132 神楽坂家の秘密
ある日、村に一人の男が訪れたそうだ。
その男は見慣れない服を着ていたが知識が豊富で人柄もよく、不思議な力を持っていた。
ある者はケガを直してもらい、ある者は病を治してもらった。
通常は余所者を受け入れる事は無いが男は自然とその場に居付き、村は平和に栄えて行った。
しかし、そんなある日、その村の地主は男の存在を知る事になる。
すると地主は兵を上げてその男を捕らえに向かった。
おそらく自分の為だけに力を使わせようと考えたのだろう
地主の命令に村人は渋々男の許へと案内するとその男を紹介した。
しかし男は地主の前に出た途端、巨大な黒い龍へと姿を変え地主と兵士を跡形もなく消し飛ばした。
その後男は自分を信じる者のみを連れて山の奥へと消えていったそうだ。
そしてその数年後、男は人間の女を愛し子を儲けた。
しかし、年月が経つにつれて人は寿命を迎えて死んでいく。
そして数十年の年月が流れたある日、男は竜の姿となり何処かへ消えていった。
その間に生まれた男の子供たちは親ほどではないが不思議な力を持っていた。
ある者は戦いに優れ、またある者は物作りに秀でた才能を発揮した。
その頃に作られたのが以前ゲンさんがマリベルに譲った切裂き丸や、サツキさんの使っている吸血丸と血喰丸なのだそうだ。
そして、彼らも人間にしては長く生きたが老いて死んだらしい。
その後、代を重ねるに従い力は弱まって行ったがその力を効率よく使うために生まれたのが神楽坂家が編み出して剣術なのだそうだ。
他にも幾つもの技術はあったそうなのだが長い年月で失伝してしまったらしい。
その中でもゲンさんとサツキさんは記録に残る剣士たちの様に強い力を発揮しているのだそうだ。
リバイアサンが先祖返りと言っていたのはそう言う事なのだろう。
そして大昔の話だけあって大まかな事しか伝わっていないようだ。
時間と言う物は全ての物を風化させる。
記憶も記録も例外ではない。
自然、人、あらゆる要因で記録は失われていく。
それが1000年となれば人の世では仕方がないだろう。
するとゲンさんはついでにと自分達の事も話してくれた。
それによると二人は同じ剣術を使う遠い親戚らしい。
血を絶やさないために強い力を持つ二人で結婚したそうだ。
まあ、二人を見ればそれだけじゃないのは一目瞭然ではある。
そしてその力は息子のシロウさんではなくその娘のアスカに引き継がれたそうだ。
彼女も強い力を持っているのでいつかは二人の様に強くなるかもしれない。
そうなるとアキトは大変だろうがカエデがいる限り大丈夫だろう。
それと彼らの家は代々才能に応じた仕事につくらしい。
ゲンさんとサツキさんは若いころ魔物を退治したり呪いを祓ったりしていたそうだ。
そして、なぜそんなゲンさんが政界に居るのかと言うとあるお告げがあったらしい。
どうやら、この日本には先見の巫女と言う者が存在しており、一部に絶大な影響力があるそうだ。
それによりゲンさんは政界に進出し、今は総理大臣になっていると言う事である。
ちなみにその人物は現在、予知夢が進化したスキルで未来視を持っているそうだ。
目を覚ましたスフィアは後継者としてその人物の許で修行中との事。
人間よりも遥かに長い寿命を持つエルフの後継者なので次の後継者が現れるまで務めることが出来るだろう。
そして話が終わると幾つもの事に納得できた。
最初に会った時から俺達に理解があったのは昔そういう仕事をしていたからだ。
戦いに慣れていたのもそういう経験があったから。
そして、日本が今の状況になってここまでピッタリな人間はいないと思っていたが、それにも理由が存在していたようだ。
「ならゲンさんは書類仕事とか大変だったのでは。」
「これだけ話して聞く事がそこか!」
「いえ、やっぱり大事だと思いますよ。俺は書類仕事はダメでしたから。」
するとゲンさんは溜息をついて疲れた表情を浮かべた。
やはり剣に生きてきて、いきなり政界に出たので苦労があったのだろう。
「ハッキリ言えば儂は殆ど書類仕事はしておらん。こういう人間じゃから周りが代わりにしてくれてまとめてある内容を読んで判子やサインをするだけじゃ。」
なんて羨ましい待遇なんだ!
それで頻繁に俺達と旅が出来ているのか。
最初の頃はそれなりに忙しいだろうと気を使っていたがその心配はしなくてよさそうだ。
「何か悪い事を考えておる顔をしておるな。言っておくがそれでもそれなりに仕事がある。年末から年始にかけて動き回ったから仕事がかなり溜まっておった。しばらく忙しいと言ったのはそう言う事じゃ。今回の事でまた少し忙しくなるかもしれん。まあ、災害が起きた時に比べれば微々たるものじゃろうがな。」
すると俺達の後ろの店員が恐る恐る声をかけて来た。
何だろうと思うと至極まっとうな言葉が出て来る。
「あの、そう言う国家機密みたいな話をここでされると困るのですが・・・。」
確かにその通りだが言うのが少し遅かったようだ。
それに話は既に終わっている。
まあ、普通に誰かに話したとしても殆どの人は冗談や妄想と受け取るだろう。
その為、聞いてしまった彼らには軽い感じで口止めはしておくことにする。
「まあ、言い触らしたりしなかったら大丈夫だよ。でも故意にすればそこの精霊達が黙っていないと思うよ。」
そう言って俺は精霊王たちを指差した。
彼女たちはいまだに美味しそうにお酒を飲み続けている。
しかし、その姿はまさにザ・ファンタジーといった見た目なので説得力だけはあったようだ。
店員たちは俺の言葉を信じ、新たに明かされた秘密にその場で膝を折った。
「どうして嫌って言ってるのにまた秘密を教えるんですか~。私達の平穏を返してください。」
「いや、喋らなければ平穏なままだと思うけど。それに彼女たちは最近地球の環境を整えてくれてるみたいだから近い内に一般にも情報が出回るはずだ。そんな大した事ないよ。場所によったら有名人みたいだし。」
(場所と言ってもそれは異世界側の大陸だけど。)
すると少しは落ち着いたのか彼らは立ち上がると何故か店の奥に行き色紙を持ってくる。
それを精霊王たちに差し出し何をしてもらうのかと思えば「サインください。」と言い出した。
「お前ら順応力が高いな。」
「こうなれば自棄です。有名人ならいつか自慢できるかもしれません。」
確かに精霊王のサインなら自慢できるだろう。
すると彼女たちは色紙を受け取るとそれぞれ字を書き始めた。
『大気清浄』
『水回り清浄』
『火災安全』
『地震安全』
すると書いた色紙が光を放ちはじめた。
どうやら護符の効果が宿ったようだ。
しかし、精霊王直筆の護符なのでその効果は計り知れないだろう。
そう思い空気を吸うとまるで都会を離れ、山奥にいる様な清々しさを感じる。
「ちょっと水道水を貰ってもいいか?」
「はい。でも、どうして?」
そして俺は水道水を飲むとそれはもはや水道水ではなかった。
まるで以前呑んだ日本名水100選に選ばれた湧水の様に美味しい。
他の皆も俺と同様に水を貰い飲んで驚きの表情を浮かべている。
そして俺はさらに試しで、魔法の火を壁に放ってみた。
「お、お客さん何してるんです!火事になったらどうするんです。」
しかし、店員がそう叫んでいるが火は壁に当たると燃え上がるどころか瞬時に消え去った。
しかも壁に焦げ目すらない。
恐らくは地震が起きて、この一帯が焼け野原になってもここだけは残るだろう。
そして、その光景を見て店員たちは驚き壁に駆け寄った。
「スゲーなこれ。俺達も貰えねーかな。」
そう言って彼らはチラリと精霊王たちに視線を向ける。
すると彼女らは苦笑を浮かべて頷きを返した。
すると何か書ける物をと探し、無いのが分かると店を飛び出していった。
客を置き去りにするとはなかなかに面白い奴らだ。
そしてここの傍にある店で着物柄の布を購入してきたようで皆でそれを差し出している様だ。
字は日本語ではないが先ほどと同じ意味の文字を書いている。
そして先程と同じ現象が起きてそれを彼らに手渡した。
「ありがとうございます。我が家の家宝にします。」
「買ったらいくら位するかな?」
「恐らく1000万以上はするかな。」
彼らの言葉に俺がボソリと答える。
売るところを選べばもっとするだろう。
なにせ俺の放った炎は小さいものだったが軽く1000度近くあった。
それが焦げ目すら付けられないのだから価値を知る者なら1億でも出すはずだ。
例えば豪邸を持っているとかすれば火災保険だけでもかなりの金額になる。
さらに高価な物が置いてあるならなおさらだ。
何処かの王室とかなら喉から手が出るほどに欲しがるだろう。
気付いてないかもしれないが殺して奪おうとする者が居てもおかしくない。
まあ、その辺は本人たち次第だろう。
そこまでは面倒を見切れない。
そして、酒すら切れた所で俺達は店を出る事にした。
ここまでに掛かった時間は約4時間。
キッチンで仕事をしていた店長と思しき中年男性は今にも倒れそうな程疲れている。
そして会計をすると面白い程長いレシートを渡された。
この店でもこれだけの物を客に渡すのは初めてだろう。
俺もこんなのを見るのは初めてだ。
そして、この人数で来て食費が100万円近く掛かったのも初めての経験である。
これでも護符の分、少しサービスしてもらっている。
あれがなければ確実に超えていただろう。
「ありがとうございました。また『皆さんで』来てくださいね。」
そして、俺達は笑顔で彼らに見送られて店を後にした。
何か皆さんと言う所で力が入っていたように聞こえたが気のせいだろう。
そして後は羽休めに温泉に入るだけだ。
オリジンたちの部屋はないので帰るのかと思えば温泉には入って行くらしい。
「日帰りも出来るでしょ。」
(何故それを知っている!)
日本に来たばかりなので知らないと思いきや、しっかりと知られていたようだ。
まあ、俺は男湯だし彼女たちは女湯に入る。
オリジンも大人の女性と言うなら慎みはあるだろう。
そして俺達は商店街を歩きながら一つの店に入った。
「ユウ、これは何なの?」
オリジンは置いてある商品を見て首を傾げている。
恐らく見るのが初めてなのだろう。
スーパーには置いてあるところもあるが専門で売っている店は珍しい。
しかし、俺はこれが大好きなのだ。
それにこれはホロの大好物でもある。
先程あれだけ食べたのに今にも涎を垂らしそうにしてショーケースに張り付いている。
「これは芋を加工して作った芋ケンピと言うお菓子だ。」
「なんだ芋か。」
しかし、食べた事のないオリジンは芋と聞いて興味を失った様だ。
だがそれは早計であると言えよう。
ちょうど試食も置いてあるのでそれを手に取ってオリジンに渡した。
するとオリジンは少し嫌そうな顔をするがホロは遠慮なく試食をパクパク食べている。
「ホロ、買ってあげるからそれくらいにしなさい。」
「は~い。」
ホロは渋々食べるのをやめて俺の傍に来た。
しかしホロはオリジンの持つ試食用芋ケンピをガン見し始める。
そして奪われると感じたのかすかさず口に放り込んで顎を動かした。
するとその顔は次第に笑顔に変わり、目を輝かせ始める。
そして気付いた時にはホロの様に遠慮なく試食を食べ始めた。
「オリジン・・・。」
「何よ。あげないわよ。」
いや、それはお前の物ではない。
しかも口に入りきらない芋ケンピが口からはみ出しているぞ。
それには流石の店員も苦笑いだ。
俺は店員に頭を下げて今ある芋ケンピを全て買い取る事にした。
「そんなに大丈夫ですか?」
「スキルで保存が出来ますから。」
そう言うと店員の女性は納得して商品をどんどんレジに通して渡してくれる。
最近スキルで通用するようになってきたので説明しなくても理解してくれるようになってきた。
俺は大量の芋ケンピを購入し二人に一袋ずつ持たせておく。
すると二人はそれを開けてすぐに食べ始めた。
どれだけ気に入ったのか知らないが、これは芋は芋でもサツマイモでここは芋自体がとても甘い。
油も癖がなく、砂糖の使用量も絶妙で、風味もとても良い。
これなら多めに買っておいてもすぐになくなるだろう。
そう思ったのも束の間、何故か二人は同時に手を差し出してきた。
見れば先ほど渡した袋が綺麗に折りたたまれている。
すると俺達の横で声が上がった。
「出来立ての芋ケンピはい・か・が?(ニヤリ)」
するとホロは俺の服を掴んで「キュンキュン」泣き始める。
オリジンは子供モードになって「パパ買って~」と連呼する。
俺は仕方なく再び大量の出来たて芋ケンピを購入して一袋を二人に渡した。
すると何故かその横にはメノウとカエデが増えており同じく手を差し出している。
まるで親鳥の気分を味わいながら俺は二人にも出来立てを渡して溜息をついた。
店員は大量に商品が売れたのでニコニコ顔だ。
外を見ればアキトとアスカが苦笑を浮かべている。
(お前らの所の子供(天使)なんだからお前らが面倒を見ろよ。・・・まあ、俺が買い占めたから今回はしょうがないか。)
その後、俺はホテルに到着するとそのまま温泉に向かった。
ちなみにここは15時から温泉に入れる。
時刻は16時なので浴場も開いているだろう。
そして、ここの大浴場は男女合わせて4つあり、朝と夜で男女の風呂が入れ替わる。
そのため、今から入って、夜にはもう一つの風呂に入る。
そして朝にも風呂に入る事で全てのお風呂を堪能できるのだ。
朝は少しゆっくりできないが問題は無い。
そして俺はタオルを肩に大浴場の暖簾を潜った。




