162 命を懸けた鍛冶
俺達は炉の前に立つとその時を待っていた。
その間に部屋の気温はぐんぐん上がりクラウドの体も日焼けしたように赤くなり始めている。
しかし、その体に汗は一切見えない。
恐らくはこの暑さによって一瞬で蒸発しているのだろう。
それに対して俺は体に一切の変化はない。
オールエナジークロスで覆っているのもあるが熱に対するダメージは無効になる。
クロスを纏っているのはオリジンの注意を聞き入れて油断をしない為だ。
それに何があっても対応できるようにホープエンジンも低出力で稼働中にしてある。
そして、金属の温度が上がるまでの空いた時間にクラウドは注意点を話し始めた。
「この鍛冶には注意点は大きく分けて二つある。まず一つはやはりこの熱だ。」
「確か2500℃くらいだったか。」
するとクラウドはそこで唸り、腕を組んだ。
先程のフレアとの話でそんな事を言っていたが何を悩む必要があるのだろうか。
するとクラウドはおもむろに加熱中のオリハルコンを金床に置くと全力で金槌を振り下ろした。
するとその衝撃波は地面を揺らし、耳を裂くほどの轟音を轟かせる。
しかし、金属は変形するどころか火花すら散らさない。
その様子にクラウドは先程以上の渋面を浮かべた。
「やっぱり駄目か。」
「何が駄目なんだ?過熱が足りないだけだろ。」
「実は今の温度は2500℃だ。普通のオリハルコンならこれで凹みくらいは出来るんだがな。やはりあれほどの方々から祝福を頂いた素材だけはあるな。これは一筋縄ではいかないようだ。」
そしてクラウドはインゴットを炉に入れると再加熱を始めた。
しかし2度3度と温度を上げながらチャレンジするが未だに適性温度を見つけられない。
そしてその影響は次第にクラウドにも出始めた。
「クラウド、髭が・・・。」
「チッ、そろそろ俺の耐性も限界みたいだな。」
しかし、そう言ったクラウドは一向に鍛冶を止めようとはしない。
その顔は今も炉に向けられ、目はインゴットを睨みつけている。
彼が言うには今の炉の温度は4000℃を越えているそうだ。
そんな所で生存出来ているので俺自身も驚きを禁じ得ないがクラウドはどうするのだろうか。
「心配するな。鍛冶は続行する。この鍛冶師にとって最高の機会を逃すようじゃあドワーフじゃないからな。」
俺はクラウドの身を心配しているのだが本人は別の事と受け取ったようだ。
ここまでの鍛冶魂を見せられると感嘆するしかない。
しかし、炉の熱はとうとうクラウドの身に着けている服へも影響を与え始めた。
服から次第に煙が上がり表面が黒ずみ始める。
「流石にこの温度だと火鼠の衣もダメか。」
そう言ってクラウドは上着を破り捨てて横へと放り投げた。
すると服は限界に達したのか激しい炎に包まれれ燃え尽きてしまう。
「ズボンは大丈夫なのか?」
もしかしたら俺はこのまま裸のクラウドと鍛冶をしなければならないのではという懸念が頭を過った。
彼には悪いがその酷い絵面に内心で焦りが生まれる。
今の所は問題なさそうだが何時また先ほどの様に限界が来るとは限らないからな。
「恐らく大丈夫だろう。上着は限界温度3000℃の素材を強化と付与をしまくった品だが、こいつは火山地帯に住む火竜の革で出来てる。5000度までは耐えられるはずだ。」
しかし先ほどの事から、装備よりもクラウドの方が限界だろう。
既に耐性を熱が突破している事から身を焼かれる痛みを感じているはずだ。
しかし、そんな時。
インゴットに変化が生まれた。
尖っていた角が僅かに丸くなり、それを見たクラウドは炉から金属を取り出した。
その途端に周りは更なる熱が巻き起こりクラウドの腕にやけどの跡が生まれる。
しかし、彼はそれを気にする事無くすかさず金槌を振り下ろした。
するとここにきて初めて火花が飛び散り金属が変形する。
しかし、クラウドはその一撃だけで満身創痍なほどのダメージを受けている。
俺は即座に回復魔法で傷を治すとクラウドは休む事無く槌を振り下ろし続けた。
「ユウーぼさっとするな。お前も叩け。」
俺はクラウドに言われハッと思い出したように腕を振るった。
そして、その間に何かを言っているが轟音で全く聞き取れない。
すると、困った時にお馴染みのスピカの声が聞こえた。
『フィルターを習得しました。』
『フィルターのレベルが2に上昇しました。』
『フィルターのレベルが3に上昇しました。』
『フィルターのレベルが4に上昇しました。』
『フィルターのレベルが5に上昇しました。』
『フィルターのレベルが6に上昇しました。』
『フィルターのレベルが7に上昇しました。』
『フィルターのレベルが8に上昇しました。』
『フィルターのレベルが9に上昇しました。』
『フィルターのレベルが10に上昇しました。』
どうやら今回は自力で取れたようだ。
そしてレベルが上がるにつれ槌の音が小さくなりクラウドの声が聞こえる様になってきた。
「・・・・も・・と。もっと腰を入れろ。腕だけじゃなく体全体を使って打ち込むんだ。」
「・・・・。」
俺は声を出したがこの轟音だ。
やはり伝わらなかったようだが俺は指示にしたがい打ち方を変更する。
すると打った時の音が変化し甲高い音を奏でた。
「そうだ。呑み込みが早いじゃねえか。」
『鍛冶を習得しました。』
『鍛冶のレベルが2に上昇しました。』
『鍛冶のレベルが3に上昇しました。』
『鍛冶のレベルが4に上昇しました。』
『鍛冶のレベルが5に上昇しました。』
『鍛冶のレベルが6に上昇しました。』
『鍛冶のレベルが7に上昇しました。』
『鍛冶のレベルが8に上昇しました。』
『鍛冶のレベルが9に上昇しました。』
『鍛冶のレベルが10に上昇しました。』
スキルは俺が槌を振り下ろすたびにレベルが上がり、クラウドとの息も合わせやすくなる。
それに何処を叩けばいいかをスキルが教えてくれるので明らかに作業スピードが上がっていく。
そしてその間にも俺はクラウドを回復させるのを怠らない。
恐らく俺が回復を止めれば彼は立ちどころに死んでしまうだろう。
今では熱だけでなく飛んだ火花すらクラウドの体に抉る様な傷を産んでいる。
ハッキリ言って負傷と回復の鼬ごっこだ。
するとクラウドが手を止めたので俺も打つのをやめると彼は再加熱の為に再びオリハルコンを炉へと入れた。
それだけでクラウドはかなりの疲労を顔に張り付けている。
「大丈夫か?」
「まだまだ生きてるから大丈夫だ。」
(これは大丈夫でないと受け取った方が良さそうだな。)
俺はそう思って秘薬を取り出した。
しかし・・・。
「あ・・・。」
「ははは、お前はそう言う所が抜けれるな。この高温の中でそんなの出せるわけねえだろ。」
彼が言う通り、秘薬は一瞬で沸騰、膨張し瓶の粉砕して蒸発してしまった。
そして飛び散った瓶ですら溶けて蒸発し、その姿を消してしまう。
それを見てクラウドは笑い、俺は苦笑を浮かべた。
「そうだったな。ここは熱いんだった。」
「そんな涼しい顔で言われると困るが4000℃は超えてるからな。」
その後も何度も金属を取り出し、叩くを繰り返す。
するとその姿は次第に一本の剣へと近づいて行った。
しかし、ある所から状況は変わり何度叩いても変化が見られなくなる。
それを見てクラウドの表情が険しく歪んだ。
「温度が足りてねえ。」
その一言に彼を見れば既に限界を過ぎているのは明らかだ。
幾ら回復魔法を使おうと火傷を受け続けている状態が続けば完全に治す事は出来ない。
皮膚は引き攣り、筋肉は柔軟さを無くしていく。
秘薬を使えば一発だが炉の状態はクラウドが管理している。
もし秘薬を飲むために外に出て炉が暴走すると危険だ。
そんな状態にも関わらず彼は更に炉の温度を上げ始めた。
「クラウド!これ以上はお前が無理だ!」
しかし、心配する俺の言葉にクラウドから怒声が上がる。
「止めるなーーー!これを俺の最後の傑作にする!」
そして、その声には決意と覚悟がにじみ出ており俺は口を閉ざした。
きっとクラウドはこの状況も想定していたのだろう。
それに彼は始めから命を懸けると公言もしていた。
きっと俺とは今回の事に懸ける物が全てにおいて違うのだ。
(なら、ここで俺が彼に出来る事は何か。ただ金槌を振り回すだけか?)
『クラウドを眷族とし、加護を与えますか。Yes/No』
俺は天啓の様に聞こえたスピカの言葉に苦笑を浮かべる。
俺には人を、仲間を救うためのスキルが備わっている事を思い出した。
そしてそれを思い出させてくれたスピカに「ありがとう」と心の中で呟きを返す。
『大した事ではありません。』
(そうだな。俺が抜けてるだけだな。)
「クラウド。」
俺は炉の火力を上げようとしているクラウドに声を掛けた。
彼は俺が止めるのかと思っているのか鋭い視線を向けて来る。
「何だユウ。つまらない事ならお前でもここから叩き出すぞ。」
やはり鍛冶を止める気は一切無さそうだ。
それなら俺も最後まで付き合うために、そして彼を死なせないために一つの提案を持ちかけた。
「なら、一時でも俺の眷族にならないか?」
「眷族だと。お前本気で言ってるのか?て、言うかそのスキルを持っているのか?」
「持っているし本気の提案だ。」
その言葉にクラウドは俺の目を深く見詰めて来る。
まるで全ての嘘を暴こうとしている様だ。
(コイツの目には嘘はねえ。でもそれは俺達人間には覚えられねえ筈だ。そのスキルは人間を遥かに超えた者のみが所有を許されるまさに御業だ。ドラゴンでも一部の上位存在しか持っていない筈だが・・・。ま、まさかコイツ!)
クラウドは何かに気が付いたのか目を見張り持っている金槌を強く握る。
そして盛大に高々と声を上げて笑い始めた。
「ははははは、俺の目に狂いは無かったみたいだな。」
「何を言ってんだ?」
(ん?何も聞いてないのか。天使もオリジン様も傍にいて知らないなら何か理由があるのか・・・。)
「気にするな。それよりも眷族なら別に構わんぞ。出来るもんならやってくれ。」
そう言ってクラウドが了承したので俺はスピカに声を掛ける。
(Yesだそうだ。)
『分かりました。クラウドを眷族とし、加護を与えます。ホープエンジンよりオールエナジーをクラウドに流し込みます。』
その途端にクラウドの状態が一変した。
傷が完治しただけでなく俺と同じ様に体に光の幕が形成される。
どうやらオールエナジーを流し込んだ影響で一時的に回復力が跳ね上がり、俺と同じ防御膜につつまれた様だ。
「おおおおーーーー!この力はなんだ。今ならどんな物でも作れる気がする。もしやスキルが進化したのか!?」
そう言ってクラウドはスキルを確認する。
するとステータスを確認した直後に歓喜の声が上がった。
「うおおーーーー。鍛冶がクリエイトに進化してやがる。これならこの剣も必ず完成させられる。ユウ、これはお前の剣だからな。名前をしっかりと考えておけよ。」
そう言ってクラウドは精神を高揚させると先程までの辛そうな顔から輝くような笑顔を浮かべる。
そして炉の温度を一気に5000℃まで引き上げた。
「おらーーー!もう怖いもんはねえぜ!絶対にお前を完成させてやるからな!」
クラウドは俺の加護のおかげで先程を遥かに超える威力で金槌を打ち付ける。
すると見る見るうちに形を変えて行き再び作業が開始された
「ユウ、何やってる!こいつはお前の剣でもあるんだ。しっかり愛情を込めて俺に続いて打ち込め!」
俺はクラウドの言葉になんとドSな愛情だと内心で思いをはせる。
しかし、どこかのアニメではボールは友達と言いながら全力で蹴り飛ばしていたので一種の愛情表現の正しい形だと割り切って彼に続いた。
そして最後には限界温度の6000℃に到着して仕上げを行う事で形の完成を見る。
その後、何時間も掛けて歪みを取り除き、研ぎを行うと剣は完成した。
そして鍛冶場を出て周りを見るとそこには焼けた大地が広がっていた。
来た時はあれほど美しかった草木は一つもなく、焦げた黒い土だけになっている。
どうたら俺達の工房から出た熱で辺りを焼き尽くしてしまったようだ。
しかし、あの高温でこれだけの被害なら小さいぐらいだろう。
メルトダウンの様に地面が溶けて沈まなかっただけでもありがたい。
すると俺達の前にオリジンと精霊王たちが現れた。
彼らは周りを気にする事無くクラウドの持つ剣に視線を向ける。
「出来たみたいね。」
「はは!この通りでございます。」
そう言ってクラウドは跪いてオリジンに剣を差し出した。
ただし見た目は装飾も何もないただの黒い鉄の剣にしか見えない。
しかし、共に苦労し作り上げた俺にはそれが唯の剣でないと知っている。
オリジンも剣を手にして眺めると頷きを返した。
「良くやったわね。いい出来よ。これで第1段階終了ね。」
「ありがとうございます。」
「おい、オリジン。第一段階って事は、まだ何かしないといけないのか?」
クラウドは深々と頭を下げて返事をしているのを見るとこの事は知っていたのだろう。
俺はこれで完成と思っていたがもしかして先程よりも辛い何かが待ち構えているのだろうか。
「ええ、でもこれからは私達の仕事だからあなた達は休んでいても良いわ。」
しかし、俺の心配を他所にオリジンからは意外な言葉が返って来た。
どうやら俺の仕事はここまでの様なので安心する。
俺はのんびりと休憩するためにリクライニングチェアとテーブル。
お茶に御菓子を取り出して並べ完全なリラックスモードに突入した。
その様子を見てオリジンからは呆れ交じりの視線を向けられるが俺は気になどしない。
実際にここに来てから既に3日近くも経過している。
その間は不眠不休の飲食無しだ。
どうせ何を出しても灰になるか蒸発するだけなので結果として何も口に出来なかった。
恐らくオリジンは俺達を待つ間に絶対に何かを食べているはずだ。
(何故なら口の端に何かの食べカスが付いているからな。)
これは名探偵じゃなくても疑う余地は無いだろう。
俺は今回の事で友情という意味で仲を深めたクラウドも招いて二人でお茶会を始めた。
「は~美味い。」
「疲れた時にはやはり甘いものだな。」
そう言って食べるクラウドには回復の副産物として再び豊かな髭が生えていた。
彼がそれに気が付いた時にはまさに狂喜乱舞したものだ。
どうやらドワーフの髭は俺が思う以上に重要な物の様である。
クラウドはまるでサンタクロースの様に新たに生えた艶々の髭を扱きながら嬉しそうに茶を飲みお菓子を口にしている。
それをオリジンは羨ましそうに見ているが今は残った作業を優先したようだ。
机の上から幾つかお菓子が消え彼女の口がモグモグ動いているのは見なかった事にしよう。
そしてオリジンと精霊王による仕上げが開始された。




