追加を準備していたようだ。
「これはお礼として受け取ってください。それとこのお金もこの後で役に立つでしょう。持って行ってください。」
そう言って俺達に野菜とお金を差し出す村の人たちには不満の色は無さそうだ。
俺はありがたくそれらを受け取り代わりに買い溜めしておいた煙草と酒を取り出した。
「そういうなら俺からはこれを送ろう。以前別の村では好評だったんだが問題はあるか?」
「これは酒と・・・煙草か?ここは王都からも産地からも遠いからこういうのが中々来ないんだ。ありがたく貰っておこう。」
そしてそれらを両手に持った村長は振り返り大声を上げた。
「今日は客人のおかげで大きな収穫があった。この記念すべき日を祝い今夜は宴といこう!」
「「「「「わあーーーーー!」」」」」
そしてその夜は俺達全員も宴に招かれ彼らとの親交を深めた。
結果としてかなりの酒を提供する事になったが物々交換として薬草なども譲ってくれた。
嵐山の時のライラの言い方を真似るなら等価交換は大事な事だ。
この村の人達もそれが分かってくれていたので気持ちの良い夜を過ごす事が出来た。
これがこの後も続けば良いがクラクが言っていた様に全ての人が善人とは限らない。
今後はこの手を人の血で染める時が来るかもしれないので覚悟だけはしておこう。




