170 ドワーフ王国 ④
ここは東京のとある一室。
そこでアルフェはアリシアと共に椅子に座り面接をするべく相手を待っていた。
ここに送られてくる者たちはシロウが書類審査を厳しく行い後は人柄を見るだけである。
しかし、既に数人の人間が面接を終えたが全員が意識を失い病院のベットの上であった。
その理由は簡単で全員がアルフェとアリシアの見た目で侮り態度が目に見えて悪くなったからだ。
そして一時的にでも仕える事になるアルフェに対し、真面な対応が出来ない者を合格にする訳にはいかない。
あちらは日本と違い王族を侮ればその場で首を刎ねられても文句を言えない文化が根付いているのだ。
流石にいきなり殺される事は無いだろうがそれだと逆にその者たちが増長してしまう恐れもあった。
その為、今回の面接では見た目が子供のアリシアが選ばれたのである。
彼女は末の姫であまり教育は受けていないが悪意に晒されて来た経験からそういう事には敏感であった。
しかも、人の感情を読むのに長けており相手の僅かな仕草や気配からも相手の考えを看破している。
これも全て内面が読みやすいユウという人間の責任でもある。
彼女らは全員が不可抗力とはいえ読心術をスキルとして習得してしまっていた。
好きな相手の事を知りたいと思うのは人としては当然だろうがそれが寵愛によりスキル習得を助けてしまったのだ。
そしてアリシアはそんな彼らに一切の躊躇なく得意の鬼圧を叩きつけた。
その結果が今の惨状であり、二人は溜息をつきながら今までの候補者を思い浮かべていた。
「どうして頭の良い人は、人を見た目で判断するんですかね。」
「まあ、あんな人達が行っても、そう遠くない内に死んでしまうか強制送還ですよ。トラウマを持って病院で静養する方が幸せです。」
どうやらアリシアには相手にトラウマを植え付けた自覚があるようだ。
彼女もユウの家で生活するうちに逞しく成長したようである。
昔の彼女ならもう少し優しい対応をしたはずだ。
しかし、今では立派に羊の皮を被った狼に変貌してしまっている。
そしてどうやら次の候補者が到着したようだ。
「さて、今日は次が最後ですね。」
「真面な人だと良いのですけど。」
そして扉が開くとそこからは顔だけは若く見える男が蹴り入れられた。
今までは自分で扉を開けて入ってきていたが酷い扱いである。
ちなみに外で案内を担当しているのはシロウなので、もしかしたら知り合いか身内かも知れないと二人は考えた。
実際に二人の考えは正しく、入って来た男はシロウの親戚にあたる。
齢は20代中半だが今までの者たちとは大きく違う。
服は乱れ髪は伸び放題で目付きもあまり良くない。
しかもあまりやる気がないのか髭も剃らず欠伸までしている。
その姿にアルフェとアリシアも一瞬呆れるが、すぐに態度を改めて面接を始めた。
最初は他の者たちにも行った志望動機や得意な分野から聞いていくがどうも要領を得ない答えが返って来る。
この男は何をしに来たのかと聞きたくなるが二人は根気よく話を進めていく。
すると後ろの扉が急に開きシロウが部屋へと入って来た。
「お前はもう少しやる気を出せ!」
そう言って男の頭に容赦なく拳骨を落とした。
男はそんなシロウに恨めしそうな目を向けるが溜息を一つ付くとその表情が急に変化する。
髪を後ろに撫でてオールバックにして括ると、その目は先程までのやる気のないものから鋭い鷹の様なものへと変わっていた。
それを見て二人は息を飲むと男は喋り始める。
「俺が出来る事とさっき聞かれたが書類系の仕事なら俺はコイツと同等にこなす自信がある。」
二人は男の言っている事が真実かを確認するためにシロウに視線を向ける。
するとシロウはそれを肯定するように嫌そうにではあるが頷いた。
「コイツは神楽坂 空。俺と同じ仕事をさせれば確実に俺以上に仕事が出来る男だ。しかし少し変わっていてな。こうして不真面目な態度を取って相手を観察する癖がある。まあ、日本では社会不適合者として烙印を押されやすい男だ。家で何度も雇ってやると言ったんだがどうしても頷かなくてな。それで仕方なく今日の面接を受けさせた。」
するとクウはそっぽを向いて唇を尖らせ何やらブツブツと言い始めた。
どうも拗ねている様だがその目は必ずアルフェを視界の端に捕らえている。
その証拠にアリシアが不意に軽くナイフを投げると驚きながらもなんとか躱して見せた。
どうやら身体能力はそれほど高い訳ではなさそうだが普通は手元のペンを投げるべきだろう。
しかしこれで分かったが彼は完全な頭脳派で間違いなさそうだ。
「お嬢さん。急に危ないじゃないか?俺を殺す気か?」
「避けれる様に投げましたから大丈夫です。それに心臓に刺さっても生きていれば助かりますから。」
その言葉にクウはシロウに視線を向けるがとても良い笑顔を返すだけである。
それを見て額に汗を掻くが咳払いをすると椅子に座りなおした。
「それで俺の上司になるのはお前でないと嬉しいんだが・・・。」
するとアリシアはニコリと笑うとアルフェを紹介する。
クウはそれにより少しホッとしたような顔になると視線を移した。
「アンタがお姫様か。それで、俺を雇ってくれるのか?」
するとその言葉にシロウが反応し再び拳骨が落とされた。
その痛みにクウは目に涙を浮かべるが直ぐに視線を戻しアルフェの顔を窺う。
そしてそこには不安に染まる表情がありありと浮かんでいた。
それを見てクウは小さな溜息を零す。
「お前、管理職に向いてないな。しかも王を目指すなら他人に感情を読まれるような表情は慎むべきだ。」
その言葉にアルフェは拳を強く握りショックを受けるがすぐに持ち直してクウをまっすぐに見返した。
そこには幼いながらも王族としての強い決意が込められておりクウはそれを見て内心で感嘆する。
彼から見れば初めて直接見た王族である。
そして人を観察するのが趣味と言って良い彼としては面白い観察対象でもあった。
しかも、これから新たな王として国を復興させていこうと言うのだ。
クウとしては珍しく興味を惹かれるモノが多く待ち受ける職場でもあった。
二人はしばらく視線を交わすとその表情を互いに緩めて微妙な笑顔を浮かべる。
「それなら、お前が立派になるまでは俺が手伝ってやるよ。イテ!」
するとすかさず拳骨が降り注いだのでクウは姿勢を正すと真剣な顔になり言葉を言い換えた。
「なら、あなたが立派に成長するまで私があなたの負担を無くして見せましょう。どうかこの様な私でよければお傍に置いていただけませんか。」
この瞬間、アルフェはこのクウという男の採用を決意した。
そして初めての採用と言う事で書類には大きく『採用』と書かれた判子が押された。
「なら、私も早く立派になると約束しましょう。それまではよろしくお願いします。」
「あまり早く立派になるなよ。俺の楽しみが減るからな。」
そう言ってクウはニヒルな笑みをアルフェに返した。
どうやら真剣な態度は長続きしないらしい。
そして、ようやく1人目の採用者が決まったがシロウはここでアルフェの試験官としての役割を終了させた。
「あの、何故でしょうか?」
「後はこの男に任せれば良いだけです。こいつは観察眼も異常なほど鋭いので問題ありません。人員が集まるまで、あの家でのんびりと静養してください。」
するとアルフェはクウを見るが「任せろ」と返されてしまった。
どうやら彼の仕事は既に始まっている様だ。
その後、クウによって100人以上の候補者が面接されたが全員が不採用を突き付けられた。
そして、彼は自分の人脈を利用し引き抜きを開始。
半月後には能力は高いが変わり者で構成された6人のメンバーが揃う事となる。
そして、彼らが日本の地を再び踏むのはずっと先の話であった。
その間に彼らは功績を認められディスニア王国で六花の貴族と言われる新たな称号を授かる。
そしてそれぞれにその性格に沿った花言葉の花が送られた。
それ以降の新興の貴族は花を家の紋章とする者が増え、その意味に恥じぬ生き方をしていったという。
そして、話は再びユウへと移される。
俺達は以前に訪れた王都の手前まで来ていた。
ここからは遠目に町が確認できるが以前の様な煙は殆ど出ていない。
どうやら鍛冶は行われておらず、見える煙は飲食店の火が出している煙の様だ。
やはり精霊の加護が失われた影響は大きいということだろう。
俺は周囲が暗くなったので今から忍び込むために二人と別れて王都へと向かっていた。
こんな手間をかけるのも城には魔道具による防御が施されているからだ。
それによってスキルによる内部の調査が出来ない様にされている。
俺も試してみたが外周部は見えるが中に入ると霧が掛かった様に朧気にしか見えず、人がいるのは分かるが輪郭のみで表情すら見えなかった。
ちなみに、この国にはこの大陸で最も深いと言われるダンジョンがあるので、その魔道具はそこから発見されたそうだ。
その為この魔道具はこの大陸には一つしか無く、発見されたのもかなり昔らしい。
そして俺は門が見える場所まで行くと気配遮断を使い様子を確認する。
クラウドが言うには城壁の上には魔物用の結界のほかにも弱い物理結界も張られているそうだ。
その為、忍び込もうとすると結界が破れ、侵入がバレてしまうらしい。
しかも魔道具を使って空に対する自動迎撃システムもあるらしく飛んで入るのはダメだと言われた。
この町に安全に入るには門を通るしかないようなので俺は遁術で風になると隙間を縫って中へと入り込んだ。
(いつやっても自分が拡散しそうで怖いスキルだな。アティルはこんな状態で長い間自我を保っていたのか。)
俺は中に入ると裏路地に急いで向かい人の実体に戻る。
そして周囲を見回すと驚く事に歩いている人間が一人もいない。
マップで見ても既に自宅か宿へと帰っている様で窓から漏れる光がなければまるでゴーストタウンの様だ。
そのため、出歩いている者がいれば目立ってしまうため俺は気配遮断を使用してから城へと向かって行った。
そして町を走っているといたる所で兵士の姿が目に付く。
どの兵も鋭い視線を周囲へと向けており、かなり警戒しているのが分かる。
もともと、ドワーフは気性が荒く喧嘩っ早い性格の者が多いそうだ。
そんな彼らをこんなに締め付けているので暴動でも警戒しているのかもしれない。
俺は兵士たちを無視して城へと真直ぐに向かって行った。
今回の目的は誰が首謀者なのかを突き止めるための潜入になる。
そしてクラウドが言うには今回の事で可能性が高い人間は二人居るそうだ。
1人はこの国で宰相をしているグルエドという男。
コイツは今の制度に最も否定的で裏で否定派のまとめ役をしているそうだ。
クラウドが王であった時にも何度となく今の制度を廃止する様に言って来たらしい。
(でも、そうなると誰かを王族にするって事だよな。いったい誰をその地位にするつもりだったんだ?)
そしてもう一人がこの国の将軍であるソルダスという男。
コイツは王を決める鍛冶勝負に毎回挑戦し常に上位に居たそうだ。
しかし、その人間性の面から常に落選し、いまだに王の経験は一度もない。
クラウドは国の状況から恐らくこちらが本命だろうと話していた。
そして俺は城を上りクラウドから聞いていた王の寝室へと入る。
するとそこには一人の男がイビキをかいて眠っていた。
まだそれほど遅い時間でもないのに優雅なものだ。
アルフェは何日も眠れない量の仕事をこなしているというのに少しは見習ってもらいたい。
そして、アルフェは逆にコイツを見習うべきだろう。
これくらい図太い神経をしていれば少しは楽が出来る筈だ。
なので正反対のコイツを見ていると少しイラっとしてくるが俺はクラウドに持たされた似顔絵を取り出して寝ている男と見比べた。
(う~ん・・・。どちらも同じ顔に見える・・・。)
どちらも髭の豊かなオッサン顔だ。
しかも顔の半分は髭で隠れている為目元しか確認できない。
だが、兄弟でもないのにその目まで二人とも似ている為、判断に困る。
そして途方に暮れていると裏に何かが書いてあるのに気が付いた。
(ん?なになに。将軍であるソルダスには右の口元に黒子がある。)
俺は寝ている男の顔を見るが深い髭により確認できそうにない。
掻き分ければ見えるかもしれないが、コイツが将軍ならそれなりの実力を持っているはずだ。
そんな事をすれば起きる可能性も否定できない。
俺は仕方なく刀を抜くと纏う水を暖かくしてサッと髭を剃り取った。
『パサリ』
(おお、家のカミソリより良く切れるな。)
そして髭を切り取った所を確認するとそこには見事に黒子があった。
俺はそれを見てもう一度、二つの似顔絵を確認する。
すると驚きの事実に気付いてしまった。
二つの似顔絵には二人ともに同じ特徴が書かれている。
いま髭を剃ったのはこちらから見て右側だが、判断するには左の髭を剃らなければならなかったようだ。
(なら、最初からそう書いてくれよ。確かに最後まで読まなかった俺も悪いけど。)
そして俺は再び剣を構え反対の髭を剃り取った。
『パサリ』
(おお、こっちにもあるな。と言う事はこいつは将軍で間違いないな。)
(なんだか問答無用で髭を剃ってますがドワーフにとって、髭はとても大切であるという事を忘れているのでしょうか?)
(ん?何か言ったかスピカ?)
『いえ、何でもありません。』
これで顔の確認も終わり、今回の首謀者が誰なのかも判明した。
しかし、その顔を見ると髭のバランスが悪くとても不格好に見えた。
一度気になると整えたいと思うのが血液型がB型である男の性と言うものだ。
俺は100パーセントの親切心から素早く剣を振り髭を整えていく。
(こっちが少し多いか?・・・あ、剃り過ぎた。こっちを整えて・・・いやいや、こちらをもう少し短く・・・。)
その結果、ソルダスの顔から髭という存在は消え去った。
(・・・・。)
『やってしまいましたね。フフフ・・・、ククク。』
スピカは艶やかなソルダルの顎を見て楽しそうに俺の中で笑っている。
声を噛み殺しているが何かのきっかけで大爆笑に変わりそうだ。
それを見て額に汗が浮くが何も見なかった事にして部屋を出る事にした。
そして、こういう時にこそ遁術は最大の力を発揮するのだ。
俺はまさに風になると窓の隙間から外へと流れる様に逃げ出し、来た時とは別の意味で必死に外を目指した。
そして後で知ったが遁術の遁とは逃げる事を意味する漢字だった。
すなわち、こういう時にうってつけのスキルなのだ。
俺はクラウドの許へと言葉の通りに飛んで逃げると結果だけを報告した。
「首謀者は将軍だった。」
「やはりそうか。・・・それで、どうやって調べたんだ?」
「・・・。」
俺はその問いに口を閉ざし沈黙で答えを返した。
するとクラウドは俺の服についていた一本の毛を見つけ表情を青ざめさせる。
「ま、まさか・・・。お前・・・やっちまったのか!?」
「いや、確認のために仕方なかったんだ。似顔絵よりもかなり髭が増えてて。」
俺は必死に弁解するがクラウドは表情を曇らせたままだ。
ここで全ての髭を剃ったとは口が裂けても言えない。
そしてその横ではテニスは笑いをかみ殺しながら腹を抱えている。
彼女はそれに夢中で助けてはくれそうにない。
その結果、俺は1時間以上も髭とは何かを延々と聞かされる事になった。
どうやらドワーフにとって髭とはそれほど大切な器官らしい。
ここまでくれば物ではなく器官と言っても言い過ぎではないだろう。
そして、俺はドワーフの髭にはなるべく関わらない事を誓うのだった。




