22 帰宅②
今日は朝早くに出たためまだ昼を過ぎたぐらいの時間で家へと帰る事が出来た。
夕飯の支度を考えると寝たり出かけたりするには時間が短い。
しかし、何もしないのは時間がもったいなく思える。
それに知識欲はあまりないが気になるとどうも落ち着かなくなる性分なのだ。
そのせいか今もベッドに寝転がっているが色々な事が頭を過っている。
魔物の生態については帰りの新幹線でアキトに調査をお願いした。
俺個人が調べるよりも政府が人員を導入して調べた方が確かな情報が得られるはずだ。
それにあちらには結界石の製造法というカードがあるので日本だけではなく国外からも情報を得る事が出来るだろう。
他人任せになるが個人で調べられる範囲には限界があるので仕方がない。
俺には知識、情報系のチートは無いからな。
そして次に気になるのはスキルの進化だ。
あの時は戦闘中だった事と進化したスキルのおかげで中級悪魔のアデルを無事に倒す事が出来た。
メノウの事もあったので後回しにしていたが、これも早めにライラに相談した方が良いだろう。
それに予想ではライラも進化したスキルを持っているのではないかと考えている。
そうでなければライラとアヤネの作る結界石であそこまでの差が出るのはおかしい気がする。
ちなみに俺の剣聖は聖属性に特化したスキルの事だ。
進化と同時に多くのスキルが同じように進化、またはレベルが上がったので誤解されそうだが俺は隔絶した剣の腕を手に入れた訳ではない。
確かに前よりは強くなっていると感じるが剣聖単体ではあそこまでアデルを圧倒する事は出来なかっただろう。
そして気になる事と言えば会社の事だ。
何が気になるかと言うと帰る途中に連絡をしてみたのだがまったく反応がない。
メールは返信されず電話は常に電源が入っていない。
もしかするととは思うがこんな状況なので経営者が夜逃げをした可能性がある。
その場合はハロワに行かないといけないが失業保険が欲しいわけではないので後で確認だけしておこう。
年金などの手続きも必要になるだろうから早めに確認しておいた方がよさそうだ。
そういう事で俺はまずスキルについての疑問を晴らす為に部屋を出た。
我が家の知恵袋のライラは一階でみんなと居るみたいだ。
丁度いいのでみんなにも聞いてもらえば良いだろう。
そして一階に下りるとみんなは椅子に座り新たに我が家のメンバーとなったメノウを交えて3時のお茶を楽しんでいた。
お茶請けは先日京都で買ったお菓子各種だ。
アイテムボックスがあるので沢山の箱を一度に開けても痛む心配をしなくて良いのはここでの常識となっている。
そのため全員が少しずつ別々の物を摘みながら談笑しているので俺もそこに混ぜてもらう。
(そう言えばそろそろまた買い物に行かないといけないな。)
家には部屋はあるが既に家具が不足している。
それにこんなに沢山の人と暮らす事は少し前まで想定していなかったので食器も足りない。
そろそろお茶碗やカップなどは個人の物を購入する頃だろう。
俺の勘違いでなければ、彼女たちは家を出て新生活を始める気は無さそうだ。
それならいっそのこと、その方向で行動した方が彼女達もこの家で生活しやすいだろう。
しかし、まずはスキルの確認が先決だな。
「ライラ、スキルの進化について教えてくれないか?」
俺が声を掛けて座るとメノウは立ち上がり俺の湯飲みを準備してくれる。
それに事前に聞いていたようで迷う事なくキッチンに向かうと俺の湯飲みを取り出しお茶を入れてくれた。
そしてそれを受け取るとライラは手に持っていたお菓子を食べ切ってから口を開いた。
「ユウはもうスキルが進化したのね。私は何年も掛ったけど流石レアスキル所持者だけはあるわ。」
「やっぱりスキルの進化は大変なのか?」
「大変と言うよりも才能の問題ね。努力したからって進化する訳じゃないの。」
「そうなのか。」
しかし、才能が必要と言っているが俺にここまでの才能があるとは到底思えない。
きっとライラが零したようにレアスキルである成長促進のおかげだろう。
「進化したスキルは上位スキルと言って今までのスキルと比べて高い能力と特性があるの。私は物を作る方向に特化してるって前に行ったけど見てて分かったでしょ。私の場合は短時間で効率よく、強力なアイテムを作れるようになったわ。」
「それであそこまで高性能な結界石を作れるのか。」
どうやら俺が聖属性を身に付けて高い戦闘能力を手に入れたようにライラはそれが物作りに偏ったようだ。
「ああ、それと進化した時に各種スキルのレベルがかなり上がったんだがこれは何か知っているか?」
「進化の際にはそれに見合った性能に能力が引き上げられるの。あなたの場合は足りない物が多かったんじゃない。普通は10年、20年かける進化をたったの1月でしたから。まあボーナスとでも思ってればいいと思うわよ。まあ、ここだけの話。成長力促進なんてスキルは普通、勇者が持ってるモノだから常識があまり通用しないんだけどね。ほら、よく物語でもあるでしょ。ピンチの勇者が真の力を発揮して敵を倒すってやつよ。」
そう言われると分かる気がする。
スキルが進化するまでアデルは確実に俺よりも格上の存在だった。
真の力なんて勇者の特権みたいな物は置いておくとしても、あの時の戦いが命がけだったのには違いがない。
「それと確認だけど、その進化は才能さえあれば誰でも出来るのか?」
「そこまでは分からないわ。私達の世界の調査では命がけの闘いの最中に進化する事が稀にあったり、私のように何かに必死に取り組んだ時に起きると言われてるみたい。だから上位スキルを持っている人はとても少なくて殆どの人が普通のスキルで一生過ごす事の方が多いわね。でも可能性は誰にでもあると思うわよ。」
まあ、今までがスキルが無い世界だったので別に拘りはない。
だからアヤネもアリシアもそんな目でこちらを見ないでもらいたい。
俺は別に数字や見た目だけで仲間を切り捨てるような人間ではないつもりだ。
仲間同士で仲が悪いなら考えるがここはみんな仲がいいので問題はない。
一度でも「居ても良い」と言った以上はそう簡単に考えを変えるつもりはないのだから。
「そんな顔しなくてもここには居たい時に居たいだけいれば良い。それにこの家の大きさだとお前らがいないと寂しくなる。俺とホロだけの時には思わなかったがこうして人と話すのも楽しいと思える。ずっとは無理かもしれないけどそれまでは自分の家だと思って気楽に過ごしてくれると俺も嬉しいよ。」
すると二人の顔に笑顔が戻り頷きを返してくれた。
「それなら私はエルフですので人の一生分はここに居ても問題はありませんよ。」
「あ、アリシア狡い。ちゃっかりユウさんに自己アピールしないでください。それなら私もお婆ちゃんになっても一緒です。もちろん良いですよねユウさん。」
そう言って詰め寄ってくるアヤネに俺は余計な事を言ってしまった気がしたが『本人が言うならまあいいか』と思考を放棄する事にした。
人の思いは移ろい易いので未来なんてどうなるか分からない。
今の日本は少し前までと違い明日をも知れぬ命の可能性もある。
だから今を全力で生きて楽しんだ者こそが勝者だ。
「アヤネがそれで良いなら居たいだけ居れば良いよ。それと明日はそろそろ買い物に行こうと思う。」
するとアヤネは再び笑顔に戻り椅子に腰を下ろした。
そしてみんなの意見が一つの方向に向いているのを確信した俺は先ほどの考えを伝える事にした。
「買い物ですか?でも食べ物はまだたくさんありますよね」
「人が増えたから家具や寝具が足りないだろ。それにそろそろ皆が使う専用の食器を買いに行かないとな。ここへ本格的に住むつもりならお客様扱いも終了だ。」
するとアヤネはすぐに言っている意味を理解して納得したがライラやアリシアには分からなかった様だ。
メノウは俺の言葉を聞いて何処か納得した感じに頷いている。
「日本では自分の家で何かを食べる時、湯飲みやお茶碗。それに食器は自分の物を使う事が多いんだ。だからみんながこの家に長期滞在するならお客様の食器じゃなくて自分専用の物を用意しないといけない。」
するとアリシアは驚愕した顔を俺に向けたかと思うと立ち上がり拳を点に突き上げガッツポーズを取った。
いつも?お淑やか?な彼女には珍しい。
自分で言っていて疑問形だが、それでも人前でこうして喜びを表現するのを見るのは初めてだ。
「喜んでくれるのは嬉しいけど何がそんなに嬉しいんだ?」
俺はアリシアに率直な疑問をぶつける。
感じからしたらライラも似たような様子なのでアリシアに聞いてもいいだろう。
ライラに聞いてもいいが彼女は顔を真っ赤にしていてそれ所ではなさそうだ。
「私達の世界では一緒の家に住む者で専用の食器を揃えるのは夫婦の証なんです!ああ、とうとうこの時が来ました。世界を統べる精霊よ。この奇跡に感謝します。」
するとそれを聞いてアヤネも顔を耳まで赤くして俺の顔を見る。
これでは全員の前で全員と婚約宣言をしたみたいじゃないか
(それに君たち、俺の言葉をちゃんと聞いて。俺はしっかり日本ではって言ったよね。)
しかし、彼女達の反応を見てそんな事を口に出して言えるほど俺のメンタルは強くない。
会ってすぐならともかく、それなりに情があるのでそんな事を言ってがっかりさせたくない。
(これが外堀からじわじわ埋められる感覚なのだろうか。)
すると俺の袖が左右から引かれたので俺はそちらに視線を向ける。
すると期待に満ちた顔でホロとメノウが俺を見上げていた。
その目には明確に自分も食器が欲しいと訴えている。
ここまで来れば毒を喰らわば皿までだ。
全員分揃えるつもりだったので問題はない。
俺は頷いて二人の頭を撫でると揃って満面の笑顔を返してくれた。
そして夕方になる前に俺はメノウに料理の常識を教える事にした。
しかし、彼女は料理が出来ないのではなく、あの時は調味料をあえて使わなかった様だ。
あちらの世界では塩でさえ岩塩を使う為、それなりの値段がするらしい。
その他の香辛料に至っては高級品・嗜好品とされ金持ちくらいしか使わないらしいのだ。
それで目の前にあっても使わずに料理をしたらしい。
まあ、この家に今まで居たのは腐った野菜を食べてもお腹を壊さない鉄の胃袋を持った女傑が一人。
元王族のお姫様で料理経験が無いのが一人。
愛犬が一匹にこの世界の一般人が一人だ。
知りようも無ければ気付きようもない。
よく考えてみればあちらの世界から来た初めての常識人なのではないだろうか?
そんな事を言えばライラ辺りは何か言ってきそうだが、彼女の日頃の行動がそれを証明している。
俺はメノウにこちらの世界での常識を教え、買い物に行った時には必要な香辛料を多めに買い足しておこうとメモっておく。
そして俺達は少し早めに夕飯を済ませると皆を残して自警団の集会所に向かった。
マップを見れば少し離れた所にアキトたちを確認することが出来る。
どうやら家の向かいにあるマンションを拠点にしたようで俺が外に出ると同時にアキトだけが部屋を出てこちらへと向かっている。
そして少しすると俺達は以前会った同じ場所で合流した。
「集会所に行くのか?」
「ああ、確認をしたり新しく手に入れた武器と防具を届けに向かうんだ。」
俺は新幹線の中でアキトたちが行動をし易い様に今日の予定を伝えておいた。
明日からの事は今から伝えるがアキトも一度面通しをしたいらしい。
あそこの自警団はこの町全体から有志を募り、一カ所でメンバーを集中管理している。
そのため何か異常があれば全ての情報が集まり、指示を出している者達もしっかりとしているので統率も取れている。
そして集会所に到着すると既にかなりの数が集まっており装備を身に着けていた。
しかし、まだ数が足りないようで身に着けていない者もちらほら見える。
すると以前、俺と話した男がこちらに気が付いて声を掛けて来た。
「無事に帰って来れたようだな。テレビを見た時は冷や冷やしたぞ。」
「俺もあそこまでするとは思わなかったさ。少し暴れたけど逆に良い薬になったみたいだ。それと武器・防具を手に入れたから足りない数を言ってくれ。それと修復が必要な物はこちらで交換する。」
すると後ろからアキトが顔を出し俺の横に並んだ。
どうやら先に挨拶がしたいらしい。
「俺は今日からこの町に来た自衛隊のアキトだ。こちらには参加できないが仲間と一緒に魔物の駆除も担当している。困った時は声を掛けてくれ。」
すると室内から「おーー」とどよめきが生まれた。
夜の見回りは一緒では無いにしても初めて国が派遣してくれた人員になる。
この町では警察が市民の陳情に一切取り合ってくれないので期待も大きいのだろう。
特に自衛隊は警察とは違う組織で出動させるには政府の承認がいる。
警察に良いイメージを持っていなくても彼らならと言う思いもありそうだ。
「やっと国も動く気になったのか!」
「これで少しは楽になるかもな。」
「何言ってんだ。この苦労が後で家族を守る力に変わるんだろうが。」
「しかし、心強い。」
しかし俺は密かにアキトにメールを送りもし街に居ない時はどうするのかと問いかけた。
俺達はこれから周囲の探索で家を空ける事も多くなるかもしれない。
その為の問いかけだったが。
「俺はこの町にいない時もあるがその時はこの町の自衛隊の駐屯地に行けば協力してくれる手筈になっている。彼らも鍛えた技術をようやく生かして市民を守れると喜んでいた。もうしばらくすれば専用の組織が立ち上がるからそれまで頑張ってくれ。」
どうやら俺の心配は杞憂だった様だ。
この町には陸と海の自衛隊がいるので彼らなら市民を守ってくれるだろう。
それと新しい組織とは恐らく先日総理と話したギルドの事だろう。
必要な法整備もあるだろうが邪魔を排除したあの総理ならすぐに作り上げてしまいそうだ。
もしかして初代ギルマスの座でも狙っているのではないだろうか。
そうなれば色々な意味で歴史に名が残る。
政治家として頑張ったとしてもそうそう手に入る事ではない。
すると目の前の男は笑顔を浮かべてアキトに手を差し出し握手を求めた。
「俺は一応ここを仕切ってる月見だ。心強い情報に感謝する。」
そしてアキトとツキミは握手を交わして挨拶を終えた。
その後、傷んだ武器や防具はこちらで回収し新しい物を渡す。
これでようやく全員に武器と防具が行き届いた事で戦力は大きく強化された。
「何時も本当にすまない。ありがたく使わせてもらう。」
「気にしなくてもいい。でも俺達も常にこの町に居るとは限らないから錬金や鍛冶のスキルを誰か習得した方がいいかもしれない。鍛冶のスキルを取ると武器をスキルで修復できる。材料は必要だけど傷や刃こぼれ程度なら問題ないはずだ。鎧は革鎧だから錬金のスキルで修復できる。こちらも材料が必要だけど元通りに直るから破損しても使い回しが出来るはずだ。」
「分かった。後方支援のメンバーと相談して決めておこう。コボルト装備も常に無傷で回収できるわけじゃないからな。」
そして俺は予備もいくつか渡して集会所を後にした。
最近は装備が充実してきている事もありメンバーもかなり集まっているようだ。
それにこの付近の魔物は東京や京都に比べると弱いモノばかりだ。
この様子なら俺達が出なくても大丈夫だろう。
それにこの町にはライラとアヤネがいるのでもうじき結界石が本格的に出回る事になる。
そうすれば皆にも余裕が出来て安心した生活が送れるようになるだろう。
しかし、ライラが言うにはあの結界石で雑魚は寄せ付けないと言っていたが中級悪魔のアデルも弾いていた。
あれを見るとライラの雑魚の基準が微妙に怪しくなってくる。
もしかしたら父親がドラゴンだと言っていたのでそれが基準なのかもしれない。
それだけライラの父親は途轍もなく強いのだろうか?
そうなると中級悪魔を雑魚とするドラゴンの強さがライラの言葉から伺える。
なら、俺の強さはその雑魚を越えて少しいった所なのでまだまだ弱いと言う事になる。
レベルもまだ低いのでこれからも精進が必要だな。
ちなみにアデルを倒しても経験値は得られなかった。
どうやら殺せない悪魔と天使は経験値の取得が行われないらしい。
それでも上がったスキルレベルを考えれば大きな成果があったとはいえるので問題はない。
それに仲間も増えたので一石二鳥だ。
そして俺達は帰り道の途中で別れ、それぞれの場所に帰って行った。




