174 西の大陸へ
家に帰ると庭で出ていたアルフェがホロとケイトと共に駆け回っていた。
その姿はとても子供らしく笑顔がとても眩しく見える。
大人になってしまった俺にはもう出来ない表情だ。
そしてホロは俺が帰って来た事に気が付いた様で走る向きを変えてこちらに向かって来る。
俺は窓を開けてそれを出迎えると大きなジャンプをして俺の胸に飛び込み頬をペロペロ舐めて来た。
そんなホロの体をしっかりと支えると俺もホロの頭を優しく撫でてその感触を堪能する。
やはりホロと離れている間にホロリン欠乏症になっていたようだ。
しっかりと成分を補給しておかなければ生命に関わる。
すると外からアルフェも戻ってきたようで手洗いとウガイを終えて俺の傍にやって来た。
「この度は色々ありがとうございました。」
「いや、俺は何もしていない。感謝は世話になった他の人に言ってくれ。」
すると彼女は微妙な表情をするが素直に頷いた。
その姿は年相応で無理をしているようには見えない。
「分かりました。」
そして今度は昨日から家にいる新しい天使たちがやって来た。
昨日に比べ少し表情が和らいでいるのでメノウから知識を得て人間性が増したのだろう。
その中には昨日の最後に頭を撫でて送り出した天使も混ざってる。
「これから少しの間ですがお世話になります。」
「気にするな。今まで頑張って来たんだ。少し羽を休めないと飛べなくなるぞ。」
すると彼女たちから何か言いたげな視線を向けられてしまう。
俺がその理由を聞くと少し困りながらも理由を教えてくれた。
「あの、今まで私達の周りの人々はそんな事を誰も言ってくれなかったので少し驚いてしまいました。あなたの様に天使に優しい人も居るのですね。」
そう言って彼女らは揃って嬉しそうに笑みを浮かべた。
それに近年は戦争が絶えず、天使の減少が激しかったとテニスが言っていたな。
しかし、天使が死んでしまう理由なんて数えてもたかが知れている。
彼女たちは何度も同じような事で死を迎えたのならそれは人の悪意と身勝手さ以外にはありえない。
そして死ぬ瞬間にはどんなに満足していようと思ってしまうのかもしれない。
人を救う価値が本当にあるのかという疑問を。
もしかするとそれが天使を狂わせている最大の要因なのかも知れない。
そうなった時、もしメノウやヒスイの様な天使が増え最後に人が見捨てられたとしてもそれは人間自身の問題でしかない。
天使は物ではないので良き隣人として接していれば今の様な言葉すら出てくるはずはないのだ。
(やはり天使と言っても休養は必要かもしれないな。)
「メノウ。俺の考えは理解しているな。」
「分かっています。全員にその様に伝えておきましょう。」
そして、この瞬間から天使に休日という概念が誕生した。
それに年中無休で365日も働くなど、そんなブラックな環境が許されるはずがない。
俺なんて1週間の内で5日は休みたいので彼女達も休日の重要性をいつかは理解してくれるだろう。
すると天使たちは周りの者同士で顔を見合わせ俺に問いかけてきた。
「あの、本当に良いんですか?」
その顔は不満というより不安と言った方が正しい。
恐らく彼女たちは本能のままに動く事が多く、休んだことが殆どないのだろう。
メノウですら最初の頃は休む日もなく、夜も仕事をしていたからだ。
今では羽を休める事を理解し、仕事が終われば好きなように過ごしている。
それに寝る事の喜びも覚えた様でちゃんと自分のベットも購入して毎晩寝る様になった。
「良いんだよ。こちらの世界では普通の事だ。それに擦り切れるまで働く方が問題だ。お前らも俺達がそんな事してたら助けたいと本能が叫ぶだろ。」
「ええ、そうですが・・・。」
「なら俺がお前らにそういう考えを持ってもおかしくないだろ。」
「そうなのでしょうか?なんだか上手く丸め込まれている気がします。」
そう言って苦笑を浮かべるがまだ上手く呑み込めていないのだろう。
急に生活サイクルを変えろと言われても無理なのは俺も分かっている。
だから今度は彼女らの本能に語り掛ける様に言葉を選んだ。
「なら、俺を助けると思って上手く丸め込まれててくれ。」
「・・・分かりました。それなら仕方ありませんね。」
そして彼女らの顔にやっと笑顔が戻って来た。
それを見て俺も笑顔を浮かべるとその頭を軽く撫でる。
すると他の天使たちまで頭を突き出して来るので順番に撫でていく事になった。
こうして自分達の欲求を相手に伝えるのは悪い事ではない。
もしかすると知識を与えたメノウの影響かもしれないが良い影響であると信じたい。
そんな事をしていると急にホロが動き出した。
そして俺の腕から飛び降りると犬耳のある獣人へと変わり忙しなく耳を動かし始める。
俺も警戒をしながらマップを確認し、気配を探って耳を澄ませるが何も反応はない。
しかし、ホロと同じように天使たちも何かに反応している様だ。
全員が何か確信を持った顔で西に視線を向けている。
「あっちから助けを呼ぶ声が聞こえる。」
ホロは西を向いている様だが東と違い西は大陸があるので範囲が広い。
ここからだと複数の国があり特定は困難だ。
「これは恐らく獣人ですね。しかもかなり数が多い。数千人の思念を感じます。」
そんなにとなるとこちら側の国は除外できそうだ。
そう言えば、以前に世界地図を見せてもらった時にあちら側にも大陸が出現していた。
もしかしてそちらで何かが起きたのかもしれない。
いつも行っている大陸では南にもう一つ大きな国があるそうだがそちらとは反対方向だ。
今回はそこは除外しても良いだろう。
「そう言えばメノウ達の世界では大きな大陸は幾つあったんだ?」
今までは東の大陸からばかり問題がやって来ていたので西の事を気にする暇が無かった。
しかし、東の大陸でドラゴンを見たことは無い。
それならドラゴンの生息地はそれ以外と言う事になる。
「あちらの大陸は2つだけです。島は幾つかありますが、それほど大きなものはありません。もともと二つの大陸は大型船を使えば1日程度で行けるほど近かったのですが、世界融合の際にかなり離れてしまったようですね。」
「そうなるとあちらにはドラゴンの生息地があるのか?」
俺の問いかけにメノウは頷いて肯定を示した。
龍王は日本には来れないがあちらでは自由に動ける。
もしかしたら何かちょっかいを掛けてくるかもしれない。
しかし、獣人が助けを呼んでいるとなれば動くしかないだろう。
当然ホロの同族である以外にも理由はある。
やはり獣人ならば犬タイプが沢山いるはずだ!
俺は犬には優しい性格だと胸を張って言える。
そんな思いが顔に出ていたのか犬の姿のホロに足を噛みつかれ周りからも何か冷たい視線を向けられた。
(フ、いつの時代も犬好きとは理解されないものだ。)
そんな事を考えているとステータス経由で電話が鳴り響いた。
俺はそれを確認するとクラウドであることが分かりすぐに電話に出る。
「どうしたんだ?」
「いやなに。テニスが急に変な電波を受信してな。モフモフが私を呼んでるとか言いだしたんだ。」
「分かったすぐに迎えに行くからテニスにポイントに移動しておいてくれと伝えてくれ。」
「おい!こんなんで分かるのか!」
アイツは俺の同族だが変態具合では俺の上を行く女だ。
恐らく人間なのに獣人たちのSOSを呪信したのだろう。
同じモフラーとして、そして友として、その異常性には応えなければならない。
俺はマリベルを呼ぶと20分後にゲートを開いてもらう。
すると案の定、まさに電光の様な速さでゲートからテニスが現れた。
「さすがユウね。あなた達もちゃんと感じ取った様で安心したわ。」
「いや、俺ではなくホロと天使たちがな。俺としてはお前が感じ取った事に驚きだ。」
俺は今も足に齧り付いているホロを指差して答えるとテニスは即座にその傍へと移動した。
そして俺の足からホロを引っぺがすと幸せそうに頬擦りを始める。
「あ~~~、この毛並み。会いたかったわ~。今回あちらで会えなかったから残念に思ってたけど、ここで会えてとっても嬉しい。」
するとホロもそれなりに嬉しいのか尻尾を振りながら挨拶をするとその顔をペロペロと舐め始めた。
それが引き金となりテニスは更に顔をデレつかせると撫でる手が加速していく。
その手は的確にホロの撫でて欲しい所を射止めている様で互いにご満悦だ。
どうやらホロの機嫌は完全に回復したようである。
そして、そろそろテニスが来て20分ほど。
すなわち撫で始めて20分ほど経過したので話を進める事にした。
「そろそろ話を進めても良いか?」
「もう5分だけ~。」
そんな朝の布団から出たがらない子供の様な事を言っているが放置すれば次も同じ事を言うだろう。
なにせ俺がテニスの立場なら同じ事を言うからだ。
ホロも人から撫でられるのは大好きなのであと30分は余裕で催促し続ける。
その為、俺はホロを動かすために最終兵器を取り出した。
これは先日メノウが作ってくれたワーム肉のワームジャーキーだ。
特に硬い部位を使い歯応えと味が一級品の優れ物である。
ホロ用だがあまりの美味さに俺も時々頂いている程だ。
何故か食べているとホロが必ずやって来るので食べてると必ず取られてしまうのだが。
そしてそれを取り出した途端、ホロはまるでブレイクダンスでもするように立ち上がると涎を滝の様に流して俺の前でお座りをした。
そんなホロの口にワームジャーキーを咥えさせると必死で食べ始める。
話はメノウとテニスが居れば十分だろう。
そして、詳しい説明はテニスから行われることになった。
「私は今から出張と調査のためにあちらに行かないといけないの。」
その突然の言葉に流石の俺も驚いた。
あの僅かな時間でそこまで話を進めるとは人間業ではない。
「前から話は出てたんだけど未知の場所に踏み出そうって者が居なかったのよ。でも私はユウと知り合ったでしょ。それに今回の事で早急な調査が必要だと感じたの。モフモフの為に!」
なにか目的が違う気もするがやる気を起こさせるのはやはり情熱だろう。
それから考えるとブレないテニスの考えは正しく思える。
『いえ、やはり間違っていますよ。』
(それを言ったら俺も自己否定になるからダメ。)
「そうだな。それで、あちらにもやはりギルドがあるのか?」
「冒険者ギルドは世界中にあるからね。でも2ヶ月くらい前までは連絡は取れてたみたいなんだけど最近では音信不通になってて上層部は心配してるみたい。だから、今回の調査も二つ返事で許可が下りたわ。」
そういう理由なら早いのも納得だ。
普通なら行くだけで何ヶ月もかかる上に、正確な場所すら分からないのでは行っても生きて帰れる保証はない。
それでも行ってくれると言うのだから許可も早いだろう。
まさか、転移の様な移動手段があるとは思わないだろうからな。
「それなら色々準備もあるからしばらく家に滞在して待っていてくれないか。みんなに話さないといけないし、今回行くメンバーも決めないといけない。」
「分かったわ。」
そして、先程から話に入らず、優雅にお茶を飲んでいるゲンさんとサツキさんに視線を向けた。
「二人はどうしますか?」
「え、私は暇だから行くわよ。」
やはりサツキさんは昨日だけでは発散できなかったようだ。
それに彼女は国政に関わっている訳ではないので自衛隊の修練を外せば暇なのだろう。
「儂もしばらくは大丈夫じゃ。」
「国会はどうするんですか?」
今は国会で色々やる事があるはずだ。
もうじきギルドも開始されるというのに大丈夫だろうか。
するとゲンさんは腕を組んで真剣な顔を向けて来た。
「先日、日本上空を巨大な龍が飛来したじゃろ。」
「リバイアサンですね。」
「そうじゃ。あれの早急な調査が求められておる。それを理由にすれば余裕で仕事をサボれ・・・、変わってもらえるからな。」
(今確実にサボれるって言ってたよね。)
しかし、この人には普通の総理大臣としての仕事は求められていないのだから国民の不安を払うために頑張るなら良いだろう。
たとえそれが既に分かっている事実だとしてもだ。
人は真実だけでは生きて行けないので上手い具合に情報を小出しにしてサボれるときにサボっているのだろう。
『物は言い様ですね。』
(その通りだな。)
そして、その夜に皆でこの事を話すと付いて行くのはクオーツが立候補したので参加となった。
その他には当然ホロも付いてくるので今回の旅でホロリン欠乏症の心配はない。
他のメンバーは実力不足の可能性があるため辞退している。
特にライラに至ってはドラゴンの領域でもあるので兄や姉から命を狙われる可能性があるそうだ。
それを聞き、もし現れたら確実に返り討ちにする事を心に誓う。
それにライラには今はカーミラという生徒が居る。
アヤネも最近出来る事が増えて来たので二人に教える事も多いそうだ。
(最近なんだかんだと充実している様で良かった。)
アリシアも最近では薬草の育成に忙しいそうで、そうなるとジェネミーも忙しくなる。
特にアリシアには世界樹の種を持ってもらっているので今はあまり無茶はしたくないそうだ。
オリジン曰くかなり貴重な物らしいので仕方ない。
そしてオリジンは姉であるアティルと久しぶりに姉妹の時間を過ごしている。
数千年ぶりと言う事なので邪魔は出来ない。
ただ、お菓子の消費が数割増しになったとだけ言っておこう。
しかしそうなると今回の知恵袋はテニスに頼る事になりそうだ。
ヴェリルはもともと戦闘を好むタイプではないが、あちらにはマーメイドたちの作る集落があるそうだ。
そこが心配との事で様子を確認するために一緒に行く事になった。
そして今のところ、ヘザーは不参加だが途中から来てもらう事になるかもしれない。
聞いた話ではあちらの大陸の獣人達には強い奴隷の習慣があるらしいのだ。
どうも獣人たちは同じベースとなった動物で集落を築く習性があるらしく他種族とは頻繁に争いをしているらしい。
そして相手に勝利するとその者たちを奴隷としているそうだ。
そのため集落や町によっては奴隷の数の方が多い所もあると教えてくれた。
そちら関係で助けを呼ばれているなら判断は難しくなる事が予想される。
そうなればヘザーに状況を説明し判断してもらう手筈にしている。
あとヒスイは連れて来た天使たちの面倒を見なければならないそうだ。
それなりに数が居るので大変だろう。
そしてアキト達に確認はしたが彼らは現在アルフェの護衛も兼ねている。
今回は俺達に同行は出来ないそうだ。
特にアキトにはドワーフ王国の件が片付いたので自衛隊の正式装備の話もある。
残念だがしばらくはあまり自由に動く事は出来ないだろう。
代わりにアキトにはドワーフ王国で手に入れた鎧を渡しておいた。
練習がてら、しっかりとクオーツに浄化をしてもらっているので問題はないはずだ。
そして俺達はゲンさんとサツキさんに急かされ次の日にはあちらに移動する事に決まった。
少しは休みたかったが無職の俺に合わせるよりもゲンさん達に予定を合わせるのが妥当だろう。
それでも次の日の朝に俺達は西へと向かって行った。
しかし、出発前に突然イソさんがやって来て同行を申し出て来た。
「ハルから聞いたが、まずはマーメイドの集落に向かうのだろう。様子を見てきて欲しいと頼まれたから俺も行くぞ。」
どうやらヴェリルが昨日の内にハルへと連絡をしていたようだ。
俺はアイテムボックスから槍を取り出すとそれをイソさんへと渡しておく。
防具は破損が激しいので材料としてアキトに渡しているが使えそうな武器は俺が所持している。
イソさんの武器はいまだに普通の銛なので武器の強化は必須だろう。
「なかなかいい槍だな。貰っても良いのか?」
「そろそろ武器が心許ないでしょ。」
「そうだな。それならありがたく貰っておこう。今度また上手い魚でも送っておくからな。」
「そうしてください。」
イソさんは時々新鮮な魚を俺達に送ってくれている。
そのためこれ程度の事なら安い物だ。
なにせ拾い物で出費ゼロだからな。
そして飛び入りの参加が一名増えたが俺達は西の大陸へと向かって行った。




