199 100階層ダンジョン ⑦
家に到着すると俺は客間のソファーにアキを寝かせた。
するとすぐにライラが部屋へとやって来て症状を確認する。
「それ程強い呪いじゃなさそうね。これなら丁度良いわ。」
そう言ってライラは秘薬を取り出してそれをアキの口へと近づけた。
当然そうなると薬の臭いが鼻を刺激してしまう。
人は警戒していると無意識に鼻を使って確認したくなるがそれは最大の誤りだ。
この秘薬の落とし穴はいたる所に設置されている。
「ちょっと待って!ゴッホ!これ凄く臭いんだけど!待って・・・近づけないで・・・嫌~~~ゴボゴボゴボ。」
しかし、ライラは容赦なく秘薬の入った瓶を口に突っ込んだ。
当然反対の手では零さない様に口元をしっかりと固定している。
その容赦の無さは時に俺以上だと思える。
そしてアキは苦しみの中でなんとか薬?を嚥下すると手足の変色が波が引くように消えて正常な肌に戻っていった。
しかし、アキには秘薬の味は限界を超えていたようだ。
薬の効果で死ぬことは無いが、完全に白目を剥いて意識を失っている。
流石リアが初めて飲んだ時に一般人は死ねると評価しただけはある。
ライラはそこには目もくれずに薬の効果を細かく確認している様だ。
あれをトキミさんは3本一気飲みしたので、ある意味で凄い猛者だった事が分かる。
今度、メノウに頼んで味の改善が出来ないか頼んでみよう。
このままだといつか本当に死人が出そうだ。
しかし、ライラの実験はここで終わりを見せることは無かった。
「クオーツお願いね。」
「本当に良いの?」
「同意は取ってるから大丈夫よ。」
そしてクオーツは部屋に入るとアキに呪いを掛けた。
それは先程と同じ呪いの様で彼女の手足は再び呪いに蝕まれていく。
するとライラはアキを起こすと次の秘薬を取り出した。
「それじゃあ、次をお願いね。」
「ちょっと待って!お願いしま・・ゴボゴボゴボ。」
そして呪いは解けるが再びアキは意識を失ってしまう。
その間にクオーツは再び呪いをかけ、それは合計で5回も行われた
そして最後には虚ろな目で自ら瓶を口にし一気に飲み干すまでになった。
「これでお終いよ。頑張ってくれてありがとね。あなたの犠牲は無駄にはしないわ。」
もしかして最初からクオーツに手伝ってもらえば実験は自分でも出来たのではないだろうか。
まさか、あのライラでも躊躇するような味なのか!?
俺は白目を剥いて気絶しているアキを見て黙祷を捧げる。
するとライラとクオーツは逃げる様に部屋を出て行き、俺も哀れなアキを残して部屋から出てそっと扉を閉めた。
そして、しばらく部屋でくつろいでいると扉を開けてアキが飛び込んできた。
どうやら部屋に取り付けていた名札が仇になったようだ。
「あなたよくもやってくれたわね!」
その様子からここまで走って来たようだが手足はしっかりと治っている。
味は最悪でも効果はあるようで安心した。
これで効果が無ければ彼女の犠牲は本当に無駄になってしまう。
「なに1人で納得してるの!?」
「まあ、落ち着け。ちゃんと呪いは解けただろ。」
「う・・・。確かにそうだけど・・・。でもあれを飲んだせいで嗅覚耐性と味覚耐性と呪い耐性まで覚えたのよ!」
「どれも良いスキルじゃないか。スキルレベルを上げたいなら協力するぞ。」
そのスキルがあれば不味い物や臭い物でも問題なさそうだ。
出来れば今後も秘薬の実験体になってくれないだろうか。
「せ、背中に悪寒が・・・。と、とにかく!もうあの薬は飲まないからね。それよりもあなたは私に用があるんでしょ。」
(そうだった。)
元々アキの所に行ったのは結婚式に着るウエディングドレスを注文するためだ。
つい、有用なスキルを聞いて別の方向に思考が向いてしまった。
「そうだった。実は結婚用のドレスを作って欲しいんだ。」
「まさかさっきの娘と結婚するの?」
「そうだが何か問題があるのか?」
「まあ良いわ。なら採寸するから呼んできて。さっきの部屋で待ってるから。」
そう言ってアキは下へと向かって行った。
俺はその後、部屋を回り皆に声を掛けていく。
こうして見るとすごい数になったが誰の笑顔もが何時になく眩しい。
そして全員に声を掛け終えると俺はアキの居る一階へと向かって行った。
しかし、部屋に入ると何故かアキから鋭い視線が飛んでくる。
「アンタいったい何人と結婚するつもりなのよ!?」
部屋を見れば20人近くいる。
アスカとカエデはまだ見たいだがあの2人が居るとこの部屋には入れないからな。
(おっと、スピカはどうするんだ?)
『私は結構です。』
スピカは辞退だな。
しかし、見るとワカバにアリーナも混ざっている。
まあ結婚だけなら問題ないだろう。
「それじゃあ、全員分頼むな。」
「ちょっと、材料が足りないわよ。どうするのよ。」
「材料は何を使ってるんだ?」
ベヒモスの毛でもいいなら大量にあるがそれ以外だと取りに行かないとな。
材料を自前で準備すれば少しは安くなるだろう。
「材料は65階層に生息するサイレント・スパイダーの糸よ。その階層まで下りられるならそこら中に糸があるから採取は簡単だけどね。最近深く潜れる冒険者が少なくなってるから材料が入って来ないのよ。」
こんな所でもガストロフ帝国の奴らが影響を与えているとは予想外だ。
しかしこういった形で俺の幸せを壊そうとするとはやはり奴等を根絶やしにしておいて正解だったかもしれない。
だがそうなると材料を取りに行かないといけないか。
「それなら俺に任せろ。近い内に材料を集めてくるから。」
「アンタ見かけによらず強い冒険者なのね。それならそれまでは採寸とデザインだけにしておくわ。大事なドレスなら材料はアンタが取って来た素材の方が良いでしょ。」
すると二人を除いて全員が頷きを返して決定が下される。
ちなみに首を振らなかった二人は話の途中で部屋に来たアスカとカエデだ。
あの二人はアキトに頼めば良いので予備を取って来ても渡す必要は無い。
そして、どうやらカエデも採寸してもらっている所を見るとドレスを作ってもらう気のようだ。
それに一緒に住んでいた少女が大人になり、一緒に住んでいた男を好きになる事もあるだろう。
アスカは気にしていない様だし、後はアキト次第だ。
しかし、そうなってもアスカがカエデの味方である時点で結果は見えているな。
そして、採寸が始まったので俺は外に出て扉を閉めた。
正確な採寸となると肌を晒さなければならないんで俺が見る訳にはかない。
これで俺の用事は終わってしまったが今日は自由行動の日だ。
これからどう行動しても俺の自由なので素材を集めにダンジョンに出かける事にした。
そして、ダンジョンに到着してまずは60階層へと向かう。
一応マップで確認はしておいたがガストロフ帝国の者は一人も居ないようだ。
昨日の今日で冒険者は若干少ないが彼らも生活が掛かっているので遠くない内には戻って来るだろう。
そして俺は魔物を蹴散らしながら最短距離でダンジョンを進み65階層へと到着した。
ここに来る前にギルドで確認するとサイレント・スパイダーとは隠密能力に優れ、猛毒を持った全長1メートル程の魔物らしい。
名前の通り音もなく忍び寄り相手に気付かれる事無く毒を注入して弱るのを待つ。
毒を注入された者はしばらくすると体の自由が利かなくなり倒れた所をゆっくりと溶かされながら喰われるのだそうだ。
しかも、毒は強力な麻痺毒だが痛みは消えない。
喰われる者は痛みと恐怖を味わいながら最後まで抵抗できずに死んでいく
その為、この階層は一人の探索はお勧め出来ないと注意を受けた。。
俺も食べられるのは嫌なので油断せずに進むことにする。
すると、アキの言っていたようにすぐに目的の物を発見できた。
それは通路を塞ぐように張られた薄いカーテンの様な蜘蛛の巣だ。
鑑定するとサイレント・スパイダーの糸と出ている。
これを持って帰れば材料になるのだろう。
しかし、問題が一つある。
これをただ丸めて帰ったのではダメなのだそうだ。
通常は裁縫のスキルを持つ職人と来て、この場で糸にしながら回収する必要があるそうだ。
しかし、俺には裁縫を取り込んだクリエイトのスキルがある。
恐らくは何とか出来るだろう。
俺は片手に1メートル程の棒を持ってクリエイトの能力の一つ、紡ぎ糸を使用する。
これは料理スキルの臭み消しや骨取りと同じでスキルを覚えると使える便利能力だ。
日本に居る時は使うことは無いだろうと思っていたが思いもしない所で役に立った。
スキルを使用すると蜘蛛の巣は光に包まれ一本の極細の糸に変わっていき勝手に棒へと巻き付いて行く。
どうやら、錬成と同じで1つの素材として認識し一本の糸に作り変えている様だ。
かなり複雑に絡み合った糸だったので少し心配していたがこれなら大丈夫だろう。
しかししばらく作業をしていると一匹の蜘蛛がやって来た。
「やけに堂々と近寄って来るな。サイレント・スパイダー以外にも蜘蛛がいるのか?」
俺は青い刀を出して一振りし、水刃を飛ばして始末する。
こういう時に勝手に力を吸いあげてくれるこの刀は気を散らさないのでとても便利だ。
そして、数分すると蜘蛛の糸の回収が終わり俺は新しい棒を取り出して先へと進んで行く。
どうやら殆ど人が来ないからか、20メートル進めば新しい糸が通路を塞いでいる。
ギルドで聞いた話だと最近入荷が滞っているらしいが、恐らくは上位の冒険者が犠牲になっていたからだろう。
それに通常はしないそうだが素材を降ろしてくれれば高く買い取ると言われた。
「とは言っても家の分だけでも予備も入れれば20人分は要るからな。しばらくは諦めてもらおう。」
そして、俺はその後も堂々と近寄って来る蜘蛛を始末しながら素材を回収していく。
しかしあまりにも簡単な作業に夕方になる頃には200個以上も糸を回収してしまった。
流石に取り過ぎたかと思うが帰る途中にも既にカーテンの様な糸が幾つか張られている。
どうやら大量に取ってもすぐに魔物が張り直してしまうようだ。
ついでにそれも回収し、俺は一度ギルドへと向かった。
恐らく品薄なら依頼が出ているだろう。
見てみるとやはり幾つかの依頼が出ている様だ。
しかし、65階層とかなり深い割には報酬はそれほど高くない。
だが、あれだけ簡単ならそれも仕方ないだろう。
俺は内容も読まずに依頼書を掲示板から取り外すと、それを持って受付に向かった。
「これを頼む。」
「こんなに沢山!でも職人の方は見えませんが大丈夫ですか?」
恐らくは適当に採取して取って来る者も居るのだろう。
そうなるとかなり価値が下がるそうなので心配なのも分かる。
最悪の場合は使い物にならない事もあるらしく揉める原因にもなる。
ダンジョンで採取して初めて最上級の糸になるのでその事を言っているに違いない。
俺はまず、糸球を一つ出して受付嬢に見せた。
すると彼女はそれを丁寧に確認してから表情を明るいものに変える。
「これはベテランの職人が紡いだ物に匹敵する品質です。これはあなたが採取を?」
「まあな。少し取り過ぎたから半分ほど売ろうと思ったんだ。それで、この糸は何に使われるんだ?」
「読んでないのですか?これはウエディングドレスで人気の素材ですから大陸中から注文が来るんです。急ぎの物ではディスニア王国の新王女になったアルフィエノ様から、お披露目用のドレスの注文で依頼が張り出されていたはずです。」
すると思いもよらない所で知り合いの名前が飛び出して来た事に内心で驚きを感じる。
しかも他の依頼が俺と同じ理由とは思わなかった。。
すると受付嬢は机の下を漁り始め、何かの紙束を取り出し机の上にドスンと取り出す。
そして、何か期待するような顔になりその内の一枚を手に取り俺に見せて来た。
「こちらは次に張り出される予定の依頼書です。もし受けていただければこちらとしてはとても助かるのですが。」
見れば先ほどと同じサイレント・スパイダーの糸を採取する依頼だ。
すべてを張ると掲示板を埋め尽くしてしまうので優先度の高い物から張り出していたのだろう。
数としては俺が持って来た数の10倍はある。
すなわちあと1000個は糸球を持って来いと言う事だ。
流石にその数となるとかなりの手間になる。
しかし、自分だけが楽しい結婚式を挙げて他人を放置すると言うのは気分が良くない。
知らなければともかく知ってしまった今では既にと言える。
俺は仕方なく頷き可能な範囲でと言う事で依頼を受ける事にした。
「それでも構いません。私はミリと言います。良ければ来られた時はまた声を掛けてください。」
「ああ、そうするよ。」
俺は紙束をカウンターから掴み取るとそれを一枚ずつ確認していく。
そして最後の紙を見た時に依頼人の所を確認してある事に気が付いた。
(最後に受付嬢と同じ名前があるな。しかも依頼日はかなり前の日付だ。)
すなわち、もしこれが同一人物ならギルド員として他を優先しているのか、それともされているのか。
どちらでも良いが、もしこれが彼女の依頼なら何故こんな必死に言って来るのかが理解できる。
「明日まで待ってろ。」
「え?」
「明日また来る。」
「は、はい!よろしくお願いします!」
受付嬢は笑顔を浮かべると俺に深く頭を下げた。
俺は家に今日は帰らない事を伝えるとそのままダンジョンに再び戻って行く。
先程はあまりに簡単な依頼なのでのんびり作業したが今回は数が多い。
全力で集めても時間はギリギリだろう。
明日の朝には再びみんなでダンジョンに潜るのでそれがタイムリミットだ。
俺は途中で糸巻き用の棒を大量に買い込みダンジョンに入って行った。




