182 フェニックスの地 ①
リバイアサンたちが帰ったのでのんびりしているとヒイラギとリアトリスがやって来る。
どうしたのかと思えば俺達は一つ重要な事を忘れていた事に言われて気付いた。
「明日からの案内はリアトリスに任せようと思います。」
「ああ、ありがとう。重要な事なのに忘れていたよ。」
そう、俺達にはこの大陸に関しての土地勘が全くない。
そして獣人を連れて行くとトラブルになるが霊獣だとそれを最低限に抑えることが出来る。
それに今までは地上にある道に沿って進んでいたが今回はその道が存在しない。
他種族との交流が殆ど無いために、あっても獣道が良い所だ。
「私に任せておけば大丈夫よ。大船に乗ったつもりでいなさい。」
今の言葉で頭に浮かんだのは泥船だがそれは言わないでおこう。
横でヒイラギが少し心配そうな表情をしているので不安は拭えないが、もしもの事があっても一番安全なのも眷族であるリアトリスなので仕方がない。
「・・・・・ああ。任せたぞ。」
「ちょっと何でそんなに間が空くのよ。何度も行った事があるから大丈夫だって。」
それで安心できるならヒイラギの表情はもっと晴れているはずなのだが・・・。
そしてその日は九尾達の体調も考慮して早めに眠る事にした。
俺達が起きていると他の九尾達も気を使ってなかなか眠らないからだ。
そしてその日は少し冷えたのでホロと一緒に眠る事にした。
「ホロ、そろそろ寝ようか。」
「クワ~、ワウ!」
ホロは寝るのが早いので既に俺の足を枕にしてウトウトしている。
それでも俺の声に顔を上げると一緒に貸してもらった部屋へと向かって行った。
部屋には棚などの家具は無いが大きめのベットはある。
詰めれば4人は寝れそうなベットなので二人で寝ても十分余裕があるだろう。
部屋に入るとホロは毛布に頭から入り中央付近でUターンして顔を出すと枕に顎を乗せた。
どうやら今日は足元ではなく俺の横で寝るようだ。
そして俺もその横に入ると魔法の明かりを消して毛布とホロの位置を確認する。
しかし、明かりを消すとすぐに扉がノックされてしまった。
俺は明かりを再び浮かべると扉に向かって声を掛ける。
「入ってもいいぞ。」
そして、扉を開けて入って来たのはさっき下で別れたクオーツだ。
彼女は少し頬を赤らめ恥ずかしそうにしながら部屋には居ると後ろ手に扉を閉めた。
「今日は一緒に寝たいの。」
「寝るだけなら良いよ。」
原則として旅をしている時や他人の家ではそういう事は無しにしている。
旅に同行できないメンバーも居るので不公平を無くすためでもあった。
「うん、分かってる。」
するとクオーツは空いているもう片方の毛布を捲ると中へと潜り込んだ。
そして俺も毛布に入りなおすとクオーツは腕を絡めて穏やかな顔で眠り始めた。
俺はそれを確認すると明かりを消し、左右の体温を感じながら穏やかな気持ちで目を閉じる。
『コンコン。』
しかし、もう誰も来ないだろうと思っていたが目を閉じた直後に再び扉がノックされた。
このまま寝た事にしたいが相手を見れば無視も出来ない。
俺は再び明かりを点けて声を掛けた。
「どうぞ。」
そして入って来たのは俺達よりも先に部屋に帰ったはずのワカバだ。
彼女は片手で枕を抱き、もう片手で目を擦りながら部屋に入って来る。
「うみゅ~。・・・一緒に寝る~。」
どうやら寝ぼけている様なので来る部屋を間違えたのだろう。
別に俺的には問題はないが人の姿だと後で何を言われるか分からない。
一応そのへんは気を使っておこう。
「九尾の姿なら構わないぞ。」
俺がそう言うとワカバは70センチ程の狐へと姿を変える。
そしてホロの横に潜り込むとすぐに穏やかな寝息を立て始めた。
やはりワカバは幼いので今までに疲労が溜まっていたのだろう。
眠っている顔を見るとホロもワカバも少し似ているのでとても可愛い。
俺はこれ以上は誰も来ないだろうと思い明かりを消して眠りに着いた。
しかし、その考えはどうも甘かったようだ。
俺達が眠りに着いた後にその者はそっと扉を開けて中に入って来る。
そしてベットの上にゆっくりと乗ると持ってきていた毛布に身を包んで寝始めた。
スピカはそれに気が付いていたがある事情から警報を出さない。
そして朝になって俺が目を覚ますと足元に違和感を感じた。
(あれ、ホロが足元に移動したのか?)
そう思い左を見ればそこにはホロとワカバが今も仲良く寝息を立てている。
右を見ればクオーツが今も幸せそうに俺の腕を抱き込んで寝息を立てているので俺が寝る前に居た3人はちゃんと揃っているようだ。
(・・・数が合わないな。)
そして首だけを上げて足元を見ればそこには9本の尾を広げた九尾が毛布に包まり寝息を立てていた。
しかし既にそれが誰なのかは分かっている。
その九尾からは俺の眷族としての気配を感じるのでリアトリスが俺達の寝た後に部屋に忍び込んだと言う事だ。
(スピカ、気付いてたよな。)
『はい、しかし、眷属なので黙認しました。』
確かに眷属は家族の様な者だ。
しかし、リアトリスに関しては少し違う。
死なせないために眷族にしており、今から案内もしてくれるので解除してないだけだ。
本人の意思確認もタイミングが微妙だったのでもう一度確認が必要だと考えてもいる。
しかし、俺は起きようとするとある事に気が付いた。
リアトリスは俺の足の上に寝ており、その重量は軽いが俺の片足の血行を圧迫している。
何が言いたいかと言うと足を動かそうとすると、その衝撃は何十倍にもなって俺の足に電撃を流すのだ。
そして、間の悪い事に悪獣ワカバが目を覚まし、つぶらな目をこちらへと向けて来る。
しかし、その目は細まり器用に笑みを浮かべると毛布に潜り込んで移動を開始した。
その様はまさに水中を進む魚雷のようであり、俺の足に到着すると前足て狐パンチを放って来た。
(ノ~~~!オノレワカバ~~~!)
横ではいまだにホロとクオーツが眠っている。
動く事も声を出す事も出来ず俺はその場で痺れに耐えた。
しかし、俺の足はいまだにリアトリスの下にあり血行を圧迫している。
悪化する事はあっても昨日の様に時間と共に改善される見込みはない。
そして横を見ればようやくホロが目を覚ましたようだ。
しかし、ホロは無言で毛布から出るとのそのそと歩いて俺の足元へと向かう。
どうしたのかと思えば俺の中で最悪の光景が浮かんだ。
(待ってホロさん。そんな事はしないよね。)
しかし俺の心の声も虚しく、ホロは移動すると俺の痺れた足をまたぎその上に寝ころんだ。
(ノ~~~・・・!)
その為に俺の足は2匹の獣によりホールドされ上半身はクオーツにホールドされた。
そして足元の毛布の中ではワカバが今も狐パンチを楽しそうに繰り出している。
何故わかるかと言うと膨らんだ毛布が尻尾に合わせて激しく蠢いているからだ。
そして、この地獄は20分にも及び俺はヒイラギの乱入によって無事に救出された。
「リア、何やってるの!ここはユウの部屋じゃない!」
「ク~ン。」
リアトリスは起きると同時に周りを見回し欠伸を一つすると毛布を咥えて部屋から出て行った。
寝ぼけて入って来たのか、今が寝ぼけているのか分からないがともかく助かった。
そして次は毛布を捲って足元のワカバに視線を落とす。
「あなたもユウを困らせてはダメでしょ。さあ、部屋に帰りなさい!」
「ク~ン。」
そしてあちらは枕を咥えると同じように部屋を出て行った。
本当によく似た姉妹だが悪い所ではなく良い所が似てもらいたい。
しかし今のところどちらも良い所を見た記憶がないので既に手遅れかもしれない。
ホロは何食わぬ顔で位置を移動していつの間にか俺の足の上から消えていた。
どうやら確信犯だった様で悪獣ワカバと悪戯好きのホロ。
なんと恐ろしい出会いなのだろうか。
しかし、ワカバとはしばらくお別れになる。
傍に居なければワカバとて俺には手は出せないはずだ。
『世間一般にそれをフラグという。』
(そんな怖い事言わないで。)
そして、朝食を食べ終わると俺達は出発のために外に出た。
「移動時間の短縮でホロとテニス、それとリアトリスはクオーツに乗ってくれ。」
「分かったわ。きっと私がこの中で一番遅だろうから。それと名前が長いからリアで良いわ。ここではみんなそう呼んでるから。」
「分かった。リア、かなり速いから気を付けろよ。」
「分かったわ。」
そしてまずはホロが乗り、その後ろにリアがしがみ付く。
その後ろからテニスが支える形となる。
腰には念のためにロープを付けておくので落ちそうになっても大丈夫だろう。
ちなみに、ゲンさんとサツキさんは日頃から飛んで移動している為かかなり早い飛行が出来る。
二人に合わせて飛べばリアとテニスに負担は掛からないだろう。
そして、俺達は空に上がると見送りに来ていたヒイラギたちに手を振った。
「それじゃあ行って来る。」
「リアの事をお願いねー。」
(ん?ワカバが居ないな。今朝の罰で片付けでもしてるのか?)
そして、俺は周囲を警戒するのに夢中で逆に近くの者が見えていなかった。
同行している光点が一つ増えている事に気付いていればこの後の問題は回避できたかもしれない。
そして、順調に空の旅は進みその日の夕方には目的の町へと到着した。
「思ってたよりも遠かったな。」
「まあね。でもこれでも早い方よ。私達だと飛び続けて3日は掛かるから。」
確かにそれなら早い方だろう。
時間的に見れば7分の1程度の時間で到着している。
俺達はリアを先頭にして町へと向かって行った。
今は周りの目を気にして彼女は9本の尾が見える様にして歩いている。
そう、9本の尾が揺れて・・・。
(あれ1・2・3、・・・8・9・10?おかしいな。少し疲れてるかな。)
俺は目を擦ってもう一度数える。
しかし、その尾は今も10本に見えており、自分の目がおかしいのかと思い回復魔法をかけてみる。
それでも数は変わらず、優雅に10本の尾が揺れている。
確か九尾の狐はその名の通り尻尾の最大数は9本だと聞いているのだが何で1本多いんだ?
「テニスさん、テニスさん。」
「どうしたの改まって。」
俺は自分の目を疑いテニスに声を掛けた。
彼女はどうしたのかと首を捻り俺の横に歩いて来る。
「リアの尻尾が10本に見えるんだがお前にはどう見える。」
「何言ってるの、ちゃんと9本じゃない。それより聞いてよ。私ずっとリアの背中を支えてたけど尻尾のさわり心地が最高なの。でも彼女思ってたよりも体が大きいのね子供みたいに甘い匂いもしたし色々驚いたわ。」
(・・・いや、それはおかしい。俺もリアを抱えた事があるがかなり華奢な体をしていた。すなわち、そう錯覚させる何かがテニスとリアの間にあったと言う事か。)
そして俺は尻尾を観察してある事に気が付いた。
夕焼けで分かりにくかったが尻尾の一本は他のに比べて小さく、そして白い。
そんな尻尾を持つ者と言えばアイツしかいない。
俺は素早くリアの背中に歩み寄るとその尻尾を掴んだ。
「ひゃ~~~!尻尾は弱いので止めてください。」
するとリアではない声が辺りに響き、それにより俺達は足を止めた。
そしてリアの顔を見れば滝の様に汗を流し頬を痙攣させている。
やはり俺の予想は的中したようだ。
『フラグ回収ですね。』
(その通りだ。スピカは気付いていたか?)
『ヒュッヒュヒュ~。』
どうやら気が付いていたようだな。
これは何かお仕置を考える必要だろうか。
『と、とうとう私もユウさんと褥を共にする時が。』
何かメノウと同じ事を言っている気がする。
しかも嬉しそうな感情を感じるので余計に質が悪い。
しかし、彼女に何をすれば罰になるのかが分からないので手の出しようがないのが現状だ。
帰ったらしばらくは剣に入れて俺から追い出すか。
すると途端に彼女から絶望に満ちた感情が伝わって来た。
まるでドゥームエンジンをフル回転させたような真黒な湖を見ている様な感じだ。
(それじゃ、今回の罰は半日それだな。)
『どうか御慈悲を・・・。』
(これは決定事項です。)
そして引き籠りのスピカへの罰が決まり今度はリアの番だ。
いや、リアとワカバか。
「まずはワカバから弁明を聞こうか。」
俺は尻尾を掴み引くとリアの白服の中からワカバが現れた。
そしてワカバを地面に下ろすとその頭を右手で鷲掴みにし、左手でリアの頭を鷲掴みにして固定する。
「あ、あの。幼い子には旅をさせろって昔から・・・イタタタ!」
「そ、そうね。カヨワイ子には旅を・・・イタタタ!」
ホントに反応の似ている姉妹だ。
言ってる事は微妙に違うがさてこれからどうするか。
別にワカバが独り歩きしても大丈夫なほど強いとか、リアが家のメンバー程の力があるなら別に気にはしない。
しかし、そうではないので問題がある。
未だに騒動は完全に鎮静化した訳ではない。
何処に敵が潜んでいてもおかしくない状況だ。
そんな状況で戦う力のないワカバを群れから連れ出すのは危険すぎる。
リアはもしもの時は眷属なので守れるがワカバは違うのだ。
「二人とも罰を受ける覚悟はあるな。」
「私は幼い子供なので・・・イタタタ!」
「わ、私はどんな罰でも受けるわ・・・イタタタ!」
俺はじっくりと力を加えて十分な痛みを与えると数分後に二人を解放する。
そしてどうしてヒイラギがあんな顔をしているのかを理解できた。
ようはリアはトラブルメイカーと言う奴でいつも何かをやらかしているのだ。
そして握力を掛けてみて分かったのはワカバの脆弱さである。
感じからして強度はリアの10分の1もない。
例えBランク冒険者並みの能力があっても力の使い方を知らな過ぎる。
今のワカバなら戦闘に慣れた戦士ならレベル15もあれば余裕で殺せるだろう。
そのため現状ではあまりに危険だ。
「ご、ごめんなさい。どうか許して。」
「私ももう悪い事はしません。だから許してください。」
二人はうつろな瞳で泣きながら地面に倒れ伏している。
しかし、この程度で反省するならヒイラギが苦労するはずはない。
これは今後も注意が必要だろうな。
「今回はこれぐらいで勘弁してやる。だが、先に言っておくが俺はヒイラギみたいに甘くはないからな。」
(フン、掛った!これこそ我が必殺の演技力。)
(これくらいで許してくれるならお母様より優しそうね。)
「と、言う事で二人には罰を受けてもらうからな。」
すると二人は勢いよく顔をあげ俺を見詰めて来る。
その目には若干の恐怖が浮かんでいるが俺は先程罰を受けてもらうと言ったはずだが。
「あの、今さっきのは?」
「幼女には少し厳しい折檻だったですよ。」
「何を言ってるか分からないがあれはお前らの強度を見るためのテストだ。罰は今からだぞ。」
「「そんな~!」」
「それじゃあゲンさん。ワカバに力の使い方を教えてあげてください。」
「手加減せんでも良いのか?」
「罰ですから。」
「サツキさんはリアの精神を叩きなおしてください。」
「秘薬を使っても良いの?」
「手足位ならすぐに生えてきますから。切れた手足を吊るしておけばいい餌になるでしょう。」
もし取り逃しがいればリアの手足は最高の餌になる。
彼女には少し痛い目を見てもらおう。
それが今後の彼女の為にもなるはずだ。
「それもそうね。それじゃあ始めましょうか」
「お主は儂じゃな。なに大丈夫じゃ。儂は子供には優しいからな。」
しかし訓練は太陽が沈んでもしばらくの間は続き、それまで二人の悲鳴が止むことは無かった。
ワカバは魔法の制御に失敗して体中がボロボロになり、綺麗だった尾は濡れたり毛が切れていたり焦げたりと酷い有様だ。
リアに関してはサツキさんにお願いしたので足元には数本の腕が落ちている。
足を切らなかったのは立ち続けさせるためだろう。
彼女はそれが優しさだと思っている様だがやられている本人にしたら違いなどない。
二人はしっかり反省したようで今度こそ素直に謝罪してきた。
ここまでしたのはスキルを通してリアが反省していない事が分かったからだが今度こそ反省している様で安心する。
これでダメなら俺も本気で叱らないといけない所だった。
そして遅くなってしまったが俺達は町の入口へと向かい声を掛ける。
「こんばんわ。依頼を受けて来たんだが。」
「聞いております。九尾様一行ですね。」
そう言って兵士はリアとワカバを見て唖然とした。
二人とも体は綺麗に治っているが服はボロボロだ。
それはまるで襲撃を受けた後とも見て取れるので兵士たちの目の色が変わった。
「もしや残党にでも襲われましたか!?」
「いや、大丈夫だ。少し厳しい修行をしただけだから気にしないでくれ。」
「そ、そうですか。それと話は聞いているのですがグレン様が帰られたのは今日の昼過ぎでして準備が出来ておりません。ですから先に館へご案内しましょうか?」
門番は丁寧な対応で状況を教えてくれる。
やはりスピードを抑えても俺達の速度は早すぎた様だ。
「なら、一度は顔を出して到着を知らせておいた方が良いだろう。宿に泊まるかどうかはそこで話をして決めさせてもらうよ。」
「分かりました。すぐにご案内します。」
そして俺達は町を歩いてグレンの許へと向かって行った。
その手には新鮮な血の滴るリアの腕を持って。
 




