159 最下層到着
俺達は朝になるとクラウドの許に向かった。
昨日の結果から彼がダニール達の武器を作ってくれたからだ。
材料はミスリルと魔鉄の合金が使用されている事に決まった。
そしてダニールとマイヤにはレイピアとナイフが数本ずつ。
アリーナには杖が渡された。
彼女は初めての専用武器なので「やった~!」とかなりはしゃいでいたが大変なのはこれからなので頑張ってもらおう。
そして俺達は早速グリフォンであるイネスを呼び出す事にした。
ただイネスは昨日から一度も顔を出していない。
気になる事を言って消えたっきりなのだがダンジョンに入るうえで呼びかけに答えてくれるかどうかは重要な事である。
もし、ピンチになって出て来ないのでは話にならないからだ。
そして、影に入っている者には声が伝わるらしいのでアリーナが影に向かって語り掛けた。
「イネス、外ですよ~。出てきなさ~い。」
微妙に犬猫を呼ぶ時に感じが似ているが彼女に他意は無いだろう。
すると声に答える様に影が広がり眠そうな顔のイネスが首から上だけをのぞかせた。
「おはようアリーナ。昨日は飛びすぎて疲れたの。もう少し休まして・・・。」
「『ガシ』ちょっと待て。」
俺は出ているイネスの頭をまさに鷲掴みにすると戻ろうとする動きを止めた。
別に俺も疲れた時は休みたい。
眠たい時は眠るのも良いだろう。
しかし、俺・・・と言うかアリーナはイネスの願いを叶えている。
ならその代償を働いて返すべきだろう。
俺はタダ飯ぐらいや穀潰しをパーティに入れるつもりは一切ない。
するとイネスは俺の握力で頭蓋で悲鳴を上げながら視線を向けてきた。
「・・・何かしらユウ。」
『ミシミシミシ』
「今何か言ったか?」
俺は握力を更に加え、その頭を持ち上げて陰からその体を引き摺り出す。
「な、何か用でしょうかユウさん。」
「ああ、何だって。疲れた?お前立場分かってんの。」
「・・・・・。」
「お前は俺と約束したよな。外に出す代わりにアリーナに力を貸すって。あれは嘘か?」
「い、いえ。真実であります!」
「そうか。なら最低限戦いのある時は働け。それ以外の時はアリーナが呼ぶまで好きにして良い。でもアリーナが呼んだらすぐに来い。返事は!」
「ハイであります!」
「それなら良い。あんまり怠けてると受肉した時に捌いて喰うからな。」
すると俺の言葉を聞いて30人の麒麟が一斉にこちらに視線を向けて来る。
その食欲に染まった目を見てイネスは震えながら手を振り払いアリーナに縋りついた。
今のところ、飴は彼女に任せれば良い。
今後、俺と離れればダニール。
いや、マイヤ辺りがしっかり脅しつけてくれるはずだ。
もし、聞かなくなったらここならマリベル便ですぐに来れるので問題ない。
そしてイネスは逃げる様に影に入って行った。
「あ、中の様子聞くの忘れた・・・。」
「まあどうせすぐに呼ぶ事になるわよ。その時に聞きましょ。」
俺はライラにフォローされ、納得してからダンジョンへと入って行った。
今日からは31階層からの攻略である。
するとこの階層からは雪がチラついて地面を覆ってた。
雪も深く、油断していると腰まで埋まりそうだ。
こうなるとまだ飛べないダニール達だが丁度イネスの出番である。
アリーナはイネスを呼び出すと家族でその背に乗って移動を開始した。
俺達の中で飛べないのはツボミだけなので彼女はクオーツに乗せてもらって移動になる。
そして雪から少し浮いて移動していると早速魔物が押し寄せて来た。
相手はアイスマンという全てが氷で出来た魔物でゴーレムに近い。
手には氷の剣と盾を持ち鎧も着ている様だ。
見るからに炎が弱点属性に見えるのでみんなの魔法で攻撃するとあっさりと溶けてしまった。
普通は足場が悪いので苦戦するのだろうが俺達には良いカモかもしれない。
丁度ダニール達の魔法の練習に良いので彼らにある程度任せて後は俺達で始末していった。
アイスマンも俺達同様に膝までは雪に埋まるようで素早い行動が出来ないようだ。
もしかすると俺達ととても相性の良いダンジョンかもしれない。
それを示すように下に降りて行くたびに雪は深くなっていく。
その為フロストオーガ等の5メートルクラスの大型が出るころには雪も深まり移動力を削がれていく。
「どうやら、ここは天歩が攻略のカギみたいだな。」
「そうね。4人にも天歩を覚えてもらいましょう。」
その結果、全員が雪を気にせず移動できるようになった事で移動と殲滅速度が速まった。
そして余裕が出来て来たのでイネスに影の中の様子を聞く事にする。
「影の中ですか。それはもう凄いです。まるで一つの世界がある様に幾つもの島と青空が広がっています。食べ物はありませんが私の求めたままの世界です。」
原理は良く分からないが聞くだけで凄い所の様だ。
まさかそんなふうになっているとは思わなかった。
考えてみればアイテムボックスですら底が無くなるのでそんな事があってもおかしくないのかもしれない。
ただ、イネスが思った通りの光景であるのが引っ掛かる。
あるとすれば本当にそういう世界が作り出されている可能性が一つ。
その場合はファミリアになった者のイメージの世界をスキルが作り出しているのだろう。
もう一つは影の中ではイリスは意識だけの存在で夢の様な仮想世界が存在している可能性もある。
どちらにしてもイリスがもっと色々な経験をすれば世界そのものが住みやすく変わる可能性がある。
そうなればファミリアに入った者たちはその世界を守るために奮闘するだろう。
なんとも優しいような厳しいような、まるで相手をおびき寄せて捕まえる捕食者の様なスキルだ。
俺達はその後も順調に進みとうとう45階層までやって来た。
周りの気温は既にマイナス13℃くらいまで下がっているので気温の低下も予想の範囲内だ。
これなら外とそれほど変わりない気温なのでここにいるメンバーで耐えられない者は居ない。
そしてどうやらここが最下層の様で部屋の一番奥にはダンジョンを維持しているコアが赤く輝いていた。
そして、その中央には20メートルはある巨大なマンモスの様な魔物が立ち尽くしており侵入者を待ち構えていた。
どうやら部屋に入った者には問答無用で襲い掛かるようだ。
俺達の存在に気付いた様で赤く光った目をこちらに向け前足で地面を掻いている。
するとアスカが顔を出すとその姿を確認して魔物について教えてくれる。
「あれはベヒモスですね。イネスは階層守護者でしたがあれは最終守護者です。ベヒモスは戦った事が無いですがレベルとしては70階層クラスと言われています。毛皮が魔法に高い耐性があり、防御力もかなり高いです。」
「俺達で倒せない相手か?」
「そんな事はありません。このメンバーなら100階層でもいけそうです。」
その言葉に全員が頷くと部屋に向けて突撃して行った。
まずはライラたちが魔法で牽制を入れてその間に俺達が奴に接近する。
近くに寄ると分かるが魔法の炎は体毛に弾かれて表面を焦がしているに止まっていた。
牽制なので手加減はしているが確かに魔法に対する防御は高そうだ
俺は剣を両手に構えるとその体に全力で切りつけた。
「ブモーーー!」
「攻撃は通るな。」
しかし、血はすぐに止まり肉が盛り上がる。
かなり高レベルの再生を持っている様だ。
するとアキトも銃剣を手にして接近戦を行っている。
魔法防御力が高いと言う事で、魔弾ではなく直接攻撃に切り替えたのだろう。
それを見てアリシアも弓矢を取り出すと魔力で強化して打ち出している様だ。
魔法担当は足りているので物理ダメージ班に来たのだろう。
するとその攻撃がベヒモスの目に深く突き刺さり視界を半分潰した。
「グオオーーー!」
ベヒモスはそれに怒りの咆哮を上げるとアリシアを睨みつけた。
そして睨み合う二人の間で激しい火花を散らすとベヒモスは顔を逸らした。
「お前が逸らすのかよ。」
「やりましたユウさん。今ので鬼圧のレベルが最大に上がりました。」
「しかも何てことしてくれたんだ。」
アリシアは威圧が進化した鬼圧を持っている。
これが俺とトゥルニクスがあの時感じた恐怖の正体だ。
すなわち、今のアリシアの鬼圧は怒りに燃える70階層の魔物以上と言う事だ。
もし彼女が街中であれを解放するだけで何人の死者が出るか分からない。
そうしていると横に回り込んでいたシラヒメ、ヴェリル、クオーツが同時に拳を構えて突きを放った。
するとそこからは魔力ではなく4属性の精霊力が放たれ螺旋を描きながらベヒモスへと突き刺さる。
しかも精霊力はオリジンの加護のおかげで完全に制御され肉を突き破り内臓まで届いたようだ。
そしてその痕を見れば1メートル以上の穴が開いておりそこから大量の血と煙が上がっている。
それを見てライラは即座にマリベルへと声を掛けた。
「マリベル、あの血を回収しておいてとても良い薬になるの!」
「分かりました。」
するとマリベルはライラに従い頑張って血を回収し始めた。
こうやって見るとライラはいつも通りブレない女である。
しかし、あれも俺達の事を思っての事だ。
薬と言っている時点で確実に誰かの役に立つだろう
しかし傷はすぐに塞がるのでマリベルはすぐに戦闘に復帰した。
そして、どんなに防御力が高くてもマリベルの攻撃は防げない。
彼女が剣を振れば深い傷が刻まれ体毛が切り取られていく。
「皆、あそこの体毛が無い所に水刃を放って!」
その声と共に水刃の集中攻撃がベヒモスを襲う。
「ゴアアアーーー!」
すると直撃と同時にその部分の肉が切られ大量の血が流れだした。
それをマリベルは律義に回収し、無駄をなくしていく。
(頑張っている彼女には後でご褒美を上げよう。)
それはさて置きどうやら魔法防御が高いのはあの体毛の様だ。
肉体に関しては先程の攻撃から見るにあまり防御力が無いのだろう。
俺はそう判断し、ベヒモスの首元に行くとその特に深い毛を刈り取り始めた。
これなら最後に首への攻撃が通りやすくなるはずだ。
先程シラヒメたちが与えた傷も既に完治しつつある。
それに最初にアリシアが放った弓で潰れた目も矢が抜けて綺麗に治っている様だ。
するとここでアスカから新たな情報がもたらされることになる。
「言い忘れていました。ベヒモスのお肉は陸上の魔物では最上級です。」
それを聞き、色めき立つメンバーが大量に表れた。
もはや彼らにはベヒモスの体は最上級A5の肉すら上回るステーキに見えているだろう。
するとそこで咆哮を上げた二人が変身を始めた。
「アスカ、そう言う士気を上げる事は最初に言うもんじゃ!」
「あなたは後でお仕置が必要ね!」
「え~~~!」
若返った事で色々な物を気にせず食べれる様になった二人も最近は食欲の権化に変わりつつある。
それは大蛇の時から見られていた事だが最近は特にその傾向が強い。
(アスカもえらいとばっちりだろうな・・・かわいそうに。)
そしてそんな情報を聞けばもう一人の食いしん坊にも当然火が付くのは明らかだ。
ホロは剣を頭上に掲げると上に向けて声を上げた。
「オリジン。美味しいお肉の為に私に力を。」
するとホロの剣に光が灯りまるで聖剣の様な輝きを放つ。
その姿は食欲を抜きにすれば確実に勇者に見えるほどだ。
「そうか。勇者とはホロの事なのか・・・。じゃあないオリジンはこんな事で力を貸すのか?」
(当然でしょ。美味しいご飯こそ今の私には正義。今夜は楽しみにしてるわよ。)
すると俺の頭の中に地上に居るはずのオリジンからの声が届く。
しかしその直後に変身を終えた二人の龍が、聖魔融合で高められた力を手刀に込めた。
そして俺が毛を刈り取った首元へと振り下ろし首を切り落しに掛かる。
するとその手は深々と首を切り裂き大量の血をまき散らした。
「おのれ浅かったか!」
「ユウ君、カットが甘いわよ!」
「俺の責任ですか!?」
「なら最後は任せて。」
そう言って最後にホロが飛び上り一気に剣を振り下ろした。
すると剣の長さは光により延長され、首を抵抗なく完全に切り落として見せる。
その瞬間にベヒモスは力なく倒れると目から光が消え完全に絶命する。
俺はいつもの様に死体をアイテムボックスに仕舞うと周囲を見回した。
するとそこには大量の毛と血がまき散らされている。
そして流石に上級バンパイアになっても今の状況には抗いがたいものがあるのだろう。
フラフラとマイヤとアリーナは血溜まりへと歩み寄って行く。
しかし、それを見たヘザーがかなり強めに拳骨を落とした。
「は、すみません。」
「ご、ごめんなさい。」
どうやらダニールは精神をスキルで守られているので問題なかった様だ。
これなら余程の事が無い限りは今後は彼が止めるだろう。
しかし、そんな二人にヘザーは拳骨の次に言葉の雷を落とした。
「あなた達。飲むのは良いけど衝動に駆られて飲むのはダメよ。それにこんなに強力な魔力を帯びた血を飲むとまた暴走するわ。もう少し自制しなさい。」
二人は反省すると刈り取った毛についている血を僅かに舐めるに止めた。
しかし、それだけでも彼女たちから感じられる魔力が格段に上がったのが感じられる。
二人は恍惚とした表情を浮かべるが理性を失わないためにこれ以上は飲まないようだ
そして最後にダニールも飲んでいたがこちらも同じように力が上昇している。
しかし、こちらは平常心を失っていないのでやはりスキルの効果が大きそうだ。
「それじゃあ上がるか。上でみんな、と言うかオリジンが待ってるからな。」
そして俺達は麒麟たちにも声を掛けると地上へと上がっていった。
(そう言えば今回は最後まで見せ場が無かったな。最後も結局は毛を刈っただけだし・・・。)




