190 家族の触れ合い
さて一体どうしたものか。
俺が通訳するという手段も考えないでもないがそれだとあの沈んだ表情は晴れる気がしない。
それに大事な家を全損させてしまった手前どうにかするしかないだろう。
建て替えるにしても大事な家とはそれまでに刻まれた時間や傷にいたるまで大事な思い出だ。
新しく作れば良いという訳ではない。
まあ、ようは彼らが宿る事の出来る依り代があれば良いのだ。
しかし、何を材料にすればいいだろうか。
そして俺は、ここで年長者の意見を聞いてみる事にした
もしかすると何かの術とかそんな都合の良い物を知っているかもしれない。
「ゲンさんとサツキさんは依り代に関して知っている事はありますか?」
「儂は斬るのは得意じゃが術の類は全く駄目じゃな。」
「私も消し去る方法なら幾らでも知ってるけど術関係は駄目ね。」
二人は揃って胸を張り堂々と俺の質問に答えてくれた。
しかし、自信満々に返された答えは全く役に立たない。
どうもこの二人にデストロイの称号が付くのも時間の問題な気がする。
他のメンバーに視線を向けても首を横に振るので知らないのだろう。
仕方なく俺は遠い我が家にいるライラに聞いてみる事にした。
こういう困った時のライラ先生だ。
俺は電話を掛けて今までの事を軽く説明すると少しして答えが返って来た。
「まずは確認だけど二人の魔石は何処にあるの?」
先程の麒麟もだが霊獣も魔物同様に死ぬと魔石を残す。
恐らくその事を言っているのだろう。
俺は魂である二人に聞くとその胸にある魔石を光らせて何処にあるのかを教えてくれた。
それはちょうど人の心臓と同じくらいの大きさで赤い光を放っている。
通常のゴーストの魔石の大きさが小指の先ほどの大きさなのでかなりの大きさだ。
きっと霊獣だった時の魔石をそのまま引き継いでいるのだろう。
魔石は力の源なので魂の状態なのにあれだけの霊力を放てたのも納得できる。
所在が分かったのでそれをライラに伝えるとすぐに答えが返された。
流石、困った時のライラ先生だ。
「なら簡単だと思うわよ。ユウが霊力を込められる何かを作ってあげれば良いの。力の籠った物なら魂を受け入れる器になるわ。古い物でも良いのだけどあなたの使うお茶椀や湯呑だと可哀相でしょ。」
俺はライラの言葉に、いつも使っている食器を思い出した。
湯呑は紅葉柄で可愛いと思うが大きく罅が入っている。
お茶わんも茶渋などが付いて味はあるが、かなりすすこけている。
そんな物に二人が宿ると同じようにみすぼらしい姿で現れそうだ。
そうなると感動も半減してしまうかもしれない。
あわよくばこの事で家を全損させた事を許してもらおうと企てているのでそれは避けたい結果だ。
そうなると俺の取れる手段は一つ。
俺は2組の割り箸を取り出すとそれは折って計8本にする。
そして今度は茄子の様な野菜を取り出すとそれに折った箸を4本ずつ突き刺して地面に立たせた。
これでお盆に飾られる精霊牛の出来上がりだ。
当然、込める事の出来る限界まで霊力を込めておく。
何やら艶々で凄く美味しそうな見た目に変わり今にも動き出しそうだ。
俺は立ち上がると完成した精霊牛をビシリと指差し自信満々に声を掛けた。
「依り代の完成だ。さあ、これに宿って存分に別れを・・・。」
しかしその瞬間、二人は風を巻き起こしせっかく作った精霊牛を空中で輪切りにしてしまう。
酷い事をするものだと思って周りを見ると何故か冷たいジト目を向けられている事に気が付いた。
「ダメ?」
『『ダメ。』』
どうやらこれではダメな様だ。
俺は追加で風を起こし切られた茄子が地面に落ちる前に回収すると豚肉のミンチを挟んで串を差し、それに衣をつけると油で揚げていく。
(食べ物は無駄にしてはイケないよね。)
俺は揚げ終わった茄子の豚肉挟み揚げを一旦仕舞、二人に視線を戻した。
すると視線は更に冷たくなっており、今度は拳まで握られている。
(どうしたんだ?)
『依り代を作るよりも料理の方が手が込んでいたからじゃないですか?』
(なるほど。)
俺は水を出して手を洗い、魔法で綺麗にしてから頷いた。
早い話が見た目が悪かったと言う事なのでこんな時に贅沢な話である。
しかし編み物なら、もっとまともな物を作れないでもない。
だが、俺は編み物には一つのルールを敷いていて、それは人型は作らないと言うものだ。
だって、家にそんな物があったら動き出しそうで怖いだろ。
『チキンなユウさん。』
(チキン言うな。)
『それはさて置き、霊獣なので虎と狐の編グルミでも良いのでは?』
(・・・よく気付いたなスピカ。俺もそう考えていたところだ。)
『・・・。』
俺は無言の威圧に耐えながら毛糸と編棒を取り出し作業に入った。
少し複雑な作りだがホロの編グルミを作った事があるので問題ない。
九尾は尻尾を9本も作ると面倒なので1本にさせてもらう。
そう決断したのだがどうやらダメな様だ。
とうとう遠慮する気が無くなったのか、家があった所を親指でグイグイ指すと睨みを利かせて来る。
どうしてこんな親からヒイラギの様な娘が生まれたか不思議だがその遺伝子は覚醒遺伝でその娘たちに引き継がれている気がする。
俺は仕方なく諦めて、尻尾が9本の編グルミを完成させた。
面倒といってもスキルを使っていない彼女たちの体感で数分ほど完成が遅れるだけだ。
まずはそれをヒイラギに渡し、今度は虎の製作に取り掛かる。
こちらは縞模様を作るのが大変なので白猫で・・・。
と、考えたのだがリリと揃って泣きそうな顔をされてしまった。
二人はかなり似ている為、並んでそんな顔をされるとリリが二人泣いている様だ。
俺は仕方なく黒い毛糸も取り出して編み込んでいく。
模様が多い為、少し苦労したがなんとか編み上げることが出来た。
後はこれに霊力を込めればいいだけだ。
そして俺は限界が来るまで霊力を込めていく。
普通の毛糸で作った編グルミなので、すぐに限界が来るだろう。
しかし、何故か何時まで経っても限界が見えない。
不審に思い俺は使用した毛糸を鑑定してみる事にした。
(・・・なんでベヒモスの毛糸なんてあるんだ?)
『私がユウさんのスキルを使って夜なべして作っておきました。良い手触りだったでしょ。』
確かにいつも使う羊毛100パーセントの毛糸よりも手触りが良かった気がする。
急いでいて気付かなかったがそれでこれだけのキャパシティーがあるのか。
俺はさらに霊力を込めていき数分後、ようやく一杯にすることが出来た。
これだけ込めておけば十分だろう。
「それじゃあ、依り代が出来たからこれを使ってくれ。」
すると二人は編グルミにそっと手で触れるとその中に消えていった。
そして眩い光を放つとその姿を人へと変えていく。
これで先程まで見ていた魂の時と同じ姿なら成功したと言う事だ。
これで顔だけ編グルミだったら大ウケなんだがな。
しかし俺の僅かな期待は裏切られ、その姿は人へと変わっていた。
二人は閉じていた目をそっと開けると自分の体を見て笑顔へと変わる。
そして、リリとヒイラギに向き直るとその胸に優しく抱きしめた。
実体を得たために今度はすり抜ける事もなく抱きしめられた二人も同じようにその背に手を回し温もりを確かめている。
「こうして、またヒイラギを抱きしめられる日が来るとは思えなかったわ。」
「私もです。あの日にドラゴンの出現と共に行方が分からなくなって以来、もう二度と会えないと諦めていました。」
すると二人の目からは涙が零れ、抱きしめ合う手に力が籠る。
たとえ仮初の再会だとしても、今のこの思いはヒイラギの心に残り続けるだろう。
いつかその命が尽きてしまうその時まで。
そして感動の再開はリリも一緒のようだ。
「大きくなったわねリリ。私が最後に見たのはまだまだ小さな子供だったのに。」
「あの時にママは突然消えてしまったけど、ちゃんと理由があるって信じてた。だから今まで必死に頑張って来たよ。」
「私のリリは頑張り屋さんだものね。でも頑張り過ぎてるかもってずっと心配してたのよ。でも良い出会いもあった様で安心したわ。」
そう言ってリリの母親は頭を撫でながら俺に視線を向けてくる。
どうやら娘の事はお見通しの様だ。
先程までオメガの腹の中に居はずなのに女の勘とは恐ろしい。
するとリリも涙を拭くとその手を取って俺の前までやって来た。
「ママ、この人が私の命の恩人でさっき家族になったの。」
「まあまあ、それは良かったわね。孫が見れないのは残念だけど仲良くするのよ。」
「う、うん。子供が生まれたらお墓に顔を見せに行くね。」
「そうして頂戴。いつまでここに残れるか分からないけど最後の時まで待ってるわ。」
そして二人は別れを惜しむように離れるとリリは俺の横に並んだ。
すると丁度、他の九尾達もここに戻って来ると壊滅した町を見回し表情を曇らせた。
やはり長年住んでいた家を失うのはショックが大きい様だ。
するとヒイラギの母親が前に出て彼女たちに声を掛けた。
これだけ頑張ったので彼女が上手い具合に話をまとめてくれるのだろう。
「みんな久しぶりね。」
「「「カモミール!?」」」
「それにアルメニアまで」
「みんなは元気そうね。それで大事な話なんだけど。」
そう言ってカモミールはこちらを指差してニヤリと笑い、俺はそれを見て嫌な予感を感じて背中に汗が流れる。
あれは絶対に悪い事を考えている奴の顔だ。
「この街は彼が壊滅させました。まあ、魔王との戦いだったので仕方ないけれど。」
一応フォローは入っているが言い方に何やら棘がある。
もしかして俺の努力は無駄だったのだろうか。
しかし、他の九尾達はやはり魔王と聞いて納得してくれている様だ。
あの規模の魔王なら、この一帯が更地になる程の被害が出てもおかしくない。
もし、最初のブレスを俺が防いでいなければ、ここは更地ではなくクレーターになっていたはずだ。
しかし、カモミールの話はそこでは終わらなかった。
しかも、話は俺の思いもよらない方向へと進み始める。
「しかし、これだけの被害だと復旧には時間が掛かるでしょう。その為、まだ子供であるそこの二人はユウという人間に預かってもらおうと思います。」
すると九尾達から賛成の声が上がりヒイラギすら頷いている。
ゲンさんとサツキさんに視線を向けるとこちらも何故か納得顔だ。
「ここは安全とは言えんからな。疎開させた方が良いだろう。」
「それにこの子たちが来ると日本の農業が安定するらしいのよね。」
「ちょっと待ってください。ゲンさんのは分かりますがサツキさんのは誰に聞いたんですか?」
先程からどうも話の流れがおかしい。
まるで既にすり合わせが済んでいる様な・・・。
その時、俺の頭にアリーナの事が浮かんだ。
彼女の時も俺の知らない間に話がまとまっており、全てを知ったのは本人が家に来てからだった。
(コイツ等・・・。またハメやがったな!)
そしてリアとワカバの表情を見ると何も知らなかったのか驚きの表情を浮かべている。
二人は殆ど俺と一緒に居たので話を聞いていなかったのだろう。
それに対し他の九尾達は口元を隠しているがその目は確実に笑っている。
狐に化かされるどころか騙された気分だ。
・・・まあ、ワカバは年齢的に小学校に通わせれば良いだろう。
それくらいはアリーナの時と同様にゲンさんが面倒を見てくれるはずだ。
リアには何をさせるかは既にサツキさんが考えている様だからそちらに任せればニートにはならないだろう。
「分かりました。二人を預かりましょう。ただし、しっかり働いてもらいますからね。」
「フフ、それなら家の事は許してあげます。二人の事は任せましたよ。あなた達もしっかりなさい。こちらで作れるのはチャンスだけですよ。」
すると二人は嬉しそうに笑顔を浮かべると力強く頷きを返した。
(何か二人にも目的があったのか?)
そして、俺は残ったもう一つの問題について考えを巡らせた。
今回の事でここもある意味ではドラゴンから大きな被害を受けた事になる。
しかも、住む場所まで失った彼女たちにシータを預かってくれとは頼めない。
結果として彼女はドラドの元に帰ってもらう事になるだろう。
「シータ、すまないがこういう事になったから記憶を失ったままだろうが家に帰ってくれ。ここに頼むつもりだったがお前の兄貴との戦闘でなくなってしまったからな。」
「仕方ないわ。後は自分でどうにかしてみるわ。」
するとシータも分かっていたのか少し残念そうに頷きを返してくれる。
これがライラを虐めていた家族でなければ一考の余地があるんだが今回だけは甘い顔は出来ない。
「そうしてくれ。もしもの時はリバイアサンを頼ると良い。お前の父親よりは誠実で相談に乗ってくれるはずだ。」
それに魔王であったオメガが死んだので少しは安全だろう。
他の奴等の事は知らないがそこは自分でどうにかしてもらうしかない。
しかしそう考えているとステータスの電話機能が鳴り響いた。
そして相手を確認するとそこにはライラと表示されている。
このタイミングで掛かって来たのはいささか不自然だがホロを見ればこちらにニコニコした顔を向けている。
もしかするとホロがライラに何か連絡をしたのかもしれない。
ライラもシータの話は聞きたくないだろうと思って連絡しなかったが、こうして掛け直すという事は俺の考えが間違っていたようだ。
そして電話に出るとライラはホロから事情を聞いた事を話してからシータの事について話し始めた。
『ユウが私の為に何も言わなかったのは分かってるわ。あなたは私達を一番大事にしてくれているから。でも私は困ってる家族を見捨てたくないの。良い思い出のない相手だけどそれは見捨てる理由にはならないでしょ。』
(やはりライラは優しいな。)
なぜ、記憶を失くす前のこいつはこの優しさに応えてやらなかったのか。
種族?見た目?確かに大切かもしれないが一番大切なのは心だろう。
別に粘菌スライムの様な妹を可愛がれと言っている訳ではないのだ。
しかし、俺は自分の意思を曲げてでもライラの意思を尊重してシータを連れ帰る事を決めた。
「分かった。ならシータも連れて帰るな。」
『ええ、お願いね。それと・・ありがとう。』
「家族なんだろ。それとすまないがマリベルをこちらに頼む。それと他にも3人程いるから受け入れの準備をするようにメノウに言っておいてくれ。」
「三人ね、伝えておくわ。」
そして、マリベルの到着を待つ間に俺はシータに釘を刺しておく事にした。
何処まで有効かはコイツの頭次第だがしないよりはマシだろう。
「お前が虐めていた妹が家に受け入れる事を了承してくれた。」
「そうなのね。でもあなたの顔は納得して無さそうだけど?」
「当然だ。でもライラの希望なら仕方ない。だからお前が再び裏切った時に俺はお前を生かしておく自信が無い。その事は忘れるなよ。もし裏切ったらお前が死ぬまで足先から1ミリずつスライスしていくからな。」
俺は先程得た鬼圧を込めてしっかりと脅しをかけておく。
魔王に選ばれない程度には腐っていないと信じたいが、より魔王に適した存在が傍に居たから選ばれなかっただけかもしれない。
今後どういう対応を取るからはシータの心がけ次第だ。
「わ、分かったわ。肝に免じておくからそんな怖い顔しないで。」
シータは足をガタつかせながら必死で俺の鬼圧に耐えている様だ。
俺は鬼圧を抑えて背中を向けると九尾達のもとに向かった。
「もうじき迎えが来る。リリ達もそろそろ別れを済ませておいた方が良いぞ。」
するとリリは寂しそうにアルメニアに抱き付いてその温かさを忘れない様に再確認している。
すると、そんなリリに彼女はそっと耳打ちすると途端にその顔は驚愕に変わった。
それはヒイラギも同じのようで二人とも急にこちらへと顔を向けて来る。
「どうかしたのか?」
「い、いえ。気にしないで。」
「ええ、アナタが私達の家族を救ってくれただけよ。」
俺は言っている言葉の意味が理解できずに首を傾げる。
そして、そんな俺達の前にマリベルが到着した。
ゲートはここから少し離れていた様で空を飛んでこちらまでやって来たようだ。
「ありがとうマリベル。負担を掛けて済まないな。」
「いいえ、これ位は気にしないでください。それよりもみんな待っていますよ。」
そう言ってマリベルはゲートを開きまずはゲンさん達が中に入って行く。
そしてそれに続いて他のメンバーも潜り始めた。
最後に俺が残り「それじゃあな。」と短い挨拶を残してゲートに入って行く。
そしてしばらくするとその場からゲートは消え去り九尾達と一匹の白老虎が残された。
「それにしても、まさか依り代に入っている間に受肉しちゃうなんてね。」
「私も驚いたわ。肉体を取り戻せるとは思ってもみなかったから。本当にあの子たちは見る目があったのかしらね。」
「かなり人間離れしてるけど家族は大切にしてくれそうね。あなたの所のリリは良いわね。もう家族なんだから。うちの子二人はこれから苦労しそうよ。」
そう言って二人は新たに得た体でこれからの事を考える。
最低限、このまま問題がなければ孫や曾孫が見れそうだと二人ともホクホク顔だ。
しかし、ユウがそれを知るのはまだ先の話である。
そして、ユウが家に帰ると、そこには5人の客が訪れていた。




