33 厳島②
ユウが水族館まで魔物を倒しながら進んでいた頃、アキトたちも魔物を狩りながら進んでいた。
今ではレベルも15を超えているため、既に雑魚であるゴブリンやコボルトでは相手にならない。
しかし彼らが通った場所には魔石が散乱し、足を止める暇もなく魔物が向かって来る。
どうやらユウたちの方よりもこちらの方が遥かに魔物が多いようでマップの3割近くが魔物を示す赤い光点で埋まっている。
しかもその中にはいまだに見た事のない個体がいるようで名前が表示されていない。
そしてもし強敵だったらと考えると体力を無駄に出来ず、数の暴力に次第に焦りが見え始める。
「クソー!流石に多過ぎだろ。」
するとあまりにも魔物の数が多いためヒムロの口から愚痴が零れた。
しかし、言葉に出さないだけで思っている事は全員が同じである。
倒しても倒しても魔物が尽きる気配がなく、一時撤退しユウ達と合流する意見も出始めた。
「口よりも手を動かせ。今のところは雑魚ばかりで対処は出来ているぞ。それにこれ位の数ならユウは一人で殲滅するぞ。」
しかし、アキトは周りに檄を飛ばし撤退の進言を却下した。
それを聞いてヒムロは微妙な表情を浮かべるがそれに関しては他の3人も思いは同じだった。
「アキトさん。ユウと一緒にしないでくださいよ。アイツの殲滅速度が異常なだけです。絶対何かのスキルでドーピングしてますよ。」
「そんな事は最初から分かっている事だ。しかし、俺達には実戦と訓練で培った経験がある。」
そして互いに話しながらも手に持つ剣は今も魔物を切り裂いていく。
実際ユウならこの魔物の群れでも一人で倒しきるだろう。
彼には上位スキルの剣聖の他にも思考加速に並列思考などがあるためマップを見ながら倒す順番を決めてその通りに戦えば良いだけだ。
更にスキルで防御力を底上げできるので囲まれても彼らの様に傷を負う心配はない。
また、武器の破損も考慮せずに戦えるうえに、その攻撃範囲も伸ばすことが出来るのでこの程度の相手なら押し返す事すら可能だろう。
しかし、弱い魔物でも数は力となる。
過去にアリシアが弱い魔物であるゴブリンの群れに蹂躙されたように。
油断すればクリティカルを貰い死んでしまう可能性も0ではない。
未だに防護系のスキルを持っていない彼らにも顔や首などの急所が残っていた。
ゴブリンは知能が低いので特攻しか考えていないが数を生かした攻撃がミズキとフウカに集中しているので負担にも偏りが大きい。
ただ、その目にはあからさまな欲望が宿っており、彼らの狙いが何なのかは明白である。
その為、ヒムロとチヒロにはコボルトが集中し悪い流れが出来ていた。
コボルトはその本能から弱点を読み取り、首から上を執拗に狙って来るからだ。
しかも、そうと思えば疎かになった足に攻撃を加えて来るので戦闘に苦労していた。
そしてアキトはそんな彼らをフォローしつつ、その外で指示を出している上位種に迫ると見事に首を飛ばして見せる。
ちなみに魔物たちが少なからず統率された動きをしているのもこの上位種が原因である
ゴブリンはホブゴブリンが、コボルトはハイコボルトと呼ぶべき大きな個体が指示を出し階の魔物はそれに従っている。
アキトはその個体の頭を銃で射抜いて指揮系統を破壊し統率を崩して行く。
そしてこの乱戦で彼らのレベルも上昇し次第に余裕が見え始めた。
その結果、敵が押し寄せるよりも早い殲滅速度へと変わり魔物を押し返し始めた。
しかも、後ろにいた上位種をアキトが仕留めたのが大きく統率を失い始めた魔物は次第に烏合の衆へと変わり腰が引けている者まで出ている。
その結果、逃げ出す魔物も出始めるとその流れは時間と共に大きくなり次第に戦いと呼べる代物ではなくなっていく。
そして、アキトが全ての上位種を仕留め終えた直後に全力の威圧を込めた咆哮を上げた。
「そこを退けーーー。」
すると残っていた魔物たちも威圧に当てられ完全な恐慌状態に陥り四散して逃げて行く。
後で討伐をしなければならないが今は疲労の回復と安全の確保の為に結界の設置が優先である。
結界さえ張ってしまえば安全な拠点を確保することが出来、なおかつもしもの時の撤退も可能だ。
そしてアキトたちはやっとの思いで学校に辿り着くと渡されていた結界石を設置した。
しかしユウたちと別れたフェリー乗り場から僅か200メートルの距離しか進んでおらず、予定よりも時間を消費してしまっている。
そのため、彼らは装備を整え軽い休憩を取ると立ち上がって顔を向かい合わせる。
「思いのほか時間が掛かってしまった。次のポイントに行くぞ。」
「確かこの先のホテルだったわね。」
「ああ、そこに結界石を設置すればこの先の港と民家を結界内に入れることが出来る。」
そしてアキトとミズキの確認に他の者も頷き、慎重に先へと進み始めた。
しかし、先ほどアキトの威圧が効いたのか、多くのゴブリンとコボルトはこの後の道で襲って来る事は無く順調に目的地へと近づいて行く。
しかし、ホテルに到着したアキトたちはその状況に警戒すると足を止めて物陰に身を隠した。
そして問題の場所に視線を向けるとホテルの入り口は無残に破壊されフロントも荒らされている。
だが、床に残る足跡から、まだ魔物が侵入してそれほど時間は経っていないようだ。
その証拠に落ちている土はまだ黒く湿っており乾き切ってはいない。
恐らく近くの森からここに侵入して来たのだろうが、足跡からするとかなり大きな魔物が中には居るらしい。
そしてマップを見るとこのホテルに侵入している魔物は全部で3匹。
どれも名前が表示されておらず初見の魔物なのでデータがない。
だがここには今も数人の生存者が立て籠っている様で人の反応もある。
しかもそれぞれの魔物が人の居る場所へと向かっているので多くの時間は残されていなかった。
そのため各個撃破する余裕が無いと判断したアキトは3班に分かれて魔物を仕留める事にした。
「お前たち分っているな。危険だが分れて一気に殲滅する。ミズキとフウカは1階の魔物だ。ヒムロとチヒロは2階に行け。残りは俺がやる。」
「「「「了解!」」」」
「いいか。死んでも一般人に手を出させるなよ。銃火器の使用も許可する。仕留めたらここに集合だ。」
そして全員がその場から走って散って行ったが、それぞれ手には既に短剣ではなく銃が握られている。
最初に魔物と遭遇するのは一番近いミズキとフウカだ。
どうやら魔物は厨房に向かっているようでこのまま行けば苦労をせずに背後を取る事が出来る。
しかし魔物が向かう先には人の反応が有り、おそらくそこに隠れて居るのはこのホテルの従業員だろう。
彼らは一番奥の部屋に固まり息を潜める様にして隠れている。
そして廊下の角から魔物を確認するとそこにはコモドオオトカゲの様な魔物が尾を向けて歩いていた。
だがその大きさは5メートルを軽く超えている。
また体つきも筋肉質で手足は象の様に太くまるで蜥蜴というよりもドラゴンの様だ。
この時の彼女達は知らなかったがその魔物はレッサードラゴン。
ドラゴン程ではないが強靭な体を持つ蜥蜴系の魔物で上位の存在となる。
通常なら彼女たちのレベルで勝つ事は出来ない相手であるが、今回に限っては周囲の状況と装備が味方してくれている。
しかも今回は総理によってあらゆる武器の使用が許可されている。
そのため護衛する対象と共に如何なる状況下でも対処が可能な様に装備を充実させていた。
「フウカ、アレ出してアレ。」
「あれって何よ。対戦車ミサイル?それとも対戦車ライフル。」
「ライフルの方を出して。あの巨体なら通路の関係でこっちにはすぐに気付けないでしょ。壁を突き破って逃げられない様に一発で仕留めるから。」
「は~・・・まさか、冗談で持って来たこれの出番が来るなんてね。先日装備の強化をしておいてよかったわ。」
するとフウカはミズキの提案に答え対戦車ライフルを出し床へとそっと置いた。
そしてミズキは腹這いになって銃を構えると静かに弾を込めて準備を整える。
しかし、その音をレッサードラゴンは聞き逃さなかった様で壁を破壊しながらこちらに顔を向ける。
「ガア゛ーーーー」
そして獲物を見つけた喜びから口を大きく開けて咆哮と共に向かってきた。
しかし、ミズキは焦る事無く、逆にその口元に笑みを浮かべる。
「いい子ね~、そうよ。こっちに来なさい。」
ミズキはそう言いながらトリガーに指を掛けると唇を舐めて湿らせ照準を決める。
そして背中から撃っても確実に仕留められる保障はなかったがこの位置なら確実に頭を打ち抜く事が可能だ。
しかも周りの通路はそれほど広くはなく、狙いは絞りやすい状態になっていた。
そして口を開けたレッサードラゴンとミズキの距離が3メートルを切った瞬間に彼女は引き金を引いた。
その直後、ミズキは反動と激しい銃声にその身を殴られ顔を顰めるが至近距離まで引き付けた甲斐もあり弾丸は狙っていた場所へと吸い込まれる様に向かって行く。
銃弾は一瞬にしてレッサードラゴンの上顎から上をミンチに変えると肉と血は周囲に飛散させた。
その直後には真赤に染まった廊下は消え去り、何も居なかったかのように大きな魔石と弾痕だけを残している。
それを見てミズキとフウカは大きく息を吐き出しすと体を起こして顔を見合わせた。
「ちょっとミズキ、引き付けすぎなんじゃない。」
「いいじゃない。一撃で仕留められたんだから。」
「それもそうね。」
そして二人は「フッ」と笑いハイタッチすると奥に隠れている人達の許へと向かって行った。
その頃ヒムロとチヒロも魔物を発見していた。
それはコボルトの様にも見えるがその存在感がまるで違う。
肉体は細く見えるがあれはおそらく極限まで引き締まっているのだろう。
服も鎧も身に着けていないがその体は雪の様に白く二足歩行のオオカミの様だ。
その魔物の名はウェアウルフ。
俗にいうオオカミ男、又はオオカミ女である。
恐らくここにユウがいれば開口一番にテイムしようと言い出すほど美しい姿をしていた。
その場合は嫉妬したホロに噛みつかれる未来が待っているがそれは自業自得だろう。
しかし、廊下の角から覗いているとウェアウルフは立ち止まり突然ヒムロ達の方へと振り向いた。
そしてそのまま自然体と言った振る舞いでスタスタと歩いて近づいて来る。
「これはバレたな。」
「どうする。一時撤退するか?」
しかし、そう話し合う二人の耳に予想外にも人としか思えない声が聞こえて来た。
「そこに隠れているのは人間ですね。匂いは覚えたので逃げても無駄です。すぐに出てきなさい。」
その瞬間に2人は互いに驚いた顔を向け合いながら昨日の事を思い出した。
それはスキルには相手と会話を成立させるものもあり、そのレベルを上げると魔物だと会話が可能と言う事だ。
しかし、もしそれを知らなければ2人は警戒と共に混乱を強め、姿を見せずに退散するか即座に攻撃へと移っていただろう。
そして、その声から分かるのはウェアウルフは女であると言う事だが、二人は対話が可能かもしれないと判断すると通路の影からその身を晒した。
「仕方ねえな。」
「いきなり襲い掛かるのは勘弁してくれよ。」
そして二人がゆっくりとウェアウルフの前に出ると体は瞬時に硬直しその目を疑った。
しかしこれは敵がスキルを使った訳でも恐怖に硬直した訳でもない。
そこにはあまりにも予想外な姿があり、目の前には白髪で色白の美女が裸で佇んでいた。
しかもその美女は服を着ていないのが当たり前の様に堂々とした佇まいをしており先程のウエアウルフとダブって見える。
しかし、さすがの美女も二人に視線を固定されて恥ずかしかったのか腕で前を隠すと顔を僅かに赤らめた。
ただ、男によってはその恥じらう姿にこそ心を震わされ惹き付けられる物も存在する。
それが絹の様な滑らかで白い肌と髪を持つ美女なら猶更だ。
「貴様ら、そんなにジロジロと見るな。さすがに恥ずかしくなって来る。その~何か服を寄越せ。」
するとチヒロは急いで自分の服を取り出すと、目元を隠しながら投げ渡した。
もしここで相手が油断を誘うためにそんな仕草や言動を使ったのならチヒロは殺されていただろう。
しかし、その横に居るヒムロはまるで撮影中のカメラの様に微動だにせず、瞬きさえも忘れた様に視線を向けていた。
所謂ガン見である・・・。
「サイズが合わないのは我慢してくれよ。それよりお前は何だ?何でここにいる?」
チヒロは服を投げながら彼女がここにいる目的を問いかけた。
発見してからずっとだが彼女には他の魔物と違い全く殺気が無い。
その目は鋭くはあるが理性が感じ取れ、今も自分達を襲うような素振りもなさそうだ。
それに言葉が話せるとすればもしかしたらマーメイドと同様に人間に友好的な魔物なのかもしれない。
女は始めて服を着る様に苦労しながら手足を通すとチヒロの問いに口を開いた。
「私はウェアウルフだ。三つの姿があり人、オオカミ、そして先ほどの姿に変身できる。それでここが何処か分からず人を探していたのだが、そこにお前たちが現れたと言う訳だ。」
「人を食いに来たんじゃないんだな?」
チヒロはここで最も重要な事を問いかけた。
流石に人食いの魔物を見過ごす訳にはいかないからだ。
「人?ああ、気が向けば食うかもしれないが今は食指が動かない。それに私が求めるのは強者だけだ。私の中で一番強い欲求は強者と拳を交える事だからな。」
しかし、希望とは裏腹に彼女から出た言葉で重要な所は曖昧な物だった。
そして食事が必要のない魔物にとって食べ物とは娯楽以外の何でもない。
すなわち人が美味しいと認識すれば食うようになる可能性もあると言う事だ。
そしてチヒロは対応に困り、先程から一言も話さないヒムロに声を掛けた。
いつもはこういう時には率先して行動するのだが先程から微動だにせず、ずっと前だけを見ている。
「ヒムロ、どうする。・・・おいヒムロ。」
しかしチヒロの呼びかけに中々答えない為、彼はヒムロの肩を掴んで声を掛けなおした。
するとようやく反応が返って来るがその顔はまるで夢から覚めた直後のようだ。
「大丈夫か?」
「あ、ああ、大丈夫だ・・・。ここは隊長に相談・・・は出来ないな。どうやら接敵してるみたいだ。ならここはもう一人の経験者に聞くしかないか。」
そう言ってヒムロはその人物であるユウへと電話を掛けた。
その頃のユウは既に結界石を設置し終え、魔物の駆除に移っているのですぐに電話が繋がった。
『ヒムロから連絡が来るのは珍しいな。どうしたんだ。』
「すまないが聞きたい事があるんだ。」
『どうしたんだ?珍しく真剣な感じだな。』
「頼む!魔物のテイムの仕方を教えてください。教えてくれたらその恩は後できっと返す!」
そしてヒムロは今にも土下座しそうな勢いで電話に叫んだ。
彼にとって目の前のウェアウルフの美女はストライクゾーンのド真ん中だったのだ。
どうしてもテイムしたくなったヒムロは周りの状況など頭から吹き飛んでいる。
有体に言えば一目惚れである。
しかし、暴走するヒムロにチヒロが待ったを掛けた。
「おい、待てヒムロ。隊長の許可を取らないで勝手な事をするな。下手をしたら処罰の対象に・・・。」
しかし、慌てて声を掛けるチヒロだがヒムロの顔を見て言葉を止める。
その目には今まで見て来た彼の面影はなく、真剣その物であったからだ。
まるで「娘さんを下さい!」と両親に挨拶に行く男の様だ。
そしてユウからはヒムロを見る事は出来ないが、その声から真剣であると感じ取り方法を教える事にした。
『そちらがどういった状況かは知らないが大きく分けて手順は二つある。まずは強さを見せつけて相手を屈服させろ。ただし絶対に殺すな。それが出来れば相手がヒムロの力を認めてテイムが可能になる。それとちゃんとテイムのスキルは取っておけよ。』
「ああ恩に着る。お礼については後で話そう。」
『気にするな。それよりも後でちゃんと相手を紹介してくれよ。』
「当然だ!」
そして電話を切って彼女を見ると何が楽しいのかクスクスと笑っていた。
「お前、私の主になりたいのか?」
「その通りだ!」
「ならば私を倒してみろ。私も女だからな。この身は強い雄を求めている。お前が私に勝てばお前が望むモノになってやろう。しかし、負けた時はどうなるかは覚悟しておけよ。」
そう言って彼女は傍の窓を開けるとそのまま外へと飛び降り、ヒムロもその後を追って窓から飛び出した。
そしてチヒロも大きな溜息をつきながら窓に手を掛けると二人を追いかけて下へと降りて行った。
二人は開けた場所に移動するとヒムロはナイフを手に取り彼女はウェアウルフの姿に変身した。
すると体格も大きくなりチヒロから借りた大きめの服が丁度いいサイズになる。
そして手の爪を伸ばすとヒムロに向かって構えを取った。
「合図を頼む。」
チヒロは溜息をついて硬貨を取り出すと動きを止めて2人へと視線を向ける。
互いに準備が整ったのを確認すると親指を弾いて硬貨を頭上へと飛ばした。
そして硬貨が地面に落ちた瞬間、二人は一気に間合いを詰めると爪とナイフをぶつけ合い火花を散らせぶつかり合う。
しかし、数回切り結んで最初にダメージを受けたのはヒムロだった。
ウェアウルフは次第に攻撃の速度を上げておりヒムロの力を確認している様にも見える。
その様子からウェアウルフにはまだ余裕がありそうだが、今の時点でもヒムロの方は限界に近い。
「それなりに速いじゃないか。」
「その様な事を言っていても良いのか。そろそろ限界ではないか?」
「ハッ!何言ってやがる。勝負はこれからだぜ!」
そう言ってヒムロは視覚強化と身体強化にポイントを使い速度を上げていく。
それを感じ取ってウェアウルフは速度を上げると口元に獰猛な笑みを浮かべた。
「そうか、まだ楽しませてくれるみたいで安心したぞ。」
「お前こそ、そんな単調な攻撃だけでいいのか?」
するとヒムロの動きが突然変わる。
動きにフェイントが混ざり正面からの攻防だけでなく受け流し等も加わっていく。
「ホホー、中々に美しい動きだな。気に入ったぞ。」
するとウェアウルフは見ただけでその動きを取り入れ実力を上げ始めた。
通常なら長い時間を必要とするが彼女は目で見て体で受けるだけでその動きを吸収してしまったようだ。
「こりゃ油断してると俺の全てが持ってかれそうだな。」
「そうならない様に早く私を倒すのだな。言い忘れたが私はウェアウルフの上位種ではない。近接戦闘に特化した変異種だ。さあ、もっとお前を見せてみろ。」
二人は笑い合いながら言葉を交わし、命を賭けて体をぶつけ合う。
これが模擬戦で互いの手にあるのが殺傷能力のない模造刀なら何も問題が無い。
しかし、残念ながらヒムロが持つナイフもウェアウルフの爪も互いに相手を殺せる力を持っている。
その証拠に互いにいたる所へと傷を作り血を流していた。
だがどの傷も致命傷には程遠く攻防に終わりは見えない。
そんな中、チヒロは二人の会話を拾い知らない単語を聞き取ると何か助けになればと知識を持つであろうライラに連絡を入れた。
「ライラさん、俺達は今ウェアウルフの変異種と言うのと戦っているんだがそれはどう言ったモノなんだ?」
『変異種は上位種が更に進化した魔物よ。魔物の中で時々も稀な存在で剣に優れればソルジャー、魔法ならメイジ、格闘ならグラップラーと呼ばれるわ。』
「そうなると俺達の前にいるのはおそらくグラップラーだろうな。本人も近接戦闘に特化していると言っていた。」
『気を付けるのよ。通常、変異種には相手の弱点を突いて討伐するから接近戦はお勧めしないわ。』
それは既に手遅れとしか言えず、チヒロは戦っているヒムロたちを見て頭を抱えて唸り声を上げた。
どう見てもヒムロはそのお勧めできない手段で相手を倒そうとしているからだ。
もっともユウが言うように相手を屈服させるにはこれしか方法はない。
チヒロはライラに礼を告げて電話を切ると今聞いた情報をヒムロへと伝えた。
「ははは、そりゃキツイ訳だ。」
「お前たちには中々の知恵者がいるようだな。それでどうする。私は別に構わんぞ?」
「それじゃお言葉に甘えて。」
『パワー』、『スピード』。
するとヒムロは白魔法で自分の能力を強化すると一気に攻勢に出た。
それによりヒムロの動きはウェアウルフを初めて上回り深い傷を刻んで行く。
「一気に決めるぜ!」
そしてヒムロは完全に防御を捨てるとダメージを恐れずに攻撃だけに集中する。
それは攻撃こそ最大の防御と言わんばかりの激しい攻めでウェアウルフは反撃の手を止められてしまう。
するとその時、ヒムロの中で変化が起きパズルのピースが嵌る様な感覚を感じた。
それにより取得可能なスキル項目が変化し、そこに魔刃が追加される。
そしてその直後に自力で魔刃を習得し有利な展開にも関わらず一旦距離を取った。
このまま押しても紙一重で勝てる可能性は高いがここはそのチャンスを捨ててでも敢えて距離を取る事を選んだ。
何故ならヒムロの目的は相手を倒す事ではなく認めさせる事だからだ。
あのまま戦っていれば勝つ事は出来ても恐らく互いに致命傷を与えるまで止まらなかっただろう。
それを防ぐ為に一旦距離を取り仕切り直しを選んだのだ。
離れてすぐにヒムロはスキルを一瞬で確認し驚きを感じながらもその口元に笑みを浮かべた。
そして残りのスキルポイントで魔刃を強化し、スキルを発動すると手の中のナイフが赤い魔力光に包まれる。
それは人によっては血の様な色に見えるかもしれないが、ヒムロにとっては深紅のバラの様に見える。
それを見てウェアウルフはその口元を吊り上げると自ら動いてその爪を振り下ろした。
しかし、ヒムロは焦る事無く相手の動きに合わせて軌道上にナイフをかざして見せた。
すると爪はナイフに当たると同時に呆気なく切り取られ虚しく地面に転がり落ちる。
それを見て互いに時間が止まったかの様に動きを止め、数秒すると互いに向き合ったままその場に立ち尽くした。
すると彼女は姿を人に戻しヒムロとの距離を詰めると腰に手を回して体を密着させる。
「まあ、今のところは合格にしてやろう。でも油断しない事だ。お前が私よりも弱いと感じた時はまた戦いを挑む事にする。私は強い雄にしか興味が無いからな。」
どうやら彼女は強気な態度を取りながらもヒムロの事を認めた様だ。
最後だけ何処となくツンデレに聞こえるがきっと気のせいだろう。
そしてヒムロは包み込むように相手を抱きしめるとこちらも強気な言葉を返した。
「望む所だ。再戦はいつでも受けて立つ。」
「その言葉、忘れませんよ」
ヒムロはそう言ってニカッと笑って強く抱きしめると彼女も笑顔を浮かべて顔を寄せる。
その瞬間にヒムロはスキルを使い彼女をテイムすると自分からも顔を近づけ口づけを交わした。
それを横で見ていたチヒロは安堵と呆れから大きな溜息を零し肩を落とした。




