115 一時の休息と新たな厄介事
俺達は魔王を倒してゲンさん達と合流した。
「よくやった。しかし、あそこから巻き返すとは儂も思わんかったぞ。」
どうやら下から見ていてもダメだと思える程に危ない状況だったようだ。
実際に俺もあそこでライラ達からの応援が無ければ一緒に死んでいたと思う。
皆が俺を信じて勇気をくれたおかげでこうして生き残ることが出来た。
もう二度とあの様な状況になりたくはないが以前から同じことを繰り返している気がする。
そして、その度に仲間に助けられているのは気のせいではないだろう。
「いえ、仲間のおかげですよ。」
頭の悪い俺では有り触れたこんなセリフしか言えないがそれが真実だ。
だから仲間への感謝の気持ちは行動で示す事にする。
するとゲンさん達はそんな俺を笑い、胸を小突くと頭を雑に撫でて来た。
どうやら労ってくれているようだがもう少し滑らかに褒めて欲しい。
俺は犬も優しく撫でる派なのだ。
「それじゃあ。儂らは町に戻るか。」
そう言ってゲンさんは背中を向けサツキさんやアキトたちを連れて歩き出した。
しかしそんな彼らに俺は急いで声を懸ける。
「救命活動なら俺も行きます。」
しかし、そんな俺にゲンさんは首を横に振り「今は休め。」と言って再び歩き出した。
アキトを見ても「救助は自衛隊の仕事だ。」と言って取り付く島もない。
すると気が抜けたのか急に足から力が抜け、俺はその場に膝をついた。
どうやら、急激なスキル変化で命は助かったが、体がまだその力に馴染んでいないのだろう。
俺自身も自分の状況がよくわからないので少し慎重に行動する必要がありそうだ。
ゲンさんはおそらくこの状況を一早く理解して俺を残したのだろう。
そういえばサツキさんも今は何も言わなかった。
恐らくはあの人も珍しく気を使ってくれたようだ。
ならばこんな事は二度と無いかもしれないので今は有難く受け取っておこう。
そして、ライラ達は俺を心配し簡易的な休憩所を作ってくれた。
俺はそこのリクライニングチェアに腰を下ろすとゆっくりと目を閉じる。
「大丈夫ユウ?」
「ああ、少ししたら良くなる。」
すると再びスピカの声が聞こえて来た。
『ホープエンジン出力低下、モードをニュートラルへ。』
『出力変動、90・・70・・50・・10パーセントまで低下。安定域へと移行。』
そして原理どころかそれが何かも分からないホープエンジンとかいう代物の出力が低下すると、体の中で循環していた力が小さくなり、負担が軽くなってきた。
恐らくは、先ほどまでそれが全力稼働していたので体に負担が掛っていたのだろう。
それは車で言えば限界状態で走り続ける事に等しく、慣れないこの体が悲鳴をあげていた原因のようだ。
それでも、俺の中の力の流れは大きく変わっている。
今では精霊力と霊力にホープエンジンからの経路が繋がり、そこから緩やかに力を吸い上げている。
その為、俺の体からは微弱な精霊力が流れだし、まるで精霊の様に周囲の自然へと影響を与えている。
すぐには分からないだろうがこの戦いで捲れてしまった庭も数日で再び草が生い茂るだろう。
ただ精霊力に関しては良いが霊力についてはどうも消費しているというよりも何処かに溜めている感じだ。
回復していく端から吸い上げているが何処にも使われた様子が無い。
まあ精霊力と違いこちらは俺自身が作り出している力である。
ただ、体内の総量が少ないのでいざと言う時の為に溜めていてくれるなら助かると言うものだ。
後で自由に使用可能かも確かめておこう。
そして俺はまずはのんびりしながらスピカに問いかけた。
(ホープエンジンってなんだ?)
『希望を力に変える器官です。』
ここで器官ときたか。
まあ、生物の体内にあるなら間違っていないかもしれない。
しかし、俺は健康診断でそんなものが発見された記憶は一度もなかった。
ならそれは器官とは言っているが別な物の可能性がある。
例えば霊的器官。
先日、テニスに天使とデーモンの事を聞いた時、彼らは俺達とは別の方法で力を得ていると言っていた。
そして、俺の浅い知識からの消去法ではそれしか予想がつかない。
(これは天使が持つ器官じゃないのか?)
『その通りです。天使はこの器官によって人の希望からエネルギーを得ています。』
(デーモンは?)
『彼らはデスペアー(絶望)エンジンによりエネルギーを得ています。』
(なら、俺は天使と同じ存在になったのか?)
『その考えにはNOと答えます。』
『アナタはもっと別の存在です。』
別の存在ね。
人間とは言わないのが気にかかるがそこは良しとしよう。
他にもいろいろと気になるがメノウにも確認しておきたい事がある。
生憎、アイツは嬉々として町の人々を救いに向かった。
別に人命救助を否定する気は最初から無いので無理のない範囲で欲求を満たして来るだろう。
日頃は俺の家に半分縛り付けているような状況なのでこういう時にはある程度好きにさせてやりたい。
すると、俺の腹に何か小さなものが乗って来た。
俺はそれに手を当てると何かフサフサする感触が伝わって来る。
(こ、これは!)
俺は手で撫でながら目を開けるとそこには子犬形態のホロが乗っかっていた。
「ほろ~~~!」
俺は全ての疲労を忘れホロを抱き上げ撫でて頬擦りをする。
犬好きならこの瞬間に全ての疲れを忘れ、生きている喜びを最大に感じられるはずだ。
まあ、大人の状態のホロでもそれほど変わらないがやはり見慣れていないこちらの姿だと一段と可愛い気がする。
今ならさっきの魔王が一度に10体・・・いや100体現れても余裕で倒す事が出来るだろう。
『本人の希望が高まりホープエンジン出力急上昇!』
『80・・90・・100・・・100パーセントを突破!』
『ホープエンジンが強化されました。』
(え?何か言ったか?)
『ナンデモアリマセン。精神の安定を確認。ホープエンジン出力低下、モードをニュートラルへ移行。』
スピカが何か慌てていたがさっきよりも体の調子はすこぶる良くなった。
これもホロによるアニマルセラピーのおかげかもしれない。
するとそんな俺に何故かライラ達は呆れた顔を向けて来るが気にしない。
俺は今しかないこの一瞬を堪能するのだ。
「ホント、ユウはホロに激甘よね。」
「そうか、俺は皆にも甘いぞ。」
すると、何やら横から視線を感じる。
気になってそちらを見るといつの間にかアヤネがビデオカメラを回していた。
確かあれは、彼女を助けた時に証拠映像を残すのに使った物だ。
あれから使う機会が無かったので放置していたがアヤネが持っているとは思わなかった。
ちなみに、あの時の映像は外に漏らして良い物ではないので、メモリーは念入りに破壊し、燃やし、ライラがスキルで分解している。
新しいメモリーを買った記憶が無いので誰かが買っていたのだろう。
アヤネはカメラを止めるとその映像を俺に見せてくれる。
そこにはホロを徹底的に可愛がる俺の姿が移されていた。
しかし少し前までは俺もおっさんだったが今では20代最初の頃の見ために戻っている。
「これを見てどう思いますか?」
「何って普通だろ?」
俺は何を言っているのか分からず首を傾げた。
これの何処に異常があるというのだろうか。
恐らく俺の思いはテニスなら分かってくれるはずだ。
そう思っていると何処からともなく『ドドドーーー』と地面を踏み砕く様な足音が聞こえて来た。
すると空に浮かぶ月に人影が映し出され見事な回転を決めた。
そしてオリンピックなら新技で金も狙えそうな見事な技を見せると俺の前に土煙すら立てずに降り立った。
「かわい~~~!もしかしてホロちゃん?ホロちゃんよね。」
そう言って俺からホロを奪い取り俺と同じように撫でまわし、頬擦りをしているのは先程心の中で名を呼んだテニスだ。
「やっぱり普通だろ?」
そしてテニスの行動に俺は納得するとアヤネに視線を向けた。
すると深い溜息が返されるが俺の何が悪いのかが分からない。
仕方なく俺は瞬時にホロを優しく奪い返すとお腹の上にラッコの様に乗せて背もたれに背を預けた。
「あ~ん、意地悪。もう少し良いじゃない。」
「何を言ってる。俺達は魔王を倒して疲れてるんだよ。」
正確にはもう疲れはホロのおかげで吹き飛んでいるがそれを言う必要はない。
言うとまたホロを奪われそうだ。
「さっき、凄い力の波動を感じたけどもしかして勇者が現れたの?」
(勇者か。残念だがそんな奴は最初から最後まで現れなかったな。)
それにそんな奴がいて本当に名乗る事があるのだろうか。
俺なら確実に勇者認定された時点で黒歴史確定だな。
『ブフッ!』
(今笑たか?)
『いえ、気のせいではないですか?』
どうやら空耳だった様だ。
「いや、勇者は現れてないな。俺達と一緒に行動している天使はあの魔王は不完全体だと言っていた。きっと何処かで本当の魔王と戦っているんじゃないのか。」
「ん~それもそうね。勇者って愛と勇気と希望に満ち溢れた人物だと記されてるからあなた達の中にはいなさそうよね。特にアナタは意地悪だし。」
(まだ根に持ってたのか。)
しかし、そんな聖人みたいな奴が本当に存在するのか?
最近の漫画や小説ですらその手の勇者は噛ませ犬的な存在に格下げされているぞ。
一昔前のなら頭を千切って困った人に与える空飛ぶヒーローとかが有名だったが現実に居たらホラーだしな。
しかし、テニスはそう言って俺達に背を向け町へと歩き出した。
この状況でまだここに用があるのだろうか。
それともこの惨状を見てギルド職員として救助活動でもするつもりか。
「何処へ行くんだ?」
「ん?ちょっとギルドまでね。ギルドで一定以上の地位がある人は逃げられない様に居場所が探知できる様になってるの。ただ、生死は分からないから確認してくるわ。」
俺はそれを聞きプライバシーもあったもんじゃないなと思ったが、真っ当に生きている限り使われることは無いのだろう。
それに町がスタンピードに飲まれた時には安否確認が迅速に取れる。
こういった事に使われる方が稀なのだろう。
「それじゃあ、行って来るわね。」
そして彼女が町に出て1時間ほどでここに戻って来た。
その手には無造作に抱えられ言葉にならない声を漏らす男が一人。
ただ、その姿は異様で足がある所に腕があり、腕がある所から足が生えている。
恐らくはデーモンたちの玩具にされていたのだろう。
既に心が壊れている様で目は開いているが周りを見ている様子はない。
テニスは俺達の前に男を下ろすと質問を始めた。
「アナタは国と癒着しギルドの信用を貶めましたね。」
「あ、ああーそれでいいー。」
「私の家の修理費をギルドで保証してくれますね。」
「そーしてくれー。」
俺は何か酷いモノを見た上に、成りたくもない証人に仕立て上げられた気がする。
それを示すようにテニスは俺を見てニヤリとした顔を浮かべて来た。
どうやら、こいつがこの国のグランドマスターで間違いは無さそうだが精神が既に異常を起こし、肯定しか返事が出来なくなっている。
そんな男に保証させて何になるのだろうか?
そんな事を思っていると男はテニスに呆気なく殺されてしまった。
「テニス、殺すなら向こうでしてくれ。こう見えても俺達は一般人なんだ。見ていて気持ちの良い物じゃない。」
敵対したなら容赦はしないがそれ以外の人死には可能な限り見たくはない。
そう伝えると彼女は殺した男を遥か遠くに放り投げてしまった。
最初から最後まで酷い仕打ちだがあの男がしっかりしていれば彼女の家は燃やされる事は無かったかもしれない。
そう考えるとこの処置も仕方ないと思えて来る。
そして、それからさらに数時間後、やっとこの町にアルフェが到着した。
「皆さん大丈夫ですか!?」
アルフェは俺達が解放した4人の騎士を連れ、城へとに駆け付けた。
彼女は会った時よりも顔色が良くなっているのできっとライラ達が何かしたのだろう。
家のメンバーは気配り上手なので俺が気にせず放置していた事でも対処してくれる。
そして彼女は俺達の前まで来ると周囲に視線を走らせた。
恐らく魔王になった父である国王を探しているのだろう。
「魔王は死んだ。その死体も完全に消えてしまったよ。何か遺品をとも思ったが魔王の体は呪いの塊みたいだったからな。」
すると俺の言葉にアルフェは寂しそうに頷いた。
この世界の埋葬がどの様に行われるのかは知らないが、間違いなくあの王はこの国に大きな汚点を残した者として扱われるだろう。
そして、その娘であり次の王になると言った彼女も同じだ。
普通の功績では後世の歴史家どころか、今の国民すら評価しないだろう。
彼女にはこれから茨の道が待ち受けているのだけは確かだ。
そんな中で彼女がする事は少しでも王家の信頼を取り戻す事だ。
すなわち自らの手で町の人々を救助して回らなくてはならない。
ここまで天使やアキトたちが既に動いているが、この王都は広い。
まだまだ手が足りないので十分に知名度を上げることが出来るだろう。
それにどうやら王都での事を聞いてエルフの国に向かっていた者達も戻って来ている様だ。
しかし、千里眼で見てもあの動きならここに到着するのは明日か明後日くらいだろう。
相手がどう動くか分からないがそれまでには何とか救助だけでも終えておきたい。
探知のスキルがあれば人を見つけるのは簡単だし、別に瓦礫の中から救助する訳ではない。
今は千人以上で救助を行っているので今日中には終わらせることが出来るだろう。
それに戻ってきている王国兵の数は20000人程だ。
レベルも今までの王国兵と同じように低く俺達の敵ではない。
ただ、あの中には王族が二人ほど存在している。
名をバロメウスとカルモアド。
出来れば戦わないに越したことは無いがこの現状でアルフェの様に国を救うために動いていないので無理だろう。
せっかく魔王を倒して平和になったの言うのに虚しいものだ。
すると俺はフと先ほど逃げていったナイトメアの言葉が頭を過る。
「そういえばこのままだとまた天使たちが無茶しそうだな。ちょっと別の場所にでも送るか。」
そう言えばマリベルは各国の首都の近くには転移のポイントがあると言っていた
そこを使えば人々を救助したのちに彼女達を日本に送ることが出来る。
「メノウ、分かっているな。」
「はい、彼女達ももうじき限界です。後は人の手に任せ、ここを離れさせた方が良いでしょう。」
なんだかこちらに来てメノウがやけに優秀な気がする。
後の反動が怖いが今はそれに甘える事にしよう。
彼女は俺と少し会話を交わすと再び消えていった。
(いつもこれだけ優秀なら良いんだが・・・。でもこれだと気が休まらないな。まあ、日本に帰ればいつものメノウに戻るだろう。)
そして俺は連絡を入れマリベルにゲートのポイントを確認した。
すると、やはりここの近くにポイントはあった様で、すぐ近くの森の中の様だ。
「ユウさん、天使を集め終わりました。」
「分かった。家に入りきるかな?」
曲がりなりにも200人を超える大所帯だ。
ハッキリ言って家にそんな容量は無い。
「それならサイズを小さくしましょう。みんな、最小まで小さくなりなさい。」
そう言うと天使たちは全員が10センチくらいの妖精の様に小さな姿へと変わった。
これなら上手くすれば家でも収納できるだろう
「これなら大丈夫だと思います。一応マリベルに狭い様なら家の拡張をする様に言っておきましょう。」
確かに雨風さえ凌げれば問題はない。
彼女らも人間が一般的に必要な食事などをしなくても良いのでスペースさえあれば大丈夫だ。
室内もエアコンとライラ御手製の魔道具で冬でも寒くない。
快適とはいかないが数日なら問題なく生活できるだろう。
しかし、そうなると数人は家に帰した方が良いか?
「その必要はないと思いますよ。彼女達も天使なので人様の家で好き勝手はしない筈です。それにあちらにはマリベルとジェネミーがいます。二人の指示を聞く様に言っておきました。」
あの二人も家に馴染んでしっかり?して来ているので任せても問題は無いだろう。
その後、俺達は天使たちを連れて町を離れて行った。
そして、ゲートを開いてもらうとそこに天使たちを進ませ家に送って行く。
今回の指揮は、城で会った聞き分けの良い天使を任命している。
彼女達はそう言った事を気にしないようで任命された方はテキパキと指示を出し、周りの者は素直に従っている。
そしてゲートが閉まるのを確認すると俺達は後ろを振り向いた。
「どうしてお前は残っている?」
そいつは門で出会った天使の一人だ。
俺の指示を聞かずカエデに任せたのだがまさか自分の意思でここに残るとは思わなかった。
最初から気付いてはいたが一人だけなら問題ないと放置したがそれもここまでだ。
ゲートは明日まで開かないし、こいつ1人を送るにはコストがもったいない。
すると彼女は小さな声でメノウに訴えた。
「あの・・・。必ず役に立って見せます。」
どうやらメノウがいるので前回の様に強気には出れないようだ。
彼女は弱気な視線で俺達を見詰めると口を閉じた。
そんな彼女にメノウは少し冷たい声で言葉を掛ける。
「どうなっても知りませんよ。こんな短期間で幾度も変化した場合、その危険性は知っていますね。」
「はい・・・。」
(え、なに?それって危険なのか。危険なのに前に部屋では俺にそれをしろって言ったの?)
(私は良いのです。あの頃の私なら短時間で入れ替わっても力のある天使として自我を保てましたから。)
すなわち、こいつの場合は自我が崩壊する可能性があると言う事か。
流石にノーリスクで不老不死と言う訳ではないんだな。
「分かっているなら構いません。もしデーモンになったら容赦なく叩き潰しますよ。その事をしっかり覚えておいてください。それでは戻りますよ。」
なんだかメノウが立派な上司に見えて来た。
これは目の錯覚か?
そして俺達は町に戻ると明日に備えて動き始めるのだった。




