28 蜂蜜を求めて②
「それではこちらにどうぞ。あそこに見える建物が奴らの巣になります。」
俺達は誘導に従い山を登り始めると言われた方向に建造物を発見した。
しかし、普通の建造物と違い見える範囲には窓は見当たらず、マーブル模様の壁に覆われているだけだ。
大きさもちょっとした家並みで周囲に建物が無いので凄く浮いて見える。
そして、道を登りながら空いた時間で互いに自己紹介を行う事にした。
やはり今後の付き合いも狙っているのでこういう所は最初が肝心だろう。
ちなみにカキネさんはこの地で養蜂を始めて十数年の男性だ。
歳も30歳後半と言っているが外見は前半と言ってもいい程に若々しく見える。
もともと若く見える人なのか、それとも自分で作る蜂蜜のおかげか。
ただミズキとフウカはそんなカキネさんを食い入るように見つめている。
その為二人に見られている(睨まれている)と思ったカキネさんは密かに移動して俺を間に挟む位置取りへと変えた。
俺は二人を一瞥して苦笑を浮かべ早めに謝罪と説明をして誤解を解く事にした。
「すみませんね。彼女達は少し気が立っているんです。いつもはもっと優しくて明るい人たちなんですが。」
「は、はあ~。でもうちに直接蜂蜜を買いに来る女性は半数があんな感じですから大丈夫です。どうも口コミで変な噂が広がっているみたいで。」
「どんな噂ですか?」
「恥ずかしながら私は来年40歳になるのですが見た目が若いのがここの蜂蜜のおかげだと広げた人がいるみたいなんですよ。確かに毎日健康のために少しだけ蜂蜜を食べていますが医学的根拠は何もありません。まあ、そのおかげでここの蜂蜜はいつも在庫が不足していて困っている状態です。」
そう言ってカキネさんは溜息をついてオレの前ではなく横を歩き始めた。
俺が謝罪と共に軽く説明したので危険がない事を分かってもらえたようだ。
しかし、それなら今回の事は彼にとっては幸運かもしれない。
まだ確認はしていないがハニービーなら季節に関係なく蜜が取れるとアリシアが言っていた。
確かに材料が魔素ならばそれも頷ける。
しかも今度の蜂蜜は本当に効果がある可能性が高い。
きっとしっかり管理して売り出すことが出来れば多くの人がここの蜂蜜の恩恵を受けられる様になるだろう。
その為にもまずはカキネさんを説得して蜂の管理をしてもらわなければ。
そして話していると先ほどカキネさんが言っていた建物が見えて来た。
それは茶色の六角柱の様な建造物で今も蜂たちの一部が外壁を建造している。
どうやら作り始めてまだ日が浅いようで所々が湿っていて色が濃く、塞がっていない外壁からは中を見ることが出来る。
それでも既に横幅が30メートルを超え、高さも20メートルはありそうだ。
中の構造は階層式になっているようで成虫の他、幼虫の姿も見えた。
どうやらこの魔物は自己繁殖が可能なようで蜜を作るのも子育てが必要だからだろう。
そしてカキネさんはある距離まで近寄ると足を止めてこちらへと振り向いた。
「私が近寄れるのはここまでです。これ以上近寄ると奴らに威嚇されます。どうかお願いします。奴らを倒してこの土地を取り返してください。そうしなければここの土地が奴等に奪われてしまいます。」
カキネさんは必死な顔で俺の腕を掴み頭を下げて来た。
しかし、それだけこの場所が大事と言う事なのだろう。
それに彼の中ではあの蜂は敵として認識されているので説得は大変そうだ。
そして俺は最終確認の為に視線をアリシアに向けた。
「アリシア、確認だけどあれはハニービーで合ってるのか?似てるけど別物とかはないよな。」
「大丈夫です。匂いも形もハニービーで間違いありません。」
俺はアリシアに匂いと言われて周囲に漂う匂いを嗅いでみる。
すると巣がある方向からとても甘く優しい蜂蜜の匂いが漂ってきた。
その匂いに普通の蜂蜜の様な花の匂いは感じられないが、癖の無いスッキリとした匂いが感じられる。
ただ蜂蜜には地域によって特徴が出やすいが、ここの蜂蜜は簡単に言えば特徴が無い。
匂いは味の上で大事な要素の一つなのでこれが本当に美味しいのか疑問に感じてしまう。
その為つい心配そうな表情を浮かべてしまったようでアリシアは説明を加えてくれた。
「今は季節が悪いのできっとハニービーが何も食べてないからです。すみませんか幾つか果物を貰えますか?」
その言葉に俺は首を捻るがアリシアに言われた通りミカン、リンゴ、キュウイ、メロン、バナナ、パイナップル、葡萄、八朔、イチゴを取り出してアリシアの手に乗せていった。
まあ、これくらいは果物と言えば一般的などころだろう。
出来ればマスカットを渡したかったが、先日に家で出して切らしてしまっている。
しかし、今出したのは十分なストックがあるので足りなければまだまだ出す事が出来る。
(買い溜めしておいてよかった。こういう所で役に立つなら果物も喜んでくれるだろう。)
「待ってください!ちょっとって言ったのに多過ぎです。もう持てないので止まってください。」
そして気が付くと俺はアリシアが両手で抱えるほどの果物を渡してしまったようだ。
アリシアはそんな俺にジト目を向けて来るがすぐにその顔は苦笑に変わり耳元に顔を近づけると小声で囁いた。
「ユウさんと戯れるのは楽しいですが次は私の部屋でお願いしますね。」
「そう言う冗談は家で言う様に。」
「なら家の中では本気で誘いますね。」
なにやら家に居る時の危険性が増してしまった気がするが、そろそろ扉を鍵付きに取り換えた方が良いだろうか。
日増しに彼女達の積極性が増しているので家の中でも不安になる事が増えてきた。
俺は草食系なのに周りが肉食系なので近い内に狩られて餌食にされそうだ。
そして、俺が別の事で心配を募らせているとアリシアは俺から笑いながら離れてハニービーの巣へと近寄って行った。
そしてカキネさんが言っていた通り、彼の足元の境界を超えると巣から蜂たちが飛び出してアリシアへと近づいて行く。
そして蜂たちはアリシアの前でホバーリングをして停止すると羽を鳴らし威嚇を始めた。
しかし、アリシアに焦りの色は見えず、手に持つ果物を下ろすとその1つをハニービーへと放り投げた。
するとハニービーはそれを口で受け取り咀嚼して飲み込むと威嚇の音が止まり自分の巣へと帰って行った。
そして次に出て来たのは1メートルはある大きなハニービーだ。
恐らくここの女王で先程戻ったハニービーが呼んで来たのだろう。
俺はこの女王をクイーンハニービーと呼ぶことに決め警戒は怠らずに様子を見守る。
するとクイーンはアリシアと向かい合うとその口から甲高い音を出して何かを伝えようと鳴き始めた。
「キーーーキキーーー。」
するとアリシアも同じような声を出しまるで会話をしている様だ。
それに周りに居る蜂達も先程とは違って威嚇はせず、大人しく成り行きを見守っている。
「キキキーーーー。」
だがハッキリ言って何を話しているのかさっぱり分からない。
しかし、アリシアの顔を見ればどうやら言葉が通じているようだと感じられる。
そしてその姿を見て呆気に取られていると隣に来たライラが教えてくれた。
「言語のスキルを高レベルにすると色々な生き物と話が出来るのよ。アリシアはこの時の為に溜めていたスキルポイントを言語に使ったみたいね。」
「確かにこういう時には便利そうだけど、俺達には出番が少ないかもしれないな」
「そうかもしれないわね。それにあまり使わないスキルだからレベル10まで上げている人は見た事ないけど、噂によればレベル10まで上げると言葉ではなく思念で会話が出来る様になるらしいわ。でもそれは他のスキルにある意思疎通と能力が被るからあまり意味がないかもしれないわね。それでも明確な意思は言語の方が伝わりやすいからこれはこれで使う場面もあると思うわよ。」
確かに言葉とは相手に意思を伝えるだけが目的ではない。
人がそれぞれに自分の想いを大切な相手に伝えるものでもある。
時々は悪い意味でも使われてしまうが、俺も想いを伝えるなら相手に通じる言葉で伝えたいと思う。
そうしてライラと話している最中にもアリシアとクイーンとの話は続いていた。
「上質な果実を持った者が現れたと報告を受けましたが何の用ですか?」
「我々はそちらとの共存を望んでいます。その手段としてこれらの果実と交換で蜜を分けてもらえませんか?」
「我らは上質の蜜を作り仲間を増やす事を至上の喜びとしています。この果物があれば更に美味しい蜜が作れるでしょう。しかし蜜を差し上げる代わりに一つお願いを聞いてもらえませんか?」
「お願いですか。出来る事なら構いませんが。」
「私の魔物としての勘ですがおそらくアナタを含め、後ろの人たちは我々を大きく凌ぐ力を持っていますね。その力を使いこの巣を狙うキラービーを倒してもらえればこの果物と掛け合わせた蜜を差し上げましょう。もし、定期的に欲しいというなら果実と交換でお譲りしても構いません。この場所ならば我が子達に食べさせたとしても十分に余るのですから。」
「分かりました。少しお待ちください。」
アリシアはその場では頷かず、まずはユウたちに今の事を話して聞かせた。
すると特にミズキとフウカがこの話に食い付き、再び暴走状態を悪化させた。
「私達に任せなさい。今ならキラービーでもキラー衛星でも叩き落としてやるわ!」
「フフフ。その愚かな羽虫さんにはちょっと絶滅してもらった方が良いわね。」
「オイ、お前等。隊長の意見を確認してからだな・・・。『バリバリバリ!・・・バタ!』」
すると珍しく真面な意見を言おうとしたヒムロは左右からスタンガンを浴び地面へと沈んで行った。
もっともアキトとチヒロはヒムロが何か言い出すと同時に背中を向けて空を見上げ、双眼鏡を使ってハニービーの個体数を数えている。
どうやら、女性に対して下手に免疫があった分、ヒムロは車を降りてからの回復が早く判断を誤ったようだ。
それとも精神が疲労していたからこそ、普段では言わない様な真面目な事を口にしてしまったのかもしれない。
そしてその様子を見た人も、あえて見ようとしない人も半強制的にハニービーたちを助ける事に決まった。
当然ここの持ち主であるカキネさんもそれに巻き込まれることになった。
「ちょっと待ってくれ。駆除が何でそんな話になるのですか。それに私は魔物を倒した事もないのですよ!」
するとその肩を左右から忍び寄ったミズキとフウカが力強く掴み取った。
但し、二人の手にはスタンガンが今も握られており、軽快に『バチバチ!』と音を奏で次の標的を探している。
「大丈夫です。私達が優しく教えてあげますから。」
「そうよ。こんな可愛い女性が二人も手取り足取り教えてあげるんだから喜びなさい。」
周りはその様子を眼にしながら揃ってある光景が思い浮かんだ。
そこでカキネは手足の自由を奪われ糸によって操られる。
その背後ではミズキとフウカが黒い笑みを浮かべながら、ハニービーの蜂蜜を棒に絡めて口へと運んでいる様を。
ステータスが無いと言う事で最初は石を投げてもらうだけでも良いと思うが、この様子ではそうはならないだろう。
なので彼女達にはお手柔らかに指導してもらい、出来ればトラウマだけは植え付けないでもらいたいと願っていた。
もっとも今後の購入時に面倒ごとを避けるためにも、今回の事で誰かが訴えられるような事にならない為にもである。
とくに今の彼女達には美に対する狂気とも呼べるモノが見え隠れしている。
いくら見た目綺麗系のミズキと可愛い系のフウカでも、恐怖を掻き立てる笑顔で左右から凄まれればどんな男でも逃げ出したくなる。
しかし、ユウの中でも既にカキネに魔物を倒させ、レベル上げを行う事は決定事項となっている。
それに最低限、言語のスキルをアリシア並みにしなければクイーンハニービーとの交渉が出来ない。
それにレベルを上げておけばもしもの時に彼自身の力で魔物を倒すことが出来る。
安全の為にも最低限のレベル上げは必要な事だ。
そしてユウがマップで確認するとまだ夕方だというのにかなりの数のキラービーが飛び回っている。
それらは周囲を飛んでいるハニービーを倒して魔石を回収するとこちらとは別の方向へと飛び去っている。
その先には主であるクイーンキラービーが帰りを待っており魔石を取り込んでは卵を産む準備を行っている。
ハニービーは体内で魔素をためているので魔石に含まれる魔素も多く魔物にとっては滋養強壮の効果がある。
このまま放置すればカキネが望んだ通りにハニービーは居なくなるが、代わりに更に危険なキラービーがここへ住む事になるだろう。
「カキネさん。確かにこのままでは今まで通りの養蜂は出来ないでしょう。」
「そうだよ。ここは地域活性の為に町の皆と一緒に作り上げた場所なんだ。それをか、勝手には出来ないよ。」
「それはそうですが、恐らくはこの試みはこの世界で誰もした事の無い新しい試みです。彼女達が住んでいた異世界側では一般的らしいですが最低でも日本では初めての事になります。」
「日本初!?」
「もしかしたら世界初かもしれません。その先駆者としてここでハニービーとの協力関係を築けばその方が地域活性に繋がると思いませんか?」
「た、確かにその通りだ!もしかすると話を聞いて多くの若者が集まってくれるかもしれない!」
「その通りです。俺達も結界石の販売ついでに宣伝をしておきますからこれから一緒に頑張って行きましょう。」
「そ、そうですね。その方が良い気がしてきました。」
そしてユウは、二人をフォローするフリをしながら都合の良い予想を口にしカキネをとうとう納得させてしまった。
ただし、一部からは詐欺師を見る様な目を向けられているが言葉にしなければ伝わらない事は多い。
こういう所でも思いを声にして伝えるのはとても重要な事なのである。
そして、説得(洗脳)を終えたユウは再びミズキとフウカにバトンを投げ渡して後ろへと下がった。
「でも、ここで戦うとなると地形がちょっと不利かもね。」
「ここは山の上で森を切り開いて作った場所だから森に潜んでいる魔物を狩るのが大変そうね。」
蜂は空を飛ぶので高低差があまり関係ない。
こちらは土地勘の無い山を歩いて殲滅して行くので特にカキネさんの負担が高くなる。
最悪、男性陣で担いで移動する事も視野に入れておかなければならない。
すると悩んで居る二人へとアリシアが声を掛けた。
どうやらクイーンに状況を伝えていたようだがあちらから提案があったようだ。
「それならここを囮にしても良いそうです。ハニービーを全て呼び戻せばここに集まって来るだろうといっています。」
「でもそれだと危ないんじゃない?」
「巣が壊されても増え過ぎてしまったキラービーを減らす事を最優先にして欲しいそうです。そうすれば相手が自分達より強くても数が少なければどうにか出来るそうですから。」
「分かったわ。その予定で作戦を考えるわ。そういう事だからカキネさん以外の男性メンバーは分かってるわよね。」
「ああ、俺達で取り零しは対応しよう。」
「さすが隊長は話が早い!」
しかしアキトの目は今もここではないどこか遠くを見ているようにも見える。
ユウとチヒロはそれに気が付いているが何も言わず、藪を突いて鬼を出したくないので素直に指示へと従う事にした。
それにその横では今もヒムロが倒れているが誰も手を出そうとはしない。
その後、カキネの戦闘訓練も行われ、準備万端で迎え撃つ準備を終えた。




