145 ツボミの決意
今は冬で周りに強い明りもない。
そのため、空には綺麗な星達が瞬いていた。
「ツボミ。」
「どうしたの?お風呂に行ったんじゃないの?」
「少し話す事が出来たから風呂は後で入りなおす。」
「そうなの?」
俺はツボミの横に腰を下ろすと同じように空を見上げた。
「ここが無くなったらどうするんだ?」
「他に移るだけよ。心配は要らないわ。」
しかし、そう言っている彼女の手は緊張で強く握られていた。
どうやら移動する時の危険性は理解している様だ。
特にここから次の家まではかなりある。
その後も建物すらまばらにしかないこの一帯を無事に歩き切れるかも怪しい。
しかも既に狙われている可能性まであるのだ。
見た目通りの子供ではないにしろ、怖くない筈がない。
「なら少しの間、家で生活してみるのはどうだ?」
するとツボミは勢いよく俺に顔を向けその小さな手を俺に伸ばした。
しかし、手は途中で止まると力なく引っ込められ表情を曇らせる。
「どうしてそこまでしてくれるの?私は人でなく妖よ。」
確かにその通りだが俺にとってそこは判断基準に入っていない。
俺の判断基準は一緒に居たいか居たくないかの二択だ。
「そんな事は俺には関係ない。それに家は人間よりもそうでない者の方が多いからな。お前が一人増えても問題ない。」
するとツボミは「フフッ」と軽く笑って俺を見詰めて来た。
その目には先ほどまでの陰りは消え、強い決意が宿っている。
「本当に変わってるわね。・・・なら少しだけあなたと一緒に・・・。」
「それは困りますねー。」
しかし、ツボミがその決意を口にしようとした瞬間、俺達の前にそれを邪魔する者が現れた。
男は口元に薄い笑みを浮かべ、こちらに歩み寄って来る。
そして俺達との距離が10メートルほどになるとその歩みを止めた。
「こんばんわ。私は近藤 クイナ。神楽坂家から派遣された魔物ハンターです。そこのあなた。そいつはそんな子供の見た目ですがとても危険な化け物です。そこをすぐに離れてください。」
するとツボミは立ち上がると地面に下りてクイナを睨みつける。
しかしクイナは表情を変える事なくそれを受け止め口元を吊り上げた。
「本性を現しましたね。この化け物め。」
「あんたこそ私が誰か知って言ってるの。この地で私に勝てると思わない事ね。」
二人はジリジリと距離を詰めると互いに大きく踏み出した。
しかし、その速度には明らかな違いがある。
ツボミが普通に一歩を踏み出すのに対しクイナは一歩で既に間合いを詰め終えていた。
「な!?」
「古い戦い方だ。」
(縮地を習得してるみたいだな。)
そしてクイナはツボミの背中を回し蹴りをくらわせた。
しかも走り出した方向に蹴られたため大きく勢いが付き、そのまま出口へと一直線に飛んで行く。
ダメージはそれほどなさそうだがこのままだと敷地から出てしまいそうだ。
しかし、ツボミも何とか地面に足を付けて勢いを殺そうとする。
「クッ、この程度で・・・。」
「頑丈ですが遅すぎる。しかも周りが見えていない。」
そして今度は正面からツボミを蹴りつけてされに勢いを加速させた。
恐らくここの敷地から弾き出すのが目的だろう。
家から出た座敷童はゴブリン並みだとゲンさんが言っていたので、今はダメージではなく弱体化させることを優先にしている様だ。
「ほらこれで最後ですよ。お前を捕まえた後は中にいる女どもです。楽しみですね~。」
その言葉を聞いて、俺は立ち上がって地面に下りると一歩を踏み出した。
その瞬間、地面は砕け、俺はクイナの側面へと移動する。
「お前は今!俺の前で言ってはいけない事を口にした!」
「き、貴様・・!?ゴヘー!!」
俺はクイナの横に移動し、その顔面を殴りつけた。
殺さない様に手加減はしたが怒りの中での行動なので自信がない。
そして俺はさらに加速し飛んで行くクイナを背中から受け止めた。
「大丈夫か?」
「え、ええ。危なかったわ。ユウって強かったのね。」
まあ、ここに来て走ってすらいないので知らなくてもしょうがないだろう。
そして俺はクイナを抱きかかえたまま笑顔で先程の答えの続きを促した
「それで、さっきの続きを聞かせてくれないか?」
「あなたって意外とせっかちなのね。いいわ。あなたと一緒に居てあげる。」
「なら、その間は俺がお前を護ろう。」
『コントラクトを使用します。』
『コントラクト終了、契約が交わされました。』
「何これ!・・・なんだかとっても心地良い。」
「契約は交わされた。お前が傍に居るなら俺がお前を護る。」
俺はツボミから手を離すと背中に庇い前に出た。
クイナは既に起き上がろうとしており顔を抑えて俺を睨みつけている。
そして抑えている手の間から血を垂らしながら起き上がるとその姿を変え始めた。
「殺す!一般人だと思って油断してしまったが俺に血を流させた貴様は絶対に許さん!切り裂き、抉り、最後は食い殺す!」
クイナの姿は既に人間ではない。
まるでウェアウルフの様だが手足には鱗が生え、体の前面にはいくつもの顔の様なものが浮かんでいる。
尻尾の代わりに蛇が首を伸ばし足には馬の様な蹄が現れた。
「これが俺の真の姿だ。どうだ美しいだろう。この顔は今まで取り込んだ魔物の顔だ。ここに貴様らの顔も追加してやろう。」
すると俺の後ろでツボミの小さな悲鳴が聞こえた。
声を押し殺している様だが確かにあの姿には嫌悪感を感じる。
その為、俺は武器を取り出してクイナに向けた。
「貴様、俺を舐めてるのか!」
「お前程度ならこれで十分だ。」
俺は木刀を手に構えている。
それが相手には侮っていると思われた様だ。
ぶっちゃければその通りなのだが木刀は俺の主武装の一つ。
侮っているというよりも素手で触りたくないのが本音だ。
「クソが舐めやがって!」
クイナは怒りに任せて縮地で間合いに飛び込んでくる。
しかし、その動きは単調で繊細さがない。
相手が知らないのなら隙を付けるが知られた時点で相手に対応されてしまう。
俺は奴が攻撃する瞬間に木刀をふるい相手の腕を切り落とした。
「ギャーーー!貴様、どうしてこの速度に付いて来れる。」
「俺の方が速いからだよ。」
俺はさらにもう一閃して反対の腕を飛ばした。
手応えも大した事が無いので取り込んでいる魔物も大した奴等では無さそうだ。
「アアーーー。お、俺の腕がーーー。」
「痛覚は普通のままか。」
「頼む。もうやめてく・・・」
俺はさらに容赦なく足を切り取った。
それに敵に掛ける情けは持ち合わせがない。
コイツは既に俺だけではなく俺たち家族の共通の敵だ。
「止めてくれーーー。俺が悪かった。」
「知るかそんな事。」
俺はさらに残った足も切り取りクイナを見下ろした。
しかし、クイナの目からは既に涙すら流れていない。
もう体の殆どが魔物へと変わっているのだろう。
「あ・・あへ・・死にたくな・・い。」
しかしクイナが命乞いをした瞬間に奴の体に宿る顔たちが同時に叫び声を上げ始める。
それはまさに断末魔のオーケストラの様で不快な声を周囲へとバラ撒いて行く。
しかし、それに最も影響を受けているのはクイナ本人だ。
「な、なに・・がぼげ・・・ぎぃやあーーーー。」
すると次第にクイナの体は膨張し巨大化していく。
しかし、その姿に手足はなく幾つもの手足や顔のパーツのある肉の塊へと変わっていった。
「これはまた、見事に暴走してるな。」
クイナはあの顔を自慢していたようだがあれは喰われて取り込まれた魔物たちが放つ呪詛が形になったものだ。
すなわち奴は相手を惨たらしく殺してから喰っていたのだろう。
ホロも以前に呪われた事があるので分かるが魔物の肉は呪われている事もある。
対処できる人間か、しっかりと処理した物でなければ危険なのだ。
するとツボミは目の前の肉塊に同情するような顔を向け、俺の服を引っ張った。
「ユ、ユウ・・・。彼らを救ってあげて。」
「ああ、分かってる。」
俺は霊力を木刀に込めると呻き声を上げるだけの肉塊に振り下ろした。
「奥義、ツクヨミ」
そしてその瞬間、霊力を解放し更に浄化を加える。
すると呪いは跡形もなく消え去りそこには手足を切られたクイナが残された。
しかし、その体は次第に砂に変わり崩れ始めそれも光になって消えていく。
どうやら呪いに蝕まれ、その体は既に人でない物に変わってしまっていたようだ。
そうなると俺達には彼を人に戻す手段はない。
そんな事が出来るならバンパイアになった人々も元に戻している。
そして全てが消えるとそこには一つの魔石が残された。
これだけがクイナがここに居たという証だ。
しかし、それはどう見ても呪われている。
恐らく手にするだけで呪いが降りかかるだろう。
俺は仕方なく精霊力で強化した炎に霊力を加え魔石に向けて放った。
「ギャーー・・・。」
魔石は炎に包まれて悲鳴の様な音をたてながら燃え尽きて行く。
そして炎が消えた後には地面の焦げ目だけが残された。
「終わったの?」
「終わった。」
「ユウ・・・。」
するとツボミは不安そうな顔で俺を見上げて来る。
どうしたのかと思い俺は膝を折って目線を合わせた。
「どうしたんだ?」
「私が傍に居たらまた襲われるかもしれないわよ。それでも良いの?」
俺はそう言われて家のメンバーを思い浮かべる。
どう考えても問題が無かった者の方が少ない。
ライラは今も何処かの国が狙っている可能性がある。
アヤネは粘着質で異常者な元同僚。
アリシアは精霊達が何か隠している。
ヘザーに関しては先日起きたバンパイア事件がある。
解決済みな事も含めると魔物ハンターが相手なら軽いものだ。
ゲンさんクラスが来れば問題だがそんな相手は滅多にいないだろう。
(・・・後で聞いて確認しておこう。)
「問題ない。魔物ハンター程度なら小さな問題だ。」
「あなたもだけどあなたの周りも変わってるのね。」
そう言ってツボミは微笑むと手を伸ばして俺の手を握った。
既に震えも収まったのか、小さく柔らかい体温が手を通して伝わって来る。
「それじゃあ私が気の済むまであなたと一緒に居させてもらうわ。もう後悔しても知らないからね。」
「お前こそ覚悟しろよ。家はお前が思っている以上に過酷だからな。」
そして俺達は笑いながら手を繋いで宿へと戻って行く。
するとそれを宿から見ていた他のメンバーたちは同じように笑顔を浮かべて出迎えてくれた。
「行き先が決まって良かったわね。」
「ありがとうハナ。アナタの事はずっと忘れないわ。」
「そんなに気を使わなくても良いのよ。新しい家で幸せに暮らしてね。」
なんだか子供をお嫁に出す母親みたいな事を言っているが、付き合いが長いんで家族の様な感覚なのだろう。
ツボミも頷いて返しているので今は何も言うまい。
それに最初から最後までゲンさんとサツキさんの思い通りに動いた気がするな。
だからライラ達もそんな目で見ないでもらいたい。
今回の仕掛け人は皆の後ろに居る狸と狐ですよ。
俺はどちらかと言えば被害者だと思うんだけど・・・。
しかも、こういう時にだけ俺の思いは何処にも伝わらない。
ただ後でちゃんと事情を説明すると分かってくれたので良かった。
なんだか最初に比べて俺の権限が無くなってきた気がするのは気のせいだろうか。




