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220 試練

アジ・ダハーカの試練とはとても単純なものだった。


「お前達は既に一つの壁に到達している。それを越えた時こそ貴様らが望む力が手に入る。」


そう言って彼は真の姿へと変わっていく。

先程までは人の姿をしたムキムキの大男だったが今では3つの蛇の首を持つムキムキの大男に変わっている。

ムキムキであることに変わりはないがその纏う気配は全く違う。

まるで目の前に絶望と死が具現化したようなプレッシャーを発していた。


そして周りを見ればいつの間にか景色が変わり、まるで小惑星帯の様に周りには無数の岩石が浮遊している。

重力は無い様だが空気はあり、呼吸も出来るようだ。


「さあ、我と戦い限界を超えて見せろ。」


アジ・ダハーカはそう言って一番近くに居たゲンに拳を振るった。

それに対して刀を抜いて攻撃を逸らそうとするが威力を殺しきれずに後方の岩まで吹き飛ばされ岩の一つに体を沈めた。

もし重力があれば今の一撃で死んでいたかもしれない。

そう思ったゲンは人のサイズで龍化して体を強化する。

これは部分龍化の応用でサイズは小さいが巨大な力を圧縮したことで巨体の時よりも遥かに強く小回りも効く。

そしてこのサイズなら武器も使えるのでゲンやサツキからすれば一番都合が良い形態であった。

サツキも今の様子からゲンと同じ形態に変わり刀を構える。

そして距離を詰めると二人で容赦のない攻撃を加えた。

しかし、それでもアジ・ダハーカの防御は崩れない。

それどころか蛇の顔には器用に笑みまで浮かべている。

この者にとっては二人との攻防は遊びと同じ感覚だった。


「なかなかの攻撃だな。お前達二人は心・技・体の全てを持っている様だ。しかし、あと一つ足りない。お前達が限界を超えるにはそこに『魂』を加える必要がある。さあ、我との戦いで魂を研磨し壁を突き崩せ。」


その瞬間、アジ・ダハーカは攻撃に転じた。

その一撃は先程と同様に重く素手であるにも関わらず二人を圧倒していた。

するとそこに背後を取ったリリとクオーツが参戦する。

リリは白老虎の姿で爪を振るい、クオーツはガントレットを付けた拳を叩きつける。


「お前達にはすべてが不足している。こんな攻撃程度、防ぐに値せん。」


アジダハーカは翼を使い、まるで羽虫でも払う様に二人を跳ね飛ばした。

そして、今度は上に顔を向けてそこにいるヴェリルに視線を向ける。


「しかし、お前達にはこの二人に無いモノがある。それを感じ取り使える様になればその牙は神にも届く。まずは自分の中に目を向けよく考えるのだな。」


そして上空から降って来たヴェリルのブレスをまるでそよ風の様に体に浴びながら腕を振る。

するとブレスは容易く弾かれ振られた腕に沿って二つに切り裂かれた。


「この空間は外と時間の流れ方が違う。ここでは1時間戦おうと外では1分程度しか経過しておらん。存分に戦い、足掻き、思考しろ。その先にお前たちの求めるモノがある。」


そして激しい戦いが続いた。

ゲンとサツキは今までに無い程の強敵に魂を摩耗させていく。

しかし、それによりさらに研ぎ澄まされ二人の本質が次第に変わっていった。


「サツキ、気付いておるか?」

「ええ、私達の中で次第に変わって来てるわね。」


二人のステータスにはここに来る前まではドラゴニュートと表示されていた。

しかし、今はそれが揺らいでいる。

彼らはこの戦いによって人を完全に捨て去る直前まで来ていた。

すでに二人の体はボロボロだが人の部分がこの戦いに耐えられるはずはない。

既に大半が削り落ち、ドラゴンの部分に呑み込まれかけていた。


「これが壁を越えると言う事か。」

「違う。それはスタート地点だ。さあ、人を捨て更にその先を目指せ。」


そして攻撃は苛烈さを増していき二人の種族はとうとうドラゴンへと変わってしまった。

しかし、二人に人を捨てた事への悔いはない。

人の身で神に挑めると思える程、二人は神という存在を過小評価していない。

神に勝てるのは神だけなのだから。

二人はこの試練を受けると決意した段階で人を捨てる事を覚悟していた。


「さあ、第2ラウンドだ。早くしなければあそこの3人に追い抜かれてしまうぞ。」


アジ・ダハーカはそう言って残った3人に一つの首を向ける。

そこでは3人が円陣を組み、自分の中にあるモノを掴みかけていた。


「私達に揃ってあるのはユウとの繋がりだけ。きっとそこにヒントがあるはずよ。」


ヴェリルに言われリリとクオーツは頷きを返して胸に手を当てる。

そこには今もスキルを通してユウとの繋がりを感じることが出来る。

そして、そこからは彼から流れ込む力の波動があった。

その中には今までに感じた事が無い力が混ざっている。

そして、その力の流れはとても小さいのにも関わらず、自分達の中にあるどの力よりも大きく安心感を与えてくれている。

そのため3人は容易くそれに気が付くことが出来た


「きっとこの事を言っていたのね。」

「これはユウの想い。あの人からの愛を感じる。」

「きっと想いを同じにすれば波長が合って力を使える様になる。」


3人は互いに頷くと今は遠くにいる愛する相手を思いそれに手を伸ばした。

すると力は自然と彼女たちの体を包みこんでいく。

それは今までに無い程の安らぎと安心感を3人に与え、ユウがすぐ横に居る様な錯覚を与えた。


「気付いたようだな。それが神の加護と言うものだ。亜神だから大した事は無いがその状態なら奴ら程度に遅れは取らん。さあ、最後の仕上げだ。お前達も掛かって来い。力は持っているだけではなく、使いこなせてこそ意味がある。」


そして3人も戦闘に参加し、力の使い方を覚えていく。

既に先程の様に翼で払われても耐えられるようになっていた。

攻撃すれば鱗の表面に傷もつけられる。

僅かな傷なので瞬きの間に回復してしまうがそれでも今までとは何もかもが大きく違っていた。


しかし、この巨大な存在に傷を付けれる時点でも凄い事だ。

それを証明するようにゲンとサツキは傷すらつける事が出来ていない。

アジ・ダハーカはそれを見て3人に首の一つを向けた。


「お前達はそろそろ良かろう。さあ行くのだ。守るべき者の為に。」


その瞬間、3人の姿はこの空間から消えていった。

この空間に来て既に10時間は経過しているがアジ・ダハーカの言葉が本当なら外では10分ほどしか経過していない事になる。

外で待つ者達の感覚では少し心配している程度だろう。


そして残った二人とは今も激しい攻防が繰り広げられている。

しかし、アジ・ダハーカはそこで拳を引くと二人と距離を取った。


「最後の仕上げといこう。」

「仕上げ?」

「お前達はドラゴンを倒した英雄が超人になる話は知っているか?」

「ええ、英雄の多くは倒したドラゴンの血をその身に浴びて強い力を得たと有るわね。」

「知ってるなら話は早い。お前達には最後にこれの相手をしてもらう。」


そう言てアジ・ダハーカは両手を噛み切るとそれを目の前に放り投げた。

するとその手は急速に肉が盛り上がり2頭のドラゴンへと変わる。

そして噛み切った手を見ればすでの元通りに生え揃っていた。


「我は不死身だがコイツ等はお前達でも倒せるはずだ。見事に打ち取り、その身に血を浴びて我が力を取り込んで見せろ。但し、これは命を懸けた試練であることを忘れるな。」


言い終わると同時に2匹のドラゴンは容赦なく二人に襲い掛かった。

どうやら、アジ・ダハーカの命令は聞くが理性は薄そうである。

そしてその見た目の特徴から片方はパワータイプ。

もう片方はディフェンスタイプとみて良いだろう。

パワータイプは体の筋肉は発達しているが防御の要だる鱗は薄い。

逆にディフェンスタイプは体中がゴツゴツした厚い鱗に覆われている。


そして獣の様な動きで襲い掛かるとゲンとサツキは左右に分かれて1対1で対峙した。

その結果、ゲンにはパワータイプが、サツキにはディフェンスタイプが向かって行く。


そして体の大きさは2匹とも3メートル程。

今までに戦って来た強力な魔物では比較的に小さい部類に入るだろう。

しかし、その体に宿る強さは別格と言えた。

恐らくは以前倒したオメガを確実に凌駕しているだろう。

しかし、魔王は勇者しか倒せないというルールが存在するが、このドラゴンはそれが無いので確実に倒せる筈である。


「まずはその体の強度を見せてもらうかの。」


ゲンは攻撃を掻い潜ると撫でる様に小太刀を走らせた。

するとその体を覆う強靭な鱗に傷が入る。

主であるアジ・ダハーカと同様に回復能力は高い様で傷は一瞬で再生するが今の攻撃であれならクリーンヒットさせれば確実に血を流させることが出来る。


「それにしても、まるで熊か猪じゃわい。あしらうのは容易いが倒し切るのに苦労しそうじゃ。」


そしてゲンは本格的な戦闘に突入した。

今の体は以前よりも遥かに強く、力も湧いてくる。

相手が強力なので全力で力を使用できる。

しかもこの体なら今までの経験を生かした最適な動きが実現可能であった。


人の体だとどうしても限界が低く自分が望む動きに付いて来てくれない。

ゲンはそんなジレンマをずっと抱えて来たがそれが今、解消され生まれて初めて本気の戦闘に心を躍らせていた。


その結果は実に単純な結果となって現れた。

ドラゴンの攻撃は全て流され、ゲンの攻撃は確実に相手を削っていく。

最初は再生の方が早かったが今ではその体は流れた血で真っ赤に染まり呼吸も荒くなってきている。

しかも、最初は拮抗していた速度も次第に勝り始め、今では一方的な戦闘が行われている。

そして、ゲンはその流れている血を浴びながら体の変調を感じていた。


「力が増している?」

「その通りだ。今のお前はドラゴンではなくお前という1つの存在に昇華しようとしている。お前という新たな種が誕生しようとしていると言い換えてもいい。お前は確実に壁を越えようとしているのだ。」


そして、ゲンは高まる力を制御しつつ最後の一撃を放った。

それによりドラゴンは頭から腹まで深く切り裂かれ血を大量に噴出して絶命する。

いつもなら血飛沫は避けるゲンだが今回の目的はその血を浴びる事だ。

ゲンは飛び散る血をあえて受けてその身を真っ赤に染めた。

その瞬間、自分の中で決定的な何かが組み変わるのを感じる。

そしてこれで自分は誰も知らない新たな存在に変わってしまった事を知る。

しかし、その心はとても穏やかで清々しさすら感じる。

それに精神や心が変化した訳ではないのであまり実感が持てない。

しかし、理解は出来るという不思議な感覚を味わっていた。


「無事に壁を越えたな。お前は英雄となったがそれもまた神に至る事が出来る。しっかりと精進するのだぞ。そうなった時はともに酒でも飲もうではないか。」

「色々と感謝します。」

「ウム。」


そして、二人は今も戦うサツキに視線を向けた。

どうやらあちらは攻撃が通用しないので苦労している様だ。

しかも武器がサツキの力に耐えきれておらず刃こぼれし始めている。

あのままでは遠くない内に武器を失うだろう。

そして、その予想は当たり小太刀は呆気なく折れてしまった。


「まさかこの武器が壊れるとは思わなかったわね。」


サツキは短くなった小太刀を再度構えてドラゴンを牽制する。

しかし、相手も攻撃が通用しない事が分かっている様で攻撃の手を止めない。

だが、攻撃はそれほど早い訳ではなく躱すのは容易い。

やはりその体の重量や構造の関係で早くは動けない様だ。

その為、武器が無くてもサツキなら幾らでも躱すことが出来るが、これでは互いの攻撃が通用せず、千日手の様な状況となっている。


「困ったわね。これよりも強い武器は無いのだけど。」

「ならこの子たちを使ってあげて。」


サツキが困っていると何者かの声が聞こえ、目の前に二本の小太刀が姿を現した。

しかも、それは自分のよく知る吸血丸と血喰丸だ。

サツキはそれを慎重に手にすると周りの気配を探る。

しかし既に声はなく、気配も感じない。

そして手に持った二つの小太刀を抜くとそこからは明確な意思が流れ込んで来た。


『我らを今まで良く使用してくれた。』

『我らは神により新たな体を授かった。』

『我らはもはや禍々しき妖刀に非ず。』

『神の手により我らは神剣へと生まれ変わった。』

『『さあ我らを使え。汝を主と認めよう。』』


その刀身は以前の紅色から深紅へと変わっている。

以前と違い反発もなく、逆に手に吸い付くようだ。

サツキは吸血丸と血喰丸を手に向かって来たドラゴンの攻撃を躱しながら一太刀を浴びせた。

するとただそれだけで鎧の様な外皮は切り裂かれ、下にある肉も大きく切り裂いた。


「あなた達も成長したのね。」

『成長ではない。生まれ変わったのだ。』

『我らに掛かればあの程度の敵など唯の蜥蜴も同然。今ならば低級の神とて切り裂ける。』


サツキの言葉に吸血丸からは苦言が。

血喰丸からは自信に満ちた言葉が返される。

それを聞いてサツキは笑みを深めた。


「なら、早速その力を見せてもらうわよ。」

『『承知。』』


その後はまさに一方的な展開へと変わった。

ドラゴンの攻撃は当たらず、サツキはその身が交差するたびに傷を刻んでいく。

しかも以前と同様にこの小太刀は血を吸うと力が一時的に増す様だ。

その為一人と二本の小太刀は共に血を浴びるにつれて力を増していき、逆にドラゴンは動きが鈍くなっていく。

最後は力においても圧倒し正面から首を斬り落とした。


その瞬間、サツキも自身の中で始まった変化を感じ取る。

ただ肉体的な変化ではなく、もっと深い場所。

恐らくアジ・ダハーカが言っていた魂の部分が変わっていく。


「これで終わったのね。」

「その通りだ。これでお前も英雄と言える存在となった。」

「そうなのね。でもこれは誰が持ってきてくれたの?知り合いに預けてたのだけど?」


サツキは手に持っている吸血丸と血喰丸を鞘に納めなら問いかけた。

これはクラウドに打ち直しを依頼していたはずだ。

しかし、難航していた様でここに来る前にも完成の知らせは無かった。

半分諦めていたが先ほど聞いた話ではこれを鍛え直してくれたのはクラウドではなく神の誰かだという。

しかし、問いかけてもアジ・ダハーカは首を傾げた。


「さあな。しかし、それは神剣となっている。それを作れるとすれば神だけだ。私の知る者ならヘファイストスかカグツチのどちらかであろう。」

「そうなのね。後でお礼をしておかないと。」

「それよりもお前たちも行くのだろう。道を作ってやるからまずは問題を解決して来い。神の宴は長いから数日は続く。それまでに戻ってくれば良いであろう。」


ゲンもサツキもそれに頷くとアジ・ダハーカが作ったゲートを潜り向かって行った。

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