133 男湯の乱入者
俺は暖簾を潜ると中に入り服を脱いだ。
そしてマナーに従いまずは体と頭を洗うと湯船につかり足を延ばした。
広さとしては家と似たようなものだがやはり温泉は気分が違う。
ポーションや魔法で体自体は健康な状態を維持しているが心までは癒せない。
温泉は体もだが心も癒してくれる気がするので日本に生まれて良かったと感じる瞬間でもある。
今はまだ太陽が高くそれなりに車の通りがあるため露天ではなく、室内風呂を利用している。
それに今はチェックインしてすぐの時間なので周りにまだ人はいない。
他のメンバーも少ししてから来ると言っていたので一人で貸し切り状態だ。
夜になるとここの露店はライトアップされて雰囲気が良いのでその時に入る予定である。
そして、脱衣所から気配を感じるので誰かが来たようだ。
「は~、貸し切りも終了か~。」
そんな事を考えながらのんびりと湯船につかり、窓の外から差し込む光に目を向けた。
湯気によって弱められ、仄かに眩しい外の光は少し幻想的に見える。
すると扉が開き、その人物が浴室へと入って来た。
何やら足音が小さいので大人ではなく子供の様だ。
そしてもう一人はやけに歩幅が小さくまるで動物の足音に似ている。
俺は不思議に感じてそちらを見るとそこには何故か少女が一人と犬が一匹居て俺を見詰めていた。
しかし、その姿には当然見覚えがある。
「オリジン、お前には慎みはないのか?」
俺の前には体にタオルを巻いたオリジンが手が届きそうな距離まで近づき俺を見下ろしていた。
バスタオルが短いので足が長いと言っても、もう少しで他人に見せてはいけない所が見えそうだ。
そして、その横にはホロまでが来ているがその姿は人ではなくて犬である。
ちなみにこの宿に犬が入っても良い浴場はない。
ホロは器用に畳んだタオルを頭にのせてオリジンの横に並んでいる。
するとオリジンは得意そうな顔で湯船に入ろうとするので俺はすかさず抱えて持ち上げた。
「ちょ、何してるの。入れないじゃない。」
そんな事を言われても掛け湯くらいはさせなければならない。
俺はオリジンをそのままシャワーがある場所まで連れて行くとお湯を出して肩から掛けた。
「マナーを守らないと怒られるだろ。」
「誰が見てるって言うのよ。そんなの良いじゃない。」
「そこは心の問題だ。誰も見てなくても後で入る人の事を考えて施設は綺麗に使うんだよ。」
しかし、そうなるとホロが最大の問題だ。
そう思っているとホロは人の姿へと変わっていった。
しかし、その姿はいつもの大人の姿ではなく幼い子供の姿だ。
これなら後で誰かが履いて来ても問題は無いだろう。
確かここの注意書きには女の子で男風呂に入れるのは8歳以下だったはずだ。
今の見た目は100センチも身長がないので大丈夫だろう。
「ホロもこっちで掛け湯をしなさい。」
「は~い。」
するとホロは俺の傍まで来ると自分でシャワーを出してお湯を浴び始めた。
どうやら二人とも髪の長さも自由自在なようで今はショートカットになっている。
これなら頭の上でまとめる必要もなさそうだ。
ここのお湯はアルカリ性なので髪が浸かると傷んでしまう。
まあ、二人の髪がその程度でどれだけ影響があるかは分からないが気を使っておいても良いだろう。
そして、掛け湯が終わるとオリジンはホロと一緒に湯船に駆けて行った。
それを見れば何も知らなければ子供がはしゃいでいる様にしか見えない。
しかし、オリジンはそのまま入ろうとしているので再び声をかける事になった。
「オリジン、タオルのまま入っちゃだめだ。」
「え・・・、え~~~!?」
どうやら、オリジンは日本の入浴マナーを全く知らないようだ。
ホロは知っていたのかタオルを頭にのせたまま湯船に入っている。
そしてオリジンは顔を赤くしながら俺の顔を見て悩んでいる様だ。
これを知らなかったからこうして入って来たのだろうが、マナーを守れないなら女湯へ行ってもらわなければならない。
彼女なら転移を使えば寒い廊下を歩かなくても移動が可能だろう。
「う~~~、仕方ないわね!。」
オリジンは悩んだ結果、タオルを外して湯船に飛び込んだ。
一瞬、オリジンの裸が見えたが彼女の見た目は幼いので欲情することは無い。
もし、あの姿で欲情していたら俺は今頃、警察に捕まっている。
流石に警視総監でも変態は守ってくれないだろう。
そして、俺もタオルを取ると一緒に湯船に浸かった。
その距離は微妙に空けているが家族ではないのでこんなものだろう。
するとオリジンが俺の顔を見て声をかけて来た。
「本当にあなたは好意を寄せてくれる相手以外に興味が無いのね。こんな美女が一緒に入ってるっているのに。」
「美女じゃなくて美幼女だろ。今の自分の姿をよく見て言え。それにその姿だからこうして入れるんだ。そうじゃなかったら叩き出してる。」
するとオリジンは少し笑顔を浮かべると俺との距離を少し詰めた。
「可愛いのは認めるのね。」
「当然だろ。大人の姿で町を歩けば大半の男は目で追うんじゃないか。大人の姿は見た事ないけどそれくらいは美人になりそうだ。ただ、俺はその大半には入ってないけどな。」
俺にとって重要なのは相手との繋がりだからな。
美人なだけなら裸で股を開いていても興味が持てない。
「そうなの。せっかくこうしてサービスしてあげようと思ったのに。」
その言葉と同時にオリジンは手が届く距離まで来ると俺の肩に手を乗せた。
しかし、その手はいつもの子供のモノではなく成長した大人の手だ。
俺は溜息をついてそちらに目を向けると想像した以上の美人が俺の横にいた。
「他の人に見られたら俺がホテルから追い出される。元の姿に戻れ。」
するとオリジンは俺の下半身に目を向けて大きな溜息を吐いた。
「本当に反応すらしないのね。」
そして反応した様子が無いのを見ると溜息と共に元の姿に戻った。
初めて見たが確かに言うだけはある。
あれなら時代によっては傾国のと言われていただろう。
「それで、ここに来た理由をそろそろ言ってくれ。貸しきりじゃないんだから何時かは人が来るぞ。」
「そうね。それじゃあ聞くけど、まだ私の加護は要らないの?」
そう言ってオリジンは澄まし顔で問いかけて来る。
その言葉に俺は今朝の事を思い出して渋い表情を浮かべた。
別に意地を張って俺が死ぬだけなら問題はない。
しかし、もしかしたら次の相手は龍である可能性もある。
リバイアサンは今の俺なら戦いにはなると言っていた。
それでも、もし相手が群れで押し寄せてきたらどうなる。
恐らくは俺が戦っている間に他の皆は蹂躙され、下手をすれば殺されてしまうだろう。
「私はどちらでも良いのよ。でもあなたが死ぬとお菓子もご飯も食べれなくなるの。それに私もこう見えてあなたの事は嫌いではないのよ。」
オリジンは俺の肩にもたれかかり甘える様な声を出す。
すると先ほどから湯船で一人で遊んでいたホロが俺の傍にやって来た。
「そう言えばオリジンは皆に加護をくれないの?」
「そうね~。一人頑固な人が居るからもう少し先になるかな。」
(ん?俺が貰えば皆にも加護をくれるのか?)
「そうよ。でもみんなの中心はあなたでしょ。あなたにあげないのに他の娘にはあげられないわよ。あ、でもアリシアは別よ彼女には特別な役割があるから。」
どういう理屈かは分からないが俺が加護を貰えば皆も加護が貰えて力が強化されるのか。
そう言えば、オリジンが何を司るかを聞いた事が無かったな。
「オリジンはどんな精霊なんだ。よく考えれば聞いた事が無かったな。」
「私は全てよ。」
「全属性って事か?」
「まあそんなところね。だから以前したように存在そのものを消すことが出来る。まあ、そんな事が出来るのも力を完全に使いこなしてるからだけど。あなた達に加護が付いても4人の精霊王から貰った加護が安定するくらいよ。」
そう言われると貰って損はない気がしてくる。
今も精霊力の制御には四苦八苦しているからだ。
「なら・・・貰っておくか。」
「ふふ、やっとその気になったのね。」
するとオリジンはホロには手を翳して加護を与え俺には頬に軽くキスをする。
俺はステータスを確認するとそこには精霊の母の寵愛が表示されていた。
そして俺の精霊力が集まる下丹田に意識を向けると今まで混ざり合っていたそれぞれの精霊力が分かれている。
感覚的になるが今まで無かった真ん中の一番大きな加護の周りを囲むように、今まであった4つの加護が玉の様に漂っている感じだろうか。
試しに魔法を使おうとするとその対応した精霊力が強まり、真ん中の加護が制御をしてくれているようだ。
これならかなり繊細な魔法も使えそうである。
「これで少しは力が使いやすくなったでしょ。」
「ああ。ありがとう。」
「いいのよ。精霊王達と違って私にはこれ位しかできないから。」
そう言ってオリジンは寂しそうな笑顔を浮かべる。
それに対して俺は首を横に振りその言葉を否定した。
「お前にはもっと得意な事があるだろ。」
すると俺の言葉に反応し期待のこもった瞳を向けて来る。
それに対し俺は優しく笑顔を返すと今度は警戒されてしまった。
俺も今回は自覚があるが、かなり悪い笑顔を向けている気がする。
するとオリジンはタオルで体を隠して俺と距離をとった。
「いきなり何よ。」
「いや、お前の得意なのは・・・。」
「暴飲暴食~~~!」
「その通りだ。」
最後の良い所をホロに取られてしまったがまさにその通りだ。
オリジンからこの言葉を取ると只の美少女になってしまう。
するとオリジンはワナワナと肩を震わせるとタオルを落として拳を握った。
「もうバカーーー!せっかくいい雰囲気だったのに台無しじゃない。」
そう言って拳を振り下ろして来るが俺はヒョイヒョイと華麗に交わしていく。
「もう避けるなーーー!」
そうは言われても攻撃は遅いが拳にはかなりの精霊力が籠っている。
一撃でも受ければ骨は確実に粉砕されそうだ。
折れるくらいなら我慢するが粉砕となると秘薬を使う必要も出て来る。
そんな無駄使いは避けたいところだ。
そして俺は精霊力の薄い所を感じ取ってオリジンの手を掴み取った。
今の状態ならいくらでも避けられるが浴場を壊すわけにはいかない。
絵面的には裸の少女を無理やり押さえつける形になるが仕方ないだろう。
人に見られれば事案として警察のお世話になりそうなので怖いが、今のところ近くに人は居ない。
そして、俺に止められると子供の様に頬を膨らまして視線を逸らした。
蹴りが飛んでくるかと心配したが大丈夫なようだ。
現在、下半身は無防備な状態なので本気で安心する。
するとオリジンはやっと一糸まとわぬ姿である事に気付いたのか今の状況に顔を耳まで真っ赤に染める。
そして俺の手を振り払うと勢いよく湯船に体を沈め再び俺を睨みつけて来た。
先程は誘惑紛いの事をしておきながら裸を見られるだけで怒っているので理解できないが理屈ではないのだろう。
どんな存在でも女とは難しい生き物である。
俺も今の間に体が冷えたので普通にオリジンの横に腰を下ろした。
「なんで横に入るのよ。」
「俺は元の場所に戻っただけだ。」
そしてその後は沈黙が続いた。
音を立てるのは天井から落ちる水滴と元気に泳いでいるホロだけだ。
俺はそれをほのぼのとした顔で見つめていると耐えきれなくなったオリジンが溜息をついた。
「ユウといると調子が狂うわね。」
「そうか?いつも楽しそうじゃないか。」
俺はいつものオリジンを思い出しそう答えた。
しかしよく思い出せば、エルフの国で会った時のオリジンは表情が殆ど動いていなかった。
今思えばつまらなそうな顔だった気もする。
「もしかして、演技して無理に楽しそうにしてたのか?」
「そんな事ないわ!いつも心から楽しんでるわよ!だから調子が狂うの。いままで・・・そんな事なかったから・・・。」
彼女はハッキリと俺の言葉を否定したが次第に声を小さくしていった。
最後は本当に小さな声だったが俺にはしっかりと聞こえている。
「なら、いいじゃないか。笑ってると病気に掛かりにくいって言うぞ。」
人間に関してはそうだが笑う門には福来るとも言うしな。
それに体はそう言う作りでも心は病むかもしれない。
俺自身、そう思って温泉に入りに来てるからな。
「私は病気になんてならないわよ・・・。て、何よそのおバカを見るような目は。」
「いや、すまない。そんな気はなかったんだが・・・。ププッ。」
「あ、もしかしてこの国にあるバカは風邪ひかないに当てはめてるの!?」
「そんな言葉よく知ってるな。偉い偉い。」
そう言って俺はオリジンの頭を笑いながら撫でてやる。
するとオリジンは先程とは違う意味で顔を赤くすると顔を逸らした。
手を払いのけるかと思ったが意外にも撫でられるのは受け入れている様だ。
「だから調子が狂うのよ。」
そしてオリジンは俺にも聞き取れないほど小さな声でつぶやいた。
しかし、ホロには聞こえた様で何かニコニコしている。
こうして過ごすのは初めてだが、家でオリジンとホロはかなり仲が良い。
ご飯を奪い合うライバルだがちゃんと友情の様なものも芽生えている。
だから、今もこうして一緒に風呂に入りに来たのだろう。
しかし、上手く聞こえなかった俺はオリジンに声を掛けた。
「何か言ったか?」
「何も言って無いわよ。」
そう言って顔だけでなく体も他所を向いてしまう。
丁度その時、外から誰かがやって来る気配を感じた。
オリジンは残念そうな顔を俺に向けると僅かに微笑んだ。
「時間みたいね。それじゃあ私は精霊王たちの所に戻るわね。」
精霊王たちは隣の女湯で壁に耳を付けてこちらを窺っている。
そんな古典的な事をしなくてもいくらでも方法があるだろうに。
「そうだな。それなりに楽しかったからたまには家でも一緒に入るか?」
「考えといてあげるわ。いつかユウのそれを反応させれたら面白そうだからね。」
そう言って彼女は笑顔でゆっくりと姿を消していく。
まるで今この時が名残惜しい様に見える。
俺はそんな彼女に向かって最後に声をかけておくことにした。
「そんな事で俺を誘惑するな。そんな事しなくても反応はしてるからあんまり揶揄ってると本気で襲うぞ。」
「え、マジで見せ・・・。」
そして言葉の途中でオリジンは消えてしまった。
本当に慎みがない奴だ。
それにしても今日のオリジンはいつもよりも表情が豊かだったな。
もしかするとあれだけ飲んでいたので酔っていたのかもしれない。
後で今日の事が黒歴史にならない事を祈っておこう。
ちなみに、ユウの予想は当たっており、オリジンは少し酔っていた。
そして、その酔いがさめるのにはまだ長い時間を要する事になる。




