178 九尾救出
到着してすぐに俺はワカバを下ろして母親の許へと向かわせた。
霊獣と言うだけあってまだ息はあるがかなり危険な状態だ。
恐らく力が封印されている為にまともに回復も出来ないのだろう。
首には奴隷の首輪に似た物が装着されているが鑑定では封印具と出たのであれが問題の魔道具の様だ。
「ワカバ、そっちは任せたぞ。意識があるならこの薬をすぐに飲ませるんだ。」
「うん!」
「それとアイツ等は俺達に任せろ。お前は大事な者を守る事だけ考えろ。」
「うん。あ、あの・・・。ありがとう。」
ワカバは小さな声でお礼を言うが先程までと違い目に絶望は浮かんでいない。
俺はそんなワカバに笑みを向けると虎人に顔を向けた。
しかし、こちらに笑顔は不要だ。
俺は表情を消して冷たい視線を奴らへと投げつけた。
すると虎人はまるで獲物を奪われた獣の様に怒りに満ちた視線を返して来る。
恐らく今の世界では、力を多く含んだ食材はとても美味しく感じるのだろう。
俺もワームを食べているが以前ならミミズとして絶対に口にしなかった。
それに食文化にはそれぞれに地域性がある。
俺達だって以前から牛、豚、馬、鯨などを食べているが国によっては牛は神聖な動物で豚は不浄な動物だ。
馬は日本でいえば犬に相当して家族として扱う国もある。
鯨は賢いからと食べるのが忌避され、俺達だって犬や猫を食べる食文化は受け入れ難いだろう。
九尾も切り詰めれば狐なので彼らが食肉として見ても仕方なく思う。
しかし、自分勝手な事だが今コイツ等が食っているのはワカバの母親だ。
何を喰っていても良いが、俺の見ていない所で俺の知らない奴を喰ってもらいたい。
しかし、これは完全に俺の我儘だ。
だから、まずは交渉から始める事にする。
「俺はお前らの食文化を否定しない。だからもしお前らが九尾を解放するならこちらも相応の対価を用意する。」
そして俺はベヒモスとメガロドンの肉を取り出した。
その量は1トン程だがこれだけあれば対価として十分だろう。
虎人は俺の出した肉に視線を向けるがそれぞれ武器を手にこちらへとにじり寄って来る。
その目には狂喜が宿り、食欲の籠った視線を向けて来た。
「返答は?」
「残念だが貴様を殺せば全て俺達の物だ。お前は食う所が少なそうだが上の奴らは食いごたえがありそうだ。」
虎人の男は上を見てホロ達にも同じような視線を向ける。
どうやら交渉をする気は最初からなさそうだ。
俺は半分ホッとして肉をしまうとホロに軽く手を振った。
先程からこちらの行動をガン見していたので交渉が上手くいっても今度はホロとの交渉が待ち構えていたところだ。
ハッキリ言ってそちらの方が難航しそうだったのでこの流れは逆に助かる。
「なら、選択を誤った事を後悔するんだな。」
後ろを見ればワカバの方はまだ時間が掛かりそうだ。
慣れない動きで必死に母親を拘束する縄を切っている。
それでも身体能力が上がっているので1人でどうにか出来るだろう。
そして俺の方は両手に剣を構えると虎人達もその外見を戦闘に適したものへと変えていった。
体は毛におおわれ顔は虎に、手には鋭い爪が伸びる。
それはまさに獰猛なワータイガーの姿であった。
ハッキリ言って可愛さの欠片もない。
俺は心の癒しを求めてホロへと顔を向けた。
(うん、あっちは可愛いな。ホロリン補給完了。)
そして再び視線を戻すと、俺の行動をチャンスと見たのか敵は目前まで迫っていた。
しかし後ろではワカバが必死に作業をしているので下がる事は出来ない。
俺は剣を切り上げて迫っていた腕を飛ばし横から蹴りを放った。
それだけで足には何本も骨が折れる感触が伝わって来るが奴らは思いのほかタフな様だ。
もしくは霊獣である九尾の肉を食べているので一時的に回復能力が高まっているのかもしれない。
蹴り飛ばした敵は地面をのた打ち回りながらも驚異的な回復を見せて立ち上がってきた。
失った腕はそのままだが既に血は止まり肉が盛り上がっている。
これだと剣で戦うなら首を刎ねるしかなさそうだ。
食文化の違いで殺すのはやり過ぎかと思っていたが仕方ないだろう。
彼らも命を奪っているならいずれは奪われると覚悟しているはずだ。
俺は遠慮は止めて即座に敵の首を刎ねる事にした。
それを見てホロ達も戦いに参加してくる。
敵の数は50人程度と少ないが捨て身の攻撃とも取れる戦法を使用してくるため戦いなれていないクオーツが少し心配だ。
そのため密かに眷族を通じて強化を行い安全を確保しておく。
あれなら元からの防御力と合わさってそう簡単にはケガをしないだろう。
それにどうやらここにいる虎人に強者と呼べる者はいない様だ。
そして俺達が敵を殺しつくしたのと同じくして後ろからワカバの声が上がった。
「は、外れた。・・・お母様起きて。」
しかし、ワカバの言葉に反応は帰って来ない。
俺達も向かい回復魔法を使うがいつもに比べてかなり効果が薄い。
どうやら封印具が魔法の効力を阻害している様だ。
「クオーツ、どうにかできるか?」
「やってみる。かなり大変そうだけど。」
そう言って彼女は麒麟の姿になり額の角に力を貯め始めた。
俺もそれを手伝いクオーツに力を送って負担を軽減する。
そして10秒以上かけて力を溜めるとクオーツは封印具に角を近づけた。
すると反発するように互いの間に激しい風が巻き起こり砂埃が舞い上がる。
それでもクオーツは少しずつ距離を詰めると最後には封印具へと到達し浄化の力を送り込んだ。
すると封印具は砕け散り母親の顔色も良くなっていく。
そのタイミングですかさず魔法を使って回復させると今度は明確に効果が確認できた。
やはり先ほどの封印具が回復を阻害していた原因で間違いなさそうだ。
他の九尾も封印されている様なのでそちらでも試せば確証が得られるだろう。
出来れば回収してライラに見てもらいたかったが砕けた物は仕方ない。
そして顔色が良くなった彼女はようやくワカバの声に反応し、ゆっくりと目を開けた。
「う・・・。」
「お母様。」
「その声は・・ワカバ・・・な、何故あなたがここに居るの!?私の事は置いて早く逃げなさい・・・?」
彼女は起きて早々、必死な形相で声を荒げるがワカバの姿と自分の体を見て言葉が止まる。
そして周りを見回し状況を確認するとワカバの傍に立つ俺達に視線を向けた。
「あなた達は誰ですか?」
そう言ってさり気なくワカバを庇うがワカバ自身はそれに気付かずに母親へと抱き付いた。
その顔はとても嬉しそうで今までで一番眩しい笑顔を浮かべている。
「良かったお母様。あのね。ユウ達が私達を助けてくれたの。虎人もみんなやっつけてくれたんだよ。」
母親はワカバの言葉で冷静さを取り戻し周囲を見回し状況を理解したようだ。
警戒が完全に解けた訳ではないが会ってすぐなのでこちらも仕方がない。
俺でも目を覚まして知らない人間が目の前に居れば確実に警戒する。
「そうだったのですね。どうも失礼しました。私がこの子の母親で名をヒイラギと言います。まさかヒュームに助けられるとは思いませんでした。」
「封印具を作ったのもヒュームらしいからな。それよりもワカバが持ってる薬を早く飲め。」
「薬ですか?」
ヒイラギはワカバに顔を向けると持っている瓶に気付き手を伸ばした。
しかし、そこには既に指は一つもない。
それを思い出し苦笑いを浮かべるが、それを見たワカバは今にも泣きそうだ。
しかし、ワカバは涙を堪えてヒイラギの口元に瓶を持って行った。
「はい、お母様。」
「ありがとう~ワカバ。」
そしてそれをゆっくりの飲み干すと体に活力が戻った様でワカバに手を借りながら立ち上がる。
そして違和感に気付いた様でワカバが握る手に視線を落とした。
するとそこには先程までは無かった指が次第に生え揃い、その様子にワカバは驚きながらも笑顔を取り戻した
「お母様・・・手が。」
「ええ、これならあなたの髪も結んであげられるわね。でも今はこれで勘弁して頂戴。」
ヒイラギはそう言って若葉の頭を優しく撫でて笑顔を浮かべる。
ワカバは素直にそれを受け入れると甘える様にヒイラギにすり寄った。
するとその体は次第に小さくなり以前よりも少し大きいが身長は140センチまで縮み顔も子供らしくなっていく。
どうやらやっと食べた物が体に馴染んだ様だ。
「むふふ~~。お母様温か~い。」
「あらあら甘えん坊さんは卒業したんじゃなかったの?」
「今だけ~。」
そして和んできたので俺はアイテムボックスから焼けたソーセージを取り出した。
これはメガロドンのミンチで作ったメノウの力作だ。
こういう立ち話や歩きながらでも食べられるので丁度良いだろう。
秘薬のおかげで回復しているがやはり疲労が激しい為かその速度がイマイチな気がする。
これを食べて上質な力を取り込めば少しは早く回復するだろう。
「これを喰うと良い。おそらく回復が早まる。」
「これは・・・。なんだか強い力が籠っていますね。あなた達はいったい何者ですか?」
「それは歩きながらでも話せる。それよりも他の九尾を助けに行くぞ。あちらもあまりいい状態とは言えないから早くどうにかしてやらないとな。」
千里眼で確認するとあちらはヒイラギを上回るほどの酷い状況になっている。
8人ほどいるが尾は全て切断され腕は肘から先が、足は足首から先が無くなっているようだ。
逃走防止か、それとも食うためかは分からないがとにかく目的が分からない。
ただ喰いたいだけならとっとと解体して保管すれば良いのだが苦痛を与えて楽しんでいるのだろうか。
それに何故か治療はされている様で、包帯は巻かれているがワカバには見せない方が良さそうだ。
(衛生面もよくなさそうだからそれを理由にワカバには残ってもらおう。)
そして、問題の場所への入口に到着した。
ここにある階段から下りればすぐに彼女らが置かれている部屋に到着する。
しかし、やはり衛生面に問題があるようで下からキツイ臭いが上がってきている。
どうやらワカバもこの臭いで下がどんな状態なのか気が付いたようだ。
横にいるヒイラギの手を強く握り不安そうな表情を浮かべている。
「よろしくお願いします。私にはどうする事も出来ませんので。」
そう言ってヒイラギはワカバの手を強く握りしめた。
どうやら彼女は下がどうなっているかを知っている様だ。
もしかすると、俺達が助けなければ同じ状態にされてこの下に放り込まれていたのかもしれない。
俺はヒイラギに頷きを返すとクオーツを連れて中へと入って行った。
階段を下りるにつれて臭いがキツくなっているので魔法で周囲を綺麗にしながら進んで行く。
そして階段が終わるとそこには物置部屋にも見える散らかった部屋が広がっていた。
広さとしては一辺10メートルくらいだろうか。
元々あったと思われる棚や箱は隅に押しやられ、手前の空いたスペースに彼女たちは投げ捨てられた様に放置されている。
しかも、その首には封印具がはめられ、あれでは碌に移動も出来ない。
それにここには酷い糞尿の臭いがしている。
彼女たち霊獣は排泄をしないはずなので虎人が何かしたのだろう。
俺は一番近くの九尾を抱き起し声を掛けてみる事にした。
「おい。起きろ。」
しかし、先ほどのヒイラギと同じように反応はない。
封印具による影響はもしかしたら精神にもあるのだろうか。
俺は悪いとは思いながらも一人ずつ確認を行うが、やはり反応すら返って来ないので俺の予想は正しそうだ。
1つの確認が終わったのでさらに他の確認を行って行く。
まずは先程と同じように回復魔法を使い効き目を確認する。
これもやはり効き目が悪い事が確定できた。
霊力を込めれば普通に傷を治す事は出来るがそれでやっと普通までしか回復させられない。
今度はメガロドンの肉を取り出して水の精霊に頼み胃へと運んでもらう。
千里眼で確認すると消化はするようだがいつもの様な変化は見られない。
秘薬を使っても同様の結果が得られた。
こうして調べてみるとこの封印具はかなり厄介な代物なのだと分かる。
そして最後に残ったのはツクヨミを使った検証だ。
別に体内にある呪いを切る訳ではないので封印具である首輪さえ切断できれば解放できる。
そして、まずはホープエンジンの出力を10パーセントから段階的に上げて行き切断できる出力を調べていく。
(頼んだぞスピカ。)
『ホープエンジン出力10パーセント。』
そして俺は剣を振るい首輪に刃を当てた。
すると剣は弾かれてしまい当たった所を見てもキズすら付いていない。
この剣なら今の一撃でメガロドンの外皮くらいは切り裂く自信があったのだがこの結果は少し予想外だった。
切れなくてもキズくらいは付くと予想していたがどうやら目算が甘かったようだ。
(スピカ、次を頼む。)
『先程の結果から逆算し、出力を30パーセントに上昇させます。』
俺はスピカの予想を信じて剣を振った。
すると少し抵抗があったが無事に封印具を切断する事に成功した。
恐らくはこの感じだと20パーセントでは足りなかっただろう。
それに壊してしまったが今回は砕けずに現物が残っている。
これをライラに調べてもらえば何か分かるかもしれない。
そして、残りの7人もサクサクと解放し目を覚ます前にクオーツが一旦傷を癒し、痛みを消してから目を覚まさせる事にした。
「おい起きろ。」
「ん・・・、あなた誰!?」
当然、目が覚めて知らない人間が目の前に居たら驚くだろう。
しかも彼女の記憶が何処まであるのか知らないが確実に捕まった所まではあるはずだ。
そんな状況では見ず知らずの俺の事を敵と認識してしまったとしてもおかしくはない。
しかも自分の体の異常に気付いてからが更に大変だった。
「おのれー、私の体をこの様な・・・。呪ってやる!呪ってやるからーーー!」
「いいから落ち着け。」
俺は混乱して逆上する九尾にデコピンを放った。
すると軽い乾いた音をたてた程度なのに彼女は肘までしかない腕で額を抑え目に涙を浮かべる。
「痛~~~い!」
(え?霊獣なのに九尾って弱すぎじゃないか。)
「クオーツ試しに俺のデコピン受けてくれないか。」
俺は九尾の身体強度が心配になりクオーツにお願いをして試してもらう事にする。
しかし、その顔は急激に青くなり、さらに涙目になりながら俺の前で額を差し出してきた。
それだけで言葉にしなくても凄く嫌だというのが伝わって来る。
こんな顔を見ると軽くでもする訳にはいかない。
俺は突き出されたオデコに軽くキスをしてから頭を撫でて彼女をなだめた。
するとすぐにその顔は笑顔に戻ったので俺は再び九尾に顔を向ける。
「悪かったな。手加減したつもりだったが配慮が足りなかったようだ。次に騒いだら拳で殴る事にする。」
「ちょっと待ってよ。酷くなってるわよ。」
「なら大人しくこの薬を飲め。飲まないと次は踏みつけるぞ。」
「だから酷くなってる・・・。良いわよ、こんな体なんだから好きにしなさい。人体実験でもなんでも付き合ってやろうじゃない。」
妙に踏ん切りが良いが自棄にでもなってるのか。
まあ、飲めば少しは大人しくなるだろう。
俺は瓶を口に突っ込むと彼女は上手い具合に瓶を口で固定し秘薬を一気飲みした。
ちなみにこれは速攻タイプなのでとても不味い。
良薬口に苦しというがこれは苦いのではなく甘くてすっぱくて臭い。
当然、一気に飲み干すのが一番良いのだが、その顔が大きく歪むのが見れなくて少し残念だ。
「ブハ~。何これ、凄く不味いんだけど。もしかして人が死ねるレベルなんじゃない。」
酷い言い様だがその意見には俺も賛成だ。
ライラも頑張って味の改善に取り組んではいるが彼女は研究者であって料理人ではない。
いまだに味の改善が進まないのはそこに理由がある。
ちなみに我が家で彼女はキッチンに立たせてもらえないとだけ言っておこう。
誰にでも得手不得手は存在する。
「大丈夫だ。秘薬だから死んでない限り死なないから。」
「え!これって秘薬だったの。初めて飲んだわ。あ、私リアトリスって言うの。名前くらいは教えといてあげる。」
「俺はユウだ。それと、しばらくすると手足と尻尾が生えて来るから、手が使える様になったらこれでも食ってろ。」
俺はそう言ってテーブルと椅子を出してその上に先ほどヒイラギに渡したのと同じメガロドンソーセージを取り出した。
(もしかするとこれも魚肉ソーセージと言えるのだろうか?)
肉質こそ牛に近いがコイツも分類上は魚のはずだ。
それとも魔物なので普通には分類できないのかも知れない、
そんなどうでもいい事を考えながら俺がソーセージを並べて準備を終えた。
しかし、その途端にリアトリスが暴れ始めこちらに必死な形相で迫って来る。
何事かと思えばその血走った目は明らかにソーセージへと向けられている。
俺はソーセージを手に取るとそれを彼女の前に差し出した。
「食べたいから食べさせて!」
「面倒だから手が生えたら自分で食え。」
するとその冷たい対応にリアトリスは俺の体に必死でしがみ付くという行動で返してきた。
他にも起こさないといけない者がいるのに面倒この上ない。
「なら、口に入れてやるから後は好きにしろ。」
そう言って俺はソーセージをリアトリスの口に近づけた。
彼女は頬を赤く染め舌を伸ばして口を突き出して来る。
そして舐める様に口に咥えると美味しそうに食べ始めた。
(もう少しお淑やかに食べられないのか?)
俺はそのまま手を離すとリアトリスは生え始めている腕で器用に持つと床に寝転がって上を向いた。
あれならそう簡単には落とさないだろうから大丈夫そうだ。
そしてその後は所々でリアトリスに説得と説明をお願いする事で無事に全員の治療が終了する。
常に食べながら喋っていたので無駄に時間が掛かってしまったがこれで九尾を無事に救うことが出来た。
死んだ者は居ないそうなのでこれは最良の結果と言えるだろう。
俺は助けた九尾達が食べ終わるのを確認するとテーブルを仕舞い全員を連れて地上へと上がって行った。




