21 帰宅①
俺達はオオノキさん達が待っている家に着くとその扉をノックして声を掛けた。
「オオノキさーん。問題は解決しましたー。開けてくださーい。」
すると扉の鍵が外されオオノキさんが扉を少し開けると確認する様に顔を出した。
その顔はやはり警戒しており扉には今もチェーンが掛けてある。
一応はこの家にはさらに小規模な結界石と燃料になる魔石を渡しているが、状況から警戒するのも当然だろう。
しかし、こちらの無事を確認するとチェーンも外され扉を大きく開けて俺達を向かい入れてくれた。
「みんな無事で本当に良かった!それで奴はどうなったんだ!?」
「倒しました。でもライラが言うには数百年後には復活してしまうそうです。その時にはもう俺達は生きていませんが恨まれているのは俺なので大丈夫だろうと言う事です。」
実際にはそこのメノウが元悪魔だがここに戻るまでに言わない事に決めた。
今の姿ならまず気付く事も出来ないだろうし詳しく話して不安を与える必要もない。
するとオオノキさんは顔を歪めると大きく頭を下げて来た。
「すまない。全て押し付ける形になってしまった。下手をしたら君の子孫が命を落とす事に・・・。」
オオノキさんはそう言って悔やんでいるようだがこの世界はもう以前とは違う。
俺の子孫にはあれくらいは倒してもらえるように強くなってもらわないといけない。
それにその頃はまだライラもアリシアも生きているだろう。
メノウは俺の死後、二人に託すことにしているので彼女たちが死ぬまでは大丈夫だと信じたい。
まあ、天使も悪魔も簡単に死ぬような存在ではないらしいので俺達の世界風に言えば堕天させない様に気を付ければ大丈夫だ。
堕天するには悪事を働かなければならないがメノウが言うには日本のモラルを守っていれば問題ないそうだ。
それに一番の問題は命を奪う行為らしい。
彼女はそれをカルマの天秤と呼んでいるそうで命を奪えばマイナスに傾き、助ければプラスに傾くそうだ。
そして彼女たちが自分を維持するためには常にプラス側に傾けていなければいけないらしい。
その為には幾つかの決まりがあり魔物は殺しても問題ないが他の命を故意に奪うのはマイナスらしい。
ただ、護るための戦い。
又はそれに準じる事ではマイナスに傾く事が無いので俺達の戦いにも参加は可能だ。
これは殺す事で助かる命があるからだと説明してくれた。
それと彼女は家の中や畑の害虫は殺せるがそれ以外の場所では極力虫も殺さないらしい。
まあ、家の敷地内さえ守ってくれるなら俺は文句を言うつもりは無い。
そしてカルマがどう傾いているかを見るには彼女の翼が示してくれると言っていた。
今は真っ白な翼だが悪事を続けると端から黒くなり始め、全て黒く変わった時に堕天して悪魔になるらしい。
彼女が前回、堕天したのは人を守るために死んでしまったのが原因だと話してくれた。
救った結果人々を苦しめる悪魔になっては本末転倒だと思うが天使は他人を本能的に助けようと動いてしまうそうだ。
悪魔はその逆なので何処となく理解できるがそこまで行くと本能というよりも呪いではないだろうかと思ってしまう。
それに俺は彼女には戦闘員としてよりも家で働くハウスキーパーとしての役割に期待している。
俺達もそろそろ本格的に動き始めるが留守の間に家を荒らされたのでは目も当てられない。
既にそれなりに動いているので俺達の家を特定するのは難しくないのだ。
それに常に俺が守っているとは限らないのでメノウにはかなり期待している。
しかし、こうしてさっき聞いた事を思い出していても俺はスキル高速思考のおかげで2秒にも満たない時間で考えることが出来る。
少し前までは考えられない程の事だがスキルは本当に便利だ。
「その心配はありがたいですが気にしないでください。そこは俺から子孫に対しての試練と言う事にしておきます。そうすれば怠けて鍛錬を怠る孫や曾孫も減るでしょう。」
そう言って笑いかけるとオオノキさんは呆れたような顔になり、ハハハと肩を落としながら笑った。
納得は出来ないようだがこれも俺の本音なので受け入れてもらうしかない。
そして今一番の問題は俺の後ろにいる奴等だ。
彼らは肉に釣られて来た者が半数以上いるのでそろそろ食欲が爆発しそうだ。
「オオノキさん。すみませんが報酬の肉をあいつらに食わせてやってもらえませんか。良ければ皆さんも一緒に食べて問題解決の祝勝会にしたいんですが。」
するとオオノキさんも気付いたようで俺達を奥に案内してくれた。
そこには鍋に鉄板と道具が並び、肉も山盛りに積まれている。
すでに準備は整っているようですぐにでも食べ始められそうだ。
「君たちの無事を祈って準備だけはしておいたんだ。みんな揃って食べれるようにね。酒も肉も大量に用意してあるから遠慮なく飲み食いしてくれ。それとお礼に持って帰ってもらう肉も準備してあるからそれは後で渡すよ。今日は祝いの席だから楽しんでくれ。」
そしてオオノキさんの号令と共にパーティーが開始された。
最初は少し遠慮していた牧場のスタッフも次第に打ち解け笑顔で酒を飲んでいる。
そんな中でやはり家の4人は特に目を引くようだ。
ここの男性スタッフが彼女達に声を掛け酒を注いでいる。
どう見ても下心があるのが見え見えなので他の女性メンバーは冷たい視線を向けて距離を取っている。
しかし言っては何だが彼女たちの内3人はザルではなく枠だ。
ライラは竜の血を引いているからか全く酔わないらしく顔すら赤くしたのを見た事が無い。
アリシアは自国の名産となっている酒が強いらしくここにある酒は水だと豪語していた。
ホロに至っては吸収と大食のスキルがあるためアルコールが一瞬で分解されて酔う事が無い。
そしてアヤネはあの時の事からお酒を一切飲まないようにしているようだ。
それなりには飲めるそうなのだがあの事は今も彼女の心にシコリを残しているのかもしれない。
そして俺の所にはもう一人メノウが居るが彼女は見た目が子供なため誰もお酒を勧めていない。
今の世の中は未成年に無理やり飲ませると法律で罰せられるのでそこは節度ある大人のふりをしているのだろう。
実際はここにいる誰よりも年上ではあるのだろうが彼女もその辺を分かっているようでジュースを飲んで喉を潤している。
しかし、彼女は代わりに肉をホロに負けない程の勢いで食べている。
その顔はとても幸せそうで声を掛けて箸を止めさせるのに罪悪感を覚えるほどだ。
(どうして家には肉食系ばかり集まるのだろうか?)
そしてアキトたちの方は彼以外は酒を飲んでいる。
許可を出したようなので問題は無いと思うがアキトも偶にはハメを外しても良いと思う。
それにここには魔物を弾く結界が張られており、それなりに戦力も揃っている
最近はずっと戦闘をしていたので丁度いいタイミングなのは間違いない。
しかし、かく言う俺も酒は飲んでいない。
酒は好きだが世界が変わってからは酒を断っている。
これは不測の事態に備えてだが再び強敵が現れた時に酒が入っていては勝てた勝負に負ける可能性もある。
それにハメを外し過ぎたメンバーが戦闘に出た時、手加減を失敗したら殺してしまうかもしれない。
恐らく俺の中で一番の懸念はこれだろうが、どうやら自分で思っていたよりも過保護だったようだ。
それとも最近の事で彼女たちを意識するようになったからかもしれない。
そして2時間ほどでお開きとなる頃には男は全て酔い潰れ、それを女性スタッフが冷たい目で見降ろしているという光景が出来上がった。
しかし俺達は関係が無いのでその日は部屋を借りて泊まる事にして明日の朝出発する事にする。
この家はかなり大きく、スタッフが寝泊まりするため部屋は沢山ある。
しかも男性スタッフは一階に放置なので部屋は十分な数が空いている。
俺達はそれぞれ男と女で部屋を分けると満足した顔で部屋へと向かって行った。
(明日からはともかく、今日は平和に眠れそうだ。)
俺は一縷の不安を胸に抱えていたが今日は特に疲れたので布団に入るとすぐに睡魔が襲って来る。
しかし、こんな時でもホロは布団に潜り込んで来たが姿は犬なので問題はない。
他の者が何と言っても問題はないのだ。
そして朝になると目を覚ました俺はホロを起こして散歩へと向かった。
ホロは嬉しそうに牧場の敷地を本能のままに駆け回りとても楽しそうな声を上げている。
その姿に俺は笑みをこぼし、今回の旅行は大変だったが来てよかったと思えた。
俺だけでなく皆も楽しそうだったし得る物も沢山あった。
そして家に帰れば自警団に顔を出して状況を確認する予定だ。
何も無ければそれで良いが、俺達も次の行動に移行しなければならない。
そうなれば今までの様に頻繁に相談を聞いたり出来なくなるかもしれないのでその事も伝えておくつもりだ。
それとそろそろ動画の投稿も増え、サイトがいくつも立ち上がっている。
それは政府も知っているだろうから調査関連は政府側に任せる事になっている。
今のところ夜には魔物が出るが、昼間に見かけた事が殆どない。
よくて以前に結界石を売った牧場主のゴウダさんの所の洞窟くらいだ。
あそこ以外にはまだ見た事が無いのでその理由の調査が必要だろう。
政府が調査してくれれば日本中から情報が集まり何処かで目撃者がいるかもしれない。
そしてライラが最初に言っていた魔物の拠点の話が気になる。
そこを潰せば魔物がしばらく少なくなるそうなのでその拠点の捜索を始めないといけない。
これに関してはライラに詳しく聞くしかなさそうだ。
それと会社だな。
最近は連絡すらなくなってしまったので一度見に行く必要がありそうだ。
何処となく想像がつくが今の状況を先延ばしにしていても意味が無い。
そして俺とホロは散歩を終えると家へと戻る事にした。
「ホロー。そろそろ帰ろう。」
「ワンワン!」
そして家に入ると昨日肉を食べた部屋に入る。
するとそこは酷い有様になっていて二日酔いに苦しむ者と汚物が散乱していた。
彼らはそれを必死に綺麗にしているが手元が覚束ないのかあまり捗っていないようだ。
俺は溜息をついてホロを外に待たせて部屋に入った。
「みんな少し立ってくれ。俺が綺麗にするから。」
俺は全員を立たせると生活魔法で室内を綺麗にしていく。
そのついでに彼らの服や体も綺麗にして残ったアルコールも中和してやった。
最後に頭痛や吐き気も治してやれば元通りだ。
「ありがとうございます。このままじゃオオノキさんに殴られるところでした。」
「気にするな。君らも生活魔法と白魔法を覚えれば出来る様になる。」
そして俺は部屋を出てホロを女性部屋に戻すと自分の部屋に戻った。
戻ると既にアキトは起きており俺を見て苦笑を浮かべている。
「面倒見が良い事だな。」
「見てたのか。でも今日の朝食もあそこで食べるなら清潔にしておいて損はないだろ。」
「フフッ、そういう事にしておいてやるよ。」
そしてアキトは時計を確認するとヒムロとチヒロを起こしに掛かった。
時刻は朝の7時だが寝たのは昨日の22時くらいなので睡眠時間としては十分だろう。
それに牧場のスタッフは大慌てで動き出している。
俺達は仕事を手伝ったりはしないが朝食の準備くらいは手伝ってもいいだろう。
しかし、俺が再び一階に下りるとそこには既に朝食の準備が完了していた。
誰がしたのかが気になったので俺は奥の厨房に向かい中を覗く。
するとそこにはメノウが一人?今も作業をしていた。
しかし、目の錯覚だろうか?
メノウが3人に見える。
俺は自分の目を疑い何度か擦って確認するがそこにはやはり3人のメノウがいた。
すると俺に気付いた一人が俺に挨拶をしてくる。
「ユウさんおはようございます。」
「「おはようございます」」
すると残りのメノウも気付いたのか俺に向かい頭を下げた。
しかも3人は全く同じ声、同じ姿をしている。
一体何が起きたのかと首を傾げる俺にメノウはクスリと笑い種を明かしてくれた。
「スキルの分身を使用しました。魔力を使って短い時間ですが自分と同じ様な存在を作れます。後数分で霧散して消えてしまいますが家事をするには便利ですよ。」
そして俺がしばらく見ていると二人のメノウが煙の様に消えていった。
その後、本体だけが残るが料理をした後の片付けも終了した所なので丁度良かったのだろう。
しかし、これは人間の精神では使えそうにない。
自分と同じ存在と言う事は意識や記憶もあると言う事になり下手をしたら殺し合いや奪い合いが起きそうだ。
これは死と生が曖昧な彼女の様な存在だからこそ使えるスキルかもしれない。
それに逆の存在である悪魔のアデルにも無理だろう。
アイツに自己犠牲を求めても無理な気がする。
まさに種族特性を生かしたスキルということだ。
そしてこういうスキルもあるのかと感心しているとメノウはスカートを摘まんでお辞儀をして来た。
よく見れば昨日と服が変わり紺色でスカート丈の長いのメイド服を着ている。
恐らく何処かで調べたかしたのだろうが小さなメノウには可愛らしくてとても似合っていた。
俺にメイド属性は無いがその手の人にとっては銀髪メイドがお茶を注いでくれるだけで金を払うだろう。
そしてメノウの目が無言で俺を見詰めている事からどうやら何か感想が欲しいのだろうと気付いた。
しかしこういう事には慣れてないので当たり障りのない言葉を言う事しか出来ない。
「う~んと、可愛いと思うよ。」
日頃から実用性重視の俺としては前準備もなく他人の服を褒めるのは難しい。
それに俺にはメイド服は可愛いとは思うが機能性から見ると俺の好みからは外れている。
特に日本の家は外国と違い通路も部屋も広いとは言えない。
今住んでいる家はそれなりに広くはあるがヒラヒラした服で仕事をするのには向かないだろう。
するとメノウは俺の内心を読み取ったのか小さく溜息を吐いた。
「この服は不評の様ですね。皆さんの服装を見てもしやと思いましたが。ユウさんは女性が着飾るのはお嫌いですか?」
「いや、そういう訳じゃないけど家だとそれは動きにくいし仕事をするにしても大変だろ。普段は好きにすれば良いと思うけどな。」
俺は別にオシャレはしても良いと思う。
ライラ達は普通にしてても美人なので着飾れば宝石の様に綺麗だろう。
ただ俺は時と場所を選ぶだけだ。
今は名目上は旅行だが半分は仕事の様な感覚でいる。
その為、思考が仕事モードよりになっているので我ながら不器用だとは感じている。
「分かりました。次こそはユウさんの期待に応えて見せます。」
そう言ってやる気の顔で拳を握るメノウに俺は苦笑を浮かべた。
それにメノウに対してテイムをしたが別に行動を縛る事は何も行っていない。
なので楽しそうならそれで良いと彼女には好きにさせる事にした。
話していて思ったが精神は人間に近そうなので遊び心は大切だろう。
そして二人で話していると他のメンバーも下に降りて来たので朝食となった。
「オオノキさんに聞くと冷蔵庫の中の物は好きに使っていいと言われましたが今日はシンプルにしておきました。ここでの常識はなるべく早く覚えるので、もし何かあれば教えてください。」
メノウはそう言っているが俺はテーブルの上を見て納得した。
今日の朝食は焼いたパンと昨日残った肉と野菜のスープに目玉焼きだ。
そしてどれも塩で味付けされているが他の調味料は使われていない。
俺はスープを一口飲んで感想を口にする。
「美味しいからいいよ。家に帰ったらいろいろ勉強しような。」
俺はスープを飲んで野菜と肉の調和の取れた味であると感じた。
なので料理は出来るのだろうと感じ、しばらく俺と料理すれば自然に覚えるだろう。
他者を助ける事を本能に刻んでいる天使なので料理スキルも標準で持っている可能性が高い。
しかし料理のスキルを持っているとしても調味料を知らないようだ。
さっき厨房に行った時にもコンロの傍には調味料は置いてあったので知っていれば最低でも胡椒は使っただろう。
そしてその後は使った食器を片付けオオノキさんの所へ挨拶に向かった。
「それではそろそろ帰らせてもらいます。」
「ああ、本当に助かったよ。今からバスを取って来るから少し待っていてくれ。」
そして俺達はバスで送ってもらい駅に着くと新幹線で広島へと向かった。
アキトたちとは新幹線を下りた後は別行動を取り別々に俺の地元に向かう。
ここから電車に乗って30分ほど行ったところが最寄り駅なのでそこまで向かい、その後は歩いて家に帰った。
バスもあるのだが今は町の様子を確認する必要もあるからだ。
数日しか離れていないので見た目には大きな問題はなさそうだが、結界石の噂がいたる所でされている。
夕方にでも自警団の集会所に行って状況を確認しよう。
そして、家に帰ると俺は大きく背伸びをした。
色々な事があったがやはり自分の家に居るとそれなりに落ち着く。
見慣れた部屋に嗅ぎなれた匂い。
どれをとっても帰って来た事を実感させてくれる。
(でも、これでのんびりできる様になれば良いんだけどな・・・。それとも平穏の終わりだろうか。)
俺は同じ家に暮らす彼女達を見て心の中だけで溜息を零した。




