168 ドワーフ王国 ②
ここはユウの家であり、現在そこにはアルフェが滞在していた。
彼女はソファーに座りながらのんびりお茶を飲んでいる。
連れて来られた当初は精神がかなり不安定で色々と騒いだが今は落ち着いている様だ。
彼女はお茶を飲みながら膝の上に乗る猫のケイトを撫でて和んでいる。
(は~、こんなにゆっくりしたのは何年ぶりでしょうか。最初は驚きましたが国に派遣してくれる人材の面接をする為なら仕方ありませんね~。)
ちなみに彼女を説得したのはゲンさんではなくシロウだったりする。
彼は事務のスペシャリストとして、この家でアルフェと話を行い彼女を見事説得して見せた。
(あの様な男性が王であるなら我が国も安泰なのですが。彼もこの国の組織のリーダーだと言いますし、それは無理そうですね。)
その間にも彼女の手はケイトを撫で続けている。
どうやら既に彼女はこの家に染まりつつある様だ。
優秀と言う事はそれだけ順応力も高いと言う事だが王族にも拘らず彼女は意外と庶民派であった。
それにお茶と出される御菓子にも彼女はご執心の様だ。
しかもその足元には子犬状態のホロが既に待ち構えて涎を垂らしている。
その可笑しな光景に彼女は笑みを深めてクスリと笑う。
まさにアニマルセラピーが見事にハマった状態と言えた。
そのまま彼女はユウの家で数日を過ごし体調を整えてから面接に挑むのだった。
そして、場所は戻りここはディスニア王国の王城である。
そこの庭では準備を終えた面々が庭に出ていた。
「クラウド、準備は良いか?」
「ああ、今回の握りは魔鉄とミスリルの合金製だ。ボードも魔法陣を破壊しない様に強化してる。」
クラウドが言う様にかなりの強化を加えられた様だ。
しかも乗り手の場所には流線形の風防まで取り付けられ、まるで戦闘機のコックピットの様になっている。
しかも今回は握りだけでなく足場まで付いてるので足の踏ん張りも利きやすい。
更に体を固定するベルトまで強化され、短時間でかなりの改造がされていた。
それを見てテニスは苦笑を浮かべるがこれが過剰でない事を彼女は後に知る事となる。
そして、二人がボードにしっかりと固定され、とうとうその時がやって来た。
「それじゃあ行くぞ。」
「あ、ああ。ゆっくりでも良いからな!いいか、ゆっくりだぞ!」
(これは再びフリだろうか?)
「クラウド焦りすぎよ。人が出せる速度なんてたかが知れてるわ。」
するとクラウドはクワッと目を開けてテニスを睨みつける。
その顔にはまさに死地に赴く男の表情が張り付いていた
「馬鹿ヤロウ!油断してると本当に落ちるぞ。コイツの事は人間と思うんじゃねえ!」
(なんだか最近、誰も俺の事を人間扱いしてくれないのはなぜだろうか?)
するとテニスは少し驚きながらもクラウドに倣いしっかりと体を固定していく。
おそらく何度となく死に逝く者の顔を見て来た彼女には何か感じるものがあったのだろう。
「わ、分かったわよ。しっかり摑まってればいいんでしょ。」
「足場もしっかり確認しておけよ。命取りになるからな。」
クラウドはそう言って必死にテニスへと忠告を行い無理矢理にでも危機意識を高めさせていく。
その甲斐あってか、テニスもクラウドが如何に本気であるかに気付きしっかりと態勢を整えた。
「それじゃ、行くからな。」
そして俺達はゆっくりと空へと向かって行った。
その様子にテニスは安心したようにホッと息を吐くがそれも束の間の事である。
高度を上げて行くにつれ次第に速度が上がり気が付けばかなりの速さで飛んでいた。
横を見ればクラウドは必死に握りを掴み足の位置を確認している。
テニスにはまだ余裕があるが未だに加速は止まっていなかった。
そしてそんな快適な空の旅もとうとう終わりを迎えてしまう。
「それじゃあ加速するからな。」
「え、今もかなり早いと思うけど。」
しかし、その声がユウへと届くことは無かった。
現在は時速300㎞/h程度だろう。
それが次第に2倍になり3倍になっていく。
そしてとうとうマッハ1の壁を突き破る頃には彼女は握りを必死で掴み下腹部に感じる尿意を抑えるために股を強く閉じていた。
しかも風に煽られている為に、かなりの揺れが襲い掛かって来る。
この時彼女の頭には走馬灯の様に先ほどのクラウドの言葉が過った。
『馬鹿ヤロウ!油断してると本当に落ちるぞ。コイツの事は人間と思うんじゃねえ!』
まさにその通りであった。
しかもまだ加速をしているのか体に掛かる負荷が止まらない。
なぜベルトまであるのかと疑問に思ったが今ではこの命綱がとても心強く思える。
こんな速度で落ちれば天歩を使えたとしても地上に落ちるまでに減速は不可能だろう。
生き残れる確率は限りなくゼロに近い。
そしてクラウドに顔を向けると彼は力強く頷きを返してくれる。
この時、彼女の中でクラウドと戦友と言えるような一体感が生まれていた。
すると今度は突然減速が始まり高度が下がり始めた。
そして、彼らは森に下りるとそこで急いで固定を外して近くの藪へと駆けこんだ。
片方から聞こえるのは何かをリバースする音で聞いていて気分の良い物ではない。
もう片方からは水が流れる様な音が聞こえて来るのでこちらは更に聞かない方が良さそうだ。
そして二人は同時に藪から飛び出して来るとユウの襟を息の合った連携で握り締めた。
「以前より速いじゃねえか!俺を殺す気か!ゆっくりって言っただろ!」
「何なのよあの速度は!こういう事は事前に言っておいてよね!あんなの天歩が使えても落ちたら一巻の終わりよ!」
その後、彼らはなかなか俺を離してくれず、そこで30分以上も愚痴を聞かされ、その後は以前の様に揃って大地に感謝を捧げ始めてしまった。
このままでは新たな悟りと宗教が生まれそうなので俺は二人を立たせると村に向かい歩き始める。
「まずはお前の村人が集まっている所に向かうぞ。」
俺の言葉にクラウドは首を捻りながらも俺の後を付いてくる。
まあ、普通はこんな事になっているとは予想できないだろう。
俺も来るまでは細かな確認はしなかったとは言え、こんな事になっているとは思わなかった。
そして俺が向かったのは村からかなり離れているが街道の傍の森である。
そこにはひっそりと多くのドワーフたちが隠れる様に生活していた。
しかし俺がそこに顔を出すと即座に武器を向けられてしまう。
だが俺の横からクラウドが顔を覗かせるとその態度は目に見えて軟化していった。
「クラウドじゃないか。帰って来てくれたのか。」
「当然だ。それで、皆は無事か!?」
クラウドは家族が心配だろうに、まずは全員の安否の確認を行っている。
すると声に気付いたのか奥からさらに数人のドワーフが姿を現した。
その中には女性のドワーフもいるがその姿は男性とは大きく異なるようだ。
簡単に言えばアリシアの様な姿と言えば良いだろうか。
それはツルペタのロリ体型に華奢な体。
髭もなく(これは当たり前か)まるで子供の様な見た目だ。
ドワーフ自体が体はがっしりしているが長身の者がいないので特にそう感じるのかもしれない。
するとその中から一組の男女がこちらへと駆け寄って来た。
「クラウド無事だったか。」
「元気にしていたの?」
「親父、お袋ーーー。」
クラウドは目に涙を浮かべると二人を抱き留め、その無事な姿に安堵の表情を浮かべる。
しかし、すぐに疑問が頭に過った様で体を離すと真剣な表情を浮かべた。
「それで、皆は何でこんな所に居るんだ?村はどうなってる?」
すると周りからは先程までの喜びは消え悲しみの表情へと変わってしまう。
恐らくは今の村の状況に関係しているのだろう。
俺は既に確認しているが村であった場所には兵士たちが砦を建設しようとしているようだ。
多くの資材が置かれ民家だった家は兵士たち我が物顔で使っている。
これは確実に追い出されたと見て良いだろう。
イヤ、結界石がない所を見ると全て奪われたと言った方が正しい。
「それが国の兵士が急に来てな。あの場所を砦にすると言って僅かな食料を残して全部奪われてしまったのだ。」
「結界石もか!?」
「そうよ。まあ、争いにはならなかったけど突然の事で私達も準備をしてなかったから。あなたの作った武器の幾つかも取られてしまったわ。」
その途端にクラウドから途轍もない怒気が噴出した。
少し前からかなり怒りが溜まっていたのだろうが今回の事で完全に堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。
彼は背中を向けると村のある方向へと歩き始めた。
「村の皆はここに居てくれ。すこし兵士たちと話をしてくる。」
しかし、どう見ても話をする様な気配では無い。
あれは完全に兵士たちを皆殺しにする男の顔である。
しかも待機組に俺とテニスが含まれていないのが良い証拠だ。
その為、俺はテニスと共にクラウドの後に続くと村へと向かって行く。
その途中にクラウドはテニスにある物を差し出した。
「今思い出したがお前はデストロイだろ。」
「そうよ。それが何か?」
するとテニスは出された足鎧とガントレットを見て目を輝かせた。
どうやら、テニスには装備を見る目があるようだ。
ギルドで受付を担当し、各地を渡り歩く元Sランクなので当然なのかもしれない。
それにどうやら、クラウドはあれからも試作を続けていたようだ。
材質は以前と同じ魔鉄とミスリルの合金で出来ている様、今ならスキルのおかげで以前より性能が高い事がわかる。
するとそれを受け取ったテニスはニヤリと笑いを深めた。
あれの性能は俺は俺にもわかるがテニスが持つととても危険に見えるのは気のせいだろうか。
そしてクラウドはそんなテニスを気にする事無く話を続けた。
「それは新たに得たスキルで作った試作第1号だ。後で使い勝手を教えてくれるならお前にくれてやる。」
「良いわよ。それでこれサイズは会うの?」
「履けばわかる。」
そう言われテニスは大きめの足鎧に足を通していく。
感じとしては幾つもの鎧のパーツが厚目のズボンに縫い付けられている感じだろうか。
しかし、履いた瞬間にそのサイズは自動で調整され、彼女の腰までを完全に覆い隠した。
「凄いわねこれ。可動部が多いから動きを全然邪魔しないわ。しかも隙間が全くない。」
そして今度はガントレットだがこちらもズボンとそれほど変わらない。
上着を着る様に袖を通すと自動で体にフィットし上半身を包み込んだ。
まるで今の姿は全身をフルプレートで包んでいるようである。
後は兜を付ければ完全に体を覆えそうだ。
「お前さんは接近戦主体だろう。それが役に立つはずだ。しかし、無理はするなよ。あくまで試作だからな。」
そうはいってもクラウドはこの国の王にまでなった鍛冶師だ。
試作と言えど手を抜く男ではないので品質に関しては問題が無いだろう。
そしてクラウドも同じ鎧を身に着けると村の前で戦斧を取り出した。
「そう言えばユウはそのままでいいの?それって私服でしょ。」
その言葉は的を射ているが俺には必要ない。
もし、俺の防御を突破する程の武器と戦士が居れば例え二人の鎧が優れていても防ぐ事は出来ないだろう。
しかし、心配はしてくれているので俺も一応装備はしておこう。
どう見ても今のままだと戦士と言うよりも町を行きかう町人Aにしか見えないからな。
しかし、それでも俺が持っているのは良くてもチタン製の胸当て程度だ。
それを身に纏うと僅かに戦士っぽい姿へと変わる。
「なんだか駆け出し冒険者みたい。凄く鎧に着られてる感があるわ。」
その一言に俺は苦笑で返しておいた。
俺も鏡を見た時は同じ印象を受けたものだ。
しかし、これだけ雑魚臭を放っていると逆に狙われて良いだろう。
そして俺達は村の前に到着するとクラウドが先頭に立ち大きな声を上げた。
「この村を不当に占領するゴミどもが。俺が貴様らに鉄槌を下してやる。」
やはり話し合いどころか最初から宣戦布告だった。
テニスも笑っているので最初から気が付いていたのだろう。
更に新装備を試したくてウズウズしていそうだ。
それにクラウドは顔をフルフェイスの兜で隠しているので正確に前王と分かる者が何人いるか。
するとクラウドの声に反応して奥からドワーフの兵隊がワラワラと集まり始め、俺達に武器を向けて来た。
以前に見たドワーフたちは全員が斧と槍が合わさったハルバードを基本装備にしていたが目の前にいる兵士たちはいろいろな武器を手にしている。
見えるだけでも剣に槍に斧に弓と一般的な物が揃っているようだ。
それに全員が鎧で身を包み、大盾を装備している者も少なくはない。
確かにあれを見れば村人たちが素直に引き下がったのは正解だろう。
そして兵士たちは集まると俺達が3人しかいない為か所々から笑い声が聞こえて来た。
確かに向こうは100人以上の兵士が揃っている。
しかもその身はドワーフ製の武器防具で完全武装している。
それに俺達3人の内、俺の見た目は駆け出し冒険者だ。
彼らの中で数にすら入っていない可能性もある。
そして俺は今回、先日クラウドに貰った水属性の付いた刀を抜いた。
すると俺の刀を見た兵士たちから警戒の声が上がる。
「気を付けろ。こいつら装備だけは一級品だ。」
どうやら目利きが出来る者が混ざっていたようだ。
しかし、人に対する目利きは節穴な様で侮りは完全には消えていない。
そしてそれを示すように数人の兵隊たちが功を求めて俺達へと向かって来た。
「その首貰ったー。」
「俺達がお前らの代わりにその装備を使ってやるよ。」
「ヒュームには勿体ねえ。」
向かって来ているドワーフたちは全員が手に剣を装備している。
しかし、それに対してクラウドは何もせず、テニスすら一歩も動かずただ立ち尽くしている。
仕方なく俺もその場で動かずにそのまま成り行きを見守った。
そして武器が振り下ろされ、その身に触れた時、相手の武器は俺達を傷つける事すら叶わなかった。
しかもクラウドとテニスに至っては相手の武器が壊れてしまっている。
その圧倒的な防御力に剣を振り下ろした兵士の方が困惑と驚きに顔を染めているようだ。
「脆いな。この程度の武器しか兵士に持たせられないとはドワーフ王国は何時からこんなにくだらない国になり下がったのか。」
そう言ってクラウドは目の前で呆けている兵士の兜に斧を振り下ろした。
するとまるで紙を切る様に呆気なく地面まで振り切られ兵士は血の中に沈んでいく。
その横ではテニスが兵士の腹に一撃を放つ瞬間である。
すると命中と共に兵士は粉々になって四散していき鎧と肉片を周囲にまき散らした。
「この鎧、魔力の通りが凄く良いんだけど。」
「ドワーフ製はそれが最低ラインだ。それ以外は全部紛い物の偽物よ。」
「そ、そうだったのね。私、今使ってる装備も結構手に入れるの大変だったんだけど。」
テニスはそう言って遠い目を空へと向けた。
恐らくはベルドも同じように苦労して手に入れたのかもしれないがあれもクラウドに言わせれば粗悪品だった。
流石、王にまでなる一流の鍛冶師は求める物のレベルが違うと言う事だろう。
そして、俺に関しては武器は砕けなかったが見た目は生身で無傷なので驚きを通り越して恐怖に顔を染めている。
そして逃げようとしたのでその首を容赦なく切り飛ばした。
すると首を失いながらも体は血を吹き出しながら走り続け仲間の兵士の前でばたりと倒れる。
するとそれを合図にしたように残りの兵士たちの殆どは俺達に向かって一斉に襲い掛かって来た。
しかし、その動きは早いとは言えず、重い鎧を着ている為か動きにもぎこちなさを感じる。
それに対してクラウドとテニスの動きには一切の淀みがない。
まるで鎧など来ていないような滑らかな動きに兵士たちはまるで対応できず、数の利すら活かせていない様だ。
そして二人の戦い方はまるで両極端のように行われている。
クラウドは一撃に全力を込めて斧を振り、一撃で数人を葬っている。
彼の攻撃は武器も防具も例外なく破壊しておりその体から出る覇気と合わさり、まるで鬼が暴れまわっている様だ。
それに対しテニスは一撃一殺を基本にし手数で数を稼いでいる。
その動きには無駄がなく、まさに蝶のように舞い、蜂の様に刺すを体現している様だ。
しかもその顔はとても楽しそうなのであの装備を気に入っているのだろう。
そして、そんな俺だが実は現在、絶賛観戦中である。
敵を全て取られてしまった為に誰もこちらに向かってこない。
なので俺は仕方なく死んだ兵士から武器防具を強奪で剥ぎ取る作業に没頭している。
稀に弓矢が飛んでくるがそれも掴んで頂いている状態だ。
日本にはいまだに原材料が不足しているので彼らの武器と鎧はリサイクルさせてもらう。
今はクラウドからいえばゴミ装備でも彼が作り直せば一級品に生まれ変わることが出来る。
(なんだか少し前からこんな事ばっかり回って来るな。)
そして、少しすると兵士たちは全員が討ち死にをしてしまい、その場に躯を晒した。
すると、今度は村の奥から大きな足音が聞こえ始める。
そちらを見ると先ほど逃げた兵士ともう一人鎧を付けていないヒュームと思われる男がやって来た。
しかし、問題なのはその二人ではなく、その後ろにいる4メートルを超す巨大な魔物の存在だ。
鑑定してみるとオーガソルジャーと出ており、ドワーフ製の剣と盾と鎧を装備している。
恐らくはテイムした魔物に装備を持たせたのだろうがあのヒュームの男は確実に馬鹿だと言うしかない。
そして、その愚かな行為の結果をもうじき見る事が出来るだろう。




