172 ドワーフ王国 ⑥
部屋を移って話を始める前に俺は酒を取り出してテーブルに並べた。
それを見てここにいるドワーフ全員が酒に視線を集中させる。
彼らは見るのも初めてのはずだが、鑑定によってこれが酒であると分かったようだ。
給仕に指示を出しジョッキを持ってくるようにと指示を出していた。
どうやらグラスで飲むという考えはないらしい。
すると一歩早くクラウドはマイジョッキを取り出して机に置くと瓶のふたを開けた。
その途端に部屋には酒の匂いが充満し、あちらはゴクリと喉を鳴らしている。
そんな彼らを放置し並々と酒を注いだジョッキを手にするとニヤリと笑い飲み始めた。
しかし、その姿に誰も何も言わないのを見るとドワーフの中ではこの行動に問題はないようだ。
クラウドは一気に酒を飲み干すとその口角を吊り上げ、幸せそうな表情を浮かべた。
そして拳を天井に突きあげると心の命じるままに雄叫びを上げる。
「うーまーいーぞーーー!」
そして雄叫びを挙げ終えるとすかさず次の酒に手を伸ばした。
そのあまりの遠慮のなさに俺は呆れて言葉も出ない。
するとソルダスはその瓶を奪い取るとそれを直接飲み始めた。
「な、貴様!曲がりなりにも王座に座る者がする行動か!」
「知るかそんな事!今や好きで座って言う訳ではないわ!欲しいならくれてやるぞ!」
そして周囲の者たちもそれに倣って同じように飲み始めた。
するとなんという事か、先程まで疲労で酷い顔をしていた者達も精気に溢れ、みるみる回復していく。
(あれ?普通は体調が悪い時の飲酒って体に良くないよね。)
しかし、ドワーフたちに俺の常識は通用しない様だ。
今やクラウドが出したツマミや料理を肴に宴会の様になりつつある。
ここには話し合いの為に移動したはずなのに何でこうなっているのだろうか。
しかも先程ソルダスが何か気になる事を言っていた。
彼らが酔い潰れる事は無いと思うがなるべく意識がハッキリしている内に話を進めておこう。
「それで、飲むのは程々にして話を聞かせてくれないか。」
「・・・おう。そうだったな。」
(これは完全に酒に夢中になって忘れていたな。)
そして彼らは話し始めた。
今のドワーフ王国が何故この様な状況になっているのかを。
事の始まりはクラウドが王の任を全うし国から出たあたりまで遡る。
その頃、この国にある冒険者ギルドのグランドマスターが年齢により他の者に交代した。
そして次に就任した男が今回起きた事件の最大の原因らしい。
その男の名前をフライスと言い就任後のある日、突然ソルダスの前に現れたらしい。
そしてこの機に王の座を手に入れてみないかと言って来たそうだ。
始めは断ったが何度か話している内に何故かその気になってしまいフライスの言葉に賛同した兵士たちを連れて城を襲撃した。
城の中にも既に賛同者も多く気が付けば城を掌握し王座に座っていたという。
しかし、しばらくすると城に色々な問題が舞い込み始めた。
主に来るのは冒険者ギルドの横暴についてだ。
材料が手に入らないと言う者から金を払わずに持ち逃げされたと言う者まで上げれば枚挙に暇がなかった。
しかも、町の買取所はフライスの賛同者に固められ、情報操作によりいつの間にかその責任が全て城へと向けられている状況らしい。
俺達も最初に見た時はそう思ったので頻繁に買取所を使う者からすれば日頃の鬱憤もあってその噂を信じてしまうだろう。
そんな事が続けば城への苦情は殺到し、その処理で選定どころではない。
今では材料が一般に出回らない為、殆どの者は鍛冶すら出来なくなっていた。
しかも、選定の開始を伝えるための兵士が仕事をせず、依頼をしたくてもギルドはフライスが掌握している。
さらにこの国には巨大なダンジョンがあるために冒険者ギルドは不可欠な存在だ。
撤退をチラつかされれば言う事に従うしかない。
「先日もオーガをテイムした者が現れたので、そのオーガの装備を作れと馬鹿な事を言って来た。多くの怪我人を出しながらの作業だったがあいつは国境付近に居るはずだ。何もなければいいが。」
(それって確かクラウドが倒したオーガじゃないのか。)
そう思っているとクラウドは再びジョッキを空にして次の酒を取りながらついでの様に言い放った。
「そいつなら俺の方で始末しておいたから心配ない。ついでに兵士が100人程死んだがそっちは問題ないか?」
「ああ、そいつらはフライスの賛同者たちだから問題ない。ドワーフの誇りを捨てた屑の集まりだからな。」
確かに俺が見て来たドワーフでは奴らは明確に何かが違っていた。
目が濁っていたというか、明らかに自分たち以外を見下すような感じだ。
しかし、ドワーフの会議とはある意味凄いな。
酒の席で話をしているが残酷なまでに淡々と話をしている。
どちらかと言えば酒と肴の話の方が白熱しているようだ。
しかし、俺はここである違和感に気が付いた。
そのフライスという男はここまでの事をしておきながらどうして直接的な支配を行わないのか。
そして、この真綿で首を絞めるやり方には何となく覚えがある。
それに今回の首謀者だと思っていた二人が傀儡であったと言う事で今度はグランドマスターを調査しなければならない様だ。
既にテニスの目付きが変わっているので早くした方が良いだろう。
そして話は進み、もう一つの問題である選定をどうするかに移っていった。
ここでは話すのはどうやら宰相のグルエドの様だ。
彼は先程まで酷く疲れた顔をしていたが今ではどこから見ても厳ついオッサンだ。
隈が濃かった目元は耳まで赤くなり、口はニヒルに笑っている。
そして酒の瓶を両手に持つと、まるで水の様に口に流し込んでいた。
(いや・・・、これは何処から見ても酔っ払いのオッサンだな。)
これでまともに話せるのかと思ったが言葉だけは流暢に語り始めた。
「宰相の任に就く者には他の者には伝えられていない秘密がある。」
「どういう事だ。将軍の任に着く俺や代々の王職に就く物にも言えない事か!?」
すると突然秘密を話しだしたグルエドにソルダスは驚いた表情を向ける。
それは当然、クラウドも同じの様だ。
「この国の歴史は知っているな。昔は今みたいに選定ではなく、ちゃんとした王族が代々王位を継承していた。しかし、ある時代の王が精霊の怒りを受けてしまい彼らは城を追放された。どういった過ちを犯したかは記録にないが彼らはここから遠い山間の地に村を作りそこに移り住んでいる。」
山間の地?
クラウド達の村もそんな所にあったな。
今なら分かるがあの剣はかなり特殊な物の様な気がする。
そう言えばクラウドはどうしてその製法を知っていたんだ?
するとクラウドに今度は驚きではなく動揺が顔に浮かぶ。
視線は泳ぎ、先程から飲み続けていた酒もテーブルに置いて手が止まっていた。
「グルエド、まさかお前は・・・。」
どうやらクラウドは何かに気が付いたようだ。
眼光を光らせ鋭い視線を向けて睨みつける様に見ている。
「俺達は今の制度に否定的な一派だ。そして名前を付けるなら王侯派と言った所だ。今は王族も貴族も居ないが俺も生まれる時代が時代なら貴族だった。」
「お前は貴族に戻りたいのか?」
「話をすり替えるな!既に分かっているはずだ!お前が王族の末裔だと言う事をな!」
グルエドは怒鳴り声を上げると手に持つ酒瓶をテーブルに『ドン』と置き鋭い視線を返した。
傍から見ていると酔っ払いの喧嘩に見えるが話し合っているのは国の今後についてである。
そのため今の状況では俺の出る幕はどう見ても無さそうだ。
「それに今回の事は王の不在が原因だ。今のままだと今回の件が片付いてもいずれ同じ事が起きる。それに言っておくがこの国に必要なのは王族であって貴族ではない。お前の様に優秀な王がいれば国は導ける。」
どうやらグルエドは貴族になりたいのではなく、クラウドを王にしたい様だ。
恐らくは王族の血を引くクラウドが優秀な鍛冶師として王位に就き、その姿を傍らで見る事で決心が出来たのだろう。
確かに、クラウドには俺の様な一般人から見ても王の貫禄がある様に見えた。
ドワーフはそれだけでは納得しないだろうが彼は鍛冶の腕も優れている。
再び王族としての制度を復活させる事も可能かもしれない。
しかも今まで回った村や町では前王であるクラウドの印象は好意的だった。
奇しくも今の状況がクラウドの治世をより輝かせているくれている。
今の状況を利用すれば不可能を可能に出来るかもしれない。
「し、しかし、・・・俺は。」
クラウドは今回の事を解決して見せるとオリジンに約束している。
しかも次は無いとまで言われているので王が今の様に数年で変わる様では何時また同じことが起きるとも限らない。
今の状況は否応なしにクラウドへと決断を迫っていた。
クラウドは腕を組んで目を閉じると重苦しい沈黙が部屋を支配する。
そしてしばらくすると目を開けた彼はその沈黙を破り小さく頷いた。
「今はそれしか手が無い様だな。今後の事は後で決めるとして、今は国を安定させ正常な状態へと戻す事を優先しよう。しかし、そう上手くいくのか?」
「お前は既に王の資格を得ているじゃないか。初代国王は聖剣の作り手として人望を集め国を興した。後はお前達が国の寄生虫を倒せば良いだけだ。」
(簡単に言ってくれるが・・・ん?なんだか簡単な気がする。こちらには印籠替わりのテニスも居るので後は証拠だけだ。)
「それじゃあ、とっととグラマスを殺して終わりにしましょうか。」
どうやらテニスは証拠固めすら省略するつもりの様だ。
しかし、それだと情報の擦れ違いで冤罪という事もあり得る。
なにせ今回に関しては勘違いや情報操作に引っ掛かり話が二転三転してしまっている。
俺はその点についてテニスに問いかけた。
「そんなの骨を数本折れば白状するわよ。」
そして返されたのはそんな鬼の様な答えだった。
以前のテニスの尋問を見るに骨が折れるだけとは思えない。
それに今回の事で加担した多くのギルド職員も後に粛清されるだろう。
最低でも何かのペナルティーは科せられるはずだ。
こういう所でテニスは容赦がなさそうなので少しだけ協力を申し出る事にした。
「それなら俺も少し手伝おう。」
「それならお願いしようかな。私が質問するといつもやり過ぎちゃうのよね。」
俺は彼女がやり過ぎてる自覚のがあったのかと心の中で驚いた。
しかし、いつもと言う事はそれを直す気は無さそうだ。
さすがデストロイという二つ名は伊達では無いと言う事だろう。
それに俺も少し気になる事があるのでそのグラマスには一度会ってみたいと思っていた。
俺はギルドに向かう事を告げるとテニスと共に立ち上がった。
「俺も行こう。」
「お前はここに残れ。王とはズッシリと構えてないと周りが心配するだろ。」
「それにアナタにしか出来ない事が山積みになってるはずよ。それを片付けないと困ってる人を助けられないでしょ。」
クラウドには新たな王として今後の事を決めて貰わなければならない。
それに、王になる人物を危険な場所に連れて行く訳にはいかないのでここに置いて行く。
それに眷族であるクラウドに何かあればすぐに分かるので離れていても大丈夫だろう。
そしてその事を理解している様で素直にこの場へ残る事を受け入れてくれた。
「気を付けろよユウ。テニスも油断するなよ。」
「ああ、ちょっと言って来る。」
「お酒を残しておきなさいよ。」
そして向かおうとするとソルダスから重要な情報がもたらされた。
しかし、それはどう考えても良いニュースとは言い難いものだ。
「奴らは宝物庫から歴代の国王が作った装備を持ち出している。その中にはクラウドが王になった時に作った剣も含まれているはずだ。敵の装備を侮るなよ。」
それでもこれはかなり貴重な情報だ。
俺は武器に関して目利きが出来ないので事前に教えてもらえて助かった。
油断するつもりは無いが今の話で更に気が引き締まる思いだ。
無事に家族の待つ家に帰るためにも敵は容赦なく殺した方が良いだろう。
テニスは既にそのつもりなのか鎧を纏い、完全武装をしている。
俺も腰に二本の剣を差すと準備を整えて部屋から出て行った。
向かうはフライスが居るこの街のギルド本部。
そこで奴は完全武装した者達と共に戦いの準備をしている。
町の中をかなり目立って移動したので既に俺達の事を知られているのだろう。
兵士の中にも裏切り者が居るそうなので注意しなくてはならない。
そして俺は制圧を殲滅に切り替えると二人で肩を並べて戦場へと向かって行った。
 




