25【メノウ】&【アリシア】
【メノウ】
空を飛びながら私は考える。
世界がこんな形になる前。
そこはハティルトスと呼ばれていた世界だった。
私達天使と悪魔は所謂その世界の管理人である。
世界規模で適度に希望と絶望を与える事で人々を奮い立たせ、悪と正義を明確にする事で争いを減らしてきた。
私達が死なないのはそこに理由がある。
私達は世界の歯車としての役割を担う為、その総数が変化する事が無いのだ。
しかしこの世界は変わってしまった。
二つの世界が融合した事で世界に溢れていた魔素が半分になり大半の魔物が夜しか活動が出来なくなってしまった。
意志の弱いゴブリンなどにいたっては再び魔素に分解され消えるほどだ。
しかし、一部の魔物は魔素溜まりに逃げ込む事で一時的に消滅を回避している。
それは魔物が魔素から作られているためだがそれと同じ私達も魔素が強まる夜しか活動できない。
それを解消するのがテイムだ。
テイムで主と繋がればそこから魔力を受け取り存在を維持できる。
だが、それも時間の問題だろう。
世界は減った魔素を今は必死で生成している。
遠くない未来には再び世界が魔素に溢れ弱い魔物たちですら消える事無く昔の様に世界を自由に歩き回る様になるだろう。
そうなった時、こちらの世界の住人がどうなるかは分からない。
対応できず滅びるかもしれないし、対策が間に合い無事かもしれない。
しかし、それも今の私には関係がない。
今の私は主であるユウさんの天使なのだから。
彼とその周りの大事な人たちが無事なら他がどうなっても興味が無い。
それにユウさんはとても興味深い存在だ。
私達の世界には勇者という存在がいる。
生み出す手段は2つ。
1つは私達天使が認定した者にスキルを与える事で生まれる。
通常は1つの時代に一人の勇者しか生み出すことが出来ない。
しかし、今この世界には勇者のスキル、成長力促進を持つ物が2人いる。
ホロも持ってはいるがあれはあくまで模倣。
真のスキルではないのでカウントされない。
すなわち私達が生み出せる勇者の枠は使ってしまったのでアキトが死ぬまで次の勇者は生まれない。
しかし、天使が勇者を生み出すと一つの問題が生まれる。
それは悪魔側も勇者を生み出すのだ。
その存在は人々から魔王と恐れられ、その認定対象は人に限定されない。
歴代の魔王の中にはその姿が巨大な木の魔物だったり、鬼だったりと色々だ。
必ずしも人の姿をしておらず、人が魔王になっても最後には人の姿は保てなくなる。
魔王はアキトが勇者となった事でそう遠くない未来に現れるだろう。
そしてもう一つの方法は世界が私達という歯車を介さずに作り上げる事がある。
それは世界が存亡の危機を感じた時。
自然災害等の脅威から人々を守るために生み出す事がある。
ユウさんは十中八九これに該当するだろう。
まさに世界に選ばれた勇者だ。
二人の勇者が存在するがおそらく世界が融合した影響でこの世界は二人の勇者を選定できるようになったのだろう。
そうなれば彼らの傍にいると言う事は、悠久の時を生きる私にとってはとてもいい暇つぶしだ。
ユウさんは私好みの魂を持っているので天使としての私の本能をきっと満足させてくれる。
今日だって命の危機がある程の命令をくれたし、おかげで人も救う事が出来た。
偶然にだが上級天使に成れたので更に気分も最高だ。
今この世界での最上位天使はおそらく私。
その証拠に最上位者だけが持つ勇者認定の権限が使えた。
今もアキトのおかげで私の中に力が湧いて来る。
これなら十分にユウさんを助けることが出来るだろう。
これからはきっともっと大変になる。
命を賭けて守らなければならない場面も増えてくるかもしれない。
そう考えただけで今にも喜びで胸が張り裂けそうだ。
私は天使、世界を回す歯車の一つ。
人と世界を救うための自動人形。
でも彼と初めて会った時からのこの胸の高鳴りは何?
故障なら自己修復で治るのにユウさんと離れるだけで胸が苦しい。
でも家に帰ればまた彼と一緒に過ごせる。
そう思えばこの苦しさも消えて暖かくなる。
どうやら私は少し壊れたみたい。
早く帰って仕事をしましょう。
そうすればユウさんもきっと私の頭を撫でて褒めてくれる。
【アリシア】
私はアリシア。
エルフの国の末の姫。
私の上には何人もの兄や姉がいて私の姫としての価値なんてないのも同じ。
そんな私の趣味は森の散策。
今日も護衛を引き連れて近くの山まで来ていた。
そこで私は悪夢の様な事態に襲われる。
突然大量のゴブリンに襲われ、護衛は殺されて私は捕らわれてしまった。
価値のない私に付けられる兵士のレベルなどたかが知れている。
それでもただのゴブリンだけなら負けたりはしなかった。
敵の中に上位種であるホブゴブリンが混ざっていなければ。
負けた私達の末路など決まっている。
男は餌として殺され1日もせずに骨になった。
私は奴らのねぐらに連れ込まれ、痛みと屈辱と恐怖の中で永遠と思える時間を過ごした。
ゴブリンの物はまだ我慢が出来た。
しかしホブの物は人の常識を超えていた。
何度も痛みで意識を失い同じ痛みで覚醒した。
私が拙いながらも白魔法を使えなければそこで死んでいただろう。
それにも限界があり魔力が尽きた私は死んだように眠りに就いた。
もしかしたら次に起きた時にはお腹にゴブリンの子を宿して膨らんでいるかもしれない。
ゴブリンの子は成長が早く身籠った女から栄養を奪い取る様に育つ。
その期間はたったの1週間。
無事に産道から生まれる事もあれば成長しすぎて腹を食い破る事もある。
もう私は目覚めないかもしれない。
私は意識を失うその瞬間まで死の恐怖に囚われていた。
そして夢の中で私は何度もゴブリンの子供を産んだ。
しかし、生まれるとすぐにゴブリンからの凌辱が始まる。
そして再び出産。
しかし、今度のゴブリンは私のお腹を突き破って生まれた。
私は死にそうな痛みに掠れた声を絞り出す。
しかし、次の瞬間には痛みの中で再び凌辱が始まる。
その頃には私の傷は消えておりその繰り返し。
そんな事が何度も何度も繰り返された時。
私の目に光が差し込んだ。
その瞬間に私は声を上げて叫んでいた。
「きゃーーーーーーー。」
それが自分が出した声と知ったのはしばらく後の事だったわ。
私は首を確認してそこにあるはずのロープが無いのを知ると立ち上がってすぐに壁を背にした。
この時は唯々必死で、服を着ていた事もそこが少し狭い部屋である事も気が付かなかった。
ただ生きている事を知り、お腹が膨らんでいない事が救いだった。
そしてその次の瞬間、目の前に光が差し人影が見えた。
私はそれがゴブリンにしか見えなくて必死に殴り掛かった。
でも体の衰えが酷くてすぐにその場に座り込んでしまい恐怖に体が竦んだ。
すると頭に上っていた血が下がってよく見ればそこにいたのはゴブリンではなくて人間の青年だった。
目は冷たいのにとても優しく見えて、助かった事を知って涙を流してしまったの。
すると彼は私にとても柔らかくてフワフワした毛布を掛けて優しく抱きしめてくれた。
その時初めて人の温かさという物を実感し更に涙が溢れた。
とても暖かくてお日様の様に心を照らしてくれる。
その時一瞬だけ心臓が高鳴るのを感じたけど私は既に穢れた身。
そんな私がこんな感情を抱くなんて一生許されるはずはない。
だから私は涙を拭いて顔を出し、彼の顔を見た。
「申し訳ありませんでした。良ければお名前を教えてください。」
「俺は最上 ユウ。ユウと呼んでくれ。後ろの3人は右からライラ、アヤネ、ホロだ。俺達はゴブリンの巣であんたを見つけて保護したんだ。」
すると彼はとても優しく紳士的に答えを返してくれた。
そこに穢れた私を蔑んだり見下す雰囲気は一切ない。
やっぱり素敵な人・・・。
「名乗りが遅れましたが私の名前はアリシア・エアフルトです。」
でも私も王族の端くれとしてしっかり名乗らないといけない。
例えこの身が穢れていても、国の名誉と名を汚すわけにはいかないから。
すると傍に居る綺麗な女性から話しかけられた。
「エアフルトってもしかしてエルフの国の王族が確かそんな名前だったわよね。」
どうやらエルフの王族について知ってる方がいたみたい。
でもそれは過去の話で今の私には王族としての価値はない。
それどころかこの事を知った兄や姉たちが私を殺しに来るかもしれないわ。
でも、せっかく助けてもらった命ですもの。
汚くても最後まで必死に生きたい。
「ご存知でしたか。でもゴブリンに辱められた私に帰る場所はありません。でも箱入りの私が生きるにはこの体を売る以外に方法はないでしょう。」
そうね。
もう私にはこの体しか残っていないもの。
でも聞いた話だとエルフの奴隷は人気があるらしいから処女でなくてもきっと私の体を買ってくれるわ。
ゴブリンにあれだけ蹂躙されたけど、そのおかげで誰とでもきっと耐えられる・・・。
でも、一度くらいは自分で選んだ男性にこの身を捧げたい・・・。
どうか精霊様・・・今の私の声が届くのなら1つだけ願いを叶えてください。
それが叶うならこの命だって欲しくはありません。
そう考えているとユウさんから信じられない言葉が私の耳に届いたわ。
「もし、行く当てがないならしばらくこの家に居ると良い。既に行く当てのない人間を二人も住まわせてるからな。一人増えてもそんなに変わらない。その代わり自分の食事代は自分で稼いでもらうから覚悟してくれ。」
でも、聞いた言葉が一瞬理解できずにユウさんを見つめてしまいました。
でも私の中にあった不安が一気に霧散して消えていったの。
それに食事代は自分で稼げって言ったけどそれは即ちこの体でって事?
そう考えるとなんだかお腹が暖かくなっていったけど自分の境遇を思い出して胸が締め付けられた。
でもそれでも良いなら私はあなたが死ぬまでこの身を捧げます。
「ありがとう・・・ございます。」
でもこれがもし、今際の際の最後の夢ならお願いします。
もう少しだけこのままでいさせてください。
そうすれば思い残す事は何もありません。
こんな私でも全てを捧げたいと思える相手に巡り合えたのだから。




