164 二人を救え
「姉さん。今まで何処にいたの?」
「姉さん?」
俺はオリジンから飛び出した衝撃的な事実に首を傾げ、スピカに問いかけた。
確かに似ているとは思っていたが姉妹だったのか?
しかし、スピカは少し困った顔になると首を横に振った。
「確かに私の半分はあなたの世界の意思にして姉であるアティルですが、もう半分はこの世界の意志であるガイアです。世界の融合と共に二つの世界の意志は一つとなり新たにスピカとなりました。」
「な!それじゃあ姉さんは消えてしまったって言うの!?」
その途端にオリジンは必死な声でスピカに縋るような目を向けた。
するとスピカの表情が変わり子供の様な感じから母性を感じる柔らかいものへと変化する。
さらに同じ声で違う口調の女性がオリジンに語り掛けた。
「オリジン、心配はいりません。私もここにいます。」
「姉さん!」
おそらくこちらがオリジンの姉であるアティルだろう。
姉がまだ無事であることを知ってオリジンに一瞬だが笑顔が戻りかける。
しかし、それは次の言葉で再び悲しみへと変わっていった。
「久しぶりね。でもそれほど時間は残されていないの。いずれは二つの人格は一つとなり新たな人格が生まれるでしょう。その者には先程のガイアと私の記憶が引き継がれます。それに彼女も私も現在は精神生命体です。二つの精神に肉体という壁がなければこうなるのも仕方のない事なのですよ。」
そう言えば俺も遁術を使った時に精神があやふやになるのを感じた。
肉体が無いとは常にあの状態を続けるに等しいのかも知れない。
それに記憶は引き継がれるがそれによって人格は再構成されると言う事は、もう別人と変わらないのではないだろうか。
するとそれを聞いてオリジンは涙を流しその場に膝を付いてしまった。
その目には頬を伝う程の大粒の涙が浮かんでいる。
「そんな・・・。もう少しで全ての準備が整うのに・・・。」
「こればかりは仕方がないのですよ。私も体を失いかなりの歳月が経ちます。既にこの身も限界だったのです。記憶だけでも引き継げるのですから幸いと言えるでしょう。」
そしてアティルはそんなオリジンの頭を抱きしめると優しい笑みを浮かべる。
しかし、オリジンが泣き止むことは無くその腕に縋りつくと何か方法は無いかと周囲を必死で見回した。
そしてその視線は俺に向けられるとそこで停止し、縋るような視線を向けて来る。
するとその口からは嗚咽交じりの、小さく喉を震わせる声が俺に発せられた。
「ユウ・・・、お姉ちゃんを・・・助けて。」
「・・・・」
「ユウーーー!」
「アティル・・・。スピカと変わってくれ。」
「分かりました。」
俺が声を掛けるとアティルの表情が子供らしさを取り戻しオリジンから離れると俺の許へと駆けて来た。
オリジンはそんなスピカに手を伸ばすが今はアティルではないと思うとその手を下げる。
「スピカ。何か方法は無いか?」
「少し待ってください。・・・あの、またユウさんの中に戻っても良いですか?」
「ああ、それは構わない。」
するとその体は朧気になり一本の剣がその場に残された。
恐らく初期の魔物と同じように何らかの力で作られた一時的な肉体なのだろう。
『お待たせしました。しばらく待っていてください。』
そう言うとスピカは俺のスキルの検索に入ったのか、声が止み沈黙が生まれる。
そして数分後、答えが出た様でスピカから結果がもたらされた。
『今の段階では不可能です。最低限もう一つそれと同質の剣が必要になります。』
「分かった。」
俺はオリジンに声を掛けると彼女はすぐに準備を始めてくれた。
「分かったわ。少し待ってて。」
そしてしばらくするとその場は整い、俺は工房に向かって行った。
「おいユウ!俺はどうすれば良い!?」
「少し急ぐから安全な所で待っていてくれ。」
「気を付けろよ!」
クラウドは俺にそれ以外の事は何も言わずに送り出してくれた。
信頼関係の表れと思いたいが俺のスキルについて何か気付いたのかもしれない。
そして中に入ると数日前と変わりない光景が広がっている。
しかし、今回は一人での作業だ。
ただ、それでも俺には模倣がある。
しかも最初から最後までクラウドを見続け、そのすべてをコピーしている。
更にスキルを重複すればかなりの時間短縮になるはずだ。
俺は既に高温になっている炉にオリハルコンを入れて準備を行う。
俺には温度は分からないがスピカはそれが分かるらしい。
彼女の指示で最適な温度で鍛冶を始めた。
『無我の境地発動』
『打撃強化発動』
俺は最初の手順をなぞり3500℃から開始した。
そして次第に温度を上げていき剣の形へと変えていく。
『鍛冶がクリエイトに進化しました。』
『クリエイトのレベルが2に上昇しました。』
『クリエイトのレベルが3に上昇しました。』
『クリエイトのレベルが4に上昇しました。』
『クリエイトのレベルが5に上昇しました。』
『クリエイトのレベルが6に上昇しました。』
『クリエイトのレベルが7に上昇しました。』
『クリエイトのレベルが8に上昇しました。』
『クリエイトのレベルが9に上昇しました。』
『クリエイトのレベルが10に上昇しました。』
そしてスキルが進化したことで更に速度が上がり俺は6時間ほどで剣を完成させた。
これだけ早く完成出来たのも試行錯誤する手間が掛からなかったのが大きい。
1本目は適性温度を探す事にかなり時間を取られたのでその分の時間が短縮できた。
そして完成した剣に再びオリジンたちが手を加え同じような剣が2本揃う。
しかし、俺はここまでしか聞いていない。
その為、次に何をするのかを聞く必要があった。
「次は何をやればいいんだ?」
『現在の私達は魂がリンクしている状態です。それをツクヨミで切り裂いてください。』
「・・・失敗すればどうなる?」
『私達が消滅します。』
サラッと言っているがスピカはいつもこんなものだ。
感情が希薄と言うか、時々悪戯をされるがいつも冷静に物事を見ている。
今は最初に比べれば少しは人の様に感情を表現し始めているが、それでも目の前のオリジンと比べれば未だに大きな隔たりがある。
もし何も言わずに失敗すればオリジンに深い悲しみを与えてしまう
これはオリジンとアティル、両方の了解があって初めて行えることだろう。
そして俺は最初にアティルへ確認を取る事にした。
まずは本人の気持ちが一番大切だろう。
(どうするアティル?)
『オリジンに・・・、妹に全て任せます。もし私に何かあれば彼女の事を任せましたよ。』
そう言ってアティルは沈黙し判断はオリジンに委ねられた。
これでオリジンが頷けば次の行動に移ることが出来る。
「オリジン、聞いてくれ。」
俺は真剣な顔をオリジンに向けると先ほどの説明とアティルの判断を彼女に伝える。
するとオリジンは僅かに表情を曇らせただけで最後にはしっかりと頷きを返してくれた。
「分かったわ。私も可能な限り手伝うから。だから一緒にお姉ちゃんを助けましょ。」
「ああ、確約は出来ないが全力でやるからな。」
「覚悟はしてる。」
どうやらオリジンは既に覚悟を決めている様だ。
今は涙を拭い泣きはらした目を開き必死に震える声を抑え込んでいる。
すると了承が取れた所で俺の手にする剣が2本とも光り、今度はそこにスピカとアティルが現れた。
「姉さん。」
オリジンはその現象に驚いているがすぐに気を持ち直して冷静に二人を観察する。
するとそこには二人を繋ぐ強固なラインが緒の様に形成されていた。
しかもそれは今も僅かずつ二人の距離を近づけている。
あの速度なら後2か月もすれば距離はゼロになり、もう1か月もすれば二人が完全に重なり合ってしまうだろう。
そしてスピカは俺に顔を向けると初めて見るハッキリとした笑顔を浮かた。
「ユウさん。聖剣の力を使って一時的に2つの意思を視覚化し、リンクラインを明確にしました。これを切ることが出来れば融合は阻止できます。しかし、世界にどんな影響があるか分かりません。それでも行いますか?」
俺はその問いかけに即座に頷きを返した。
このままだとオリジンは確実に悲しむ。
それにスピカは気にしていない様だがこいつも既に俺にとっては我が家の一員だ。
それだけで俺がこの行いをするには十分な理由になる。
世界がどうなるか分からないとしても関係ない
俺が守るべきものは俺の家族だからだ。
すると見図っていたように俺達の横に何故かゲートが開く。
そして、そこからは家にいるはずの家族の皆が続々と現れた。
「みんなどうしたんだ?」
「マリベルにお願いして連れて来てもらったの。ずっと帰って来ないし何か不安を感じたから。」
ライラの言葉に全員が心配そうな顔で頷きを返して来る。
不意に出て行って既に3日は経過しているので心配されても仕方ないだろう。
俺なら1日で我慢の限界に達しそうだ。
それにしても、ディスニア王国の時も同じような事を言っていたので、もしかすると俺と彼女たちは何かで深く繋がっているのかもしれない。
それに全員がと言うのならその可能性が一番高いだろう。
どういった繋がりかは分からないが俺は皆が来てくれて内心ではホッとしている。
何が起きるか分からないと言う事は世界融合が解除される可能性もあったからだ。
みんな一緒なら世界が再び分離してもまた一緒に居られる。
そして、心配が消えた俺はライラに借りたい物があるために声を掛けた。
「すまないが解体包丁を貸してくれないか。」
するとライラはスピカとアティルを見てすぐに包丁を取り出し俺に握らせてくれる。
そして笑顔で顔を上げると軽くウインクをした。
「壊しても良いわよ。製作者はそこにいるからね。」
どうやらライラは今からする事を理解してくれている様だ。
壊す事を恐れていては無駄な雑念が入るかもしれないとそれを先回りして消してくれる。
俺は「ありがとう」とお礼と共に頭を撫でてからスピカとアティルの前へと向かった。
そして二人の前に立つとそのラインが如何に強固なものであるかが分かる。
これは一本のクセに一筋縄ではいかなそうだ。
「メノウ。俺に力を貸してくれ。」
「主の仰せのままに。」
するとメノウは俺の背後に回ると以前アヤネにしたように俺の中へとその身を消していく。
するとホープエンジンに直接力が注入され数倍に出力が増加した。
しかし、それでもまだ足りている気がしない。
俺はオリジンたちにも視線を向けると彼女たちも分かっているのか俺の中へと消えていった。
すると今までの寵愛と言う間接的な繋がりではなく直接力が流れ込んでくる。
それを完全にオリジンが制御してくれているのでまったく不快感が無い。
まるで力の流入というよりも体の中に海があるようだ。
すると一人取り残されているナトメアは少し寂しそうな表情を浮かべている。
しかし、それも当然と言えば当然かもしれない。
この局面でただ一人蚊帳の外にいる様なものだからだ。
そんな彼女に俺は軽くチョイチョイと手招きをした。
「呼んだ。」
俺が呼ぶと彼女はとても嬉しそうに駆け寄って来る。
やはり一人だけ何もしてないのは寂しかったのだろう。
「お前は何もしないのか?」
「え・・・。だって私はメノウとは反対の性質を持ったドゥームエンジンだもの。力は貸せないわ。」
そう言ってしょんぼりしているが試してみなければ分からない。
今は僅かでも可能性が欲しいところだ。
「良いからまずは寵愛を寄こせ。」
「・・・もう、強引なんだから。どうなっても知らないわよ。」
そう言って彼女は俺の頬にキスをして寵愛を授けてくれる。
すると何故かナトメアは目を大きく開き驚きの表情を向けられてしまった。
「あら、意外に相性が良いみたいね。本当に正義の味方らしくない勇・・きゃあ」
しかし言葉の途中でナトメアは俺の中から伸びた複数の手により無理やり取り込まれてしまった。
そして、俺の中で力の循環を確認すると確かにホープエンジンは互いに相反する性質の力を取り込んで出力を下げ始める。
「スピカ、そこから俺のサポートは可能か?」
「仕方ないですね~。ユウさんには何時まで経っても私が必要のようです。」
何やら溜息をつかれてしまったがその顔には笑みが浮かんでいる。
一時的にも肉体を得て人間性が高まっているのだろうか。
「ホープエンジン出力低下。このままでは全力が出せません。対応を検討。・・・ユウさんナトメアに全力を出すように言ってください。」
「分かった。ナトメア。今は何も考えずに全力を出せ。」
『もう人使いが荒いわね。デーモンだけどー。』
「ドゥームエネルギー上昇。それに伴いドゥームエンジンを習得。」
「レベルが1から10に上昇。ドゥームエンジンがドゥームエンジン・改に進化しました。」
「ドゥームエンジン・改のレベルが1から10に上昇。」
「ホープエンジン、ドゥームエンジン。互いのベクトルが相反するために停止。」
『ほら見なさい。こうなるから何もしなかったのよ。』
『あなたは少し黙っていなさい。』
「スキル解体を使用・・失敗・・失敗・・失敗・・・解体が分解に進化しました。」
「分解のレベルを1から10に上昇させます。」
「分解を使用しホープエンジンとドゥームエンジンを解体。クリエイトを使い再構築します。」
「・・・・成功しました。ホープエンジンとドゥームエンジンの性質を備えたオール・エナジー・エンジンに変化しました。」
『何よこのスキル。聞いた事ないわよ。』
「世界の意思たる私と彼女の二人なら、新たなスキルを作る事も可能です。」
『そんな滅茶苦茶な・・・。』
そして俺の中で再び力が高まって先程のピークを易々と上回った。
『な!こんなの人間の持ってる力じゃないわよ。』
『当然です。ユウさんを人の枠に当て嵌めないでください。』
いや、俺人間だから。
だからちゃんと人の枠に当てはめて。
『『『『『『『無理』』』』』』』
そんな一斉に言わなくても・・・。
すると突然、俺の中で今まで小さかった霊力も急上昇を始めた。
どうやらリバイアサンがこちらに気付いて力を送ってくれている様だ。
しかも、ライラとヴェリルからもそれを上回る霊力が送り込まれている。
どうやら彼女たちを介して更に追加で力を送ってくれている様だ。
それ以外にもスキルを通して彼女たちからも力が俺に流れ込んでくる。
(これならいける!)
「ユウさん。私達の力も使ってください。」
そう言って俺の前にいたアティルが、まずは頬にキスをしてくれる。
それ程大きくない力が流れ込んでくるが、それだけ彼女が弱っているからだろう。
そしてそれに続いてスピカが俺にキスを迫って来る。
その軌道は頬から少し逸れて俺の顔の正中線下。
すなわち口へと行われた。
そして離れてすぐに彼女は悪戯が成功したような顔で笑い頬を染める。
「やってやりました。」
いつも悪戯が成功すると彼女はこのセリフを口にする。
そのマイペースさに俺は苦笑を浮かべた。
「次は家で飯も食わないとな。」
「はい。実はとても楽しみにしています。」
「私もよ食べ物を食べた事ないけどいつも見てて羨ましかったもの。妹と一度は卓を囲みたいわ。」
「なら成功させないとな。そうすれば何度でも一緒に飯が食えるぞ。」
「そうね。」
そして俺は剣を天に掲げる。
スピカはツクヨミを放てと言っていた。
しかし、今の俺ならその先にある新たな門が開ける気がする。
陽の気を放つアマテラス。
陰の気を放つスサノオ。
そしてその真ん中の無の気を放つツクヨミ。
それらを合わせた技、名を付けるならイザナギだろうか。
俺はすべての技を同時にイメージする。
するとその気配はオリジンがこの世から何かを消す時の気配にとても似ていた。
今なら全てを消し去れそうだが俺が消すのは目の前のライン1つだ。
俺は無我の境地で必要なもの以外のすべてを消し去りそこだけを目に映す。
そして振り下ろした剣はラインに激突すると同時に世界に激震が走った。
その瞬間、世界中が混乱に包まれ不安と恐怖に包まれた。
それと同時に絶対に助かる、助けが来るという希望も湧き上がる。
『世界が混乱に包まれてるわ。私の糧が充満してる。出力を上げりわよ。』
『それと同時に希望も生まれています。こちらも出力を上げます。』
未だに切れないラインにナトメアとメノウが更に力を高めて俺にそれを流し込んでくれる。
そして僅かな切込みが生まれ、そこから次第に剣が深く切り込んでいく。
ラインの太さはたった1センチ程度だが今は途轍もない太さの大繩に見える。
そして、そのラインを3分の1程切り裂いたところで剣が止まってしまった。
そこからいくら押しても剣は沈まず、周りからは限界を知らせる悲鳴が上がる。
「クソ、進まねえ!」
「頑張ってください。現在2つの巨大な存在が急速に接近中です。1つはリバイアサンと判明。・・・遠方より巨大な魔力波が接近。ブレスの可能性あり。」
「何でここでブレスが来るんだ。」
俺は表情を歪めて気配を探れば確かに背後から何かが迫って来ているのを感じる。
それとリバイアサンともう一つの存在から放たれたブレスと思われるものは、俺を直撃するコースで向かって来ている様だ。
そしてあと数秒でそれに巻き込まれると感じた瞬間に頭の中で声が響いた。
『我らの霊力も使いなさい。現在そちらにブレスを放ちましたが純粋な霊力の塊です。』
(感謝する。)
「スピカ。何か吸収に向いたスキルは無いか!?」
「エナジー・ドレインがあります。」
そして直撃と同時にエナジー・ドレインを取得すると更なる力が湧いてくる。
「エナジー・ドレインのレベルが10へ上昇しました。」
「スキルが進化しインフィニティ・エナジー・ドレインへと変化しました。」
「インフィニティ・エナジー・ドレインのレベルが10へ上昇しました。」
『ユウ!私も全ての精霊から一時的に力を集めたから受けとって!』
そして、世界中に散っていた精霊たちからも力を借り、更に力が膨れ上がって行く。
「後は任せろ!」
俺は高まった力を1点に集中して最後の力を振り絞り剣に体重を掛けた。
すると耐えきれなくなったリンクラインは再び切り裂かれとうとうその繋がりを断ち切られる。
そして先程まであった二人を繋ぐ緒は次第に色を失い消えていった。
「やりました!」
「これで私は・・・。」
しかしその直後、世界は先程を超える大きな振動に襲われた。




