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146 意外な行先と些細なすれ違い

次の日の朝、俺は目を覚ますと座敷に向かった。

既に昨日の内にツボミの事は皆に伝えてある。

そしてそれを一番喜んだのはここの女将さんであった。


その時に初めて俺達がここに来た理由が神楽坂家の依頼である事を知った。


(そう言えば昨日アイツもそんなこと言ってたな。)


そして、今日の午前中には全員でここを出る事になった。

現在、準備されているこの朝食がここで食べる最後の食事となる。

ゲンさんから聞いた話だと座敷童のおかげで栄えた家は座敷童が去ると急激に朽ちてしまうそうだ。

そのためライラは設置した魔道具を全て回収している。


ちなみに女将であるハナさんはこの場所を離れ幼い頃に少しだけ住んでいた町に引っ越すらしい。

メノウが言うには料理の腕はかなりのモノなので、その気になれば料理店も開けそうだという話だ。

住む場所も既に決まっているそうで荷物を持って行くだけと話してくれた。


そして、ハナさんとツボミは一緒に食べる最後の食事を終えた。

それにこの宿にあった食器類はもう使わないからと俺達が引き取っている。

もしかしたら使う機会があるかもしれないのでその時はありがたく使わせてもらおう。


ちなみにこの土地は神楽坂家が責任をもって処分するそうだ。

売って出来たお金は今後のハナさんが生活するための資金として渡される。

更に、今回依頼を解決したのは俺だ。

しかし、俺は神楽坂家に雇われている訳ではない。

その為、殆どの依頼料はハナさんに返されることになる。

一部は手数料として取られるが、ある程度まとまったお金は返されるので少しは生活の足しになるだろう。


「それでは行きましょうか。」


俺達は荷物をまとめて旅館から出た。

当然一番後ろはハナさんとツボミが歩いている。

俺達は入口から外に出ると振り返り、二人が出て来るのを待った。


「長い間ありがとうね。」

「私達の思い出の詰まった宿だけど仕方ないわね。」


そう言って二人は最後に振り向いてその姿を目に焼き付けると外へと踏み出した。

その瞬間、風もないのに建物から激しい軋む音が聞こえ始める。

それは次第に振動に変わり破砕音に変わっていく。

そして一際大きな破砕音と同時に屋根が中央から圧し折れ砂埃を上げながら倒壊していった。

そして、土埃が晴れた後にはまるで何年も経った後の様に朽ち果てた姿を俺達の前に晒している。


俺達はそれを見届けるとゲートを開いて帰る事にした。


「マリベル頼む。」

「任せてください。」

「ジェネミーも今回は楽しめたか?」

「うん。また何処かに行こうね。」


俺達はゲートに入ると我が家へと向かって歩き出した。

ほんの数歩だがゲートから出ると空気が変わったのを感じる。

そして到着してすぐに俺は後ろを振り向きある事に気付いた。


「あれ、ハナさんも付いて来て良かったんですか?」


そう言えば置いてあった車が消えており、迎えは誰も居なかった。

不思議には思っていたがもしかすると次の住居はここからの方が近いのかもしれない。


「ええ、住所を聞いてたけどこちらからの方が近いから一緒に連れて来てもらったの。」


そう言って彼女は軽い挨拶だけしてあっさりと門から出て行った。

ツボミの事もあるのでもう少し涙的な別れがあるかと思ったがあっさりとしたものだ。

すると、家の右にある細道を挟んで、向かいの新築アパートの2階から声がかけられた。


「ユウ君、やっほ~。」


そしてそちらに顔を向ければ、ベランダからハナさんが手を振っている。

俺は近くまで行くとこちらからも返事を返した。


「あの・・、昔住んでたのってこの街だったんですか?」

「そうよ。本当に幼い時だけどね。後で引っ越し蕎麦を持っていくわ。」


そう言うハナさんはとても楽しそうな笑顔を浮かべている。

どうやら俺を驚かす事が出来て嬉しい様だ

他の皆も笑っているので知らなかったのは俺だけなのだろう。


(まあ、せっかくご近所さんになったのだから今日は家に招待しても良いかな。)

「いえ、それなら家には立派な蕎麦打ちがいますから、昼ごはんに食べに来てください。」

「あら、ホント。メノウちゃん達って器用ね。それじゃあ後でお邪魔するわ。」


そう言って彼女は部屋に戻って行ったので荷物の整理を始めるのだろう。

それにあそこの部屋だけずっと人が居ないと思っていたがこういう事だったのか。

世間は狭いというが流石に驚きだ。


どおりで朝から今に至るまでツボミも寂しがっていない訳だ。

これだけ近いならいつでも遊びに行ける。

しかも、今回仕事を行ったのは表向きゲンさんで俺達の事は何処にも書いていない。

移動もほとんどマリベルのゲートなので足取りも掴めないだろう。

これならしばらくは安全に暮らせるはずだ。

もしツボミが攫われても、俺と彼女はコントラクトで繋がっている。

テイムと隷属は無効にされるし居場所もすぐに分かる。


そして俺が驚いているとツボミが駆け寄って来た。


「ビックリしたでしょ。」


その顔は自信と確信に満ち溢れ凄く満足そうだ。

つい小突きたくなるがここは我慢して素直に頷いておく。


「確かに驚いた。もしかして俺を驚かすために黙ってたのか?」

「そうよ。でも私達も最初に聞いた時は凄く驚いたもの。ユウだけ驚かないのは狡いでしょ。」

(狡いと言っても、いつ知っても驚くと思うが。でも、このタイミングじゃなければそれほどは驚かなかったかもしれないな。)


それに彼女たちと出会ったのは、つい昨日の事だ。

ハナさんはずっと前から準備していたのだろうから驚くのも当然だろう。

特にツボミは昨日までは何処に行くのかも分からなかったのだから、それがこんな近くになれば驚きは俺の何倍にもなる。

それにしても偶然とは恐ろしい・・・、いや、こんな偶然あり得ないだろ。


(スピカさん?)

『何でしょうか?』

(勝手にスキル使ってないよね?)

『・・・何の事やら。』

(スピカ!何その溜と返事。あ~~~オリジンが俺に手招きしてる。)

『仲間の為に頑張ってください。』


俺はその後オリジンに真綿で首を絞められるように叱られました。

以前の様に拳骨でなかったのは俺が無効スキルを持っているからだろうか。

いや、オリジンならスキルがあろうと何らかの方法で突破して来そうだ。

話の流れだと影響はさほど無さそうだと言う事なので今回は軽い注意と言う事らしい。

ただ、今度に二人で出かける事を約束させられた。

もしかしてそれが目的だったのかもしれないがそれぐらいなら言ってくれればいつでもするのに。

もしかすると立場的には新参なので言い難いのかも知れない。

そう考えると今回の事は良い切っ掛けになったと思おう。


そしてその後、昼にみんなで蕎麦を食べてから今後の事についての話となった。


「お蕎麦、美味しかったわ。今度、作り方を教えてくれるかしら。」

「構いませんよ。私とクリスは基本的に家に居ますので来れる日を言って貰えればそちらに合わせます。」


メノウが買い物に行く時には転移を使い、短時間で終わらせるので家に居る事が多い。

一日を通して居ないと言うのは今回の様な事が無い限りまずあり得ないので時間を合わせるだけで大丈夫だ。


「そうなのね。ならもう少し落ち着いたらお願いするわね。」

「分かりました。私も教えて欲しい料理が沢山ありますので暇な時は気楽に声を掛けてください。」


どうやら互いに料理を教え合う事にしたようだ。

これは家のメニューのバリエーションがまた増えそうだな。


そして、アキト達とゲンさん達は蕎麦を食べてすぐに帰って行った。

アキト達自衛隊組に関しては休みの様な勤務が続いたので最後に良い骨休めになっただろう。

ゲンさんとサツキさんも2回にわたり温泉を堪能できたので満足そうな顔で帰っている。

やはり旅行で一番大変な移動の手間が無いのが大きい。

マリベルには足を向けて眠れないな。


その後ハナさんは荷物の整理をするために帰り、俺達はいつもの様にのんびりし始めた。

すると思い出したようにカーミラが声を上げる。


「そう言えば、今日は自警団に行く日でした。」


そう言えばカーミラは数日に一度、自警団に参加している。

最近旅行に行ったりロシアに行ったりと忙しかったが今日が丁度その日だったようだ。

カーミラは立ち上がると扉へと向かって行った。

まだ夜まで時間があるので部屋で寝ておくのだろう。

その前にする事があるので俺はカーミラを呼び止めた。


「カーミラ、少し待ってくれ。」

「何ですか?」


俺は彼女の前まで行くと頭に手を置いた。


「解放。」

「え?」


俺はカーミラを奴隷から解放し再び席に着いた。

しかし彼女は急な事で理解が追い付かずあたふたしている。

それを見てヘザーが優しい微笑みを浮かべながら声を掛けた。


「元々ディスニア王国の一件が終わった時に解放するはずだったんだけど色々忙しかったからね。今回の旅行から帰ったらって話しをしてたの。良かったわね。それであなたは自由よ。」


するとカーミラは現状をやっと理解したようで俺に顔を向けて来る。

何やら信じられない様な顔をしているが俺は事前にちゃんと伝えておいたはずだ。


「信頼出来たら解放するって言ったろ。信じて無かったのか?」


するとカーミラは素直に頷いた。

酷い反応だが約束を破ったりしたら俺がみんなから叱られてしまう。

ヘザーからはどんなお仕置をされるか分かったものじゃない。

それに俺は約束は守る主義だ。

この件に関してはサツキさんからも了承を貰っているのでそちらも問題はない。

しかしカーミラは何故か心配そうな表情を浮かべた。


「あの、なら私はここから出て行かないといけなのですか?」

「行く場所がないなら居たいだけ居れば良い。男を連れ込まないのなら問題ない。」

「そんな・・・私にそんな相手はいません。」


カーミラはそう言って顔を赤くして部屋を出て行ってしまった。

しかし、カーミラも年頃の女の子だ。

別に今までも禁止してなかったが奴隷で無くなれば何も気にせず異性と付き合う事も出来る。

肌を相手にされしても奴隷紋はもう無いのでその手の心配も消えた。

するとそんな俺にヘザーが苦笑を浮かべ小声で呟いた。


「本当にこういう事に鈍いんだから。」

「何か言ったか?」

「何でもないわ。それより放っておいて良いの?。」


ヘザーはああ言っているが俺にはその必要が感じられない。

思春期の女の子ならあれくらい良くある事だとテレビでもやっているしな。


「夕飯には下りて来るだろ。」

(あれ、今のセリフは娘とすれ違いがちな父親が言ってたような・・・。)


(また勘違いしてる顔ね。きっとこの国の感覚で見てるんでしょうけど、私達の国で言えばカーミラの精神的は二十歳を過ぎてるんだけど。)


ヘザーはユウの内心を的確に見抜いて、まだ何かを言おうとするがその前にユウが立ち上がった。


「やっぱり少し話をしてくる。」


俺は焦りがちに立ち上がるとカーミラの許へと向かって行った。

彼女は出てすぐに部屋に駆け込んでいるので会話をするのは少し大変かもしれない。

ヘザーはそんな俺を軽く笑うと笑顔を浮かべて見送ってくれた。


「フフ、少しは成長したのかしら。」


俺は階段を上りカーミラの部屋の前にやって来た。

そこには彼女がみんなと一緒にホームセンターで購入したお揃いの名前札が紐でぶら下がっている。

これを買った時はとても嬉しそうに部屋へぶら下げていたのを覚えている。

しかし、今は少し角度が歪み部屋に入る時に勢いよく扉を閉めた事が窺える。

彼女は奴隷という経験からとても几帳面でこういう事は放って置かない性格だ。

それがこうなっていると言う事はやっぱりさっきは俺の言い方が拙かったのだろう。

俺は扉を軽くノックしてカーミラに声を掛けた。


「カーミラ、まだ起きてるか?」

「・・・起きてますが寝てます。」


起きているのは確かだが出てくる気は無さそうだ。

俺は静かに溜息をついて再び声を掛ける。


「もう少し話がしたいんだが?」

「本日の業務時間は終了しております。またお越しください。」


何処で覚えて来たのかカーミラはそう言葉を返してきた。

しかし、ここで引く訳にはいかないので更に言葉をかける。


「ここは仕事場じゃなくてお前の家だろ。奴隷じゃないんだから業務時間は無いぞ。」

「・・・。」


すると中で動く気配が感じられる。

そしてゆっくりと扉が開くと隙間からカーミラの顔が覗いた。


「そうでしたね。私は『自由』になったのでした。それで、何の用ですか?」


少し棘はあるがこれならなんとか会話は出来そうだ。

あのまま出て来なかったらどうしようかと思った。


「その・・なんだ。お前も年頃だから誰かを好きになったりするだろ?」

「そうですね。少し気になる相手ならいます。」


そう言ってカーミラはジト~と俺を見詰めて来るが何か既視感の様な物を感じる。

何処でとはよく覚えていないが去年の終わり位からなのは間違いない。


「まあ、そいつと仲良くなったら部屋に呼びたくなったりするだろ。その時に家はこんな感じだから遠慮して欲しいって言いたかったんだ。」

「・・・分かりました。立って話すのも疲れたので中にどうぞ。」

「入っても良いのか?」

「ユウさんなら構いません。」


そう言ってカーミラは扉を開けた。

何気に俺がこの家で女性の部屋に入る機会は少ない。

と、言うか無い。

最初の頃に入った事はあるがそれ以来、入ったことは無いので少し緊張する。

そんな俺を見てカーミラの顔に少し笑顔が戻った。


「女性の部屋に入るのに慣れていないのですね。」


俺は中に入ると周囲に見渡し様子を確認していた。

この部屋には何も無い状態の時にしか入っていないのでその変化に驚きが湧いてくる。

置いてある幾つかの棚には可愛い縫いぐるみが置かれ、数枚の写真も並べられていた。

帽子掛けには俺があげたマフラーがかけられ、窓には可愛らしい花柄のカーテンが付いている。

ただあまりジロジロ見ているとまた機嫌を損ねて追い出されるといけないのである程度で止めておく。

しかし、俺の内心を見抜くとは彼女も成長したものだ。


「まあな。皆はいつも俺の部屋に来るしライラなんて絶対に入れてくれない。入れるのはメノウと猫のケイトだけだ。」


するとカーミラはやっと普通に笑顔を浮かべてクスクスと笑った。

ここに来てすぐは笑い方すら忘れて居そうな感じだったが今は自然に笑えるようになったみたいだ。

これも傍に居てくれた皆のおかげだな。

自警団の人達もたくさん気に掛けてくれたみたいだし、今度にでも何か差し入れを持って行こう。


「ケイトは猫ではなく獣人ですよ。」

「でもあいつが飯の時以外に人の姿をしてるのを家に来てから見た事ないぞ。」


カーミラは俺の言葉に少し考えるそぶりをすると「そう言えばそうですね。」と言って笑顔を浮かべた。

どうやら上手く誤解は解けてくれた様でホッとする。

そしていまだに立って話していたので何処かに座ろうと思ったがこの部屋には椅子は無い。

するとカーミラは俺の手を取りベットに腰を下ろした。


「この部屋には椅子が無いのでここに座ってください。」

「いや、椅子ならアイテムボックスに・・・」

「座ってください。」

「・・・はい。」


(おかしいな。さっきまで主は俺だったんだけど・・・。)


そう思いながら俺は腰を下ろすと下から見上げる様に睨んでいたカーミラの顔に笑顔が戻る。

そしてせっかく座る時に少し距離を開けておいたのにそれを詰めてカーミラは座りなおした。


「ユウさんの言ってる事は理解しました。これからは誰を好きになっても良いけど知らない異性と言うより他人を家に上げるなって事ですね。」

「そう言う事だ。外でデートするのは構わないし。お前がそいつの部屋に行くのは自由だけどな。」

「分かりました。その言葉を胸に刻んでおきます。」


カーミラは胸に手を当てて真剣な顔でそう告げる。

俺はそんな彼女の頭に手を置いて優しく撫でながら頷いた。

するとその顔が少し赤くなり表情を崩し子供らしい笑顔を浮かべる。

それを見てやっぱりまだ子供だなと思い俺も自然と笑みがこぼれた。


「私は子供じゃありません。赤ちゃんも産める立派な女です。」


そして何も言っていないのにカーミラは俺にピンポイントで返事を返してきた。

俺は驚きに手を止めるとカーミラは勝ち誇ったか表情を浮かべる。


「最近皆さんのおかげでコツが分かってきました。フフ、なんだか面白いです。」

「あんまり俺で遊ぶなよ。」

「それは保証できません。私は『自由』なのですから。」


そして、他愛無い話を少しして俺は部屋を出た。

少しドキドキしたがきっと久しぶりに女性の部屋に入ったからだろう。

カーミラは思っていたよりも子供ではなさそうだ。

そしてリビングに戻ると何故か周りから、ニマニマとした視線を送られてしまった。


(何故だ?)

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