155 宗谷岬ダンジョン ②
俺は一気に5階層ほど駆け下りた。
ここまでは先程下りて来たので魔物は殆どいない。
先程全滅させたのに既に次の魔物が現れているのはそれだけ魔素が濃いからだろう。
それでも1時間で数匹程度なら明日からイワトさん達が来ても丁度いい感じに増えていそうだ。
俺は更に下への階段を見つけてその先へと向かって行く。
温度計を確認するとここは一階層よりも少し寒くなり7℃まで下がっている。
この調子で平均的に下がっていくなら10階層で5℃ほど下がりそうだ。
もしここが高ランクダンジョンだとすれば50階層でマイナス15℃。
更に下があればさらに下がっていくだろう。
スキルなどで対策できない者にはアイテムなどで対策をする必要のある気温だ。
もしかするとライラに別口の依頼が来るかもしれない。
(暇な時にライラのロゴマークをみんなで考えてみるか。ブランド商品としてとして売り出せるかもしれない。)
ただ、ライラ自身があまり目立つのは好きではないので計画倒れになる可能性も高そうだ。
そして階段を下り切るとそこには焼け野原が広がっていた。
「これはどうなってるんだ?」
周囲を見回しても人だけでなく魔物も存在していない。
あるのは焼けた大地と燃え残った木々だけでそれらが寂しく立ち並んでいる。
念のために息が苦しくないかを確認してみるが酸素は問題なさそうだ。
体も正常に動き眩暈や耳鳴りもない。
一酸化炭素中毒の症状は無さそうなのでホッとする
しかし、スキルのおかげかダンジョンの不思議パワーなのかが分かるまでは慎重に進んだ方が良いだろう。
そしてこれを行った犯人は既に分かっていて当然やらかしたのは家のメンバーではない。
何故分かるかと言うと5階層ほど下りた所でその犯人が総出で森を焼き払っている姿を俺の千里眼が捉えているからだ。
その犯人とは言うまでもなく今回の参加者である麒麟たちで隊列を組んで空を飛び、無慈悲な雷撃で眼下を焼き払っている。
さすが亜竜に匹敵するというだけあってこんな低階層では敵になる魔物もおらず、まるで絨毯爆撃の様だ。
しかしダンジョン内を破壊しても少しすると修復されるそうなので問題はない。
それどころか、修復には魔素が消費されるので効率としては最適と言える方法だろう。
採取はしばらくできなくなるが今回の最優先目的はスタンピードの阻止なので大目に見るべきだろう。
俺は体調に気を付けながら急いで移動を開始した。
そして彼女らがいる11階層に到着すると、そこも既に焼け野原になっており麒麟たちはコップ片手に休憩を行っていた。
その顔はまさに清々しい運動を行った後の様でとても爽やかな笑みを浮かべている。
周囲が焼け野原ではなく草原なら凄くマッチしていただろう。
しかし、残念な事にこの階層に無事な場所と言えば壁と天井くらいのものだ。
俺はやり切った顔の麒麟たちに歩み寄ると軽い感じに話しかけた。
「お疲れ~。」
「あ、お疲れさま。そっちは終わったの?」
「ああ、今から下に行って皆と合流するところだ。」
今潜っているのはライラやヘザーと言った戦闘が出来るメンバー数人とゲートを開けるマリベルだけだ。
一応、安全のためにアスカが同行しているので大丈夫だろう
メノウやクリスは上で食事の準備などをしているし、アリシアはジェネミーと地上で整地作業をしている。
近くにペンションやホテルはあるが、スタンピードの兆候があるダンジョンから離れるわけにはいかないので寝泊まりはここの近くで行う事にしている。
俺達も常に警戒しながら対処を進めていく予定である。
幸い兆候が出てまだそれほど時間が経っていないのか、入口の拡大はそれほど大きくない。
このまま順調にいけば数日中には終わらせられるだろう。
今回は一部のメンバーのレベル上げも兼ねているので今日はそれほど深くは潜らない筈だ。
「それで、この焼け野原は誰かの指示なのか?」
「そうよ。ライラとアスカが今はダンジョンに魔素を消費させることを最優先した方が良いって言うから。上の層は他の人が使うかもしれないから残してあるけどここから下はある程度焼き払いながら進む予定よ。」
ある程度と言っているが地面は真っ黒で草木一本残っていない。
もしかして天井と壁は無傷なのである程度と言っているのだろうか。
しかし、あの二人の指示なら問題ないだろう。
放って置けばすぐに戻る所にこだわる必要はない。
それに上層で採取できる物はたかが知れているので採取などはもっと下で行えば十分だ。
「それなら今日はボチボチにして適当に上がってくれ。」
「分かったわ。流石にこれだけやると疲れてお腹がすくわね。『ゴクリ』」
どうやら今夜のジンギスカンを思い意識が食欲に向いたようだ。
麒麟たちは揃って見た目はキャリアウーマンの様な顔立ちなのにここだけ見るととても残念な感じに見える。
そして俺は適当に言葉を交わして更に下に進んで行った。
ライラたちは現在14階層を移動中だ。
マップでは寄って来る魔物を尽く倒しつくしながら進んでいる。
速度も速いので急がないとまた距離が開きそうだ。
俺は合流するために移動の速度を速め次の階層へと進んで行った。
そして、15階層でライラたちを視界に捉えるとその傍へと向かう。
「お待たせ。」
「あら、もう来たのね。そっちは上手くいった?」
俺が声を掛けると後衛として魔法を放ていたライラが気付き顔を向けて来た。
しかし、魔法は止まる事なく放たれ、今も敵を倒して続けている。
こうして見ると出会った頃よりもその実力が大きく向上している様だ。
「アキトに見せ場を全部持ってかれたよ。俺は魔石を拾うくらいしかする事が無かった。」
すると周りからは笑い声が上がり、暖かい視線が向けられてしまった。
今も周囲から魔物が押し寄せているがこの様子ならまだ大丈夫だろう。
そしてかなり派手に魔物を倒しているので魔石はどうしているのかと思えばマリベルが能力を使って回収している様だ。
見ているとマリベルが手を翳すと落ちている魔石がフッと消えていく。
俺は何をしているのか気になりマリベルに声を掛けた。
「どうやって魔石を回収しているんだ。」
「あ、はい。中位精霊になったおかげで触れなくてもアイテムボックスに物を入れられる様になりました。私は周囲の探索も得意なので今は魔石を回収する係をしています。」
そう言って彼女はある程度魔石がたまるとそれを回収している。
どうやらエリアと対象を指定して収納が出来るようだ。
流石、空間精霊と言うだけあって、その能力は俺達を大きく上回っている。
俺は頑張っているマリベルの頭を撫でてあげて周囲を確認した。
もうかなり魔物の数も減っているようで現れる魔物も疎らになってきている。
それに麒麟たちも帰り始めた様なので俺達もそろそろ地上に上がる事にする。
今日はあくまで下見の様なものなので根を詰める必要もない。
「きりが良いからそろそろ地上に上がらないか?」
「そうね。それじゃあここを片づけたら上がりましょうか。」
地上へはゲートを使えばすぐなので最後は俺も手伝い結界石を設置して地上へと帰還して行った。
そして外に出るとゲンさんが真剣な顔で刀を振っている。
しかし、今振っているのは今までのと違いどうやら魔鉄とミスリルの合金の様だ。
するとゲンさんは俺達に気付いた様で息を大きく吐き出すと剣を仕舞いこちらに向かって来た。
「試作じゃがやっとまともな武器が手に入ったわい。明日からは儂も参加するからな。」
そう言って満面の笑みを浮かべて腰の刀をトントンと叩く。
まるで子供の様に無邪気な笑顔をしているが腰に差しているのは玩具ではなく鉄をも切り裂く危険物だ。
まさに鬼に金棒とはこのような事を言うのではないだろうか。
すると少し離れた鍛冶場からクラウドが姿を見せてこちらへと手を振って来た。
「おーい。間に合わせだがお前らの武器も作ったから取りに来ーい。」
どうやらクラウドは既に全員分の武器を作り上げたようだ。
ただ、間に合わせと言う事は皆が使っている武器の水準を一定以上に引き上げるのを優先させたのだろう。
それと一度試作品を作りそれで細かな調整をすれば本番で殆ど手を加える必要が無くなる。
こちら側では素材の入手が困難なので少しも無駄には出来ないからな。
富士のダンジョンでは鉱石採取が行われ始めたそうだがいまだに魔鉄とミスリルしか発見されていない。
きっと更に深い階層に行かなければならないのだろう。
そして、俺達はクラウドの待つ鍛冶場の前にやって来た。
「待たせちまってすまなかったな。」
「謝らなくても良いぞ。昨日から始めて今なんだからむしろ早いくらいだ。」
クラウドは昨日からずっと休まず槌を振り続けてくれた。
それはキテツさんも同じで二人の顔にはかなりの疲労の色が見える。
「そう言ってくれると助かるが数年サボってたからな。調整は言ってくれればその都度行うからな。気軽に言ってくれ。」
そう言ってクラウドは皆に出来たての装備を渡していく。
ライラとカーミラは魔法が主体なので杖が渡されている。
金属の杖なのでかなり重いが二人の今のレベルなら問題なさそうだ。
石突も鋭くしてあるのでいざとなれば棍や槍としても使えるだろう。
「どうだ。それなりに重量はあるが使えそうか?」
「私は余裕ね。それと注文通りサイズ調整も付けてくれてるのね。」
そう言ってライラは杖の長さを調整して確認を行っている。
どうやら小さくすると30センチほどになり大きくすると2メートルほどになるようだ。
あれなら狭い場所でも気兼ねなく使えるだろう。
「私は少し重いですが今回のレベル上げで使いこなせるようになって見せます。」
「そのいきだ嬢ちゃん。武器は使いこなしてなんぼだからな。」
「頑張ります。」
次に出て来たのはホロの武器だがこちらは剣を2本渡している。
少し前までククリを使っていたが今回から変更するようだ。
魔刃を使うにもこちらの方が都合がいいからだろう。
「お前さんは武器の変更があったからスタンダードな形にしておいた。もし長さに注文があったら言ってくれ。すぐに対応する。」
「分かった。」
そして次に出て来たのはアリシアの弓だ。
金属の割合を調整して強い靭性と可逆性を持たせていて威力も高い。
それに彼女は最近、スキルが魔弾に進化したらしく、弾切れの心配がなくなった。
しかも一度に大量の弓を放つことが出来るらしく俺達の中ではアキトに次ぐ殲滅速度を有している。
「どうだアリシア嬢。弓は引けそうか?」
例えどんなに良い弓でも引けなければ意味がない。
アリシアは俺の先日作ったミトン?を手に付けて楽々と弓を引いた。
(あれ?俺のあげたのってあんな形だったかな?)
『私が形状変化の付与をしておきました。』
(それなら納得だ。それにしても毛糸だから強度が心配だな。・・・まあ、壊れたら作り直せばいいか。)
『・・・・』
「大丈夫そうです。後で試射をしておきます。」
「そうしてくれ。弓は滅多に作らないからな。俺も手探りな所が多い。何か不満があったらすぐに言って来てくれ。」
「分かりました。」
そして次に出て来たのはレイピアで、これはヘザーの武器になる。
彼女は影移動を使い影の中からの攻撃を得意としている。
その為、突きに特化した武器を選択したようだ。
「お前さんはこれだな。これだけは細いと強度が心配だったからアダマンタイトで作っておいた。軽く、硬く、魔力の通りも良いはずだ。」
するとヘザーは剣を受け取ると鞘から抜いて何度か素振りを行った。
それだけで剣は音を立てて空を切り裂いて見せる。
そして剣を鞘に納めると納得したのか笑顔で頷いた。
「これなら大丈夫そうね。ただ少し軽すぎるかしら。」
「なら、後で重量増加を付与しておく。そうすれば状況に応じて重さを変えられるからな。」
「お願いするわね。」
そして次に出て来たのはアヤネとツボミの使う青龍刀のようだ。
二人はそれを受け取ると互いに軽く打ち合って調子を確認する。
「問題なさそうだな。」
「はい。でも少し大きい気がしますね。」
「私もだな。」
「ああ、言い忘れてたがそいつの柄にもサイズ調整が付与してある。自分に適した長さに調整してくれ。」
そう言われて二人は長さを調整し、自分の納得する長さを探っていく。
どうやら、こちらも杖と同じ位まで調整が出来るようで、今まで状況によって持ち替えていたがその必要も無くなった様だ。
二人はその後も打ち合いながら調整を行っている。
そして次に出て来たのは厳ついガントレットと足鎧だ。
実はヴェリルとクオーツは武器の才能がなくスキルすら持っていなかった。
しかし、格闘には秀でた才能があるらしく、それについてはシラヒメのお墨付きだ。
その為クラウドが一番苦労したのはこの二人の装備だろう。
「お前らの装備は可動部が多いから苦労したぞ。まあ、それは良いか。これには形状変化を付与してある。クオーツは麒麟の姿になれば足を覆う様に変化するようにしてある。ヴェリルはマーメイドになれば下半身を覆ってくれる。」
すると二人は嬉しそうに装備を身に付け始めた。
かなり細々としているので大変かなと思ったら装備する時は大きめになり定位置に来るとピッタリと自動調整されていた。
これなら靴下を履くように簡単に装着できる。
慣れれな数秒と掛からないだろう。
そして二人も軽い手合わせをするとヴェリルは海へと向かって行った。
どうやらマーメイドの姿も試してみるようだ。
彼女が海に飛び込み姿を変えると同時に鎧も姿を変え、鱗の部分を覆う様に変化した。
そして鰭を動かし泳ぎ始めると海面は爆発したように弾け、ヴェリルは弾丸の様な速度で泳ぎ始めた。
いや、これは飛んで行ったと言うべきか。
これだともしリバイアサンの眷族になっておらず、体が強化されていなければ水圧で潰れていたかもしれない。
それでなくても流氷も漂っているので死ななくても大怪我をしていたのは確実だ。
恐らくだが足鎧の攻撃力がそのまま推進量に加算されたのだろう。
クラウドも予想外の事なのか少し焦りの色を見せている。
そしてヴェリル本人も驚いている様でちょっと泳ぐだけでこちらに戻ってきた。
「死ぬかと思った~。」
「見ててこっちも心配だった。慣れるまでは気を付けてな。」
「うん。泳ぐ練習をするなんて生まれて初めてだよ。」
そう言って彼女は魔法で体を綺麗にして乾かしている。
海水は乾くとベタつくからな。
そしてクオーツも試しにと麒麟の姿へと変わった。
すると前後の足が鎧に覆われその重厚感と相まってとても格好良い。
その瞬間離れた所で見ていた麒麟たちが羨ましそうに見ているので手が空いたら今度は彼女たちの装備作りに苦労しそうだ。
そしてクオーツは空に向けて走り出すとロケットの様な勢いで進んで行った。
麒麟は飛ぶときに足を動かし、足に風を纏う事で飛翔を上回る速度を出している。
その為、足鎧によりその力が強化されてこのような事が起きたのだろう。
クオーツはまさに星になる勢いで飛び上がりアッと言う間に見えなくなってしまった。
「ちゃんと戻って来れると思うか?」
「大丈夫でしょ。ほら戻って来たわよ。」
見えなくなるのも一瞬だったが見える様になるのも一瞬だった。
そして最後の方では足を動かさずに飛翔だけを使い地上へと下りて来る。
確かにあの速度で下りて来られると地面にクレーターが出来そうだ。
そうなれば周囲が破壊されて夕飯どころではなくなるだろう。
そして人の姿に戻ったクオーツは少し涙目になってこちらに駆け寄って来た。
「か、帰って来れないかと思った~。」
「その場合は俺が迎えに行ってやるから安心しろ。お前もしっかり練習しないとな。」
「うん。もし帰れなくなったら絶対迎えに来てね。」
「ああ、約束だ。」
俺はそう言ってクオーツの頭を撫でて慰めてやる。
ただ彼女の場合は足を動かさなければ普通の飛翔と変わらないのでそれほど心配はいらないだろう。
そして、和んでいるのも束の間だった。
突然俺の中で警報が鳴り響き助けを求める意思が伝わって来る。
『ユウさん。眷族のマイヤより救援要請。東の方角に反応あり。』
(分かった。状況から考えて恐らくはゲンさんの許可が要りそうだ。話をしてから向かう。)
俺は千里眼で反応を追って行くと彼らの乗る船が追われているのを発見した。
どうやら日本近海までは逃げてきている様だがこのままでは確実に追いつかれるだろう。
俺は急いでゲンさんにその事を相談しに向かった。
「ゲンさん少しいいですか?」
「ん?急ぎの様だな。」
「はい。実はですね。ロシアで知り合った家族が3人程こちらに向かっています。ただ彼らは恐らくロシア軍から追われる身でしょう。日本で受け入れてもらえそうですか?」
ゲンさんはいつもに増して厳しい表情を浮かべて考え込んだ。
そしてしばらく沈黙を続けダメだろうと思った時に横からサツキさんが声を掛けた。
「その人たちはどんな人物なの?」
「まあ、実は人ではなくバンパイアですね。寒さに高い耐性がありロシア国内でも部屋着程度で活動できます。吸血衝動の問題も既に解決済みです。」
「そう。なら使えそうね。ゲン、幾つか条件を付けて受け入れたらどう。この地には打って付けの人材の様だし。」
「・・・そうだな。背に腹は代えられんか。」
ゲンさんはそう言っているが顔は仕方ないとは言っていない。
その顔はどう見てもカモがネギを背負って来たと言っている。
「よし、それならこちらの条件を了承した場合にのみ我が国に受け入れる事を許可しよう。もし、断った場合はお前の一存で対処しろ。その場合は日本からのバクアップは無い。」
「分かりました。」
すなわちバックアップは無いがもしもの時は好きにしろと言う事だろう。
今の状況なら向こうが断るとは思えないが俺の選択肢を広げてくれたと見るべきだ。
俺は皆の所に戻るとヴェリルと一緒に向かう事にした。
「え、私?」
「今回は海の上だからな。海中から船を沈めない様に攻撃してくれ。」
「が、頑張ってみる。」
「よし、行くぞ。」
そして今回は急を要するので彼女は俺が抱えて移動を行う。
途中からは別行動をするがそんなに離れて行動する訳ではない。
それに、なるべく姿を見られたくないので他のメンバーは全員置いて行くことにした。
俺だけならスキルでどうとでもなるからだ。
そして今も鳴り響く救援要請に向けて海上を全力で飛んで行った。




