209 100階層ダンジョン ⑰
今日は朝からチヒロに声を掛けられた。
今まで無かった訳ではないがとても珍しい事だ。
彼は寡黙と言うかいつもは敢えて言葉を積極的に使おうとしない。
いつも一歩引いた位置から周りを見回し人知れず他人を支えるタイプだ。
悪く言えば貧乏クジ体質だろうか。
そんなチヒロが俺に声を掛けて来るのだから確実に今受けている仕事関係だろう。
「珍しいな。お前が話しかけて来るのは。」
「ああ、これから少し時間をくれないか。実はお前に助けられたと言う少女がお礼を言いたいと言っていてな。ギルドで待って居るんだ。」
そう言えばあの時の少女は俺が帰る時に居なかった気がする。
かなりギリギリで助けた上に服も殆ど破り捨てられていた。
保護は周りに任せたが、あの状態だったので何処か別の場所に連れていかれたのだろう。
「それなら通り道だから構わないぞ。時間もそれ程は使わないだろうからな。」
「助かる。」
そして俺達はダンジョンに向かう途中でギルドに立ち寄り中に入る。
するとそこには10人の少年少女が依頼を確認しながらチヒロを待っていた。
見れば掲示板が増えており、以前よりも利用が簡単になっていた。
あれなら怪我や喧嘩も少しは減るだろう。
そしてチヒロは前に出ると掲示板を見ている新人冒険者に声を掛けた。
「みんな待たせたな。エリン、ユウを連れて来たぞ。」
すると掲示板を見ていた10人がこちらに顔を向け、一人の少女が俺の許に駆け寄って来た。
あの時はかなり酷い顔をしていた記憶しかないが恐らくはこの少女なのだろう。
今はあの時と違い眩しい程の笑顔を浮かべており、彼女は俺の前に来ると大きく頭を下げた。
「あの時は危ない所を助けていただいてありがとうございます。あなたは私の沢山のモノを守ってくれました。」
恐らく命だけでなく体や心も含まれているのだろう。
濁してはいるがその場を見ていた俺にはその意味が十分に伝わって来る。
それにあの時と違い、皆のおかげで気分も持ち直している。
こういう真っ直ぐな気持ちはとても心地よく感じられた。
「俺も間に合ってよかったと思っている。しっかりチヒロに付いて色々教えてもらえ。そうすれば次は相手を返り討ちにできる。頑張れよ。」
「はい。いつかあなたの横で戦える程に強くなってみせます。」
そう言って笑顔を浮かべる少女に俺も笑い返し、その頭を軽く撫でる。
少し擽ったそうに目を細めた少女の頭から手を放すと俺は軽く手を振って背中を向けた。
そして、外に出るとそのままダンジョンへと向かって行く。
今日の目標は90階層だ。
俺達は目標を達成するためにダンジョンに向かって行った。
それをチヒロは見送ると全員を集合させてギルドを出た。
しかし、その向かう先はダンジョンではなくギルドの裏手へと向かっている。
そのまま裏の訓練場の外を横切り、その少し先にある家に到着した。
「どうですか状況は?」
「来たか。ドライアドとエントが協力してくれたからもうじき終わりそうだ。すぐにでも住めるぞ。」
「ありがとうございます。これは頑張ってもらったサービスです。」
そう言ってチヒロは報酬とは別に酒を渡しドライアドたちにも声を掛ける。
「ありがとう。助かったよ。」
「私達も助けてもらったから良いのよ。」
しかし、チヒロはお礼にとドライアドにはクッキーを渡し、エントには粉末にした魔石を地面に振り撒いた。
これは昨日の内にアリシアとジェネミーに相談して教えてもらった事だ。
エントは物を食べない代わりに地面や空気中から魔素を取り込んでいるそうだ。
そのためこうして魔石の粉を巻くと土中の魔素濃度が上がりとても喜ぶと教えてくれた。
「ありがとうチヒロ。エントも喜んでるわ。」
「あの、チヒロさん。ここはいったい。」
チヒロはお礼を渡し終わると後ろで首を傾げている彼らに振り向いた。
「今日からここで共同生活をしてもらう。一人一室あるから好きに使ってくれ。」
「良いんですか?」
「もちろんだ。家の支払いは半年分は済ませてある。宿に金を使うより、こっちの方が経済的だ。」
実際にそうやって生活している冒険者は多い。
ただ信用できる者を集めるのが難しいので全体で見ればそれ程は多くない。
ギルドがこうして住む家の斡旋をしているのはこのような理由もある。
家はデイル達の活躍もあり見た目は新築の様で、彼は中に入ると嬉しそうに部屋を決めて荷物を下ろしていく。
元々置く程の荷物も無いが自分の部屋を持つのが初めてな者も多い。
つい、はしゃいでしまってもしょうがないだろう。
部屋を見ても家具としては木張りの寝台があるだけだ。
しかし、地面や石の通路で横になる事に慣れている彼らにはそれでも苦にならない。
それに毎日の宿代が掛からないので毛布を買う位はすぐにお金も溜まるだろう。
しかも、彼らの稼ぎはこれから急激に増える事になるのだから。
「それじゃあ、まずはダンジョンに行くぞ。今日の飯代を稼がないとな。」
「「「はい。」」」
そしてダンジョンに入ると彼らのレベルと同じ10階層に向かう。
そこで昨日決めたパーティを組みチヒロの前に集まる。
「これからここで戦い。レベルに合わせて下層に下りる。戦闘はパーティー毎に行うから素早く動くように。」
そして目の前から早速魔物が現れた。
相手はウェアウルフでレベルは10。
昨日の訓練を思い出せば簡単に倒せる相手だ。
そして、その予想は当たり武器の交換や指導のおかげで1分もかけずに敵を倒した。
「よし、次に行くぞ。この時間も訓練だ。全員走れー。」
そして先頭のパーティを交換させてそこからダッシュを行わせ、次の魔物へと向かう。
それを何度も繰り返すと彼らは瞬く間に下の階層へ降りる階段に到着する。
そのまま次の階層に下りて次々に魔物を倒していくと、それと同時にレベルが上がり15階層に下りた時にはレベルが8も上昇していた。
彼らはそこでギルドに帰ると魔石を換金し、まとまったお金を手にする事が出来た。
今までは先輩冒険者と組んでいた者が殆どで分配でも不当な金額を受け取る事が多かった彼らだが、今回は等分する事で多くのお金を手にする事が出来た。
今日からは共同生活を行うのでその必要経費を差し引いても十分な金額である。
そして午後からは訓練を行い終了すると、彼らは近くの店で毛布を3枚購入してホクホク顔で帰って行った。
それを見送るチヒロはそのままティオネの居る執務室へと向かう。
既に昨日の事が大成功である事もギルド職員は知っているので誰も止めたりはしない。
その背中には温かい視線が注がれチヒロは報告という建前を胸に愛する人の様子を確認するために向かって行った。
その頃になるとユウもダンジョンから戻り家でのんびりとくつろいでいた。
しかし、既に90階層だと言うのに危ない場面が全くない。
これでは如何に油断しない様にしていると言っても俺は一般人なので気が緩んでしまう。
そのため、この世界の事を裏の事まで知っている人物に聞いてみる事にした。
「ナトメア、ちょっと聞きたい事があるんだが。」
「スリーサイズ?それともお風呂で何処から洗うかかしら?」
俺はその瞬間に背中を向けると厨房へと歩いていく。
そして料理の準備をしていたメノウに声を掛けた。
「今日のナトメアの飯はイリコ一匹で良いぞ。」
「畏まりました。」
「ちょ~と待った~~~!」
すると空中からナトメアが飛び出して来てストップを掛けて来た。
そして俺に縋る様な姿勢で膝を付き、涙目で見上げて来る。
俺はそれに対し笑顔を返すと「どうした?」と首を傾げて見せた。
「お願いします。何でも答えるから私に美味しいご飯を食べさせて。」
「最初からそう真面目に言えば良いんだ。いつもそんなに無理な事聞いてないんだからな。」
「ごもっともです。今後、改めます。」
こう言って来るがこのやり取りも何度目になることか。
俺が家に居ない間にもいろいろありそうなので懲りると言う事は無いのだろう。
「それじゃあ聞くが、このダンジョンに全く危機感を感じないんだがなんでなんだ?」
「そんなの簡単よう。ここは魔王に挑む直前の勇者が最後にレベルとスキルを上げる場所だもの。ユウの世界のゲームなら最後の迷宮とか最後のダンジョンって言われる場所よ。先回りして魔王を倒してるあなた達が苦戦するはずないじゃない。」
コイツが俺達の世界のゲームに付いて知っているのはさて置き、今の説明はとても分かり易い。
最初のディスニア王国の魔王は修行不足もありかなり苦戦をしたのを覚えている。
特に状態異常を引き起こすブレスには俺の対応していなかっらものが多く含まれていた。
ドラゴンの魔王であったオメガもそれなりに強力な存在だった・・・様な気がする。
それでも、もし順番が逆だったら俺は死んでいただろう。
しかし、これで納得できた。
「もしかして、ここはもともと勇者の為の場所なのか?」
「そうとも言えるわね。歴代の勇者はここでレベルを上げてから魔王に挑んでたから。まあ、魔王にも強さにバラツキがあるから最下層まで下りる勇者は少なかったみたいだけどね。2体の魔王を倒したあなたなら分かるでしょ。」
「ああ、そこは分かる。それにしても、こんな所の調査を一般人の俺に頼むくらいだからギルドも人手不足なんだろうな。」
「そ、そうね。きっと人が足りていないのよ。」
まあ、冒険者が減った理由にデーモンも関わってはいるがそこは攻める相手が違う。
なので俺は溜息をつくとナトメアの夕飯を普通に出すように言って食堂に戻った。
「メノウ、いつまで言わないの?」
「本人がそれを望むまでです。」
二人はそう言ってユウが去って行った入口を見詰める。
そして、夕飯の時間が来ると勇者が誰かは言わず、今の事を全員に話して情報を共有した。
「そうじゃったか。どうりで遊園地で遊んでおる感覚で進めると思うた。」
「そうね。でも、訓練には丁度良さそうよ。」
「待ってください。それはあなた達の感覚であって普通の者では命がけの攻略になります。少しは自重してください。」
流石アキトだ。
自分も余裕で進んでいるのにしっかりと他人との比較が出来ている。
彼らの感覚で他の者を連れて来ると確実に死んでしまうだろう。
ただ、日本にあるダンジョンはどれも50階層かそこらなので戦闘技術を鍛えたり資源を収拾するには良いがレベルの面ならそろそろ限界の者も居るだろう。
しかし、まだこちらとの交流も不完全な中で彼らを連れて来るのは早過ぎる気がする。
「俺もアキトに賛成です。訓練をするにしてもここは危険な所だと思いまいます。」
こう言っておかないと直ぐにでも自衛隊の人達を連れて来てダンジョンに叩き込みそうだ。
あそこには元『犬!』であった獣人たちも居るのでしっかりと釘を刺しておく。
しかし、この調子なら順調に行けば、あと数日で攻略できそうだ。
それでもここはあくまで通過点なのでなるべく早く通り過ぎたい。
そして俺達は次の朝もダンジョンに向かい100階層を目指して進んで行った。
一階下りるごとに50メートルから100メートル程下りているのでそろそろ5キロ以上は地下に下りているだろうか。
そして、ようやく俺が目指していた階層の一つに到着する事が出来たようだ。
そこは横だけでなく天井や地面にも沢山の大きな穴が開ている。
道は途切れていない様だがとても細く戦闘をしていると落ちてしまいそうだ。
覗き込むと下の階層が見える場所もあるので飛び降りれば次の階層まで簡単に行けるだろう。
しかし、ここには目的があるので当然そんな事はしない。
他の皆も分かっている様で魔力を撒き餌にしながら通路を進んで行った。
すると、壁の向こうから何かが這いずりながら接近してくる音が聞こえる。
そして、横穴の一つから巨大なワーム型地竜が現れた。
「ゲンさんとサツキさんはリベンジですね。」
「その通りだ。ここは任せてもらおう。」
「前は傷しか付けれなかったから楽しみだわ。」
「あ、でも損傷は少なめに。後でライラに叱られますよ。」
二人は俺に笑いかけるとそのまま何も言わずに走り出した。
どうやら怒られるのは俺の役目で二人は手加減する気は無いらしい。
そして、二人は一瞬だけ魔力を爆発的に高め、次の瞬間には完全に気配を絶って敵に向かって行った。
すると地竜は完全に二人を見失い左右に首を振って必死に探している。
しかし、その次の瞬間には二人は最も硬い頭部に剣を振るい、魔力を開放して一撃をくらわせた。
すると剣はまるでバターを熱したナイフで切る様に吸い込まれ左右に深い傷を負わせる。
それにより地竜は暴れるが二人は空中でクイックターンを行い瞬時にこちらへと戻って来る。
そして以前と違う手応えを実感できた二人の顔は何時になく嬉しそうだ。
やはりあの時自分達の手で倒せなかったのが悔しかったのだろう。
そして、しばらく見ていると傷は塞がり、こちらに掘削機の様に牙の並ぶ口を開けて威嚇の声を上げた。
しかし、知能は低いのか先程の傷から何も学んでいない様で再び真直ぐに突撃してくる。
すると二人は下がり今度はアキトが前に出た。
そう言えばアキトもあの時は攻撃は通用したが傷が瞬時に再生して牽制しか出来ていなかったのを思い出す。
そしてアキトは銃剣を構えると先程の二人の様に俺に笑いかける。
(はいはい、分かりました。これはダメな奴ですね。)
そして赤い弾丸が飛び出し、地竜を貫いた。
しかもそれは頭から尾までのすべてを貫通し、地竜は肉片へと変わっていく。
そして、血や肉は下の階層や穴に落ちていき胴体が半分ほどしか残らなかった。
それもかなりクチャグチャなので綺麗にしてもハンバーグにしかなりそうにない。
おれは諦めて残った部分を回収すると出来るだけ肉も回収し、それ以外は放置する事にした。
「アキト、もう少し手加減してくれよ~。」
「ハハハ、後は任せたぞ。」
これは完全に俺が怒られる流れだろうな。
しかしアキトは時々こんなお茶目な一面を見せるので困ったものだ。
実害がなければ面白い男なのだがメガロドンの時を上回るハッちゃけ具合になっている。
まあ、今回は仕方ないとしてなんとか許してもらおう。
変な所でため込んだ鬱憤を爆発させるよりかはずっと良い。
そして俺達は100階層に到着するとそこに続く通路を見詰めた。
「やっぱり100階層から増えてますね。」
「楽しい時間は終わらないって事だよ。明日からまた楽しみだねえ。」
今日の大物はあの地竜一匹だった。
それも他の3人に取られてしまいトキミさんは少し不満そうだ。
明日からは多めに魔物を任せる事にしよう。
そして地上に戻ると俺はギルドに経過報告をする事にした。
義務は無いが報連相は必要だろう。
まだ夕方にもなっていないので仕事を受けた自衛隊組の3人もまだ居るかもしれない。
俺は適当に歩きながらギルドへと向かって行った。
そして中を覗くと食堂ではフウカとミズキが担当している冒険者たちと打ち合わせを行っているようだ。
色ボケせずに真面目に仕事をしているみたいで感心する。
そして、チヒロを探すと今は裏の訓練場で新人を指導しているのが見える。
どうやら5対1で戦闘を行い個人の指導と共に連携も教えている様だ
3人とも俺の出来ない事が出来るので凄いと思う。
俺にはスキルのおかげでなんとか戦えているので指導なんてとても出来ない。
アキトとも時々スキルについて話をするが俺の言葉の足りない説明を上手く理解してくれるので本当に自衛隊組は能力が高い。
ヒムロは・・・あいつは愛が絡むと人知を超えるな。
成長力促進が無いのに、稀に匹敵するほどの成長を見せる時がある。
あれを常時行えればアイツが最強かもしれない。
普段は俺に似て少し残念な奴だが。
そして俺はミリに一声かけてからティオネの執務室に案内してもらった。
「ギルドマスター。ユウさんが途中報告に来ています。」
「入りなさい。」
俺は声に従い扉を開けて部屋に入って行く。
するとそこには以前よりも輝いて見えるティオネが今にも歌い出しそうな上機嫌で執務を行っていた。
「眩しいな・・・。」
「眩しいですね・・・。」
俺はティオネを見てつい言葉が零れたが横に居たミリも同じ思いを抱いていたようだ。
しかし、変われば変わるものである。
もうここには、あの時に見た微笑みを浮かべるだけの彼女は居ない。
ここにいるのは完全に恋に落ちた乙女が居る。
これはチヒロが来ない内に早く退散した方が良さそうだ。
その証拠に彼女は部屋にある時間を知らせる魔道具をチラチラ見ている。
彼女の貴重な時間を無駄に使わせるとあの笑顔が般若になりそうだ。
「それでは素早く報告をお願いします。」
もう、視線だけじゃなく言葉にまで出ている。
これはある種の牽制と見て良いだろう。
早く話を終わらせて帰れと言う事だ。
「なら手短に言うが100階層でダンジョンは終わらなかった。明日からは更に下に向かう予定だ。それじゃあ帰る。」
「分かりました頑張りなさい。」
それと同時に後ろの扉がノックされた。
俺は背中を向けるとミリと一緒に逃げる様に扉に向かい部屋から顔を出した。
マップで分かっていたがそこにはチヒロが来ており、見た事ない程に顔が嬉しそうだ。
俺は軽く声を掛けるとそのまま部屋を出て行った。
「セ~~~フ!」
「ギリギリでしたね!」
ミリは俺と共に歩きながら胸を撫で下ろしている。
俺も同じ気持ちなので苦笑を浮かべるとそのまま1階に下りた。
 




