175 マーメイドの町 ①
俺達は西の大陸に出ると周囲を見回した。
見えるのは右手に海があり、目の前には海岸が広がっている。
少し沖合には大きさが2キロ程の島がありマーメイドたちの町はそこにあるようだ。
こちらの海岸側にも大きな町があるがそこには幾つかの大型船が停泊している。
10人程で乗る小舟も大量にあり活気がありそうだ。
「それにしても本当にアッと言う間ね。」
「あまり言い触らすなよ。アイツはオリジンの庇護下にあるから下手したら存在を消されるからな。」
俺は念のためにマリベルの事を下手に利用されないように釘を刺しておく。
テニスがそんな事をするとは思っていないがこの世にはスキルという相手の秘密を聞き出す手段が存在するので油断は出来ない。
「気を付けるわ。」
「そうしてくれ。それよりも本当に奴隷が多いんだな。町の8割が奴隷の町なんて初めて見たぞ。」
すると俺の言葉に何故かテニスの目が細められた。
何か拙い事でも言っただろうか?
「おかしいわね。ここは東の大陸との玄関口よ。人以外にも獣人にマーメイドと多くの種族が集まる場所で普段ならどんなに奴隷が多くても1割程度のはずなの。これは何かあったとしか思えないわね。」
そうして話していると町の方で動きがあった。
海側にある町への入り口から出て来たのは100人程のヒュームの奴隷たちだ。
しかし、その体つきはどう見ても戦士のそれではない。
しかもその後ろには数人のマーメイドたちが並んでいる様だ。
更にマーメイドたちの首には隷属の首輪が巻かれているのが見える。
俺達は岩陰に身を隠してその様子を観察した。
ヴェリルは今にも飛び出して行こうとしているが、俺が抑えて今は大人しくさせている。
「ヴェリル、島に行って急いで事情を聞いて来てくれ。他の皆は待機しておいてください。彼らは俺が止めてきます。」
するとヴェリルは海に飛び込むとまさにトビウオの様に飛んで行った。
こういう時はクラウドから貰った装備の副次効果が役に立つ。
島までの距離は3キロはあるがあれならすぐに到着しそうだ。
俺は海に入ると島へと向かっている船に忍び寄り船底に穴を開けて行った。
船の上では奴隷たちが慌てているが止まる気は無いらしい。
もしかすると何があっても船を進める様に命令がされているのかもしれない。
すると目の前の海に変化が生まれ前触れもなく大きな渦潮が発生して船を飲み込み始めた。
しかし、マーメイドたちが船を先導すると渦潮は治まり、逆に穏やかな海へと変わっていく。
どうやら外敵を排除するために仕掛けだったようだが彼女たちがいれば通過できる様だ。
奴隷たちは必死にオールを漕いで島に向かうが船はそれまでに完全に沈んでしまった。
すると彼らは泳いで海を渡りなんとか陸へとたどり着き浜辺に倒れ込んだ。
それを見届けるとマーメイドたちは陸に上がる事なく、踵を返して町へと戻り始める。
どうやら彼らの役目は奴隷たちを島に送り届けるまでの様で島に上がるのは許されていないらしい。
俺は町側にいるゲンさんに連絡を入れると彼女らの確保をお願いする事にした。
「ゲンさん。今マーメイドたちがそちらに戻って行きました。クオーツと協力して救出してください。」
「分かった。すぐに動こう。」
そして俺が千里眼で確認するとクオーツは麒麟の姿で海岸に飛び出し、戻って来たマーメイドたちに付けられている奴隷の首輪を破壊して解放していった。
するとマーメイドたちは解放と同時に海に戻りこちらへと戻って来る。
クオーツはそのまま飛び去ると、見えなくなった所でゲンさん達の所に戻って行った。
「大丈夫そうだな。後はこいつらの処理か。」
俺は海から上がると体を綺麗にしてから乾かし、サッパリしてから彼らに歩み寄る。
そしてマップを見れば近くに見える森の入り口までこの島に住むマーメイドたちが来ている様だ。。
しかし警戒しているのか、様子を窺うだけで出てくる気配は無い。。
その中にはヴェリルも混ざっているので無事に島の者たちと接触は出来たのだろう。
ちなみに俺がこんなにのんびり出来るのも海岸に到着した奴隷たちはここまでに体力を使い切り今も立ち上がれずに倒れているからだ。
俺は彼らに近寄ると一番近くの男に声を掛けた。
「お前らここで何してるんだ?」
「少し前に町が獣人に攻め落とされて奴隷にされちまったんだよ。お前こそ誰だ。」
男は悔しそうに顔を歪めると拳を握り地面を叩いた。
俺は現状と理由を知ることが出来たので男に提案を持ち掛ける。
「俺の事はどうでも良い。お前を今の奴隷から解放してやろうか?」
すると俺達の会話を聞いていた周りから声が上がり始める。
どれも助けを求めているが俺はそれを完全に無視して目の前の男と話を進めた。
「どうなんだ?」
「出来るなら頼みたい。謝礼は・・・払えないが。」
俺は同意が取れたものとして奴隷の所有権を奪い取った。
そんな事を他の者にも行い100人の奴隷の主となる。
そして彼らを回復させると最後の確認を行った。
「お前らの中で奴らの仲間は前に出ろ。」
すると3人の男が前に出て来る。
この場で殺しても良いのだがまずは確認が必要だろう。
仲間になるのも理由があるかもしれないからな。
「理由を言ってみろ。」
「俺は金だ。」
「俺は町に家族が居るんだ。言う事を聞くしかなかった。」
「俺は孫が人質になってる。」
彼らは奴隷紋と審問の合わせ技で素直に話してくれた。
嘘の心配もないので言った事を信用できるのは冤罪を防ぐ上でとても役に立つスキルだ。
それに丁度良く見せしめも居たので俺は剣を抜いて男に歩み寄った。
「金は大事だがもっと考えて仕事を受けるべきだったな。」
俺は男の首を刎ねると死体を焼き尽くして残りの奴隷たちに視線を移した。
すると彼らは恐怖の表情を浮かべており、今にも逃げ出しそうだ。
それでも何とか踏み止まっているのは先程の会話を聞いていたからだろう。
「一応言っておくが俺は裏切り者に容赦はしない。お前らはスパイでない事が判明しているがこれから敵に回れば始末するからそのつもりでいてくれ。それと、まだ奴隷からの解放はしてないのは気付いているな。ここは狭い島だから彼女らの指示に従う様に。」
俺は森から出て来た武装しているマーメイドたちを指差した。
彼女らは警戒している様だが俺は奴隷達の先頭に立って声を掛ける。
「コイツ等を案内したマーメイドは既に救出済みだ。沖でこちらの様子を窺っているみたいだが迎えに行けばすぐに戻って来るだろう。それで、仲間は後どれだけ囚われている。」
すると俺の言葉に一人のマーメイドが前に出て来た。
レベルを見ると30は超えており、彼女たちの中では一番高い。
どうやら彼女が後ろに居るマーメイドたちを率いている様だ。
彼女は臆する事なく俺の前に立つと先ほどの問いに答えてくれた。
「まだ10人はいる筈です。それで、あなたは味方なのですか?」
やはり突然現れた俺を警戒しているようだ。
武器は槍だが持つ手を見ればまだ力が入っている。
足も片足が半歩下がっており、いつでも攻撃できるような態勢を維持していた。
ヴェリルを先に来させていたが、まだ俺の事までは話せていないようだ。
「敵でないのは確かだ。だからこれからの行動でそれを証明したい。」
「・・・分かりました。それで彼らはどうするのですか?。」
彼女は少し悩んだが俺の言葉を一時的にでも信じてくれたようだ。
そして、話は俺の後ろの奴隷達へと移った。
彼女から見ても彼らは戦闘員には見えないはずだ。
脅威にもならず、手に持つ槍を軽く振れば皆殺しにできる。
「コイツ等が勝手な行動をしない様にそちら側の誰かに奴隷の権限を譲渡したい。それに俺はあの町にはまだ用があるからこれから戻る。それに家族の仲間は助けておかないと寝覚めが悪くなるからな。」
俺はそう言って島の奥からこちらにやって来るヴェリルに視線を向けた。
すると彼女もその視線を追い、ヴェリルに気付くと厳しかった表情が少しだけ緩む。
「彼女の相手はあなただったのですね。」
「そういう事だ。残りも助けて来るから奴隷達の管理は任せたい。」
「ならば任されましょう。仲間たちの事をどうかよろしくお願いします。」
「任せておけ。」
俺は頷きを返すと彼女に奴隷の権限を譲渡し、急いで戻る事にした。
あまりイソさんを待たせると一人で突撃して行きそうだからだ。
しかし、ふとある事を思い出し足を止めて振り返った。
「もし避難が必要なら避難先はこちらで用意できる。お前らの仲間も居るし先日リバイアサンの縄張りに加わった場所だ。安全であるのは保証できる。」
すると途端にマーメイドたちから湧き立つような歓声が上がった。
やはり海の種族にリバイアサンの名は効果絶大なのだろう。
ヴェリルと俺の事も伝わったのか、他種族である俺の言葉でも信じてくれるようだ。
「集会を開いて話し合いを行いますが恐らくお願いする事になるでしょう。その時はどうかよろしくお願いします。」
俺は返事を受けとるとそのまま町へと戻って行った。
ここからでも分かる程にあちらではイソさんの気が膨れ上がっている。
あれではそろそろ限界に達しそうだ。
俺は急いで戻るとイソさんの前に着地して声を掛けた。
「お待たせしました。それとイソさんにお願いですがどうやらマーメイドたちは日本に移住する可能性が高そうです。一緒に帰って対応をお願いできますか?」
「それは構わないがこちらはどうする。」
イソさんは町を睨みつけると槍を取り出した。
どうやら戦闘になるなら参加するという意思表示の様だ。
当然、この状態のイソさんが引き下がらないのは短い付き合いながら知っているので同行してもらう。
すでにマーメイドたちの居場所は分かっているのでそこに放り込んでおけば問題ないだろう。
「それじゃあ、表からはゲンさん達に任せますね。ホロとクオーツは無理をするなよ。」
そして、今回の作戦は表門をゲンさん、サツキさん、ホロ、テニスに任せ、その後ろからクオーツが全力で力を振るい奴隷たちを一気に解放する。
その間に俺とイソさんでマーメイド達の所に向かいイソさんは彼女たちを避難させる。
ゲンさん達はそのまま解放した人々を誘導し、俺が本隊を突くという作戦だ。
ただ、今回の戦いは敵の殲滅が目的ではない。
マーメイドを救出できれば良いので、もしもの時はそのまま放置する事も考えている
作戦が決まると俺は気配遮断を使用しイソさんを抱えて空へと飛びあがった。
目的の建物は町の外周にあるため少しの時間で到着できる。
建物の横に下りると他に誰も居ないのを確認し中へと侵入した。
「中は意外と綺麗ですね。」
「そうだな。後は無事で居てくれれば良いんだが。」
先程助けた者たちも目立った外傷は無さそうだった。
魔物は体型が変わることは無いので食事の有無は分からないが食べなくても死ぬ事は無いので大丈夫だろう。
俺達はマーメイドたちが居る部屋の扉を開けると中を確認した。
するとそこには人化していないマーメイドたちが床に座り沈んだ表情を浮かべている。
どうやら逃亡防止として人化を禁止されている様だ。
それに彼女たちの役割は仲間の所に敵を送る事なので気分が沈んでも仕方ない。
俺はスキルを切るとイソさんに後は任せる事にする。
「あら、あなたは誰ですか?」
「俺はお前達を助けに来た。ここから出て皆の所に帰ろう。」
すると彼女たちの顔に笑顔が浮かぶが首輪の事を思い出すと再び表情を曇らせてしまった。
俺はその間に首輪の所有権を奪いそれをイソさんに譲渡していく。
そして権限を得たイソさんはそんな彼女たちの首輪に手を掛けるとケガをしないように優しく外していった。
その光景に彼女たちは驚きの表情を浮かべるがすぐに人の姿になると立ち上がり逃げる準備を始める。
しかし、一人はいまだにスキルを得ていないのか下半身は鰭のままだ。
するとイソさんはそんな彼女に歩み寄ると手を差し出した。
「俺に捕まれ。」
「は、はい!あ、ありがとうございます。」
そしてイソさんは彼女を抱えると窓の外から町の様子を確認した。
その間、抱えられているマーメイドはとても嬉しそうにイソさんの首に手を回し、その顔を見詰めている。
(イソさんにはハルが居るのに大丈夫だろうか?)
「良し!そろそろだな。全員俺が守ってやるからな。焦らず付いて来てくれ。」
するとその声に周りからは元気な返事が帰って来る。
外では既にゲンさんが陽動を開始しているので全ての奴隷たちが町の外に向けて動き出しているようだ。
しかしその直後にクオーツの放つ浄化の波動によりこの街から一斉に奴隷が消えていく。
その直後に奴隷であった者達は町から逃げ出すように走り出し、少しすると周囲から人が居なくなった
それを見てイソさんは建物から出ると彼女たちを海に誘導するために移動を開始した。
俺はそれを見送ると町の中央へと向かって移動を開始する。
そこには最初から奴隷ではなかった者が数百人で固まり生活をしている。
その中で兵士と思われる者は50人程しか居らず、ここに居る全員が獣人のようだ。
しかも全て同じ種族の様でマップには狐人と出ている。
俺は一瞬言葉を失うがすぐに再起動し脳内の知識を漁りある事を思い出した。
(確か狐はイヌ科だったな。)
『もっと言えばイヌ科イヌ亜科です。』
ここまでくれば犬の仲間と断言しても良いだろう。
狐は群れないらしいが中には群れで生活する者も居ると聞いた事がある。
ならばここはマジの本気を出すべきだろう。
そして俺は思った直後には窓から飛び出して彼らの許へと向かって行った。
するとそこには既にテニスも向かっているようだ。
(流石だな。)
俺とテニスは同時に目的の場所に到着すると慈愛に満ち溢れた笑みを浮かべる。
しかし、それに返されたのは兵士たちの持つ武器と、その後ろに居る獣人たちからの恐れ交じりの視線だった。
「テニス、お前怖がられてるんじゃないか?」
「ユウ、その言葉はそっくりお返しするわ。」
そして互いに笑顔で向かい合うと体から威圧の嵐を巻き起こした。
しかし、互いに向かい合い確認し合う事で自分達に問題がない事に気が付く。
その結果、互いに首を傾げながら別の原因を探る事にした。
「どう見ても俺達に問題はないよな。」
「もしかして他人を奴隷にして従わせてたから報復が怖いとか?」
「又は他の種族を元々信用しない可能性もあるな。」
そして再び視線を向けると彼らは緊張からか変身が解け掛けているようだ。
全員が耳と尻尾を生やしているが耳は力なくヘニョヘニョに倒れ尻尾は股の間に逃げ込んでいる。
兵士でそれなのだから後ろの一般人の中には俺達の威圧に意識を失った者も大勢居るようだ。
どうやらファーストコンタクトからやってしまったらしい。
それにここからの挽回となるとかなり骨が折れそうだ。
実際に骨を折って解決できるなら、折る事に躊躇しないが困った事になった。
「ユウ、何か方法は無いの?」
「仕方ない。これはしたくなかったんだが・・・。」
俺は毛糸やアクリル棒などを取り出すと全力で製作に取り掛かった。
クリエイトのスキルも見事に連動させ、付け耳と尻尾を作成しテニスに取り付ける。
これで何処から見ても獣人だ。
「良し行ってこい!」
「任せて。これなら相手の警戒も解ける筈ね。」
そう言って俺の指示通り、テニスは狐人達に歩み寄って行った。
そして警戒を抱かせない最高の笑顔とまるで熟練のコスプレイヤーの様な仕草で声を掛ける。
「こんにちワン。私はあなた達と同族の・・オワッと!」
「ふざけるな!そんな物で騙される程、馬鹿ではないぞ!」
兵士たちはテニスが間合いに入るとすかさず槍で攻撃をしてきた。
しかし速度は大した事が無いので彼女は驚きながらも余裕の回避を見せて後ろへと下がる。
どうやら最初の作戦は完全に失敗したようだ。
テニスは相手に背中を向けると力なく肩を落としてこちらへと戻って来る。
するとその落ち込んだ姿に加え、倒れた耳と腰からぶら下がっている尻尾が哀愁を誘っている。
彼女は耳と尻尾を取り外すとそれを自らのアイテムボックスに収納して溜息を吐いた。
どうやらあげたつもりは無いのに返してはくれないらしい。
「確かに今のは無いわよね。」
「・・・まあ、ホロなら喜んでくれると思うぞ。それを付けて今度鬼ごっこでもしてやれ。」
「そうするわ。」
俺はフォローを入れておいて次なる案を考えることにした。
(でも、さっきの作戦は絶対に成功すると思ったんだけどな・・・。)




