171 ドワーフ王国 ⑤
次の日、王都では凄い騒ぎに発展していた。
何者かが城に侵入し不埒を働いたと町中に知らされ、町から一切の者を出さない様に命令が出されていた。
何をしたかは知らされていないが街中では色々な憶測が飛び交っている様だ。
城内でメイドが襲われたと言う者から、宝物庫から武器が盗まれたと言う者までいる。
中には宰相や将軍の部屋に忍び込み暗殺を企てた者が居たのではと噂する者までいた。
当たらずとも遠からずと言う諺があるが昨日のクラウドの事を思い出せば似たような事なのかもしれない。
なにせ、奴隷落ちしたドワーフは見せしめに髭を剃られると言う位に酷い事だったようだ。
(そりゃ、何をされたか言えないよな。)
そして、俺達は昨日の今日で何食わぬ顔で普通に町へと入っている。
クラウドは顔が知られている可能性もあるので少し変装してもらった。
サングラスを掛け、髭を三つ編みにしただけなので俺には何処が変わったのかよく分からない。
まあ、ドワーフは目元が隠れるだけで人相が全く分からなくなるのでこれはこれでありなのだろう。
現に、門番は全くクラウドに気付く事無く俺達を通してくれた。
するとクラウドは自信満々に髭を解いて手で綺麗に整え始める。
やはり日頃やらない事をしていたので違和感があったのだろう。
「まさか、そんなサングラスだけで誤魔化せるとはな。」
「何を言ってるんだ。今回、最大のポイントはこの髭だぞ。お前は分かってないな~。」
俺は髭ソムリエではないので分かりたくないのだが、また昨日の様に話が長くなると困るので頷きを返しておく。
その後ろでテニスが再び笑っているが周りには兵士が歩き回っているので目立たない為にも放置をしておいた。
俺達は宿に入ると部屋を取ってこれからの事を話し合う事にする。
「これからどうするんだ?」
「決まってるだろ。城に押しかけて奴と話をする。お前も呼ばれてるから丁度良いだろ。」
確かにどんな感じに会ってくれるのかがとても気になる。
それはテニスも同じようで当然の様に同行を申し出て来た。
「それなら、ププ!私も、クク!一緒に行くわね。相手の事が心配だから。ププ!」
これは確実に心配ではない気がするがクラウドにそれを気にかける余裕はなさそうだ。
そして、俺達は宿を出ると王城へと向かって行った。
宿を出て歩いているとクラウドの事を知る者がちらほら居る様で辺りがざわめき始める。
このままでは大きな騒ぎになってしまうため俺はすぐさまサングラスを掛けてもらう様にお願いをする。
下手に囲まれれば身動きが取れなくなるのもあるが到着前に兵士に止められては敵わないからだ。
「すまないが目立っている様だからサングラスを掛けてくれないか?」
「ん?あまり意味はないんだがな。」
そしてクラウドがサングラスを掛けてくれるが一向に騒めきは収まらない。
人も次第に多くなっていくので本当にあまり関係ない様だ。
(どうやって髭で人を見分けてるんだ!?)
俺は大声を上げたい気持ちを押し殺してクラウドの後ろを歩いた。
どうやらドワーフの多くは髭ソムリエの様で俺には到底理解できない次元を生きているらしい。
その後、運よく兵士に呼び止められる事もなく城へと到着を果たす事が出来た。
そしてクラウドは門番の前に行くと堂々と声を掛けた。
「ソルダスは居るか!?」
「あ、あなたは前王クラウド様!す、少しお待ちください!」
そう言って兵士は詰め所に向かうとそこにある水晶へと語り掛けている。
初めて見るがあれが遠くの人間とも会話を可能にする魔道具の様だ。
兵士は詰め所の中でしばらく話すとこちらへと戻って来た。
「今は都合が悪い様でお会いになれないと。滞在先を教えていただければこちらから使いを出しますが。」
するとクラウドは俺に向かって親指を立てるともう一つの要件を話し始めた。
「なら、こいつならどうだ。こいつはお前達の言う所のこの国から精霊の加護を奪った男だ。そちらから呼んでおいて帰らせるって事は無いよな。」
そう言えば髭の事でつい忘れていたが俺も今回の事では首謀者に話があるんだった。
髭については不可抗力なのでカウントしないとして一発殴るくらいはしたい。
最低限、その顔を拝むまでは帰るつもりは無かった。(クックックッ!)
すると兵士は再び詰め所へと走り出し、中に入ると大慌てで報告を始める。
そして1分もしない内に城からは何十人もの兵士たちが現れ俺達を包囲した。
「まさか本当に来るとは思わなかったぞ。貴様を大罪人として捕縛す・・・。」
「黙れーーーーー!!」
その瞬間、クラウドの怒りの咆哮を挙げると、兵士たちを睨み体から覇気を放つ。
するとそれを見た兵士たちは一斉に動きが止まり声すら失ったように沈黙が周囲を支配した。
そんな中でクラウドは悠然と腕を組んで鋭い視線で命令を下す。
「俺達をすぐに案内しろ!」
クラウドはあえて何処に案内しろとは言わない。
しかし、その有無を言わさぬ雰囲気に兵士たちは完全に飲まれている様で足は後ろへと下がっている。
そして次第に道が出来て行くとクラウドは歩き始めた。
クラウドは兵士の中から一人を指名するとその兵士を案内にして城の中を進んで行く。
しかし今までで最も不機嫌な表情を浮かべて城の廊下を歩き、前を歩く兵士を怯えさせた。
その間に俺は周囲を観察しながら進んでいる。
昨日はそれほど注意深く見てはいなかったがドワーフの城だからかいたる所に鎧が飾られているようだ。
ただ、戦闘用と言うよりも装飾品の様で華美に飾り立てられている。
防犯の面からか武器はない様だがどれもドワーフ製ならそれなりの価値はあるだろう。
しかし、それらが通り過ぎる度にクラウドの機嫌が急降下していく。
このままでは地核をを突き抜け地球の反対まで届きそうだ。
俺はそんなクラウドが噴火する前に一旦声を掛ける事にした。
「クラウド、どうした?」
「城の中にこんなにゴミが置いてあるとな。既に王でないと言っても腹が立ってくる。ドワーフの本質は質実剛健だ。まあ、ソルダスらしい趣味だがな。」
そう言てクラウドは大きな溜息をついた。
それにより僅かに怒気が収まったので話をして少しガス抜きが出来たようだ。
先程のままだと顔を合わせた途端に斬り掛かってもおかしくない気配を放っていた。
これで何度か言葉を交わすくらいは我慢できるだろう。
こうなると俺の殴る所が残っているかの方が心配になって来る。
そして、どうやら相手は既に玉座の間で待っている様だ。
俺達は巨大な扉の前に到着すると兵士は横の者に確認を取り始めた。
「分かった。それでは開けてくれ。」
すると扉は手も触れず自動で開いていった。
どうやらこの扉も魔道具の様で兵士が持っている板の様な物に魔力を流すと開閉が可能な様だ。。
そしてその先の王座には立派な服に身を包んだ男と思われる者が待ち受けていた。
思われるというのも首から上を布で覆っており、顔が確認できないからだ。
しかし、その体つきから男であることは想像できる。
あれでドワーフの女だとすれば俺はドワーフの常識を考え直さなければならない。
そしてその左には完全武装の兵士が20人程と、右側には疲れ切った顔の何とも対照的な男達が並んでいる。
俺達が中に入ると扉は再び独りでに締まり、俺達は閉じ込められる形になってしまった。
すると玉座に座る男が布で顔を隠したまま話しかけてきた。
「久しいなクラウド。」
「お前・・・もしかしてソルダスか。」
(髭が無いと判断も出来ないのか?)
一瞬そう思ったが、顔を完全に隠しているので仕方ないだろうと考えを改める。
流石に俺も、あれではスキルを使わない限り判断は難しい。
声を聞いた事はあっても何年も前の事だろうし、顔に布を巻いているので声がくぐもって聞き取りにくい。
「その通りだ。しかし、お前がそいつを何故連れている。もしやお前も共犯ではないだろうな?」
するとクラウドは表情を引き締めると声を荒げた。
「馬鹿野郎!お前こそ何してるんだ!そこはお前の場所ではない筈だ。何故選定を行わない!」
「黙れー!貴様に何が分かると言うのだ!」
しかし、ソルダスはクラウドの言葉を聞かずに逆に激昂した。
そして兵士たちに手を翳すと彼らは武器を構え俺達を包囲するために動き始める。
それを見てクラウドは溜息を吐くと俺に視線を向けて来た。
現在、俺達3人は防具と言える物を装備していない。
相手を油断させるためでもあったが今の段階で戦えるのは俺だけだろう。
そのため俺は剣を抜くと二人の前に出て構えをとった。
「死にたい奴から掛かって来い。」
その言葉と同時にまずは5人が一斉に槍を突き出して来る。
受け止めるのも面倒なので俺はそれらの攻撃を受け流し金属の柄を切断して破壊していく。
その様子に周囲は驚愕するが俺は同時に5人を蹴り飛ばして無理やり下がらせた。
殺さなかったのは気まぐれだが、次に向かってくれば確実に殺す。
俺は殺しに来る相手に何度も手心を加えるほど優しくはない。
「言っておくが次は殺す。死にたくない奴は下がってろ。これは忠告ではなく命令だ。」
そして威圧も叩き込んで相手の戦意も挫いておく。
これで簡単には動かないだろう。
「クラウド、後は任せた。」
そして俺が下がるとクラウドは入れ変わる様に前に出た。
その時に俺は精霊の住処で共に作った剣を渡しておく。
スピカは聖剣と言っていたがきっと冗談だろう。
ただ彼女もとうとう冗談を言えるまでに成長したと思うと少し嬉しくなる。
そして剣を持ったクラウドはそれを周囲に見える様に掲げた。
「これが何だか分かるな。」
「ま!まさかその剣は!」
「そうだ。これこそあの方々に認められた者のみが持つ事を許される伝説の聖剣だ!」
するとクラウドの言葉と共に周囲からどよめきが生まれる。
横に居る疲れ切った顔の男達に至っては涙まで流している状況だ。
「な、どうしてお前がそれを手にしている!?お前が選ばれし者だというのか!」
「俺は違う。だが作ったのは俺だ。この剣を手に出来る者の例外に製作者が含まれる事も知っているだろう。真の持ち主に選ばれたのはお前たちが罪をでっち上げ、言い掛りを付けているユウだ。」
すると再びどよめきが生まれ視線が俺へと集中する。
彼らは先程手渡したのを見ているのでクラウドの言った相手が俺だとすぐに分かったようだ。
しかし、ソルダスはすぐにクラウドへと視線を戻すと玉座から立ち上がった。
そしてクラウドに歩み寄ると剣に手を伸ばし柄を握りしめる。
その様子をクラウドは何も言わずに見守り男のしたい様にさせた。
「う、嘘を付いてもすぐにバレる。どうせ、ただの偽物だろう。」
しかし、その考えは後悔と共に呆気なく裏切られることとなった。
剣はクラウドが手を離した瞬間にソルダスへと牙を剥いた。
「ぎゃーーー!」
突然、鍔となっている角が棘を生やしその手を固定すると剣から風が吹いて顔の布を飛ばし、同時に体を切り裂きその顔を露わにさせる。
更に水が顔を覆って窒息させ、足元から石が飛び出して腹を打ち、更に火がその身を焼いた。
するとそこには綺麗に髭を剃られた男が重傷で倒れているという状況が出来上がる。
それを見てクラウドは手から離れた剣を拾うと俺に再び差し出してきた。
「そんな事は初めて知ったんだが?」
俺は他人に渡さなくて良かったと思いながら剣を収納する。
もし渡していれば大変なった事になっていただろう。
するとクラウドはなんでもな様な顔を向けて来た。
「ああ、お前の家の者なら恐らく大丈夫だぞ。この剣を作った方々を考えてみろ。」
そう言われて思い出してみれば、俺の家族やよく来る連中ばかりだ。
事故が起きない様に既に手を打っていてもおかしくはない。
一応、後で確認だけはしておこう。
そして倒れているソルダスだが、このままでは話が進まないので回復を行い秘薬を口に突っ込んでおいた。
すると何故か体の回復と共に髭まで元通りに生え揃ってしまう。
どうやら何らかの器官である可能性が本当に出てきてしまった。
俺はその様子を確認し、元に戻ったところで意識を覚醒させるために肩を揺する。
「おい、起きろ。話の途中だぞ。」
「う、う~む。」
そして意識を取り戻すと急いで自らの体を確認し始めた。
元々炎への耐性が高かった様で酷い傷は最初の風で負った切り傷だけだ。
しかし、見た目は派手にやられていたのでこの反応も仕方ないと思える。
それに、これなら秘薬は必要なかったかもしれないが髭が治ったので結果オーライと言った所だろう。
そして髭が元に戻っているのに気が付くと立ち上がった途端に天に向かい片手を突き出し叫び声を上げた。
「うおーーー。何か知らんが我が永遠の友が戻って来ているぞーーー。」
そして、腕を下ろすと興奮した表情のまま今度は兵士たちへと声を掛ける。
「誰か何があったか説明しろ!俺に何が起きた!?」
そして目を覚まして事情を知った途端にソルダスの態度が急変する。
どうやら髭が元に戻ってテンションが可笑しな方向に突き抜けている様だ。
「お前の仕業かーーー!」
そう言ってソルダスは叫びながら俺の前までやって来た。
そして俺の肩と手を握るとまるで旧知の友に向ける様に素直な笑顔を浮かべる。
「感謝するぞ!昨夜に城へ侵入した何者かに大事な髭を『全て』剃られてしまってな。そのせいで情緒不安定になっていたのだ。」
「そ、そうか。それは酷い事をされたな。」
その言葉に俺は背中に汗を掻きながらぎこちなく笑顔を返すのがやっとだ。
凄い自作自演な気がするがこういうのも不可抗力と言っても良いのだろうか。
後ろでクラウドが犯人を見る様なジト目を送って来るしテニスは昨日から笑いを堪えるのに必死だ。
それにしてもドワーフの髭とはそれ程に大事な何かなのだろう。
「まあ、偶然だが良かったな。それならクラウドの話をもう少し落ち着いて聞いてやってくれ。お前達にも損はない話のはずだ。」
そしてようやくまともに話が開始された。
部屋は移され円卓の様な大きなテーブルがある部屋に案内される。
そして、この時になってようやく俺が買っておいた酒が役に立つ時がやって来たのだった。




