200 100階層ダンジョン ⑧
こういう時は転移陣があると便利で助かる。
無駄な時間が省略されて採取をすぐに始める事が出来る。
先程かなりの数を集めたはずだが戻ると既に同じように大量の糸のカーテンが出来ていた。
これなら集めるのは簡単そうだ。
問題があるとすれば時間だけだろう。
俺は早速、棒を取り出すと糸を集め始めた。
1つの場所から取れるのは一つだけだ。
この階層のいたる所にあると言っても回収には1分も掛けられない。
俺は寄って来た蜘蛛に剣を振る時間も欲しい為、来た端から容赦なく踏みつけて始末していく。
『私も手伝いましょう。』
「頼む。」
糸巻きを一つ作り移動するだけで1分は掛かってしまう。
朝までは12時間ぐらいしかないので一人だと最大で720個しか作れない。
危険はあるがスピカは聖剣を依り代にして姿を現し、糸の回収を手伝い始めた。
「無理はするなよ。」
「大丈夫です。」
その言葉の通り、スピカは魔法で簡単に蜘蛛を始末している。
速度も俺と同じくらい早いのでこれなら朝までには十分に間に合うだろう。
そして俺達は順調に糸の回収を進め、魔石だけでも既にかなりの数が集まっている。
しかし、それにしてもサイレント・スパイダーとは何処に居るのだろうか。
いまだにタダの蜘蛛しか現れない。
「あの、もしかして気付いてないのですか?」
「何をだ?」
俺は糸を回収しながら首を傾げて聞き返した。
「先程から倒している蜘蛛がサイレント・スパイダーですよ。」
「なに!」
俺はマップを開くと先ほどから頻繁に襲って来る蜘蛛を確認した。
するとそこにはしっかりとサイレント・スパイダーという名前が記されている。
どうやら隠密性に長けていると聞いていたのに俺にとっては大した能力ではなかったようだ。
先程から正面から堂々と来ていたのは俺が気付いてないと思っていたからだろう。
確かに近くに来るまで殆ど無視していたので勘違いされても仕方ない。
「まさかこんな雑魚だとは思わなかった。」
「それでも以前にオリジンの悪戯で蜘蛛に慣れていなければ危なかったですね。」
確かにあの時は酷い目にあったが、こうして蜘蛛を平気で倒せるようになったのはオリジンのおかげだな。
今日はやけに巡り巡って来る日だと思いながら次の糸を回収しに向かう。
そして900ほど回収したところで俺達は下層に下りる階段のある部屋の手前まで到着した。
その部屋はとても大きく周辺の壁は一面が蜘蛛の糸で覆われている。
これだけあれば目的の量まで十分足りるだろう。
しかし、ここにはこの状況を作り出した主が当然、居座っている。
その大きさとレベルからそいつは階層守護者の一匹だろう。
今までの階層には居なかったが人が来なくなって魔素が濃くなり生まれたようだ。
名をジャイアント・デビル・スパイダー。
大きさも20メートルはありタランチュラを大きくしたような魔物だ。
レベルも80と高く今の俺を上回っている。
「サクサク倒して糸を回収して帰りましょう。」
「簡単に言ってくれるな~。戦うのは俺だぞ。」
しかし、前回の魔王よりはかなり弱そうだ。
これなら聖剣を使う必要もないだろう。
俺は部屋に飛び込むと一気に距離を詰める。
すると敵は口から大量の糸を吐き出し俺の行く手を遮った。
「コイツ大量の糸を吐いたぞ。」
「それは好都合です。沢山吐かせて量を増やしましょう。」
「賛成だ。」
俺は蜘蛛の周りを走り回りどんどん糸を吐かせた。
広大な部屋なのでそう簡単に糸で埋まることは無い。
敵も定期的に自分が不利にならない様に移動するため、それを妨害しない様にしながら誘導を行いどんどん糸を吐かせていく。
するとあるタイミングで糸の出が悪くなってきたのでどうやら打ち止めのみたいだ。
それでも見た目では自分の体積の何十倍も吐いているのでそうなってもおかしくはない。
しかし、こうなるともう用済みなので俺はこいつを始末する事にした。
まずは接近して右側にある足を一気に切り落とす。
「ギギーーー!」
そして一気に方向転換し反対の足を切り落とすと最後に胴体と首の付け根の2カ所を切り離して止めを刺した。
そして、死んだ魔物の体を収納すると俺は天井を見上げ少し思案に耽る。
(コイツはギルドに売却だな。)
流石に貴重な階層守護者の体だが秘薬の材料にされては困る。
たとえこれであの秘薬の味が改善されるとしても蜘蛛のエキスの入った物は飲みたくない。
「良いのですか?」
「何も言うな。お前は蜘蛛の内臓を飲みたいか?」
「・・・遠慮したいです。」
「この事は皆には内緒だぞ。」
「イエッサー!」
俺は我が身可愛さに、この事は二人だけの秘密にした。
そして、大急ぎで部屋の糸を回収を始める。
これだけの量を回収するとなれば朝までかかりそうだ。
そして、回収した結果500個程の糸玉が回収できた。
それで部屋は一部を残して綺麗になり俺達は急いでギルドへと向かって行く。
そして早朝ではあったがギルドに入ると丁度ミリが居たので声を掛けた。
「持って来たぞ。」
「分かりました。こちらにお願いします。」
数が多いので手続きには時間が掛かる。
そのため個室で処理を行うようだ。
今までミリが座っていた場所には別の女性が座り、処理を交代してくれている。
「良かったわね。」
「でも数が足りるとは限りませんから。」
そんなやり取りをしているのであの最後の依頼書は彼女で間違いなさそうだ。
俺は個室に移動すると依頼書を確認しながら必要な数を渡し、横にいる鑑定員に糸を渡して確認をしてもらう。
そして最後から2番目の依頼の時にワザと一つだけジャイアント・デビル・スパイダーの糸を混ぜてみた。
すると鑑定員は目を見開き、驚愕の表情を浮かべて糸を何度も鑑定している。
どうやらかなりの値打ち物だったようだ。
「これはジャイアント・デビル・スパイダーの糸。もしかして討伐されたのですか?」
「良い物なのか?」
「はい、この素材は滅多に手に入りません。王族や貴族が特別な時に着る服に使われ、サイレント・スパイダーの数倍の値がつきます。良ければ少しでいいので譲ってもらえませんか。王族からの依頼があり、これに差し替えたいと思います。」
恐らく昨日話していたアルフェの事だろう。
それなら条件次第だな。
「それなら条件が一つある。」
「何でしょうか?」
「買取値段は他の糸と一緒で良い。」
「本当ですか!?」
鑑定員は差し替えると言っているがそこには差額が発生する。
どちらがするにしても必ず金銭的な負担が生じる。
俺がそれを無くせば話が通し易くなるはずだ。
そして次にミリの依頼書を手に取るとそれを鑑定員に見せた。
「ただし、こちらの依頼書の内容を変更してもらう。このサイレント・スパイダーの所をジャイアント・デビル・スパイダーに代えてくれ。報酬に変更は無しでだ」
するとミリが驚いた顔をこちらに向けて来るが俺はそれに笑って返した。
別に誰かが損をする訳ではない。
俺が損をするように見えるかもしれないがこれはあくまで俺の自己満足を満たすためだ。
これはお金がどうこうという次元の問題ではない。
「分かりました。すぐにギルドマスターに確認をしてきます。」
鑑定員は急いで部屋を出て確認に走った。
そして部屋には俺とミリだけが残され彼女は控えめに確認を取って来くる。
「本当に良いのですか?」
「俺もウエディングドレスを作るために素材を集めてたからな。ちょっとしたサービスだ。ついでにこれもやるから資金の足しにでもしておけ。」
俺は予備として依頼の数と同じだけの糸を渡しておく。
これでもし何かの理由で横取りされてもドレスは作れるだろう。
「ありがとうございます!」
ミリはそう言って嬉しそうに笑うので俺も笑顔を返しておく。
やっぱり幸せは皆で共有してこそ実感できる。
そして鑑定員が帰って来ると無事に依頼内容は変更され、俺は報酬を受け取り、問題の物を売るために話を振った。
「それとジャイアント・デビル・スパイダーも倒したから買い取ってもらいたいんだが可能か?」
「可能ですが良いのですか?」
「構わない。安くても買い取ってもらいたい程だ。」
「分かりました。査定は夕方まで掛かるでしょうから後でまた来てください。出す場所はミリが知っています。」
するとミリは立ち上がると「こちらにどうぞ」と笑顔で案内をしてくれた。
そして倉庫の様な建物に入るとそこに居たスタッフに声を掛ける。
「タキ、少し良い?」
「ミリ、もしかして解体の依頼か?」
タキと言われた男は手入れしていた道具を置くとミリに笑顔を向けた。
ミリもそれに笑顔で応えて頬を赤く染めているので、もしかするとタキがミリの相手なのかもしれない。
「ええ、ジャイアント・デビル・スパイダーをこの人が討伐したの。だから解体と査定をお願い。」
「わかった。もしかして依頼の方も受けてくれたのか?」
タキは少し不安そうにミリに問いかけた。
依頼はかなり前から出していたようなので不安になるのも仕方がないだろう。
しかし、その質問にミリは満面の笑みで応えた。
「聞いてタキ。依頼を受けてくれただけじゃなくて依頼内容を変えてこれにしてくれたのよ。」
そう言うと彼女は俺の渡した糸を取り出してタキに見せた。
するとタキはそれが何かを知り、俺に顔を向けて来る。
「本当に良いのか?」
「問題ない。長く待った分、俺からのサービスだ。俺ももうじき結婚するからな。幸せは周りで共有したいだろ。残った素材は売れば少しは生活資金の足しになる。」
「ありがとう。実のところ結婚衣装の事は諦めてたんだ。でもアンタのおかげで無事にコイツの晴れ着を作れそうだ。」
「そうか。それで、ジャイアント・デビル・スパイダーは何処に出せばいいんだ?」
するとタキは倉庫の中央に移動して指示を出してくれる。
事前に節々でバラバラな事を伝えると元の形に近い位置取りで並べる様に言われた。
「それにしても見事な切り口だな。」
タキは切られた断面を確認しながら呟いた。
確かに断面を見ると体液で少し汚れているがまるで磨かれたように光沢を放っている。
流石クラウドの作った武器は切れ味が違う。
「武器が良いからな。それで、買取には問題なさそうか?」
「ああ、大丈夫だ。無駄な傷もないし状態も新鮮だ。こういうのはかなり慣れているのか?」
「まあな。少し前にはベヒモスも討伐したぞ。ほらこれがベヒモスの串焼きだ。食ってみろ。」
俺は串を2本出して二人に進めた。
するといきなり最上級の肉を食べられるとは思っていなかった二人は恐る恐る串肉を口へと運んだ。
そして口に入れた途端に二人は勢いよく食べ始めフと手を見て首を傾げた。
その光景に懐かしさを覚えながら二人の反応を待っていると予想通りの言葉が出て来る。
「肉が消えたわよ。」
「俺もだ。ベヒモスの肉は蒸発するのか?」
俺は笑いを堪えながら次の肉を差し出してみる。
するとその視線は串に釘付けになり、二人は時間が止まった様に微動だにしなくなった。
「喰うか?」
「「食べる!」」
その後10本ずつ平らげた二人は腹の膨れ具合からようやく自分達が食べ切っている事に気付いたようだ。
それに、これだけ食べれば今晩からでも子作りに励めるだろう。
「それじゃあ、後でまた来る。」
「それまでには査定を終わらせておくからな。」
俺は二人と別れて家に帰って行った。
今からなら十分朝食に間に合うだろう。
そして、家に入ると客間のソファーでアキが眠っており、どうやら泊まり込んで仕事をしている様だ。
流石にあの人数の採寸をしてデザインを決めるとなると1日では終わらなかったのだろう。
テーブルには大量の紙が積まれ、デザイン画が部屋中に散乱している。
ライラのノートパソコンや簡易プリンターも置かれているので事前にデザインデータを集めていたようだ。
しかし、それだけ彼女たちが結婚を楽しみにしていたと言う事になる。
良い材料を手に入れて来れたので少しでもその思いに貢献出来た事に嬉しさを感じる。
しかし、俺が出来るのはここまでだ。
これからは職人であるアキの領分になるので素人の俺が手伝えることは無い。
そして、朝風呂に入りスッキリしていると、どうやら朝食の時間が近づいて来たようだ。
それぞれに起き出して食堂に向かい始めているので俺もそれに合わせて風呂から上がると食堂に向かって行った。
「みんな、おはよう。」
「おはようユウ。それとお疲れ様。」
理由は話しているので周りから朝の挨拶と労いの言葉を掛けてくれる。
アキトも帰っている様なので今日は急いで65階層を目指す必要があるだろう。
ダンジョンでは死体などは放置すると数日で魔素に分解されて消えてしまうそうだ。
あの糸がどうなるかは分からないが劣化する可能性もあるので急いで回収に向かう必要がある。
アキトにはクリスマスの時にスキルを覚えさせておいたので回収は可能なはずだ。
サクラとカエデの為にアキトには再び頑張ってもらう。
「アキト、今日は糸を手に入れるためにダンジョンに向かうぞ。」
「あ、ああ、任せろ。」
少し疲れているのでもしかしたら昨日あまり寝ていないのかもしれないが素材は今しかない。
アキトには悪いが今日だけは気張ってもらう。
そして、俺達は急いでダンジョンに向かい65階層へと駆け出して行った。
「急げアキト。先を越されるぞ。」
ダンジョンに入りマップを確認すると一つのパーティが奥へと向かっていた。
しかもその中にはどう見てもレベルが不釣り合いな物が一人だけ混ざっている。
どうやら俺が糸を採取したことを知った誰かがハイエナに向かっている様だ。
しかし、非戦闘員を連れての移動は遅く、これなら十分に間に合わせられる。
俺達は65階層に到着すると彼らに遭遇しない様にルートを変えて進んで行く。
当然、安全のために先頭は俺が務め、糸は全て焼き払い、敵は俺が全て葬りながら進んだ。
その結果かなり余裕をもって到着出来たのでさっそく糸の回収を開始した。
「目標はこの棒に10個だ。集中して全力で糸にしろよ。周りの雑音は俺が全て捻じ伏せてやるからアキトは糸にする事だけ考えろ。」
俺の場合はクリエイトのおかげでかなり楽に糸にできた。
それでも油断すると太さが変わりそうになるのでかなりの集中が必要だ。
あの時は俺とスピカだけで採取したため無我の境地を使えなかったがアキトにはスキルによる補助が不可欠だろう。
そうなれば周りに意識が向けられなくなるので俺達が護衛する必要がある。
そしてアキトが糸にし始めると横で見ていたトキミさんが声を掛けて来た。
「それにしても地味な事をしてるね~。」
確かに糸を紡ぐ作業は地味だ。
しかもアキトはまだ慣れていないので速度も遅い。
この調子なら一つ作るのに10分は掛かるだろう。
しかし、その頑張りは愛があってこそだ。
この細い糸の全てに、アキトの思いが込められている。
それに物を作るとは地味で目立たないものだ。
「その地味な事の積み重ねが最後には俺達の着ている服やこの武器になるんですよ。」
「なんだかユウは時々、私よりも古い考えをしてるねえ。アンタ本当に現代人かい?」
「俺は上から下まで現代人ですよ。」
(変な事を言わないで欲しいな。)
それに相手へ良い物を送りたいと思うのは普通の事だ。
俺達には素材を集める事しか出来ないので最大限の成果を出すにはこうして時間と労力を掛けるしかない。
アスカも今日は家でアキトの帰りを待ちわびている。
これで手に入らなかったでは顔向けも出来ない。
今日のこの作業は何としても成功させる必要がある。
その為にこうして多めに糸を残したのだから。
これなら10玉集めても半分以上が残る。
向かって来ている連中にはそれで我慢してもらおう。
それが出来ないなら悪いが肉体言語で理解させるつもりだ。
そして6玉目に入った所で通路の先から10人の冒険者達が現れた。
彼らは俺達を見て顔を歪めるがこちらへと近付いて来る。
通常こういう物は先に見つけた者に権利がある。
それを横取りするのはギルドのルールに反する行為だ。
冒険者たちは俺達の前に来ると周りを見回し威圧を放った。
どうやら肉体言語が必要な相手の様だ
 




