27 蜂蜜を求めて①
俺達はまず、その足でアキトの下へと向かった。
アキト達が拠点にしているのは俺達の住む家の向かいのマンションだ。
国道を挟んで反対側だが俺達が向かう頃には彼らも車の前で待機していた。
先日東京から帰ったばかりなので旅支度に手間はかからなかったのだろう。
彼らも今では生活魔法を使えるので洗濯機要らずだ。
着替えた服はその場で綺麗にして旅行鞄かアイテムボックスに仕舞うだけなので放置していても問題はない。
しかしなぜだろうか。
俺を見る彼らの目がとても冷たい。
いや、呆れているのか?
そう言えば今から向かう理由は蜂蜜の事しか話していなかったな。
第2目的に目が眩んで本題を見失うとは俺としたことが失敗した。
俺は車から下りると真剣な顔でアキトたちの傍に向かった。
これから行く理由をちゃんと説明しておかなければ彼らも納得できないだろう。
俺がアキトの前に立つと先に話しかけられてしまった。
「相変わらずお前も物好きだな。美味い蜂蜜の為に危険を冒すとは呆れたぞ。」
「いや、それだけじゃないんだ。蜂蜜は健康や美容にも良いって言うだろ。疲労回復にも良いからきっと需要がある。今の内に交渉して優先買い取り権を持っていれば必ず役に立つ。」
(ん?魔物の調査の事を言おうとしたのに話の内容がズレてるな。)
しかし、そんな俺の内心とは裏腹にアキトの横で同じように呆れた視線を向けていたミズキとフウカの目の色が変わった。
彼女達の見た目はまだまだ若いがやはり女性として美容と言う言葉に反応してしまったのだろう。
そして二人はコマ落としの様な動きで俺の前に立ち、いつのまにか肩を握り締めて動けない様に拘束している。
どうやらこの僅かな時間で縮地と瞬動を身に着けた様だが、その目には戦闘の時を軽く上回る程の殺気が宿りこちらへとピンポイントで向けられていた。
「ユウさん。美容に良いとは本当ですか?」
「嘘だったら鞭打ちの刑だからね。」
(いや、君たち護衛対象に何言ってるの?それとも俺はその対象に入っていないのか?)
しかし、女性に対して本音を言えないのは世の常だろう。
それが年齢や見た目に関わる事なら猶更だ。
なので苦情は後でアキトに出しておくとして、俺は素直に聞かれた事に答える。
「嘘は言って無いよ。アリシアが言うにはハニービーは魔素を蓄積する器官があって、その魔素と果実や花を元に蜜を自分達で作り出すらしいんだ。それでその蜜は弱いけど回復薬としての効果もあるらしい。それはすなわち・・・。」
「「すなわち!?」」
「とても肌に良いって事なんだ。あちらの世界では王侯貴族が若さを保つ薬としても使っていたくらいから効果は実証済みらしいよ。」
すると彼女たちの目の鋭さが増し、感覚的にはアデルが目の前に2人居るみたいだ。
まるで強力な威圧を放っているような感覚に襲われ、その視線は即座にアキトへとロックオンされる。
それだけでアキトの額からは冷や汗が浮かび体の向きを変えた。
「よーし!貴重な蜂蜜採取に向かうぞー!お前ら準備は良いかー!?」
「「おお~~~!!」」
そして威圧に負けたアキトはミズキとフウカと共に車に乗り込んで行った。
それに車からは今もオーラの様に立ち上る気配が感じ取れる。
しかしあんな状態の二人と一緒にドライブなんて苦行にしかならないだろう。
もしかしたらあちらに着いた頃には男性3人は屍になっているかもしれない。
そして俺も車に乗り込むと鬼気迫る気配に急かされて即座に出発した。
しかしアキトが運転する車は俺達を置き去りにする勢いで走り始め、追いかけるだけでも一苦労だ。
まさに、警察が見ていれば確実に検挙される速度と急発進だろう。
(お~い、護衛対象を後ろに置き去りにしてますよ~。)
しかし女性の執念とは本当に恐ろしい。
美の追求と維持とはそれほどまでに人の心を狂わせるのだろうか。
俺もこれからはアヤネに関してもう少し気を使う事にしよう。
そうでなければ次に彼らの二の舞になるのはこの俺だ。
そして3時間の移動時間を予定していたのに目的地には2時間で到着した。
何度か職務を全うしている警察官に止められたが、アキトの持つ身分証と二人の威圧に心を折られ快く解放してくれた。
それを見て、俺はこちらの女性陣があんな風でなかった事を心の底から感謝した。
実際女性が肌を本気で気にし始めるのは30前後からだろう。
意識の高い人なら20代前半から気にし始めるかもしれない。
しかし、そうなるとミズキとフウカは丁度それに当てはまりそうだ。
恐らく彼女達もそろそろ三十路・・・ゴホン!
その思考の途中で背中に寒気を感じ危険察知のスキルが全開で反応を始めた。
そしてアキトたちの乗る車から二人の鬼女が睨んでいるような気配を感じ先程までの思考を全て放棄した。
(危ない危ない。この世界は以前と違い超常の力が存在する。言葉にしなくても何かを感じ取る事は出来るかもしれない。)
俺は少し反省をしてジュースホルダーにあるコーヒーに手を伸ばした。
するとそれを見た助手席に座るアヤネが気を利かせて取ってくれる。
まだこの車に慣れていないので気を利かせてくれたのだろうけど、その優しさを直に感じられて心が洗われるようだ。
そして俺の手を包むように渡してくれるとまるで木漏れ日の様な柔らかい笑顔を見せてくれた。
「運転中だから気を付けてくださいね。」
本当にうちの子達は良い子で良かった。
しかし好意を抱いてくれているのは知っているが、いまだにその事実が呑み込めていないのも事実だ。
今の彼女達なら一般人から有名人まで選び放題だろうに。
こんな見た目も大した事の無いおっさんの何処が良いのだろうか。
でもそれを以前に言った事があるけど急に悲しそうな顔をされたのであれ以来その手の事は言っていない。
まあ好みは人それぞれなので俺が気にしても仕方ないだろう。
でも結婚式は出来ても届けは無理なんだよな。
その辺はアヤネも大人だから分かっていると思うが俺は誰か一人に決めてくれと言われた時にちゃんとした答えが返せるだろうか。
ライラには既にそれでも良いと言われているがアヤネとアリシアには聞いた事が無い。
特にアヤネはこの日本で生まれて育ち、一夫一妻の精神が身に付いているはずだ。
それは俺も同じなので相手の了承があったとしても心にシコリが出来ているのを感じる
しかし今の俺にとって大事なのは彼女たちの意志であって世間一般的な常識ではない。
ただ生まれて来る子供の意見が聞けない事だけが残念だ。
出来れば全員で仲良く平和に暮らしたいと思うのは俺の我儘なのだろうか。
もっとも今のこの世界でみんなが無事に一生を終えることが出来るかが心配だ。
別に不老不死を望んでいる訳ではない。
俺が100歳まで生きるとして寿命は後70年くらいだろう。
しかし、それでは短か過ぎる。
第2次世界大戦から約60年経っているが世界はいまだに安定しているとは言えない。
ならそれよりも大きな出来事である今回の世界融合がたったの60年で収束するとは考えづらい。
きっと今のままでは俺は道半ばで寿命を迎える事になる。
戦闘が出来る状態でとなるともっと短いだろう。
そうなった時に俺はベットの上で幸せな気持ちで死ねるだろうか?
そうして悩んでいるとあっという間に目的地に到着した。
移動時間を大幅に短縮しているのでカキネさんはまだ来ていないようだ。
俺は到着した事を電話で伝えるとすぐにこちらへ来てくれると返事が返って来た。
俺はこの時間を使い先ほどの話の続きをアキトに伝える。
「実はここには蜂蜜以外にも目的があるんだ。」
「そうなのか?もしかして蜂の子も欲しいとか言い出さないよな?」
流石の俺も蜂の子は食べたことは無い。
現代に生きる俺からすればそれを食べるのはかなりのチャレンジャーだ。
それよりも俺=食い物と言う図式を止めてもらいたい。
俺はつい呆れた目を向けてしまったがよくよく考えればアキトと行動を共にしてからは殆どそんな感じだったことを思い出し真面目な顔に戻した。
「そうじゃなくて、ここのハニービーと思われる魔物は24時間ここに居るらしいんだ。俺達が行った町は何処も朝になれば魔物が消えていただろ。こんなケースはホブゴブリンを倒した洞窟以来初めてだ。その調査もかねてここに来たんだ。」
するとアキトは先ほどまでのフザケタ表情が消え真剣な顔へと変わる。
そして俺の肩を掴むと急に陰のある笑顔を浮かべた。
「ユウ、報連相って知ってるか?そういう重要な事は一番最初に言うもんだ。なんであの時、蜂蜜から言い出したんだ。重要度はこっちが上だろ!」
しかし、アキトの言葉を聞いたミズキとフウカの威圧が膨れ上がった。
彼女達からすればどちらも同じか蜂蜜の方が重要なのだろう。
アキトは再び額に汗を浮かべ小声で言い直した。
「そ、そうだな。両方重要だな。だからどちらも最初に言って欲しかった。」
すると二人からの威圧が収まり俺達はホッと息を吐きだした。
しかし2つの用件を同時に言える器用な口は持っていないので無理な話だ。
思考は分割してそれぞれの事を考えられても体は一つだからな。
「悪かったな。マンションの前で言おうとしたんだがあんな事になったから仕方なかったんだ。」
「・・・そうだったな。すまない、ちょっと八つ当たり気味だった。」
どうやらアキトはやっとここに来る直前の事を思い出してくれたようだ。
それに話を打ち切って出発したのは彼らの方で、その後はノンストップでここまで来た。
運転中に携帯での会話も可能だが、危険なため緊急時でない限りは控えたい。
それにあの威圧の中で話をしても、まともな受け答えが出来るとは思えなかった。
「そうだな。それについては仕方がないな。次回からは気を付けてくれ。」
「ああ。でもメノウが言うには魔素、まあ魔物の素になっている成分が溜まっている魔素溜まりが近くにあるか魔素を大量に作り出しているパワースポットがあるんじゃないかと言っていたな。メノウはそれを見るスキルがあるらしいから、この周辺を見て回った方がよさそうだ。」
「そういえばここの近くには観光名所の厳島もあるな。」
「もしもの時は結界石を置く事になるだろうな。広さから言えば3つほど置けば一般的な所はカバー出来る。でも問題が一つあってパワースポットには結界石が置けないらしい。結界石の内側に魔素が溜まってしまうので置いても意味が無くなると言っていた。」
するとアキトは頭を掻いて唸りだした。
恐らくこの辺りで最も大きなパワースポットに思い至ったのだろう。
「それじゃあもしかして、厳島にパワースポットが存在する可能性があるって事か?」
「又は厳島神社だろうな。この辺で可能性があるのはそこだけだ。ただし、ライラは解決策も教えてくれた。」
「ホントか!?あそこはこの辺で最大の観光地だ。年末年始には多くの人が訪れる。もし、魔物の湧く拠点にでもなったら周囲への被害が計り知れない。」
俺もそれは気にしていた。
一度、大晦日に島に渡った事があるが何処からこんなに人が来てるのかと思うくらい多くの人が参拝に来ていた。
もしそんな人の集まる所に魔物が現れればパニックになるのは確実だ。
今はまだ大丈夫なようだが年末まではまだ1ヶ月以上ある。
その間に状況が変わる可能性も十分に考えられる。
現に、すでにこうして周囲ではハニービーが昼夜関係なく存在しているからだ。
このままでは最悪の事態として島に人が住めなくなる事も考えられるだろう。
その為、俺達は優先的に周辺のチェックをメノウへとお願いした。
「頼んだぞメノウ。」
「任せて。一応教えておくけど、魔素感知ってスキルをレベル4まで上げたら見えるようにはなるからね。」
メノウはそう言って翼を広げると太陽が輝く青い空へと飛んで行った。
俺はスキルポイントを確認するが残りは6ポイント。
アデルとの戦闘後、まだあまり戦闘はしていないのでポイントに余裕はない。
急ぐ様な事ではないので今は保留でいいだろう。
もっとも今後有用そうなスキルなので1ポイント使い習得だけしておく。
俺はスキルの成長が早いのでしばらく継続的に使っていればレベルが上がるかもしれない。
しかし、最近魔物を倒してもレベルがあまり上がらなくなってきた。
レベル上げの為に強い魔物を求めて遠征も視野に入れる頃かもしれない。
そして俺は最悪の事態を回避するための手段をアキトに伝えた。
「ダンジョンだと?」
「そうだ。ダンジョンを作れば魔物の発生をその中に集約できるらしい。だが同時にデメリットもあってダンジョンに魔物の発生を集中させると定期的に間引き続けないと氾濫と言う魔物が大量に溢れ出す現象が起きるらしい。しかもダンジョンはパワースポットの規模で大きさが変わり奥に進むにつれて魔物が強力になる危険な場所だ。」
すると俺達が話しているのを聞いてアドバイザーのライラが会話に参加して来た。
俺の知識はライラから得た物なので彼女に加わって貰った方が間違いはないだろう。
「それ以外にもダンジョンには利点もちゃんとあるわよ。ダンジョン内は魔素が濃いからドロップアイテムが手に入るの。今は魔物を倒しても魔石しか手に入らないけど、それ以外にも皮や爪、薬草に鉱石なども手に入るようになるわ。噂によればアナタ達が使っている燃える黒い水が出たダンジョンもあるらしいわよ。」
するとライラからもたらされた情報にアキトたちは目を見開いた。
しかもその話は俺も初めて聞いたので驚いたのは俺も同じだ。
日本はほぼすべての化石燃料を国外から輸入しているのでそれが一部でも不要になれば国としては大きな利益を得ることが出来るだろう。
しかし、そんなアキトたちにライラは爆弾を投下した。
「でもあれって環境に悪いんでしょ。あちらでは魔力機関を使ってたからそちらに変更する事をお勧めするわ。あれは空気も汚さないから安全よ。燃料の魔石は何処でも取れるしユウから聞いたけど魔石を買い取ったりする組織を国が作るのでしょ。魔力をエネルギーに変換する方法は私が知ってるから知りたかったら聞きに来てちょうだい。」
ライラの話に浮かれていたアキトは金棒で頭を殴られた様な衝撃を受けた。
もし今の話が実現するならこれは新たな産業が生まれる瞬間でもある。
さらに石油や電気に変わる新しいクリーンなエネルギーの誕生だ。
その手の会社に売り込めばそれだけで多額の報酬が手に入るだろう。
しかし、その判断を出来る立場にアキトはいないので携帯を取り出すと真っ先に総理へと繋いだ。
(それにしても最近はこの専用回線のありがたみを凄く感じる。以前は年に1度使うかどうかだったが今では数日毎に使っているな。)
そして電話を掛けるとタイミングの悪い事に国会の最中だった様だ。
それなのに携帯に出た総理に対して後ろから大量のヤジが飛んでいるのが聞こえる。
しかし、総理はそんな状況を完全に無視してアキトに返事を返した。
その様子に俺はテレビで国会中継を確認するとそこにはヤジの中で当たり前の様に携帯をかけている総理の姿が映し出されていた。
「緊急か?」
「はい。世界規模での緊急事態です。」
「言ってみろ。」
そしてアキトも急いでいるため先ほどの事を総理に話した。
すると総理はテレビに向かって手を振りその時点で一時中継が中断される。
そして総理は回線を繋いだまま声を張り上げた。
「静かに。緊急事態です。マスコミは全員部屋から出てください。これから話す事は国家機密事項です。」
そしてマスコミを締め出して今度は総理が議員たちへと説明を始める。
その後、この案件が仮承認されるのに説明後1分もかからなかった。
既に前向きな検討ではなくその技術を必ず手に入れる事が確定しているようだ。
後はどのような報酬を支払うかだけが問題になっている。
ライラの方も図面やそれに使う魔法陣も、大体の物は既にアイテムボックスに入っているそうだ。
それをコピーして渡せば良いのでそんなに難しい事ではない。
後はこの世界の技術者がそれを元に何処まで磨き上げられるかだ。
ちなみにあちらでは馬を使わないゴーレム馬車と呼ばれていたらしい。
使用された魔石にもよるが速度は100km/hを越えた所まで実現させているそうだ。
しかし、あちらはこちらほど科学が発展していないのでこちらの車に応用すればもっと早く安定して走らせることが出来るかもしれない。
しかも燃料は魔石以外にも乗る人間の魔力さえも使える。
恐らく日本の技術者なら1ヶ月以内には試作車を作り出すことが出来るだろう。
その後どれくらいで売り出すかは不明だが国と企業が結託すれば魔力機関への移行は難しくない。
総理は後日ライラに会いに行く事を約束し電話を切った。
そして彼は驚くほど軽いフットワークで現れるのだがそれはまた別のお話だ。
その後ここの養蜂場の持ち主であるカキネさんと合流した俺達は何も無かったかのように調査と蜂の対応を開始した。




