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179 虎人の獣王 ①

治療を終えて外に出るとそこには既にゲンさんとサツキさんが到着していた。

しかし、その表情はあからさまな不機嫌顔で戦闘に参加できなかった事が不満な様だ。

あの時はああするしかなかったのでそんな態度を取られても困る。

それにこちらを殺そうとする相手に増援が来るから待ってくれと言っても無駄な事だろう。

俺が奴らの立場なら全力で目の前の敵を殲滅して各個撃破を狙う。

だからこうなったのも全て虎人が悪い。

しかし、どうしてここに奴らが居たのかが一番の謎だ。

昨日の夜にテニスから聞いたこの大陸の基礎知識では虎人の住むエリアはここから遠い。


どうもこの大陸には大きく分けて4種類の霊獣が定住しており虎人をまとめる白老虎は

大陸の西側。

すなわちこことは反対側で生活しているそうなのだ。

ちなみに北の山岳地帯はマウンテン・タートルが住んでいて亀人を纏めている。

南側の山岳地帯がフェニックスがおり鳥人を纏めているそうだ。

そして中央には龍王でありライラの父親であるドラドが住まうエリアが広がっている。

それと俺達が今いるエリアは実はリバイアサンの縄張りというか庇護下のエリアらしい。

そしてその性質上、雑多な獣人が集まり多くの種族が各所に村を作り暮らしているそうだ。

その代わり範囲は狭く、ここから内陸はドラゴン達の縄張りとなっている。


そのため、もし虎人がここに来るならそのどれかの縄張りを横断しなくてはならない。

しかし、この大陸の各種族は協調性に欠けるので普通は通れないだろうとの事だ。

これに関してはコガネも同じ意見だったので間違いないだろう。


しかもまだ他にも謎はあり、仲が悪いのは獣人同士なだけで霊獣同士は意外と仲が良いそうだ。

時々集まって宴等を開いているとコガネが教えてくれた。

ただ、ドラゴンに関してだけは殆ど関りが無いらしい。

それでも一部のドラゴンが最近になって頻繁に暴れる様になり困っているとのことだ。


ドラゴンの事は置いておくとしても獣人同士ならともかく、こういう背景があるので霊獣である九尾にあの様な事をするとは普通なら考え難い。

彼らも白老虎の庇護下にあるはずなので九尾には手を出さないはずだ。

現に今まではそのように行動しており霊獣が獣人から襲われた事は一度も無いらしい

彼らも今までは白老虎が居るから他の3つの獣人達と同様に繁栄が出来ていると分っていたのだろう。

しかし、今回の事で虎人はその常識を覆している。

恐らく、彼らに何か大きな変化があったと考えた方が良さそうだ。

そして、囚われていた九尾達が何か知っていないかと思い確認のついでに聞いてみる事にした。


「それで、今回こんな事になった原因を何か知っているか?」

「それなら私聞いたよ。」


そう言って元気に手を上げたのは先程地下で助けたリアトリスだ。

茶色の髪に太陽の光を反射させ、ネコ科の様に縦に線の入った栗色の瞳を嬉しそうに輝かせている。

身長は160センチほどでショートカットの活発そうな女性だが顔が童顔なので少し幼く見える。


地下では検証と治療を優先したため適当にあしらったがこうして改めてみると、どの九尾も美人のようだ。


そしてリアトリスは俺達の視線が集まると虎人の情報を教えてくれた。


「この街が襲われた日に奴ら言ってたよ。獣王の為にこの地を寄こせって。」

「獣王?」


俺は一瞬ホロに視線を向けるが彼女はここに来たばかりなので関係があるはずがない。

そうなると獣王とは一人を指す意味では無いと言う事か。


「獣王って言うのはそのままの意味で獣の王。とても稀なスキルでそれを持ってると従えた相手の心まで干渉できると言われているの。」

「お前らにも効果があるのか?」

「もしかしたら可能かもしれない。普通の状態ならともかく、さっきみたいな状況で心まで折られたら抗えないと思う。特に九尾の尾は私達にとって霊力が最も集中する所なの。だから失えば急激に力が弱まり、全て失ってしまうと戦う力すらなくしてしまうのよ。」


そう言われて気が付いたが、いまだに彼女たちの尾は生え揃っていない。

おそらく力の集中する重要な器官なために栄養が足りていないのだろう。

一番ソーセージを食べていたリアトリスが現在5本生えていて他の6人が4本。

最後に起きた者は残り物しかなかったので3本しか生えていない。

すなわち彼女達の尾はそれだけ重要で霊力が集中する場所と言う事だ。


すると話しをしていたリアトリスの腹の虫が「グルルルル~!」と猛獣の様に唸りを上げた。

どうやらあれだけ食べておきながらもう腹が空いたようだ。


「・・・あはは~。お腹が空いちゃった。」


どうやら見た目は健康的でも栄養失調の様な状態なのかもしれない。

やはり部位欠損を治すのにも代償が必要なのだろう。

意外な所で秘薬の欠点を知る事が出来て幸運だったかもしれない。

今後はもし重症の者を治療する場合は状況に応じた対応を考えよう。

しかし、今は目の前で腹を鳴らした奴の対応が最優先だ。


「なら、先に飯にするか。」

「「やった~!」」


そして俺の言葉にリアトリスだけでなくワカバまで大喜びで両手を上げて万歳をする。

どうやら彼女は既に我が家の料理の虜となっている様だ。

そんなワカバには周りから暖かい視線が注がれている。

少し前までは全てが遠い所にあった光景だが、無事に取り戻す事が出来て良かった


「それならまずは中に入って料理の準備をしましょうか。」

「そうだな。今日は昼からガッツリした物にするか。」


そして俺達はワカバ達が普段生活している大きな建物へと案内されて行った。

その外観は屋敷というよりも大きなログハウスと言った印象を受ける。

港の町は石造りの頑丈な建物だったが、この街はほぼ全ての建物が木材を加工して作られているようだ。

ここ以外の民家も外壁に土や石ではなく、太い木を利用して作られている。

きっと周囲にある森という豊富な資源を利用しているのだろう。


案内されて中に入るとそこはかなり荒らされているが死体はなさそうだ。

しかし、致死量であろう大きな血痕が複数あるので、もしかすると死体は虎人の腹に収まってしまったのかもしれない。

俺は入るとすぐに周囲の血痕を消す処理を施しておいた。

この光景はワカバにはいささかショッキングな光景だろう。

夜にトイレに行けなくても彼らは困らないだろうが、1人で寝るのが怖くなるかもしれない。


「クオーツ。浄化は任せた。」

「任せなさい。」

(これで幽霊ゴーストの心配もなくなったな。)


俺は周囲の壊れた物を収納して片付け、倒れた家具などは適当に立たせて部屋の隅に置いておく。

テーブルも襲撃の際に壊れた様で天板が破損しており使い物にならなくなっている。

しかし、どうやらこちらは椅子ではなく床に座って食事をするようだ。

代えのテーブルなら沢山あるので幾つか同じ物を合わせて並べ、そこに食器と料理を並べていく。

ついでにミニコンロを取り出してその上に小さな鉄板を置き、1人1つの焼肉セットを用意した。

その横には取り皿と等間隔でベヒモスの肉を山盛りに準備しておけば欲しいだけ自分で取れるだろう。

後はご飯を出せば準備完了だ。

昨日から米を普通に出しているがこの地域では小麦やパンよりも米が主流らしい。

どうやら日本に近い食文化の様で日本の米は美味しいと大人気だ。

流石は日本のソウルフードなだけはある。


「準備できたぞ~。」

「待ってました!」


俺が声を掛けると奥からリアトリスが駆けて来た。

どうやら着替えをしていた様で先程までのボロボロの服ではなく赤い袴と白服の巫女の様な服を着ている。

しかし、急いで着たのか、少し服が乱れ胸元が覗いている。

走っているので胸も揺れて今にもポロリといきそうだ。


彼女は席に着くと尻尾を激しく横に振りテーブルの上を見詰めて目を輝かせた。

すると同じようにワカバも席に着き同じように目を輝かせる。

まるで齢の離れた姉妹の様なシンクロ具合だ。

そして少しすると他の者達も集まり始めて席に着いていく。

ヒイラギはワカバの横に腰を下ろすがその横に座るリアトリスの姿を見て声を掛ける。


「服が乱れていますよ。男性も居るのですから慎みを持ちなさい。」


まさにその通りで誰も言わなければ俺が言おうと思っていた事をヒイラギが言ってくれる。

リアトリスはその言葉に自分の衣服の乱れにようやく気付いたようだ。

正面に座る俺の顔を見て耳まで真っ赤に染めると急いで胸元を整える。


「うう~、もうお嫁にいけない。」

(またそれか。もしかして九尾の間で流行ってるのか。それともワカバがコイツの影響を受けているのか。)


しかし、そんな彼女にヒイラギは自然な動作で平手を頭にお見舞いした。

された方のリアトリスは恨めしそうな目を向けるがヒイラギは気にした素振りも見せずに視線を返す。


「そんな事言って他人を困らせないの。ワカバが真似するでしょ。」

(もう手遅れです。今朝、真似してました。)

「うう~。だって~。」


リアトリスは口ごもりながら叩かれた頭を擦り、口を尖らせる。

しかし、その姿を見てヒイラギの説教はさらに続いた。


「自業自得です。こういう時こそ普段の行動が出るのです。あなたもワカバの実の姉なのだからしっかり見本になりなさい。」


どうやら姉妹のよう、ではなく実の姉妹だったようだ。

そう言えば九尾は数十年に一度、身籠ると言う事なので年齢差があって当然だった。

どうやら、親と毛の色が似ない事もある様だが、よく見れば顔立ちは少し似ているかもしれない。


そして、その光景は親子と呼べるもので何処かの一般家庭の様に有り触れた光景だ。

周りの九尾達も止める気は無いのか、笑いながら二人を見物している。

しかし、あまり時間を掛けるとせっかく準備したご飯が冷めてしまう。

ここはヒイラギに引いてもらい先にご飯と行こう。


「ヒイラギ、その辺で良いだろう。」

「ユウ・・・。」


リアトリスは俺が庇ったと思い嬉しそうな顔に変わるがそれは大きな誤解だ。

叱ってもらえる内はハナなのでしっかりと『後で』叱ってもらおう。


「叱るのは後でも出来る。暖かい飯は今しか食えない。だから先に飯にしよう。」

「・・・そうですね。リアトリス。後で私の部屋に来なさい。」

「ま、まさかの裏切り!」


リアトリスは俺の言葉に今度はショックを受けている様だが表情がコロコロ変わって面白い。

ヒイラギも笑っているので扱いは変えなくても良さそうだ。


そして飯を食いながら話をしようと思ったのだがヒイラギ以外の全員が料理に夢中になってしまい話せる相手が一人しかいなくなってしまった。

しかし、見た感じ彼女が一番高齢『ギロリ』・・・。

知識が豊富そうなので彼女から話を聞く事にした。


(あっぶね~。久々にやらかす所だった。)


「ゴホン。それでさっきの話の続きだが虎人の目的に心当たりはあるか?」

「少し時間があったので考えてみましたが私達を洗脳して戦力にするのが一番可能性が高そうですね。」

「でもお前らの肉体はボロボロだったぞ。あれで役に立つのか?」

「霊獣は体の一部を失っても時間を掛ければ再生できます。それに洗脳による戦力増強は私達だけではありません。」

「もしかして子供の事を言っているのか?」


あまり考えたくはないが洗脳した九尾を犯し、子供を産ませて戦力とする事を指摘した。

洗脳が可能で虎人との間でも子供を作る事が出来るならワカバを入れて10人の九尾は喜んで身を捧げるだろう。


「その通りです。霊獣は望めば人間との間にも子供を作れます。洗脳されればその様な精神状態にされていたかもしれません。または我々の肉は強化に打って付けです。定期的に食肉として飼われる可能性もありました。」


確かにスキルで洗脳されてしまえば十分にあり得る事だ。

放って置けば自然に体が治り再び元に戻るなら長い期間で見ればいくらでも肉が取れる。

中々にエグイ発想だが、もし俺でも家畜が同じような状態になれば同じ事をする。

ある意味、美味い家畜から無限に肉が取れるのだ。

嬉々として殺さずに肉を取り続けるだろう。


「そうだな。おそらく俺達人間でも同じ事をするだろうな。」


そして俺の言葉にヒイラギの目には明確に警戒が宿った。

しかし、ここは嘘を言っても仕方ない事だ。

特に俺は内心を相手に読まれやすいのでそこから嘘と見抜かれれば本当の意味で信用を失ってしまう。

所詮、俺達は出会ってまだ数時間だ。

紙よりも薄い信頼しかないのだから今は本音で話すべきだろう。


「ただ、俺は犬の仲間を食べる趣味はない!」

「あの、私達は狐・・・。」

「俺達の世界では狐は猫目・イヌ科・イヌ亜科に分類される。愛する事はあっても危害を加えることは無い。」

「「「愛する!」」」


どうやら途中からリアトリスとワカバも聞いていたようだ。

ヒイラギは普通に驚いているだけだが二人は顔が赤い。

どうやら二人に愛と言う言葉は少し早い様だ。


「か、変わったヒュームも居るのですね。」


ヒイラギは苦笑い気味な表情で言葉を返して来る。

やはりこういう時は誠実な心で向き合うの一番だったようだ。

別の意味では冷たさが増した気がするが警戒感は無くなっている。


「そう言えば獣王はこの地を手に入れたがっているんだろ。また攻めて来ないか?」

「来ると思いますね。」

「でもリバイアサンの縄張りだろ。手を出したら怒るんじゃないのか?」


先日、世界樹の前で見たあの姿が彼女の素なら絶対に怒る。

恐らくは知れた途端に容赦のない殲滅が行われるだろう。


「いえ、正確にはあの方が大事にしているのは海岸のマーメイドたちだけです。私達はオマケの様な存在なので統治する者が変わっても管理さえされていれば見過ごされるでしょう。」


霊獣として深い知識を持つ彼女が言うならそうなのかもしれない。

なら、ここで待っていれば敵が勝手にやって来ると言う事か。

それにこの街には現在俺達しかいない。

他の生き残りはここと海岸までの幾つかの町や村に分散して逃げ延びているようだ。

ここに向かうまでにマップで見ても虎人は一人もいなかったのでここが最前線となっても心配ない。

わざわざ迂回して後ろの一般人を襲う余裕もないだろう。


それに虎人の本隊と思われる集団は既に捉えている。

方角は北に位置しており、どうやら亀人の縄張りを抜けて来たようだ。

数も1000とそれなりに居るようだが全て兵士に見える。

聞いた話では亀人は防御は固いが速度は遅いそうだ。

逆に虎人は速度が速いらしいので他の鳥人とドラゴンの縄張りよりも通過しやすいと判断したのだろう。


「お前たちはこれからどうするつもりなんだ?」

「私達は・・・この地を管理する者として逃げる事は出来ません。ですから出来ればワカバだけでもあなた達に託したく思います。」


その途端にワカバはヒイラギへと飛びついて目に涙を浮かべた

せっかく取り戻した温もりを離したくないのだろう。


「嫌!お母様も一緒に逃げようよ。土地よりも自分達の命を大事にして。」

「そんな事を言ってはいけません。我らは代々この地を浄化してきました。私でそれを止める訳にはいきません。いつかあなたがこの地に帰り、再び統べる事になればきっと分かります。」


しかし、ワカバは首を何度も横に振りヒイラギの言葉を否定する。

やはり見た目は成長しても彼女はまだまだ子供と言う事だ。


(子供には親が必要だよな。)


俺は立ち上がると外へと向かって行く。

それを見てヒイラギも急いで立ち上がり声を掛けて来た。

ここで俺達がいなくなればどのみちワカバは一人で逃げないといけなくなる。

今は助かっても幼く弱いワカバが生きて無事に逃げ切れる可能性は少ない。

それにこのまま大きくなっても心には大きく深い傷が刻まれるだろう。

そうなればさっきの地下でリアトリスが発していた様な強い呪いを撒き散らす恐れもある。

それでは霊獣であるワカバがこの世界で果たすべき役割に反した存在となってしまう。


「待ってください!ワカバだけでも連れて行って!」

「勘違いするな。俺は正義の味方ではないしタダの一般人だ。」

「・・・・・。」


ヒイラギは俺の言葉に何かを言い返したいようだがそれを飲み込み顔を俯けた。

そしてゲンさん達も立ち上がると俺に続いて外へと向かって行く。

しかし、九尾達は見ているだけで誰も声を出さない。

その間にここに残ったのは俺だけになった。


「でも、ワカバにはまだまだ親が必要だ。俺はワカバにお前を助けると約束した。一般人でも子供との些細な約束くらいは守らないとな。」


俺は背中を向けたまま告げると皆を追い掛けて外へと向かって行った。


そう、俺は正義の味方ではない。

今から戦う相手にも家族が居る者も当然混ざっているはずだ。

俺はそんな彼らを自分のエゴの為に叩き潰す。

そんな者が正義を名乗って良いはずがない。


そして、外に出ると皆が笑顔で俺を待っていた。

どうやら、ここに居るメンバーの思いは同じの様だ。


「それでは行こうかの。」

「先程の事もあるので今回、先鋒は譲りますよ。」

「フフ、世渡りが少し上手になったのかしら。」

(いえ、後が怖いだけです。)

「テニスは好きにしてもいいぞ。でも巻き添えには気を付けろ。」


テニスだけは俺達との戦闘経験が浅い。

念のために注意しておかなければ二人の放つブレスに巻き込まれる可能性もある。

まあ、テニスが身に着けている鎧があればそれでも即死はしないだろう。

ドワーフ王国でもブレスをくらった連中に死人は出なかったからな。


「分かってるわよ。でもどうするの?なるべく殺さないようにするの?」

「さっきは特殊な状況だったからな。半殺しで止まる様ならそれでも構わない。敵の獣王を倒せば洗脳も解けるかもしれないからな。」

「分かったわ。」


打ち合わせを終えて俺達は装備を整えから順に空へと上がっていく。

そして、最後に俺も飛び上ろうとすると後ろから声が駆けられた。


「待ってユウ。」


俺を呼び止めたのはリアトリスだ。

彼女はどういう訳か真剣な顔で俺の前まで駆け寄って来た。


「私も行く。一緒に戦うわ。」


その顔からは決意が伝わって来るがどう見ても足手まといにしかなりそうにない。

思いだけでは自分よりも強い敵に勝てないのが現実だ。

それは既に彼女は知っているはずなのだが。


「覚悟だけだと死ぬぞ。お前が死んでもワカバは泣いてしまうだろ。」

「そうだけど・・・。」


この調子ならダメと言っても勝手について来そうだ。

もし敵の位置がここから遥か遠くなら置き去りにしていく事も考えるが距離にして数キロの位置まで迫って来ている。

これでは皆殺しにするならともかく、なるべく半殺しで終わらそうと言うのだから確実に間に合わない。


「それなら、お前は何を支払う。ワカバは願いの為に全てを差し出す覚悟を見せたぞ。」

「私は・・・。」

「死ぬ覚悟しかないなら連れて行けない。ここで大人しくしていろ。」


俺は冷たく突き放すと地面から浮かび上がった。

しかしリアトリスは俺に縋り付いて服を掴むと強い意志の籠った目で見上げて来る。


(こういう目をする奴は嫌いじゃないから対応に困る。)


俺は数秒沈黙して彼女と視線を交わすがどうやら決意は本物の様だ。

いったい、何が彼女を駆り立てるのかは分からないがここまで食い下がるなら仕方ないだろう。


「なら、俺のスキルを受け入れられるか?」

「どんな事でも受け入れるわ!」

「なら、今からお前は俺の眷族にする。」

「え!?」


その瞬間、彼女との間に繋がりが出来た事を感じ取った。

そしてそれを通して俺の力を彼女に送り込むと、治りきっていなかった尾が全て再生しその美しい毛並みを揺らめかせる。

これなら一時的な強化も出来て防御面に関しては安心できるだろう。


(何これ!ユウから凄い力が流れ込んでくる。それにとても心が温かくて気持ちいい・・・。まるで温泉に入ってるみたいにじんわりと全てが満たされてく。こんな充実した気持ちになったのなんて生まれて初めて。コイツは本当に人間なの・・・。)


「それじゃあ行くぞ。自分で飛べるな。」

「は、はい!」


俺はリアトリスの手を取ると一緒に空へと上がっていった。

そして遅れを取り戻すために少し急いで敵がいる場所へと向かい飛んで行く。

既に煙が上がっているので戦闘が開始されている様だ。

急がないとせっかくのリアトリスの決意が無駄になってしまう。


しかし、戦場に到着するとそこは阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わっていた。


(さっきの打ち合わせでなるべく半殺しにするとの取り決めは何処に消えたんだ?)

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