112 地獄の町
俺は町から離れると一瞬だけ周囲に向けて殺気を放つ。
彼らならこれだけで十分に気付くはずだ。
そしてしばらくすると俺の前に9人の者達が姿を現した。
「ゲンさんとサツキさんは分かるが自衛隊組が全員揃うとは思わなかったな。しかもシラヒメまで。」
すると彼らは苦笑を浮かべ俺に口々に言葉を投げてきた。
「それは俺達を侮りすぎだぜ。隊長には及ばなくても俺達も戦闘のエキスパートだからな。」
「私も最近はサツキ殿に鍛えられたのでそろそろ腕試しがしたかったところです。」
「後ろは任せろ。」
「久しぶりに全力全開で行くからね。」
「私達の真の実力を見せてあげます。」
どうやら俺が今から何処に行くかも分かっているようだ。
彼らはライラ達の護衛だが今はメノウに任せてあるので心配は要らないだろう。
あとは隊長であるアキトが了承するかだ。
「アキトは良いのか?」
「構わん。行きたい奴は連れて行く。お前こそ彼女らを置いて来ても良いのか?」
「ああ、怒るだろうがそれは後でいくらでも受けるつもりだ。」
そして俺達は車に乗り込むと走り出した。
運転はチヒロが引き受けてくれたので現在は後ろの座席に座っている。
アキトは精霊力を使いこなすために現在はもう一台の車で血が噴き出す特訓中だ。
あちらはヒムロが運転しているが恐らくあまりの惨状にルームミラーすら見る事は出来ないだろう。
アキトは疲労の事を考え事前にゲンさんから浄化済みの蛇肉を食わされている。
厳しい特訓をしてきたためか、生でも問題なく食べていたので流石である。
そして王都まで車だと4時間といった所だろうか。
仮眠を取っても良いがあの光景が頭を過り寝れそうにない。
(俺はこんなに人道的だっただろうか?)
昔の俺なら確実に彼らを見捨てて全員で攻め込む事を選んだだろう。
その方が生き残る確率も高く、もしもの時に逃げやすい。
こんな少数精鋭で攻め込む選択は絶対にしなかった。
(これもみんなに会った影響かもしれないな。)
そして俺達は4時間の道程を走破して無事に王都に辿り着いた。
王都には明々と火が灯り、まるで東京の夜景の様に輝いている。
しかし、その下では人間が切り裂かれ、殺され、食われているのだ。
それが悪と断言するのは傲慢かもしれないが助けを求められた以上は助けるしかない。
そして俺はこの胸に燻る苛立ちを消すために歩き出した。
それに続くように他の皆も俺に続いて来る。
「アキトは精霊力は使える様になったか?」
「大丈夫だ。何度か秘薬の世話になったがな。」
「それならこれを補充しておけ。さっきアリシアから貰っておいた。」
俺はあれからアリシアが持って来てくれた秘薬をアキトに渡しておいた。
これを使えば頭を吹き飛ばされない限りは傷を癒すことが出来る。
ここに来るまでにも既に幾つか消費しているので生き残るためになるべく多く持っておく方が良い。
それにアキトは帰ればアスカとの新しい生活が待っている。
若干、死亡フラグ気味で危険だが今の俺達なら心臓がくり貫かれても即死する事は無い。
死ぬまでに間に秘薬を飲む時間くらいはあるだろう。
「これがあると無いとでは生存率が違うからな。」
「生きて未来を掴み取れよ。」
「勿論だ。」
アキトは遠慮する事無く秘薬を受け取ると、それをアイテムボックスに収納し一つを腰のポーチへと差し込んだ。
そして門の前に来るとそこには他の町と同じく門番が立っていた。
しかし見た目は人間だが種族が違い俺のマップにはドッペルゲンガーと出ている。
これは以前にも見た事のある魔物でアスカに化けてスフィアを襲ってきた奴と同じ物だ。
他人に変身して姿だけでなく、声までそっくりに真似をする事が出来る。
しかし、変身している相手は恐らく生きてはいないだろう。
「止まれ、身分証を見せろ!」
すると今までの町とは違い威圧的な態度で声を掛けられた。
なので俺は敢えて運転免許証を取り出して門番に見せた。
一応事前に他の町や村でも確認したがこれでも問題はないらしい。
「これは何と書いてあるんだ!?」
「言われた通りに身分証です。名前に住所や生年月日も書いてありますよ。」
「こんな物は認められん!他になければ不審者として投獄する。」
どうやら言語スキルが低い様で書かれている字が読めないようだな。
だが辺境の門番でも読める物が王都で門番をしている者に読めないのはおかしい。
まあ、魔物なので言語にあまりポイントを振っていないのだろう。
それにおそらくは投獄と言っているので行けばもれなく命は無いと考えた方が良い。
もしかするとここに来た人間には難癖を付けて捕まえているのかもしれない。
あの光景を人間に見られるのは都合が悪いだろうからな。
俺は面倒になったので剣を抜こうとしたのだが俺よりも気の短いのが居たようだ。
すると後ろで鍔鳴りがしたかと思えば目の前の門番が魔石を残して消えていく。
そしてそれを見た他の門番が剣を抜いてこちらに襲い掛かって来た。
(出来ればこの閉じてる門くらいは開かせたかったけど、俺も同じことを考えたからまあいいか。)
すると自衛隊組からヒムロが歩み出ると門へと近寄って行った。
どうやら門番は俺達に任せて何かをするようだ。
ヒムロは無駄のない動きで何か粘土の様な物を取り出すと鉄の扉に押し付け、棒を差し込んでから戻って切った。
「爆弾セット完了です。」
その言葉を聞き俺達は魔物兵を斬り殺すと少し離れた窪地へと走ってしゃがみ込んだ。
「起爆させます。」
「もう少し待て。」
しかし、起爆の寸前にアキトがストップをかけた。
どうやら無理に門を開けなくてもあちらから出迎えてくれるようだ。
少しすると鉄の門はあちらに向かい開いていき、そこからはデーモンや魔物の群れが押し寄せて来る。
どうやら魔物はキメラやオルトロスといった獣系で構成されているようで、その数は100を超えている。
そしてデーモンたちは二本足で立っているが人の姿をしていない。
確認すると彼らは下位デーモンのようで見るからに頭も悪そうだ。
それが20人で構成されており辺りを見回し俺達を探している。
そして横を見れば俺以外の全員がとてもいい笑顔を浮かべていた。
「ヒムロ。」
「ヘイ、大将。」
「やれ。」
「待ってました!ポチっとな。」
『ドゴーーーーン』
するとヒムロの仕掛けた爆弾は見事に敵の第一陣を木っ端微塵に吹き飛ばした。
そして風を送り込み煙を晴らすとそこには20人の天使が倒れている。
どうやらデーモンは全て即死しまった様で反転して天使に変わったようだ。
俺達はその場に駆け寄ると天使の顔を叩いて目を覚まさせていった。
戦力にはならないが貴重なサポーターとしては活用できる。
彼女達は目を覚ますと俺達の顔を見返して来た。
その中で一人の天使が口を開き話しかけて来る。
「あなた達は?」
「俺達は今から人々を救いに行く。少しだけで良いから手伝ってくれるか。」
「分かりました。微力ながらお手伝いします。」
そう言って彼女は背中を見せて走り出そうとしたのでその長い髪を掴んで走り出すのを停止させた。
「痛いです。」
「勝手に動くな。お前達がデーモンになったらまた倒す手間がかかる。俺達の指示に従え。」
「嫌です。」
(やけにハッキリ言う奴だな。メノウやカエデとはまた違ったタイプだ。)
するとアキトが溜息を付きながら空を見上げ声を出した。
「カエデ、どうにかならないか?」
「お任せください。」
すると空からいつの間にか付いて来ていたカエデがアキトの横に舞い降りた。
車には乗っていなかったが、考えてみればウチの基本的なメンバーは全員が来ている。
そうなるとアキトの所の天使であるカエデが来ていないはずはない。
そしてカエデは天使たちに視線を向けると当然の様に指示を出し始めた。
「中位天使として命じます。私の指示に従いなさい。」
「分かりました。」
どうやら天使には明確な上下関係があり、上の命令には従順な様だ。
俺の言う事を聞かなかった天使も眉一つ動かさずにカエデの指揮下に入る事に頷いている。
これならデーモンを倒すのに二度手間はしなくても良さそうだ。
俺達はカエデを後方支援の要にすると天使たちを任せ町へと入って行った。
大きな町だが現在この町には魔物が数万体とデーモンが200人ほど存在している。
先程20人ほど倒したので残りは180といった所だろうか。
生きている人間もかなり居るが五体満足かまでは不明だ。
それに生きてるだけで精神が壊れている者も居るかもしれない。
そして俺達が町に入ると早速魔物たちがこちらを見つけ押し寄せて来た。
するとそれを薙ぎ払うようにアキトと自衛隊組が手に機関銃を持って一斉に連射する。
しかし、魔物が多いため流れを押し戻すまでは至らず、ジワジワと押されるようにこちらへと押し戻されてくる。
しかも屋根の上からも飛んで襲って来る奴も居るのでそちらは他のメンバーで対応しなければならない。
するとアキトは弾が切れると同時に精霊力を銃に込めた。
すると銃身は赤熱しアキトの手からも肉が焦げた匂いが上がる。
「これでもくらえーーー!」
しかし、発射までは持ちこたえた様で機関銃の先端から魔物に向かい巨大な炎の竜巻が巻き起こった。
それは目前まで来ていた魔物の群れを飲み込み、その影すら消滅させていく。
それと同時にアキトの手から銃は溶け落ちてしまい唯の鉄の塊へと姿を変えた。
「隊長カッケー。」
「ヒムロ、無駄口を叩く暇があったら一匹でも多く仕留めろ。この攻撃はかなり精神的な負担が大きい。しばらくは使えないぞ。」
そして今の一撃で魔物を押し返したおかげで俺達の前には無数の魔石と空間が生まれた。
しかし俺達はその場に立ち止まらず更に先へと進む。
すると前方から再び魔物の群れがやって来た。
しかもその魔物とはラージスケルトン。
大剣で武装しており、反対の手には盾も持っている。
銃弾にも耐性があり、体も4メートル近くあるかなり強力な魔物だ。
「お前達は魔法と周辺の警戒に切り替えろ。ここは俺達で始末する。」
すると待ってましたと最初に飛び出したのはシラヒメだ。
彼女の攻撃は全て打撃なのでスケルトンとは相性が良い。
俺も剣に魔力を込めて強化するとそれに続いた。
すると彼女は腕に魔力を込めると嬉々として腕を腰だめに構える。
しかしその構えには少し前に見た記憶があり、予想が合ったっていればサツキさんも使っていたはずだ。
(あれはもしかして・・・。)
「我が拳は全てを穿つ!喰らえ、螺旋撃ー!」
やっぱりあれは先日のオニキスとの試合でサツキさんが使っていた技だ。
しかし、シラヒメの螺旋撃はその比ではなかった。
彼女の攻撃はそのまま一体のラージスケルトンを巻き込んで粉砕すると、その後ろにいたラージスケルトン数体も粉砕して突き抜けた。
それを見てサツキさんはニヤリと笑うとシラヒメに声を掛ける。
「完成させたのですね。」
「ええ、ここに来る前にギリギリで。」
それにしてもいつの間に仲良くなったのか二人の話す姿はとても楽しそうに見える。
もしかすると同じ戦闘狂という繋がりで互いに感じるものがあったのかもしれない。
ただ、見た目は明らかに美女と野獣だが、問題は美女の方が本当の怪物であると言う事だ。
そしてサツキさんは迫るラージスケルトンに視線すら向けず軽く一閃する。
するとその一撃でラージスケルトンは体を維持できなくなったかの様に崩れ去った。
「やはり、アンデットにはツクヨミが効果的の様ですね。」
そう言って彼女は次々にラージスケルトンを容易く倒していく。
ちなみに斬撃に耐性の高い魔物だが、ツクヨミは硬い殻の様になっている骨には触れずに核だけを破壊できる。
普通の魔物なら痛くも痒くもない攻撃でしかないが、アンデット系には効果が抜群のようだ。
しかしハッキリ言ってサツキさんに螺旋撃が必要なのだろうか・・・?
そして他の者達も攻撃方法を切り替えツクヨミを放って敵を倒していった。
すると俺は地面に足を着いた時に地震の様な僅かな振動を感じとる。
(これは下に何か居るな。)
そしてマップで下を確認するとそこには大量のワームが巣くっていた。
その大きさは5メートルを超え、中には20メートル以上ある奴も居る。
俺は小声で周囲の精霊に呼び掛け力を借りる事にした
初めての事だが今の俺なら出来るはずだ。
「水の精霊達よ。地下水を噴き上げさせてくれ。」
『良いけど町が大変な事になっちゃうよ。』
「そこは後で考える。美味しい蜂蜜をやるから頑張ってくれ。」
『エ!本当。ならみんなで頑張る~。』
すると聞こえて来た声は消え、代わりに別の振動が伝わり始めた。
マップには映らないが足元のワームの動きが変わり、苦しむように逃げ惑っている。
ちなみに、この魔物の恐ろしい所は不意に足元から現れ襲撃されるところだ。
しかも奴らには目が無く、移動する時の振動や音で襲って来る。
そのため地上にさえ誘き出す事が出来れば弱く、奇襲されなければ殆どが雑魚の魔物だ。
そして精霊達が上手く誘導してくれたのかワームたちはラージスケルトンの群れの中央に現れた。
そして、地上に顔を出した奴らはその場で大量の水を吐きながら暴れ回っている。
それに混乱しているのか、周囲のラージスケルトンを敵と勘違いしてその体で弾き飛ばし始めた。
『どう、上手くやったでしょ。』
「よくやった。これがお礼の蜂蜜だ。みんなで仲良く食べろよ。」
俺は大きな樽を出すとそれを小さな粒にしか見えない精霊たちへと渡した。
すると樽は消え、周囲に歓声が聞こえたかと思えばすぐに遠ざかって行く。
「アキト!ワームはあれで全部だ。ヒムロたちに対応させてくれ。」
「分かった!それと前にも言ったが何かする時は報連相を忘れるな。」
「ああ。」
そう言えば以前にもそんな事を言われたが完全に忘れていたな。
普段くらいの戦闘ならともかく地面から水を大量に噴出させ、大量のワームを出現させるなら事前に言っておくべきだった。
しかもワームの中には巨大な奴も混ざっているのであんなのが急に飛び出して来れば大抵の人が驚いてしまうだろう。
しかしラージスケルトン達はワームの出現でかなりの被害を被っている。
特に巨大なワームが暴れまわったおかげで残っていた半数は始末できた。
ここは敵を驚かすにはまず味方からという事で勘弁してもらおう。
「このデカいのは儂が貰おうかの。」
そして周囲の魔物が減った所で残っていた巨大ワームにゲンさんが向かって行った。
すでに手に持っている剣が黒く輝いており、その攻撃はワームの体をまるで漬物の様に簡単に輪切りにして始末した。
すると、どうやらこのワームはかなりの年月を生きた魔物だった様で斬られても消えず、死んだ後でも体が残っている。
しかも肉の断面は生意気にも霜降りの肉の様だったので美味しいかもしれない。
(一応回収だけしておいて食べるかは後で考えよう。)
ワームと言っても見た目は完全にミミズなので食べるとすると少しだけ勇気がいる。
しかし、これだけデカいとバラしてしまえば唯の肉なのでなんとか食えそうだ。
もし普通にミミズを食えと言われても今の俺ではハードルが高いだろう。
そしてスケルトンがラージスケルトンとなって襲って来てくれたおかげでこの町に犇めいていたスケルトンが大量に減ってくれた。
あれは100を超える魔物の集合体だが、俺達と相性が良かったので逆に効率が良くなって助かった。
恐らくは大量のスケルトンと戦うよりはかなり楽だっただろう。
しかし、あの魔物があれだけいたと言う事は、人間がそれだけ犠牲になっている証拠でもある。
俺達は油断する事無く歩きながら彼らの冥福を祈った。
すると前方から何者かが複数やって来た。
見れば上半身は女性だが下半身は蛇の姿をしたナーガという種族らしい。
確か奴らは魅了を使うんだったか。
そう思っていると急にヒムロが膝を付いてしまった。
そしてその顔を見れば頬が赤くなり1人の少し小さなナーガを見詰めている。
どうやらこの様子だとさっそく魅了に掛かってしまったようだ。
しかし、周りを見ても誰も魅了された様子はない。
それ所かフウカとミズキには白い目で見られている。
(もしかして魅了に掛かった訳じゃあないのか。)
するとヒムロは急に立ち上がると何も言わず走り出した。
それに対して周りのナーガは攻撃を仕掛けるが彼はまるで柳の様に攻撃を躱してそのナーガの許に辿り着いてみせる。
(いつもあれくらい動けばもっと評価されそうだけどな。)
しかし、どうやら魅了に掛ったのではなく、いつもの病気が発症しただけみたいだな。
シラヒメが居るので最近は落ち着いていると他のメンバーが言っていたが、恋?は不治の病なので仕方ないかもしれない。
『類は友を呼び、友は同類を庇うのですね。』
(俺を何で同類扱いする。)
『自分の胸に手を当てて聞いてみればどうでしょうか?』
(・・・やっぱり俺にナンパをした記憶はない。)
『は~~~・・・。』
なんだかスピカから大きな溜息をつかれてしまったが俺の出会いの全てにおいて下心は存在しない。
特にライラからの告白を受けてからは周りへも気を使って行動していたつもりだ。
それはさて置きヒムロは意中のナーガの手を握ると真剣な目で見つめ声を掛けた。
「惚れた。俺と来ないか?」
「え、ちょ!私は魔物よ。そんな事出来る訳ないでしょ。」
何やらそのナーガは顔を赤らめながらヒムロの誘いを断っている。
すると先ほど擦り抜けたナーガ達がヒムロの背中に爪を振り下ろした。
しかし、避ければヒムロの代わりに目の前のナーガに当たってしまう。
そう考えたヒムロはそのまま動かずその爪を背中で受け止めた。
「馬鹿な男だ。魅了に騙され隙を晒すとわ。お前も何をしている。その男を絞め殺しておしまい。」
「わ、分かりました!」
するとそのナーガもヒムロに体を巻きつけ力を籠め始めた。
それを受けてヒムロは何故か笑顔で言葉を続けた。
「刺激的な抱擁だね。君に触れることが出来て嬉しいよ。でも俺は魅了を受けていない。それだけは信じてくれ。」
「あ、その・・・。ごめんなさい。私は弱いから・・・仲間の言う事には逆らえないの。」
するとナーガは今にも泣きそうな顔でヒムロへと声を掛けた。
ただヒムロの様子から絞め殺せる程の力は籠っていない様に見える。
それに突然の出来事に動揺しているというよりも、あちらもまんざらでは無さそうな雰囲気だ。
「もし、彼らがいなかったら俺の所に来てくれるのかい?」
「え!その・・・・・はい。」
すると途端にヒムロの目つきが変わり、体は赤い膜に包まれ拘束を擦り抜けた。
どうやら彼のスキルが進化し、魔装を纏った様だ。
ヒムロは笑顔でナーガにウインクすると敵であるナーガに切り掛っていった。
「俺の愛を冒涜するのは貴様らかーーー!」
酷い言い掛かりだが本人達の意識の違いだろう。
ヒムロは鬼の如き表情と鬼神の如き働きで一人を残し全てのナーガを倒してしまった。
それを見てヒムロが口説き落としたナーガはまるで乙女の様な目をヒムロに向けている。
仲間を倒されたのに気にはならないのかとも思うが魔物は元々そういった仲間意識が薄い。
それに恋は盲目と言うので彼女には今のヒムロが王子様にでも見えているのかもしれない。
そしてナーガを倒し終わったヒムロは彼女に再び手を差し出した。
「一緒に行こう。」
「はい!」
まさにハートが付きそうな元気な返事にヒムロは笑顔で返し彼女をテイムした。
その様子をシラヒメは少し呆れ顔で見ていたが文句は無い様だ。
ヒムロは彼女の手を取り名を告げた。
「君は黒姫だ。その美しい黒髪と鱗。一目で好きになった。この名前を受け取ってくれるかい。」
するとクロヒメと名を付けられたナーガはコクリと頷くと手を繋いだままシラヒメの許にやって来た。
するとシラヒメは苦笑を浮かべ腕を組んで胸を張る。
まるで何処かの番長か姑の様だ。
まあ、あちらも姑ではなく、位置的には奥さんなんだけど。
そしてヒムロは少し怯えているクロヒメにシラヒメを紹介した。
「この人はシラヒメだ。君と一緒で俺がテイムした仲間だから仲良くやってくれ。」
「わ、分かりました。シラヒメさん、若輩ですがよろしくお願いします。」
「ええ、こちらこそよろしく。一緒にこのスケベをビシ!バシ!鍛えていきましょ」
「はい!」
そう言ってクロヒメは尻尾で地面を叩いて軽快な音を立てて笑顔を浮かべた。
どうやらヒムロの夜に新たなプレイ!が加わってしまった様だ。
なんだか顔色が少し悪いがそこは自業自得として上手くやって行くしかないだろう。
「それで人間にはなれるの?」
「大丈夫です。街に居る間は人間の姿で生活していましたから。」
そう言って彼女は変身すると人の姿になる。
すると丁度着ていた服がワンピースなので腰から下も隠してくれた。
その身長は150程とやはり少し小さい気がするが美しい少女である事に変わりはない。
ヒムロはクロヒメをシラヒメに任せると俺達の所に戻って来た。
「お待たせしました。」
「ヒムロ。」
「はい。」
どうやらこの状況であの様な事をしたので覚悟は出来ているようだ。
ヒムロは手を後ろで組むとアキトに真直ぐな視線を向ける。
それを見てアキトは溜息を吐くとその頭を軽く小突いた。
「次は許さんからな。」
「ありがとうございます!」
実際、この時ヒムロはアキトが言っていたテイムの相棒は一人までという言い付けも破っている。
しかし、殺伐とした中で失われなかった命が一つでも増えた事にアキトは内心で喜んでいた。
それが例え人でなく、敵であった魔物だとしてもアキトには関係ない。
既に彼らの中では魔物と人間の命の違いは希薄になっていた。
そして、彼らは城に向かい歩き始めた。
既に1万は切り始めている魔物だがまだデーモンが200近くは残っている。
油断が出来ない戦場である事に変わりはない。




