144 妖の住む宿
ここはユウ達が宿泊する宿が見える山間部。
そこから一人の男が双眼鏡を手に宿を見下ろしていた。
「何だアイツらは・・・?」
男はユウ達の到着を見て顔を歪めた。
この男の名前は近藤 喰納。
神楽坂家が外部から雇っている妖怪ハンターである。
今回クイナはシロウの指示なく仕事を引き受けここに来ていた。
目的は当然ここに住む妖を食べてその力を奪う事である。
その妖は一定の条件下において強い力を発揮する。
また、その場に幸運をもたらすとされ、その能力が奪えれば一生安泰である。
そしてクイナが双眼鏡を覗いていると、続々と見目麗しい美女、美少女が車から下りて来た。
「お!女も一緒か。ん?あいつら殆ど人間じゃねえな。ヒヒヒ、こりゃ別な意味でも美味しい思いが出来そうだぜ。」
彼らはゲンジュウロウの計らいで日本国籍を所有しているが、いまだに魔物にはそれがないのが普通だ。
そして犯して殺したとしても魔石に変わり、探す者すら居ない。
しかし、クイナは彼らの事を知らないため、良いカモが現れたと思ったのだろう。
クイナは舌なめずりをしてユウ達を観察しながら夜が来るのを待った。
そして、俺は縁側で茶を啜りながらのんびり空を見上げていた。
それでも暇つぶしの様に探知を使い家の中の気配を探っているので既にレベルが5まで上昇している。
そして、ここまで来てやっとこの宿に潜む存在を捉えることが出来た。
その者は今も薄暗い天井の影に潜み、こちらを観察するように見下ろしている。
「・・・。そろそろ出て来たらどうだ?」
「!!!」
すると俺が声を掛けた事に驚き一瞬気配が強まったが再び気配を消して動かず潜んでいる。
どうやら返事をする気は無さそうだ。
俺は茶を啜りながら外を見詰め、のんびりと返事を待ち続けた。
別に敵意を感じないので放置しても良いのだがマップに出た種族が少し気になる。
するとお風呂から上がったホロが犬の姿でこちらにかけて来た。
この宿はペットもOKな宿の上に閉館が近いため女将も気にしないそうだ。
ホロは俺に駆け寄ると尻尾を振りながらお座りをして俺の顔を見上げて来る。
(この目は何かおやつが欲しい時の目だな。)
そう思って俺はチョコレートを取り出すとホロに差し出した。
ホロはそれを見て嬉しそうに咥えて食べ始める。
「あんた犬にチョコレート食べさせたらダメでしょ!」
するとすかさず俺の後ろから少女の叫び声が聞こえる。
現在この宿には俺達しか泊っておらず、女将さんは高齢な人だ。
こんな子供の様な濁りのない声ではない。
それにここに来ているメンバーでホロが人間と同じ物が食べれる事を知らない者は居ない。
すなわち今の声はその誰でもない第3者であると言う事だ。
(しかし、犬にチョコレートを食べさせちゃいけないって良く知っていたな。)
俺は答える気は無かったがホロは気になった様で俺の後ろの天井を見詰め鼻を鳴らし耳を忙しなく動かしている。
そしてトコトコ歩き出すとそれがいる下に行き上を見上げた。
(フフフ、犬がここまで来れるはずないわ。)
するとホロは部屋を回りながら天歩で階段を上がる様に天井に近づいて行く。
(へ?えええ~~~!?何よそれ~~~!)
そしてそれがいる高さまで上がるとその傍まで行って足を止めた。
(シッシッ。私は美味しくないわよ。)
しかしホロは首を傾げるとそれが纏う着物の様な服の裾を咥えて引っ張り始めた。
「ワウ!ワウ!」
ホロとしては遊んでいるつもりでも相手は焦りで大混乱だ。
その為バランスを崩すのにそれほど時間は掛からなかった。
「ちょ、待って、やめて。そこのあんたコイツの飼い主でしょ。止めなさいよ。や、ちょっと・・・、あ・・・あ~~~。『ドス~ン』」
そしてそれはバランスと崩して天井から落ちて来た。
俺は後ろを振り向くと日本人風の10歳くらいの幼女がおり、落ちた時に打ったお尻を痛そうにさすっている。
しかも、落ち方が悪かった様で着物は乱れ、大きく股を開いた状態になっている。
さらに下着は付けておらず、その痴態を俺の眼前に晒していた。
「見えてるぞ。」
「え?・・・スケベーーー!!」
幼女は大声で叫ぶと足を閉じてこちらを睨みつけて来る。
するとホロは遊んで満足したのか俺の許まで来て縁側で横になった。
俺は近くの座布団を頭の下に敷いて枕にしてやると立ち上がって幼女の許に向かう。
「大丈夫か?」
「体は大丈夫だけど心はボロボロよ。」
俺は何もしていないのに何か犯罪者を見る様な目を向けられている。
しかし、ペットの責任は飼い主の責任でもある。
俺は仕方なく食べ物で釣る事にした。
「これをやるから機嫌を直せ。」
俺は初詣の時に購入したイガ餅を取り出すと幼女の前に差し出した。
すると幼女は一瞬だけ顔がほころぶが俺の顔を見た途端に再び鋭い視線を向けて来る。
「ふん!食べ物で釣ろおったってそうはいかないんだから。私はこう見えても長い年月を生きて来た座敷童よ。そんなので懐柔なんてされないんだから。」
「そうか。それは残念だ。」
俺はそう言って背中を向けると縁側に戻ってホロの傍に腰を下ろす。
イガ餅を出した瞬間からホロは目を開けて寝転がった状態で俺の手に視線をロックオンしているからだ。
それは俺が腰を下ろしてからも変わることは無い。
俺は包みを取ると一口サイズに分けたイガ餅をホロの口に入れてやる。
かなり横着な食べ方だが喉に詰まらないのなら問題ない。
すると後ろから再び幼女の叫びが轟いた。
「なんで私が断ったからって犬に食わせてるのよ。もうちょっと粘るって事を知らないの!」
そう言って俺の横に座ると俺の手からイガ餅を奪い取ろうと手を伸ばす。
しかし、それに反応したのは俺ではなくホロだ。
「ガウガウガウガウ!」
「ひゃ!」
ホロは自分のイガ餅だと怒って主張し激しく吠えたてる。
すると幼女はすぐに手を引っ込めて俺の服を掴み後ろに隠れた。
「ご、ごめんなさい。でもそんなに怒らなくても・・・。私の・・・ひっく。」
しまいには泣き出してしまったので俺は仕方なくお皿を取り出してイガ餅を置くと胡坐に座って足の上に幼女を座らせた。
そしてタオルを取りだすと適当に涙を拭い追加のイガ餅を取り出して幼女に渡す。
「食べても良いの?」
「さっき素直に受け取ってれば問題なかったんだがな。沢山あるから気にせず食べろ。」
すると今度こそ素直に受け取ると包みを外して食べ始めた。
その姿は見たままの子供で長い年月を生きて来たとはとても思えない。
「美味しい・・・。あ・ありがとう。」
「欲しいなら追加もあるからな。」
「うん。」
幼女はぎこちなくだが素直にお礼を言うと美味しそうにイガ餅に嚙り付いた。
するとホロも人の姿になり残ったイガ餅に手を伸ばす。
それを見て幼女は驚いて上ずった声が洩れた。
「あなた、犬じゃなかったの!?」
「ホロは昔は犬だったけど今は獣人だよ。だからみんなと同じ物が食べれるようになったの。」
「そ、そうだったのね。知らなかったの、ごめんなさい。」
「いいよ。オヤツは正義でみんなで食べた方が美味しいから。」
この様子なら二人は無事に仲直りできそうだ。
ホロも既に怒っていないようで自分のイガ餅を美味しそうに食べている。
「そう言えばお前は何て名前なんだ?」
「蕾よ。昔、華が付けてくれたの。」
「ハナ?」
「ここの女将よ。子供の時からの友達なの。でも、もう少しでここも無くなっちゃうのね。何処か別の家を見つけないと・・・。」
そう言ってツボミは寂しそうに肩を竦めて溜息を吐いた。
どうやら引っ越し先を探している様だ。
「ハナが次の場所を探してくれてるけどなかなか迎えが来ないから、きっと受け入れてくれる所が見つからないのね。あ、そうだ。あなたは何してるの。私がいれば商売繁盛よ。」
そう言われても俺は無職。
すなわちニートである。
大家と言えなくもないが何か違う気がするしどう答えたものか。
しかし俺が悩んでいると、どうやらツボミは自分で答えに辿り着いたようだ。
「もしかして仕事してないの?さっきも全然仕事してなかったし。」
「いや、あれは適材適所と言うか。」
「え、でも仕事してないのあなただけだったわよ。」
「なに!」
どうやら俺が見ていない所で他のメンバーも仕事をしていたようだ。
気が付かなかったが過ぎた事は仕方がない。
後で料理でも手伝うとするか。
「もうじきご飯ですから集まってください。」
そう思ったのも束の間、どうやら一歩遅かったようだ。
厨房の方からご飯を知らせるメノウの声が聞こえて来た。
「あなたってもしかしてヒモなの?」
「いや、それだけは違うと思う。」
ヒモは確か女性に働かせて本人は遊んでいたり、相手に貢がせたりする者の事のはずだ。
俺は生活費はちゃんと出しているし住む場所も提供している。
(うん。タダのニートだな。)
「そうだな。俺は立派な無職のニートだ。」
「いや、そんな胸を張って堂々と言われても・・・。」
どうやら俺の態度に呆れたのかジト目を向けて来るが「フフッ」と笑って表情を緩めた。
「面白い人ね。まあ良いわ。ご飯に行かなくても良いの?さっき呼んでたわよ。」
「ツボミは行かないのか?」
「私は妖だもの。あまり食べなくても死なないわ。」
「死なないだけで腹は空くんだろ?」
俺は魔物の知識に当て嵌めてツボミに問いかけた。
すると彼女は「良く知ってるわね。」と返してくる。
「それなら一緒に食えばいいだろ。大丈夫だから行くぞ。」
そう言って俺はツボミを抱えるとそのまま歩き出した。
彼女も咄嗟の事で驚いたのか落ちない様に俺にしがみ付いてくる。
「え、良いわよ別に。どうせ私の分は準備してないでしょ。」
そんな事は絶対に無い。
メノウとクリスが準備を手伝っている時点で一人、一人前で作るはずがないのだ。
家には底のない胃袋を持つ者が3人も居る。
今日はカエデを含めれば4人だ。
確実に人数に対して倍の量は作っているはずである。
そして座敷に入ると予想通りテーブルには大皿が置かれ、その上には山の様な料理が盛られていた。
これならツボミが一人増えても問題ないだろう。
「何この量!あなた達これを全部食べる気なの!?」
「大丈夫だって言ったろ。でも遠慮してると無くなるから喧嘩しない様に仲良く食べろよ。」
そう言って俺は腰を下ろすと隣にツボミを座らせた。
すると外から女将さんも現れてツボミを見て声を掛ける。
「ツボミちゃんが来るなんて珍しいわね。いつの間に知り合ったの。」
「先程、尻合いました。」
「ちょっと、いま字が違ったんじゃない。流石に怒るわよ。」
すると女将さんは俺達のやり取りを見て「フフフ」と笑うと笑顔を浮かべた。
しかし、ツボミは逆に唇を尖らせてそっぽを向いてしまう。
「良かったわねツボミちゃん。」
「何が良いのよこんな奴。今日はたまたま捕まっただけよ。」
しかし、女将さんは笑顔のまま料理を置いて去って行った。
まだまだ運ぶ料理があるのだろう。
そして準備が整い全員揃ったところで一斉に食べ始めた。
「ハムハムハムハム。」
「モグモグモグモグ。」
「ガブガブガブガブ。」
若干三名が途轍もない速度で食べている。
そんな中で比較するとカエデはとてもお淑やかだ。
どうして我が家の3人はあんな風に食べれないのだろうか。
そして横を見れば、その様子に驚きツボミの箸が止まっているのに気付いた。
あれを初めて見たなら仕方がないが欲しい物は先に取って置かないと本当になくなってしまう。
「ツボミ、見てるだけだと無くなるぞ。」
「え、ええ。なんでこんなに料理があるのか理解できたわ。」
そう言って彼女も料理を皿に盛っていく。
どうやら遠慮するのは止めた様だ。
料理の量とあの食べっぷりを見れば当然かもしれない。
「それにしても美味しい料理ね。これなら毎日でも食べたいわ。」
「家はこれが普通だけどな。もしよかったら今度、家に遊びに来い。」
「え、ええ、そうね。その時はまたご馳走になるわ。」
(返事に力が無かったから社交辞令かもしれないな。)
そして俺達は夕食を終えると少し休憩をして片付けを始めた。
とは言っても皿は魔法で綺麗になるし料理は一つも残っていない。
大変なのはお皿を運ぶ事だがこれもアイテムボックスがあれば簡単に終わる。
そのため俺は再び温泉に入る事にした。
すると俺の後ろからゲンさんも一緒にやって来る。
先程は入っていなかったのでこのタイミングで入るようだ。
俺達は服を脱いで掛け湯を行い岩風呂に入った。
「ユウはやけにあの子と仲良くなったようじゃな。」
あの子とはツボミの事だろう。
最初の出会いは最悪だったがホロのおかげで仲良くなれた。
あれがなければ宿泊中も声を掛ける事は無かっただろう。
「まあ、偶然ですけどね。でもツボミはここが無くなったらどうするんですかね。やっぱり何処かに移動するんですか。」
「そうじゃな、無事に移動出来れば良いが座敷童は住んでる家から出るとゴブリン並みじゃからな。それに、裏では人気の高い商品じゃ。」
「商品?」
商品とは穏やかではない言葉だ。
日本には奴隷制度がないので人の売り買いは・・・そう言う事か。
「気付いたか。妖に人権はない。それに座敷童は住む家に幸運をもたらすからな。喉から手が出る程欲しがる資産家は後を絶たん。移動中に捕まれば容赦なく暴行され心を折られてテイムされるじゃろう。昔は呪印をその身に焼き付けておったそうじゃがな。しかも彼女の事は既にこの業界では有名じゃ。無事に移動できる可能性は低いじゃろう。」
胸糞悪い話しだ。
しかし、そう思うのもライラたちと出会い、そういう存在が身近に居るからかもしれない。
最近は特に人間とそれ以外の存在との境界線があやふやになっている。
敵対すれば殺すがそうでなければ殺さないだろう。
「そう言えばゲンさん。」
「なんじゃ?」
「今回の旅行はなんでこの宿だったんですかね?」
「それはお前の想像に任せる事にするわい。儂はただ『困っておる者』を助けるためにここに来ただけじゃからな。」
(困っている者か。人に限定していないのが良い証拠だな。)
「まあ、しばらく預かるくらいなら問題ないですね。後で話をしてみます。」
俺はそう言って湯船から出て脱衣所へと向かった。
善は急げと言うが俺達は明日には帰る。
こういう事は早めに話しておいた方が良いだろう。
しかし、そんな俺にゲンさんは何やら楽しそうに声を掛けて来た。
「おや?温泉好きのお前さんがもう上がるのか?」
(この爺さんは分かっててこういう事言うんだよな。)
「はい、夕方にも入りましたからね。」
俺は背中にゲンさんの笑い声を受けながら服を着て廊下を歩いて行った。
向かう先は分かっているので探す必要はない。
今となってはスキルを鍛えておいて正解だった。
俺がその場所に到着するとツボミは一人で夜空を見上げている。
その横顔はとても幼く、そして儚く見えた。




