26 アリシアのお仕事
メノウは空を飛びユウの待つ家に帰り着いた。
そして扉を開けるとそこには仁王立ちしたユウが待ち構えていた。
「お帰りメノウ。」
俺は怒ってますよという雰囲気でメノウを見下ろした。
実は先ほどアキトから連絡がありもう少しで堕天する所だったと伝えて来たからだ。
それを聞いて危ない事をしたメノウを叱るためにここで待ち構えていたのだ。
「た、ただいまです。何か怒ってますか?」
「当然だ。アキトから聞いたぞ。」
この時点でメノウはビクリと肩を跳ねさせた。
その心境は「裏切りやがったな」である。
しかし、ユウから出た言葉はメノウの予想したモノではなかった。
「頑張るのはいいが堕天しそうになるまでがんばらなくても良い。せっかく今から色々教えて行こうと思っていたのにお前が居なくなると寂しいだろ。」
ハッキリ言ってこれは俺のエゴ以外の何者でもない。
俺は無茶をするくらいなら自分を優先しろと言っているんだ。
それに彼女たちはすぐに死ぬわけじゃない。
メノウは一人ではないのだからもしもの時は他の方法をみんなで考えれば良いだけだ。
メノウはユウの言っている事はしっかり理解できる。
しかし、その理解を呪いの域に達している天使の本能が阻害していた。
メノウはユウの言葉と本能に板挟みになり次第に目を回し始める。
「フシュ~~~~。目が回ります~。」
そして、限界に達したメノウはその場でグルグル回るとバタンと倒れてしまった。
「大丈夫かメノウ!?」
「ユウさんの言葉は暖かくて嬉しいです。でも嬉しくてもダメです。頭が混乱します~。」
俺は苦笑を浮かべてメノウを抱きかかえるとそのまま彼女の為に準備した寝室へと向かった。
そこには既に家具などが揃っておりいつでも使える状態にしている。
そしてベットにメノウを寝かせるとその頭に手を当て体温を測るとそのまま頭を優しく撫でた。
「フシュ~~~~。気持ちいいです。ユウさんのナデナデは世界最高です。」
「今日は仕事を頑張ったのに悪い事を言ったな。明日でもよかったのにな。」
するとメノウは小さく首を横に振り、その考えを否定した。
しかし、その顔は少し悲しそうでまるで迷子の子猫が鳴いて親を呼んでいる様な印象を受ける。
「きっとユウさんのしてる事は正しいです。悪いのは故障中の私です。」
(故障中?どういう事だ。)
「メノウは何処か悪いのか?」
「私の役目は世界に希望を与える事です。でも今の私はユウさんやこの家に居る人たちが一番大事です。でもこんな事は初めてなんです。きっとどこか壊れているですよ。もし、何か問題があったら私を殺してリセットしてください。魔族になって復活してすぐなら弱いはずです。倒せればすぐに新しい私が現れるのでそちらと仲良くしてあげてください。」
俺はメノウの告白とも取れる言葉を聞いて心に嬉しさが込み上げてくる。
彼女は彼女なりの思いで本能に抵抗していると分かったからだ。
それなら今はメノウを応援して彼女の思いが本能を上回るのを待とう。
その為の材料はこちらで提供できそうだ。
この時点で俺はメノウを家に残しておこうという考えを撤回し、仲間として一緒に行動する事に決めた。
そうすればきっと、積み重ねた思い出がメノウを後押ししてくれるはずだ。
(しかし、弱気になっている今のメノウはいただけないな。それに確認も必要か。)
俺はメノウを撫でる手を放し、指に力を入れる。
そしてそれを額に向けて一気に解き放った。
『ゴッ』
そしてデコピンとは思えない音と威力をメノウにぶつける。
するとメノウは目を見開き頭を押さえてゴロゴロと転がった。
まさに天国から地獄へと落ちた様な状態であろうがメノウは痛む額を押さえて叫び声を上げた。
「痛いです!痛いです!!凄く痛いです!!!なんでデコピンがこんなに痛いですか!?やっぱりユウさんは異常です!こんないたいけな幼女にこんな仕打ちをするなんて信じられません!ここは心が弱っている私の額に軽く口づけをする場面のはずです!」
やはり、そういう事を狙っていたか。
だが俺としてもこれは予想外の出来事である。
そしてこの時点でメノウが真の実力を隠していると言う予想は確信へと変わった。
俺は先ほどデコピンをしたが俺の先見ではこの攻撃を紙一重で回避した姿が見えた。
すなわちベットで寝ている不安定な状態にも拘わらず、0,1秒以下の時間で額をデコピンが当たらない位置に移動できると言う事だ。
そんな事は今の俺でもギリギリ出来るかどうか。
メノウは数時間前に分かれた時よりも格段にその能力を向上させているようだ。
もっとも、何も言わない所を見ると、まだ言いたくない理由があるのだろう。
俺は何も聞かない事にして時期か機会があれば自分から話してくれるだろうと信じる事にした。
そしてベットで蹲るメノウの頭をポンポン叩いて「すまん、やり過ぎた。」と言って部屋を出た。
メノウはそんな俺の背中を涙目で見送っているがあっちも何かに気付いていそうだ。
(これはユウさんに私の力がバレちゃったかな?)
メノウは心の中で呟いてユウを見送った。
実際ユウが思考したのは瞬きするほどの時間しかしていない。
しかし、今のメノウにはその動きを捕らえられるだけの力がある。
メノウは若干の罪悪感を胸にその日は眠りに付いた。
そして次の日の朝。
食事でみんなが集まった時間にアリシアから相談を受けていた。
「ユウさん、薬草の種を貰ったので庭の一部を使わせてください。」
そう言ってアリシアはいつになく真剣な顔を向けて来る。
ちなみにこの家には祖母が家庭菜園に使っていたプランターや畑用のスペースがある。
今は使ってはいないが耕せば使う事は可能だ。
毎年暖かくなると庭の草刈りが大変なので面倒を見てくれるなら好きに使ってもらっても構わない。
「それなら好きなだけ使ってもらっていいぞ。毎年草刈りとかで管理が大変だからな。」
「ホ、ホントですか!なら私が庭の管理をするので使わせてください!」
アリシアは嬉しそうに笑顔を浮かべると急いで朝食を食べきり庭へと飛び出していった。
それにそう言うと思って必要そうな道具も既に揃えてある。
鎌に鋏に鍬など、傷んでいた物に関してもライラが修復してくれている。
「そう言えば農具とかの場所を教えておかないとな。」
俺は朝食を食べきり、庭にある農具倉庫のカギを持って外に出た。
それに庭は数本の木があるが手入れはされていない。
あまり興味が無いのもあるが下手に切って枯らすのも面倒だからだ。
木によっては切り口から腐ったり、病気になる物もあるので素人では手が出しずらい。
先日の京都での事からアリシアは色々と詳しそうなので期待しておこう。
そして外に出るとアリシアは既に作業を開始していた。
しかし、正確には作業をしているのはアリシアではない。
彼女の足元には複数の土人形が動いておりそれらが頑張って庭を耕している。
その速度は目を見張るものがあり、まるで強力な耕運機の様だ。
固まった地面が生えていた雑草を巻き込んで綺麗に耕され、アッという間に畑の形が出来上がった。
するとアリシアは畑に近寄り土を取って状態を確認しているようだ。
いつもの雰囲気とは違いまるで職人の様に厳しい目をしている。
「この土には魔素が足りていませんね。」
するとアリシアは魔石を取り出すとそれを土人形に渡し、畑の土に混ぜ始めた。
せっかく形は出来たが土が悪いと判断したためか、一から作り直すようだ。
そして再び形となった畑を見て溜息を吐いた。
「魔素が馴染むまで1日は置いておかないとダメそうです。後は庭の木でも手入れしておきましょう。」
そして今度は風の精霊を呼び出して木の枝を整え始めた。
絡まった蔦を切り離し、伸びすぎた枝や枯れ枝を切り取り形を整えていく。
そして最後に白魔法を使うと切った断面が樹皮に覆われて行くのであれなら枯れる心配も無さそうだ。
これは精霊と契約しているエルフならではの方法なのだろう。
それに俺は精霊と契約していないのでこの方法は使えない。
まあ切った後の処置は真似が出来そうなので今後の参考にさせてもらう。
そして作業が終わるとそこで初めて俺に気が付いたようで、微笑みを浮かべると俺の所まで歩き寄ってきた。
「声を掛けてくれても良かったのですよ。」
「いや、作業の邪魔になると思ってね。それに見てて参考になったよ。」
「フフ、でも庭の管理は私の『仕事』ですから取らないでくださいね。」
そう言ってアリシアは仕事の部分を強調して来たのでしっかりと頷いて了承しておく。
確かに俺は彼女がこの家に居るなら仕事をしてもらうと条件を出している。
それに、実のところこの家で働いていないのはホロ位だ。
俺は掃除や洗濯、料理などをしているし、ライラとアヤネは結界石を作っている。
もうじき俺の仕事は幾つかメノウに取られそうだが洗濯は丁度良かった。
ハッキリ言って彼女たちの洗濯物を洗うのもかなり精神的に来るものがある。
そろそろアヤネ辺りに任せようと思っていたのでメノウが家に来てくれたのはとても助かった。
それにしてもアリシアはとても嬉しそうでここまで生き生きしている姿は初めて見た。
おそらくこの家に居る為の条件を満たせたのが嬉しいのだろう。
ここの庭はそれなりに広く背の高い木も多い。
専門の庭師に依頼すると年間でかなりの費用が掛かってしまうのだ。
その点で言えばアリシアが面倒を見てくれるというのはとても助かる。
「それならアリシアに任せるよ。あそこの倉庫に農具が入ってるから必要なら好きに使ってくれ。足りない物があれば後で買い足すから言って欲しい。」
アリシアは鍵を受け取るとそれをアイテムボックスへと仕舞った。
これでこの庭を管理できるのは彼女一人だけだ。
「それなら後で確認しておきます。薬草の種植えは土の状態で明日以降になりそうです。でも薬草は土よりも充実した魔素で育つので早ければ数日で収穫できますよ。」
「そんなに早く!冬とかは関係ないのか!?」
「この辺りは温かいですし精霊に頼んでおけば大丈夫ですよ。自然の薬草は冬に採取は出来ませんけどね。こうやって季節に関係なく採取が出来るのは精霊との親和性の高いエルフだけです。」
そしてアリシアは珍しく自信に満ちた顔で見つめて来る。
最初に目を覚ました時はあんなに落ち込んでいたのに少しは元気になって良かった。
これならここはアリシアに任せるのが正解だろうな。
逆に取りあげてしまうと水の切れた花の様に萎れてしまいそうで心配でもある。
しばらくは庭に関しては彼女の好きにさせてあげよう。
どうせ通る以外には使わなかったので丁度良いだろう。
「それなら庭は任せたからな。何か問題が起きるまで好きに使ってくれ。」
「ありがとうございます。」
そして俺はいつもの様にアリシアの頭を撫でてやった。
何故か家の女性陣は俺が頭を撫でると喜んでくれる。
子ども扱いしているような気もするが、しなかったら催促してくるので頑張った人はこうするのが常態化している。
まあ、俺も彼女たちのサラサラな髪を撫でるのは嫌いではないので問題はない。
それにホロの頭は犬の時から良く撫でていたので俺自身もあまり気にならなくなっている。
そして俺達は体が冷え切る前に家の中へと戻って行った。
そろそろ本格的な冬が近づいて来たようだ。
すると、自宅の電話が鳴り、留守番電話にメッセージが録音され始めた。
『私は宮島の近くで養蜂をしている柿根と言う者です。人の伝で魔物で困っていたら君たちに相談すると良いと教えられました。このメッセージを聞いたらこちらまで連絡をください。』
俺はそこまで聞いてすぐに受話器を取って言葉を返した。
結界石の注文なら後で掛け直すのだが、魔物で困っているとなると緊急性が問われる事もある。
声が落ち着いているのでアデルの時の様な事は無いだろうが、実際に話してみないと分からない事も多い。
「お待たせしましたカキネさん。どのような問題が起きましたか?」
『ああ、良かった。実はうちの養蜂場が巨大な蜂に占拠されてしまったんです。お願いします。助けてください。』
「魔物の特徴は?」
『とにかくデカいです。50センチを超える蜂なんて初めて見ました。ミツバチの様にも見えますが怖くて近づけないんです。しかも一日中居るから他の蜂の世話も出来なくて困っています。』
(そう言えば先日アリシアが蜂について何か言っていたな。)
一度カネキさんとの電話を中断して俺はアリシアを呼んで京都で話していた事を確認する事にした。
確かあの時にはキラービーと戦った時だったな。
ただアイツ等も大きかったが今回のはそれよりも小振りみたいだ。
「確かハニービーっていう魔物について、先日何か言ってたよな。」
「はい。ハニービーはミツバチに似た50センチほどの魔物で蜜がとても美味しいんです。王侯貴族御用達になる程で見つけて飼育すれば美味しい蜂蜜が食べられます。」
俺はアリシアの説明を聞きカキネさんの言っている事と一致している事に気が付いた。
恐らくカキネさんの所の蜂がハニービーである可能性は高い。
しかし、24時間いるとはどういう事だろうか。
今分かっているのは魔物が朝になるとどこかに消えると言う事。
なら養蜂場がある場所には他とは違う何かがあるのかもしれない。
これは調査もかねて行ってみる必要がありそうだ。
それに寒い冬に蜂蜜は使い勝手のいい食材だ。
ジュースと混ぜてもいいし紅茶に落としても美味しい。
それにパンに塗れば朝食のバリエーションが増える。
ここは一つ、カキネさんには頑張ってもらおう。
こちらが決断をくだす中、放置された当の本人のカキネさんは何故か背中に寒気を感じていた。
俺達は急いで話をまとめると出かける準備を始め、アキトたちにも電話を入れる。
彼らは昨日ツカサを捕らえたがそちらは既に引き渡しが完了していた。
今の彼は薬で眠らされ一切の行動が許されない環境で拘束されているそうだ。
彼のした事やスキルを考えると当然の事だろう。
逆に通常の犯罪者と同じ扱いをしている方が問題だ。
今後どうなるかは分からないがそこは国に任せるしかない。
もしまた俺達にちょっかいを出して来たら骨も残さず消えてもらおう。
いや、その時は流石に俺も堪忍袋の限界かもしれない。
顔を見ただけでも今度こそミンチにしてしまいそうだ。
その後、俺はアキトと少し会話をすると準備を整え車へと乗り込んだ。




