110 自分の中にある力
その夜、俺は密かにスピカから指導を受けて精霊力と霊力が使える様になる為に近くの森で訓練をしていた。
『まずはスキルの集中を使い自分の中にある力を感じ取ってください。』
俺は指示に従ってスキルを発動し自分の中に意識を向けてみる。
そして自分の中にある目に見えない何かを探り足先から頭の上までをじっくりと観察して行く。
すると初めて意識して分かったが俺の中には複数の力が内包されているようだ。
まずは簡単な所で魔力だが、こちらまるで漫画で良く見るオーラの様に体全体を包み込んでいる。
そして魔法やスキルを使うと該当する場所に向かって移動し、現象を起こしたり体を強化してくれている。
しかし、更に探ってみるとその他にも3つの力を感じ取ることが出来た。
(3つ?残り2つのはずなんだが。・・・まあいいか。)
それらは額、胸の中心、ヘソのあたりに分散しており、ヘソ、頭、胸の順に力が大きい。
そしてヘソの部分に意識を向けると何か自然と言うか曖昧だが風、水、火、土のイメージが頭に浮かんでくる。
『精霊力はユウの世界でいう所の下丹田に集まるそうです。使用する時はそこから力を引き出す必要があります。』
とは言っても初めて感じたがこの力は途轍もなくデカい。
俺の力を穏やかな小川だとすればこの力は濁流に思える。
少し引き出すだけでもかなりの危険がありそうだ。
こんな物をゲンさんとサツキさんは平然と使っているとするならあの強さにも納得できる。
『特にユウの寵愛は彼らの加護よりも遥かに強力です。少しずつ慣らしていきましょう。』
(ああ、そうするしか無さそうだな。)
そして次に大きな力は額のあたりにある。
上丹田というのか、意識すればなぜ今まで気付かなかったのかが不思議なくらいだ。
ここからはライラと同じ気配を感じ真直ぐな優しさが伝わって来る。
恐らくは彼女の加護により霊力が集中している場所だからだろう。
こちらの力も大きい事には変わりはないが、まるで大河の様に穏やかに流れているので使用には問題が無さそうだ。
ただ、こちらに関しては扱い方を聞いていない。
もし出来なければ帰ってからライラに教えてもらう事になる。
そして最後は胸である中丹田と言われる辺りにある力だ。
こちらは何故か何となく使い方が分かる。
まるで使い慣れた箸を使うように自由に操作できるので、もしかしたら以前から無意識に使っていたのかもしれない。
力としては小さいがこちらだけは他と違い使用するのに支障は無さそうだ。
その為、まずは大人しそうな霊力から試してみる事にした。
まずは目を瞑り意識をそこに集中する。
流れを感じ取りそこから水を汲む様にゆっくりと力を抜き取って行く。
それで左腕だけを強化し、そこに聖装で強化した木刀を振り下ろした。
『バキッ』
すると普通なら腕の骨が折れる筈なのに木刀が折れてしまい俺の腕には痣だけが刻まれた。
だが俺は単純に霊力を引き出して腕を覆って強化する様にイメージしただけだ。
それなのに全力の聖装が弾き返されるとは思わなかった。
試しておいてなんだが俺は腕か飛ぶことも覚悟していたのに霊気とは魔力を遥かに上回る力を秘めていると言う事だ。
これで力の一部なのだから使いこなせればかなりの助けになる。
ただし慎重に力を汲み取らなければ土手が決壊して力が暴走しそうだ。
ライラはこれ以上の力を使いこなしているので流石と言う他ない。
そして問題は精霊力だがハッキリ言ってこの力は纏まりがない。
恐らく4つの属性が混ざり合っているからかもしれないがまるで渦を巻く様に動き回り常に形を変えている。
もしかしたらこれにオリジンの加護が加われば纏まりが生まれたのかもしれないが彼女の力は人間には危険で大き過ぎる。
そのため難しいだろうが今の状態で使う方法を見つけるしかなさそうだ。
俺はまずこの力が何に反応するのかを確認する事にした。
「まずは魔法を打ってみるか。」
そして被害の出ない上空に向けて風の魔法を放ってみる。
すると先ほどまで纏まりを見せていなかった力の流れに変化が生まれた。
今までは互いに混ざり合ってマーブル模様になっていた力の流れから風を示す緑色の光が浮上してきた。
どうやら精霊力を安全に使うには魔法に転用するのが一番簡単そうだ。
そして今度は水の魔法を放とうと考えると水を示す青色の光が強まってくる。
俺はその光をそっと汲み取るとその力で魔法を魔法に込めてみる。
すると軽い水刃を放つつもりが巨大な水竜巻が発生してしまった。
どうやら使う事には成功したがこちらも力のコントロールが難しそうだ。
仲間が前で戦っている状態ではフレンドリーファイアの可能性もあるのでしばらく控えた方が良いだろう。
もっと訓練をしてサツキさんの様に研ぎ澄ませることが出来れば強力な武器になる。
(そういえばサツキさんはいつ加護を貰ったんだろうか。エルフの国には一緒に行っていない筈だが。)
『精霊王達は食事に来るたびに加護を持っていないメンバーにも加護を与えています。』
(タダ飯ぐらいではなかったんだな。それなら今度は蛇肉をご馳走してやろう。クオーツが浄化すれば美味しく食べられるはずだ。あれ?と、言う事はホロが呪いを強く受けたのはあの肉を食ったからか。)
俺はあの時の事を思い出すとスピカに確認を取ってみる。
すると彼女からは『その通りです。』と返事が返って来た。
「は~。拾い食いはしない様に言っておかないとな。」
いくらスキルの効果で腹を壊さないと言っても今回の様に命に係わる事もある。
ホロにはしっかり言い聞かせておかないといけない。
きっとご褒美をチラつかせれば頷くだろう。
『ユウはホロを甘やかすダメな飼い主であった。』
(何か言ったか?)
『いえ、何も。』
力の確認も終わったので俺は皆の許へと戻る事にした。
町を抜け出してきているのでバレると面倒だ。
特にサツキさんに今のを見られた日には、力を使いこなせるように朝までの特訓コースが待っているだろう。
そして振り返ると何故かそこには再び良い笑顔のゲンさんとサツキさんが木の影から顔を覗かせていた。
(イヤ~~~!またかよ~!)
「見たわよユウ君。やっと自分の中の力を自覚して使える様になったのね。」
「流石にそろそろこちらで教えようかと思っておったがこれで一安心じゃ。それじゃ次のステップに行こうかの。これからの修行は少し辛いぞ。」
「あの・・・。今までも手足が飛んだりして辛い修行だったと思いますが?」
「ははは、そんなの序の口じゃ。これからは失敗すれば死ぬ。その程度じゃよ。」
(その程度じゃねえよ!この夫婦はホントに似た者同士だな。結婚してるのが分かった気がするぞ!)
そして、今夜も眠れない夜がやって来る。
ちなみに今日の修行でも何度か腕が飛んでいく事になった。
力の制御を誤るとその部分が内部から破裂するからだ。
そのため初めて霊力による回復のお世話になったがその効果は目を見張る程に高まっていた。
これが無ければ下手をすると何度も秘薬のお世話になり、千切れて行った俺の手でオブジェクトが作れる所だった。
しかも何故かとても元気な二人が気になりその事について聞いてみたのだが。
「そういえば二人は毎晩元気ですね。何か秘訣でもあるんですか?」
「先日倒した蛇肉を食べるとな、元気が湧いて来るんじゃよ。」
「そうね、心も体も若返ったみたい。」
「なるほど。ってか、あの肉は呪われていたでしょ。」
(と、いうよりもそれ以上見た目が若返ったら少年少女になってしまいますよ。)
そんな事よりもあの肉はかなり強力な呪いが掛かっていた。
それを食べても二人には問題ないのだろうか?
すると二人からはとんでもない返答が返って来た。
「そんなモノ、肉と一緒に噛み砕いてやったわい。」
「五臓六腑に染み渡る美味しい呪いだったわ~。」
(もうこの人たちを人間と呼んではいけないのではないだろうか。そう言えばスピカが既に人間の枠を超えていると言っていたな。もしかして二人は既に人間ではないのではないのだろうか。)
その後、俺は丹田法や気功法などをみっちり教え込まれ、精霊力と霊力をある程度使いこなせるようになった。
ただ救いなのは今日の修行にアキトが含まれていない事だ。
今回の修行は精神力を信じられない程に消耗したので今日の朝は運転が出来そうにない。
それにここまで疲労を感じるのは本当に久しぶりだ。
そのため、安全はアキトに委ねられる事になった。
二人の言い方から推測するにアキトはまだこの力を使えていないのだろう。
もしかしたら、この流れで明日にはアキトにこの修行が行われるかもしれない。
その場合は俺が車の運転をしてやろう。
サツキさんの運転は二度と御免だからな。
そして、空が白み始め太陽が見え始めたがそのありふれた現象がこんなに美しいと思ったことは無い。
俺は太陽が昇るのを見た時に「俺は生きてるー。」と心の底から実感できた。
それ程までに昨夜の修行は辛く厳しいものだった。
(さよならお月様!おはよう太陽!)
そしてここまで来れば後は自主トレで良いそうだ。
後は反復による慣れとイメージが大事らしい。
俺は疲れ果てて町に戻るとホロ達と合流して出発していった。
(俺も蛇肉喰おうかな?)
そんな誘惑に駆られながら今日はホロの膝を枕に眠りの世界へと落ちて行った。
ただ、昨夜の後遺症か夢の中でも修行三昧だったのはここだけの秘密だ。
そして次に起きて外を見ると周囲は今までと同じように草原に囲まれている。
ちなみに昨日テニスから聞いた話だとこの大陸に砂漠は存在しないらしい。
植物が無いのは雪の解けない山頂か、火山地帯でそれ以外には森や草原だと言っていた。
やはり精霊が活発だと自然が豊かなのだろう。
俺達の世界は自然破壊で砂漠や干ばつ地帯が多くあるので精霊が来てくれないだろうか。
今度お菓子を餌にオリジンにお願いしてみよう。
魔力機構のおかげでこれからは大気汚染は緩やかに減少するだろうが自然が回復するのには何十年~何百年もかかる。
人間は責任を取る必要があるとはいえ、その間に失われる人間以外の命も多い。
そんな事を考えていると珍しく俺の元にアスカがやって来た。
「アキトさんが・・・アキトが呼んでいますよ。」
すると恥ずかしそうにアキトの事を呼び捨てにしているので二人の間に何か進展があった様だ。
しかし、まだ慣れていない様で呼び方を間違えているが、今回の旅が終わる頃には慣れているかもしれない。
俺はそんな初々しい二人を意地悪そうな笑顔で見つめるとアキトの所へと向かって行った。
そして開いている助手席に座ると、自分でも分かるくらいに良い笑顔をアキトに向ける。
「進展があった様で何よりだ。」
「茶化されるかと思ったが。」
「それは今度に取っておくさ。今は大事な話があるんだろ。」
「昨日は何があった?一晩見ない内にかなり成長したようだが。」
するとアキトは真剣な瞳で前を向いたまま用件を口にした。
俺はアキトの予想通りの質問に苦笑を浮かべ昨夜の事を話して聞かせる。
ついでに精霊力や霊力についても分かった事を追加で説明しておく。
昨日はアキトが運転していたので念のためだが、テニスの説明で分かったのは知識的な事だけで使用者側の話は含まれていなかったからだ。
おそらくは精霊から加護を受ける事は凄く稀な事なんだろう。
そしてアキトは精霊力の事は知っていたが霊力の事は飛び飛びでしか聞こえていなかった。
きっと好きな相手が乗る車で運転以外に意識を向ける事を避けたのだろう。
「俺も精霊力の事は知っていたが未だに実感が持てない。どうやって使える様になったんだ?」
「編み物を教えた時に集中のスキルを覚えたよな。あれで体の中に意識を集中させると力の渦がヘソのあたりにある。アリシアから聞いてると思うがそれが精霊力だな。少し運転を変わろう。」
俺は素早く運転を交代するとアキトは集中して自分の中にある力を探り始めた。
「何だかグチャグチャしたのがあるな。」
「それが精霊力で間違いないと思う。ただ4人の精霊王から加護を貰ってるからそれが混ざり合ってるみたいなんだ。魔法を使おうとすると反応してその属性の力が顕著になる。あ、でも今は使うなよ。威力が段違いだからな。」
アキトは俺の言葉に頷くと再び集中を始める。
しかし急に銃を抜き窓を開けて外に構えると、発砲と同時に魔弾を放った
それは風の属性を持ち射線上の草原を数十メートルにわたり薙ぎ払い地面を剥き出しにする。
どうやら魔弾に風の精霊力を込めた様だがあまりの威力に銃は砕け、アキトの手も血だらけになってしまった。
俺も昨日は何度も味わったので分かるがどうやら力の収束に失敗したようだ。
手のケガはすぐに直ったがその顔は失敗した直後と同様に歪んだままになっている。
どうやらうまく扱えずに失敗したことが悔しいみたいだな。
「かなり難しいな。」
「俺も何度か手足が千切れたからな。それなら軽い方だよ。」
しかし、アキトの災難はこれで終わりではなくここからが始めりとなる。
何故なら後部座席からはいつもの二人が笑顔でこちらの様子を窺っているからだ。
そして、その手は地獄へと誘う恐ろしい亡者の様にアキトの方を掴んでしっかりとホールドした。
「目覚めたみたいだな。」
「待ってたわよ。今日はあなたの番ね。」
そう言って二人はアキトを連れて後ろに下がって行った。
今回の修行はイメージも大事なので今からそこを教えるのだろう。
すると空いた空いた助手席にホロとクオーツがやって来た。
「凄い力だったね。あれ、ホロにも使えるの?」
「使えるけどアリシアに聞いてないのか?」
「私寝てた。難しい話は苦手だから。」
ペットは飼い主に似るというがホロもどうやら俺に似た様だ。
ただ、危険なのでホロにはゆっくり覚えてもらおう。
俺はホロにも説明しながらのんびりと運転して次の町に向かって行った。
次の町が王都との間にある最後の町だ。
ここを過ぎれば次は王都になる。
ここまではトゥルニクスの陽動が効いているのか王国兵との戦闘は殆どない。
先日の元王都の町で戦っただけなので順調と言える。
しかし、あれは反乱軍を一網打尽にする為の罠であって俺達が偶然巻き込まれたに過ぎないのだろう。
こちらの事が既に知られている事を考えるとこの辺で新たな動きがあるかもしれない。
そして、俺達はとうとう最後の町へと到着する。
するとそこには数百の王国兵と冒険者が門の前で待ち構えていた。
しかもその中央には白い軍馬に乗り、全身を白い鎧で固めた騎士風の人物が跨っている。
マップを見て確認するとそいつの名はアルフィエノ ディスニア。
年齢は15歳で性別は女の様だ。
俺達は300メートル手前で車から下りると彼らに歩み寄って行った。
 




