34 厳島 ③
自衛隊メンバー最後の一人であるアキトもホテルの3階で目的の魔物を発見していた。
その魔物は人の様に二足歩行している蜥蜴で体は緑の鱗に覆われている。
口には細く鋭い牙が生え揃い、爬虫類らしく鋭く冷たい目で周囲を見回しながら廊下を歩いていた。
その魔物の名はリザードマン。
硬い鱗に覆われ、強靭な肉体を持った魔物である。
さらにその右手にはシミターの様な反りのある湾曲した剣と左手には丸盾を持っている。
鼻が良いのか時折立ち止まると鼻を上を向いて何かのニオイを嗅いでいるようだ。
それに蜥蜴の中には数キロ先までの匂いを感じ取る事の出来る者もいるという。
恐らく隠れている人達の匂いを辿ってここまで来たのだろう。
運の良い事にエアコンの向きからこちらは魔物からすると風下になる。
そのおかげで気付かれていないがもうじき人が隠れている部屋に辿り着いてしまう。
だが悠長にチャンスを待つ時間が無いアキトは銃を手にすると通路の影から出て連続で発砲した。
『ダダダダダダ!』
狭い通路に硝煙が立ち込め視界を悪くするが、マップには敵の反応が消えずに残っている。
それを確認したアキトは踵を返し通路を逆に進んで煙から出ると来た道を戻って行く。
アキトはリザードマンが硝煙で見えなくなる前にその姿を目で捉えていた。
そして、顔への攻撃は全て盾で防がれ、体に関しては鱗を貫く事が出来ず火花を散らして弾かれているのを確認している。
カスリ傷位は付いているだろうがほぼ無傷であろう事が予想できた。
そして、リザードマンは銃撃が止むと同時にアキトに向かい前進を始めた。
その口にはやっと獲物を見つける事が出来た事により笑みが浮かんでいる。
それにこのリザードマンは戦士として強者との戦いを望んでいた。
そこに現れたアキトは立ち向かって来る戦意があり、恰好の獲物に映っただろう。
アキトはこの場所では不利と感じ窓を開けると外へと飛び出した。
ここの通路は狭くリザードマンが剣を振るには適してはいない。
しかしその手を広げれば通路を埋め尽くすことが出来き、常に真正面から闘いを強いられる事になる。
それはアキトにとっては得策とは言い難く、相手のスペックも不明な状況では正面からの戦闘は避けるのが最良であった。
しかも丁度良い事にここの傍には森がある。
そこまで誘導して確実に仕留めるためにリザードマンを引き付けて移動を開始した。
先程の攻撃でアキトを敵と認識した為、リザードマンは他に見向きもせずに後を追いホテルの3階から飛び降りて来る。
そして森に到着したアキトはその入り口にトラップを設置し更に先へと進んで行った。
リザードマンは体が強靭なようだがその動きはそれ程まで速くはない。
ステータスを手に入れる前ならば驚異的な速度に見えていただろうが、今のなってはアキトの予想を下回っている。
それに鼻は敏感なようだが目はそれほど良くないのか森への入り口に設置されていたアキトの仕掛けた指向性地雷に呆気なく引っ掛かった。
『ドーーーン!』
『キン!キン!キン!』
「ギャォアーーー!」
そしてワイヤーに足を掛けた途端に地雷が爆発し内包されていた大量の鉄球が側面から襲い掛かる。
それにより先ほどは傷しか追わなかったその鱗に罅が入り、爆破時に発生した刺激臭と音でリザードマンは五感を鈍らされた。
その途端アキトはリザードマンに接近しその罅割れた右手に両手で剣を振り下ろした。
現在アキトは成長力促進のスキルのおかげで身体強化、剣術、魔刃をレベル10まで引き上げている。
もともと高めであったスキルレベルだったのでポイントを魔法意外に殆ど使っていなかった事が功を奏した。
そのおかげで幾つかのスキルをMaxにすることが出来ており、いとも容易くリザードマンの右腕を切り落とした。
「グギャーーーー」
それを見てアキトはリザードマンの脅威を下方修正する。
銃が通用しなかったので脅威度を上げていたが単純に相性が良くなかっただけのようだ。
「全力の魔刃は初めてだが、これなら鱗にダメージが無くても十分切り裂けそうだな。すまないがお前には俺の実験台になってもらう。」
そしてアキトはバックステップを踏んでいったん距離を取り間合いの外へと離れて行った。
するとリザードマンは怒りに目を赤く染め、切り落とされた腕に手を伸ばすと拾い上げて傷口に断面を押し当てる。
その途端に流れていた血が止まると斬られた腕が元通りに癒着し指先まで動くようになった。
リザードマンは何度か腕の調子を確認し再び剣を握ると敵意を込めた咆哮を上げた。
「再生持ちだったか。しかし、その状態の方が俺も力を試せる。そろそろ第2ラウンドといこうか。」
そう言って両手にナイフを握って構えを取ると鋭い視線で睨み付けた。
リザードマンも怒りは向けているが無策な突撃をせず、観察するように慎重な姿勢で間合いを測っている。
だがアキトはその距離を一瞬で詰めると真横へと一瞬で移動し攻撃を加えた。
リザードマンにはその動きがコマ落としの様に見えたが何とか防御が間に合い攻撃の軌道上に盾を翳す事に成功する。
しかし、ナイフは蛇の様に軌道を変え、今度は盾を持つ腕を斬り落とした。
するとアキトは再び距離を空けて間を開けると先ほどと同じ流れでリザードマンが腕を治すのを待った。
「これが縮地か。確かにユウの言っていた通り出鱈目なスキルだな。理屈は解らないが持っていれば強力な力になる。」
アキトは1つずつ能力を確認する様にヒット&アウエイで一撃入れると距離を取り回復するのを待ってから攻撃を加える。
その度にリザードマンは足を切り取られ、腹を裂かれ首を半ばまで切り取られるが持ち前の再生能力でなんとか生き残っている。
そしてこれだけ痛めつけても殺していないのはアキト自身も持っている再生の検証も含まれているからだ。
流石にいざとなれば仕方ないが自傷行為までして回復力の検証をしたいとはアキトも思っていない。
そのためこのリザードマンを被検体として、どこまでのダメージなら回復するのか試しているのだ。
色々試した結果再生はかなり強力なスキルの様で意識が無くならない限りそう簡単には死ぬ事は無さそうである。
通常なら致命傷になる様な傷でもレベルが高ければ完治するので今後の継戦能力はかなり高まりそうだ。
そして剣と盾を失ったリザードマンは完全にサンドバッグとなり素手での攻撃がどれ程のダメージを与えられるかの実験に入った。
アキトはスキルで得た防御を突破する浸透系の技を放ち内臓を破壊し肺を破裂させる。
それによってリザードマンは大量の血を口から吐き出すとその場に膝をつき、最後に心臓と脳を破壊され止めを刺された。
どうやら再生があっても脳と心臓を同時に破壊すれば命を奪えるようだ。
リザードマンは最後は断末魔の叫びすら上げられずその命を散らし魔石へと変わっていく。
「これでもしもの時は対処が出来そうだ。お前の苦しみは俺の糧となった。安らかに眠れ。」
そしてアキトはその魔石を拾いロビーへと戻って行った。
その顔には先ほどまでは無かった余裕が見え得られた力を実感して無意識に高揚している。
しかし、ロビーに行ったアキトはその顔を崩すのに10秒と掛からなかった。
ロビーに到着したのはアキトが最後だった。
そしてそこには見慣れない美女が一人居り、ヒムロの腕を取り寄り添っている。
アキトは眉間を指で揉むと冷静な声でヒムロの許へ移動し声を掛けた。
「それは何だ?」
アキトにはマップでそれが人間でない事が分かっていた。
その反応は白で精霊やテイムされた魔物を示す色をしている。
そのためアキトは『誰』ではなく『何』と問いかけたのだ。
するとヒムロはまるで自分の両親に婚約者を紹介する様な真剣な顔になりアキトに答えた。
「一目惚れしてテイムしました!怒られるのは覚悟していますが反省する気はありません!」
その言葉にアキトは他の仲間と同様に大きな溜息をついた。
既に最初から見ていたチヒロを含め、ミズキやフウカからも同じような態度を取られている。
しかし、考えればアキト自身もいずれはパートナーとなる天使を傍に置く事になる。
それにテイムは今の状況で考えれば戦力増強としては最も適した方法に思えた。
裏切る心配もなく魔物なので死んでもその気になれば替えが利く。
今の様子からするとヒムロに関しては無理だろうが、他のメンバーも可能ならサポートとしてテイムした魔物を付けるのも良いかもしれない。
それに目の前に居るのはそれなりに強力で有能そうである。
今もヒムロの腕を取っているが目はアキトから離れておらず、足も何時でも動けるように構えている。
これなら戦闘面において足手纏いになりそうでは無いので合格と言えるだろう。
「ヒムロ。」
「はい!」
「覚悟は出来ているな?」
「当然です!」
「なら良い。そいつは責任をもってお前が面倒を見ろ。」
「ありがとうございます。」
その様子に周りのメンバーも驚いているがヒムロはまるで結婚っを許されたかのように大はしゃぎをしている。
そしてアキトはヒムロから視線を外すと周りに目を向け先程決めた事を伝達する。
「今後、テイムが出来る者は一体に限り許可を出す。個人で部屋を取るなら同じマンション内なら別室も許可しよう。しかし、こいつの様にうつつを抜かすのは許さん。分かったか!?」
「「「はい。」」」
「ヒムロ返事は!」
「はい!」
「良し!それでそいつの名前は何なんだ?今後の事もあるから名前を把握しておかないとな。」
するとヒムロはここで初めて名前を聞いていない事に気が付いた。
彼はバツが悪そうな顔で頭を掻くと彼女に視線を向ける。
「名前を聞いてなかった。教えてくれないか。」
「やっと気付いたか。ずっと聞かれなかったら再戦を申し込もうと思っていた所だ。」
そう言って彼女は顔を背けてしまい一目見て怒っているのが分かる様に頬を膨らませてしまう。
それでも絡めている手はそのままなので周りからは単純にイチャついている様にしか見えない。
しかし余裕の無いヒムロはそれに気付かず慌てた感じ手を合わせると深々と頭を下げた。
これではどちらが主として主導権を握っているか分からないが周りで見ているものとすれば反面教師となって見事な役に立っている。
「ごめん。俺も浮かれてたんだ。だから教えてくれよ。」
「本当に?」
「本当だからな。」
すると彼女はやっと機嫌が直った様でクスクス笑い視線をヒムロに戻した。
それでようやくヒムロもホッとして凛々しい(仮)の表情を浮かべる。
「フフフ、しっかり反省するのだぞ。」
「勿論です。」
「だが教えてやりたいが私にはまだ名前が無い。先日生まれたばかりで誰も私に名を付けていないのだ。だからお前が好きに名前を付けてくれ。」
「俺でいいのか?」
「お、お前以外には・・・嫌だ。」
すると今度は顔を赤くして恥ずかしそうに横を向いてしまう。
それを見たミズキとフウカはニマニマした顔をヒムロに向けるとヒソヒソと内緒話を始めた。
「二人ともアツアツですね。まるで夏の砂浜の様です。」
「そうだね。こりゃ、個人で部屋を借りるのは確定だね。」
「でもリア充は爆発するべきだと思うのよ。」
「部屋を取ったら密かに忍び込んでC4爆薬でも仕掛けちゃう?」
「仕掛けちゃおうか?」
そして彼女達の言っている事が現実で可能か?と言えば可能である。
それぞれに爆発物は複数所持しており、鍵が掛かっていたとしてもそれを開ける技術も持っている。
何気に頭を悩ませているヒムロ以外には全員に聞こえているのだが、そこを指摘て止めないのがこのチームの凄い所でもある。
そして狙われていると気付いていないヒムロは悩んだ末にその名を口にした。
「白なんてどうだ。」
しかし口にした瞬間に横からジャブが、ミズキからブローが、フウカから蛙飛びアッパーが炸裂した。
そして連続コンボをくらったヒムロはその場で意識を失う事になる。
その意識が無い内に3人の女性は冷たい目をヒムロへと向け。
「お前にはネーミングセンスが無いのか!そんな名前で私が納得するはずがないだろう。!」
「本当に女心を理解しない男ですね。せっかくデレてるんですからそこは一気に良い名前を付けて決める所ですよ!」
「名前を聞いてないのだけでもアウトなのに。どうしてそんな名前に行き付いちゃうかな!」
まさに酷い言われようだがシロと付けようとした時点でどの言葉も正論である。
アキトとチヒロも手は出していないが内心では同じ意見であった。
せっかく有能な魔物をテイムしたのだから、その絆に罅を入れる様な事はしないでもらいたいものだ。
その後、魔法で回復させられたヒムロは3人に蹴られて意識を取り戻した。
しかし、意識の無い状態で蹴られる事に若干嬉しそうに見えたのは、それを目撃した誰もが見なかった事にしたのは本人には秘密である。
そして変態の烙印を押されたヒムロが意識を取り戻しすと腹と顎に手を当てて立ち上がった。
「お前ら本気で痛かったぞ。せっかくいい名前を思いついたのに衝撃で忘れちまったぜ。仕方ないからもう一回考え直しだよ。」
そしてアレを良い名前だと豪語するヒムロは周囲から氷点下を下回る視線を浴びながら再び考えた名前を口にした。
「シロ・・・」
すると3人の女性は仇敵をイメージして居る様な顔でシャドーボクシングを始めた。
しかし、その目は見えない敵ではなくヒムロに固定されている。
ヒムロもそれに気が付くと咄嗟に口を噤み、まるで極寒の地に立っているかの様な寒気を感じた。
しかも、その拳からは空気が炸裂するような音が聞こえ、その拳圧がヒムロの頬を鋭く撫でている。
そして、もう次が最後のチャンスだと身をもって感じ取ったヒムロの脳は今までに無い程の働きを見せた。
そのおかげかヒムロは自力で思考加速のスキルを習得し無意識にその能力を最大限に使いこなした。
しかも命と愛する者が懸かった瞬間のため、そのレベルは上昇して行きレベル4まで到達する。
そして引き延ばされた時間のおかげでヒムロの灰色に染まった脳にも天啓が舞い降り、とうとう最良の名前を思考に浮上させた。
「なら白媛でどうだ。」
すると3人のシャドーボクシングがピタリと止まり鋭く吊り上がった目元が緩んで笑顔へと変わった。
「白媛、シラヒメ。良い名前だな。気に入ったぞ。」
「アナタにしては良い名前ですね。」
「さっきのよりはマシね。でも、もしも変な名前を付けたらアンタの命を私達で狩り取ってたわよ。」
ヒムロは3人の言葉に何度も頷くと、助けを求める様にシラヒメに視線を向ける。
するとこちらも肯定する様にニコリと微笑まれてしまいヒムロはその顔を引き攣らせる。
その瞬間、彼の頭の中では女性が3人寄れば『姦しい』ではなく、『恐ろしい』に変換されるがそれが口から出て来る事は一生なかった。
その後、彼らは予定通りにこのホテルを起点に結界を張るとそのまま魔物の討伐を開始した。
その中でシラヒメはヒムロたちに劣らない程の働きを見せ、アキトから本格的に認められる事になる。
そして残っていた討伐が終わると近くの民家に向かい安全である事を告げて周囲への伝言を頼んだ
その後はユウ達と合流するためにフェリー乗り場へと向かい、その場を後にした。




